Kentaro OYAMA - Masano Yamashita Isabelle Chanteloube Blaise Bachofen et Bruno Bernardi dir., Rousseau, politique et esthétique : sur la Lettre à d Al

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全文

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大 山 賢太郎   Kentaro OYAMA はじめに 『百科全書』第7巻(1757)に寄せた項目『ジュネーヴ』において,ダラン ベールは劇場設立がジュネーヴの習俗を洗練し,同共和国に類稀な名誉を与 えると説いた.ジャン=ジャック・ルソー(1712-1778)はその主張に反佀す べく,1758年に『ダランベール氏への手紙』(以降,『手紙』)を出版する.『手 紙』は,他作品での論点を踏襲しており,『不平等起源論』(1755)や『社会 契約論』(1762)との関係から議論されることが多い.しかし近年,作品自体 の価値が問い直されている1).とりわけ,Masano Yamashita や Isabelle Chanteloubeは,レトリックの観点から作品分析を行っている2).しかし,レト リック分析において,ポール・ド・マンの議論を代表とする脱構築批評を看 過することはできない3).つまり,言語の自律性を顧みず,散見される修辞技 法に尽く一貫性を見出すのはナイーヴと言わざるを得ないのである.ルソー は『手紙』において自己像を巧みに説得に用いている.よって本論では,ル ソーが自己像を構築する際のレトリックに着目したい.また,その自己像と 論敵に対する性格付けに着目することで,新たな側面からの分析が可能とな るだろう4). 以上の問題設定に基づき,まず第一章では,『手紙』の名宛人について検討

1)例えば次の文献を参照のこと.Blaise Bachofen et Bruno Bernardi(dir.), Rousseau, politique et esthétique : sur la Lettre à d’Alembert, ENS Édition, Lyon, 2011.

2)Masano Yamashita, Jean-Jacques Rousseau face au public problème d’identité, Voltaire Foundation,

University of Oxford, 2017. 及び,Isabelle Chanteloube, La scène d’énonciation de R. Étude des

dispositifs dans les « incipit » des œuvres de R., Honoré Champion, 2007.

3)Paul de Man, Allegories of Reading: Figural Language in Rousseau, Nietzsche, Rilke, and Proust,

New Haven and London: Yale University, 1979.

4)すでに越森彦は,『手紙』に先行する『ヴォルテール氏への手紙』(1756)において,ヴォル

テールへの人身攻撃が見られることを指摘している(越森彦,「論争家ルソー:『ヴォルテール への手紙』のレトリック分析」,中央大学人文科学研究所『人文研紀要』第84号,2016年, pp. 269-297).

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する.ルソーが語りかける公衆に,いかなるイメージが与えられるかを確認 したい.第二章では,ルソーの自己像に注目し,いかにしてその自己像が説 得に用いられているか検討する.第三章では,論敵であるダランベールに対 する性格付けを考察する.ダランベール像の描写には,哲学者に対するルソー の猜疑心が垣間見えるだろう.本論では,以上の分析により,『手紙』におけ るレトリックの働きを,自己像の観点から明らかにすることを目指す. I.『手紙』の名宛人─聴衆としての公衆 『手紙』の宛先は,作品名が示す通りダランベールであるが,ルソーはさら に広くパリの哲学者たちに訴えかけている.その一方で,ルソーは彼らへの 言説を通じて,架空の聴衆に対し一種の演説を試みる.演劇の害悪を公衆に 理解させること,それがルソーにとっての喫緊の課題であった.  第一に,ここで問題となるのはもはや哲学的で無意味なおしゃべりではなく,国民全 体にとって重要な実践的真理です.少数の人にではなく,公衆(public)に向けて話さな ければならないのです.他者に考えさせるのではなく,はっきりと私の考えを述べなけ ればなりません5). « public »という語は元々,国家ないしは国民を意味するが,この世紀には, 新たに台頭した知的階層である「公衆」を指すようになる6).18世紀以前,ヨー ロッパの知的世界は,ラテン語を共通語とする学者たちによる「文芸共和国」 が支配していた.この世紀に,コレージュで教育を受けた人々は新たな知的 ネットワークを形成する.この公衆は,啓蒙の世紀において無視できない存 在となるが,ルソーが語りかける公衆は,そうした知的集団に止まらない.

