気象庁台風区分に対応する想定台風設定と
高潮浸水,リードタイムの試算
竹下 哲也
1・鈴山 勝之
2・諏訪 義雄
3・姫野 一樹
4 1正会員 国土交通省 国土技術政策総合研究所 海岸研究室 ( 〒305-0804 茨城県つくば市旭 1 番地) E-mail : [email protected] 2非会員 株式会社エコー 技術本部 防災解析部(〒110-0014 東京都台東区北上野 2 - 6 - 4 ) 3正会員 国土交通省 国土技術政策総合研究所 海岸研究室 ( 〒305-0804 茨城県つくば市旭 1 番地) 4非会員 国土交通省 国土技術政策総合研究所 海岸研究室 ( 〒305-0804 茨城県つくば市旭 1 番地) 我が国では,一部地域において高潮ハザードマップが作成されているものの,来襲する台風の規模に応 じた高潮浸水計算や避難に必要なリードタイムの検討は十分に行われていない.このため,本研究では, 東京湾を対象に気象庁の台風区分に対応する高潮浸水計算と避難に係るリードタイムの試算を行った. その結果,本研究で設定した想定台風のうち,室戸台風級の中心気圧 910 hpa の想定台風は気象庁の区 分では「非常に強い台風」に該当し,他の区分に該当する台風と比較して浸水範囲が大きいことや,最大 旋衡風速半径が大きい想定台風ほど対象海岸から西寄りの経路で潮位偏差が最大となることを確認した. また,避難完了までのリードタイムとして,高潮浸水想定の計算過程で算出される時系列の風速分布を用 いて,風速 15 m/s 以上の強風域の到達予定時間を試算した.Key Words : Storm surge, high wave, assuming storm surge inundation, evacuation, lead time
1. はじめに
米国における 2005 年のハリケーン・カトリーナやフ ィリピンにおける 2013 年の台風ハイヤンなど,世界各 地で大規模な高潮災害が発生している.我が国でも, 1959 年の伊勢湾台風など過去に大規模な高潮災害が発 生しており,今なお人口・資産が集中する三大湾にはゼ ロメートル地帯が存在し,高潮災害に対するリスクが高 い状況である.しかし,高潮に関するハザードマップの 整備率は平成 26 年 3 月末時点で沿岸市町村の約 18 %1)と 低く,高潮時にどの地域が危険であるか分からない状況 にある. 米国では,ハリケーンのカテゴリー別に高潮浸水を計 算できる SLOSH モデル ( Sea, Lake and Overland Surges from Hurricanes )2) があり,カテゴリー別の高潮浸水マップの 作成や避難計画に活用されている.一方,我が国では気 象庁が台風接近時に「非常に強い」,「大型」等の台風 の強さや大きさ等の情報が伝えられるが,台風規模に応 じた浸水計算や避難に必要なリードタイムの検討が行わ れておらず,こうした情報が十分に活用されていない. このため,本研究では,高潮浸水計算の結果が効果的 に避難に活用されるため,台風接近時に発表される気象 庁台風区分に対応する高潮浸水計算と避難に係るリード タイムの試算を行うことを目的とした.2. 計算の概要
本研究における計算の手順を図-1 に示す. 図-1 計算の手順 想定台風の条件設定 ・中心気圧: 910 hpa ~ 970 hpa , 移動速度 73 km/h 一定 ・最大旋衡風速半径 : 75 km ~ 600 km → 気象庁台風区分(台風の強さ,大きさ)と比較し, 7つの規模の想定台風(気圧・風場)を設定 移動経路の設定 伊勢湾台風平行移動コース( 6 コース) 台風 7920 号平行移動コース( 6 コース) キティ台風平行移動コース( 6 コース) 計算準備 ・対 象: 東京湾 ・計算モデル:台風モデル ( Myers の式), 波浪推算 ( スペク トル法 ( SWAN )), 高潮推算(非線形長波) ・再現計算 : 台風 7920 号(海上風,潮位偏差) 気圧・風場の推算,高潮推算及び浸水計算 リードタイムの試算本研究の流れとしては,「計算準備」として地形データ の設定や計算モデルの設定,既往台風による再現計算を行 い,「気象庁台風区分に対応した想定台風」や「移動経路」 を設定した上で,「気圧・風場の推算」を行い,その結果 を踏まえ「高潮推算及び浸水計算」や「リードタイムの試 算」を行い,警戒避難の判断に役立つ情報としての活用可 能性の考察を行った.