ヤシガニと沖縄の人々の暮らし
藤
田 喜 久
ヤシガニ
Birgus latro
(Linnaeus, 1767) は, イ ンドー西太平洋の熱帯・亜熱帯鳥娯域に広く分 布する大型の陸性十脚甲殻類で,本種の分布域 では重要なタンパク資源あるいは珍味食材 とし て利用 されている (諸喜田 ,1991; Fletcher, 1993; N g,1998; 武田 ,1995; 諸喜田 ・藤田 ,2005) (図 1 a-d). しかし近年,過剰捕獲や開発等による 生息環境の悪化によ って本種の資源量 は減少傾 向にあるとされている (諸喜 田 ・藤田,2005). 現在,ヤシガニは,国際自然、保護連合(I U C N)
のレ ッ ド リ ス ト に て 「 デ ー タ 不 足 (DD: Data D eficient)J
に, 環 境 省 ・鹿 児 島 県 ・沖 縄 県 の レッドデータブックにおいていずれも絶滅危倶 E 類に,水産庁の「日本の希少な野生水生生物 に関するデータブック」では希少種に,それぞ れ区分されている (武田, 1995; 鈴木, 2003; 諸喜 田 ・藤田 ,2005; 諸喜田, 2006) 囲内では ,ヤシ ガニの保全 および資源管理に関する研究が盛ん にな っており,繁殖生態 (Sato & Yoseda, 2008, 2009a, 2009b, 2010; Satoet al.
, 2008) や初期生活 史 (藤田 ・伊藤, 2007, 2008; 藤田 ・砂川, 2008; Hamasakiet
al.
, 2009) に関する知見が集積しつ つある. ヤシガニは,沖縄県下では主に食用としての 価値が注目され,資源管理を念頭においた保全 のあり方が模索されているように思われる (例 え';f
Sato & Yoseda, 2010) しカ、しなカfら,ヤシガニの価値は ,必ずしも食用だけに留まるもの ではない. すでに国内外において剥製 (図1e), 水族館や動物園での生体展示,切 手 ・硬貨 ・美 術芸術作品のモチーフ,エコツアー( ヤシガニ観 察ツアー ) などの様々な利用形態が存在するし,
Yoshihisa
Fu
JIT A: Folkloric research of the coconut crabBirgus latro
(Linnaeus, 1758) in the Ryukyu Islands ヤシガニの方言名などの民俗的な価値もあるだろ う (諸喜 田, 1991; 藤田 ,2009). ただし,現在ま でに,沖縄の島々においてこのようなヤシガニの 利用 形態をまとめた資料はほとんど無いのが現状 である . このような状況から,著者は沖縄の島々を訪問 し,1 ) 沖縄の郷土文献 (各市町村誌や民俗関係 資料を中心とした169編の書籍) におけるヤシガニ の記述事例の収集, 2 ) 島民からのヤシガニの聞 き取り調査, 3 ) お土産物屋などの売庖でのヤシ ガニグッズ調査を行い,ヤ シガニと沖縄の島々で 暮らす人々との関わりの多様性 について整理する 試 み を 開 始 し た 聞 き 取 り 調 査 は,出 来る限りペ ンタックス社製のデジタルカメラ iOptio羽rp
iJ の ボイスレコーデイング機能を用いて会話の様子を 録音し,後日, iTunes (A pple 杜) にて複数回再生 しながら聞き取り内容を項目ごとに整理した 現在までに,大東諸島,宮古諸島,多良間諸 島,八重山諸島で聞き取り調査や文献調査を行 っ てきた . 調査は未だ不完全であるが,生物 学 的 にも興味深い事例が多く得られたことから,本稿 では2008年 2 月から 2010年 3 月までに得た情報を 地域ごとにとりまとめて紹介することにした . な お,聞き取り調査結果をすべて記述することは文 量的に不可能であるため,著者の責任において整 理して記述したが,もしその過程で話し手の意図 を汲み違えて紹介していたとしたら,その実はす べて著者にある .1
. 大東諸島 大東諸島は,北大東島 (北大東村 ),南大東島 ( 南大東村" ) ,NJ
大東島 (北大東村 ・無人島 ) か ら成る . 今回の調査期間では,北大東島に1度 ,南大東島に5度 (2008年42
ヤシガニと沖縄の人今の暮らし21
日, 氏,新田正幸( 同44
歳 ) 氏 , 奥 山 武 ( 同36
歳) に訪島した. この調査期間のうち2009
年 3月7
氏からの有益な聞き取り調査を行うことができた 日には,南大東島の菊 池 章(2009
年 当時86
歳) 以下に, 大東諸島に おけ るヤシガニと人との関 図 1 沖縄県下におけるヤシガ二の利用と現状.a
,ヤシガニ料理 (宮古島) ; b,那覇市牧志公設市場で売られる宮古島産ヤシガニ;c
,南大東島の食堂の「アンマ ク ( ヤシガ ニ) 汁J ; d,ヤ シガニせん べ い (石垣島 );e
,ヤシガニの剥製 (宮古島市総合博物館所蔵); t,ヤシガニ 捕獲業者に捕獲されたヤシガ二 (宮古島)わりについて ,
I
方言名J
,I
“食" に関する事例J
, 「島の生活に関係する事例J
,I
資源、の状態J
,I
生 態学示唆J
,I
ヤシガニ グッ ズ」の6
項目につい て,それぞれ箇条書きで示す(以降,他の 島々で も同様のまとめ方をする ). なお,文献引用の無 い項目については,すべて聞き取り調査にて得た ものである (話し手がは っきりしている場合には 括弧内に氏名を記述した) • 方言名について : 聞き取り調査では,南 ・北大 東島ともに,島民はヤシガニを「アンマク」と 呼 んでいた . 諸喜田 (1991) では,大東諸島にお け るヤシガニの方言名として,I