5)Lettre à D’Alembert, Œuvres complètes, publiées sous la direction de B. Gagnebin et

M. Raymond, Gallimard, « Bibliothèque de la Pléiade », 1959-1995, t. V, p. 6. 強調は引用者による. ルソー作品の引用はこの版により,以下O. C. と略し,後に巻号とページ数を記す.綴りは現 代綴りに直してあり,引用箇所の日本語訳は引用者による. 6)18世紀における「公衆」の誕生については,水林章が詳細に議論を行っている(水林章,『公 衆の誕生,文学の出現:ルソー的経験と現代』,みすず書房,2003年).また,公衆に対する修 辞学教育については,次の論考を参照のこと.玉田敦子,「18世紀の修辞学教科書における国 家神話の創設」,『日本フランス語フランス文学会中部支部研究報告集』第32巻,日本フランス 語フランス文学会中部支部,2008年,pp. 1-10.

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 私が示せる数ある理由のうち,大多数の人(grand nombre)に一層ふさわしい理由を 一つ選ぶことに留めましょう.ふさわしい,というのは,その理由が道徳的効果よりも 常に庶民(vulgaire)にはっきりと分かる,利害と金銭に関する考察に限定されるからで す.道徳的な効果とその原因の関係,その効果が国家の運命に及ぼす影響は,庶民には わからないのです7). このように,ルソーの語りかける公衆とは,一般大衆を含む広い人々を指し ている.それゆえ,「利害と金銭」という,極めて具体的かつ卑俗な話題で もって,ルソーは公衆の説得を試みる. 〔...〕演劇の種類や,その道徳的効果を考慮せず,ただ仕事と収入のことを検討しても, 裕福な国民,しかしその幸福を産業から得ている国民が,見かけと引き換えに現実を変 質させ目立とうとするならば,たちまち破産してしまうことを,明白な結果によって示 せると思います8). 『手紙』の構成は,前半の演劇に関する一般論と,後半の演劇がジュネーヴ にもたらす害悪の検討に大別される.先の引用を見れば,議論の中心が後者 であることは明らかである.なぜ,ルソーは具体的な次元に固執するのか. それは結局,抽象的な演劇論は,劇場設立に反佀する客観的根拠とはなりえ ないからである.『手紙』においては,議論の焦点が「演劇の是非」から「劇 場設立の是非」へと巧みに移し替えられる.さらに,ルソーは自らを公衆側 に立つ語り手であると示すことで,議論の説得力を高めていく.第二章では, ルソーが説得のために構築する自己像を検討したい. II.経験的な語りと簡潔な文体─「ジュネーヴ市民」ルソー ルソーは,作品の扉でジュネーヴ市民であると宣言し,対等な立場から彼ら に語りかける.ここで留意すべきは,当時のジュネーヴに見られた内部対立 である.貴族階層は演劇の導入に積極的であったが,市民とブルジョワは劇 場設立を断固拒否していた9).ルソーは後者の立場から持論を展開するが,彼 7)Lettre à D’Alembert, O. C. V, p. 103. 8)Ibid., O. C. V, pp. 58-59. 9)当時のジュネーヴ共和国において,参政権を認められていたのは市民とブルジョワのみであ る.市民とはジュネーヴで生まれた,市民あるいはブルジョワの子供のことであり,ブルジョ