以下に具体的内容を述べる. (1) 計算準備 本研究の対象は東京湾とし,地形,粗度,構造物データ については,2012 年の内閣府「南海トラフの巨大地震モデ ル検討会」3) で用いられたデータを使用した.計算格子につ いては,陸側から沖側に向かって 90 m ,270 m ,810 m ,2430 m の格子間隔でネスティングしたものを使用した. 台風モデルについては,実際の気圧場に比較的よく合致 するとの報告4) , 5) がなされている Myers の式を使用した. 𝑃(𝑟)= 𝑃𝐶+ ∆𝑃𝑒𝑒𝑥𝑝 (−𝑟𝑟0) (1) ここで,𝑟 は台風中心からの距離,𝑃(𝑟) は地点 𝑟 におけ る気圧,𝑃𝐶 は台風中心の気圧,∆𝑃𝑒 は台風の中心示度,𝑟0 は台風半径(最大旋衡風速半径)である. 波浪推算についてはスペクトル法の SWAN を用い,ラデ ィエーションストレスを計算し,高潮推算に反映した.高 潮推算については非線形長波理論の式を用いて計算した. 再現計算として,台風 7920 号を用いて海上風と潮位偏差 に係る推算値と観測値との比較を行った.台風 7920 号とし た理由は,海上風や潮位偏差の観測データが得られること, 2010 年の中央防災会議「大規模水害対策に関する専門調査 会報告」6) , 7) (以下,「専門調査会報告」という)の東京湾 の高潮浸水想定に係る想定台風の経路検討に台風 7920 号が 用いられていたことである. 海上風については,東京灯標 ( 北緯 35 度 33 分 58 秒,東経 139 度 49 分 41 秒 ) の観測値を 10 m 高度に補正し,台風モデ ルによる推算結果と比較した.潮位偏差については晴海 (北緯 35 度 39 分,東経 139 度 46 分)地点における潮位偏差 の観測値と推算値を比較した.比較結果を図-2 に示す. ピーク値で比較すると,観測値に比べて推算値が多少高 めに出ているものの,概ね台風 7920 号の海上風や潮位偏差 は再現されていた.本研究では,台風規模別の高潮浸水の 傾向を分析することに重点を置いたことから,図-2 のよう なモデルの精度をもって研究を行うこととした. (2) 想定台風の条件設定 表-1 に示すように,気象庁の台風区分では,10 分平 均の最大風速から「強い」,「非常に強い」,「猛烈な」 で区分する「台風の強さ」と,風速 15 m/s 以上の領域 (強風域)の半径から「大型」,「超大型」で区分する 「台風の大きさ」がある8). それぞれの台風区分に該当する想定台風を設定するた め,専門調査会報告の東京湾の高潮浸水想定で用いられ た室戸台風級の想定台風 ( 中心気圧 910 hpa ,最大旋衡風 速半径 75 km ,移動速度 73 km/h )を基本の想定台風(以 下,「 910 hpa の想定台風」という)とし,中心気圧や最 大旋衡風速半径を変化させて 7 つの規模の想定台風を設 定した.なお,専門調査会報告での想定台風は,伊勢湾 台風の実績から,中心気圧 930 hpa ,最大旋衡風速半径 75 km ,移動速度 73 km/h の想定台風を設定した上で,最 大旋衡風速半径と移動速度をそのままに,中心気圧のみ 室戸台風級の 910 hpa に設定したものである. (3) 移動経路の設定 想定台風の移動経路については,専門調査会報告に係 る想定台風の移動経路検討用に用いられた伊勢湾台風 (台風 5915 号) 平行移動コース,台風 7920 号平行移動コ ース,キティ台風 (台風 4910 号) 平行移動コースの 3 コ ースを基本とした.