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新学術領域「質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の融合的研究」に参画して

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Academic year: 2021

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112 基礎心理学研究 第33巻 第1号

新学術領域「質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技術の

融合的研究」に参画して

西 田 眞 也

NTTコミュニケーション科学基礎研究所

A status report on “Integrative studies of neural mechanisms and advanced

information technologies for perception of material and surface qualities”

Shin’

ya Nishida

NTT Communication Science Labs

“Integrative studies of neural mechanisms and advanced information technologies for perception of material and surface qualities” is a research project supported by Grant-in-Aid for Scientific Research on Innovative Area from MEXT, Japan, to challenge a hard outstanding problem of sensory science, Shitsukan, through an interdisci-plinary collaboration among engineering, psychophysics and neurosciences.

Keywords: Shitsukan, material perception

「質感認知の脳神経メカニズムと高度質感情報処理技 術の融合的研究(略称: 質感脳情報学)」は,平成22年 度∼26年度の文部科学省科研費新学術研究領域研究(領 域提案型,複合領域)として採択された。領域代表者の 自然科学研究機構生理学研究所小松英彦教授は,本研究 領域の狙いを以下のように述べている。 「私たちはある物体を見ただけで,その素材について, 金属,プラスチック,ゴム,木,ガラス,布,あるいは 皮でできている,といったことを瞬時に認知することが できます。さらにその物体の手触りや柔らかさ,摩擦, 温度,新鮮さ,濡れて滑りやすいといった複雑な状態も 瞬時に判断できます。私たちは事物が生み出すそれらさ まざまな質感から,世界の豊かさを実感すると共に,物 を選んだり,身体運動を制御するための生存に不可欠な 情報を得ています。物体の質感をいかに表現するかとい う問題について,芸術家は何世紀にもわたって多くの試 みを積み重ねすぐれた質感表現を生み出してきました。 しかしそこで培われてきた技法への理解は多くの場合直 感的なもので,科学的・工学的な理解とは距離がありま す。また,近年コンピュータグラフィックス技術などが 高度に発達して,非常にリアルな映像で世界を表現でき るようになっていますが,そこで発達してきたのは物理 的な光学過程をシミュレートして画像生成する技術であ り,生成された画像に含まれたどのような情報が質感認 知に関わるのかはよく分かっていません。質感を生み出 す情報は,物体の反射特性,三次元形状,照明環境が相 互作用して作る複雑な高次元情報として画像に埋め込ま れており,人間はその情報を読み解くことができますが, それがどのような脳内情報処理によって実現されている かは未だに謎のままなのです。本研究領域は,「質感認 知のメカニズムの理解」を目指し,工学,心理物理学, 脳神経科学の学際的な研究者集団の力を結集して研究を 推進します。(http://shitsukan.jp/content/2)」 本領域の研究体制は,質感の計測と表示に関わる工学 的解析と技術を研究する工学班,質感認知に関わる感覚情 報の特徴と処理様式を分析する心理物理班,そして質感情 報の脳内表現と利用のメカニズムを研究する神経科学班 の3班からなる。各班は4∼7名の計画班員(分担研究者を 含む)と10名程度の公募班員(前期・後期2年ごとで半数 程度が入れ替わり),そしてその連携研究者や研究協力 者から構成される。筆者は心理物理班の計画班員として このプロジェクトに関わっている。詳しいメンバー情報 The Japanese Journal of Psychonomic Science

2014, Vol. 33, No. 1, 112–113

報  告

Copyright 2014. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: NTT Communication Science

Labs, 3–1 Morinosato, Wakamiya, Atsugi-shi, Kanagawa 243–0198, Japan. E-mail: shinyanishida@mac.com

