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‘復興の先にあるもの’ ~中東欧の社会事業レポート

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Academic year: 2021

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主体性を挽き出す教育

∼デンマークの教育への取り組みに関するレポート

担当メンバー:染谷、国友、狩野、中野

■テーマの概要 「学級崩壊」。昨今、日本の教育現場ではこうした言葉を耳にするケースが増えている。いじ め、ひきこもり、不登校、子供とのコミュニケーションや対話不足、モンスターペアレント、教師 によるいじめ、教師の鬱・・・。子供、親、学校のいずれにおいても、日本ではネガティブな議 論ばかりが先行しがちである。一方、フィンランドをはじめ、北欧諸国においては「いかにして 子供たちの持つ個性、本来の力を挽き出すか」といったポジティブな議論や取り組みが報じら れることが多い。今回の視察では、デンマークにおけるそうした取り組みの実態に触れるべく、 以下の3つの目的を設定した。 ■目的:今回のデンマークにおける各種機関の訪問目的 ①デンマークにおける教育制度の全体像を理解する ②教育コンセプトを「ツール」×「メソッド」で具現化する企業の思想に触れる ③日本とデンマークにおける教育に対する思想や取り組みの違いを知る ■日程&コース: ・9月12(水)AM:レゴ社訪問 PM:AMの続き(※) (※)当初はPMにレゴランドを訪問予定であったが、時期的な問題(気温) のため、当日は閉演であった。 ・9月13(木)AM①:通訳:石崎さんからとの打ち合わせ AM②:デンマーク教育庁を訪問(アポイントメント) PM①:デンマーク教育庁 教育コンサルタントからのヒアリング PM②通訳:石崎さんとの振り返り ■本レポートの目次: 1.子供の想像と創造を挽き出す ∼レゴ社 本社訪問 2.(コラム)通訳:石崎さんとの出会い 3.デンマーク教育庁の訪問

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1.子供の想像と創造を挽き出す∼レゴ社 本社訪問 ■早くもレゴの創造の深さと想像の広さを実感 世界中で愛される「レゴ」が近年、教育の現場で活用されている。 ブロックを組み立て、ゼロから形を作っていく、そのプロセスに子供たちの「想像性」と「創造性」を 挽き出す、理想的な手法が隠されているのではないか。そんな仮説を立て、実際にその手法を 生み出しているレゴの本社を訪問、私たちの仮説が正しいのかどうか体験してみようと考えた。 本社への訪問をするにも、どのようにしてアポイントを取ればよいのか分からなかった私たちは、 まず日本のレゴ・エデュケーション・ジャパンに訪問を試みた。 快く訪問に対応してくださった樺山さんの話を聞いているうちにますます「レゴ」のファンになって いった。樺山さん自身がレゴの大ファンであることが話の中でひしひしと伝わってくるのだ。 まず、お話頂いたのは、レゴと教育のつながりだ。もともと創立当初からレゴのテーマは「よく遊 び、よく学べ」の精神が流れている。知育玩具としての想像性を育み、手を動かすことで創造力を 養うことが大切であるという考えがある。そして、子供たちが様々なモノを作っていく過程で「街」 「交通」「店」といったモノを大人と共に創っていく中で、社会性を身に付けることも可能にしている というのだ。 また、子供たちが自分たちの手でモノを作っていっているときに夢中になることも大きな意味を 持つ。彼らはまず頭で何を作るか必死になって考える。そして、頭の中で形作られたものを、実際 に立体化していくことになる。このときに、どのブロックとブロックを組み合わせたら、どうなるかと いうことものすごい勢いで思考を巡らせる。この「自由に考える」ということが児童の教育には最も 重要であると考えている。 しかし、日本の教育環境において頭を痛めることもあるという。欧米では、教師が担当クラスの 教材を自分の好きに選択できる自由度が比較的高い。しかし、日本の教育環境においてはその 自由度が制限されてしまう。そのため、大変良い教育手法だと認知はされていても、なかなか、教 育の現場に入っていくことが難しい。そのため、レゴ・エデュケーションはアフタースクールという形 式で「教室」を全国に展開している。 日本の学校でも、教室でレゴを楽しみながら、「想像性」と「創造性」を身に付けられる日が早く 訪れてほしいと願っている。 ■感動のレゴ本社アポイント レゴの魅力に感動をした私たちは「是非、レゴ本社への訪問をし、実際に本社の方にインタビュ ーを試みたい」と樺山さんにお話をした所、なんと、本社にアポを取ってくださるとのうれしいお返 事を頂いた。 樺山さんは早速先方に私たちのスケジュールと訪問意図の連絡をして下さり、夢のレゴ本社 訪問を実現できることになった。そして、更に訪問当日、ホテルまでお迎えに来ていただける事に なったのだ。 レゴ本社はデンマークのビルンという町にある。私たちはレゴホテルに前日から宿泊し、レゴの