そして,3 コースを東西方向に平行 移動させ,6 コースずつ計 18 コースを設定した.7 つの 規模の想定台風ごとに 18 コースずつ設定したことから, 合計 126 コースとなる.平行移動の具体的方法について 以下に述べる. a) 上記の 3 コースを東西方向に 0.1°~ 0.2°ずつ平行 移動させ,最小計算格子間隔 540 m の簡易的な高潮 気象庁の台風区分 【台風の強さ】 最大風速 ( 10 分平均) 【台風の大きさ】 風速 15 m/s 以上の 強風域 半径 ( km ) 大 型 強い台風 33 m/s ~ 43 m/s 500 km 以上~ 800 km 未満 非常に強い台風 44 m/s ~ 53 m/s 猛烈な台風 54 m/s 以上 超大型 強い台風 33 m/s ~ 43m/s 800 km 以上 非常に強い台風 44 m/s ~ 53 m/s 猛烈な台風 54 m/s 以上 表-1 気象庁の台風区分 図-2 風・潮位偏差に係る観測値と推算値の比較
推算を行った. b) 東京港と千葉港を潮位のモニター点とし,最大の潮 位偏差となる経路(以下「基本コース」という)を 抽出した.伊勢湾台風平行移動コースとキティ台風 平行移動コースについては東京港を,台風 7920 号平 行移動コースについては千葉港をモニター点とした. c) モニター点において,基本コースの潮位偏差の概ね 0.9 倍,0.7 倍,0.5 倍の潮位偏差が発生するコースを 抽出し,基本コースの西側から 3 コース,東側から 2 コースずつ潮位偏差が高い順に選定した.基本コ ースを含め各 6 コース,計 18 コースとなる. d) 7 つの規模の想定台風ごとに a) から c) までの作業を 行い,合計 126 コースを設定した. (4) 気圧・風場の推算,高潮推算及び浸水計算 (2),(3) で設定した想定台風と移動経路で,気圧・風 場の推算,高潮推算及び浸水計算を行った.浸水計算に 関しては,海岸堤防の破堤は考慮せず,越流は本間公式, 越波は合田の越波流量推定図,陸上の浸水計算は非線形 長波理論の式を用いた.また,東京湾に流入する河川の 洪水流量は考慮していない.
3. 結果及び考察
(1) 複数規模の想定台風と気象庁台風区分の比較結果 中心気圧については,910 hpa ~ 970 hpa の幅で設定す ることとしたが,最大旋衡風速半径については,図-3 の河合ら ( 2005 ) 9) の分析や,図-4 の安田ら ( 2010 ) 10) の分 析にあるとおり,既往台風のデータから中心気圧が高く なるほど最大旋衡風速半径が大きくなる傾向がある. このため,910 hpa ,930 hpa については,最大旋衡風 速半径を専門調査会報告と同様に 75 km と設定し, 960 hpaについては,図-3 より最大旋衡風速半径を既往台風 の上位 10 %にあたる 150 km で設定した(図-3 の点 a , b , c ). ただし,図-3 による設定では,強風域半径が 500 kmを 上回る台風,すなわち「大型」や「超大型」の台風とな らないため,図-4 を参考に 950 hpa については最大旋衡 風速半径を400 km と500 km ( 図-4 の点 d , e ),960 hpa , 970 hpa については最大旋衡風速半径 600 km ( 図-4 の点 f , g ) という想定台風を設定した.これらは図-4 で,わずか ではあるが 970 hpa 以下で最大旋衡風速半径が約 400 km ~ 600 km の事例が存在することを踏まえたものである. 