若狭湾の海底地質構造 ─予報─
著者 山本 博文, 服部 勇
雑誌名 福井大学地域環境研究教育センター研究紀要 「日
本海地域の自然と環境」
巻 1
ページ 1‑8
発行年 1994‑06‑01
URL http://hdl.handle.net/10098/7850
若狭湾の海底地質構造 一予報一
P r e l i m : i n a r y r e p o r t o f t h e subm a r i b . e g e o l o g i c a l
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山本博文・服部 勇(福井大学教育学部) H i r o f u m i Yamamoto and Isamu
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1
.はじめに丹生山地が日本海に接する越前海岸では, 15 名の死者を出した 1989年 7月 16 日の越 前海岸玉川の崖崩れをはじめとして多くの崖崩れ,地すべりが発生している.これは 海岸沿いの急峻な地形がその原因のひとつと考えられ,この地形を作った構造運動を 地形の特徴および海底地質の解析により考察した.
日本海東縁部は現在,プレートの収束境界になっており,そのため多く の地震活動 があり,逆断層を伴った傾動地塊が存在する(三雲, 1990 ;岡村ほか, 1992 など) . Yamamoto (1993) ,山本・梅田 (1993) は日本海東縁部と同様な構造運動は北陸沖海域 でも認められ,その活動開始時期も東縁部とほぼ同時期であるとしている. Tamaki andHo回a(1985), Tamaki (1988)は日本海のこの収束運動はアムールプレートの東進に よるとし,そのプレート境界を日本海東縁から北部フォッサマグナ西縁,中央構造線 沿いとした.これに対し Kanaoriet al.(I 993)は陸域の地震活動からすると,現在アムー
かぶら苦
ルプレートの境界は中央構造線一花折断層・金剛断層ー甲楽城断層一越前海岸沖
おうちがた
ー巴知潟一日本海東縁にあり,北陸沖沿岸域はプレートの収束境界であるとしている.
そこで若狭湾域の地質構造の解析をエアガンを用いた音波探査記録をもとにおこなっ た.その結果,甲楽城断層およびこれに連なる断層が,本地域の地形・地質構造発達 において重要な役割をはたしているということが明らかになったのでここに報告する.
2. 若狭湾周辺の地形の特徴
若狭湾は丹後半島の先端の経ケ岬と越前岬とを結ぶラインの南側をさし,幅約 70km , 奥行約40kmの日本海に面する数少ない湾入の 1 つである.第 1 図に若狭湾の海底地形 および周辺の陸域地形を示す.湾奥部は入り組んだ海岸線を示し,リアス式海岸の例 としてしばしば紹介されているように,一般に沈降傾向にあると考えられている.こ れに対し若狭湾東縁の越前海岸および西縁の丹後半島では,海岸線は直線的であり,
海成段丘が発達していることから推定されるように隆起傾向にある.そこで越前海岸,
丹後半島,若狭湾湾奥,若狭湾海底に分け,その地形的特徴を述べる.
直線的な海岸線をもっ越前海岸には数段の海成段丘が発達している.これらの段丘 は高位段正群,中位段正 1 ,中位段正 II ,低位段正に分けられており,南関東の下末 吉面に相当する中位段丘 I の旧汀線高度を見ると,越前岬付近で 115"" 122m ,大樟付おこのぎ
近で、 53""58m ,茂原付近で 63 "'75mである(吉川ほか, 1973) .この高度から求められ た平均隆起速度は越前岬付近で1.000年あたり 0.9m (太田・成瀬, 1977) であり,能登 半島北部,大佐渡西岸,男鹿半島,西津軽北部などとともに日本海側ではもっとも大 きな隆起速度を示している.また 2"" 10mの高さの離水波食棚も広範囲に認められる.
