(1)利風 俳句作品抄 その4
「初飛行・初降下」
27年1月
「梅の頃」
27年2月
「春の風」
27年3月
「花の雲」
27年4月
「四万十川」
27年5月
「矢切の渡し」
27年6月
「大賀蓮」
27年7月
「キャンプ旅行 その
1」
27年8月
「キャンプ旅行 その
2」
27年
9 月
「鎌倉散策」
27年10月
「秋深し」
27年11月
「師走」
27年12月
「白鳥」
28年1月
「伊豆ドライブ」
28年2月
「雛祭り」
28年3月
「花御堂」
28年4月
「良寛堂」
28年5月
「菖蒲園」
28年6月
「千葉公園大賀ハス」
28年7月
「キャンプ村」
28年8月
(2)27年1月
「初飛行・初降下」
新年あけましておめでとうございます。
今年の年賀状は中の写真を使用し、「蒼穹に清かに聳てり睦月富士」を添えました。
平成26年を顧みると、4月1日より消費税が8%になったこと、税を決める側の「政治と
金」の問題が数多くあったこともあり今年の世相を表す漢字は「税」とのこと。10大ニュースで
は惨事として御嶽山噴火、広島市北部の土砂災害、喜ばしい事では青色 LED 開発3氏の
ノーベル賞受賞、テニスの錦織圭選手の活躍などが挙げられます。
国外ではエボラ出血熱、韓国「セウォル号」沈没、イスラム国の台頭等々総じて明るい記
事は少なかったように思います。
現職を引いて 12年になりますが年明け初飛行の記憶は鮮明、まずは基地ゆかりの神社
にて安全祈願をし、その後初飛行を行うのは今も変わらないことでしょう。青空に轟音を立て
て飛び翔つ飛行隊長の一番機をその年の安全を祈って見つめたことが思い出されます。
今年の百里基地初飛行は1 月 5 日(月)、習志野空挺団では防衛大臣の見守る中、団長
の先陣を切る初降下は1 月 11 日(日)となります。
俳句紹介は足掛け7年になりますが、今年も所属している俳句会誌、新聞等に掲載採用
されたものをテーマごとに纏め紹介します。
清晨
せ
い
し
ん
の
遠
富
士
拝
す
初
御
空
御
慶
述
ぶ
卒
寿
の
母
の
耳
元
へ
隊
長
の
乗
る
一
番
機
初
飛
行
安
全
の
祈
願
新
た
に
初
飛
行
初
飛
行
全
隊
員
の
祈
り
乗
せ
初
飛
行
万
全
常
に
変
は
ら
ざ
る
先
陣
は
空
挺
団
長
初
降
下
冬
天
の
藍
を
背
そ
び
ら
に
落
下
傘
息
災
を
願
ひ
嬰
み
ど
り
児
ご
噛
む
獅
子
頭
門
松
を
括
る
荒
縄
ゆ
る
び
な
し
利
風
C-1 輸送機からの落下傘降下 神々しい雪富士 百里基地のF-15 戦闘機
(3)27 年2月 「梅の頃」
初吟行は 1 月 6 日の「隅田川七福神めぐり」いわゆる福詣でした。 集合場所の三囲み め ぐ り神社
は、浅草駅から吾妻橋か言問橋を渡り、川を上流に向かって暫し歩くと土手下に位置して
います。文和年間(1352~56 年)に創建された歴史あるお社で「墨東の古刹」、大国神と恵
比寿神の二福が祀られています。境内には「雨乞いの句碑」、三柱鳥居、三つ穴燈籠、三
越のライオンの狛犬等があり三々五々に句を詠みました。「雨乞いの句碑」に寄り添う梅の
木、万蕾が膨らみつつある中、二輪だけ早々と花を咲かせていました。将に、「たまわるごと
の梅二輪」と言う感じでした。これが自分にとっての初梅でしたが、東京の梅開花は 1 月 26
日と気象庁が発表しました。梅の標準木は気象庁の敷地内にあるようですね。
ところで 2 月 8 日~3 月 8 日の湯島天神梅まつりが開催されます。日和を選んで上野公
園を散策、不忍池の荒寥とした池、芽柳が色を醸しだすなかの弁財天を拝し、湯島へと足
を延ばすと有意義な一日が過ごせます。泉鏡花の「湯島の白梅」の世界、又「学問の神様」
を祀ってあるので孫の学業成就を祈願するのも良いでしょう。境内の学業祈願の絵馬が山
のように吊るされ、その絵馬が寒風に打ち鳴らされる風情は、何とも言えません。是非ぜひ
足を運んでみてはどうでしょうか?