以上のような考え方から,図-5 のように気象庁台風 区分を踏まえた複数規模の想定台風を設定した.図-5 の点 a から g は,図-3 及び図-4 の点 a から g に対応して いる.図-5 で示すように,専門調査会報告で用いられ た室戸台風級の想定台風は,気象庁台風区分では「非常 に強い台風」に該当した.一方,「中心気圧 910 hpa 以上, 最大旋衡風速半径は図-3 , 図-4を参考に設定 , 移動速度 73 km/h 一定」という条件下では,「猛烈」,「大型で猛 図-3 既往台風の最大風速半径の分布 (出典:河合ら( 2005 )9), pp.34 に加筆 (点 a , b , c) ) 図- 4 台風中心気圧と台風半径 ( BT データ,1951 ~ 2000 年) (出典:安田ら( 2010 )10), pp.1242 に加筆 (点 a ~ g , 図-3 の範囲))a
b
c
g
e
d
f
a
b
c
図-3 の範囲 図-5 気象庁台風区分と複数規模の想定台風a
d
【台風の強さ】 10分平均最大風速 ( m/s ) 33 44 54 強い 非常に 強い 猛烈 500 800 【台風の大きさ】強風域半径( km ) 300 大型 超大型 【910 hpa , 75 km】 【930 hpa , 75 km 】 【950 hpa , 400 km】 注:【中心気圧, 最大旋衡風速半径】 ※移動速度は 73 km/h 一定 【970 hpa , 600 km】 【950 hpa , 500 km】 【960 hpa , 600 km】 【960 hpa , 150 km】 (猛烈な台風) (非常に強い台風) (大型で非常に強い台風) (大型で猛烈な台風) (超大型で 猛烈な 台風) (超大型で非常に 強い台風) (大型で強い台風) (超大型で強い 台風)b
c
e
f
g
(強い台風)烈」,「超大型で猛烈」,「大型で非常に強い」,「超大型 で非常に強い」に該当する台風は設定できなかった. なお,1934 年の室戸台風では高知県の室戸で中心気 圧 911.6 hpa 11) , 最大風速 45 m/s ( 20 分間平均風速) 12) が観 測されており,図-5 の a ( 910 hpa の想定台風)の最大風 速 45.2 m/s と概ね一致している. 図-5 のように,複数の規模で条件設定した想定台風 を気象庁台風区分で整理し図示しておくことは,規模の 異なる想定台風の強さや大きさを視覚的に理解する上で 役立つ.また,事前に複数規模の想定台風による浸水図 と図-5 を作成しておけば,実際に襲来する台風に対し て,台風の強さや大きさといった気象情報と図-5 から, 起こりうる可能性の高い浸水図を簡易に検索することが でき,事前の防災行動に役立つものと考える. (2) 高潮推算及び浸水計算の結果 高潮推算及び浸水計算による全体的な傾向としては, 伊勢湾台風平行移動コースが潮位偏差や浸水面積が最も 大きくなるコースであり,専門調査会報告で用いられた 想定台風の検討結果と同様の結果が得られた. 図-6 に伊勢湾台風平行移動コースで「非常に強い台 風(910 hpa の想定台風,図-5 の a )」,「強い台風 ( 図-5 の b )」,「大型で強い台風 ( 図-5 の d )」の場合の移動経路 を示す.また,図-6 のうち潮位偏差最大のコース(図-6 の赤線のコース)の場合の浸水計算結果を図-7 に示す. 「非常に強い台風 ( 910 hpa の想定台風)」に該当する想 定台風が,本研究で設定した想定台風の中で最も浸水範 囲が大きくなった.高潮ハザードマップを作成する際に は,このような浸水範囲が最大となる規模の想定台風を 外力条件として設定することが望ましいが,経路によっ て浸水範囲が異なる場合があるため,複数経路での浸水 範囲の重ね合わせといった措置が必要と考える. また,図-6 に示すとおり,最大旋衡風速半径(もし くは強風域半径)が大きい場合ほど,最大の潮位偏差 (もしくは浸水範囲)をもたらす移動経路は西側にシフ トする.