第 2 部
〔実践編〕
臨床倫理
臨床倫理検討シートの使い方
基本情報:シート 0
検討に際しては、まずどういう事例を検討するのかが提示される必要があります。 シート 0 はこのためのもので、ここには検討の基礎になる情報を整理して書きます。 したがって、この部分の中心は、これまでの経過を記述することにあります。共同 で検討にあたる者たちが、経過についての物語りを共有することは、不可欠のこと であり、ここをしっかり押えておかないと、以下の検討はうまく行きません。 【記入の手引き】 0-1 患者プロフィール 患者についての基本的情報を簡潔に書きます-名前・年齢・性別・家族構成など。 ・ 担当の医療スタッフ内で検討する際には、実名でよいでしょうが、より広 い範囲の人が参加する検討会では「A さん」「B 氏」などとします。 ・ また、実際の治療方針決定上の必要から検討する場合でなく、研修・研究 のために使うとなりますと、さらに厳しく患者・家族のプライバシーに配 慮する必要が出てきます。 0-2 経過 これまでの経過を病状・治療と医療者-患者・家族間の交渉を中心に書きます。 ・ なるべく時間の流れに沿って記述するようにしてください。 ・ 何を書き何を書かないかについてはあまり気にしないで、差しあたって書 きたいように書いてください(後で、皆で検討する際に追加訂正して行き、 皆の共通のストーリーに仕上げていけばよいからです)。 ・ なお、経過を、自覚症状が出て診察を受ける-診断が出て最初の手術-い ったんは職場復帰するまでに回復-再発して再入院し、これからの治療方 針が問題になっている、などというように、時期の区分を意識して、段落 を分けて記述するように心がけましょう。 0-3 分岐点の確認 ① 経過を書きながら、あるいは書き終わってから、重要な選択の場面ないし進路 の分岐点に注目して、その分岐点を示す段落の後に【tr1】、【tr2】、・・・(一般に【tr】 と略記する)と印をつけてください。 ・ すべての分岐点をマークしなければならないわけではありません-マーク することは、以下できちんと検討するということを意味します。臨床倫理検討シート *検討内容: プロスペクティブ:(DM) 医療方針の決定/ (PS) 医療・看護を進める中で起こった問題 レトロスペクティブ:(EV) 既に起こったことの評価 記録者[ ] 日付[ ~ ] 〔検討シート 0〕 0-1 患者プロフィール 0-2 経過 0-3 分岐点 シート0
・ どのような経過にも、分岐点は数えだしたら沢山あります。しかし、わざ わざ取り上げて検討すべきものは、そう多くはありません。問題はそうい うところにないということで、【tr】は一つも記されないことも、よくあり ます。 ② 未だどちらに進むとも決定されておらず、どちらに進むかが検討の対象となっ ているような分岐点を示す段落の後に【tp】と印をつけます。 ・ これは現在未だ選ばれてないということですから、あるとしても一つで、 経過の終わりのほうに位置しているでしょう ・ 【tr】はないこともありますが、それがある場合、【tp】は【tr】より後方 にくるはずです。 ・ DM(方針決定のための検討)の場合は、必ず【tp】が経過の記述の最後の 部分にあるはずです。それがこれから検討しようとしている点だからです。 ・ PS(問題解決のための検討)の場合は、多くの場合、【tr】が一つ以上あり ます。【tp】は最後にあることもないこともあります。 ・ 【tp】がある場合は PS と並んで DM の検討もする必要があります。 ・ EV(評価)の場合は、通常【tr】を一つ以上含み、【tp】はありません。 ③ 経過の記述中に tp、tr のマークをつけたら、【0-3 分岐点】にそれぞれの分 岐点が何についての分かれ道だったかを記入します。 以上でシート0 は出来上がりました。 次にシート1 に進みます。 【0-3 分岐点】に tr が書き込まれていたら、その数だけ シート 1tr を用意し てください。また、tp が書き込まれている場合は、シート 1tp を 1 枚用意します。 コラム 物語り=ナラティブとしての事例記述 過去について物語るということは、私たちにとって不可欠の営みである。ことに自分の こと、自分が関わっていることについて語ることは、現在の自分をどう位置づけるかとい うことでもあり、これからどう進んでいこうとするのかを語ることでもある。 過去について物語ることは、単に事実について記述するというだけのことではない。現 在を正当化し、あるいは批判するというような仕方で、位置づけようとする作業でもある。 だから、物語りには、物語のテーマとなっている事の経緯を、どのような筋のものとして まとめたいか、という語り手の意思なし意図なりが反映しており、語り手はそのように語 ることによって、聞き手もそのような筋に同意するように働きかけている。
このようなコンテクストにおいては、例えば〈事実の記述〉といっても、掛け値なしの 事実なのではない。たとえそこに書かれてある一文が「客観的な事実」であるように見え ても、その事実を記述に残すものとして選択したのは語り手であり、語り手はそれを記録 に価するものと看做したわけである。つまり、ある事柄に関わって起こった全てのことを 記録するわけにはいかないのである以上、取捨選択は語り手の事柄についての、どのよう な筋にしたいかという評価を反映することになる。 「体温は36.5 度Cであった」 このような記録を残すということ、このような〈事実〉を記録することに意味があると考 えるということは、体温の状況が目下の物語りの筋にとって大事なことだと看做している からである。また、普通私たちは、人が何回トイレに行ったかというようなことは、語る に価しないこととして切り捨てるだろう(映画を通してしか、人間の行動についての情報 を得たことのない宇宙人は、人間というものはトイレには行かないものだと考えるかもし れない)。だが、ここで私たちが扱う記録においては、排尿回数のみならず、その正確な量 が書かれることもしばしばあるだろう。そして、語り手も、聞き手もそのことを全く当然 のこととしている。-つまり、物語りがどういう種類のものであって、どのような基準で 書かれる事柄についての取捨選択がされているかについて、ある程度の一般的了解が成り 立っている。 逆に、ここで書かれてあることに、聞き手の見るところでは、「余計なこと」があったり、 また「書かれるべきなのに書かれてない」ことがあったりしたときに、それは物語りの筋 をどのようなものにしたいか、どのようなものであるべきか、についての意見の相違があ る可能性がある、ということにもなる。 以上、書く事実の取捨選択という例を出したが、他にも注目すべき点は多々あろう。要 は、事例記述は単に事実が書かれたものではなく、書き手が見出し、創り出した物語りで あるということである。 シート0
I 情報の整理と共有:シート 1
