<特別号> Special Issue
低線量リスクに関するコンセンサスと課題
日本保健物理学会・日本放射線影響学会 低線量リスク委員会
Consensus and Issues on Low Dose Radiation Risk
Japan Health Physics Society and The Japanese Radiation Research Society Low Dose Risk Committee
本レポート作成の背景と目的
2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所事故を契機に放射線の健康影響に関する知 見の科学性と、放射線の防護の対応の妥当性に多くの国民が関心を持ち、社会の耳目を集めた。事 故の報道で様々な分野あるいは立場の専門家が発した情報は、科学的不確実性を伴う部分において は異なった見解を生み、その結果として専門家が社会の信頼を失うことになった。
事故後に採られた放射線防護の措置である、屋内退避、避難、安定ヨウ素剤の服用、体表面除染 および食品摂取制限、それぞれが導入されるべき予測線量や時期について、あるいはその防護措置 をとらなかった場合に何が起きるのか、あるいは起きないのかについて、種々の専門家を含めた 様々な立場によって見解が異なった。特に、低線量の放射線被ばくがどのような健康影響をもたら すのか、その可能性についての見解、その根拠はどこから来ているのか、事故後の放射線防護措置 の導入における社会の混乱と不安の増大をもたらしたのは、防護基準の背景にある科学や社会的な 判断に対する関係者の間での共通理解が欠けていたからであろう。そして何よりも事故を起こした ことによって生まれた信頼の喪失であったことは間違いがない。
事故の起きた 2011年以降も、テレビや新聞などの報道に限らず、インターネット社会において は膨大な情報が溢れていたため、その科学性や信頼性の点で錯綜した状況が続いた。特に、甲状腺 がんのスクリーニングによるがん診断の増加、継世代影響の懸念、避難解除問題など、放射線影響 とその防護に対する科学的見方と社会的合意の問題は益々社会の耳目を集めるようになってきてい る。
このような状況において、個別の問題を正面から議論することも期待されるが、まず何よりも基 本的な問題に立ち返り、放射線科学に関する知見の現状を整理して様々な分野あるいは立場の専門 家に伝える努力が必要であると考えてきた。そのための取組みは学会連携によってこそ可能である。
2016年6月30日に第49回日本保健物理学会(弘前市)において、日本放射線影響学会、日本放射線 技術学会、日本リスク研究学会、東京大学政策ビジョン研究センターとの共催で「低線量放射線の 健康リスクとその防護に関するコンセンサスの構築に向けて」を開催した(1)。この企画のファシ リテータを務めた松尾氏は公共政策の専門家として、いかに共通認識(コンセンサス)を構築し、社 会といかに共有していくべきかを問うた。
そこで、日本保健物理学会と日本放射線影響学会は共同の委員会「低線量リスク委員会」を 2017年10月に設置し、低線量の放射線被ばくの健康影響は科学的にどこまでわかっているのか(コ ンセンサス)、何が明らかになっていないのか(課題)について討論してきた。本レポートは、科学的 に合理的および一貫して理解ができるレベルであり、国際的な合意があるという観点でのコンセン サスと、何が明らかになっていないのか、今後解決すべき課題について記載した。特に生物(分子
細胞レベル、組織、動物実験)、疫学、さらに防護の考え方までの全体像を整理することにした。
これらの基礎的な情報からコンセンサスや課題を明らかにしていくことこそ、放射線問題に対する 科学的見方と社会的合意を構築する一歩であると考えた。
本報告書は、低線量リスク委員会が骨格と概要を作成した案をもとに、学会合同シンポジウム
(2019年6月21日)において会員との討論を受けて草案を作成した。さらに、委員会内部での相互レ
ビュー後に、学会員コンサルテーションと委員会が指定した専門家からのコメント募集(2019年12 月8日)を経て改訂した最終草案を完成した。
本報告書の構成は、低線量・低線量率の定義に始まり、DNA・細胞レベルで起きること、発が んのメカニズムに関する知見、放射線によるがん化、放射線の疫学、および放射線がんリスクの評 価について記載し、低線量・低線量率におけるがんリスクに関する知見を整理した。福島では継世 代影響に対する社会的な関心が高いことから継世代影響に関する知見についても整理した。最後に、
低線量リスクに関する放射線防護の考え方の変遷と現状を紹介する構成となっている。もし、事故 後に放射線防護措置が採られた科学的背景、根拠から記述していたら、読者にはもっとわかりやす く、事故との関係がより明らかになっていたのかもしれない。防護基準があり、その背景となって いるリスク予測を説明し、リスク予測の基礎にある疫学データを紹介するといった流れの説明は直 線的であるが、放射線がもたらす健康リスクの理解に不可欠な物理や生物を含めた科学的全体像の コンセンサスと課題を整理する上では適切ではないと委員会は考えた。