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がまず強調するのは語り手としての誠実さである.「正義と真実,これが人間 の第一の義務です.人間愛と祖国,これが人間の抱く最初の情愛です.個人 的な手心によってこの順番を変えようとすれば,それは常に誤ったことなの です10)」.こうした姿勢は晩年の自伝的作品にも受け継がれ,『告白』におい ては,自身に不都合な事実の暴露により語り手としての信用が担保される. 一方,『手紙』では,そうした誠実さは自らの過失を認めることで表明され る11).ルソーは俳優が働く詐欺行為を指摘するが,作品の刊行後,こうした行 為がむしろ忌避されていると判明した際には,新たな で自説を修正してい る.さらに,ルソーは徹底して公衆に寄り添って自説の説得力を高めようと するが,この姿勢はルソーの語り方,さらには文体に現れている.まずルソー は,経験的な語りの必要性を強調する. ここで,なぜ私自身が議論をしているのかと聞かれれば,私は次のように答えましょう. 私は大多数の人に向かって話していて,実践的真理について説明しているのです,経験 に基づき語り,自分の義務を果たしているのです,自分が考えていることを語った後に, 人々が私の意見に賛同しなくても,それをよくないこととは思いません,と12). ルソーはこの「実践的真理」を哲学と対置し,語気鋭く哲学批判を行う.「し かし,偏見と誤解が哲学の名の下,横柄にふるまっているこの世紀にあって は,無意味な学知により愚鈍となった人々は,理性の声に精神を閉ざし,自 然の声に心を閉ざしているのです13).」哲学は机上の空論とみなされ,経験的 な語りは,哲学,さらには哲学者との決定的な離別を意味する.実際,ルソー は己の経験的知識を,パリの才人の浅薄なそれと対比してみせる. ワとは国外で生まれた,市民あるいはブルジョワの子供を指す.18世紀当時に制度としての貴 族身分は存在しなかったが,一部の富裕層が政治権力を独占し,事実上の貴族階級を形成して いた.以上のジュネ―ヴの国政や歴史については,次の文献を参照のこと.川合清隆,『ルソー とジュネーヴ共和国』,名古屋大学出版会,2007年. 10)Ibid., O. C. V, p. 3.

11)アリストテレスの『弁論術』(Rhétorique, texte établi et traduit par Médéric Dufour, CUF,

«  Les Belles Lettres  », 1960.)においては,「人柄」,「感情」,「論理」が有効な説得法であると されたが,18世紀においても,語り手としての誠実さは聴衆に訴えかける手段として認められ ていた.例えば次の文献を参照のこと.Bernard Lamy, La Rhétorique ou l’art de parler, [Première édition : 1675], éd. Christine Noille-Clauzade, Honoré Champion, 1998, p. 421.

12)Lettre à D’Alembert, O. C. V, p. 11. 強調は引用者による. 13)Ibid., O. C. V, p. 74.

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 私はパリの才人の誰かが抗議し,〔...〕木造の家が暖かいなどということはありえない, と婦人たちに学者ぶって証明するのが聞こえるように思う.〔...〕ただ,私が知っている ことは,スイス人は雪に覆われた木造の家の中で暖かく冬を過ごしているということで ある14). さらに,『手紙』の前半部で議論される一般的事実は,後半部でジュネーヴの 経験的事実に次々と置き換えられる.こうした経験的な議論を通して,ルソー は自身がジュネーヴの内情に通じた語り手であると示す. また,ルソーの文体も注目に値する.『手紙』の前半部では列挙法が多用さ れる.しかし,レトリックとしての列挙法は,当時の修辞学において,体系 的な考察の対象ではない.事実,デュマルセの『転義論』,あるいはフォンタ ニエの『言述の文彩』においては,列挙法は文彩の一つに数えられない.デュ マルセによる『百科全書』の項目「文彩」に,わずかに列挙法への言及が見 られるが,その修辞学的機能は事物を詳述する点に限定されている.Masano Yamashitaはすでに,列挙による文体の簡潔さを指摘しているが15),『手紙』に おいては列挙法により,議論が整理されるとともに,時には検討結果そのも のが読者に提示される.まずルソーは,作品の冒頭で主要な論点を次のよう に列挙する.  あなたが解決しているように思える問題のうちに,議論しなければならないものがど れほど見つかることでしょうか!①演劇はそれ自体良いものであるか否か,②それは習 俗と結びつくか,③共和国の厳しさが演劇を受け入れることができるか,④小さな町で それを許容できるか,⑤俳優という職業は誠実であるか,⑥女優たちは他の女性と同様 に貞淑でありうるか,⑦良き法律は弊害を防止するのに十分であるか,⑧その法は遵守 されるか,などといったことです16). 論点①,②に関しては,その最初の考察において,演劇の一般的効果として, 国民の性格を強めること,本来の好みを強めること,あらゆる情念に新たな 活力を与えること,が挙げられる.さらにルソーは,論点⑤について,経験 14)Ibid., O. C. V, p. 56.

15)Masano Yamashita, op. cit., p. 91.