車
椅
子
押
し
つ
つ
巡
る
梅
の
下
梅
宮
の
受
験
の
絵
馬
の
錣
な
し
芽
柳
の
澎
湃
ほ
う
は
い
と
色
醸
し
出
し
梅
の
影
磴
に
映
れ
る
女
坂
木
の
芽
晴
槻
つ
き
の
天
網
紅
を
刷
く
梅
の
宮
四
温
の
日
和
車
椅
子
一
碧
の
空
を
仰
げ
る
梅
の
花
梢
先
う
れ
さ
き
に
鏃
やじ
り
の
ご
と
き
辛
夷
の
芽
蒼
天
に
こ
こ
だ
犇
ひし
め
く
辛
夷
の
芽
琅
玕
ろ
う
か
ん
の
軋
み
騒
立
つ
春
嵐
利
風
東京の梅の開花は1 月 26 日 湯島天神 泉 鏡花の「筆塚」
(4)27年
3 月 「春の風」
弥生となりましたね。ものの本に弥生は「いやおひ(弥生)」の転じたもので、草木がいやが
上にも生えるとありました。我が家の庭にも、ほこほこと蕗の薹が顔を覗かせ、椿や沈丁花が
咲き初めています。野辺に出てみるといぬふぐり、ほとけの座、野蒜等が見られ、将に草が
萌え出しています。里山に目を向けると辛夷や木蓮の芽がこぞり立ち、芽起しの風が渡って
います。日和を選んで、散歩に出かけて見ましょう。
3 月と言えば東北大震災、あれから4年となりますね。先日、福島第一原発の排水溝から
高濃度の放射性物質を含む水が外洋に漏れ続けているのを放置していたことが判明した。
昨年四月に把握しながら公表せず、対策も取っていなかったとは立腹ものです。公表しなか
った事よりも、「放置」していたという体質が許せない。漁業関係者を含む被災者は勿論、国
民を愚弄するものと言えよう。東電の何かしらの体質改善が望まれますね。
さてさて3 月には雨水、啓蟄、春分という二十四節気があります。各節気を繙いてみると旧
暦での暮しでは、今よりはるかに季節の移ろいを細やかに感じていたのだなぁと言う事が良
く分かります。先ずは雛祭りを愛で、三節気を肌で感じましょう。関東では春分を過ぎた頃か
ら桜が咲くのでゆっくりと桜の名所を巡るのも良いでしょう。
撥
ね
上
げ
し
蔀
し
と
み
戸
と
を
抜
け
春
の
風
潺潺
せ
ん
せ
ん
と
小
川
流
る
る
蕗
の
薹
藪
椿
遍
く
咲
け
る
遅
速
か
な
蒼
天
に
木
の
芽
湧
き
立
つ
寺
苑
か
な
花
盛
り
千
鳥
が
淵
に
人
溢
れ
靖
国
の
金
紋
の
扉
と
の
花
明
り
九
段
坂
花
爛
漫
の
慰
霊
の
碑
満
開
の
桜
の
空
の
塞
が
る
る
塀
越
し
に
春
月
出
づ
る
武
家
屋
敷
啓
蟄
の
空
に
一
朶
の
雲
の
無
く
利
風
六義園の枝垂れ桜
三春の滝桜 河津桜に目白
(5)27年4月 「花の雲」
3 月 23 日東京に染井吉野桜の開花宣言が出ました。昨年より二日早かったですね。
先日、新宿御苑を散策しましたが、新宿御苑には 65 種の桜が植栽されており名の通りの十
月桜の開花を始めとして7 月頃まで咲き継いでいるとの事でした。関東では 3 月下旬から 4
月半ばが見頃、新年度を迎え心機一転、入学式、入社式などとの関係で人生の転機を彩る
花とも言えますね。
同期のゴルフ・コンペを 3 月 27 日、野田パブリックけやきコースで島本君と米玉利君の幹
事役で実施しました。絵に描いたような麗日・うららかな日の中で和気藹々とプレーを楽しむ
ことが出来ました。ただ、参加者は6 名、寂しさは隠し切れない。津曲君の御長男、芳信さん
が参加してくれて、その溌剌さに元気付けられました。風貌に親父の面影が濃く偲ばれ、プ
レーでは「賭けると強い」親父の性格をそのままに、ニアピン賞を二つゲットしました。血は争
えないですね。
プレー後のパーティーで、「高齢化に伴い身体不調、遠距離参加の困難性等の理由から
年々コ ンペ参加者が減少しており、今回をもって69会ゴルフ・コンペを発展的に解 消し、
各地域で同好の同期生等でゴルフを楽しむ」と言う方向でどうだろうかとなりました。18 年 3
月 31 日佐倉カントリーで第一回を実施して以来、年二回連綿と継続して来ましたが、古稀
間近になり、かかる方向で止むを得ないと思うところです。
太
幹
の
瘤
に
桜
の
咲
き
出
で
し
山
吹
の
数
を
恃
み
て
華
や
げ
る
花
屑
を
掃
き
寄
す
寺
の
静
寂
か
な
花
蕊
の
褥
に
余
花
の
散
り
こ
ぼ
れ
躙
に
じ
り
寄
る
野
点
の
膝
に
散
る
桜
な
だ
る
る
に
逆
ら
ふ
一
枝
雪
柳
諸
葛
彩
群
れ
て
禁
色
な
す
と
こ
ろ
こ
れ
や
こ
の
八
幡
宮
の
銀
杏
の
芽
一
陣
の
風
に
堰
切
る
花
吹
雪
天
守
跡
四
望
の
里
の
花
の
雲
利
風
26・4・6 近所の公園 ひよどりと桜
JR 佐倉駅近くの高崎川
(6)27年5月 「四万十川」
旅は楽しい。昨年4月末から 5 月中旬まで、四国キャンプ旅行をした。東京有明から徳島
港へ 18 時間のフェリー旅、そこから室戸、安芸、高知、土佐、中村、宇和島、伊予、松山と
概ね海岸線をぐるりと廻った。田井ノ浜・月見山子供の森・種崎千松・四万十川・内子・峯山
公園等のキャンプ場で17泊、ホテルで一泊の旅でした。