越前海岸の陸側,すなわち丹生山地および南条山地西部の地形は,全体として東に傾 動した形態を示している(服部ほか 1993) .丹生山地では国見岳 (656m) ,金毘羅山こんぴら
(624ni) ,六所山 (698m) ,若須岳 (564m) など,標高600m前後の山体が越前海岸 沿いに並んで分水嶺を形成し,その福井平野側はなだらかな緩斜面,越前海岸側は急 斜面となっている.また南側の南条山地西部においては,塚野 (1969) は準平原の高 度分布,分水嶺の位置,河川系および海岸部で河川の下涜部が断絶した風谷の存在か ら東への傾動を推察し,その活動時期を更新世後期あるいは完新世としている.以上 のことからすると,越前海岸の隆起運動は丹生山地,南条山地西部の東への傾動運動 の現れとしてとらえることができる.
若狭湾湾奥には敦賀半島 2 中外海半島,大島半島をはじめとする多くの半島が突き 出し,本州の日本海側ではまれに見るほど複雑な肢節を有する著しく沈降したリアス 式海岸である(塚野, 1965) .とくに三方断層と熊川断層に挟まれた小浜から三方に かけての三遠三角地は周囲の山地より高度分布が低く,やせ尾根状の山稜と細長く屈 曲した沖積平野が認められ,沈降傾向が著しい(塚野, 1965; 三浦, 1991) .一方小 浜湾沿いには 7 ""'25mの高さに海成段正が認められ(宇野沢・坂本, 1973 ;印aet aL, 1992) ,場所によっては隆起している所もあり,沈降は一様ではない.
丹後半島では山田断層を境としてその北側,すなわち丹後半島側は隆起傾向にある (塚野, 1965) .丹後半島北岸には高さ 16""'45mの海成段正があり(植村, 1981 ; Ota et al., 1992) ,最大で O .4m/ l ,OOO 年の平均隆起速度が求められている(太田・成瀬,
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1977) .また半島西岸においては高さ 1 "'2m の離水波食棚が認められる(塚野,
1965) .
若狭湾の海底地形は海上保安庁水路部により詳細に調査され, 5 万分の l 沿岸の海 の基本図(海上保安庁水路部, 1980a, b) として報告されている.これらによれば大 陸棚は湾奥で、は幅 20"""30kmあるが,干飯崎以北ではその発達は悪く,とくに越前岬付 近では5"""10/100の傾斜で深くなり,平坦面はほとんど認められなくなる.外縁水深は 若狭湾西部では 120""' 125m ,東部では 130"""140mであり,北東部ほど深くなっている.
大陸棚面は比較的平坦であるが,南北方向および北北西方向に伸びる比高の小さな リッジがある.南北方向に伸びるものとしては敦賀半島北西部の長さ 4"""7kmの 3 列 のリッジ等が,北北西方向に伸ぴるものとしては大グリからその西側にかけての長さ 3"""5kmの雁行上に配列したリッジ,高手礁から北北西に伸びる長さ約 8kmのリッジ 等がある.また冠島から小島にかけての高まりは北北東方向の長さ約 7kmのリッジを 形成している.
3. 若狭湾域の地質構造
若狭湾域の海底地質構造解析を地質調査所が本海域で行ったエアガンを音源とした シングルチャネル音波探査記録をもとに行った.その結果,若狭湾域では少なくとも 中期更新世以降は越前岬沖を中心に沈降傾向にあったこと,湾東部では幾つかの傾動 地塊に分かれていること,また隆起している越前海岸との境界は越前海岸沿いの甲楽 城断層およびその北方延長断層であることが明らかになった.