近年、低線量リスクの学術的な課題は国際的にも注目され、様々な活動が実施されている。その 中で、米国放射線防護測定審議会(NCRP)は低線量・低線量率放射線影響のより良い理解を得るた め、基礎的な生物研究と放射線疫学研究をいかに統合すべきかに関する展望をまとめた(2)。なぜ、
低線量リスク問題の学術的課題が生物と疫学の統合に向けて進んでいかなければならないかを理解 するためにも、本レポートは助けとなると考えている。また、科学的不確かさを伴う事象の意味す ること、それに対する社会や政策的判断に繋がる防護のあり方が社会的な関心となる問題は放射線 に限らない。気候変動、ゲノム編集技術などの多くの問題にも共通するものであり、放射線を巡る リスクに対して学会連携の取組みは他分野への応用可能性を持っていることを松尾氏は強調してい る(1)。
科学コミュニケーションとリスクコミュニケーションの違い、すなわち専門家が市民に対し科学 技術的情報を提供することと、災害時などの状況下でステークホルダー間での情報共有と意思疎通 を図ることとの違いはあまり語られることは少ないが、メディアを含めた市民の意識と専門家の理 解のギャップ、あるいは様々な専門家同士の認識の違いに向き合うことから始めなければならない と考えた。
本報告書の作成において、前述のシンポジウムの討論、草案に対する学会員の意見募集および指 定専門家によるレビューにおける貴重なコメントと、本活動そのものへの叱咤激励の言葉を数多く いただいた。本報告書作成にあたってご支援いただいた諸氏に深く感謝を申し上げると共に、放射 線影響・防護の専門家集団である学会が連携によって積極的に情報を発信していく取組みとなる本 報告書の作成は、放射線問題に対する科学的見方と社会的合意を構築することに繋がる一歩になる ことを期待する。
2020年4月30日
低線量リスク委員会
甲斐倫明 小村潤一郎 高原省五
今岡達彦 酒井一夫 冨田雅典
小笹晃太郎 佐々木道也 吉永信治
児玉靖司 島田義也
小林純也 田内 広
参考文献
1. 松尾真紀子、低線量放射線の健康リスクとその防護 -ディシプリンを超えた連携の試み、保健 物理, 51(4), 258–262 (2016). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps/51/4/51_258/_article/-char/ja 2. 今岡達彦他、NCRP解説書 24「低線量放射線の健康影響:放射線生物学・疫学の統合の展望」
の概要、保健物理, 52(2), 68–76 (2016). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jhps/52/2/52_68/_article/- char/ja/
目次
概要 ... 92(8) 1. 低線量・低線量率とは ... 96(12) 1.1. 放射線生物作用... 96(12) 1.2. 基礎となる線量の定義 ... 97(13) 1.2.1. 照射線量 ... 97(13) 1.2.2. 吸収線量 ... 97(13) 1.2.3. カーマ ... 98(14) 1.2.4. フルエンス、エネルギーフルエンス ... 98(14) 1.3. 放射線の種類によって異なる影響(線質効果) ... 98(14)
1.3.1. 線エネルギー付与(Linear Energy Transfer: LET)とブラッグ曲線(Bragg curve) ... 98(14) 1.3.2. 生物学的効果比(Relative Biological Effectiveness: RBE) ... 99(15) 1.3.3. LETとRBEの関係 ... 99(15) 1.3.4. クラスターDNA損傷 ... 99(15) 1.4. 低線量・低線量率とは ... 99(15) 1.4.1. 低線量・低線量率の定義 ... 99(15) 1.4.2. 素線量 ... 100(16) 1.4.3. エネルギー沈着が不均一な場合、照射に関して記載すべき内容 ... 101(17)
1.4.4. データのある線量・線量率範囲と防護において関心のある範囲とのギャップ 102(18)
2. DNA・細胞レベルで起きること ... 105(21) 2.1. DNAの初期損傷 ... 105(21) 2.1.1. DNA損傷の種類 ... 105(21) 2.1.2. 放射線の直接作用・間接作用とLET ... 105(21) 2.1.3. DNAの酸化損傷 ... 106(22) 2.1.4. DNA二本鎖切断損傷 ... 106(22) 2.2. DNA修復 ... 106(22) 2.2.1. DNA二本鎖切断の修復 ... 106(22) 2.2.2. 損傷塩基の修復 ... 108(24) 2.3. 細胞応答... 108(24) 2.3.1. 細胞周期チェックポイント ... 108(24) 2.3.2. 細胞死 ... 109(25) 2.4. 染色体異常・変異... 109(25) 2.5. 低線量・低線量率放射線の細胞影響 ... 109(25) 2.5.1. 高線量・高線量率との質的違い ... 109(25) 2.5.2. 非照射細胞へのシグナル伝搬 ... 110(26) 2.5.3. 酸化ストレス応答 ... 111(27) 2.6. まとめ ... 112(28) 3. 発がんのメカニズムに関する知見 ... 115(31) 3.1. 発がんと遺伝子変化... 115(31) 3.1.1. 発がんは多段階の過程である ... 115(31) 3.1.2. がんの遺伝子変化 ... 116(32) 3.2. 発がんと組織環境... 117(33)