アンマク」の他に 「ハブガニ( 大東島)J を挙げているが,今回の聞 き取り調査で、はハブガニの方言名は一度も聞かな かった. 大東諸島にはハブ類は生息しておらず, 不自然に思われる. 高良 (1969) が大東諸島での 方言名として「ハブガニj を挙げており,諸喜田 (1991) はこれに従 ったものと推測される . 一 方, 北大東 村誌編集 委員会 (1986) では, 「アンマク」の 他に,I
アン マコウ」ゃ「アン マコ」の記述も見られた. 南大東村誌編集委員 会 (1990) でも ,I
アンマク , アンマコ ,ア ンマ コーJ
の表記が混在して見られた . また,北大東 村誌編集委員会( 1986) には「ヤシガニ (マ ッカ ンガニ)J との表記もあったが,後述するように 「マ ッカン 」は八重 山地方の 方言であり,なぜこ のように記述されているかの経緯は不明である . さらに ,北 大東村誌編集委員会 (1986) には , 大東島に関連する過去の新聞資料 (琉球新報) も 掲載されているが,その明治36年 7 月17 日の記事 には「海岸の阿旦密生せる部分には,方言 “マク 蟹" 多く生息し ーJ
の記述がある.I
マクガンJ
は宮古諸島や多良間諸島で使われている方言名で ある 「食」に関係する事例 ・ * みそ仕立ての 汁 「ア ンマク汁 (図1c)J
にし て食べるか,焼 いたり茄 でたりして食べる (菊池氏 より )• * 茄でて,お腹の脂肪をごはんにかけて食べる と美味しい (菊池 ・新田 ・奥山氏). ヤ シガニ の腹部が張 って (膨張して ),脂が乗 っている 問のヤシガニは特に美味で、ある (菊池氏)• * サ ツ マ イ モ や タ コ ヅ ル (アダン Pandanus odoratissimus のこと) の実を食べているヤ シガニは美味しい. 逆にヤラ ブ( テ リハボク CaloPhyllum inophyllum) を食べているヤシガ ニは苦くて食べれない (菊池氏)• 匂いがして 美味しくない. 冬期には,穴に 入 っているが,主にコケを食べているようだ (菊池氏)• * 北大東村誌編集委員会 (1986) お よび南大東 村誌編集委員会 (1990) には ,大東諸島に関 連する新聞資料( 琉球新報) が収録されてい るが,その明治36年 7 月17 日の記事中にヤシ ガニの記述があり,I
其 肉は 普通の蟹と同 一 にして味も亦た佳,在島人は常に之を膳部に 供し 美味として賞玩す」と紹介されている * 南大東村誌編集委員会 (1990) には,I
戦後 の南大東島の島の子供と自然J
の項目があ り,I
夜になると ,バケツを持 って,… (中 略 ) • 横榔樹の実を食べ ている アンマコを とったりしたが,此等は,大変美味しい食べ 物であ った」 との記述がある. * 南大東村誌編集委員会 (1990) には ,I
南大 東 島の衣食住j の項 目があり ,I
開拓時代に はアンマコやクソガニ( カクレイワガニ ) が 無数に生息していたので,こ れを捕獲してご 馳走にしたJ
との記述がある. * オキナワキョウチクトウの下にいるヤシガニ を食べると中毒する( 新田 ・奥山氏) . 島の生活に関係する事例 . * ヤシガ ニの捕獲方法としては ,ヤ シガニが 歩く (秘密の) 道があり,夜12
時 くらいにそ こに獲りに行く. あらかじめ餌 (鳥の餌) を ぶらさげておき,集ま ってきたものを捕獲す る. 昔の人は,スイカを仕掛け て集ま ってき たものを獲 ったとの話も 聞く. 捕獲時期とし ては,梅雨後くらいが多 い (新田・奥山氏). * ヤシガニを剥製にするときは,必ずヒモで 縛って弱らせてから 作業を開始する. 元気な 個体に直接ホルマリンを打つと脚を落として しまう . 名人が作る剥製は,いつまでも色が 変わらない (菊池氏).44
ヤシガニとi中1
電の人々の芥 らし * 戦前は,部落で4
名( 実名を聞いたが,本稿 では省略する) ほどだけがヤシガニを採集す ることができた . 獲り過ぎないようにするた めのルールで,会社からの命令であった . 戦 後は誰でも獲れるようにな った (菊池氏)• * 北大東村誌編集委員会(1986)
によると,北 大東島では,かつてネズミやバッタなどの病 害虫駆除を義務制として各部落で実施してい たようであるが,その際,[ " ネズミかごに ヤ シガニが入っていることもあ った」と記述さ れている. * 北大 東 村 誌 編 集 委 員 会(1986)
お よび南大 東村誌編集委員会(1990)
によると,大東島 に関連する新聞資料 (琉球新報) の昭和38年 8月10日の記事に,大東島の風習を紹介した 部分があり, [ " 幕下( はぐした . 大東島は隆 起環礁の島であり,島の周辺部の丘陵部を幕 上,島の中央部の低い場所を幕下と 言 う) に でるとアン マクが しっかり獲れる」の記述が ある * 南 大 東 村 誌 編 集 委 員 会(1990)
によると, 大東島に関連する新聞資料 (沖縄タイムス ) の昭和38年8月11日の記事の中に,大東諸島 の学校教育に関する記事があり, [ (北大東島" では ) 殺のいいつけで,ヤシガニを取りに行 き,深夜までビンロウジュの林をうろつく子 がいて困る」との教師の発言が記述されてい る. * 奥 平(2003)
は,北 大 東 島 に お け る ヤ シ ガ ニの興味深い利用方法を記述している . そ れによると,戦時中に発電施設が破壊された ため,パラムツ (方言で インガンダルマー ) やヤシガニから採れる?Itl
を利用して明かりを 灯したそうである ヤシガニを捕獲し ,脂肪 をとりだして小皿に入れ,火を灯したそうで あるが,その灯りは「豆 ローソクよりも細々 とした 明かり であった」という . 同様の事例 は,南大東村誌編集委員会(1990)