Yamamoto (1 993)および山本ほか (1993) は,若狭湾海底下の第四系堆積層基盤とし て主に火山岩類からなる K1層とその上位に重なる中期中新世~鮮新世初頭の堆積岩か らなるK2層を報告している.これらの先第四系は若狭湾域ではほぼ全域にわたり削剥 され,平坦な侵食面が形成されている.侵食面を不整合で覆う堆積層は中期更新世~
完新世の T2層であり,北縁部ではT1層(鮮新世末期~前期更新世)の最上部が侵食面 を覆うこともある.侵食面の形成時期は削言制される側およびこれを不整合で覆う側の 年代から,鮮新世から前期更新世にかけてのある時期といえる.侵食面は広く T2層に 覆われていることからすると,侵食面形成は前期更新世頃終了したと思われる.
侵食面の形状,深度分布は侵食面形成以降の構造運動を反映している.侵食面の深 度分布および、侵食面を変位させている断層・摺曲軸の分布を第 2 図に示す.侵食面の 深度は若狭湾湾奥および西縁部では往復走時にして 0.4秒(約300m) 以下であるが,北
~東北東方向に徐々に深くなり,越前岬沖では0.9秒(約 700m) を越える(第2,3 図) . また若狭湾の北側においては湾口部に比べ侵食面の深度が0 .2"""0 .4秒程浅くなっている.
以上のように本海域では侵食面深度は越前岬沖がもっとも深く,若狭湾海底は侵食面 形成後,越前岬方向に傾動したといえる.また大陸棚外縁深度が北東側ほど深いこと
もこれと調和的である.
侵食面の深度分布には断層による変位も大きく関与している.本海域では侵食面は 多くの断層により変位し,幾つかの段差が形成されている.第 2 図には音波探査記録 により侵食面の上下方向のずれおよびその走向が確認できた断層を記した.なお,音 波探査記録では断層の横ずれ成分は読み取ることができず,縦ずれ成分のみを見てい ることになる.また若狭湾東縁を区切る甲楽城断層およびその北方延長の断層につい ては,海岸部まで音波探査を行っていないため,一部については地形から推定して記
第 2 図侵食面の深度分布および侵食面を変位させている断層・摺曲軸分布.
侵食面の深度は往復走時(秒)で示した.堆積物中の音波の伝達速度が海水中と同じ 1.500m/s とすると,往復走時 1 秒で深度は750m となる.
した.
侵食面を変位させている断層は若狭湾東半部および若狭湾北側に多く,若狭湾西半 部にはほとんど認められない.若狭湾の東縁部を縁取るように伸びる西落ちの断層は,
その南半部では申楽城断層と呼ばれており,直線的な海岸線および背後のほとんど開 析の進んでいない急崖はしばしば断層海岸の典型として紹介されている(例えば豊
島, 1981) .この断層による垂直方向の変位量は,丹生山地の福井平野側に緩く傾斜す
る面と海底下の侵食面がかつては一連のものであったとすると,越前岬付近で 1,300""
1 ,50Om,干飯崎付近で 9_OO"""LI00m となる.水平方向の変位量はよくわからない.若 狭湾南東部で、は南北ないし北北西方向に伸びる断層が多い.断層の多くは西落ちであ り,侵食面を最大で、約 200m変位させている.若狭湾西部では侵食面を変位させている 断層はあまり認められない.若狭湾湾口部からその北側にかけては北東ないし東北東 走向の断層が卓越する.これらの断層は若狭湾北側では南落ち,その南側では北落ち であり,そのため湾口部付近の侵食面深度がより深くなっている.垂直方向の変位量 は浦島礁南東側の断層では 220m以上,干飯崎西方,越前岬西方の断層では最大で約 180m である.なお,これらの断層面の傾斜方向についてはシングルチャネルの音波探 査記録では読み取ることができないが,田中・小草 (1981) で報告されているマルチ
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チャネルの記録によれば,浦島礁南東側の断層は断層面が北西に傾斜しており,逆断 層である.