3.2.1. 炎症 ... 117(33) 3.2.2. 免疫 ... 117(33) 3.2.3. 細胞老化 ... 118(34) 3.2.4. 細胞競合 ... 118(34) 3.3. 発がんの原因... 119(35) 3.3.1. 環境要因 ... 119(35) 3.3.2. 遺伝要因 ... 119(35) 3.3.3. 内因性要因 ... 120(36) 3.3.4. がん原因の寄与割合 ... 120(36) 4. 放射線によるがん化 ... 123(39) 4.1. 放射線発がんにおける線量反応と線量率効果 ... 123(39) 4.1.1. 放射線発がんの線量反応(疫学、動物実験) ... 123(39) 4.1.2. 放射線発がんの線量率効果(疫学、動物実験) ... 124(40) 4.1.3. 低線量率被ばくによる発がん(動物実験) ... 124(40) 4.2. 放射線発がんにおける被ばく時年齢依存性 ... 125(41) 4.2.1. 被ばく時年齢と発がん感受性の関係(疫学、動物実験) ... 125(41) 4.2.2. 新生児期・幼若期被ばくにおける放射線応答(人及び動物実験) ... 125(41) 4.3. 内部被ばくによる発がん効果 ... 125(41) 4.3.1. トリチウム水による発がん(動物実験) ... 126(42) 4.3.2. プルトニウム-239による発がん(動物実験) ... 126(42) 4.4. 放射線によるがんの発生機序 ... 126(42) 4.4.1. 多段階発がん過程における放射線の作用 ... 127(43) 4.4.2. 放射線誘発遺伝子損傷の発がんにおける役割(1) ... 127(43) 4.4.3. 放射線誘発遺伝子損傷の発がんにおける役割(2) ... 127(43) 4.4.4. 放射線によるエピジェネティック変化及び炎症と発がんへの関与 ... 128(44) 4.4.5. 放射線によるゲノム不安定化の発がん過程への関与 ... 128(44) 4.5. 放射線によるがん化のまとめ ... 129(45) 5. 放射線の疫学 ... 134(50) 5.1. 疫学によるリスク推定 ... 134(50) 5.1.1. 疫学研究の方法、リスク指標、モデルによる解析 ... 134(50) 5.1.2. リスク評価のコンセンサス ... 135(51) 5.2. 高線量域・低線量域でのリスク推定の違い ... 135(51) 5.2.1. 原爆被爆者における違い ... 135(51) 5.2.2. 他の疫学調査によるリスク ... 136(52) 5.3. リスク推定の不確実性 ... 137(53) 5.3.1. ばく露および結果測定における誤差 ... 137(53) 5.3.2. 偏り、交絡、および交互作用(影響修飾) ... 138(54) 5.3.3. 100mGy未満でのリスク検出の可能性 ... 138(54) 6. 放射線がんリスクの推定と予測 ... 142(58) 6.1. リスク推定とリスク予測 ... 142(58) 6.2. 放射線防護への適用と線量応答モデル ... 142(58) 6.3. リスク推定に影響する因子 ... 143(59) 6.3.1. 年齢、性、生活習慣、その他の修飾要因 ... 143(59)
6.3.2. 放射線感受性 ... 144(60) 6.4. 放射線リスクの予測... 144(60) 6.4.1. 一般的な放射線被ばくのリスク予測 ... 144(60) 6.4.2. 特定の条件下での放射線リスク予測 ... 146(62) 6.4.3. リスク予測の課題 ... 146(62) 6.5. UNSCEAR 2012のAttributabilityに関して ... 148(64) 7. 継世代影響 ... 154(70) 7.1. 序論 ... 154(70) 7.2. 動植物の実験研究による知見 ... 154(70) 7.3. 人の疫学研究等による知見 ... 155(71) 7.3.1. 原爆被爆者 ... 155(71) 7.3.2. 原子力施設作業者の職業被ばく集団 ... 156(72) 7.3.3. 原子力施設作業者以外の職業被ばく集団 ... 156(72) 7.3.4. その他の被ばく集団 ... 157(73) 7.4. 継世代影響のリスク評価 ... 157(73) 7.4.1. リスク評価法の概要 ... 157(73) 7.4.2. 継世代影響に関する人と動植物の違い ... 158(74) 7.5. 結論 ... 159(75) 8. 低線量リスクに関する放射線防護の考え方 ... 162(78) 8.1. 放射線による健康影響と防護の考え方 ... 162(78) 8.1.1. 早期組織反応 ... 162(78) 8.1.2. がん及び継世代影響 ... 162(78) 8.1.3. 放射線被ばくによる健康影響の発生確率 ... 163(79) 8.1.4. 放射線被ばくによる健康影響の損害 ... 163(79) 8.1.5. 放射線防護に伴う倫理的課題 ... 165(81) 8.2. 2007年勧告に基づく放射線防護の考え方 ... 165(81) 8.2.1. 放射線防護の目的と原則 ... 165(81) 8.2.2. 正当化 ... 166(82) 8.2.3. 防護の最適化 ... 167(83) 8.2.4. 線量限度の適用 ... 167(83) 8.3. 防護量と実用量... 169(85) 8.3.1. 実効線量 ... 169(85) 8.3.2. 防護量と実用量 ... 169(85)
