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福島県における保育士の実態調査

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福島県における保育士の実態調査

―フォーカス・グループ・インタビューによる質的分析―

守 巧

・齊藤 崇

**

(平成 29 年 12 月9日査読受理日)

Investigation of the actual state of nursery school teachers in Fukushima prefecture

― Qualitative analysis through focus group interviews ― M ORI , Takumi S AITO , Takashi

(Accepted for publication 9 December 2017)

キーワード:放射能被災地,保育士,フォーカス・グループ・インタビュー

Key words:area affected by radiation,nursery school teacher,focus group interviews

1.問題

 2011 年3月 11 日発生した東日本大震災による福島第一 原子力発電所の未曾有の事故発生で、福島県浜通り地方・

中通り地方を中心とした住民に放射能に対する大きな不安 を与えた。当初、事態の収束には、40 年以上の年月が必 要とされた。情報開示の遅れや内部被ばくの線量の基準値 における子どもへの配慮が遅れたことなどから、住民の不 信感を抱かせ、福島県民が抱く健康不安の助長につながっ た(境野,2013)とされる。筒井(2012)は、保護者が「子

どもの遊び」といった生活、あるいは「県内産の野菜」と いった食べ物などへの不安を抱えながら生活していること を明らかにし、さらに幼稚園・保育所の保護者は小学校・

中学校の保護者よりも不安が高いことを確認している。こ のように強い不安を抱えている保護者に対して、保育者は 子どものことを第一に考え、凄まじい努力と時間をかけて 子どもにかかわっているにもかかわらず、いまだに多くの 不安を抱え続けている(関口,2017)。さらに、保育者は、

子どもにとって最善の利益を尊重する保育実践に悩み、難 しい課題を目の当たりにしていることが予想される。

 例えば、荒川(2013)によると福島県の保育者が抱える 課題は、「放射能問題による、事業運営・経営の問題、就 要約

 福島県の放射能被災地における保育士の実態を把握するために、フォーカス・グループ・インタビューによる振り返りを 通して、これまでの保育士の心情や心の動きを詳細に検討し、放射能被災地における保育士が今日まで置かれてきた状況や 心の動きのプロセスを明らかにすることを目的とする。分析の結果、4 カテゴリー、8 サブカテゴリー、15 コードが抽出さ れた。考察として、これまでの保育実践の理論化を目指すことや保育士の興味関心がある内容について対話を中心とした研 修の充実化、さらに「支援者を支援する」であろう立場の者を想定して次世代の保育者を育てていくには、伝達内容の理論 化、マニュアルの整理、不安やストレス悪化の予防アプローチの開発などが求められることがわかった

Abstract

To ascertain the actual state of nursery school teachers in the area affected by radiation in Fukushima Prefecture, we studied childcare workers’ and nursery school teacher s’ emotions and feelings in detail by looking back in focus group interviews, aiming to clarify the situations that nursery school teachers in the affected area have been placed in, and their emotional processes to date. From the results of the analysis, we identified four categories, eight subcategories, and fifteen codes. We found that the theorization of past childcare practice and dialogue-based training about topics of interest for nursery school teachers are required. Furthermore, to nurture the next generation of nursery school teachers, assuming the role of “supporting the supporters,” we found that the theorization of communicated contents, the organization of manuals, and the development of approaches to prevent the worsening of stress and anxiety is required.

* 東京家政大学子ども学部

**淑徳大学総合福祉学部

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業環境の問題、設備の問題、保育実践の問題、保育労働者 の家庭の問題、社会の問題」の6つに分類されると指摘し ている。続けて、東日本大震災以前から継続している保育 者の「賃金・待遇問題」が通底していることも指摘してい る。また、守他(2016)は、放射能に関する認識が「保育 者−保育者」「保育者−保護者」で差が生じているため、

保育者間、あるいは保護者間でのコミュニケーションの取 りづらさを助長している、としている。

 すなわち、福島県におけるさらなる充実した保育実践の ためには、課題を抱える保育者の実態を把握する必要があ ると考える。

 また、別の視点から捉えていくと、幼稚園教育要領(文 部科学省,2017)や保育所保育指針(厚生労働省,2017)

において、保育者は地域の子育て支援者としての役割を期 待されていることが明記されている。笠原(1999)による と、母親が子どもに関する理想の相談相手に関する調査を したところ、保育者への相談ニーズが高いことを明らかに している。これらのことは、子育て支援には保育者が子ど もの身近な支援者としての社会的要請が強いことを示して いるといえる。同時に保育者養成校を卒業した学生は、保 育現場において、子育て支援者としても成長していくこと が期待されているといえる。