に再録さ れている「大東島誌 (江崎龍雄編,昭和4年 発行)J
においても, ["石油欠 乏の折りなど榔 子蟹の脂肪を実りて灯油を得,此の不自由を 感ぜぎりき」と記述されている なお,ヤシ ガニの腹部の脂肪を灯油の代わりに用いたこ とは ,高良(1969)
にも述べられている. * 南大東島の民謡歌手の漬里保之氏の作調作曲 による「大東アンマク」という歌詞の歌があ り,現在も本人や島の唄者に歌い継がれてい る (図 2 b). 資源の状態. * 南 大 東 村 誌 編 集 委 員 会(1990)
に 再 録 さ れ ている「大東島誌 (江崎龍雄編,昭和4年発 行) には, ["榔子蟹,及蟹類又多棲す. 夕刻 前湯の往復など三歩に 二歩は必ず榔子蟹の背 をこえたるものなり」との記述があり,当時 の個体数の多きが伺える.1
時間くらいで 8 匹ほどは捕獲できた. 70歳く らいまで獲っていたが,海岸近くに( 防風 ・ 防潮! の) 石垣を積んだり,海岸の穴を埋めて から採れなくなった (菊池氏). * 北 大 東 村 誌 編 集 委 員 会(1986)
お よ び 南 大 東 村 誌 編 集 委 員 会(1990)
によると,大東 島に関連する新聞資料 (琉球新報) の明治36
年7月17日の記事の中に,ヤシガニを紹介し ている部分があり, [ " 其大なるものは一貫目 (3.75 kg) 以上に至るものあり 」 と記述され ている. * 一番大きいのは,脚を広げた大きさがドラム い (菊池氏)• * かつては,大きすぎて大人2
人でも止めら れないほどの大きさの個体 (詳細なサイズ不 明) がいたという話を聞いたことがあるが, 近年では2
k g を超える個体はほとんどい ない. 大きいのでも 1.5kg くらい( 新田 ・奥 山氏). 生態的示唆 * かつては, ヤシガニが獲れた. スコールが│ 怒 って2
時間 後くらいにヤシガニは動き出していた. (ヤ シガニ捕獲の ) 名 人 は 昼 間 で も 獲 って 歩い ていた. ヤシガニは海岸付近の割れ目の深い 穴にいて,かぎでひっかけて採集した( 菊池 氏)•図2 ヤシガニク ッス a, T シ ャ ツ (南大東島 ); b,
r
大東ア ンマク」の歌が収録されているC D (南大東島) ; C,ヤシガ ニのキーホルダー (南大東 島) ; d , T シャ ツ (宮古島) ;e
,宮古焼きの花器 (宮古島 ); f, T シ ャ ツ (石垣島 ); g, T シ ャ ツ (与那国島 諸喜 田茂充所蔵); h,ストラ ッ プ (石垣島 ); i,南島焼きの皿 (石垣島 ); j ,ポストカード (石垣島); k,ポ ストカー ド (石垣島) ; 1,ポストカ ド (竹富島) ; m,シ ール (嶋間島 ); n,パスル (石垣島 ); 0,みんさー 織のポストカー ド (竹富島) ; p ,手ぬ ぐい (竹富島 );Q,写真マグネ ッ ト (鳩間島)46
ヤシガニと沖縄の人々の芥らし * 北大東村誌編集委員会 (1986) お よび南大東 村誌編集委員会 (1990) によると ,大東諸島 に関連する 新聞 資料( 琉球新報) の大正4 年 7月6 日の記事に,島の開拓者の一人である yll1山権蔵氏の開拓国顧録があり ,南大東島で 池を見つける過程で,I
アンマクの野郎そろ そろ這い出して来て ,おれの腔に這い上ろう としゃがったり爪で掻いて見たり鉄で挟んで みたり随分徒をしゃがったj とヤシガニにつ いて述べている部分がある. 昼間でもヤシ ガ ニが活動していることを示唆するものと 思わ れる . * ヤシガニは ,11 月 くらいから 2 月くらいまで は穴の中にいて冬を越す ただし ,冬でもヤ シガニが出歩く事もある . 気温が20t : までは 穴に隠れていて ,穴の入り口付近まで来るけ ど外には出ない 穴から 出て活動する (菊池氏) • * ヤシガニの 放卵 は6
月に1
回目があり ,9
月 に2 回目 があ る. 夕方に満潮時刻が来る日 の,日没後に産む. 満月と新月は関係なく 産むが,闇夜が特に多い ちなみにイシガニ (オカガニ類 ) は,1
年に1
回,満月に産む (菊池氏). * 放卵は , 闇夜に 行 われる . その 一 方で,満 月の夜に ,0
昨化後の幼生がトントンミー (ミ ナミトピ、ハゼPeriophthalmus argentilineatus
V alenciennes, 1837) に食べられているの を 目撃したこともある( 新田 ・奥 山氏) . * 大きさが5 m mほととの小 さなヤシガニは,海 岸の砂の 中 (20c m くらいの深さ ) でみつけ た. 小 さい時は脚が長く,貝殻は背負っていな かった .3
人で20匹くらい見つけた (菊池氏)• * マッチ箱に入るくらいの小さなヤシガニも 何度も見た . バッタを食べに畑に来る( 菊 池 氏). マッチ箱に入るサイズのヤシガニを風 の無い闇夜の午後9 時くらいに捕獲した こと がある( 新田・ 奥山氏 ). * ヤシガニの食性として,テリハホ、クの実も食 べる . また ,車に際かれたヒキガエルを食べ るために500 1 k g ほどのヤシガニが道路 に出てくる (新田・ 奥山氏) * ヤシガニはサトウキビも食べる . ネズミと食 べ方が異なっており , ネズミはサ トウキピの 節までかじるが,ヤシ ガニは節を残す( 菊 池 氏) . * 採集したヤシガニを 2 か月飼育したことが ある . イモやアダンを与え ,水を体にかけて やった . (南大東島 . 菊池氏より )• ヤシガニグ ッズ: 南大東島では,ヤシガニがデザ インされたT
シャツ( 図2
a) とテリハボクの実 で作られたキーホルダー( 図2 c) が見られた. 北大東島では発見できなかった .2.