加えて,図-6 では赤線のコースに対して潮位 偏差が概ね 9 割となる移動経路の幅に黄色の矢印を付し たが,最大旋衡風速半径が大きいほど潮位偏差が高くな る台風経路の範囲が大きくなることが分かる. 複数規模の高潮浸水想定を計算する際に,図-6 や図-7 のような情報を併せて図示しておくと,実際に台風が 接近する際,気象庁が発表する台風区分や台風経路に対 して,どの規模や経路の想定台風の計算結果が参考にな るかを簡易的に判断することが可能になると考える. 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 135 136 137 138 139 140 141 142 143 La ti tude Longitude 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 135 136 137 138 139 140 141 142 143 La ti tude Longitude 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 135 136 137 138 139 140 141 142 143 La ti tude Longitude (1) 0.75 (2) 0.80 (3) 0.92 (4) 1.00 (5) 0.88 (6) 0.71 (1) 0.76 (2) 0.81 (3) 0.92 (4) 1.00 (5) 0.85 (6) 0.70 (1) 0.86 (2) 0.90 (3) 0.95 (4) 1.00 (5) 0.90 (6) 0.75 非常に強い台風 (910 hpa , 75 km ) 大型で強い台風 (950 hpa , 400 km ) 強い台風 (930 hpa , 75 km ) ※赤は潮位偏差最大のコース,数値は赤のコースの潮位偏差を1とした場合の比率(西から東に(1)→(6)) 図-6 想定台風の移動経路の違いによる潮位偏差の比較 非常に強い台風 中心気圧 910 hpa 最大旋衡風速半径 75 km 移動速度 73 km/h 強い台風 中心気圧 930 hpa 最大旋衡風速半径 75 km 移動速度 73 km/h 図-7 複数規模の想定台風比較(伊勢湾台風平行移動コース) 大型で強い台風 中心気圧 950 hpa 最大旋衡風速半径 400 km 移動速度 73 km/h
(3) リードタイムの試算 高潮推算及び浸水計算を行うにあたっては,その前段 として気圧・風場の推算を行うが,その推算結果を活用 して時系列の風速分布を作成することが出来る. 気象庁のホームページによると,10 分間平均風速が 15 m/s 以上 20 m/s 未満では「風に向かって歩けなくなり, 転倒する人も出る」13)とされており,台風に関する気象 情報では 10 分間平均風速 15 m/s 以上の強風域が示され る. また,人命救助に用いられる消防防災ヘリコプターの 横風の許容風速は機種にもよるが 18 m/s 程度14) であり, 首都圏における鉄道各社は瞬間風速 20 m/s 以上で速度制 限や運行停止の規制15) がある.なお,瞬間風速は平均風 速の 1.5 ~ 3 倍といわれる.さらに,米国では風速が時 速 39 マイル2)( 17.4 m/s )となる時点をゼロアワーとし, それまでに避難を完了することとなっている. このため,本研究では 10 分間平均風速 15 m/s を屋外 への立ち退き避難が必要な場所における避難完了の目安 として,東京湾を例に 910 hpa の想定台風を用いて風速 分布図を時系列で作成し,台風上陸から何時間前までに 避難を完了する必要があるかを示すリードタイムの試算 を行った. 