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的事実の列挙から議論を始める.まずは彼らが放縦と悪習の状態にあること, 次に,俳優が不名誉な職業として認知されていること,最後に,そうした軽 の念が,習俗が純粋な場所では一層強いこと,以上三点が確認される.さ らに論点④,小さな町に劇場が設置された状況を考察する一節を検討したい. 「〔...〕結果として,仕事が緩みます:第一の弊害.〔...〕支出の増大:第二の 弊害.〔...〕売れ行きの減少:第三の弊害.〔...〕税の創出:第四の弊害.〔...〕 奢侈の導入:第五の弊害17).」ここでは,劇場設立による弊害を挙げ,その害 悪が強調される.ただし,この結論はルソーの思考実験に由来している.経 験的に語るとはいっても,全ての言説が経験的事実を前提とするわけではな い.ルソー自身,議論のこうした性質について次のように述べている.  それから,私の仮定を絵空事として非難してはいけません.私はそれをただ仮定とし て述べているのであり,そこから不可避的に生まれる結果を多少なりとも分かるように したいだけなのです.いくつかの状況を除いてみてください,他にも「山の人々」が見 つかるでしょうし,「適当な入れ替えをすれば」,この実例は他にも適用されるのです18). 当然,「山の人々」とは「ジュネーヴ人」を指し,思考実験の結果が「ジュ ネーヴ共和国」に適用される.こうした列挙法による簡潔な文体は,ダラン ベールらパリの知識人たちに向けられたものではない.彼らに対して論点を 整理し,検討結果を並べ挙げる必要性は皆無である.事実,『手紙』以前の著 作に,こうした列挙法の多用は確認できない.それゆえ,先の引用が示す通 り19),この文体は,公衆に「はっきりと自身の考えを述べる」ために用いられ ているのである. 以上のように,『手紙』において,ルソーは公衆に寄り添った語り手として 自身を提示し,彼らにより説得的に働きかける.次章では,そうした自己像 とは対照的に描かれるダランベール像に焦点を当てたい. III.余談による対比─「パリの哲学者」ダランベール 作品の扉でダランベールに添えられる肩書─「フランス・アカデミー会 17)Ibid., O.C. V, pp. 57-58. 18)Ibid., O.C. V, p. 59. 19)注5を参照のこと.

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員,パリ王立科学アカデミーおよびプロイセン王立科学アカデミー会員,ロ ンドン王立協会会員,スウェーデン王立文芸アカデミー会員,ボローニャ学 会会員,ダランベール氏」─は,ルソーとの社会的立場の格差を明確にす る.作中では,ダランベールがパリを中心とした文明圏に属することが度々 確認される.  あなたはすぐに,(小さな町に)大都市の猿のような者よりも一層分別のある人々がい ることを知るでしょう.それだけでなく,世に隠れていながらも天賦の才を持っている 人をそこに見出さない,ということはめったにないでしょう.彼らは,その才能と作品 であなたを驚かせるでしょう20). このように,ダランベール像は「パリの哲学者」として設定される.哲学が 机上の空論とみなされる以上,「哲学者」という肩書きは肯定的な意味を持た ない.では,「パリ」という都市には,いかなるイメージが付与されるのだろ うか.  見たところ,パリでは何事も検討する余裕がないために,すべてを外見から判断して います.そして彼らは,地方の町の大部分が,一見したところそう感じさせる無為と無 気力から,その街の住人は愚鈍な無為へと陥っており,ただ細々と生活しているだけで ある,あるいは互いに気を揉み,仲たがいしている,と思っているのです21). パリとは,表層的な判断を下す人々が集う場所なのである.それゆえ,「パリ の哲学者」という肩書は浅薄な知識人を意味している.このように,ルソー とダランベールの姿は対照的だが,その差異をより際立たせるのが余談であ る.列挙法と同様,余談もまた当時の修辞学では軽視されていた.古代ギリ シャにおいて聴衆の情念に働きかける機能を担っていた余談は,18世紀には 無駄な文飾として一蹴される22).しかし,『手紙』における余談は,文字通り の無益な言説ではない.まずは,余談が使われている箇所を確認し,その修 辞学的性質を検討したい.最初の例は,悲劇の道徳的効果を議論する際の一 20)Lettre à D’Alembert, O. C. V, p. 55. 21)Ibid., O. C. V, pp. 54-55.

22)余談の歴史的変遷については次の文献を参照のこと.Randa Sabry, Stratégies discursives : digression, transition, suspens, Édition de l’École des hautes études en sciences humaines, 1992.