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世界を早くも体験した。レゴホテルというだけあり、ホテルの中はレゴで埋め尽くされている。エント ランスに立つ「ボーイ」もレゴで作られ、バーでピアノを弾く「ピアニスト」もレゴで作られている。あ の小さなブロックが様々な形になり、今にも動き出しそうなくらい忠実に作られている。創造の深さ、 想像の広がりにただ感動をしていた。 本社への訪問が待ち遠しいメンバーは前日ホテルのロビーでレゴに囲まれながら、遅くまで インタビューの内容を練りに練っていた。 インタビューの大きな骨子は以下の 3 つになった。 *レゴ・エデュケーション・メソッドの本質∼児童教育に最も必要だと感じることは? *レゴ社が目指す教育の未来像∼児童育成に重要な「主体性」「自発性」を如何に育むか? *今後のレゴ社の社会的役割∼レゴ社が考える教育分野での社会的貢献とは? そして、各々のメンバーが明日のインタビューを心待ちにしながら、ビルンの夜が更けていった。 <レゴホテルに散らばるブロック> <レゴで創られたピアニスト> ■レゴ本社訪問&インタビュー *レゴ・エデュケーションの本質 朝 9:00、メンバーがホテルロビーで今か今かと心弾ませながら待機をしていると、背の高い、 一人の紳士が現れた。非常ににこやかでフレンドリーな彼のおかげでメンバーの緊張もほぐれた。 彼が今日一日私たちのインタビューに答えてくれるMr.Mikkel Vahlだ。 彼の車に乗り込み、5 分もしないうちにレゴ本社に到着。通された部屋にはしっかりとプロジェク ターといくつかのレゴ・エデュケーション教材があった。樺山さんがしっかりと私たちの訪問意図を 伝えてくださったおかげだと、心底感謝した。 簡単に挨拶を交わし、メンバーが今回の訪問意図を再度伝え、HRIの紹介をした。そして、 彼からレゴの歴史とレゴの教育に対する基本的な考えやメソッドの開発に至るまでの説明を 聞いた。 社名の「LEGO」とはデンマーク語の LEg GOdt(よく遊べ) という言葉から生まれた名前。これ は、創設者であるオーレ・キアク・クリスチャンセンによって名づけられ、彼は、子どもに最も大切

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なことは遊びへの意欲と学習への意欲であり、それが子どもたちの興味や関心をひろげ、新しい アイディアと思考力を育てていくという考えを持っていたというのだ。 そして、子供たちが遊びの中から、学びへの関心を広げ様々な発見をしていく旅に出て行くこと を手助けする目的で 1980 年に「遊びながら学ぶ」をコンセプトとした教育事業部、レゴ・エデュケ ーション・ディビジョンを発足させた。子どもたちの教育に何が必要かを常に最大の関心事とし、マ サチューセッツ工科大学をはじめ世界の教育機関と協力して、魅力的なレゴ教材やカリキュラム を開発している。 「子どもが何かを夢中で作り上げるとき、その過程で学んだことは誰かに言われたどんな教えよ りも深くしみこむ」と、レゴ教材の開発に深く関わるシーモア・パパート名誉教授(マサチューセッツ 工科大学)は述べているという。「作ることで学ぶ」をコンセプトに、レゴ ブロックで子どもの豊かな 思考力を伸ばし、様々な問題に立ち向かえる問題解決力を育てているのだ。 レゴが最も大切にしている子供への教育関心、それは「Creative Thinking(想像力)」「Team work(チームワーク)」「Problem solving(問題解決)」の 3 つである。これら 3 つを育むために非常 に考え抜かれたメソッドが用意されていた。 <レゴ本社のエントランス> <レクチャーをするMr.Mikkel Vahl> ■レゴ・エデュケーション・メソッドを体験 *「Creative Thinking(想像力)」 一連の説明を終えたニックさんは、おもむろに 5 つの黄色いブロックと 2 つの赤いブロックをメン バーにそれぞれ渡した。 「これで、ダック(アヒル)を創って」と言い、時間を計り始めた。メンバーが作りあげた「ダック」は それぞれすべてが違う。たった 7 つのブロックの組み合わせが、十人十色の出来栄えになる。こ れが第一の衝撃であった。 そこで更にニックさん、「山が 8 つあるブロックを 2 つ組み合わせた場合、何通りの組み合わせが 出来るか?」そう、これこそが、子供の想像性を掻き立てる根底になっているのだ。 つまり、組み合わせ方によって 100 人の子供がいれば、100 通りのものが出来上がる。世界で 唯一の自分だけの世界が現れる。 レゴHPより