 しかし、被災地における子どもや保護者の支援者として の保育者はどうであろうか。髙岡・清水(2012)は、医療 との協働を核とした被災者への心理的支援を段階的ケア・

モデルとして例示している。これによると、保育者はリス ク未確定段階における子どもの支援専門職としてステップ 1に位置づけられている。つまり、保育者は被災地におい て一時的支援者としての役割が期待されていることを示し ている。子どもや保護者の理解者として機能し、日常的に 接している保育者への期待が大きいということである。

 このように、福島県における子育て支援者としての保育 者には、福島県独自の課題を引き受けつつ、多様な取り組 みがなされており、これまで様々な報告されている(たと えば賀門,2013;永井,2015)。このことは、保育者養成 校を卒業した学生が、保育現場において、直面する福島県 独自の課題でもある。独特の課題で、例えば、関口(2014)

は、福島県における保育者は子どもの健全な発達を保障す るため、環境の回復を図るための活動(除染、清掃等)、

代替えの活動の導入や代替えの環境(室内活動)の充実、

指導方法の工夫、もの関係(空間、時間、遊具等)重視の 保育から人関関係(個人差に応じる、保育者との相互作用 や子ども同士の関係を深める等)による保育への転換等、

失われた保育環境の補完を行ってきたことを指摘してい る。また、佐野・糟谷(2013)は、放射能に対する不安や

(ストレスや不安から)発達が後退している子どもに対し、

保育者が子どもの気持ちをそのまま受け止めて回復を待

つ、という対応がとられていたことを明らかにしている。

 これらの研究は、以上のような課題を明らかにしている が、保育実践の工夫や保育者の保育に対する意識、あるい は変容した環境下における子どもの姿への捉え等を明らか にしている点では意義深い研究ではあるが、「保育そのも のを創造している保育者」の内情に迫り切れていないと言 える。特に、これまで継続的に子どもと接してきた保育者 の悩みや心理的葛藤等の感情の揺れや機微が明らかにされ ていない。保育は、保育者による発達観や保育観、あるい は子ども観に依拠しており、多種多様な要素が折り重なっ ている営みである。したがって、放射能被災地で被災者で もある保育者が、これまでどのような出来事があり、どう 関わってきたのか等を体系的かつ総括的に深く掘り下げ、

実態を把握する必要があると考える。つまり、これまで誰 も経験したことがない状況下で、保育実践上の困難さを抱 えながらも保育を営んできた保育者の実態を明らかにする ことは、今後、同様の災害に見舞われた際の大きな指針と なると考えた。

 そこで、本研究では、福島県の放射能被災地における保 育者の実態を把握するために、深い質的資料を分析する。

具体的には、フォーカス・グループ・インタビュー(以下、

FGI)における振り返りを通して、これまでの保育者の心 情や心の動きを詳細に検討し、放射能被災地における保育 者が今日まで置かれてきた状況や心の動きのプロセスを明 らかにすることを目的とする。

2.方法

 本研究では、福島県の放射能被災地である公立保育所保 育士を対象として、FGI によるインタビューを実施し、音 声データを文字データに起こし、逐語録を作成した。FGI は、グループダイナミクスを活用したインタビュー形式の 質的な情報把握の手法で、単独のインタビューでは得るこ とができない幅広い情報内容を獲得することに優れてい る。本研究のように、今日まで置かれてきた状況や深い心 の動きについて、把握するのに適しているのと同時に探索 的に仮説を生成する方法論としても確立している。そのた め、本研究の目的に照らし合わせて FGI を採用すること とした。インタビュアーは第2著者、記録者は第1著者で ある。インタビュー中は、ビデオを設置し、全体の様子が 撮影できるようにし、すべて録画した。また、IC レコーダー を使用し、発言を録音した。インタビューの主な内容は、

①震災前後で保育実践において変化したと思うこと②これ

まで取り組んできた保育実践における工夫や配慮③放射能

被災地での保育の現状、である。分析方法として逐語録を

基に KJ 法(川喜多,1967;川喜多,1970)を用いて、こ

れまで被災地での保育を実践してきた際に抱いた感情や経

験、さらにそれらが生成されたプロセスを明らかにするこ

守 巧 ・齊藤 崇

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ととした。

2.1 調査対象

 対象者は、福島県中通り地方で勤務する公立の保育士 11 名である(表1)。特に、質的研究においては、目的に 相応しい参加者を集めること(リクルート)が重要であり、