旅ではいろんなことに出くわします。例えば四万十川キャンプ場は赤く塗られた四万十
橋近くの河川敷にあり、写真の通り木立が無い。張ったテントをベースキャンプにして藤祭見
学、沈下橋、舟下り、四万十市十和町の鯉幟の川渡等を楽しんだ。四万十川両岸の新緑、
澄み切った川の魚影の濃さ、川面を渡り来る河鹿笛、川風を袈裟に纏わせてゆく遍路の姿
などに句心がふつふつとしたことが思い出されます。
ただ、好天を良い事に毎日楽しんでいたら気づかないうちに妻共々日射病の前期症状に
なってしまい、けだるさ、頭痛に見舞われてしまった。己が齢を顧みて深く反省し、急きょホ
テルに一泊、ゆっくりしたら回復、事なきを得ました。
四国は俳句がとても盛んなところ、訪れた室戸岬、桂浜、五台山に俳句ポストが設置され
ていた。折角の機会だからと投句したら、後日高知県俳句連盟会報が送られてきて、何と次
の二句が入選していました。励みになるものですね。
結願に向ふ遍路の日焼顔 利風
大漁旗混じる港の鯉幟 利風
四
万
十
川
瀬
音
高
鳴
る
新
樹
光
新
緑
の
丘
に
凛
と
し
竜
馬
像
薫
風
や
諷
ず
経
き
ょ
う
洩
れ
く
る
大
師
堂
遍
路
ら
の
輪
袈
裟
靡
か
せ
青
田
風
沈
下
橋
底
に
影
曳
き
鮎
遡
の
ぼ
る
四
万
十
の
源
流
に
聞
く
河
鹿
笛
山
躑
躅
燃
え
て
霊
山
華
や
げ
り
五
月
雨
に
昼
を
灯
せ
る
大
師
堂
結
願
寺
遍
路
の
杖
の
汗
滲
み
旅
の
夜
の
浅
き
眠
り
に
河
鹿
笛
利
風
四万十川キャンプ場 佐田沈下橋 291.6mL 4.2mW 四国八十八か所霊場
(7)27年
6 月 「矢切の渡し」
今週土曜日(6 日)に六九会総会懇親会が例年の場所で開催されます。個人差はあれ、今
年は同期生「古稀」を迎えます。杜甫の詩に「人生七十古来稀」とありますが、今の世におい
ては、「七十はまだまだ、やれるぞ、やらねば」と思う人が大部分でしょう。でも、己の風貌、
体力など、また子供や孫の成長を見るにつけ、やはり「古稀」は現実だなとも思い知らされま
す。「健康に勝る宝無し」の言葉が妙に納得できます。
渡し舟として有名な「矢切の渡し」は江戸川をはさむ千葉県松戸市矢切と東京都葛飾区
柴又を結び、料金は大人片道 200 円です。何度か吟行で訪れましたが、京成線金町線柴
又駅から、映画『男はつらいよ』の寅さんがそこにいるような雰囲気の参道、名物の草だんご
を横目に眺めつつ帝釈天へ、歴史を感ずる帝釈天総門を潜り「瑞竜の松」とはこれかと眺め
てお参りする。山本亭の日本庭園を眺め、柴又公園を通り、渡し舟で矢切へ、ここから伊藤
左千夫の小説の舞台となった「野菊の墓文学碑」まで足を延ばす。渡し舟は艪漕ぎ、ぎーぎ
ーと鳴る櫓臍(ろべそ)の音、川面を掠める燕、涼しい風が川面を撫でてゆく、片道五分の船
上はとても感慨深いものがあります。是非ぜひ一度お出かけになる事をお勧めします。
京成金町線柴又駅下車 柴又帝釈天総門 矢切の渡舟片道200 円約五分
柴
又
の
参
道
狭
し
日
唐
傘
瑞
龍
の
松
の
緑
蔭
人
憩
ふ
日
輪
に
紛
れ
鳴
き
継
ぐ
夏
雲
雀
渡
舟
待
つ
木
蔭
の
風
の
涼
し
か
り
渡
し
舟
流
れ
寛
ゆ
た
な
る
夏
の
川
渡
舟
場
の
歩
板
ほい
た
に
翳
す
夏
柳
二
つ
三
つ
絵
日
傘
開
く
渡
舟
か
な
夏
燕
川
面
に
出
て
は
翻
る
渡
舟
発
つ
艪
ろ
臍
べ
そ
の
軋
む
音
涼
し
颯
爽
と
川
風
を
切
る
夏
燕
利
風
(8)27年7月 「大賀蓮」
千葉公園に大賀蓮が咲く時期です。大賀博士が昭和 26 年に地下 6 メートルから発掘したの
はたった 3 粒の蓮の実でした。このうち 2 粒が発芽したものの一株は枯れてしまい、結局最
初に発掘した一粒が株となり成長、「大賀蓮」として今に至っているのです。
蓮の花はたった 4 日の命なのをご存知ですか?一日目は払暁 4 時から 5 時頃、花弁が緩
みだすも午前 8 時頃にはとっくり型のまま閉じてしまいます。二日目は深夜 1 時くらいから緩
みだし朝 7 時から 9 時ころに全開となり、花容が最も優美、優雅、そしてこの日も花は閉じま
す。三日目はやはり深夜 1 時頃から開花、9 時から 10 時ころに全開し花径が最大となります。
花色が褪せた感じとなり、昼ごろに閉じ始めますが閉じきれず半開の状態で夜を迎えます。
四日目は 8 時ころまでに全開となり、そのまま花弁は散り始め午後 3 時頃には完全に散り
ます。水面に散り蓮華が浮かびます。艶やかな分、哀れを感じます。
蓮見は早朝が良いと言う理由はこの為です。さて、蓮の開花音はあるのかと言う疑問、よく
「ポン」と発するとか言われますが、大賀博士の録音実験では「無音」だったようです。でも、
大賀博士はこれを敢えて「風流音」と名付けたようです。
俳句を嗜む者にはこの「風流音」も詠みこみたいのが偽らざる心境なのです。将に「心耳」
に聞くものなのだと思います。毎年 7 月には千葉公園で大賀蓮を見る会が実施されますの
で、お出かけになってはどうでしょうか?