以下では、〔I 情報の整理と共有〕を目指す作業を、まず【tr】がある場合、その それぞれについて行い、続いて【tp】について行います。 ・ 決定のプロセス支援(DM)の場合、【tp】は必ずありますが、【tr】はある とは限りません。 ・ また、振り返っての検討(EV)の場合、【tr】はあるかもしれませんが、【tp】 はありません。あれば、それは振り返っての検討だけでなく、これからの 選択も検討課題になるからです。 ここでは、説明の都合上、【tp】に関する〔情報の整理と共有〕について先に解説し ます。 ◆シート 1 -Aの部分◆ ここでは、シート0 に記入した経過を念頭において、どの途を選ぶかが問題にな っている分枝点についての情報を整理します。 〔I 情報の整理と共有 tp 用〕は、治療方針を決定するために必要な、医療側と患 者側がもっている情報を整理し、それらを両者が共有することを目指す段階です。 したがって、ここは1A:医療側から患者側への情報と、1B:患者側から得ている 情報から成り立ちます。 まず、1A では医療側が持っている情報(したがって患者側に伝えるべき情報)を 整理し、かつそれが現在患者側にどう説明されているのか、いないのかを明らかに します。 【記入の手引き】 【時点:tp/選択の内容: 】 シートのトップには、以下で行う情報の整理が分枝点【tp】についてのものであ ることが書かれ、次に「選択の内容」として、どういうことについての医療方針の 選択の問題であるのかを簡潔に書くようになっています。 ・ これはすでに0-3 で書いてありますから、それを写せばいいのです。 ・ 記入しなくてもかまいません。 ・ 「医療方針の選択・決定」「看護方針の選択」と抽象的に書くことでも、「高 齢者の栄養補給を継続するかどうか」などとより具体的に書いてもいいのⅠ 情報の整理と共有【時点:tp/選択の内容: 】〔検討シート 1tp〕 A 医学的情報と判断 1A-1 治療方針の枚挙およびそのメリット・デメリット (一般論) 1A-2 社会的視点から 1A-3 説明 患者に対して 家族に対して B 患者・家族の意思と生活 1B-1 患者の理解と意向 1B-2 家族の理解と意向 1B-3 患者の生活全般に関する特記事項 シート1tp
です。 1A-1 選択肢(治療方針)の枚挙およびそのメリット・デメリット(一般論) ① 何を目指して、選択をしようとしているのか、を明確にし、 ② その目指すことを達成するために、どのような選択肢(医療方針の候補)を挙げ、 ③それぞれについて一般的にいえるメリット・デメリットないしリスクを(患者の 生活全体を視野に入れて)箇条書きにしてください。 ・ ①は、例えば、「残された日々をよく過ごすことを目指して」、「認知症自体は 緩慢に進行しているので、現在起きている諸症状をコントロールして、それな りのよい生を可能とするために」など、手段としての諸方針ではなく、それら を通して達成しようとしている善い事態を書きます。ここについては共通理解 ができていることが期待されますが、ここについても複数の候補があることも あるでしょう。その場合は、それぞれが選択肢となります。 ・ 選択肢を挙げるということについては、医療の専門家から見ても、複数の候補 がある時もあるでしょうが、選べる道は一つしかない、ということもあるでし ょう。が、非専門家である患者・家族の目線で選択肢を考えてください。例え ば、「この場合はもう放射線しかない」と専門家は思う時でも、素人は「手術 はどうなのか、抗がん剤はどうなのか」と考えるでしょう(実際にそのように 質問されるかもしれません)。そういうものを選択肢として提示して、益と害 を比べればよいのです。 ・ 選択肢は、医療現場では多くの場合、治療の選択肢です。が、療養方針の選択 肢(在宅で過ごすか、施設に入るかなど)その他のこともあります。 ・ メリット・デメリットには、医療目標や、予後についての判断が伴います。あ る治療が「痛みの緩和を目指す」ものであれば、それはその前提としてその治 療には「痛みの緩和が見込まれる」のであるはずです。このようにして、「益 として何が見込まれるか」を枚挙すれば、その中に通常「何を意図するか」も 挙げられることになります。そして、選択肢間が、単に手段としての治療の違 いとともに、「何を目指すか」の違いを含んでもいる場合には、①と②を含む ような仕方で選択肢を枚挙することができます。 ・ 治療に関して奏効率やリスクのこれまでの実績(パーセンテージなど)が分か っている場合には書いてください。 ・ 単に「適応である」とか、「血中カルシウム濃度があがるおそれがある」とい うような書き方ではなく、なぜ適応なのか、またなぜカルシウム濃度があがる とまずいのか、の理由になっているはずの、患者に分かるメリット・デメリッ トを書いてください。これは医療者がつい専門的知識に慣れて、そのレベルで
しか考えなくなってしまっていることを矯正し、患者の利益と害という目でも のを見るためでもあるし、また、患者・家族どうに説明するかを明確にするた めでもあります。 ・ メリット・デメリットは、医学的な視点から枚挙するだけでなく、患者の生活 への影響をも考えましょう。―― 手術をすれば一時的に寝たきりの状態にな り、読書などできなくなりますし、ICU に入れば家族との交流も限定されま す。点滴をすれば患者は管に縛られて自由度が下がります。こうしたことは高 齢者や予後が限られていると見込まれる患者にとっては大きな要素になるこ とがあります。また、回復後にこうしたことはいくらでも取り返すことができ る場合は無視できる(したがって細かく書き出す必要がない)ことが多いとは いえ、比較している他の治療候補と他の点で差がない場合、こうした点が選択 の理由になることもあります。 ・ ここではまだ患者の個人的事情は考慮に入れないで考えます。患者の生活につ いて考える際も、高齢者だからというような一般論の範囲でアセスメントして ください。 1A-2 社会的視点から 左欄(1A-1)に挙げた治療の候補のそれぞれについて、社会的な視点から見た問題 点があれば書き込みます。 ・ 医療費負担が高額になる、当医療機関では実行できない、第三者に害を及ぼす おそれがある、医療資源の配分を考慮しなければならない、外部の機関等と交 渉する必要がある、等々。 1A-3 説明 目下の選択肢に関わることを中心に、患者側に説明をしたか。1A-1,-2 に整理 した内容をそのまましたかどうか、しなかった部分、あるいは付け加えたことがあ れば、それを、また、説明してない場合はその理由等を、患者本人と家族それぞれ について書きます。 ・ 1A-1,-2 は、意思決定をする際の医療側が持っている基本情報を整理したも のになるはずです。したがって、患者側が選択をするためには、この情報を得 る必要があります。そのために、これらを患者や家族に説明することが意思決 定のプロセスにおいて重要なポイントになります。 ・ しかし、必ずしも説明を全てしているとは限りません。そこで患者側に説明を したのかどうか、また、どの程度まで説明したかについて、書きます。 ・ 患者と家族で説明内容が同じ場合は、家族の欄を「患者への説明と同じ」など としておけば簡潔明瞭になります。シートは情報量が減らない限り、なるべく シート1tp