宮古諸島 宮古諸島は,宮古島, 池間島,来間島,伊良部 島,下地島,大神島から成る. 今回の研究期間で は,毎月宮古島を訪島した 聞き取り調査は,主 に宮古島市総合博物館の職員やその関係者の方々 から不定期に行 った. また, 2009年 8 月15 日に同 博物館にて著者が行った講演会「マクガンと人の 暮らし」への参加者から も若干の聞き取り知見を 得た . 方言名 : 諸喜田 ・藤田 (2005) によると,宮古で の方言名は「マクガン J. ただし,諸喜田 (1991) では「マクガニ 」 と表記しである . 聞き取り調査 からは ,例外なく 「マクガン」と呼ばれていた 語 源 に つ い て は 不 明 .I
ガン」はカニを意味す る.I
マク」はヤシガニの腹部が巻いている (腹 部を腹側に曲げている ) からとの話もあったが, 真偽は不明. 「食」に関係する事例 : * 主に茄でて食べるのが一般的. * 墓地に多い . このことからヤシガニを食べな い人もいる . * フボキ (リュウキュウガキ ) が中毒の原因の 植物とされる (橋本,1977). 島の生活に関係する事例 : 本研究期間中に宮古 島にてヤシガニを 捕獲 し,販売している人( 匿名 とする) に 出会った( 図1 f ) . 捕獲の方法には大 別して2つあり ,1 ) 一つは車で宮古島の道路を まわり ,道路上に出ているヤシガ ニを捕獲する方 法, 2 ) 海岸近くの木にブタの背脂を入れたビ、ニ ル袋をぶら下げ,集まってきたヤシガニを捕獲する方法の
2
つある . 捕獲したヤシガニは,1
匹づ っ,あるいはヤシガニの体を縛った上で複数個体 を麻袋に入れて活かしておく. その後,宮古島の 料理屈の他,本土の市場( おそらく那覇牧志の公 設市場:図 1 b ) に売るとのこと . 生態的示唆 * ヤシガニのなる木がある (海岸に生育するア ダンに多数のヤシガニが集まる )• * 海岸近くの石の下に,蟻ほどの大きさのヤシ ガニの子どもがおびただしい数いた. 貝殻は 34干負 っていなかった. * 夏場になると ,海岸付近の穴に多数の雌が集 まる. ヤ シガ ニグ ッズ: 宮古諸島の宮古島では,ヤシガ ニがデザインされたT シャツ( 図2 d ) や宮古焼 きの花瓶 (図2e) が見られた.3 .