図-8 に,図-6 の「非常に強い台風 ( 910 hpa の想定台 風)」で潮位偏差が最も大きいコース(図-6 の赤線)を 通過した場合の時系列の風速分布を示す.台風中心が伊 豆半島付近に上陸する時点を 0 時として, 6 時間前, 4 時間前,2 時間前の風速分布を示しているが,房総半島 南部は上陸約 6 時間前,東京湾沿岸は上陸約 4 時間前, 関東全域は上陸約 2 時間前には風速が 15 m/s 以上となり, 屋外への避難が困難な状況となることが分かった. また,図-8 と同じ条件で,東京湾奥の葛南港(千葉 県船橋市)付近の潮位・気圧の時系列と減災行動のイメ ージを図-9 に示す.図-9 の 0:00 は,想定台風が伊豆半 島付近に上陸した時点である.葛南港で最高潮位となる のは伊豆半島付近上陸から約 3 時間後であり,高潮注意 報の基準水位到達から約1時間で最高潮位となった. 基準水位の到達が予想される約 3 ~ 6 時間前に高潮警 報や高潮注意報が発表されることとなっているが,伊豆 半島付近上陸の約 4 時間前には風速 15 m/s 以上となるこ とを踏まえれば,屋内での上階への垂直避難が可能な場 所を除き,屋外への立退き避難を行う場合には強風域到 達時間を念頭に置いた早期の避難が必要であると考える. また,減災行動の観点で見れば,風速 15 m/s 以上とな る以前に資機材調達等の準備を完了しておくことや,風 速 15 m/s を下回った後に速やかに被災状況把握等の減災 行動の再開を行う必要がある.このため,図-9 のよう に風速 15 m/s 以上の期間をあらかじめ把握しておくこと は,事前・事後の迅速な減災行動を促す上でも有用であ ると考える.仮に被災がない場合でも,避難勧告等の解 除や交通サービスの運行再開の迅速化に寄与することが 期待される. 図-9 東京湾奥の潮位・気圧と減災行動(イメージ) 900 920 940 960 980 1000 1020 0:00 3:00 6:00 9:00 気圧( h P a ) 東京湾奥 の気圧 【被害が発生しなかった場合】 【被害が発生した場合】 -3:00 -6:00 -9:00 風速15m/s以上 (屋外の避難・減災行動は困難) (住民) ・立ち退き避難完了 -4:00 (交通サービス) ・施設保全 ・運行停止 (国) ・施設点検・巡視 ・資機材調達 (自治体) ・避難勧告・指示 ・避難所開設・誘導 (交通サービス) ・施設点検・復旧 (交通サービス) ・運行再開 (国) ・被害状況把握 ・救助・応急復旧 (自治体) ・被害状況把握 ・支援要請 (住民) ・帰宅 (住民) ・避難の継続 (住民) 屋内の垂直避難 (国) ・復旧・復興 の支援 (自治体) ・避難指示 等の解除 9:00 (自治体) 被害無し 確認、 避難指示 等解除 (国)被害 無し確認 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 0:00 3:00 6:00 9:00 潮位( T .P .m ) 時間 葛南港(T.P.m) -3:00 -6:00 -9:00 高潮注意報基準水位 計画高潮位 高潮警報基準水位 -4:00 (交通サービス) ・運行再開 (住民)帰宅 (交通サー ビス) 被害無し 確認 図-8 強風域の到達時間によるリードタイム(避難完了時間)の試算(東京湾) 【上陸約 6 時間前】 【上陸約 4 時間前】 【上陸約 2 時間前】 上陸 0 h 2 h 前 4 h 前 6 h 前 風速 15 m/s 風速 15 m/s 風速 15 m/s 移動速度: 73 km/h 一定
なお,図-8 や図-9 は移動速度 73 km/h 一定の条件で計 算していることから,実際に襲来する台風の移動速度と 比較した上で,避難完了や減災行動の準備・再開に係る リードタイムを考慮することが必要と考える.