朝
早
く
か
ら
い
そ
い
そ
と
蓮
愛
づ
る
払
暁
の
心
耳
に
蓮
の
開
花
聞
く
蓮
開
く
床
し
き
音
を
心
耳
に
す
日
の
昇
る
刻
惜
し
み
蓮
閉
じ
そ
め
し
大
賀
蓮
古
代
の
色
を
見
て
飽
か
ず
二
千
年
を
目
覚
め
し
池
の
大
賀
蓮
蜻
蛉
の
翅
を
畳
め
る
蓮
宝
珠
咲
き
盛
る
葉
叢
を
抜
き
し
大
賀
蓮
蓮
の
花
幽
か
な
香
り
清
々
し
葉
畳
を
抽
き
五
百
余
の
大
賀
蓮
利
風
大賀蓮3 日目
大賀蓮・蓮華亭 大賀蓮1 日目
(9)27 年 8 月 「キャンプ旅行 その 1」
旅は楽しい。昨年夏、7 月 11 日の初度任地・千歳第 203 飛行隊の創隊 50 周年行事に
出席、その後 9 月初旬までキャンプ旅行をしました。候補生だった自分を昼夜分たず
指導してくれた先輩諸兄は米寿近くになり、古稀間近の自分を顧みて、過ぎた年月の
長さを噛み締めました。
いろいろなところを巡りましたが我が夫婦にとって「旭川市 21 世紀の森」が最高
のキャンプ場の一つです。旭山動物園から約 20 キロ山奥に入ったところにあり、ペ
ーハン湖湖畔にあるキャンプ場です。総合案内所には職員が常駐し、テントを張る場
所が約 100 サイトあり、炊事棟、水洗トイレ、源泉百%の森の湯温泉(12 時から夜 8
時)、キャンプ場が広いため移動手段としての自転車、18 ホールのパークゴルフ場、
日々出るゴミの回収を含め、料金はすべて無料、唯一有料は洗濯機だけ、募金箱に一
回百円玉を入れることでした。
日々、家とほとんど変わらない日本食の朝食から一日がスタート、キャンプ仲間と
パークゴルフをしたり、川で魚釣り、ゆっくり湖畔の散策、時には片道一時間半の中
鶴根山展望台(678m)に足をのばし大雪山連峰を眺めたり、ゆったりと自然を楽しみま
す。夕刻、温泉を楽しんだ後、どちらかと言うと野菜中心の気取らない夕食。満天の
星空の下での肩書のないキャンプ仲間との語らいはなかなか捨てがたいです。無料と
はいえ、日々の食材調達、層雲峡、美瑛、留萌、朱鞠内等の景勝地観光などで、総合
的に見れば地元に経済還元がなされていると思います。結局三週間近く過ごしてしま
った。思い出すに今浦島のような日々でした。
朝
靄
の
霽
は
れ
て
湧
き
た
つ
蝉
時
雨
夏
霧
の
霽
は
れ
翠
巒
の
た
た
な
は
る
老
鶯
の
神
威
岬
に
声
を
張
り
虻
払
ふ
牛
の
尾
忙
せ
わ
し
牧
の
昼
照
り
翳
か
げ
り
美
瑛
の
丘
の
大
花
野
唐
黍
畑
の
丘
よ
り
霧
の
這
ひ
上
が
る
宗
谷
本
線
万
緑
を
縫
ひ
直
ひ
た
走
る
キ
ャ
ン
プ
村
瞳
の
光
る
夜
の
鹿
テ
ン
ト
の
灯
恃
み
繙
ひ
も
と
く
師
の
句
集
山
嶺
の
空
に
浮
き
立
つ
良
夜
か
な
利
風
仕切られたテントサイト ペーハン湖畔のキャンプ場 源泉掛け流し、料金無料
(10)27 年 9 月 「キャンプ旅行 その 2」
8 月 7 日東京都心の正午過ぎ 36.9 度、8 日連続の猛暑日となりました。猛暑日連 続記
録 としては過 去 最 高 でしたが、この酷 暑 の夏 、各 位 にはいかが過 ごされましたか?
今 月 は森 林 公 園 びふかアイランドのキャンプ場 を紹 介 します。施 設 内 にはキャン
プ場 の他 、温 泉 、パー クゴル フ場 、道 の駅 、多 目 的 広 場 、ボー ト・カ ヌー 、釣 り 場 等
があります。テントフリーサイトは大 人 200 円、子供 100 円/一泊、温泉 400 円と有
料 です 。も ちろん、洗 濯 可 能 、水 洗 トイレ の洗 面 所 、有 料 ゴミ袋 での分 別 処 理 など
日 々の生 活 に困 ることはなく、買 い物 は徒 歩 で行 ける「美 深 道 の駅 」があります。
キャンプ場 は白 樺 林 の中 にあり 、車 の横 にテントを設 営 、緑 蔭 でゆっ たりとした
時 間 を過 ごす。ある日 、美 深 駅 から音 威 子 府 駅 まで天 塩 川 が左 右 に見 える稚 内 行
きの宗 谷 本 線 に乗 り込 み景 色 を楽 しみました。渺 々の蕎 麦 畑 、時 たま向 日 葵 畑 、将
に緑 の中 を一 直 線 に進 む電 車 旅 は爽 快 でした。片 道 640 円、35 分、音 威子府駅
は鈍 行 列 車 の停 車 時 間 に啜 る「 黒 蕎 麦 」が有 名 です 。駅 の中 にある常 盤 軒 、常 盤
軒 が駅 のような感 じもなくはなく、名 の通 り蕎 麦 も汁 も真 っ黒 だった。
また、日 を選 んでキャンプ場 をベースに朱 鞠 内 の夏 祭 り、日 本 一 赤 字 だった旧 国
鉄 ・美 幸 線 跡 のトロッコ王 国 、美 深 松 山 湿 原 などを楽 しみました。こんな時 間 を過 ご
すのも旅 ならではの楽 しみです。
ト
ロ
ッ
コ
列
車
霧
よ
り
現
れ
て
霧
に
消
ゆ
海
じ
霧
り
雫
吹
き
付
け
猛
る
海
難
碑
林
蔵
像
渡
と
樺
か
せ
し
霧
の
浜
に
佇
つ
納
沙
布
に
鐘
鳴
り
や
ま
ず
終
戦
日
サ
ハ
リ
ン
の
島
影
近
し
今
朝
の
秋
釣
り
上
げ
し
鮭
は
ら
ら
ご
を
零
し
け
り
鉾
ほ
こ
杉
の
月
煌
々
と
雨
上
が
る
霧
襖
よ
り
忽
然