本研究では、できるだけ偏りがないように、福島県中通り 地方の様々な地方自治体に勤務する保育士に協力を求める ことに努めた。地方自治体に勤務する保育士に焦点を当て た理由としては、福島県中通り地方の公立の保育士は、震 災直後に地方公務員としての支援活動(たとえば、避難所 における被災者支援など)を行っており、被災者支援に携 わっていた経緯がある。したがって、震災直後から保育業 務とは限らないが、地方公務員として、何らかの形で継続 的に地域の人々に支援をしていることになる。震災直後か ら今日に至るまでの保育士としての業務内容が支援者とし て重複している可能性があり、経験や心情の変化等が似て いることで詳細で深いデータが得られると判断したためで ある。

 ところで、福島県中通り地方の地方自治体においては、

女性が圧倒的な人数であるため、本研究では、女性を対象 としている。女性のみでの対象者であるため、女性 11 人 を1グループとしてグループ構成をしても問題ないと判断 し、実施した。

 なお、表1には、震災時学生だった対象者が含まれてい るが、震災から翌月には福島県中通り地方の地方公務員に おける保育者として従事している者である

注1)

2.2 データ収集

 本研究は、言語・非言語の情報を体系的に整理すること を目指している。そこで、前述の通り、FGI が適している と判断した。理由として以下の2点(安梅他,2001)に要 約できる。第1点は、より深いレベルの潜在的な内容を把 握する「深層面接法」の一つであるという点である。第2

点に他者との相互作用の過程において、言語あるいは非言 語的表現から幅広く把握ができるという点である。

2.3 調査時間

 FGI 実施は、2015 年7月であり、時間は 69 分であった。

2.4 分析方法

 KJ 法(川喜多,1967;川喜多,1970)による分析につ いては、下記の手順において実施した。

①  インタビュー実施後、逐語録に起こして、文字データ とした(総文字数 13,446 文字)。

②  文章全体の文脈的意味を解釈し、縮約データを作成し、

さらに縮約データから抽出した重要語句を用いコード を作成した。

③  観点ごとに共通の意味内容をもつコードを集約し「サ ブカテゴリー」を形成した。

④  サブカテゴリー間の意味内容や関係を考慮しながら、

最終的に「カテゴリー」を作成した。

⑤  コードを< >、サブカテゴリーを≪ ≫、カテゴリー を【 】で示した。分析にあたり、不一致が生じた場 合は、研究者間で協議の上、修正を加えていった。デー タの解釈ならびに概念の確認などを研究者間において 吟味をした上で、臨床心理学の専門家からスーパーバ イズを受けながら修正していった。なお、評定者間の 一致率は、75.8%であった。

 最後に、類似性がある項目を保育士の心の動きや保育中 の配慮点や工夫していること、あるいは現状などの視点か ら「放射能被災地における保育士の心情に影響を与えてい る要因相関図」(図1)としてまとめた。

2.5 倫理的配慮

 研究への参加は対象となる本人の意思を尊重し、研究目 的・方法、拒否や中断の権利等について依頼状と口頭で十 分に説明し、同意書に署名し研究終了まで保存しておくこ とを約束した。得られたデータは対象者のプライバシー保 護に十分留意して、保存及び処分することにした。なお、

本研究は東京家政大学研究倫理委員会での承認を得ている

(狭 H27−04)。

3.結果

 分析の結果、【時間の経過】、【保育士の意識】、【現実へ の気づき】、【保育業務の不全】の4カテゴリー、≪意識の 風化≫、≪理解の欲求≫、≪意識の逃避≫、≪現実に直面≫、

≪プライベートからの影響≫、≪研修の不一致≫、≪保育 実践の欠如≫、≪保護者支援の混乱≫の8サブカテゴリー、

<薄れてくる>、<気にしなくなる>、<忘れていた>、

<現状を知ってほしい>、<考えないようにする>、<思 表1 対象者の概要

ID 震災時の所属 現在の所属 震災時の年齢

A 保育士 保育士 26 歳

B 保育士 保育士 21 歳

C 保育士 保育士 21 歳

D 保育士 保育士 20 歳

E 幼稚園教諭 保育士 21 歳

F 幼稚園教諭 保育士 21 歳

G 保育者養成校 学生 保育士 20 歳 H 保育者養成校 学生 保育士 20 歳 I 保育者養成校 学生 保育士 20 歳 J 保育者養成校 学生 保育士 18 歳 K 保育者養成校 学生 保育士 18 歳

*性別はすべて女性

(4)

い出したくない>、<話をしてスッキリする>、<話して 振り返れた>、<放射能の話でストレスを感じる>、<偏 見を持たれる>、<研修に辟易する>、<求めている研修

ではない>、<通常の保育実践がわからない>、<意識的 に身体を動かそうとする>、<保護者支援で失敗する>の 15 コードが抽出された(表2)。なお、表記は、わかりや 守 巧 ・齊藤 崇