低線量リスクに関するコンセンサスと課題 概要
1. 低線量・低線量率とは
低線量・低線量率について国際的に統一された定義はないが、原子放射線の影響に関する国連科
学委員会(UNSCEAR)の2012年報告書は、X線やγ線の外部被ばくの場合、低線量を100 mGy未満、
低線量率を0.1 mGy/分未満(1時間以上の平均値)と定義している。国際放射線防護委員会(ICRP)は、
放射線防護の目的で、100 mSv程度までの範囲の線量(1回線量又は年線量)の放射線被ばくに対して 低線量と呼んでいる。吸収線量の微視的分布を考慮したマイクロドジメトリーでは、荷電粒子の1 ヒットによって 1標的(細胞核)に与えられる線量は細胞にとって実質的な最低線量となる線量であ り素線量といわれる。セシウム-137のγ線で約1 mGy、核子あたり20 MeVの炭素イオン線(線エネ ルギー付与LET: 110 keV/µm)で約70 mGyである。平均吸収線量が素線量の20%(標的へのヒットの 割合が 0.2)未満を「低線量」と定義して、線量が低くなると荷電粒子・二次電子(1.4.2項参照)がヒ ットした標的(例えば、細胞核)の数が減少する線量域として理解されている。
2. DNA・細胞レベルで起きること
放射線はゲノム DNAに鎖切断、塩基損傷、塩基遊離等の損傷を誘発するが、そのような損傷に 対して生物は適切な修復機構を備えている。このような損傷の中でも遺伝情報の喪失につながりう る二本鎖切断は最も重篤な DNA損傷であるため、生物は進化の中で非相同末端結合(c-NHEJ)、相 同組換え(HR)という主要修復機構を発達させてきたが、高等真核生物で高頻度に利用される c- NHEJは誤りを産みうる修復機構である。高線量(率)域と低線量(率)域の低LET放射線被ばくで生じ る DNA損傷には質的な違いがあると考えられる。これは、線量(率)に依存して修復機構の異なっ た選択が反映された結果なのか、DNA二本鎖切断損傷と他の種類の DNA損傷の発生頻度が線量 (率)とともに変化するためなのかは明らかでない。さらに、放射線は活性酸素種(ROS)の細胞内蓄 積も引き起こし、低線量(率)被ばくではDNA二本鎖切断(DSB)の生成が希になることから、DNA損 傷応答とともに酸化ストレスの生物影響への寄与を明らかにすることも課題であると考えられる。
3. 発がんのメカニズムに関する知見
多くの発がんは単一の細胞から発生する多段階の現象であると言われる。正常な組織幹細胞・前 駆細胞が複数の遺伝子変化を獲得することでがんとなると考えられる。これらの遺伝子の変化は、
DNA配列の変化(遺伝子変異)もしくはエピジェネティックな変化である。放射線被ばくの変異シグ ネチャーがあるかどうかは不明であるが、次世代シーケンス解析による放射線の変異シグネチャー
の研究は進むであろう。一方、発がんは単一の細胞の変異の蓄積だけでなく、炎症、免疫、細胞老 化、細胞競合などの組織環境の影響が深く関わっていることも示唆されており、組織の応答として 捉えていく必要がある。発がんの原因として、多様な環境要因、遺伝要因が明らかになってきて、
がん原因の人口寄与割合が主要な生活習慣の因子に対して評価されている。今後、推定に伴う様々 な不確実性を減らすこと、また内因性要因の寄与については、研究の途上である。
4. 放射線によるがん化
放射線発がんは、動物実験と疫学により多くの研究成果が蓄積されてきた。放射線発がんにおけ るがん発生割合(%)の線量反応は、動物種、系統、性、遺伝的背景、臓器・組織の種類、飼育環境、
照射条件などの影響を受ける。一般に、被ばくによる発がんの線量反応の傾向を広い線量域(特に 影響の大きい線量域)において表現する単純な曲線としては、直線(L)、または、直線—2次曲線 (LQ)が選ばれることが多い。被ばく線量の増加とともにがん発生割合(%)が高くなる。現状では、
疫学によって線量率効果を求めるのは、種々の不確実性が大きいため困難である。比較的明確とな っている高線量・高線量率放射線の発がんリスクから、定量的に直接推定することが困難な低線 量・低線量率放射線の発がんリスクを推定するための補正係数(DDREF)が国際的組織・機関で推定 されている。しかし、DDREFの推定には不確かさを含め、データや解析法に課題が残されている。
動物実験にみられる放射線被ばくによる寿命短縮は、ほとんど全てが放射線誘発がんによるもので ある。比較的低線量率の動物実験で、500匹のマウスを用いて線量率を0.05 mGy/日まで下げた実験 では、累積線量が20 mGyであることも関係してか、寿命短縮は観察されていない。一方、新生児
〜思春期(0、7、35日齢)マウスは、成熟マウスと比較すると放射線誘発がんに対して感受性が高い。