と
羅
臼
岳
知
床
の
秋
嶺
さ
や
か
五
湖
め
ぐ
り
知
床
峠
帰
燕
の
空
と
な
り
に
け
り
利
風
万緑の中の宗谷本線 熊出没で三湖巡りだけ可能でした 宗谷岬の間宮林蔵像
(11)27 年 10 月 「鎌倉散策」
秋は8 月 8 日の立秋から 11 月 8 日の立冬の前日までです。爽やか、秋澄む、秋の夜、秋う
ららなど穏やかな季語の反面、台風、野分、秋出水、稲妻等の自然の恐ろしさを表す季語も
あります。また、秋雨、秋霖、秋湿りなど雨の多いのも事実です。
台風の大雨で穏やかな川が秋出水となったのが 9 月 9 日から 11 日に掛けての「関東・
東北豪雨」でした。9 月 14 日には阿蘇山中岳が噴火、自然は奇襲的に猛威を振るいます。
それを予知、予防、対策するのが人間の知恵と言うものでしょう。
奇しくも 9 月 19 日に安全保障関連法が成立しました。自然災害と並べ語るつもりはない
が、戦後70年維持してきた国の平和と独立を将来にわたって守って行くための法案成立に
安堵しています。法案の必要性は日本を取り巻く安全保障環境が変化し、一層厳しさを増し
たためとしていますが、この変化の具体的説明を相手国との関係もこれあり、あからさまにで
きなく、でもやらねばならないのが安全保障法案の抱えている本質な難しさなのでしょうね。
鎌倉はいつ行っても楽しめます。日和が好ければなおのことです。八幡宮流鏑馬神事は
4 月 9 月 10 月年 3 回、10 月 4 日に実施されるのでぜひぜひ見学をお勧めしたい。鎌倉駅
から八幡宮までの若宮大路の中央に位置する「段葛」が 16 年 3 月まで改修工事の為通行
できないのが少し残念です。
大
仏
の
御
手
に
親
し
く
赤
蜻
蛉
江
の
電
に
煽
ら
れ
通
し
蔦
紅
葉
鎌
倉
の
十
井
巡
る
秋
日
和
天
空
に
投
網
広
ご
り
鰯
雲
秋
澄
め
り
一
線
画
す
空
と
海
拝
殿
を
吹
く
秋
風
の
御
簾
揺
ら
す
流
鏑
馬
の
馬
場
百
間
の
新
松
子
し
ん
ち
ぢ
り
秋
晴
や
流
鏑
馬
的
を
射
抜
き
た
る
流
鏑
馬
の
正
鵠
を
射
し
秋
天
下
流
鏑
馬
の
馬
場
見
通
し
に
薄
紅
葉
利
風
コスモスと秋の雲 鎌倉大仏 鎌倉八幡宮流鏑馬
(12)27年11月 「秋深し」
10 月 14 日年度行事の府中基地見学会が実施されました。基地の景観は各人の基準とす
る年代で異なりますが、昭和32 年 8 月の基地発足以来使用している正面の建物はそのまま
の威容で我々を迎えてくれました。ハード面の変化は基地内そこここに見られ、時代の変化
を感じさせられましたが対応する隊員たちの節度ある接遇、状況説明、各部署案内に、我々
の後輩たちがしっかりとその職を全うしていることに満足感を得たのは自分だけではないと
思います。
国の平和と安全を守ろうと粛々と仕事をこなしている隊員の使命感は世代交代しても、世
情が変わってもしっかりと受け継がれていることを確認できた研修でもありました。基地業務
を担当している気象群司令及び関係者に心からお礼を申し上げます。
今年は季節の移ろいが例年に比べ早いようですが、例年11 月と言えば関東は天候が安
定し静かな日和となります。行楽に絶好、公園・神社などでは菊祭が開催されます。健康維
持の為、積極的に出かけてよい汗を流しましょう。
11 月の二十四節気は 8 日日曜日の立冬と 11 月 23 日月曜日の小雪・・・・季節は巡りま
すね。皆さん、風邪を引きませんように努力しましょう。因みに先月29 日インフルエンザの予
防注射を済ませました。
花
八
つ
手
椅
子
一
脚
の
駐
在
所
一
点
に
真
日
を
集
め
て
烏
瓜
藷
掘
り
の
軍
手
に
泳
ぐ
園
児
の
手
暁
光
の
色
刻
々
と
紅
葉
山
句
に
執
し
を
れ
ば
黄
落
は
じ
ま
り
し
し
き
り
な
る
黄
落
の
な
か
車
椅
子
松
手
入
真
澄
の
空
に
高
梯
子
幟
立
て
新
酒
祭
の
賑
は
へ
る
く
び
れ
し
を
忘
れ
瓢
の
気
ま
ま
か
な
老
二
人
小
さ
き
お
で
ん
鍋
囲
む
利
風
戦場ヶ原の草紅葉 紅葉とせせらぎ 指先に心を込めて松手入
(13)27年
12 月 「師走」
年月の経つ早さは、年齢に比例するのでしょうか?あっという間に師走となりました。極月、
臘月、春待月とも言われますが、慌しさから「師走」がぴったりしますね。
家族一同、健勝に年の瀬を迎えられるのは何よりのことでが、古稀の我々、健康面では何
かと心配事が付き纏いますね。風邪は万病の元と言われる通り、まず風邪を寄せ付けない
工夫と知恵が大事ですね。それでも年一回は罹ってしまうのが常の自分です。
毎年、年の瀬に会社の「餅搗」が行われます。100 キロの餅米を二日前から洗米し、朝星
耀く5時半ころから搗きはじめ11時半ころに終ります。創業時からの木臼は傷付き、罅が入
っては鉄の箍たがを嵌め、底の座りが悪くなっては鉄製の下駄を掃かせ、未だ現役です。
会社にとって創業時から残っているのは工場奥に祀ってある引退した「 鞴ふいご」と現役の木臼
です。社長三代に仕えている会社の宝と言えよう。毎年、この臼の周りに笑顔が打ち揃うこと
が出来るのは、社員は勿論、ご家族にとっても幸せな事である。
もちろん、自分も杵を持ちますが、昔取った杵柄はどこえやら
一臼搗くのが限度です。無理をせず楽しんでいます。今年は25 日に