簡潔なほうが、かえって分かり易い、ということもあります。 ◆シート 1 -B の部分について◆ ここは、今医療者が向き合っている患者・家族が病状についてどう理解し、どう したいと望んでいるのかについて、医療者が適切に理解するための部分です。 医師の説明を聞いて、患者(および、必要な場合は家族)は自分で治療を選択で きるために必要な理解をしたでしょうか? また、直接治療についてどうして欲しいという希望でなくても、患者が何を大事 にして生きている人かということが、疾患の状況によっては治療の選択に影響する こともあります。 この部分に記入することによって、あるいは記入しようとして、患者の考えてい ることに注意を向け、理解しようとすることが、肝要なことです。 【記入の手引き】 1B-1 患者の理解と意向 1A で示したような状況について患者の理解はどうであるか、またどのような意 向であるかを書きます。 たとえば ・ 自分の病状について理解していると思われるか。 ・ 治療についてどのような意向を表明しているか。特別の注文・オプションはあ るか。 ・ 患者の意思を聞くことができない場合はその旨と理由、など。 シート1 の A 部分と並べると、1B-1 は丁度 1A-3 の患者への説明内容の部分 の直ぐ下に位置します。医療側の説明と比べながら、書いてください。 1B-2 家族の理解と意向 1B-1 と同様のことについて、家族の理解と意向を書きます。たとえば、 ・ 患者の状態について理解したと思われるか。 ・ 治療についてどのような意向を表明しているか。特別の注文・オプションはあ るか、など。 ここも、1A-3 の家族への説明の直下にありますので、比べながら書くことがで きます。
1B-3 患者の生活全般に関する特記事項 このケースに登場する個別の患者にとっての最善を考える上で参考になるかもし れない、患者・家族についての情報を書きます。 ことに、患者の人生観、価値観、人生計画などは大事です。 ・ 今、どうしようか考えている選択肢に関する患者側の発言以外にも、折りに触 れて、患者・家族はさまざまなことを伝えてくれるでしょう。「早く家に帰っ て、お父さんに食事を作れるようになりたい」、「家に残してきた山草の鉢が心 配だ」、「孫がもう直ぐ入学するので、お祝いをしなくちゃ」といったことです。 こうしたことは、患者が今何を大事に思っているのか、何を支えに生きている のか、といったことを示しています。こうしたことをよく理解することが、「一 般にこのような疾患のタイプにはどの治療がよいか」にとどまらず、「この方 にとってどの治療が最適か」を考えるために、役にたつかもしれません。 ・ 検討する上で効いてくるかどうか分からない事柄でも、患者の人となりを理解 するのに役立つようなちょっとしたやりとり、ひとことなどがあったら、ひと まず書いておくに越したことはありません。 ・ 書き方も自由です。 以上で【tp】つまり方針決定のための基本的情報の整理は終わりました。 ◆シート 1tr について◆ 次に【tr】つまり、すでに選択・決定を終わっている分枝点についての情報の整理 ですが、これは以上の部分については、【tp】と全く変わりません。 ただ、【tp】の場合はこれから起こることや患者・家族の現時点での状態について書 きましたが、【tr】はすでに起こってしまったことについて書くという視点の違いが あります。 【tr】用は、すでに起こってしまったことですから、以上に若干加えられること(1C) があります。 【記入の手引き】 【時点: /選択の内容: 】 【tr】用の場合はシートのトップに、上のような記入事項があります。 ・ 「時点」には、どの分岐点について整理をするのかを示すために、シート 0 の経過に記入したtr1、tr2・・・を記入します。 ・ 「選択の内容」として、どのような決定をしたのかを簡潔に書きます。 シート1tr
Ⅰ 情報の整理と共有 【時点:tr/選択の内容: 】〔検討シート 1tr〕 A 医学的情報と判断 1A-1 治療方針の枚挙およびそのメリット・デメリット (一般論) 1A-2 社会的視点から 1A-3 説明 患者に対して 。 家族に対して B 患者・家族の意思と生活 1B-1 患者の理解と意向 1B-2 家族の理解と意向 1B-3 患者の生活全般に関する特記事項 1C 決定に至った経過
・ 例えば「入院当初の医療方針の決定」、「最初の手術後の方針の見直し」「状態 悪化による方針の再検討」といったことですが、当事者がどれのことを指して いるのか分かり易い表現にしましょう。 1A~1B すでに説明した【tp】用のシートの対応箇所と同じです。 ・ すでに起こったことですので、問題になっていることとの関連が薄いと思われ る場合は、さしあたってあまり細かく書かないでも済むこともあります(以下 の検討をしていくうちに、やはりよくアセスメントしないとならないとなった ら、ここに戻って丁寧に書き加えるということもありえます)。 1C 決定にいたった事情 【tr】用の整理には、シート 1 の A および B の部分に加えて、C の部分が加わり ます。ここでは、A および B で整理したような医療側、患者側の状態があった中で、 どのようにして実際になされた決定にいたったのかを、要領よくまとめるようにし てください。 ・ とくに、決定に患者や家族がどう参加していたか、いなかったかに留意してく ださい。「患者の希望に沿って、手術をしないことにした」と、「患者の希望で もあり、医療者としても妥当だと判断したので、患者・家族と話し合って手術 をしないという結論にいたった」とは違います。前者は患者の希望を聞いては いても、決めているのは医師です。後者は患者・家族と最終選択について確認 し合っていますから、一緒に決定したと言えます。こういう差が、後で振り返 って検討する時に注目する大事なポイントとなるのです。 *これまでの記入で、検討したい事例のこれまでの経過と、重要 な分岐点に関する情報の整理が終わりました。 これから、いよいよ問題の検討に入ります。 シート1tr
Ⅱ 検討とオリエンテーション:シート 2
ここから、どのような検討をしているかによって、使うシートが異なってきます。 ・ DM(方針決定)、PS(問題解決)の場合:〔II 検討とオリエンテーション〕 を使います。 ・ EV(評価)}の場合:〔IV 検討と評価〕〔V 今後のために〕を使い、検討 をします。これについては、「臨床倫理検討シートの使い方4」を参照して ください。 シートは3 種類(2DM、2PS、2EA)用意されています。 ・ これからどうしようか、と分岐点で進む道を選択する時には、2DM が基 本となりますが、2PS を使うこともできます。 ・ その他の問題の検討には2PS がよいでしょう。 ・ 今回のバージョンから新たに2EA が加わりました。これはもともと、振 り返って検討する際の、「検討と評価」につかわれたシート4を、前向きの 検討用に改訂したものです。倫理的な視点からの問題の分析を丁寧にしたい 時によいと思います。2PS と連動して使えます。 さて、検討をする主な場面は、病棟ではカンファレンスということになるでしょ う。報告者は、記入が済んだシート0 と 1 のコピーを出席者に配布し、説明をしま した。 経過と基本的情報について、内容を確かめ、補充する質疑に続いて、いよいよ検 討に入ります。 ◆Ⅱ-1 方針選択・意思決定を目指す シート 2DM の使い方◆ 検討は、DM タイプ(方針決定)の場合、〔II 検討とオリエンテーション(方針決 定用):シート 2DM〕を使うのが基本です。 ・ これは検討会席上で白紙のシートを配って、意見交換しながら、それに書き込 んでいく、という使い方を想定しています。 ・ パソコンを使う場合、プロジェクタがあれば、皆で共通の画面を見ながら書き 込んでいくというようなやり方も考えられます。 ・ もちろん、検討会の予習として個人で予め書き込む場合もあるでしょう。 ・ また、検討会後に検討内容を整理して書き直す余裕があればそれに越したことⅡ 検討とオリエンテーション(方針決定用) 〔検討シート 2DM〕 問題点の抽出 2-1 最善の方針:医療側の個別化した判 断 2-2 当事者等の間の一致・不一致 対応の検討 2-3 問題点の検討(不一致の要因と解消 の可能性) 2-4 今後のコミュニケーションの方針 シート2DM