これに対して、17日齢胎児マウスは、成熟マウスと同程度の感受性であり、中年マウス(365日齢) は低感受性である。さらに、がん抑制遺伝子ヘテロ変異マウスを用いた発がん実験では、放射線の 直接ヒットによる標的遺伝子の機能喪失型変異が、発がんのイニシエーションになり得ることが示 唆されている。このように動物実験により多くの成果が得られているが、人に対する放射線の発が ん影響については、がん化メカニズムの全容が明らかでない現状では、議論すべき課題が残されて いる。
5. 放射線の疫学
低線量域における放射線リスクを観察疫学手法によって評価する場合には、まず、推定されるリ スクが小さいことにより統計学的検出力が小さくなることに留意する必要がある。一般人口集団へ 適用可能な放射線リスクの推定値として最も信頼性が高いと考えられている原爆被爆者の追跡調査 においては、爆心地から遠い地域で被爆し、放射線被ばく量の低い(0.2 Gy未満)人々の場合、推定 されるリスクが小さいことにより統計学的検出力が小さい。そのために、放射線リスクの推定は地
域的により異なる生活習慣等による偏りや交絡の影響を受ける可能性がある。しかし、原爆被爆者 の追跡調査全体としての放射線リスクの評価には、高線量域(1 Gy以上)での結果が線量反応関係の 評価に大きく寄与している。原爆被爆者の追跡調査においても、100 mGy未満でも放射線被ばくに よって、僅かでもがんが増加するかどうかはリスクが小さいことで明確にできない。一方、放射線 作業従事者などさまざまな集団における低線量域での放射線リスクの研究結果が明らかにされてき た。そのために、複数の疫学データを統合して解析するプールド・アナリシスやメタアナリシスが 実施されているが、これらの推定値および信頼区間がほんとうに真の姿を示しているのかさらに研 究を実施していく必要がある。疫学データでは、リスク推定値の統計学的有意性のみでリスクの有 無を二分的に判断するような議論ではなく、確率的な性質を持った放射線リスクの大きさを放射線 による「寄与」の大きさで定量的に考慮する議論も求められる。
6. 放射線がんリスクの評価
リスクの推定とは、疫学研究に代表されるように過去の放射線被ばくを経験した集団の観察結果 に基づいてモデル式等により、その集団固有のリスクの大きさを推定することを指す。一方、リス クの予測とは、疫学研究等で推定されたリスクを参考に、一般化された放射線被ばくの状況、ある いは特定の集団について、そのベースライン、年齢、被ばく状況等に関して特定の条件を想定して 計算した、放射線防護やリスク管理のための将来の予測値を指す。様々な放射線被ばくを対象とし たリスク推定の研究例として、医療被ばく、職業被ばく、あるいは環境からの被ばくに関する疫学 研究報告があるが、放射線防護の基礎となるがん疫学研究としては、原爆被爆者の寿命調査(LSS) が最重要と認識されている。そこでは、被ばく時年齢、到達年齢、性別は、放射線被ばくによるが んリスク予測の主要な修飾要因とされ、リスク予測に取り入れられている。
7. 継世代影響
動物を用いた実験研究により、放射線による継世代影響がしばしば報告されてきた。オークリッ ジ国立研究所で実施されたメガマウス実験により、マウスにおいても照射された個体の生殖細胞に おける突然変異率が高まること、および放射線誘発突然変異率は線量率が低い時に比べて高い時の ほうが高くなることが報告されるなど、動物を用いた実験研究では放射線の継世代影響が観察され る場合がある。一方、人についても原爆被爆者をはじめとした様々な集団について放射線の継世代 影響に関する調査が実施されてきた。原爆被爆者の子供を対象に実施された初期の調査では、出生 時の奇形や新生児死亡、死産、性比など影響は確認されなかった。1946~1984年に被爆者から生ま れた子ども約 41,000 人を対象に、1999年までのがんおよび非がんの死亡を調べた研究では、対照 群と比べて被ばく群におけるいずれの死亡率についても増加は認められず、また親が受けた線量と ともにそれらの死亡率が増加する傾向は見られなかった。これまで人で継世代影響は確認されてい
ないが、継世代影響が人で観察されない理由は十分にはわかっていない。仮に放射線による継世代 影響が人で起こるとしても自然に発症する頻度と比べて非常に小さく、検出することは容易でない であろう。継世代影響につながる突然変異の誘発率が極めて低い場合でも、高い感度で検出できる 今後の研究がより有効である。
8. 低線量リスクに関する放射線防護の考え方
放射線防護の歴史は、放射線影響の科学的知見や防護の基盤となる考え方と共に変遷してきた。
現在のICRPの放射線防護体系は、組織反応と確率的影響(がん及び継世代)という2つの有害な健康 影響を取り扱っており、組織反応を防止し、確率的影響のリスクを合理的に達成できる程度に減少 させることを目的としている。特に確率的影響については、ICRP Publication 26以降、しきい値な
し直線(LNT)モデルに基づく低線量・低線量率被ばくによるリスクの予測や放射線損害の定量的分