4. 結論
本研究で得られた結論を以下に示す. (1) 規模の異なる想定台風を,気象庁台風区分により図 で整理した結果,中心気圧 910 hpa,最大旋衡風速半径 75 km ,移動速度 73 km/h 一定の想定台風は「非常に強 い台風」に該当するなど,想定台風の強さや大きさに ついて視覚的に理解しやすくなることを確認した.ま た,本研究で設定した想定台風のうち,上記 910 hpa の想定台風が浸水範囲最大であることを確認した. (2) 最大旋衡風速半径が大きい想定台風ほど,潮位偏差 が最大となる経路が西側にシフトすることや,潮位偏 差が高くなる台風経路の範囲が広がることを確認した. (3) 高潮浸水計算に至る過程で算出される時系列の風速 分布を用いて,風速 15 m/s 以上の強風域の到達予定時 間を避難完了までのリードタイムとして試算した.そ の結果,屋外への立ち退き避難に関しては,潮位上昇 前のかなり早い段階で避難完了を行う必要があること を確認した.また,風速 15 m/s 以上となる時間帯を把 握することで,減災行動の事前準備完了や行動再開の 目安となる時間を把握できることを確認した. 謝辞:気象庁台風区分に対応する想定台風の設定という 検討の方向性を与えて下さった国土交通省の加藤史訓氏 に謝意を表します. 参考文献 1) 国土交通省: 平成 25 年度国土交通白書, pp.238, 2014. 2) 国土交通省・防災関連学会合同調査団: 米国ハリケー ン ・サ ンディ に関す る現 地調 査報 告書 (第二版), pp.28-30 , 2013. 3) 内閣府: 南海トラフの巨大地震モデル検討会(第二次 報告)津波断層モデル編(別途資料)-地形メッシ ュデータの作成方法について-, pp.1-13 , 2012. 4) 磯部雅彦,藤城透: ベンガル湾奥における高潮遡上計 算,海岸工学論文集,第 44 巻,pp.346-350 , 1997. 5) 村上和男,森川雅行,堀江毅:ADI 法による高潮の数 値 計 算 法 , 運 輸 省 港 湾 技 術 研 究 所 資 料 , No.529 , pp.18, 1985. 6) 中央防災会議: 大規模水害対策に関する専門調査会報 告,pp.56-58, 2010. 7) 国土交通省: 東京湾の大規模高潮浸水想定の公表につ いて,http://www.mlit.go.jp/report/press/ port07_hh_000017.html (2015. 5. 13 時点) 8) 気象庁: 台風の大きさと強さ,http://www.jma.go.jp/ jma/kishou/know/typhoon/1-3.html (2015. 5. 13 時点) 9) 河合弘泰,本多和彦,富田孝史,柿沼太郎: 2004 年に 発生した台風の特徴と高潮の予測・再現計算,港湾 空港技術研究所資料,No.1103 , pp.34 , 2005. 10) 安田誠宏,林祐太,森信人,間瀬肇: 地球温暖化によ る高潮・高波推算に対応可能な確率台風モデル,土 木学会論文集 B2(海岸工学),Vol.66 , No.1 , pp.1241-1245 , 2010. 11) 気象庁: 中心気圧が低い台風, http://www.data.jma.go.jp/ fcd/yoho/typhoon/statistics/ranking/air_pressure.html (2015.5.13 時点) 12) 高知測候所:昭和九年九月廿一日 颱風調査報告, pp.15 , 1936. 13) 気象庁:風の強さと吹き方,http://www.jma.go.jp/jma/ kishou/know/yougo_hp/kazehyo.html (2015. 5. 13 時点) 14) 消防庁:消防防災ヘリコプターによる山岳救助のあり 方に関する検討会報告書,pp.62 , 2012. 15) 鉄 道コム : 強風 時の鉄 道運転 基準 (JR, 大手私 鉄 ), http:// www.tetsudo.com/traffic/docs/wind.html (2015. 5. 13 時点) (2015. 3. 18 受付)ESTIMATION OF SEVERAL TYPHOON SCALES , STORM SURGE
INUNDATION AND LEAD TIME FOR EVACUATION
Tetsuya TAKESHITA, Katsuyuki SUZUYAMA, Yoshio SUWA and Kazuki HIMENO
In Japan, storm surge hazard maps were made in some areas. But only few attempts had so far been made at the estimation of storm surge inundation depending on several typhoon scales and the considera-tion of lead time in order to evacuate from the typhoon. The purpose of this study is to estimate storm surge inundation corresponding to typhoon scales and intensities announced by the Japan Meteorological Agency and to consider the lead time for evacuation at the Tokyo Bay area and its surrounding area.
As a result, the assumption typhoon which had a central atmospheric pressure of 910 hectopascals and was called “the Muroto typhoon grade” corresponded to “a very strong typhoon”. The typhoon’s inunda-tion became larger than any other typhoon scales of this study. The radius of the maximum cyclostrophic wind speed was the longer, a typhoon course which had the highest tidal level was the more westerly. Se-quential wind velocity distribution was made in the process of the estimation of storm surge inundation. Using the wind velocity distribution, the arrival time of the strong winds area more than wind velocity 15 m/s was calculated as information to help setting of the refuge completion time.