はありません。 検討は、問題点をはっきりさせることと、そこで浮かび上がった問題点を解消す る対応を検討するという二段階に大きく分けられます。 【記入の手引き】 2-1 最善の方針:医療側の個別化した判断 まず《問題点の抽出》をします。2-1 では、医療者としては、この事例において、 この患者・家族にとってどのような道を選ぶことが最善だと考えるかを書きます。 すでにシート1の 1A-1 で、一般的な益と害のアセスメントがされてますが、それ に、1B の諸項目にまとめた患者側の思いを併せ考えて、個別化した判断をするの です。つまり、 ・ シート1―1A(医療側が考えている患者の最善をめぐる一般的判断)に 1B(患 者・家族の意向)を加えて、検討します。 ・ 患者の個別の事情を考慮した上で、医療側として、患者にとってベストと判 断する方針の候補を挙げます。 ・ ここでは最善についての、「患者(あるいは家族)の(理に適った)意向次第 だ」という判断もありえます。 ・ 医療者側、例えば医師とナースとの間で、意見の相違がある時には、理由を 挙げて両論併記しておきます。 2-2 当事者等の間の一致・不一致 次に、今記入した 2-1(医療者側が考える患者にとっての最善)と、シート1の 1B-1,-2(患者側の理解と意向)を比べてみます。どの治療の候補を選ぶかについて、 当事者の考えは食い違っているでしょうか、それとも一致している、あるいは一致 しそうでしょうか。 ・ 不一致の場合はその要点を書きます。 ・ 不一致は、医療者---患者・家族の間で起きる場合のほかに、患者と家族の間 で、また、医療者同士の間で起こることもあります。 ・ また、患者側の見解が明確になっていない(どれとも決めかねている)とい ったことによって、「一致に達してない」場合も「不一致」と考えます。 ・ 患者・家族は表面的には医師の薦める方針に同意しているが、どうもよく分 かった上で、納得して選んでいるわけではないようだ、というような場合も、 未だ「一致している」とは言えません。 ・ ここで当事者の見解が一致しているなら問題が起こっているわけではありま せんから、次の2-3 の検討は必要ありません。2-4 へ進みます。なんらか不
一致がある場合(問題なく一致しているとは言えない場合)は2-3 へ進みま す。 2-3 問題点の検討(不一致の要因と解消の可能性) 次に、2-3,2-4 で《対応の検討》をします。2-3 では、 ・ 関係者が合意に至ることを妨げている不一致の要因を検討します。なぜ見解 が一致しないのでしょうか? ・ その要因(と思われる点)が見出せたら、それを解消する可能性はないか。 解決の方向はどこに見出せるかと考えます。 ・ ここでは、記述は必ずしも系統だったものにならないでしょう。ああでもな い、こうでもない、と考えたこと、カンファランスで出た意見を書いていく という使い方で結構です。 ・ 「患者・家族にどう説明して、説得しようか」と考える前に、「患者・家族は どうして医療者と一致しない考えを持っているのだろうか」と、相手を理解 しようとする姿勢が必要です。つまり、「自分たちは正しい見解を持っている が、相手(患者・家族)はそれが未だ分からない」というような「上から目 線」ではなく、相手の思いが理解できたら、自分たちが相手の言うことをも っともだと思うようになるかもしれないとする謙虚な姿勢で取り組みましょ う、ということです。(患者・家族を理解する一つのやり方のヒントを次のコ ラムに示しておきます) 2-4 今後のコミュニケーションの方針 ・ 関係者が一致している場合は、合意を確認する方針を書きます。 ・ 問題がある場合、2-3 を受けて、今後どのような方向で患者・家族に対応してい こうとするかを考えて書いてください。 ・ 医療者内部の問題の場合は、意見の不一致を解消するためには、相互にどうコ ミュニケーションをすすめるかの方針を書くことになります。 シート2DM
◆Ⅱ-2 問題解決を目指す シート 2PS の使い方◆ ここでは、倫理に関わる問題が起こったと感じて検討をしようとしている場合の やり方(PS タイプ)について説明します。 すでにシート 0~1 は書き込まれているはずです。方針の選択とは関係ない問題 だと思われる場合、シート1は書きにくいかもしれません。そういう場合、シート 1は飛ばしても結構です。が、今感じている問題をめぐって、医療者がどうしたら よいかと思っていることと、患者・家族の思いとをそれぞれ書いておくのもよいで しょう。これらのシートを書き、また共同で検討して補充したというところで、現 状を整理して把握しましたので、ここから検討に入ります。 検討は、PS タイプの場合:〔II 検討とオリエンテーション(問題解決用):シー ト2PS〕を使います。使う場面や使い方は基本的には、DM タイプと同様です。 また、これは汎用性がありますので、方針決定のプロセス(DM タイプ)でも、 何か問題を感じている場合には、シート2DM の代りに使うこともできます(方針 選択の問題も、倫理に関わる問題には違いありません)。 【記入の手引き】 2-1 問題となっていること・問題を感じていること DM タイプと同様、まずは《問題点の抽出》です。 PS タイプの検討の場合、事例の経過の中で、医療者(の少なくとも一部)が問 題を感じたから、検討をしようということになったはずです。そのそもそものきっ かけとなっている点、つまり、どういう点に問題を感じたのか、を率直に書いてく ださい。 2-2 問題の倫理的性質の分析 2-1 に記述した問題について、それを倫理の視点からみると、どういう問題であ ると言えるかを検討します。 倫理的視点から見る際には次の諸点を吟味することが有効でしょう。 ・ p1 患者(家族)を人間として尊重しつつ、医療・看護を進めるという点につ いての問題なのか? ・ p2 患者(家族)にできるだけ利益となり害とならないように、という点で問 題なのか? ・ p3 社会的に、他人に不当な害を与えている、あるいは、社会が提供する資源 を十分活用してない問題なのか? ・ p1~p3 の間でディレンマが生じているのか?(ディレンマとは、p1~p3 の
Ⅱ 検討とオリエンテーション(問題解決用) 〔検討シート 2PS〕 問題点の抽出 2-1 問題となっていること・問題を感じ ていること 2-2 問題の倫理的性質の分析 対応の検討 2-3 問題点の検討 2-4 今後のコミュニケーションの方針 シート2PS