表2 放射能被災地における保育士の心情に影響を与えている要因相関

【カテゴリー】 ≪サブカテゴリー≫ <コード> 語り

【時間の経過】

≪意識の風化≫

<薄れてくる>

・何か目先のことばっかりになっちゃっていて前のことを振り返るという 時間も無かったりとか別なところに気が向いているところがあって、忘れ ちゃいけないことなんですけど、やっぱり年々こういうのが薄れてきてて。

(他4事例)

<気にしなくなる> ・(放射能について)気にしなくなってきた、何でだろう?う〜ん…麻痺

しているのかも。 (他3事例)

<忘れていた> ・まずは、今が異常な状態や環境で保育してたんだなっていうことに気づ かされたなって思いました。何か、忘れてたっていうか、最初は大変だ大 変だって思ってましたけど、今は…。 (他4事例)

≪理解の欲求≫ <現状を知ってほしい> ・そういう苦しさっていうか、そういうのは知って、何を、何だろう…し てほしいとかないんですけど、せめて福島のことを知ってもらえたらなっ

て思います。 (他3事例)

【意識の逃避】 ≪意識しないよう にする≫

<考えないようにする>

・外に出れない状況が普通じゃないけど、普通じゃないって思いながら保 育してなかったというか、何ていうんだろ、いつも通り、いつも通りって いう感じでやっていたので、そう思うことでちょっと、何か頑張って立っ てたみたいな、何かあんまり意識はしないっていうよりは、私は、考えな いようにしてたっていうか、ちょっと別物じゃないですけど、考えなきゃ いけないところは考えなきゃいけないけれど。 (他12事例)

<思い出したくない> ・大変だったところを目をつぶってて、大変だったことを見たくないとい うか、思い出したくなくてっていうのがあったのか〜って。なるべく思い

出したくない。 (他3事例)

【現実への 気づき】

≪現実に直面≫

<話をしてスッキリする>

・今日、自分の話を聞いてもらって、こういうことだったんだな〜とか、

実際に子どもたちにこんな問題が、本当にあるんだなっていうのも気づい たし、聞いてるよりも自分で話した方が気づくことが凄く多くて、すごく すっきりしたっていうのも何か変ですけど、そういうのをものすごくあり がたい、いい機会だな〜って思いました。常に聞き役なんで。 (他3事例)

<話して振り返れた>

・いつも通りのっていうのを必要以上に頑張ってやろうとしてたんだなっ ていうふうにはお話してて思うとこではありました。何かそこは頑張らな くてもいいかなって。こういう機会じゃないと振り返れなかったかも。

(他3事例)

≪プライベート からの影響≫

<放射能の話でストレス

を感じる> ・放射能の話はいちいち嫌です。緊張が走るというか、ストレスです、正直。

(他3事例)

<偏見を持たれる>

・いろんなネットとかでも、いろんな情報が、え?っていう情報とか出る じゃないですか。福島県の人めっちゃ鼻血出してますっていうのを描いて、

しかも福島の人がそう言った、とか。ね〜、嘘の情報が描かれて、放射線 にやられてみたいな、でも全然鼻血なんて出てないし、そういうのも印象 とか良くないし、自分から他県にいくとき思っちゃいます、福島から来たっ て言えない、こんなとこに来てすいません、みたいな。 (他3事例)

【保育業務の 不全】

≪研修の不一致≫

<研修に辟易する> ・大変だった自慢話みたいな。そんな感じです、某大学の先生はしゃべっ てすっきりしたんだろーけど(笑)。 (他5事例)

<求めている研修 ではない>

・今思うと、保護者支援とかの研修は必要だったんじゃないかなって。で も震災後はまったくなかった。放射能の研修は話をする人によってばらば らだったし。あと、放射能に被災しながらも外遊びとか、どう保育をすれ

ば良いのかを聞きたかった。 (他4事例)

≪保育実践の 欠如≫

<通常の保育実践が わからない>

・本来の保育の姿が、何かどんなだったんだろう?今は時がたって、何か 震災が遠のいちゃってるというか、これが本来の保育なんだよなって思う けど、違うんだよなって…、何かわからなくなってます。 (他2事例)

<意識的に身体を 動かそうとする>

・いつもやっぱり計画たてる時とかは、ここにはあってその中でできる範 囲とか、体を動かすっていう固定での計画で年間で入ってるんですよ。必 ずいれなきゃいけない項目に入ってるんです。なので、週のねらいにも月 のねらいにも運動の観点で絶対に入れろって言われてるので。 (他5事例)