多良間諸島 多良間諸島は,多良間島と水納島から成る. 今 回の研究期間では,2009
年8
日に 訪島した . 多良間島での聞き取り調査は, 主に,多良間村ふるさと民俗資料館の垣花昇一氏 (当 時55
歳) の協力を得た. また,2009
年10月7
日に多良間村中央公民館にて著者が行 った講演会 「マクガン講演会」にて その後の懇親会に参加 された島の方々からも若干の聞き取り知見を得る ことができた . なお,以下の聞き取り内容につい ては,氏名の記述がないものはすべて垣花氏から による. 方 言 名 ・例外なく「マクガン」 語 源 に つ い て は,島の長老たちも分からないとのこと 島には 「マクガヤ-J
という洞窟があり ,そこでヤシガ ニが多く獲れるからとの話もあったが,真偽は不 明である . 「食J
に関係する事例: * 大別して,焼くあるいは茄でて食べる方法が ある.r
カ ニ み そ (おそらく肝牌臓の部分)J を出汁にして味噌を加えておっゅにし,最後 にソーメンやそば (沖縄そば) を入れて食べ る時も多い ヤシガニの身 (筋肉など) を食 べるという よりは,r
カニみそ」を食べるイ メージとのこと .r
まくがんたみずJ
という 言葉があり ,ヤシガニの腹部を使ったスープ の事を指す. また,この「カニみそ」をごは んにつけて食べると格別美味しい * タンパク源としてよりは,曙好品として食べ る.*
r
フシュマ リ。 カーデイーJ
という植物[ ミ フラギ (オ キ ナ ワ キ ョ ウ チ ク ト ウCerbera
manghas
と思われる )] を食べたヤシガニが あた った (中毒した ). あたるヤシガニは, 茄ででも色が赤くならない. *イ中程(1993)
は,多良間村でのヤシガニの民 間療法への利用として,中風,心臓病, りゅ うまち,肺結核の薬としてヤシガニが食され ていたことを記述している. 島の生活に関係する事例 ・ * 多良間島では,ヤシガニの剥製を家に剣iる 事はない. ヤシガニは後ずさりするように歩 くため,r
前進で はなく後退である」とのイ メージがあり,縁起が悪い* 3 0
年 ほ ど 前 の 話 で あ る が , 島 の 青 年 会 活 動 は,ヤシガニ獲りとして人を集め,海岸に集 まってヤシガニおつゆを食べ,その後話し合 いを持つことが多かった. また,ヤシガニ獲 りを男女で行って,そのまま夫婦になること もあ った ヤシガニ獲りを女性から男性に頼 むのは,愛の告白と捉えることもあった そ のために男性はヤシガニが良く獲れる場所を 知 っておく 必要があった. 各自のヤシガニを とるための「なわばり( 良く獲れる場所 )J
があ った 昔 は24
時間電気がついた訳ではな か った ので,男女でヤシガニ獲りに行 って , 食べて,歌を歌 って遊ぶのが楽しみだ った. * 子どもの頃,ヤシガニを食べ た後のはさみ脚 を掃除して持 っておき,r
すじ (筋)J
を引 っ ? 長つてはさみ( 可動指 ・指節) を動かし ,女 の子の達の髪の毛や耳を はさむ という男の子 のイタズラがあ った. * ヤシガニを用いた「あるかせめ一」という遊 びがあ った その内容は,ヤシガニを捕まえ て持ち寄り,誰のヤシガニが早く歩くか競争 させる (レースを行う ) というものであった .48 ヤシガニと沖縄の人々の暮らし * 頭胸甲 と腹部の 聞をヒモでしばって飼育する ことも あ った 飼育方法としては,他 に, ド ラム缶を 切 ってその 中に入れて飼育すること もあった. * ヤシガニ獲りの名人は,触角や脚の欠損や欠 落によって個体識別をしていたそうだ. 資源の状態 : * 多良間島では ,3 k g を超える個体はほとん ど見なくなっている. *2004年ごろには水納島で 4 k g の個体 を 2 個 体採集したことがあるが, このサ イズは水納 島では激減状態との こと. 近年では宮古から も獲りに来る者がいるらしい. * ヤシガニの捕獲方法としては,島の 一周道路 を歩いたり車を走らせて,道路上に出ている ヤシガニを捕獲する方法と,海岸林に魚の頭 の入った袋をぶら下げておき ,集まってきた ものを獲る 方法がある . * 昔は,獲り 過 ぎな い ように先輩が後輩に教 える風習 があ ったが,今は無いとの こと. 今 は,見かけると全部獲る者もいて , 中には刺 し網を海岸の岩場に張 って ,かかったものを 全て獲る者もいるとのこと . 生態的示唆: * 親指の爪ほどの 小 さなヤシガニ (員殻は背 負っていない) が,海岸付近で数十匹が まと まって目撃されたことがある . 畑 の 岩 (石灰 岩) を掘り起 こ し,クラッシャーで粉砕 して 砂利 を作 るときに,中から 小 さなヤシ ガニが 出てくることがあった ない畑 ( 防風林で囲われている畑) でヤシガ ニがサトウキピを食べるのが見られる. ネズ ミとかじり方が違うので,注意して観察した らヤシガニだったとのこと. また,冬場でも 畑でヤシガニ を捕獲できることがある. * ヤシガニ の抱卵個体 は
6
月から見られるとの こと 放卵 (放仔) は,夏場に岩が多い場所 でよく見られ,砂浜では少ない (つ ま り,良 く放卵する場所は決まっている) . * 多良間島で採集された最大のヤシガニは,垣 花氏自身の記録では,竿秤で、計っ て6 k g だ、つ たという . 垣花氏が上に乗っても歩いたといっ.