どれかとどれかの間で、一方に応じようとすると、他方に反してしまう場合 か、原則のいずれか一つについて、それを満たすために必要な複数の点を同 時には満たせず、「あちらを立てればこちらが立たず」状態になる場合のこと です。ですから、ディレンマがあると考えた場合、それがどういう内容のも のなのか、その構造を明らかにします。 ・ あるいは、以上の倫理原則に照らして、どこがまずいとは言えない類の問題 でしょうか。もしそうであれば、その旨を説明してください(この場合、問 題は倫理的なものではない可能性もあります)。 ・ ここの検討をちゃんとやる必要があると思われる場合、後に説明するシート 2EA を使うと分かり易くなることもあるでしょう。 2-3 問題点の検討 2-1,2-2 により、問題の倫理的性格がはっきりしたら、次に《対応の検討》です。 ここでは問題の倫理的性質の理解に基づき、その原因と解決の途を探ります。例 えば次の諸点を考えてみてください。 ・ p1~p3 が実行されてない場合、それは医療者が認識して、改めればよいこと か、あるいは、何らか実行を妨げている要因があるか? ・ ディレンマが生じている場合、両立しないと思われる複数の要素を両立させ る道をまず探ってみる。また、ディレンマ解決に役立つ一般的考え方を参照 して考える(例えば、相応性論は、こういう問題についての考え方を示すも のである:本書第1 部参照。) ・ 倫理的問題ではない場合も含めて、問題の要因を解消する可能性はないか。 解決の方向は? また、シート2DM の 2-3 の書き方の項とコラム「相手の意思を理解する」をも 参考にしてください。 2-4 今後のコミュニケーションの方針 2-3 で見出された解決の方向を具体化して、今後どのようなことを実行して行く か、次のような点に留意しつつ考えます。 ・ 医療者内部でのコミュニケーションの方針/患者・家族とのコミュニケーシ ョンの方針など。 ・ また、病院のあり方や、医療・福祉の制度など、社会的問題が要因としてあ
る場合、長い目で見た方向性とともに、差しあたって目下の問題についてど うするかを併せ検討します。
対応の方針が立ったところで、カンファランスなどにおける検討は終わります。
◆Ⅱ-3 倫理的視点から分析する シート2EA の使い方◆ 問題解決のためのシートとして、2PS に加えて今回のバージョンから2EA がラ インナップされました。これは従来の「IV 検討と評価:シート 4」および「V 今 後のために:シート5」に少し改訂を加えたものです。つまり、これらのシートは、 すでに起こったこと、自分たちがしたことを振り返って、どうであったかを検討し、 倫理的な(自己)評価をするものでした(=EV タイあプの検討)。しかし、使って いるうちに、前向きの検討にも使えそうだということになってきました。そこで、 シート4&5の問いかけは過去のことについて振り返って書くようになってますが、 これを現在のこと、これからのことを書くように改訂したものが、2EA で、内容 的には2PS をより詳しくしたものと言えます。倫理的視点からの問題の整理をす る部分(2EA-1)と、今後どうするかを考える部分(2EA-2)に分けてあります。 以下、使い方について説明します。 ●シート2EA-1(問題の倫理的視点からの整理)の使い方● ここで行う検討は倫理の視点からのものが中心となります。そこで、シート2EA は、倫理原則を念頭に置きながら、それぞれの原則に照らしてどうだったかを考え るというプロセスを辿るように、できています。ただし、ここで気をつけていただ きたいのは、「この原則に照らすと、ここで医師がしたことはまずい」というように、 各倫理原則を、「間違いを見つける物差し」のように使わないということです。そう ではなく、医療者が自ら備えているはずの姿勢を示すものとして、倫理原則を携え、 自分たちがどのように動くのがよいかを探っていくのです。 【記入の手引き】 2-0 さしあたって感じている問題点 何に、あるいはどういう点に問題を感じたのか、あるいは何が実際に問題になっ ているのか、率直に書きます。(=2PS/2-1) ・ 項目名の通りです。事例を振り返って検討しようということになったのは、 多くの場合、なんらかの問題点を感じているからであると思われます。そこ で、その感じていることをまずここに書いておきましょう。 ・ これと同じことが以下のどこかで繰り返されるかもしれませんが、それはか まいません。 ・ ここに書いたことが、下のほうのどこかに当て嵌まると気付いたら、繰り返 して書く代りに「4--0 に記したように・・・」としておけば、記述を簡略に することができるでしょう。
Ⅱ 問題の倫理的側面の検討 〔検討シート 2EA-1〕 2-0 さしあたって感じている問題点 2-1 「患者・家族にとってできるだけ利益になるようにする」(=P2)という観点 2-2 「相手を人間として尊重する」(=P1)という観点 2-3 「社会的視点での適切さ(正義)」(=P3)という観点 2-4 総合的検討およびその他の問題点 シート2EA
2-1 「患者・家族にとってできるだけ利益になるようにする」(=P2)という観点 ここでは、「相手にとってできるだけ利益になることを目指せ」という倫理原則に 照らして、現在の状況および今後の進む道について検討します。たとえば次のよう な問いに答えつつ考えてみてください。 ・ 現在、患者・家族は、与えられた条件の下(=私たちに可能な範囲)でベス トな状態にいるか(身体的、心理的、社会的、生きる姿勢といった要素を考 える)。 ・ そうでない場合、それはこれまで覚悟の上で行った選択の結果か、それとも 私たちの側に何らかの落ち度があったか。また、修復の可能性は。 ・ これからどのような道を行くのが(=どの選択肢を選ぶ v どのようになる のが)、患者・家族にとってベストか ・ 何がベストかということに関して、患者と家族の間に利害の対立があるか ・ 客観的には全体としてよいが、当事者(患者・家族)はベストだとは思って ない、あるいは当事者の人生計画や価値観には反しいてる、というようなこ とはないか 〔益と害のアセスメント〕 ・ 医療に関わる選択肢の場合、エビデンスに基づく一般論だけで済まさず、さ らに個別の事情を考慮した個別化した判断も検討してください ・ どの選択肢がベストかを考えるためには、それぞれの選択肢について、期待 ないし予想される益と害のアセスメントが不可欠です。複数の選択肢は、い わば「一長一短」であることがほとんどで、価値観が異なれば、どれがベス トかの判断も違ってくるでしょう。 ・ とはいえ、多くの場合、どれが最善かについて、共通の判断が期待できます。 また、「本人次第だ」というような結論になることもあります。(以上につい ては第 1 部臨床倫理エッセンシャルの「相応性 proportionality」についての 説明を参照)。 2-2 「相手を人間として尊重する」(=P1)という観点 ここでは患者・家族とのコミュニケーションのプロセスに注目して、「相手を人間と して尊重する」という倫理原則 P1 ないし医療者の姿勢が具体的に実践されている か、またこれからどう活かしていこうかを検討します。ことに次のような問いを考 えてください。 ・ 患者・家族の思い(意思や気持ち)を、十分聴いているか、聴く態度でいる