≪保護者支援の

混乱≫ <保護者支援で 失敗する>

・心理的に悩んでるお母さんだとは聞いてたんですけど、入り込みすぎちゃっ

たっていうか、話を聞かなきゃ、聞かなきゃって思うあまりに、うまいと

ころで線引きが、できなかった…。ダメでした。 (他5事例)

(5)

すさを考慮した。具体的には、本研究における研究対象者 は放射能被災地限定のため、保育士の表記を“保育士”と する。また、実際の語りを「 」とする。

 これらを互いに影響を及ぼしているもの同士を統合・関 連付けながら図式化を試みた。

【時間の経過】

 今日の“保育士”は、震災から月日が流れているので自 分の生活圏が被災地である自覚が乏しくなるという≪意識 の風化≫が生じたり、他の地域の人から震災にかかる出来 事等が忘却される危機感から、<現状を知ってほしい>と いう気持ちが強く、被災地に対する≪理解の欲求≫を欲し ていたりした。“保育士”は、被災に対する意識が「自分」

も「他者」も乏しくなるため、否応にも【時間の経過】を 感じていることが明らかとなった。

【意識の逃避】

 震災からの心理的な影響は、仕事やプライベートの双方 の出来事から影響を受ける。これは、“保育士”自身も被 災者であることから、保育業務の他に「被災者」としてプ ライベートでの出来事やそこから生じる感情が存在するた め、生活全般における出来事が“保育士”の心情に多様な 影響を与えていた。保育業務およびプライベートでの出来 事が複雑に交錯しながら、自分の心理状態を無意識・意識 を問わず、強く“保育士”の意識に影響を与えていること がわかった。“保育士”は、常に「いつも通り」を意識しな がら自分たちの生活の実態を<考えすぎないようにする>

気持ちが働いていた。あわせて、これまでの辛く、大変だっ た経験等を<思い出したくない>という気持ちも働いてい たことがわかった。“保育士”は、心理的安定を求めて自 身が被災者であることやそれに付随する経験の想起を回避 するべく、極力≪意識しないようにする≫という心理的作 用が働いていた。【意識の逃避】をすることで心理的安定 を図っていたといえる。

【現実への気づき】

 “保育士”は、震災時から今日まで、激変した保育環境 と対峙しながら、子ども・保護者を支援し、環境を整えて きた。「常に聞き役」という言葉に表れているように、自 分から話をする機会が乏しい。<話をしてスッキリする>

ことがなく、かつ本音で話すことも乏しいことから<話し て振り返れた>経験がないという≪現実に直面≫すること がわかった。

 また、“保育士”は、様々な場面で放射能に関する話題 が出てくるので、<放射能の話でストレスを感じる>場面 が多い。さらにメディアによる偏向された情報が流布され ることから<偏見を持たれる>ことに抵抗を感じていた。

このように、本研究のような振り返るきっかけがないと【現 実への気づき】が乏しいことが明らかとなった。

【保育業務の不全】

 “保育士”は、保育実践に際し、他の地域とは異なる状況 にある。そこで、自己研磨や現状改善にむけて積極的に研 修などに参加するが、充実した内容ではないことから<研 図1 放射能被災地における保育士の心情要因相関図

…カテゴリー …サブカテゴリー

…コード …概念の動き

<薄れてくる>

<気にしなくなる>

<忘れていた>

<現状を知ってほ しい>

【時間の経過】

<考えないようにする>

<思い出したくない>

【意識の逃避】

<通常の保育実践がわからない>

<意識的に身体を動かそうとする>

<保護者支援で失敗する>

<研修に辟易する>

<求めている研修ではない>

≪研修の不一致≫

<話をしてスッキリする>

<話して振り返れた>

≪現実に直面≫

<放射能の話でストレスを感じる>

<偏見を持たれる>

≪プライベート からの影響≫

≪保育実践の欠如≫

【保育業務の不全】

≪保護者支援の混乱≫

【現実への気づき】

≪意識の風化≫

≪理解の欲求≫

≪意識しないようにする≫

(6)

修に辟易する>ことが多かったり、現状に則していない内 容であったり、求めている情報が得られなかったりする

<求めている研修ではない>などの≪研修の不一致≫が生 じていた。あわせて、放射能被災によって、屋外での保育 活動が十分にできないことが長く続いていることから、震 災以前に実践していた保育内容がわからなくなってしまっ ていた。つまり、<通常の保育実践がわからない>状態に 陥っており、手さぐりの状態で保育実践をしていた。

 しかし、このような状況においても、“保育士”は、屋 外での活動制限下において、子どもたちの体力向上や運動 不足解消をめざし、室内での充実した運動を奨励するなど

≪保育実践の欠如≫を埋めようと<意識的に身体を動かそ うとする>ことを継続的に営んでいた。また、“保育士”