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*「Team work(チームワーク)」 次に、ニックさんが取り出したのは、バラバラになった車の部品が入った袋だった。 「2 人でペアになって、それぞれの組立説明書をみて、自分のパートを作ってね」と、 バラバラになった部品から、自分に必要な部品を探し出し、まずは自分のパートをつくり はじめる。そして、後ほどパートナーの作ったパートと合体をさせて一つの完成品を作る。 チームで創るため、間違って相手の部品を自分が使ってしまうと、完成品は作れない。パ ートナーの作るモノも意識をしながら自分の作業を進めるため、チームワークが必要にな る。レゴの重要であると考える「チームワーク」を楽しみながら学ぶことが出来る。しか も、モノを創るために頭を動かし、手も動かすため夢中になれる。 また、チームになって創り始めるため、競争心が芽生える。そのため、チームワークを 大切にしようという気持ちが自然と沸いてくるのだ。 <自動車を作る部品> <細かい部品も多くある> *「Problem solving(問題解決)」 チームで作り上げたのは、「自動車」であった。そして、この「自動車」を使った更なる レクチャーに進んでいく。 ニックさんは簡単な板で坂を作った。そして、創った「自動車」をその坂の上で手を離 し、坂を下らせる。当然、車は坂を下り平坦になったところを少し進んだところで止まる。 ここで、ニックさんからまた質問が飛ぶ。「もっと車を前に進めるためにはどうしたらよ いか?そして、どのくらい距離が伸びると思うか?」 メンバーはそれぞれ車に重りをつけて重量を増やしたり、車輪の大きさを大きくしてみ たりと、出された問題を解決していこうとする。 「重りをつければ、重量が増して、加速するから、更に距離は伸びるはずだよ・・」「車 輪は大きくしたところで、距離的にはあまり変わらないのではないか・・」等々、自分た ちの仮説を立て始める。そして、いざ実践。予測が当たったり、違う結果になったりと、 自分たちで仮説を組み立てながら、検証をするといった課題解決を自然に行っている。

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これが、3 つ目のレゴの大切にする「問題解決力」を養うトレーニングになっていた。 自分で試行錯誤しながらブロックを組み立てて、与えられた問題をクリアするために、夢 中になれる。そして、仮説を立て、検証することで解決への糸口を見つけようとする力が 育成されると感じた。 ■教育に積極的に関わる *レゴが目指す教育の未来像 一連の体験型レクチャーを受けた後にこんな質問を投げかけてみた。 「レゴ社が今後目指す教育はどのようなものか?目指す姿をどのように実現をさせていき たいか?」 Mr.Mikkel Vahlの答えは、 「おもちゃが知育に結びつく製品は他にもあるが、自分の「想像力」「チームワーク」「問 題解決力」を中心に考えた知育教材は他には無いと思っている。 子供たちの「主体性」「自発性」を刺激することが最も重要であると考えている。自ら学び たいと思える環境を作り、自ら自由に発想し、自ら問題を発見し、解決していく。その喜 びを感じながらチームワークを育んでいくことが幼いころから身についていれば、たとえ 学問の勉強に入っていったとしても、「主体性」「自発性」が発揮され自ら勉強をするよう になると考えている。」 「そして、最も大切なことがある。それは、【難しすぎず】【簡単すぎない】その中間をし っかりと環境として与えることにある。」 子供がフロー状態になれることがもっとも重要であるというのだ。夢中で遊びながら、様々 なことを学んでいけるレゴの研究はこのフローをいかに創ってあげるかを今後も追及して いくらしい。 デンマークで生まれた「レゴ」は、やはり「主体的」「自発的」に子供の教育に関わってい っている。 <レゴ社が考えるフロー状態>