か ・ 患者・家族への説明は十分されているか? また患者・家族はそれを適切に 理解しているか ・ これまで知りえた患者・家族の思いをどう理解したらよいか(コラム「」を 参考にしてください) ・ 患者・家族に寄り添い、自律的選択ができるようにサポートしていくことに 関して、考えておくべきことは何か(方針選択の場合) ・ 医療者間のコミュニケーションは適切に進行しているか 2-3 「社会的視点での適切さ(正義)」(=P3)という観点 ここでは社会的視点に立って考えます。つまり、自分たちが患者・家族と向き合 って、あるいは寄り添って、やってきたこと、これからやろうとしていることを、 社会全体の中において見る立場にたって、適切かどうかを検討するのです。例えば、 ・ これまでに選んだ、あるいはこれから選ぼうとしている道は、第三者に不当 な害を与えたり、負担をかけたりするようなものではないか。また、医療保 険を使って行うのは妥当であるか。 ・ 患者・家族が使うことができる社会的資源を十分活用しているか、あるいは、 今後使えるものはあるか。例えば、自分たちの医療機関でできることに限定 して考えていて、他に患者・家族によりよい益をもたらす選択肢があるのに、 それを使う可能性を閉ざしていないか。 ・ 目下の問題の根本的解決には、社会的システム(医療や介護の制度)の改訂 が必要であるか、そうである場合、現行の社会のあり方の下では、どのよう な補完ができるか 2-4 総合的検討およびその他の問題点 4-1~4-3 の検討が終ったら、それらを見比べ、観点間でディレンマが生じていな いか、また、問題は出し尽くされているかを考えます。 ・ 各観点からの検討を総合的にみて、観点間でディレンマ(あちら立てれば、 こちらが立たず状態)になっていないか。なっている場合、両立できる解決 の可能性は? ・ 以上のどこにも該当しないが問題だと思うことがないか ディレンマが見つかった場合、「あちら立てれば、こちらが立たない」以上、どち らを優先するか?と考えがちですが、まずはどちらも立つような道を見つけられな シート2EA
いかと、ぎりぎりまで努力するべきです。 以上のどこにも該当しないが問題だと思うことがあれば、ここに書いておきます。 もしかしたら「倫理的な」問題ではないかもしれませんが、そういうことは気にし ないで、ここに書いてください。書いた上で、これには4-1~4-3 に関係するよ うな要素がないかどうかを考え、もしあれば、その項目にどういう問題が見つかっ たかを書き足してください。また、4-1~4-3 には関係しない問題の要素なり原因 なりが見つかったら、それをここに書いておきます。 *以上で、倫理的視点からの問題の整理が終りました。すでに問題の検討が始まっ ているところもあります。この検討を進め、今後どう対応していこうかを考えるの が本シートの残りの部分(2EA-2)です。 *シート2EA-1 のみを使い、これをシート2PS の 2-1~2-2 の部分をより詳し く考えたものと見て、ここからの検討はシート2EA-2 の代りにシート 2PS の 2-3 ~2-4 を使って行うこともできます。 ●シート2EA-2(これからどうするかを考える)の使い方● シート2EA-1 で、今検討している事例の問題点が洗い出されたはずです。今後ど うしたらよいかも検討され始めているかもしれません。2EA-2 ではそれを受けて、 今後の対応を考えて行きます。ですから、ここはシート2PS の 2-3 と 2-4 に相当し ます。 【記入の手引】 2-5 各職種の医療者はどうすべきだったか(今後はどうすべきか) ここには医療チームの構成員を中心にして、今後、何を目指し、どのように患者・ 家族とのコミュニケーションを進めていくかをまとめて書きます。ですから、検討 の結果として一番肝要なポイントになります。「今後どうしようか」ということにつ いて書くに際しては、医療チーム内の合意と協働関係を確認するということが伴っ ていることが期待されます。 2-6 病院・病棟のシステム/制度の問題と改善策 2EA-1 で倫理的な視点から問題点が見つかった場合、それは単に医療者個々人が今 後気を付ければいいということではなく、医療現場の体制を改善すべき場合が多い と思われます。ここではそういう面に注目します。
Ⅱ 今後どのように対応していくか 〔検討シート 2EA-2〕 2-5 医療チーム(医師、看護師、MSW)は、今後どのように対応していくか 2-6 病院・病棟のシステム/制度の問題点と改善策 2-7 医療制度その他、社会的視点で改善が望まれる点 2-8 その他 シート2EA
・ このような体制なりシステムなりになれば、問題がよりよい仕方で解決され る(あるいは、今回のような問題にはならなかったのに)ということがあっ たら、ここに書いておきます。 ・ それはすぐに実現できないかもしれませんが、考えることによって意識し、 また、そうして改善を実行する立場の人に提言することは大事なことです。 2-7 医療制度その他社会的視点で改善が望まれる点 前項では個別医療現場の範囲での改善について考えましたが、問題点は個別医療 現場の改善だけでは片付かないことも多々あるでしょう。それを指摘し、次の点を 検討します。 ・ この問題点のよりよい解決のために、あるいは今後起きないようにするには どういう体制が望ましいか。 ・ その改善策は、他のさまざまな観点でチェックしないと、欠陥がないとは言 えないものでしょうが、この場面では「さしあたって見えている問題点に対 応するには」という範囲に限定して考えておけばよいでしょう。 ここで指摘されたことは、今度はもっと別の場でさらに多面からの検討をする必 要があるという提言として、適当な場に上げることが適当でしょう。 2-8 その他 以上のどの項目にも該当しないことで、今後どうしたらいいというような改善策 があったら、ここに書いておいてください。 ・ 倫理的なことに関わるかどうかは気にしないで、書いておくとよいと思いま す。
Ⅲ~Ⅴ 検討以後の経過および振り返っての評価
本検討システムは、これまでに説明した検討シートのほかに、補助的なシートを いくつか用意しています。ひとつは、方針決定にせよその他の問題解決にせよ、カ ンファレンスなどで検討をして、今後の方針がたった後、実際にそれを実行して どうだったかを記録するためのものです。もう一つは、これから方針を決定すると か問題を解決するといった前向きの(プロスペクティブな)検討ではなく、既に起 きたことを振り返ってみる後ろ向きの(レトロスペクティブな)検討に使うもので す。以下、それぞれ簡単に触れておきます。◆Ⅲ 合意/問題解決を目指すコミュニケーション シート3◆
Ⅱ 検討とオリエンテーションで、シート2DM、2PS あるいは 2EA を使って問 題点を検討し、今後どう当事者間の話し合いをすすめたらいいか、あるいは、解決 すべき点と取り組んだらいいか、当面の方針がたちました。カンファランスなどで 行う検討はここまでです。ここで説明するシート3 は、その後の経過を整理するた めに用意されています。 ・ 検討をやりっぱなしにしてしまうのではなく、その結論にしたがって対 応を進めた結果どうなったかを記録することが、今後のために必要です。 ・ 問題がなお解決しないときには、シート2 までと併せて、更なる検討を するため の資料になります。 ・ また、合意ないし問題解決にいたったとして、こんどはこれらが資料に なって、振り返ってする評価のための検討に使うことになります。 シート3 は DM、PS に共通のフォーマットとなっています。これは使わなけれ ばならないというものではありません。普通に経過をまとめて記録しておけばそれ で済むともいえます。が、どういう点に留意したらよいかを意識しながら実践した いという場合に備えて作ったものです。 【記入の手引き】 3-1 当事者間の話し合い 2-4 で出た方針にそって、その後実際に医療者内部で、また患者・家族とどのよ うに対応したかの経過を書きます。 ・ 時間を追って書くように心がけてください。 シート3Ⅲ 合意/問題解決を目指すコミュニケーション 〔検討シート 3〕 3-1 当事者間の話し合い 3-2 社会面の対応 3-3 最終結果 3-4 フォローアップ留意事項