は保護者による子どもに関する相談内容とは別に、震災に 関する相談を受けていた。“保育士”は、自身も被災者で あり、かつ通常の保護者支援とは違う“放射能被災地特有 の相談”内容から、その時々で思案しながら保護者支援を 実践していた。しかし、被災者への心理的ケアという専門 的な知識とスキルが必要な支援であるため、<保護者支援 で失敗する>ことが多く、どのように支援をしてよいのか わからなくなるという≪保護者支援の混乱≫が生じてい た。

 このように、研修内容の齟齬や保護者支援に困窮してい るなど、多様な場面で【保育業務の不全】が起きているこ とがわかった。“保育士”は、この不全感が蓄積していき、

次第に飽和状態となる。言うまでもなく“保育士”の生活 は、プライベートや仕事等、多面的な要素から成り立って いる。先述したように、“保育士”の心理には「被災者」

としてプライベートからの影響も受ける。また、仕事から の影響は、【保育業務の不全】が起きることで、さらに双 方からストレスを受ける形となる。このことから、 “保育士”

は、【保育業務の不全】からも強く影響を受ける形となり、

【意識の逃避】をするようになる。

4.考察

 本研究は、東日本大震災による放射能被災地における保 育者の実態を把握するために、FGI による質的分析により、

これまでの保育者の心情や心の動きを明らかにすることを 通して、今日まで置かれてきた保育者の状況や心の動きの プロセスを明らかにすることを目的とした。結果から導出 された考察を以下にまとめる。

4.1 時間の経過が及ぼす影響

 震災からの時間の経過が、大きく“保育士”の心情に影 響を与えていることがわかる。震災直後と今日とでは、そ れぞれが置かれている状況(プライベートを含む)や人間 関係、物的環境などに相違がある。したがって、時間の経

過と共に抱えている悩みや放射能被災地への思いが変化し ていることが予想される。放射能被災地という環境下にお いても順応しようとする“保育士”の心情が垣間見ること ができる。適応し、生きていくための「積極的な風化」が 生じていることが予想される。つまり、“保育士”に対す る支援には、“保育士”が揺れ動いている心情を把握した 支援が前提となる。あわせてプライベートからの影響を受 けていることも考慮すると、個人的な体験も含まれること から、単一的で一様な支援ではなく、個別性を重視した具 体的な支援が求められる。具体的には、これらは民間レベ ルでの支援では規模等が限定されることが予想されるた め、行政や諸団体が主導となり、組織的に支援する必要が あるだろう。

 また、“保育士”は、時間の経過から震災以前に実践し ていた保育の伝承が途絶える状態に陥っていた。これまで、

ルーチン化していた、あるいは引き継いできた保育内容や カリキュラム、あるいは玩具をはじめとする保育教材など が被災したことで見直しを余儀なくされ、保育実践を再構 築する契機となっていた。放射能被災地となったことで、

これまでの保育実践の知恵を一時的に放棄せざるを得ず、

保育の理念・理想のみが残ったと考えられる。具体的には、

特別な環境下での保育実践において「保育教材は何がどれ くらい必要なのか?」「(子どもにとって)何を重視してカ リキュラムを立てればよいか?」「そもそも子どもにとっ て遊びとは?」などの根源的な疑問を“保育士”は突き付 けられたと考えられる。これらの点は、未だに保育現場に おいて試行錯誤している状態であるため、保育研究者など はエビデンスに基づく積極的な助言や指導を行う必要があ るのではないだろうか。

 一方で、見方を変えると、保育士同士の発想や工夫でこ の局面を乗り切っている場面もあると予想される。たとえ ば、外遊びに代替する遊びを検討・実践したり、遊びの提 供の仕方やその量などを子どもの姿と照らし合わせたりし ながら、検討・調節を繰り返してきていると考えられる。

永井(2015)は、福島県の幼稚園・保育所の園長の意識調 査において年数を重ねるごとに「保育内容のバランス良い 実践」「行事の適正な配置」などが向上していると指摘し ている。今後、自然環境が平常に戻った場合、これまでの 震災前の保育に戻るというよりも、これまでの実践をさら に発展した取り組みになることが予想される。

 今後は、この取り組みを継続的かつ詳細に追跡調査して 震災後の保育や保育者の実態を整理するなど、理論化を目 指すことで同様な状態に陥った場合の知見として機能させ る必要があるだろう。

4.2 保育者主導の研修内容の精査の必要性

 震災直後からこれまで、そして現在でも福島県では保育

守 巧 ・齊藤 崇

(7)