上に述べたように,若狭湾域においてもっとも垂直方向の変位量の大きな断層は若 狭湾東縁の甲楽城断層およびこれに連なる越前岬ー干飯崎沿岸の西落ちの断層であり,
この断層により若狭湾の沈降域と越前海岸の隆起域が分けられている.また断層の走 向方向は若狭湾湾奥では南北ないし北北西方向が卓越しているのに対し,湾口部およ びその北側では北東ないし東北東走向のものが多い.これらの断層を若狭湾周辺陸域 の活断層と比較した(第 4 図) .陸域の活断層の分布(活断層研究会, 1991 , 1992) を 見ると敦賀周辺に活断層が集中している.この地域はいわゆる近畿三角地帯の北の頂 点にあたり,伊勢湾一敦賀湾構造線と花折断層ー金剛断層線の合わさる地点である (金折ほか, 1992) .甲楽城断層はその南側で柳ヶ瀬断層に連なり,伊勢湾一敦賀湾 構造線北半部を構成している.また敦賀断層は南西方向では花折断層に連なり,花折 断層一金剛断層線の北東端を構成している.敦賀西方では三方断層等の南北走向,ま た北西走向の断層が認められるが,その西側には海域と同様,活断層は少ない.丹生 山地には蝉口断層など南北走向の断層が多いが,北部を中心に更毛断層などの東北東 走向,南落ちの断層も認められる.以上のように,若狭湾域の断層分布は陸域と同様 の傾向を示しているといえるが,両者の連続性,関連等についてはさらに検討が必要 である.
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第 4 図若狭湾周辺域の断層分布.海域の断層は侵食面を変位させている断層を,陸 域の断層は活断層研究会 (1992) で報告されている活断層を記した.
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4. 越前海岸の地形と隆起運動
若狭湾海底下の侵食面深度分布から分かるように,本海域では侵食面形成後,越前 岬方向に傾動,沈降している.これに対しその東側の越前海岸は最大で 0.9m11 ,000年 というはやい速度で、隆起している.両者の境界は甲楽城断層およびこれに連続する越 前岬ー干飯崎沿岸の断層である.すなわちこの断層を境として傾動により西側は沈降,
東側は隆起したととらえることができる.沈降している若狭湾側のうち,断層により 小さな地塊に分かれていない若狭湾西半部では,侵食面は東北東方向に約1. 3/100で傾 斜している.これに対 L 南東部は断層により幅 10km以下の小地塊に分かれており,侵 食面は北ないし北東方向に 2"-'31100 で傾斜している.隆起している丹生山地において もその地形,断層分布からすると幾つかの傾動地塊に分かれていると推定される.丹 生山地頂部を連ねた斜面の福井平野側への傾斜は越前岬東方で、はおよそ 4"'-'51100 であ
る.
傾動運動の時期を平坦面の形成時期,高度から推定した.越前海岸に発達する海成 段正からは, 12.5 万年以降,平均で 0.9m1 LOOO年のはやさで隆起していると計算されて いる.もし仮に越前岬付近において,隆起が開始してから現在までこの割合で隆起し 続けており,総隆起量が 600"'-'800mであるとすると 70"-'90万年前にこの運動が開始し たこになる.若狭湾海底下においては,侵食面を広く覆う堆積層は中期更新世~完新 世の T2層であり,上記の値とは矛盾していない.しかし傾動の開始時期を直接示す データはなく,また海成高位段丘の年代,海底下の堆積層の年代などを示すデータも 少なく,さらに調査・検討が必要である.
以上のように,本地域の地質構造,地形発達のうえで甲楽城断層およびこれに連な る越前海岸沿いの断層は重要な役割をはたしており,越前海岸沿いの急崖の成因もこ れにより説明することができる. Kanaori et al. (1 993)は地震活動から現在,花折断層ー 甲楽城断層一越前海岸沖一色知潟を結ぶラインがアムールプレート南縁であるとして おり,このアムールプレートの境界の認定,またその活動史を明らかにする上でも,
本地域の構造発達史の解明をさらに進めていく必要がある.
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(キーワード:若狭湾,甲楽城断層,傾動運動,越前海岸)
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