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■教育を通じて社会に貢献する *レゴ社の社会的役割 最後に、レゴ社が今後、教育分野にどんどん進出をしていく中で、どのような形で社会に貢献し ていきたいのか?レゴ社が担う社会的役割とはどんなことがあるかと聞いてみた。 「私たちは、創業以来「顧客第一の信念」を持っています。お客様が子供であれ大人であれ、製 品に対する自信と愛着は他の企業に負けないでしょう。たとえば、あのレゴブロック一つとっても、 ブロックを作る金型の精度は 1000 分の2ミリまで高めています。製品に対するこだわりがあるから こそ、レゴを使って教育をしてくれている世界中の人たちに愛されているのだと考えています。 モノづくりを原点に教育を語る会社が自社の製品のモノつくりにこだわりを持っていなければ、説 得力に欠けますからね。そういった面からは、安心で安全な製品を提供し続けること自体も社会 貢献だと感じています。 教育という側面から社会貢献を考えた場合には、いかにすばらしい教育メソッドを提供し続ける かということです。子供たちがフロー状態になれるプログラムを開発し続け、喜んでもらえる商品 を提供し続けて行きたいと思っています。 子供は世界の宝です。その宝物にすばらしい教育を提供することは大きな社会貢献であると考 えています。たとえ貧困であろうとも、レゴのブロックがいくつかあれば、大きな想像性とチームワ ークと問題解決力は養えます。 私たち、レゴ社の目指す将来は、「主体的」で「自発的」な子供が数多く育ち、クリエイティブに 富んだ発想豊かな人間で溢れかえった時に、「小さな頃、何で遊んだ?」と聞かれた人が一様に 「レゴ」と答えるような世界にしていきたいと思っています。」 私たちメンバーも皆レゴで育った。そして、忘れかけていた、レゴのすばらしさを再認識した。 子供たちに与えるフロー体験。そして、そこで育む「主体性」「自発性」。 レゴ社が練りに練ったメソッドが、今も世界のどこかで一人の子供の「想像性」「チームワーク」 「問題解決力」を伸ばしている。 「もっと知りたい!」と子供たちは今日もレゴを使いながら、学びの旅に出て行くのだろう。 メンバー達は「レゴ」の教育に対する深さを感じつつ、レゴ本社を後にした。 そして、メンバーの一人がおもむろにこう言った。 「さっきのブロック 7 つで飛行機作って!」 とっさに他の、メンバーが 3 つの飛行機を作った。 やっぱり皆違う。他の作品を見ながら他のアイディアを学ぶ。これこそが「レゴ」なのだ。

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<再度つくった飛行機> 2.コラム 通訳:石崎さんとの出会い ■運命の朝 レゴでの有意義なインタビューを終えた次の日の朝、私たちはいささか重たい気持ち で、ロビーに集合した。本来であれば、2日目はデンマークの教育庁を訪ねる予定であ る。わたしたちは事前に、何度か訪問のアポを試みていたのだが、忙しい時期というこ ともあり、結局アポが取れないまま、コペンハーゲン入りしていた。あと数時間で 通訳の石崎さんがロビーに現れることになっている。いまさらどうあがいても、私たち だけでは、アポはとれそうになかった。 教育庁のインタビュー目的は、デンマークにおける教育の施策の全体像を知ることに ある。日本同様、資源の少ないデンマークにおいて、「人」こそが資源なのだ。つまり、 高い教育の質を維持することこそ、デンマークという国の競争力そのものにつながる。 子供の「考える力」「独創性」「チームワーク」を創造する玩具を、教育現場で活用して いる柔軟な思想のベースがどこにあるのか、具体的にどんなコンセプトで教育がなされ ているのか、是非聞いてみたかった。しかし・・アポがとれていない。 私たちがとにかく準備のために、部屋へ戻ろうとすると、傍らのソファーに既に通訳 の石崎さんは座っていた。「アポもとれていない状態で来ていただいて、申し訳ない・・・」 私たちの気持ちはさらに重たくなる。 ■まずは動け! 簡単な自己紹介と名刺交換を済ませると、石崎さんは開口一番「今日のアポはとれて いますか?」と確認。私たちはアポがとれていないことを告げ、これまで日本でコンタ クトをしてきた部署名や氏名をお見せした。石崎さんは「今出来ることをやりましょう。 私がトライしてみます」とすぐに携帯電話から流暢なデンマーク語でやりとりを始めた。 「確かに今忙しいらしいが、とにかく現場まで行ってしまいましょう。行ってしまえば なんとかなります」というや否や、私たち4名をひき連れて、教育庁まで歩く。 現地語のせいか、それとも石崎さんの行動力のせいか、教育庁では受付から担当部署を