・ 患者や家族が主体的に考え、理に適った、またその人らしい選択をすること、 そして医療者も納得できる結論に達することが大事であることに、いつも留 意しつつコミュニケーションを進めてください。 3-2 社会面の対応 社会的に対応すべきことを、実際どのように対応していったかの経過を書きます。 ・ 例えば在宅に移行することが模索されている場合には、在宅を支える社 会的医療資源をリストアップし、交渉するといったことがあります。 ・ 他の病院で何かする必要がある場合なら、その病院の選定や交渉といっ たことがあるでしょう。 3-3 最終結果 コミュニケーションを通して、結局どのような決定の仕方でどのような結論にな ったか、問題解決に至ったかどうかといったことを書きます。 医療方針の決定に至った場合、最終的にどういう仕方の決定をするかは大事です。 よく、途中までは患者・家族の希望に耳を傾けていたけれども、最後は医師が「こ れをすることにした」と決めていたりします。そうではなく最終的に患者側も「こ れにします」と言い、医療側も「これにしましょう」というような共同の決定に至 るように心がけましょう。 また、結論に達せず さらに検討が必要だという場合、どういう点が問題として残っているかを書きます。 3-4 フォローアップ留意事項 今後、医療者内部で、あるいは当事者の患者・家族に対するサポート等、どのよう な点に留意しておくべきかの見通しを書きます。 3-3 で医療方針が決定されたということになった場合、DM タイプの検討は終わり ます。 なお、こうした経過を振り返って評価をするために、以上で作られたシート1~3 を資料にして、EV タイプの検討(シート 4~5)に 進むこともできます。 シート3
◆Ⅳ 検討と評価 シート4◆
シート4と5は、既に起ったこと、自分たちがしたことを振り返って、どうであ ったかを検討し、倫理的な(自己)評価をするものです(=EV タイプの検討)。で すから、シートの問いかけは過去のことについて振り返って書くようになってます。 ここで行う検討は倫理の視点からのものが中心となります。 そこで、シート4 は、倫理原則を念頭に置きながら、それぞれの原則に照らして どうだったかを考えるというプロセスを辿るように、できています。これは、シー ト2EA-1 の原型になったものですので、2EA-1 の説明を過去についてのことに言 い換えると、シート4の説明になるとお考えください。 【記入の手引き】 4-0 さしあたって感じている問題点 項目名の通りです。事例を振り返って検討しようということになったのは、多く の場合、なんらかの問題点を感じているからであると思われます。そこで、その感 じていることをまずここに書いておきましょう。 ・ これと同じことが以下のどこかで繰り返されるかもしれませんが、それはか まいません。 ・ 繰り返しのほうでは「4--0 に記したように・・・」としておけば、どちらか の記述を簡略にすることができるでしょう。 4-1 「患者にとってできるだけ利益になるようにする」という観点で ここでは、「相手にとってできるだけ利益になることを目指す」という倫理原則に 照らしてどうであったかを省みます。たとえば次のような問いを自問自答してみて ください。 ・ 結果としてベストな選択だったといえるか? ・ そうでない場合、それははじめから覚悟の上のこと、ないし不確定な要素の うちに含まれていたことだったか、それとも選択のプロセスのどこかにまず い点があったことによるか? ・ よいと思われる結果には、副作用などの悪い結果(害)も伴っていることが 大半だが、その場合、「これだけの利をもたらせたのだから、この程度の害は 仕方ない」と言えるだろうか?それとも、「これだけの利にしては、害が大き 過ぎる」と言わざるをえないだろうか。Ⅳ 検討と評価 〔検討シート 4〕 4-0 さしあたって感じている問題点 4-1 「患者・家族にとってできるだけ利益になるようにする」(=P1)という観点 4-2 「相手を人間として尊重する」(=P2)という観点 4-3 「社会的視点での適切さ(正義)」(=P3)という観点 4-4 総合的検討およびその他の問題点 シート4
・ 客観的にみて全体としてよいけれども、当事者(患者・家族)はベストだっ たとは思ってない、あるいは当事者の人生計画や価値観には反する結果があ った、というようなことがないか。 4-2 「コミュニケーションのプロセスを通して」という観点で ここでは「相手を人間として尊重せよ」という倫理原則に照らしてどうであった かを省みます。次のような問いを考えてください。 ・ 患者側への説明は適切だったか? ・ 患者・家族の意思や思いは尊重されていたか? ・ 患者・家族の弱さは適切にサポートされていたか? 自律的選択ができるよ うにサポートされていたか? ・ 医療者間のコミュニケーションは適切であり、合意に達していたか 4-3 社会全体から見て、正義・公平に適う選択だったか ここでは、「社会的正義・公平」という倫理原則に照らして考えます。 ・ 第三者に不当な害を与えたり、負担をかけたりしたことはなかったか ・ 社会的資源を患者・家族が使うための支援は十分だったか 4-4 その他の問題点 以上のどこにも該当しないが問題だと思うことがあれば、ここに書いておきます。 もしかしたら「倫理的な」問題ではないかもしれませんが、そういうことは気にし ないで、ここに書いてください。 ・ 書いた上で、これには4--1~4--3 に関係するような要素がないかどうかを考え、 もしあれば、その項目にどういう問題が見つかったかを書き足してください。 ・ また、4--1~4--3 には関係しない問題の要素なり原因なりが見つかったら、そ れをここに書いておきます。
◆Ⅴ 今後のために シート5◆
IV で、今検討している事例における医療者の対応を中心に、問題点があった場合、 指摘されました。V ではそれを受けて、今後どうしたらよいかについてまとめます。 既に起こってしまったことについての検討と評価は、今後の医療の質の向上に結び 付けてこそ意義があるからです。 単に個人の振る舞いの問題としてではなく、病棟における医療の進め方の問題、 社会の中での医療体制の問題として捉える観点も必要でしょう。 シート5はシート 2EA-2 とほぼ同じです。以下の記入の手引きに加えて 2EA-2 のところも参照してください。 *もし患者・家族に今からでもすべきと思われるフォローアップがあったら、そ れも枚挙しましょう。 【記入の手引】 5-1 各職種の医療者はどうすべきだったか(今後はどうすべきか) まず、この検討に参加している職種の医療者について書いてください。 検討の際には他職種の参加者の指摘よりも前に、自己評価を出してもらい、それを 尊重したうえで、他職種からの指摘を付加するというような順序がいいかと思いま す(ここのところはそれぞれの現場で工夫してください ―― つまり互いに責め合 うようなことにならないように配慮するということです)。 5-2 病院・病棟のシステム/制度の問題と改善策 4 で倫理的な問題点が見つかった場合、それは単に医療者個々人が今後気を付け ればいいということではなく、医療現場の体制を改善すべき場合が多いと思われま す。 どのような体制なりシステムなりになっていれば、今回のような問題が回避でき るかを考えておきましょう。 それはすぐに実現できないかもしれませんが、考えることによって意識し、また、 そうして改善を実行する立場の人に提言することは大事なことです。 5-3 医療制度その他社会的視点で改善が望まれる点 5-2 は個別医療現場の範囲での改善について考えましたが、問題点は個別医療現 場の改善だけでは片付かないことも多々あるでしょう。 それを指摘し、この問題点を今後回避するにはどういう体制が望ましいかを書き留 めておきます。 シート5Ⅴ 今後のために 〔検討シート 5〕 5-1 各職種の医療者はどうすべきだったか(今後はどうすべきか)