* ヤシガニを飼育して い る時に ,餌の他 に,皿 に水を入れておくと水を飲んでいた. ヤシガ ニ グ ッズ: 多良間島では発見できなかっ た. 4. 八重山諸島 八重山諸島は ,石垣市の石垣島,竹富 町の竹富 島 ・小浜島 ・黒島 ・新城島 ・波照間島 ・鳩間島 ・ 西表島 ・由布 島,与那国町の与那国島の有人島と 多数の無人島から成る. 今回の調査期間では, 竹 富島と波照間島で僅かながら聞き取りを行うこと に訪島した 竹富島での聞き取り調査は, 主に 竹 富島公民館( 当時) の宇根勝末氏に,波照間島の 調査には向島公民館の嘉良 直氏の協力を得た. 方言名・ 諸喜田 ・藤 田 (2005) によると,マツ コ ン , マ ツ カ ン (八重 山),モーヤン (西表鳥祖 納),マコガニ( 黒島) , ンーグヤー (与那国島 ). 安渓 ・盛口 (2010) は,波照間島では「ムゴンJ
, 鳩間島では「マクヤ 」 と呼ぶと報告して いる . た だし,波照間島の歌謡「まにむるぬいしきまゅん たJ
では,ヤシガニは「まっ こんj と呼ばれてい る( 首問 ,1998). 藤本 (1973) は与那国 島での方 言名を「ングヤー」と表記している . マツコン, マッカン , ンーグヤーなどの方言 は,ヤシガニの 腹部の色形が陰嚢に似ていることに由来するよう である ( 諸喜 田,1991; 武田, 1995). 一方,石垣市 総務部市史編集課 (2005) によると「マ ツコン . マギカン (大蟹) の転」とある. 「食J
に関係する事例 * 安渓 ・盛口 (2010) は,波照間島では土中で 冬眠中のヤシガニのことを特に 「ジ、ユ ンマリ ムゴン」と呼び,冬場の珍客のおもてなし用 なとεに捕 ったこと を聞 き取 り報告している. 同様の話は,諸喜 田・ 囲内 (1996) でも 波照 間出身の琉球大学名誉教授西 島信昇氏の体験 談として紹介されている . それによると,土 中に潜む個体は ,腹部が膨張している個体や 脱皮後間もない個体であり , この脱皮後の柔らかい個体は格別に美味であるらしい. 糧となった12種の生物が歌われているが,そ * 橋 本 (1977) は, 沖縄 県 で の ヤ シ ガ ニ 中 毒 の 原 因 植 物 と し て , リ ュ ウ キ ュ ウ ガ キ ( 石 垣島) ,ハスノハギリ( 竹富島) ,クワズイモ ( 与那国島) の可能性を挙げている. * 石垣市総務部市史編集課 (2005)では ,
I
ト
ゥ
カナジィ( ハスノハギリ) の下に棲んでいる マツコンは有毒で、あるといわれるJ
と記述し ている . * 安渓 ・盛口 (2010) は,1 ) 波照間島ではヤ シガニで中毒することはないとのこと,2)
ハスノハギリ( 他の島では中毒の原因とも言 われている) の下にいるヤシガニも「じゃん じゃん捕っていた」こと, 3 ) 島では食べる ときにヤシガニの腸管を丁寧に抜くことなど が紹介されている . * 著 者 は , 本 研 究 以 前 (2007年10月25日) に 与那国町教育委員会の長演利典氏から,ヤシ ガニは栄養に富み,肝臓の病に効くとの話を 伺った. 島の生活に関係する事例 : * 安 渓 ・盛口 (2010) による鳩間島での聞き 取りでは,ヤシガニの捕獲方法として,カ ツオの偲をアダンの枝から吊り下げて,地面 から30cm
くらい上になるようにしておき, 定期的に まわ って捕獲することを紹介してい る. 一方,著者の聞き取りによると,竹富島 の人々はこのような捕獲方法を行わない. 近 年,南部の海岸林の木にピニル袋がぶら下げ られる ようにな ったが,気味が悪いとのこと であった. おそらく 他の島から捕獲に 来てい ると,思われる. * 与那国島には「猫小節 ( まやがあーぶし)J
という歌話があり,本歌にはヤシガニは登場 しないものの,宮良 (2∞
7) による解説に ヤ シガニが登場する. それによると,歌謡の主 人公( 大川加仁) と子猫の出会いは,子猫が ヤシガニに足をはさまれて穴の中に引きずり 込まれているところを助け出したことから始 まっている また,ヤシガニは残念ながら主 人公に山ナタで叩き殺されてしまっている. * 黒鳥の「ペンガン節」には島の人々の生活の の中に「マコガニJ
としてヤシガニが登場す る( 平田ら,1973). * 嘗問 (1998) は,波照 間島の「まにむるぬい しきまゆんた」という歌謡の歌調に,I
まっ こ ん ぬ い ん か い そ ば ん だ し ( ヤシガニの洞 穴に行く相談をし)J
の一節があることを紹 介している. * 宮 良 (1972) は, 波 照 間 島 の 神 行事である 「ミ ヤク ツァイ」についての解説の 中で,こ の神行事の際には,普段入れない「ピィテー ヌ ワ ー ( 野 原 の 御 巌)J
に も 入 る こ と が で き,そこの洞窟に生息しているヤシガニを捕 獲して焼いて食べる島民がいることを紹介し ている. 生態的示唆 : * 畑の中の巨石 ( 琉球石灰岩) を砕くと中から 小さなヤシガニが出てくることがある ( 字板 氏) • * 石垣市総務部市史編集室 (1999) では, 1998 年の6月18日に石垣島北部の安良崎の海岸で 抱卵したヤシガニが見つかったことを紹介し ており,生態写真もある * 波照間島では,冬期にヤシガニが地面に穴を 掘って脱皮していることは多くの島民が知っ ている. 冬眠ではなく,脱皮のためである ことも知っている. ハテルマギリGuettarda
speciosa
の木の下で,地面が少し盛り上がっ ているようなところを木の棒で探すといる. 20- 30cm
くらいの深さに潜っている. 最近 はヤシガニも少なくなったので探すのは難し いのではないか( 嘉良氏) . 同様のことは諸 喜田・囲内 (1996) や安渓 ・盛口 (2010) で も紹介されている * 安渓 ・盛口 (2010) の聞き取りによると ,ヤ シガニは,冬眠が終わるとサツマイモ畑に出 て来て,その後,アダンの実, クロキの実の 下のようにヤシガニがいる場所が変わるといっ
.