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節である.「古代人は,もっと素朴な言葉で人間愛について語っていました. ですが,彼らはより良く人間愛を実践できていたのです.プルタルコスが語 る逸話によって,彼らと我々を比較することができるでしょう23)」.ルソーは, 悲劇『アトレ』と『マホメット』の道徳的性質を検討したのち,プルタルコ スが語った逸話に言及する.この一節では,劇場で空席を探す老人が,アテ ネの若者に 笑される中,スパルタ人が颯爽と席を譲ったとされ,古代人の 習俗が称賛されている. また,次の例では,老人に対する若者の態度に,演劇が与える影響が語ら れ,都会の習俗が批判されている.  見てください,パリの集まりにおける,厚かましい若者の傲慢でうぬぼれた様子,断 固とした,断定的な口調を.その一方で,老人たちは臆病で慎み深く,口を開くことも せず,ほとんど話を聞かれないのです.田舎では,そして劇場がない所では,そうした ことは決して見られないのではないでしょうか.そして大都市以外では,どこであって も白い頭と白髪は,常に尊敬の的ではないのでしょうか24). 以上の例にまず共通するのは,それが余談であると明確に示される点であ る.これらの余談の後には「私の主題に戻ることにしましょう」という文言 が続く.二つ目の共通点は,それらが対比的な効果を担うことである.増田 眞は,ルソー作品における余談の効果を「異質な世界の理想化されたイメー ジの中に読者を導くこと」であると指摘するが25),最初の例では古代と現代が, 二番目の例では都会と田舎が対比され,それぞれ理想的な習俗の在り方が描 写される.以上の議論を踏まえ,ダランベール像とルソーの自己像に関わる 二つの余談を検討する.まずは,『手紙』の冒頭でジュネーヴの宗教に関する ダランベールの発言が糾弾される箇所に注目したい.  あなたによれば,ジュネーヴの牧師の何人かは完全にソッツィーニ派だということに なります.あなたがヨーロッパに対して声高におっしゃっているのはそういうことです. どのようにしてそれを知ったのか,私はあなたにお聞きしたいのです.〔...〕 23)Lettre à D’Alembert, O. C. V, p. 30. 24)Ibid., O. C. V, p. 46. 25)増田眞,「ルソーにおける余談のレトリック」,『仏文研究』吉田城先生追悼特別号,京都大 学フランス語学フランス文学研究会,2006年,pp. 95-107.

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 その検討が私にふさわしくなく,またこの手紙の主題でもないような点については, もう十分過ぎるくらいでしょう26). 次は『手紙』の末尾,ジュネーヴに真にふさわしい見世物について検討する 場面である.  なんですって!共和国には見世物など全く必要でないというのでしょうか.反対に, 大いにそれは必要とされるのです!そうした見世物が生まれたのは共和国においてなの です.共和国においてこそ,見世物が真の祝祭の雰囲気を帯びながら成功を収めること がわかるのです.〔...〕  こうした数多くの余談は終わりにすることにしましょう27). この二か所についても,それが余談であることが示されている.まず,最初 の例では,当時異端とされていたソッツィーニ派という名称を,ダランベー ルがジュネーヴの宗教を語る際に用いた事実が俎上に挙げられる.この呼称 は,フランス知識人からすれば開明的な宗教を称賛するものであるが,それ を無暗に適用するのは自文化中心主義に他ならない.阿尾安泰が指摘するよ うに28),ルソーはそうした文化の暴力性を糾弾する.しかし,ここで問題なの は,むしろダランベールの論者たる資格である.自文化を中心に外部を解釈 しようとする姿勢は,ジュネーヴの問題を語るにふさわしいのか,そのこと をルソーは問うている.ジュネーヴの実情を把握していれば,演劇の導入が 引き起こす弊害は自明であり,そもそも『百科全書』の項目で演劇が問題に なることが筋違いであると指摘される.つまり,先ほど確認した「パリの哲 学者」の姿が実例として示されるのである. 一方,二つ目の余談から浮かび上がるルソーの自己像はそれと好対照を成 す.ルソーが提案するのは,広場の真ん中に花で飾られた一本の杭を立て, そこに人が集うことで成立する祝祭である.そこでは観客自身が演劇の登場 人物となり,人々が顔を見せ合うことで,互いの結びつきを強くする.祝祭 26)Lettre à D’Alembert, O. C. V, pp. 10-13. 27)Ibid., O. C. V, pp. 114-123. 28)阿尾安泰,「『演劇』をめぐって―『演劇に関するダランベール氏への手紙』―」,『ルソーを 学ぶ人のために』所収,世界思想社,2010年,pp. 75-93.