者を対象とした多様な研修が実施されている。しかし、本 研究の結果では、研修会の内容が“保育士”の実態にあっ ていない現状が浮かび上がった。“保育士”のニーズに合 致した内容ではなく、単純に放射能関連の知識の増加を主 にした内容になっていたと考えられる。そもそも、専門家 以外は震災まで放射能に関する基本的知識を持ちあわせて いない。そのような状態のまま、聞きなれない専門用語や 自身の体験談が研修の核となる内容では充実した研修とは 言い難かったのではないだろうか。“保育士”の語りには、

放射能に被災しながらもどのような保育実践が可能か、な どの実践的な内容を求めていた。したがって、日々の保育 実践に反映する即効性が高い研修内容が求められる。放射 能被災ではないものの磯部(2013)によると、東日本大震 災直後の被災地の実情は、「ボランティアのコーディネー トや窓口の対応や保育現場では使えそうもない物資の整理 や修理、次々に寄せられるアンケート調査の対応など、不 自由な環境でぎりぎりの生活を送りながら日々の保育業務 を担っている保育者たちに、さらなるさまざまな役割が押 し寄せてきた」と述べている。様々な場面や場所で「不一 致」が生じていたことは、決して「過去のこと」として処 理せず、今度に活かす必要があるだろう。

 また、本研究でも抽出された<話をしてスッキリする>、

<話して振り返れた>のように、“保育士”による語りが 自身の心理状態に大きく影響を与えることを考慮すると

“保育士”が能動的に参加し、コミュニケーションが図れ る研修内容も求められる。具体的には、現場に即した内容 を目指すのであれば、「実践して良かったこと・悪かった こと」などを発表し合ったり、“保育士”の「今」の興味・

関心をアンケートで調査したうえで、小集団で勉強会をし たりする研修である。

4.3 支援者を支援する立場

 激変した環境への改善や具体的なアプローチに関する研 究は、多様な立場から多様な意見(たとえば田中他,

2016;池田・関口,2017)が出されている。また、震災や 放射能の被災により、子どもの身体的・心理的負担に関す る実態調査(たとえば金谷,2012;本郷,2013)も行われ ている。一方で、本研究のような“保育士”の現状把握、

あるいは保育者としての役割・あり方を明らかにする研究 は皆無に等しい。本研究では、“保育士”は特殊な心情で あることが浮かび上がってきたが、まずは現状を把握した うえで、それに対する支援策を講じる必要があると考える。

磯部(2013)は、震災直後の激務をこなしていく保育者た ちを支えていたのは「保育者としての使命」と表現してい る。あわせて、その後に訪れる限界も指摘している。また、

上山(2015)も、震災後に多賀城市内公立小中学校の保健 担当教員研修会で多くの教師が混乱で苦しんでいることが

わかるほど、ぐったりしていたことを報告している。これ らのことは、支援をする立場の者は、それだけ特殊な心理 状態であったことが想定され、支援する立場の者をサポー トすることが、さらに求められると考えられる。今後、我 が国で同規模な震災や事故が生じた場合、見通しを持ちな がら、支援する立場の者をサポートする具体的なシステム 作りやその仕事内容等の整理が求められる。さらに、我が 国が地震大国であることを鑑みると「支援者を支援する」

であろう立場の者を想定して次世代の保育者を育てていく 際に、伝達内容の理論化、マニュアルの整理、不安やスト レス悪化の予防アプローチの開発などが求められるであろ う。

5.本研究の課題

 本研究は、震災からおおよそ4年が経過した状態で FGI を実施した。本研究の目的は、FGI 実施時の“保育士”の 心情や生成プロセスを明らかにすることであったため、

FGI 実施時の実態を把握するには一定程度の結果を示すこ とができた。一方で、時系列ごとの調査ではないため、各

“保育士”の「その年の出来事」などを関連付けながら考 察することができていない。今後は、個人の経験の流れを 重視した分析方法である TEM などを適用して継続研究を したい。

 次に、表1にあるように管理職を研究対象に含んでいな い。保育経験年数や立場が違えば、経験する内容や直面す る葛藤や課題が違っていることが予想される。さらに、よ り幅広い研究知見を目指すのであれば、多様な経験年数や 立場の保育者を分析対象として含める必要があると考えら れる。

謝辞

 調査協力を快く受け入れて頂き、子どもたちのことを第 一に考えている福島県中通りの保育者の先生方に心より深 謝致します。

付記

 本研究は、東京家政大学生活科学研究所研究総合プロ ジェクト(H27 〜 29 年)の助成を受けたものである。

(注1)