析によって科学的知見が蓄えられ、その基礎が構築されてきた。また、近年では、放射線防護の背 景にある倫理的基盤が明確にされ、放射線防護は科学的知見だけでなく社会的に価値判断が伴うこ とが強調されている。線量限度や線量拘束値、参考レベルなどの数値基準の主要な目的は、組織反 応と確率的影響のリスクに対する防護の達成である。一方で、社会的な価値判断においては、これ らの健康影響だけではなく、リスクに対する受容性や耐容性も放射線防護の焦点の一つとなる。放 射線防護においては放射線被ばくを低く抑えることと、放射線以外の要因との比較やバランスにつ いての議論が不可欠である。
1. 低線量・低線量率とは
1.1. 放射線生物作用
放射線生物作用は、一般に物理的段階(もしくは過程、以下同様)、物理化学的段階、化学的段階、
生物的段階の4段階に大別できる(図1.1)(1)。
その結果、放射線生物作用は、生体物質による放射線エネルギーの吸収によって開始される一連 の連鎖的な反応の結果として生じ、直接作用と間接作用に大別される。直接作用は標的となる DNAなどの生体分子によるエネルギー吸収に起因し、間接作用は生体のおよそ 70%を占める水分 子に代表される周辺物質のエネルギー吸収に起因する(1-5)。X線やγ線などの線エネルギー付与 (Linear Energy Transfer: LET)(1.3.1項参照)の低い放射線では、間接作用が60–70%を占めるが、高LET 粒子線では直接作用の割合が高くなる(1-5)。
しかし、放射線生物作用の各段階の時間オーダーの値は、教科書によって異なり(1-5)、およその 時 間 ス ケ ー ル と 考 え て お く 必 要 が あ る 。 Dertinger and Jung の 教 科 書(1)に 記 載 さ れ て い る
図1.1 放射線作用の時間的経過
参考文献(1) 図2を元に作成、改変。関連する各章を記載。
Platzman(6,7)によると、水溶液系において各段階の継続時間のオーダーは以下のように見積もられ ている。
物理的段階: 10-13 秒
物理化学的段階: 10-10 秒
化学的段階: 10-6 秒
生物的段階: 秒から数十年
1.2. 基礎となる線量の定義 1.2.1. 照射線量
X線やγ線などの光子放射線が物質に入射する直前での、空気に対する電離能力を示すもので、
電離箱を用いて測定する。光子放射線(X線、γ線)を照射した質量 dmの空気中に生じたイオンの総 電荷をdQとすると、照射線量Xは、次式で表される(3,8)。
𝑋𝑋= 𝑑𝑑𝑑𝑑 𝑑𝑑𝑑𝑑⁄
単位:C(クーロン)/kg
定義:0℃、1気圧の純粋空気1 cm3に1静電単位(esu)の正および負のイオンを生成する放 射線量
1 R = 2.58×10-4 C/kg
当初、耐容線量として皮膚の紅斑線量(erythema dose)が用いられたが、1928 年に国際放射線単位 測定委員会(The International Commission on Radiation Units and Measurements: ICRU)はX線の量の定義 を統一し、単位をレントゲン、記号をrと決めた(後にRに変更された)。1977年の国際放射線防護 委員会(International Commission on Radiological Protection: ICRP)のPubl. 26(9)において単位が国際単位 (SI)に統一されたため、SI単位であるC/kgが使われるようになった。
1.2.2. 吸収線量
吸収線量 Dは、𝑑𝑑𝜀𝜀̅を𝑑𝑑𝑑𝑑で除した商として定義される。ここで𝑑𝑑𝜀𝜀̅は電離放射線により質量𝑑𝑑𝑑𝑑の
物質に与えられた平均エネルギーである。吸収線量は、ある体積要素に沈着するエネルギーの確率 論的分布の平均として定義される。単位はGy。
𝐷𝐷= 𝑑𝑑𝜀𝜀̅ 𝑑𝑑𝑑𝑑⁄
ここで、1 Gy = 1 J/kg、1 rad = 100 erg/g、1 Gy = 100 radである(radは、SI単位系が採用されるまでに 用いられてきた吸収線量の単位)(3,8)。
1.2.3. カーマ
カーマは、kinetic energy released in materialの略である。非荷電粒子であるX線やγ線、中性子線 が、ある物質の質量𝑑𝑑𝑑𝑑内で生じた荷電粒子の持っている初期運動エネルギーの総和を𝑑𝑑𝐸𝐸𝑡𝑡𝑡𝑡とする とカーマ(K)は、𝑑𝑑𝐸𝐸𝑡𝑡𝑡𝑡を𝑑𝑑𝑑𝑑で除した商として定義される。単位はGy。
𝐾𝐾= 𝑑𝑑𝐸𝐸𝑡𝑡𝑡𝑡⁄𝑑𝑑𝑑𝑑 物質が空気の場合には、空気カーマと呼ばれる(3,8)。
カーマは着目する単位質量の物質内での相互作用によって生成される二次電子が、放出される際 に持つエネルギーすべてを対象とするので、その場所の放射線の強さを表すのに適している。一方、
吸収線量は着目する物質の部分以外で生成された二次電子による吸収エネルギーも含める(3,8)。
1.2.4. フルエンス、エネルギーフルエンス
フルエンス(Φ)は、単位面積を通過する粒子の数として定義される。大円の面積が𝑑𝑑𝑑𝑑である球の 中に入った粒子数がdNである場合、
𝛷𝛷=𝑑𝑑𝑑𝑑 𝑑𝑑𝑑𝑑⁄
単位は粒子数/m2となり、単位時間あたりのフルエンスの変化をフルエンス率という(3,8)。 エネルギーフルエンス(Ψ)は、単位面積を通過する粒子のエネルギーとして定義される。大円の 面積が𝑑𝑑𝑑𝑑である球の中に入った粒子のエネルギーがdRである場合、
𝛹𝛹=𝑑𝑑𝑑𝑑 𝑑𝑑𝑑𝑑⁄
単位はJ/m2となり、単位時間あたりのエネルギーフルエンスの変化をエネルギーフルエンス率とい う(3,8)。