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は,労働にいそしむ国民に束の間の休息と娯楽を与え,彼らに善良な習俗を もたらす.観客と登場人物の垣根が払われ,屋外の開放的な空間で行われる この見世物は,ルソーが非難する演劇とは様相を異にする.それに加えて祝 祭は,すでに存在する公共行事の延長線上に位置し,決して非現実的な発想 ではないとされる.この余談から浮かび上がるのは,ジュネーヴの内情に通 じたうえで,真にジュネーヴの未来を案じる語り手の姿である.以上のよう に,余談による対照的な描写によって,ダランベールとルソーは対極的な地 位を与えられ,哲学を振りかざし,個別具体的な状況を無視するダランベー ルは,議論の空間から排斥される. 結論 本論ではルソーの自己像,およびダランベール像との関係から,『手紙』に おけるレトリックの機能を検討した.ルソーは列挙法により議論を整理し, 公衆側に立って読者を説得する一方,余談を駆使した対比的な描写により論 敵から語り手の資格を剥奪することで,議論の説得力を高めている.簡潔な 文体をもたらす列挙法と,冗長な表現に陥りがちな余談,一見相反するよう に思える修辞技法が,ともにルソーの自己像を強化する役割を担うことが確 認された. 『手紙』は結果として好意的に公衆に受け入れられる.実際,ジュネーヴは 1782年まで劇場を持つことはない.しかし,公衆は無批判に『手紙』を受け 入れることはなかった.ルソーが描く共和国の姿は,あまりにも理想化され たものであるとして,より現実的な描写を望む人々からは非難される.では, ルソーは現実と彼が理想とする共同体を混同していたのだろうか.ここに見 出すべきはむしろ,ジュネーヴそのものに向けられた批判的視線である.ジュ ネーヴ,さらには公衆の立場から語るとはいえ,彼自身もジュネーヴを無批 判に称賛することはない.事実,ジュネーヴが確実に退廃へと向かっている ことが作中で指摘される.ルソーは,自身とダランベールのみならず,現実 のジュネーヴと理想のそれをも対比させており,共和国側の自省をも促して いたと言える.こうした公平無私な姿勢は,作品末尾の注で掲げられた,「真 実に身をささげる」という標語にも表れている.この標語は,晩年,手紙の 封印にたびたび用いられ,ルソーの作家活動を象徴する文言となる.このよ

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うに,『手紙』は,ルソーによる自己像構築の試みであると同時に,真理の探 究の軌跡を刻む作品として新たに評価することができるのではないだろうか. この問題については,また論を改めたい. (京都大学大学院博士後期課程) 本研究は,日本学術振興会科学研究費(特別研究員奨励費18J14444)の助成 を受けたものである.

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L’image de soi et la rhétorique dans la

Lettre à d’Alembert

Dans l’article « Genève », qui figure au tome VII de l’Encyclopédie, d’Alembert préconisait l’établissement d’un théâtre dans cette ville, afin d’en épurer les mœurs. C’est pour réfuter cette affirmation que Rousseau écrivit la Lettre à d’Alembert en 1758. À côté des questions esthétiques, amplement traitées par la recherche rousseauiste, la stratégie employée pour persuader le lecteur reste encore à examiner. Dans cet article, nous tentons d’éclairer la rhétorique du texte en portant notre attention sur l’image de soi de Rousseau. Par-delà le destinataire explicite de la Lettre, Rousseau vise les philosophes des Lumières dans leur ensemble. Il faut cependant aller plus loin encore  : l’argumentation persuasive développée par ce texte s’adresse au public dans toute sa généralité. C’est la raison pour laquelle Rousseau a recours à des idées concrètes et quotidiennes, plutôt qu’à des raisonnements abstraits, ainsi qu’à un style concis, qui prend surtout la forme de l’« énumération ». La pratique de la « digression » permet aussi à l’auteur de rejeter la philosophie comme vue de l’esprit, et d’écarter les idées de d’Alembert, trop éloignées des problèmes de Genève. Sous l’apparence d’une contradiction mutuelle, ces deux procédés concourent à renforcer l’image de soi que veut se donner Rousseau.

Kentaro OYAMA

Étudiant en 3ème année de doctorat à l’Université de Kyoto

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参照

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