 表1における ID「E」「F」は、地方公務員として、自

治体が運営している保育所と幼稚園を行政組織上、包括し

た幼保一体型施設に勤務しており、保育士と幼稚園教諭の

併任辞令を受けており、2者の経験の大部分は保育士とし

て過ごしてきている。震災時は、勤務園における幼児教育

部に所属していたため、「幼稚園教諭」としている。保育

(8)

士との併任であり、データの正確な記述を記すために、あ えて「幼稚園教諭」とした。

 なお、平成 23 年 5 月 16 日付の文部科学省研究振興局ラ イフサイエンス課、厚生労働省大臣官房厚生科学課事務連 絡「被災地で実施される調査・研究について」における「被 災者を対象とする調査・研究は、当該被災地の自治体と十 分調整した上で実施すること。」との内容を踏まえ、本研 究においては、被災地の住民への倫理的配慮から、事前に 関係自治体職員に相談の上、自治体職員である公立保育士 を研究協力者に迎えるという経緯が前提に存在した。

参考文献

1)境野健兒(2013)放射能汚染への父母の不安と学校の 受容.日本教育学会大會研究発表要項 72,234−235 2)筒井雄二(2011)多重災害ストレスが児童期および幼

児期の精神的健康に及ぼす影響.福島大学研究年報,

21−26

3)関口はつ江編著(2017)東日本大震災放射能災害下の 保育 ― 福島の現実からの保育の原点を考える―.

p207.ミネルヴァ書房

4)荒川亜樹(2013)東日本大震災において福島県の保育 労働者が果たした役割― 自由記述分析からみる、放 射線被害下での保育実践の実態と課題―.総合社会 福祉研究(42),39−51

5)守巧・齊藤崇・佐藤杏子・鈴木彩香・佐久間真美・佐 久間奈穂・椎根李佳・佐藤遥香・鈴木彩香・佐久間真美・

佐久間奈穂・椎根李佳・佐藤遥香(2016)福島県の保 育現場における保護者支援に関する研究(1)震災後 の保護者支援の実情(温故知新プロジェクト).東京 家政大学生活科学研究所研究報告 39,89−93

6)文部科学省(2017)幼稚園教育要領 7)厚生労働省(2017)保育所保育指針

8)笠原正洋児(1999)相談において保護者がとらえる保 育者の対応について.中村学園研究紀要 31,21−27 9)髙岡昂太・清水栄司(2012)医療との協働における心

理的介入:アセスメントを中心に 特集 災害トラウマ からの快復に向けて 包括的心理支援システムにおけ る初期対応.臨床心理学 12(2),175−179

10)賀門康博(2013)Ⅰ.協力園対象継続研究 1.調査

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11)永井和子(2015)広域調査結果 Ⅰ.2014 年,2015 年調査 園長調査.日本保育学会放射能災害にかかる 保育問題研究委員会 放射能災害下の保育問題研究

―平成 25 年・26 年調査報告書 2015 年,p223−233 12)関口はつ江(2014)放射能災害下における保育の時間

経過に伴う問題に関する考察― 園長、主任の立場か ら―.関係学研究 40(1),27−41

13)佐野法子・糟谷知香江(2013)被災した乳幼児の行動 の変化―福島県いわき市における保育士・幼稚園教諭 への調査から―.応用障害心理学研究(12),27−41 14)川喜多二郎(1967)発想法.中央公論社

15)川喜多二郎(1970)続・発想法.中央公論社

16)安梅勅江著(2001)ヒューマンサービスにおけるグルー プインタビュー法―科学的根拠に基づいた質的研究法 の展開.医歯薬出版株式会社,p 1−12,医歯薬出版株 式会社

17)前掲 11)

18)磯部裕子(2013)特集震災の後を生きる子どもー被災 地における保育の課題が意味すること.No.133,Vol.34,

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19)田中三保子・池田りな・長田瑞恵(2016)環境変化に よる保育の変化が子どもに与える影響(7).日本保育 学会第 69 回大会発表論文集,p76

20)池田りな・関口はつ江(2017)保育者の語りにみられる 環境変化と3歳児の姿(2)保育環境としての自然に着 目して.大妻女子大学家政系研究紀要(53),99−106 21)金谷京子(2012)東日本大震災後の保育の場における

子どもの変化:関東地区の保育者への実態調査から.

聖学院大学論叢 第 25 巻(第1号),159−173 22)本郷一夫(2013)特集震災の後を生きる子どもー求め

られる心理的支援と支援の専門性.No.133,Vol.34,

p 2−7,ミネルヴァ書房 23)前掲 18)

24)上山真知子(2013)特集震災の後を生きる子どもー教 師支援を通して見えてきた被災地の今.No.133,Vol.34,

p18−25,ミネルヴァ書房

守 巧 ・齊藤 崇

参照

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