1.3. 放射線の種類によって異なる影響(線質効果)
1.3.1. 線エネルギー付与(Linear Energy Transfer: LET)とブラッグ曲線(Bragg curve)
LETは、荷電粒子の飛跡の単位長さあたりに付与される局所的なエネルギーであり、keV/µmが 単位として用いられる(5,8)。LETには、トラック平均LETとエネルギー平均LETがあり、放射線 生物学の場合には、エネルギー平均LETを使う場合が多い(8)。
ブラッグ曲線は、荷電粒子の飛跡に沿った比電離の分布を表す。LETは、深部に入るにつれて 徐々に高くなり、粒子の飛跡の末端近くでブラッグ・ピークと呼ばれるシャープな最高値に達する (5)。
1.3.2. 生物学的効果比(Relative Biological Effectiveness: RBE)
ある放射線(r)の生物学的効果について、250 kVp X線を基準放射線として評価することを考える。
このときの生物学的効果比(RBE)は、250 kVp X線とその放射線rとが同じ生物効果を生じるのに必 要な線量をそれぞれ𝐷𝐷250、𝐷𝐷𝑡𝑡とすると、以下の式で表すことができる(5,10)。
𝑑𝑑𝑅𝑅𝐸𝐸=𝐷𝐷250⁄𝐷𝐷𝑡𝑡
基準放射線として用いる放射線は、エネルギーの高い硬γ線が好ましいとされているが、特に定 められていないため、明記する必要がある(10)。
1.3.3. LETとRBEの関係
一部のDNA二本鎖切断(DSB)修復遺伝子欠損細胞等(2章参照)を除き、RBEはLETに比例して増
加し、100–300 keV/µm付近でピークを示す。ピークとなるLETやRBEの値は、放射線の種類のみ
ならず、用いた細胞の種類やエンドポイントなどによっても異なる(5)。粒子線の場合、LET が RBEのピーク値を超えると細胞死を生じるのに必要な線量(細胞致死線量)以上の線量が粒子の1ヒ ットで与えられるようになるため、RBE値はむしろ低下することがわかっている。一方、DSB修 復能が著しく損なわれた細胞では、LETの増加に伴う RBEの増加が認められないため(11)、この RBEの増加はDSBの誤修復の結果であると考察されているが、更なる議論が必要である。
1.3.4. クラスターDNA損傷
数10塩基対間(一般に1-2ヘリックスターン間)に複数の DNA損傷が生じた場合に、クラスター DNA損傷と呼ばれることが多い(12)。DSBはクラスターDNA損傷の一つであり、small clustered
DNA damageとする場合もある(13)。DSBを含まずに塩基損傷やAPサイト(塩基が失われた部位)、
DNA切断から成る場合は、non-DSBクラスター損傷と呼ばれ区別される(12)。
高LET放射線である重イオン線が高い細胞致死効果を示すのは、X線やγ線などの低LET放射線 と比較して電離密度が高く、誤修復や修復不能の原因となる重篤なクラスターDNA損傷を生じや すいためであると考えられている(13)。
1.4. 低線量・低線量率とは
1.4.1. 低線量・低線量率の定義
低線量・低線量率について、国際的に合意された明確な定義はないが、原子放射線の影響に関す る国連科学委員会(United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation: UNSCEAR)の 2010年報告書(14)において、X線やγ線の外部被ばくの場合、低線量を200 mGy未満、低線量率を
0.1 mGy/分未満(1時間以上の平均値)と定義されており、国際的に最も広く用いられている。また、
UNSCEAR 2012年報告Annex Aでは、約10–100 mGyの範囲を低線量域、約10 mGy未満を超低線量 域としている(15)。
これは、世界中の一般公衆、作業者、治療を受けている患者が被ばくし得る低線量・低線量率放 射線の被ばくによる人の健康に及ぼすリスクを科学的根拠に基づいて評価する目的において定義さ れたものである。UNSCEARの1993年報告書(16)では、物理(マイクロドジメトリー)、(細胞・動物) 実験、疫学データなどに基づく複数のアプローチをレビューし、人の発がんのリスクを評価する目 的において、上記(14)の低線量・低線量率を線量・線量率効果係数(DDREF)を適用する範囲として いる。
一方、ICRPの 2007年勧告(17)では、明確に低線量・低線量率の範囲を定義していないが、付属 書Bの総括に、低線量域(<100 mSv)の確率的放射線影響に対してLNTモデルを仮定するとの記載が ある。付属書A「主な結論と勧告」では、放射線防護の目的のための、100 mSv程度までの範囲の 線量(1 回線量又は年線量)の放射線に起因する健康影響に主として関係すると記載されている。ま た、付属書Bでは、低LET放射線によるがんの誘発は、およそ100 mGy以上の線量範囲で確実な 証拠があるとしている。
ICRPは、2007年勧告(17)で放射線防護の一般的な目的には1990年勧告(18)で示したDDREF=2を 大まかな判断に使用し続けることを決定した。これは、実験データの線量反応の特徴、原爆被爆者 の寿命調査(Life Span Study: LSS)、及びその他(参考文献(19-21)及び2007年勧告付属書A)が実施した 確率的不確実性解析の結果に基づいている。