計画されています。
冬
ざ
れ
や
古
道
の
辻
の
賽
の
神
極
月
や
七
堂
伽
藍
清
め
ら
れ
卵
塔
に
こ
こ
だ
く
溜
め
し
落
葉
か
な
落
葉
掻
き
使
ひ
慣
れ
た
る
ち
び
箒
餅
搗
の
杵
に
飛
び
散
る
力
水
餅
搗
の
手
練
し
老
の
腰
を
入
れ
餅
を
延
す
大
人
に
交
じ
り
幼
な
の
手
餅
搗
の
老
の
手
返
し
小
気
味
好
く
弥
い
や
栄
さ
か
は
社
業
の
願
鏡
餅
幼
な
子
の
取
粉
ま
み
れ
に
餅
丸
め
利
風
卵塔 賽の神 餅搗
(14)28.01「白鳥」
新年あけましておめでとうございます。
今 年 の 年 賀 状 に は 「
澄 む 空 に 見 え ゐ て 遠 き 雪 の 富 士
」 を 添 え ま し た 。
同期生の御家族、御一統が日々健康・息災であること事を祈り、新年の御挨拶とします。
俳句紹介を始めて八年目になります。今年も各所で選を頂いた句を掲出しますので折々
に目を通して頂ければ幸いです。俳句は十七文字に季語が入り、その季語が生かされてい
れば、何をどのように詠んでも自由です。しかし、五七五の十七文字故に奥が深いです。八
年前と変わったかと言えば、変わったようでもあり、変わっていない様にも思えます。継続す
ること自体に意味があるように思え、またそれが喜びでもあるように感ずる昨今です。
旅行、ハイキング、祭等の各種行事、吟行会参加時には、おのずと五七五の俳句モードに
なります。じっと自然を見続けても何も語ってくれない、何も感じない時もありますが、それは
それで何故か心は満たされます。大小かぎらず、新しい発見をした時は、何とか句に纏めよ
うと呻吟するのが常です。こうして得た句も、意外と自己満足、独りよがりの駄句が多いです。
それでも、趣味とはそのような物ではないかと開き直って続けることに意味がある信ずる昨今
です。
4 年前に「
身ごもりし娘の嬉々として初電話
」と詠みましたが、今回は
「
おねいちゃんになるのと孫の初電話
」、爺にはこの上ないお年玉である。
餌
付
田
に
白
鳥
あ
ま
た
回
帰
せ
り
白
鳥
の
歓
喜
の
舞
や
羽
搏
け
る
白
鳥
の
翔
た
ん
と
首
を
ぐ
っ
と
伸
べ
白
鳥
の
翔
た
ん
と
首
の
風
を
よ
む
白
鳥
の
己
が
影
蹴
り
翔
ち
に
け
り
白
鳥
の
即
か
ず
離
れ
ず
群
れ
を
な
し
白
鳥
の
諍
あら
そ
ふ
嘴
は
し
を
突
き
合
へ
る
白
鳥
の
嘴
は
し
の
天
突
く
怯
お
び
え
声
白
鳥
の
風
に
真
向
ひ
翔
ち
に
け
り
白
鳥
の
宙
そ
ら
を
む
ん
ず
と
着
水
す
利
風
千葉県印西市にある「白鳥の郷」、ごく普通の田圃の中です。毎年千羽以上飛来します。
(15)28.02「伊豆ドライブ」
昨年11 月、トヨタ試乗キャンペーンで図らずも、レンタカー付の伊豆今井浜東急ホテル一
泊旅行に当選し、1 月 21 日、22 日ハイブリッドのプリウスでドライブを楽しんできました。
大寒のこの日、澄み切った空は何処までも碧く、願ってもないドライブ日和、成田から東
関東・首都高・東名・真鶴・熱海ビーチを経由して東伊豆へ、途中車窓から神々しいまでの
冠雪富士が目を楽しませてくれました。ホテルチェックイン前に河津桜を見に行きましたが、
さすが大寒の時期、芽は膨らみつつありますがまだまだの感じ、因みに河津の桜まつりは2
月10 日からとの事です
ホテルの部屋から伊豆七島、左に大島、最右翼の神津島まで一望できました。海は穏や
か、しばし日頃の憂さ、些事を忘れ、只々、この景色を愛でることの出来る幸せを噛み締め
ました。
朝6 時 54 分、部屋の真正面の利島、ウド島辺りから日の出、思わずご来光に手を合わせ
ました。今日は西伊豆の堂ヶ島、黄金崎、恋人岬で散策し、土肥から大瀬崎回りのコース。
特に印象深かったのは、土肥から大瀬崎へのドライブ、この間景色最高だが道幅狭く坂道
の勾配がきつい。ゆっくりゆっくりとドライブを楽しみ、景色を愛でました。
この3 月で古稀の節目を迎えますが、年初からのラッキーな出来事、きっと神様が古稀の
前祝をくれたものと思っています。
裃
に
日
の
柔
ら
か
き
節
分
会
縒
よ
り
を
解
き
風
に
梳
す
か
る
る
柳
の
芽
岩
を
打
ち
岩
を
滑
り
て
春
の
滝
大
槻
つ
き
の
空
に
騒
さ
わ
立
だ
つ
芽
吹
き
か
な
四
阿
あ
づ
ま
や
に
春
禽
の
声
ほ
し
ひ
ま
ま
野
仏
の
肩
円
ま
ど
や
か
に
春
う
ら
ら
繋
が
れ
し
牛
の
ま
な
こ
に
春
の
雲
も
の
の
芽
の
朽
葉
褥
しと
ね
を
擡
も
た
げ
を
り
滾
々
こ
ん
こ
ん
と
梅
の
開
花
を
促
せ
り
魁
の
梅
一
輪
に
佇
ち
つ
く
す
利
風
西伊豆 井田の菜の花畑
(16)28.03「雛祭り」
2 月 20 日池袋サンシャイン58階のレストランで「防大13期統合懇親会」が開催
されました。総勢90名、夫人同伴19組、本人のみ49名、夫人のみ3名、古稀の
年代、昔なら「矍鑠の老」と言うところだが、まだまだ風貌には余裕があるように感
じました。
久闊の笑顔に話が弾み、逍遥歌を唱和し学生気分に浸り、アルコール、料理も十分
で心温まる一刻でした。このレストランの売りは丹沢山系の奥に富士山が見え、時間