5-2 病院・病棟のシステム/制度の問題点と改善策
5-3 医療制度その他、社会的視点で改善が望まれる点
その改善策は、他のさまざまな観点でチェックしないと、欠陥がないとは言えな いものでしょうが、この場面では「さしあたって見えている問題点に対応するには」 という範囲に限定して考えておけばいいかと思います。 ここで指摘されたことは、今度はもっと別の場でさらに多面からの検討をする必 要があるという提言として、適当な場に上げることが適当でしょう。 5-4 その他 以上のどの項目にも該当しないけれど、今後どうしたらいいというような改善策 があったら、ここに書いておいてください。 倫理的なことに関わるかどうかは気にしないで、書いておくとよいと思います。 シート5
書き方の例 1
臨床倫理検討シート *検討内容: プロスペクティブ:(DM) 医療方針の決定/ (PS) 医療・看護を進める中で起こった問題 レトロスペクティブ:(EV) 既に起こったことの評価 記録者[ 兼藤 司葉 ] 日付[ ’06.11~ ’08.7 ] 〔検討シート 0〕 0-1 患者プロフィール C 氏 67 歳、妻と長男夫妻と同居。孫二人。他に長女が近くに嫁いでいる。農村地 帯で、専業農家としてやってきた。 0-2 経過 ‘06 年 11 月 身体の不調を訴え、X 病院で検査した結果、XX がんが見つかり、標 準的治療である手術・放射線をうけた。 自宅に戻って、療養し、多少の仕事もできるようにまで回復した。X 病院には定 期的に通院。 ‘08 年 3 月 YYY の症状がでて、調べた結果、XX がんの ZZ への転移と分かり、 化学療法を試みたが、効果はなかった。 5 月ころから、C さんの状態は急速に悪化し、末期がんとみられるようになった。 衰弱も進んでいる。在宅ホスピスケアの態勢を整え、在宅専門の医師と、訪問看 護や介護のスケジュールをたてて、開始した。 疼痛コントロールにより、痛みは緩和されている。栄養・水分の補いが必要と なり、輸液を開始した。 ‘08 年 7 月 衰弱が進んだ結果、医師は、これまで続けてきた輸液を継続するこ とは、C さんの身体に負担となり、QOL をかえって低下させるし、延命にもならな いと判断、輸液を中止したほうがよいと家族に説明した。 C さんの家族は、「C さんがこんなに衰弱しているのに、何もしないわけにはいか ない。近所の目もあるし、輸液は続けて欲しい」と、強く希望した。【tp】 〔記述についてのコメント〕 本書 42 頁に出ている事例を念頭においたものです。このケースでは、最後の輸 液中止という問題に報告者の関心が向けられていて、その背景説明ということで、 それまでの経過は簡単に述べられています。もし、報告者の関心が、「こうなる前 にもっと何か別の手立てがあったのではないか」というような疑問にある場合に は、疾患が見つかってから今日に至るまでの医療上の選択のポイントごとに、も っと詳しい記述になり、【tr】という印がいくつかついたことでしょう。 報告者は最後の部分に注目していますが、検討会の席上で、参加者から、ここ にいたる経過についての質問がでて、その部分の記述がより充実していくことも あります。 0-3 分岐点 tp:輸液の中止・減量について家族が否定的である現状で、どうすべきか。Ⅰ 情報の整理と共有【時点:tp/選択の内容: 】〔検討シート 1tp〕 A 医学的情報と判断 1A-1 治療方針の枚挙およびそのメリット・デメリット (一般論) ① 輸液を中止する ○身体の負担が軽減し、QOL が向上する。余命が 縮むわけでもない。管から自由。 × ・・・ ② 輸液を減量する ○減らした程度に応じて、身体の負担が軽減し。 QOL が向上する ×輸液のための管により不自由 ③ これまで通りの輸液を続ける ○・・・ ×身体に負担となり、QOL をかえって低下させる し、延命にもならない。管により束縛 1A-2 社会的視点から 1A-3 説明 患者に対して 意識混濁のため、説明できず 家族に対して 1A-1 の内容を説明した B 患者・家族の意思と生活 1B-1 患者の理解と意向 意識が低下しているため、説明ができな かったので、理解は不明。 元気な時点で、このことについて話し合 っていないので、意向は不明 1B-2 家族の理解と意向 輸液を続ける・中止することが及ぼす 結果についての理解は不十分のように 見える 家族はそろって、 「C さんがこんなに衰弱しているのに、 何もしないわけにはいかない。 近所の目もあるし、輸液は続けて欲し い」と希望した。 1B-3 患者の生活全般に関する特記事項 ・自分の水田の北にある丘の林が好きで、訪問すると「今頃は何々が咲いている はずだ」とか、「かくかくのところに珍しいキノコがある」といったことを話して は懐かしんでいた。「死ぬ前に、一度行って林の中でしばらく座っていたい」とも。 ・「もう、先生、いろいろしないでいいから。もう寿命だと俺は思うんだ」と、ま だ意識がある最後のほうで、淡々と語った。 記入例
Ⅱ 検討とオリエンテーション(方針決定用) 〔検討シート 2DM〕 問題点の抽出 2-1 最善の方針:医療側の個別化した判 断 ・家族の希望を考慮しても、やはり、輸 液を中止ないし相当程度の減量をする ことが最善であろう。 2-2 当事者等の間の一致・不一致 ・医療者-本人間の一致・不一致は不 明。 ・医療者-家族間は不一致 対応の検討 2-3 問題点の検討(不一致の要因と解消 の可能性) ・C さんの家族の希望をどう理解する か?「C さんがこんなに衰弱しているの に、何もしないわけにはいかない。近所 の目もあるし、輸液は続けて欲しい」 ・家族の状況に臨む姿勢(=活性化して いる価値観) ・隣り近所から家族がよく見られたい という姿勢ではないか? ・自分たち家族の気持ちが済むことを 目指していないか? 何か積極的にしていないと、C さんへ の負い目を感じる? C さんにとって最善になるようにして あげたいという気持ちもあるはず だが、活性化していない:ここが問 題の要だろう ・家族の状況認識 C さんに輸液をすることの益と害につい て、適切に認識しているか? 輸液は C さんをかえって苦しめる/延命 という効果をもたない 隣近所の人たちの状況認識がそもそも 不適切 2-4 今後のコミュニケーションの方針 ・C さんにとっての最善を考えるという 要素が、家族の中で活性化するように、 どう働きかけたらよいか、考える ・家族の気持ちに配慮すれば、中止で はなく、相当程度の減量という選択肢 もあり得るかもしれない。 ○よそから見れば、どれほど輸液を しているかはわからない ○少量であれ、輸液をしていること で、家族は安心できる ・この選択肢についても考慮しながら、 家族の思いをさらに理解できるよう に、耳を傾け、また、輸液を中止する こと、続けることの益と害について適 切に理解できるように働きかける。