吸収線量の微視的分布を考慮したマイクロドジメトリーでは、平均吸収線量が素線量(1.4.2項参 照)の 20%(標的へのヒットの割合が 0.2)未満を「低線量」と定義するとしている(22-24)。この場合 の「低線量域」では、線量が低くなると荷電粒子・二次電子がヒットした標的(例えば、細胞核)の 数が減少することに注目している(24)。
1.4.2. 素線量
低線量域や高LET放射線を照射した場合には、DNAや個々の細胞に沈着するエネルギーのゆら ぎなど、相互作用の確率的性質を考慮する必要があり、マイクロドジメトリーで微視的な線量を考 慮することが有効になる(8,22-25)。素線量は、荷電粒子の1ヒットによって1標的(細胞核)に与えら れる線量であり、細胞にとって実質的な最低線量となる(8,22-25)。直径 8 µmの球を標的とした場 合、セシウム-137のγ線の素線量は約1 mGyであり、核子(陽子もしくは中性子)あたり20 MeVの炭 素イオン線(LET: 110 keV/µm)では約70 mGyになる(24)。
(例)ICRU Report 86 (25)のAppendix Aでは、素線量および照射が均一となる線量は、以下のように求
められると記載されている。
哺乳類の細胞核(標的)のサイズを直径8 µmの球とする。線エネルギー(lineal energy, y)は、マイク ロドジメトリーでの LETに相当するもの、指定した球の体積内に沈積されたエネルギーをランダ ムに横切る粒子の平均行路長を表す。ここでは、X線の場合の頻度平均直径エネルギー𝑦𝑦𝐹𝐹を 4
keV/µmと仮定する。
マイクロドジメトリーにおける微視的な標的内の線量は、比エネルギー(Specific energy; 𝑧𝑧)とで表 され、巨視的な吸収線量とは区別される。𝑧𝑧は確率的な分布を持つため、𝑧𝑧の期待値として標的内の 頻度平均線量を𝑧𝑧𝐹𝐹とする。単一イベントあたりの𝑧𝑧𝐹𝐹の分布を考慮する場合には、添え字をつけて 𝑧𝑧𝐹𝐹1と表す。その平均値である素線量𝑧𝑧����𝐹𝐹1は以下で求められる。
𝑧𝑧𝐹𝐹1
����= 0.204∙ 𝑦𝑦𝐹𝐹⁄𝑑𝑑2= 0.204∙4 8⁄ 2= 0.0128 Gy
ここで、0.204はkeV/µmからJ/kgへの変換係数である。
エネルギー沈積の相対標準偏差(RSD)を20%と仮定した場合、イベントの平均数nは、
𝑛𝑛= (100 RSD⁄ )2= 25 20%より小さいRSDを与える最小線量は、
𝐷𝐷=𝑛𝑛 ∙ 𝑧𝑧����𝐹𝐹1= 25∙0.0128 Gy = 0.32 Gy
よって、平均吸収線量が0.32 Gyよりも高い場合、照射は均一であると考えられる。
1.4.3. エネルギー沈着が不均一な場合、照射に関して記載すべき内容
放射線源そのものや吸収線量が低い場合に結果として生じる、生物影響を生じ得る小さな体積へ のエネルギー沈積の不均一性は、吸収線量のような平均量と照射結果との関連づけを困難にする (25)。そのため、照射条件や照射物(標的)や環境等について再現できるようにできるだけ詳細に記 述すべきである(25)。
(例) 1.4.2項で計算したX線(光子放射線)の場合(25) 1) 均一に照射されている場合は、以下について記述する。
測定した吸収線量の線量率と照射時間
光子スペクトルを用いて求めた線質、もしくは X線照射装置の加速ポテンシャル、半価層、
他の光子放射線源との比較情報
ターゲットの環境(二次電子平衡、後方散乱など) 2) 不均一な場合は、以下について記述する。
エネルギー分布、光子フルエンス率(Φ𝐸𝐸̇ ) と照射時間
Φ𝐸𝐸̇ が利用できない場合、X線照射装置の加速ポテンシャル、フィルター、線量率、半価層、
他の光子放射線源との比較情報
ターゲットの環境(二次電子平衡、後方散乱など)
1.4.4. データのある線量・線量率範囲と防護において関心のある範囲とのギャップ
十分な実験データのある線量・線量率の領域と、公衆・作業者の放射線リスクに関して関心のあ る領域にはギャップがある(図1.2)(26)。実験データが十分な領域は、数10 mGy以上、1 mGy/h以上 の線量・線量率の領域であるが、作業者の線量限度は100 mSv/5年(ただし、50 mSv/年)であり、一 般公衆では1 mSv/年である(詳細は8章参照)。ICRPの1990年勧告(18)では、職業被ばくについて全 就労期間中に受ける総実効線量が約1 Svを越えないように、そしてそのようなレベルに線量限度を 定めるべきとされている。
上記の中間的な領域ではデータが不足しているため国際的に様々な議論があり、疫学研究におい て、低線量率でもリスクが高くなるという結果(テチャ川住民)と、高くならないという高自然放射 線地域住民(インド・ケララ)の結果がある(27)。低線量・低線量率放射線の疫学データについては5 章を参照してほしい。
図1.2 線量・線量率の観点から整理した、動物実験、細胞実験及び幾つかの疫学研究の 実験データの充足性と社会における放射線リスクの関心領域とのギャップ。
参考文献(26) 図1を元に作成、一部改変。
一般公衆および作業者の線量限度についての詳細は8章参照。
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