的に夕日を臨める景観だったのですが、折からの悪天で視界ゼロ、まことに残念でし
た。全員が健やかに過ごされ、来年の再会を誓い解散しました。
昨年3月「かつうらビッグひな祭り」を見てきました。千葉県勝浦市のこの祭りは
平成13年(2001年)に徳島県勝浦町から約7,000体のひな人形を譲り受け
て開催されたのが始まりです。今では市内で約3万体のひな人形が飾られる大イベン
トになっており、今年は2月26日(金)~3月6日(日)に開催されます。
圧巻は遠見神社参磴に並べられたひな人形約 1500 体です。夜7時のライトアップ
終了後、近所の皆様のボランティアで一端取り込んで翌朝並べ直すのです。参拝する
我々を楽しませる為の影の奉仕・ボランティア活動が尊く思えてなりません。
市
を
挙
げ
て
持
て
な
し
の
雛
三
万
体
城
下
町
挙
げ
て
も
て
な
す
雛
祭
緋
毛
氈
隙
な
く
雛
の
寺
の
磴
町
興
し
寺
の
磴
埋
め
雛
飾
る
参
磴
の
六
十
段
に
雛
飾
る
代
々
の
雛
の
調
度
の
蒔
絵
か
な
雛
飾
仕
丁
の
素
足
投
げ
出
せ
る
相
伝
の
古
色
ゆ
か
し
き
内
裏
雛
町
並
み
に
雛
を
披
露
し
町
興
し
雛
飾
る
縁
の
奥
な
る
暮
し
向
き
利
風
遠見岬(とみさき)神社 60 段の参磴に 1,500 体の雛人形、町中のあちこちでも展示される
(17)28 年 4 月「花御堂」
悼 直言を信条とせる君椿散る 利風
3 月 12 日 岩井 義則君が黄泉の国に旅立たれたとの訃報が届きました。物事の本質を
見る力に長け、それを洒脱な言葉で問い掛ける、そんな人間だったなぁと思いだされます。
防大卒業40 周年近況報告集では次のように述べている。
「空自に入隊以来現在まで、常にアラート待機の状態でしたので、仕事から離れる
日が来れば毎日を老妻とともに静穏かつゆっくりとしたペースで過ごせるよう望ん
でおります。」
将にこれからと言う時なので悔しかったことでしょう。これからは世知辛い現世か
ら離れたので、ゆっくり休んで下さいと祈るばかりです。 合掌
家の近くにと言うより、四ツ家君の住む佐倉市に「妙隆寺」と言う由緒のあるお寺
があります。毎年、お釈迦様の誕生日である四月八日に花祭りが行われますが、この
寺では梵妻(僧侶の妻)さんが、寺の庭に今を盛りと咲いている椿で花御堂を写真の
ように飾り付けています。そして、煎じ煮出した甘茶を振る舞ってくれます。お砂糖
の無い時代には、これが甘味そのものだったのだろうと理解できます。是非ぜひ、近
所の寺院を訪ね誕生仏に甘茶を注いでみてはいかがでしょうか?
御
仏
の
螺
ら
髪
ほ
つ
に
灌
ぐ
甘
茶
か
な
幼
児
の
手
に
適
ひ
た
る
甘
茶
杓
御
肩
の
絖
び
か
り
せ
る
甘
茶
仏
誕
生
仏
乾
き
て
も
な
ほ
甘
茶
色
燦
然
と
真
澄
の
空
に
花
辛
夷
華
や
ぎ
を
虚
空
に
留
め
花
万
朶
風
車
音
な
く
突
と
回
り
け
り
園
児
ゆ
く
保
母
前
う
し
ろ
あ
た
た
か
し
野
遊
び
に
嬉
々
と
幼
の
リ
ュ
ッ
ク
か
な
花
の
雲
夢
か
と
お
も
ふ
薄
月
夜
利
風
(18)28.05「良寛堂」
浜松の谷川、柏の米玉利両君の奥方の訃報に接し心からご冥福を祈ります。「運命」と言
う一言では括り切れない悔しさを覚えるのは、齢を同じくする同期生なるが故なのでしょう。
両君の悲しみを尽して涙し、そして心安らかになられることを祈ります。
友の訃の続けざまなり花の冷 利風
4 月 14 日震度 7 で堰を切った「熊本地震」、震度 1 以上を 29 日に一千回を超え、終息
の目途が見えていない。阪神淡路大震災、東日本大震災を経験しているので未曽有のこと
と言えるかは論のあるところですが、教訓を生かし切れていないとか、激甚指定が遅いとか
かまびすしい。しかし、大きな視野でみると「国挙げて、国民皆が熊本に心を寄せ、復旧復
興に一丸となっている。」と感じます。災害は奇襲と同じで時間・場所を問わず起こり、「同じ
ケースは無い。」と言い切れます。一日も早い終息を願うばかりです。
防災計画に基づく着実な備え、いろいろな想定下での CPX、そして防災の日等を利用し
ての実動訓練がいかに大事であるかが良く分かります。防災計画策定で事が足りたとするの
は最も忌むべきことであり、何よりも常の備え、構えが大事と思います。
新潟の出雲崎、寺泊、弥彦方面をキャンプ旅行した時の句を紹介します。
良
寛
堂
卯
波
の
果
て
の
佐
渡
島
良
寛
堂
の
四
檐
し
え
ん
を
掠
め
初
燕
空
碧
し
斑
雪
は
だ
れ
嶺
ね
連
ね
国
境
雪
解
ゆ
き
げ
靄
も
や
棚
田
の
形
を
暈
ぼ
か
し
を
り
佐
渡
遥
か
荒
磯
あ
ら
そ
に
卯
波
猛
り
け
り
良
寛
堂
佐
渡
借
景
の
若
緑
良
寛
の
足
跡
辿
り
春
惜
し
む
五
月
雨
に
長
湯
楽
し
む
旅
半
ば
流
鏑
馬
の
馬
場
百
間
の
若
緑
一
渓
を
跨
ぎ
躍
れ
る
鯉
幟
利
風
良寛堂:良寛生家屋敷跡 母の故郷である佐渡を向く良寛像 十日町市星峠の棚田
(19)28.06「菖蒲園」
28 年 1 月 29 日 名古屋に住んでいた丹羽孝彦君が逝去されました。今後、飄々と
した彼の姿を見れないのは何とも淋しい事ですね。