* 宮良 (2008) には ,I
与那国島の田原川の付 近の湿地帯はヤシガニのすみかであるJ
との 記述がある50
ヤシガニと沖縄の人々の暮らし ヤシガニグ ッズ : 八重山諸島では ,ヤシガニがデ ザインされたお土産品が多数見られた 食用品と しては ,ヤ シガニせんぺい( 石垣島,図lf)
が, その 他 としては,T
シャツ[ 石垣島( 図2
f)
, 竹 富 島 ( 図2 0),鳩 間 島 , 与 那 国 島 ( 図2g)J
, 南 島焼きの絵皿( 石垣島,図2i),ポストカード[ 石 垣島( 図2j, k ),竹富島( 図21)
J
,シール ( 鳩間 島, 図2 m),パ ズ ル ( 石 垣 島 ,図2 n ),八重山オ リジナルヒーローキャラクター ( ヤエヤーマ ンの イヤシガニレッド ) (図2 h ),手 ぬ ぐ い [ 竹富島 (図2 p),鳩間島] ,写 真 マ グ ネ ッ ト( 鳩間島, 図2 q ) が見られた .5
おわりに 以上,沖縄の島々とヤシガニとの関わ りについ てまとめてきた 今のところ,沖縄諸島地域や鹿 児島県での調査は皆無であるし,今回調査対象に した地域でも未だ聞き取り調査は不十分であるこ とは認識しているが,すでに生物学的にも民俗学 的にも興味深い知見が得られたと思う. ヤ シ ガ ニ 資 源 の 保 全 お よ び 管 理 の 必 要 性 は 国 内 で も 古 く か ら 指 摘 さ れ て お り [ 例 え ば 藤 本 (1973)J
, 近 年 , そ の 基 盤 と な る 研 究 成 果 も 多 数 挙げられている( 藤田 ・伊 藤,2007, 2008; 藤 田 ・ 砂川 ,2008; Hamasakiet al.
, 2009; Sato&
Yoseda,2008, 2009a, 2009b, 2010; Sato
et
al.
, 2008). しか し , こ う し た 「 科 学 的 知 見 」 が 必 ず し も 実 際 の 保護・保全の現場に活かされるとは限らない. む しろ ,科学的知見がいくら集積されたとしても , 実 行 的 な 保 全 策 が 講 じ ら れ る こ と は ほ と ん ど 無 いのが現状であろう. ヤシガニにおいても,環境 省 ・鹿児島県 ・沖縄県のレ ッドデータブックにお いて共に絶滅危倶E類に区分されていたにも関わ らず,つい最近まで全く対策はとられていなかっ た. 幸いな ことに,本稿をまとめている問に,多 良間島において「多良間村マクガン( ヤシガニ) 保護条例」が制 定 さ れ た 同条例は, 2010年4月 1日から施行され,国内で初めてのヤシガニ資源 保全を目的とした実効的な策として,沖縄や全国 のマスコミなどで大きく取り上げられた. 多良間 島では,本稿でも取り上げたように ヤシガニにま つわる話題が極めて豊富で、,ヤシガニと人とが豊 かに繋がっていることが伺い知れた. このような 背景があることが,ヤシガニ保護条例の実現に少 なからず寄与したのではないかと思われる . 国内では, 2004年に「環境の保全のための意欲 の増進及び環境教育の推進に関する法律」が施行 され,研究機関や研究者主導ではなく,国民自身 や民間団体などによる地域を主体とした環境保全 活動を促進させることが重要視されるようになっ てきた. こうした動きに研究者が関わり続けて行 くためには,I
生物 や 自 然 環 境 の 保全の必要性」 について,科学的根拠の主張のみではなく ,本 稿 でまとめたような情報を活かし ,地域の伝統文化 の伝承や地域おこしに繋がるような視点での保全 のあり方について模索し 提唱できるようになる ことも必要ではないだろうか. 謝 辞 本 稿 を ま と め る に あ た り , 以 下 の 機 関 お よ び 島に暮らす方々にお世話になった. 琉球大学名誉 教授の諸喜田茂充先生,元熊本大学教授山口隆男 先生,独立行政法人水産総合研究センター西海区 水産研究所石垣支所の佐藤 琢博士には,ヤシガ ニ関係文献の入手に関し大変御世話になった 北 大東島の中山愛子さん,南大東島まるごと館の東 和 明 氏 , 多 良 間 村 教 育 委 員 会 の 翁 長 艶 子 さ ん , 宮 古 島 市 総 合 博物 館 の 職 員 の 方 々 , 沖 縄 県 水 産 海洋研究センタ一石垣支所の岸本和雄氏,与那国 町教育委員会の長漬利典氏には,現地調査に際し て様々な便宜を図っていただいた. また,南大東 島 の 菊 池 章, 新 田 正 幸 , 奥 山 武 の 各 氏 , 多 良 間村ふるさと民俗資料館の垣花昇一氏,竹富島公 民館館長( 当時) の字根勝末氏,波照間島公民館 の嘉良 直氏には,聞き取り調査に多大なる時間 を割いていただいた . 以上の方々に対し,ここに 記して感謝の意を表する . なお,本研究の実施に は,独立行政法人日本学術振興会の平成20年 度 科 学研究費補助金 ( 奨励研究: 課題番号20918007) による援助を受けた.文 献
安渓遊地illt
口 満 (編),2010. 聞き告:き - 烏の生活 誌① 田んぼの恵み一八重山のくらし ボーダーインク,那朝市, 110pp. 藤田喜久 ,2009 マクガン( ヤシガニ ) と人の暮らし . 宮古島市総合博物館, 16pp. 藤 田 喜 久 ・ 伊 藤 酋 , 2007. ヤ シ ガ ニ ッ キ 飼 育 下 に おけるヤシガニ小型個体の脱皮について Cancer, 16: 39-42. 藤田 喜久 ・伊藤 茜, 2008目ヤシガニ ッキ2・貝殻を背 負 ったヤシガニの行動. Cancer, 17: 1-4 藤 田 喜 久 砂 川博秋, 2008 多 良 間 島 の 洞 穴 性 お よ び│ 箆性十脚甲殻類. 宮 古 島 市 総 合 博 物 館 紀 要,12: 53-80. 藤本義昭, 1973. 琉球・八重山群島与那国島の生物 (1) 甲南出版社,神戸 108 pp.