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紹介してくれ、見事アポをとることが出来た。これも本当に石崎さんのおかげと 私たちは感謝している。 (飛び込み訪問は成功するか? ∼教育庁前にて) (石崎さんと:教育庁の別舎の中庭にて) ■口癖は「さて・・・」。 石崎さんはデンマークで暮らして、もう30数年になるそうだ。デンマークで高校、 大学と過ごされ、さらに、お子さん達はデンマークで生まれ、デンマークの教育をみっ ちり受けてきた。デンマークの教育を肌で感じている方である。 アポの時間まで数時間あったが、その前にデンマーク教育に関する情報を私達に伝えて くれた。石崎さんの事前説明のおかげで、インタビュー本番では、かなり的を絞った質 問が出来たと思う。石崎さんは私たちが何を聞きたいのかを察知してくださり、単なる 「通訳」としての役割以上にご協力いただいた。 「デンマークの教育は、多様性を認めあうことから始まる」と石崎さんは言う。生徒を 均一にしたがる日本の教育とは、一線を画している。それぞれのいいところを認め合う、 人と違う部分を認め合う、それが可能な教育現場がデンマークにはある。

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ところで、石崎さんの口癖は「さて・・・。」 通訳に入る前の接続詞は必ず、「さて」から始まる。話題が変わろうが、変わらなかろ うが「さて・・・」である。 そのタイミングが、なんとも言えず、私たちにとって聞きやすくわかりやすい通訳とな った。石崎さんとの出会いが、無理だと思えた教育庁のインタビューを可能にしてくれ た。人の出会い、人のつながりが私たちのビジョンツアーをさらに有意義なものに してくれたのだ。 (インタビューを終え、教育庁をバックに語り合う) 3.デンマーク教育庁の訪問 ■国家が支えるデンマークの教育 コペンハーゲン到着時にまず感じたのは、空港の洗練された雰囲気だ。廊下が木製で あったり、出発ゲートへ向かう長い直線の道のりは白い壁で天井がドーム状になってお り、たくさんの窓から外の光が入る構造だった。 そして、もう一つの実感は物価の高さだった。空港内のコンビニを覗いてみると、コ カ・コーラの 500mlPET ボトルが約 400 円(日本では 147 円)であった。サンドイッチ とカフェ・オレを注文しても、軽く 1,500 円は越えてしまう。事前知識としてはあった ものの、実際に目の当たりにして、「これでは何も買い物できない・・・」と先行き不安に なるのであった。 内訳としては、税金の高さもあり、日本の消費税に相当するものは 25%、所得税に ついても累進課税で 50%を超える。国民がしっかりとこれらのコストを支えることで、 年金や、今回の私たちのテーマである教育が運営されているのだ。 まず、デンマークの教育制度に簡単にふれておこう。キーワードとなるのが、 (1) 大学までの学費は無料 (2) 義務教育はあるが、学校に通わないことも可能

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(3) 学校には成績表なし の 3 点だ。学費については、私立でも国からの補助金が多く、個人の負担はごくわずか といわれている。7∼16 歳が義務教育期間(*デンマークの教育体系の概要については、 添付の表を参照)となっているが、必ずしも学校に通う必要はなく、公立、私立に加え 同等と判断されれば両親が教えてもいいということだ。テストもほとんどなく、成績表 も存在しない。つまり、他人と競争しようという視点での教育はされていないのだ。子 供の頃から、テストや成績表になじみ、受験において倍率 10 倍などの状況にも違和感 のない私たちの視点からは一見信じがたい。 *デンマークの教育体系