また一人友の訃を聞く新樹冷え 利風 合掌
5 月 27 日伊勢志摩 G7 サミット終了後、広島原爆投下七十一年目にアメリカ現職大統領
が広島を訪問、「言葉」を述べてくれました。各人各様、受け止め方、感じ方は様々ですが、
自分も少しばかり目を潤ませてしまいました。「恩讐の彼方」、「心のけじめ」・・・いずれ教科
書に載るような歴史に残る一ページに立ち会った気持ちでした。また、自分でも不思議に思
うのは、この実況中継を見ている時、ふっとアメリカ留学時のアメリカ人同級生の顔が次から
次と浮かんできたことです。原爆投下の是非につきお互いに議論を避けたことへの一つの
けじめをつけた結果なのでしょうか?彼らから原爆投下について議論を持ちかけられた記憶
はない。
今月は花菖蒲の俳句を紹介します。五年前23 年 6 月に「花菖蒲」を紹介、菖蒲、花菖蒲、
あやめ、カキツバタの違いを紹介しました。今回は花菖蒲と黄菖蒲は氏素性が全く違います。
黄菖蒲は外来種、アヤメ科の多年草地中海沿岸が原産、各地の水辺に野生化、繁殖力旺
盛、群れ咲く帰化植物です。菖蒲園などでは栽培していないです。花菖蒲は日本古来のも
のです。
し
ぼ
が
み
の
解
け
る
さ
ま
に
花
菖
蒲
八
つ
橋
の
軋
む
静
寂
の
花
菖
蒲
菖
蒲
田
の
こ
こ
だ
鉾
ほ
こ
立
て
咲
き
競
ふ
八
つ
橋
に
葉
先
突
き
だ
し
花
菖
蒲
花
菖
蒲
雨
に
適
ひ
て
鮮
ら
け
し
梅
雨
出
水
渡
と
舟
せ
ん
の
舫
もや
い
綱
つ
な
張
れ
る
風
躱
か
わ
し
日
に
耀
へ
る
花
菖
蒲
懇
ねん
ご
ろ
に
窶
や
つ
る
る
を
摘
み
菖
蒲
守
参
道
の
軒
々
親
し
花
菖
蒲
八
橋
に
日
傘
を
傾
げ
礼
い
や
交
は
し
利
風
(20)28 年7月「千葉公園大賀ハス」
4 月 14 日の熊本大地震、伊勢志摩サミット、オバマ大統領の広島訪問わが故郷秋田を
皮切りに人食い熊出没、6 月 15 日の舛添都知事辞任等々慌ただしい昨今です。また台風
が未だ一個も発生していない不思議、このようなかで18 歳から選挙権を行使できる初めて
の選挙、第24 回参議院選挙が 7 月 10 日投開票されます。
全国32 の改選定数1の一人区で野党 4 党候補が一本化されました。香川選挙区で、共
産党候補が公認候補になっており、民意の結果を注視したいものです。
6 月 18 日~26 日、千葉公園大賀ハス祭りが開催され 25 日に訪ねました。蓮池にある蓮
華亭で大賀蓮の講話、琴、バイオリン・太鼓の演奏などが行われました。特筆は蓮の葉にお
茶やお酒を入れ、茎を通して飲む象鼻杯の体験会がありましたが、出足が遅かったために
整理券を貰えず、めったにない景色、固唾をのんで見守りました。
大賀蓮の古代のピンク色にしばし時を忘れ、花、蕾、浮葉、巻葉、葉叢、池面、ささ濁り、
蜻蛉、風、日差し等に気を配りながら俳句を詠む。詠めるか詠めないかでなく、その時が楽
しい。
秋の季語に「蓮の実」「蓮の実飛ぶ」があります。千葉公園の大賀蓮は純粋な種を保存す
るために、蓮根による繁殖のみを行っており、毎年3 月中旬に蓮根を堀上げ植え替えしてい
ます。従って蓮の花托→果托は実が未熟なうちに全て摘み取ってしまうとの事です。
あ
か
と
き
の
寂
じゃ
っ
光
こ
う
栄
ゆ
る
大
賀
蓮
ゆ
く
り
な
く
蓮
散
る
刹
那
目
の
当
た
り
漕
ぎ
入
り
し
蓮
叢
の
奥
腥
なま
ぐ
さ
し
蓮
見
舟
竿
ひ
と
突
き
に
漕
ぎ
出
せ
る
一
陣
の
風
蓮
の
葉
を
ひ
る
が
え
す
満
を
持
し
葉
裏
に
控
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大賀蓮
千葉公園蓮華亭 花托は種保存の為摘取り廃棄
(21)28 年8月「キャンプ村」
7 月 31 日投開票された東京都知事選は小池さんが当選しました。候補者 21 人、最
高齢が 76 歳、最年少が 32 歳でした。小池新知事にはこれからの東京都のかじ取り、
東京オリンピックへの準備、公約に掲げた政策を着実に進めて頂きたいです。
退官してから毎年、夏は北海道キャンプ旅行をして来ましたが、年齢もこれあり今
夏からキャンプは止め、普通の旅にすることにしました。従って二人で泊れる車から、
自分はキャンプに未練があるので一人なら何とか泊まれる車に買い替えました。でも、
歳のせいか未だ気分が乗らず、一人旅するための改装には着手していません。
昨年 8 月 9 月にも北海道キャンプの紹介をしましたが、一番の長所は健康の回復で
す。インターネット無し、テレビは車のワンセグ、新聞なし、周りのキャンパーへの
配慮からラジオは小さい音量で、最近ではWiFiでインターネット接続、電話連絡
が可能になりましたが、当時ガラ携であったので殆ど外様との連絡はなし、食事はほ
とんど自炊、夫婦でゆったりとした時間を過ごす。キャンプ場の緑と静けさを満喫し、
時にはパークゴルフ、時にはハイキング、時は魚釣り・・・・夫婦喧嘩もそれなりにし、
大概は自分の降参で終戦。旅行を終えてからの肝機能検査等ではほぼ減点無しの状態
になっていました。古稀は実父が他界した年、今こうして健康でいること自体に感謝
しています。
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ノロッコ号釧路~塘路 540 円 羅臼岳 瀬棚キャンプ場