Fletcher, W. J.. 1993. Coconut crabs. In: A. Wright & L. Hill (eds.), Nearshore Marine Resources of the South Pacific. I C O D, Canada, pp. 643-681
Hamasaki, K.,Sugizaki, M., Dan, S., & Kitada, S., 2009. Effect of temperature on survival and development period of coconut crab (Birgus lafro) larvae reared in the laboratory. Aquaculture, 292: 259-263.
橋本芳郎, 1977 魚介類の毒 . 学会出版センタ ー,東京, 377 pp. 平 田 義 浩 仲宗根幸男- 諸喜田茂充, 1973. 沖縄の貝・ カニ ・エピ. 風土記社,那覇 144 pp. 石垣市総務部市史編集室, 1999. 石 垣 島 故 郷 安 良 の 原 風景 その歴史と自然 . 石垣市, 348 pp. 石垣市総務部市史編集課, 2005. 石 垣 市 史 研 究 資 料 -4. 八重山の動植物ーその来歴 ・
7J
雷名など一 石 垣市 100 pp. 北大東村誌編集委員会, 1986. 北大東村誌. 北大東村 役場,1025 pp. 南大東村誌編集委員会,1990.南大東村誌南大東村役場, 那新, 1230 pp. 宮 良高弘, 1972. 叢書わが沖縄別巻 i皮照間島民俗誌 木耳社,東京 217 pp 宮良保全,2007. 遺 稿 集 与 那 国 島 の 民 謡 と く ら し あ けぼの出版,南風原 299pp 宮良作, 2008. 国境の島・与那国島誌ーその近代を掘 るー あけぼの出版,那覇, 313 pp イq
l
程正吉,1993.第十一章 民 俗 知 識. 多良間村史第四 巻 資 料 編3民俗 (多良間鳥村史編集委員 会編). 多良 間村, p.281-341.N g, P. K. L.,1998. Crabs. In: Carpenter, K.,& Niem, V. H. (eds.) , F A O species identification guide for fishery pu叩oses.T he living marine resources of the Western Central Pacific. Volume 2 Cephalopods, crustaceans, holothurians and sharks. Food and Agriculture Organisation, R o m e, pp. 1045ー1155
奥 平 一 , 2003 大東島の歩みと暮 ら し ー北大東島を 中心に一. ニライ社,那覇 241 pp
Sato, T., & Yoseda, K.,2008. Reproductive season and female maturity size of coconut crab Birgus lafro on Hatoma Island, southern ]apan. Fisheries Sceience, 74・ 1277-1282.
Sato, T., & Yoseda, K. , 2009a. Prediction of timing of mating and egg extrusion in the coconut crab Birgus lafro judged仕o m female pleonal expansion. Fisheries Sceience, 75: 641-648.
Sato, T.,
&
Yoseda, K., 2009b. E g g extrusion site of coconut crab Birgus lafro: direct observation of terrestria1 egg e双山sion.] M BA2,Biodiversity Records 2:1-4Sato, T., & Yoseda, K. , 2010. Influence of size- and sex biased harvesting on reproduction of the coconut crab Birgus lafro. Marine Ecology Progress Series, 402: 171-178.
Sato, T.,Yoseda, K.,Abe, 0., & Shibuno, T., 2008. Male maturity, number of sperm and spermatophore size relationships in coconut crab Bi得us lafro on Hatoma Island, southern Japan. Journal of Crustacean Biology, 28: 663-668. 諸喜田茂充, 1991. 南 太 平 洋 パ ヌ ア ツ の ヤ シ ガ ニ ー Cancer, 1: 3-7. 諸喜田茂充, 2006. ヤ シガニ . 改訂 -日 本の絶滅のお それのある野生生物 レッドデータブック 7クモ 形類・甲殻類等 (環境省編) . 財 団法人自然環境研究 センター,東京, p. 54. 諸喜田茂充・国内裕之, 1996. ヤシガニの脱皮習性. Cancer. 5・7-9. 諸 喜 田 茂 充 ・藤 田 喜 久, i'[' 縄県の絶滅のおそれのある野生生物 (動物編 ) レッ ドデータおきなわ (沖縄県編 ) 沖縄県,那覇, pp. 205-206 鈴木賢志, 2003. ヤ シガニ. 鹿 児 島県の絶滅のおそれ のある野生動植物. 動物編 ー鹿児島県レッドデー タブック ((財)鹿児島県環境技術協会編) . 鹿児島 県環境生活部環境保護課,鹿児島, p.551. 高良鉄夫, 1969 琉球の自然と風物 (特殊動物を探る ) 琉球文教図書株式会社,那覇 206 pp. 武田正倫, 1995. ヤシガニ . 日本の希少な水生生物に 関する基礎資(11)(日本水産資源保護協会編 ). (社 ) 日本水産資源保護協会,東京, pp. 625-630. 嘗間一郎,1998. /,皮照間島の芸能ームシャーマを中 心 に. 波照間島総合調査報告書 自 然 - 歴 史 民 俗 - 考 古 美術工芸 ー ( 沖縄県立博物館編) . 沖縄県立博物館, 那覇, pp.220-239. ( 琉 球 大 学 大 学 教 育 セ ン タ ー / N P O法 人 海 の 自 然 史 研 究 所)