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(出展:Facts and Figures 2005 Education Indicators, Denmark 2005) 「競争がない」状態で育った子供たちのその後、社会での活躍度という観点から、一 つの指標としてGDPを見てみると、デンマークの一人当たりGDPは$50,965(2006 年)で日本を上回る。一般的に、ワーキングスタイルも短時間で集中する、生産性の高 いスタイルだといわれている。 ■デンマーク教育庁にて ツアー中に、デンマーク教育庁(コペンハーゲン)に訪問して、生の声を聞くことが できた。経緯は先で述べたように石崎さんとの出会いによるものが大きく、人の縁をつ くづく感じながらの訪問となった。今回、お話を伺ったのは、教育庁で教育コンサルタ ントを務めるヘレ・ベックネスさんだ。ヘレさん自身は小中学校の先生の資格を持って おり、18 年教育現場に従事したあと、市の教育コンサルトに、そして 1996 年から文部 省で教育コンサルタントになったという経緯だった。 (これがデンマーク教育庁) 具体的には、義務教育セクションのコンサルタントとして、主に学習指導要領の作成、 大臣への諮問のアシスト、公的機関や市民への回答、などを担当しており、教育コンサ ルタントとしては、50 名のスタッフがいるそうだ。 今回のインタビューでは、あらためてデンマークの教育の全体像とともに、ヘレさん 自身の教育現場での体験を踏まえた話をお聞きすることができた。 まず、大きな視点で見ると、国家予算のうち、教育分野に対する使用率においてデン マークは 7.2%で世界 5 位に位置する。一方、日本は 4.9%で OECD 平均を下回るレベル となっている。この話からも国家が主体となり、国力を上げるために教育に投資してい るという点がよくわかる。

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実際の義務教育において特徴的なのは、クラスを大切にしていて、入学したクラスが 学年があがってもそのまま続くという点だ。学力別ではない。クラスが変わらない中で 先生や生徒同士が合わなかった場合にはどうするのか?という疑問が沸くわけだが、ヘ レさんの答えとしては、「偶然に同じクラスになった人同士が、違いはあるかも知れな いが互いを受け入れ、社会的スキル、民主的解決方法を身につける、という考え方が基 盤となっている」ということだった。 授業も、日本のように教科書を重視して、教師が順番にきちんと進めていくという形 式ではない。教師は知識を教えることよりも、子供が考える力を挽き出すことを重視す るのだ。「デンマークの義務教育で一番大切にしているものは?」という問いに対する ヘレさんの答えも「民主主義のルールを教えるということ。みんなで一緒にやる、考え る。先生、生徒の年齢にかかわらず、対等に話す」というものであった。教師は生徒の 主体性を挽き出すファシリテーターとなるのだ。 今後の課題として、義務教育終了後、専門、高等過程に行く割合を現在の 80%から 2015 年までに 95%にあげたいという思いをもっている。ヨーロッパ各国と同様にデンマー クにおいても発展途上国からの移民が増え、高等教育からドロップアウトする、という 陰の部分はあり、これを改善するのが最重要課題だと考えている。親方の職場で実技を 学び、資格を与えるマイスター制度を重視し、キャリア開発の方向へ行かせるようにし ている。 ■あらためてデンマークの教育を考える 日本の例で考えると、同一製品を多くの企業が製造し、競争しあうことで高品質、低 価格の製品を世に送り出している。仮に日本の教育を、「偏差値などにより競争心、危 機感を煽ることでモチベーションをあげるもの」とするなら、この競争心が企業にも生 きているといえよう。デンマークで競争のない教育を受けた子供たちが、経済社会でこ のような競争の中を生きていくモチベーションを見つけるのは難しいのではないか、と いう印象をもつ。しかし、デンマークでは転職は多いという。個人が、しっかりと自分 の進む道を考え、次のキャリアに積極的に進んでいくのだ。デンマークにおいても、同 じ場所で昇進することなく 3 年もいるのは進歩がないことだと判断される。つまり、デ ンマークでは、他人との競争という観点ではなく、自分がどうあるべきか、どう生きて いくのかを主体的に考えるということが幼い頃からの教育を通じた経験で身につき、そ の後の人生にも当然のこととして生かされているのだろう。 今回のツアーを通じてのキーワードは、いみじくも「主体性」であった。私たちHR インスティテュートのミッションは「主体性を挽き出す」である。日頃、企業へのコン サルティングや研修の場面で、この言葉にはこだわりをもって活動させていただいてい

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る。ビジネスパーソンをはじめとする私たちが関わらせていただくすべての人々が「主 体的」に考え活動することによって幸せになる、そんなお手伝いをできることにあらた めて感謝し、目の前の皆様と向かい合っていきたい。

参照

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