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113 西田: 新学術領域質感脳情報学 は領域ホームページ(http://shitsukan.jp)およびそこか らダウンロード可能なニュースレターを参照願いたい。 基礎心理学会会員に一番関係するであろう心理物理班 は,工学班の技術的支援のもと,人間がどのような刺激情 報処理を通じて質感を知覚しているかを主に心理物理学を 用いて明らかにすることを目的としている。そして,その成 果に基づいて新しいメディア工学技術のヒントを提供し, 神経科学的な質感知覚の脳情報処理の理解へと繋げると いう,学際的研究領域の扇の要の役割を果たしている。 具体的な研究成果を見てみよう。心理物理学的な質感研 究の一つの方法論は,特定の質感を生み出す刺激特徴を特 定することである。質感は特定の形や色をもたない属性が 多いので,統計量という概念が重要になる。例えば,光沢 感には輝度ヒストグラムの歪度が手がかりとなる。このよ うな考えに従って,髪の毛などの視覚系の解像度を超える 細かさの知覚が,実は画像に含まれる粗い周波数成分に基 づいていることが分かった。液体やその粘性は純粋に動き の情報だけから知覚可能であり,その際に視覚系は運動ベ クトルの速度分布や空間的な滑らかさを利用していること が明らかになった。食物などの新鮮度を判断する際に手が かりとして用いられる画像統計量もいろいろ特定された。 また,光沢感に関しては,単純な画像統計量では説明でき ない部分を多角的に分析して,どのような処理がおこなわ れているのかも次第に分かってきた。さらに,真珠の鑑定 士などのプロの質感認識能力を分析したり,日本伝統の漆 の黒の謎に迫るなど,現実問題としての質感の研究も進ん だ。質感知覚の乳児発達研究やヒト以外の動物との比較認 知研究,質感の記憶メカニズムの研究なども行われている。 質感知覚は視覚に限定されるものではなく,本来マルチ モーダルである。触覚の研究も本領域の得意とするところ であり,振動から触った対象の質感を判断するメカニズム の解析が進んでいる。対象を青くしたり触る手を赤くする と暖かさを感じやすくなることも分かった。触覚による質 感が言語(オノマトペ)とどのように結びつくのかについ ての研究も進んだ。さらに,叩いた音から対象の材質を 知覚する聴覚的質感と見かけから対象の材質を知覚する 視覚的質感が最尤推定の原理で統合されることや,共感 覚で質感が知覚されるというケースの存在も分かった。 神経科学的には,fMRIなどの非侵襲脳計測や電気生 理実験を通して,光沢や材質感といった視覚的質感が側 頭葉で表現されていることが明らかになった。初期視覚 野から質感領野までにどのような情報変換が行われてい るかについて分析も進んでいる。また,聴覚に関しては, 可聴域をこえる音が情動に影響するハイパーソニック効 果の神経相関の研究が進んだ。 質感研究は人間の感覚研究に残されたハードプロブレム であり,これまでの研究の延長ではどうにもならない。新 しいアイデアを貪欲に吸収し,ブレークスルーを見出すた めには,本領域で実現されているような学際的なアプロー チは必須である。特に,コンピュータビジョン,コンピュー テーショナルフォトグラフィ,コンピュータグラフィック ス,ディープラーニングに代表される機械学習,ビッグ データベースにクラウドソーシングなどの工学的知識は, 今後の心理物理学的および神経科学的な感覚科学を前進 させるためのアイデアの宝庫であることを実感した。と同 時に,異分野の人間を単に集めただけではだめで,自分の 得意スキルを確認した上で,異分野の知識を自分の研究 の中にどんどん取り込んでいくパワーが必要だと感じた。 この数年,質感に関する研究の盛り上がりを感じる。特 集がさまざまな学術雑誌で組まれ,質感をキーワードにし た研究開発を行っている企業も増えてきた。学会でも確実 に発表が増え,国際的な研究コミュニティも確立しつつあ る。先日行われた「質感の科学の未来」と題した国際シンポ ジウムでは質感に関わる世界最高レベルの研究者を集め て非常に密度の濃い議論が行われた(図1, http://shitsukan. jp/content/208)。質感脳情報学というプロジェクトは本年 度で終了するが,質感研究自体は端緒についたばかりであ る。この流れを途切れさせないための努力が必要である。

Figure 1. Group photo of the international symposium “Future of Shitsukan.”

Figure 1. Group photo of the international symposium  Future of Shitsukan.

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