多様な働き方に即した
厚生年金適用拡大を目指して
山田篤裕研究会
改田智哉
長妻輝
西川千尋
福村彩
三田祭論文2020論文概要
• 2016年10月、厚生年金が短時間労働者に対して適用拡大された。
• 被用者保険適用外である
第1号被保険者
の中には、
パート・アルバイト
として働く労働者が多く存在する。
• 社会保険制度をめぐっては、従来「130万円の壁」などに見られるよう
に、
就業調整
が問題視されてきた。
• 本稿では、2016年の厚生年金適用拡大が短時間労働者の労働供給に与
えた影響、および非正規労働者の老後保障の脆弱性を分析する。
• 分析の結果、
女性の短時間労働者において就業調整が見られた
ほか、
50歳時点で非正規労働者
であった場合、
年金受給額は少なく、相対的
貧困に陥る確率が高い
ことが明らかになった。
• 「被用者保険」のさらなる拡大を目指して、適用条件のうち、
労働時
間要件と賃金要件を撤廃する
ことを政策提言とする。
目次
• はじめに
• 現状分析
• 問題意識
• 先行研究
• 本稿の位置づけ
• 分析1
• 分析2
• 政策提言
• まとめ
はじめに
厚生年金とは・・・
被用者が加入する所得比例型の公的年金。基礎年金である国民年
金に上乗せされる形で支給される年金で、保険料は労使折半。
現行の制度における対象者は、会社員と公務員のいわゆる「第2
号被保険者」である。また、適用条件にはいくつかの要件がある
(後述)。
現状分析
①2016年10月の厚生年金適用拡大
*特定事業所:同一事業主(法人番号が同一)の適用事業所の被保険者数(短時間労働者を除き、共済組合員を含む)の合計が、1年で6ヶ月以上、500人を超 えることが見込まれる法人・個人・地方公共団体に属する事業所及び国に属するすべての適用事業所のこと 従来の適用条件 1日または1週の所定労働時間および1月の所定労働日数が常時雇用者のおおむね4分の3以上 2016年の適用拡大条件 特定事業所*に勤務する短時間労働者のうち、 ①週の所定労働時間が20時間以上 ②雇用期間が1年以上見込まれる ③月額賃金が8.8万円以上 ④学生でない の4つの条件を満たす場合適用現状分析(つづき)
②厚生年金適用状況
図1 短時間被保険者数の推移 図2 特定適用事業所数の推移
厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業月報」より筆者作成 厚生労働省「厚生年金保険・国民年金事業月報」より筆者作成
現状分析(つづき)
③第1号被保険者の就業状況
図3 第1号被保険者の就業状況 厚生労働省「平成29年国民年金被保険者実態調査」より筆者作成被用者保険に適用されな
い
第1号被保険者
のうち、
パート・アルバイト
とし
て就業する人は約
3分の1
を占める
現状分析(つづき)
④雇用者全体における適用拡大の位置づけ
図4 被用者保険適用状況の見取り図2016年の適用拡大によって
新たに40万人が適用
一方、週20~30時間労働者のうち
410万人は適用外
週20時間未満労働者については
550万人も存在
「労働力調査」より筆者作成現状分析(つづき)
図5 働き方の変化の有無④適用阻害要因―就業調整
JILPT調査より筆者作成適用拡大に伴い、
働き方を変えた人は15.8%
そのうち、
労働時間を減らした人は32.7%
*あくまでもアンケート結果
図6 働き方の変化の内容 JILPT調査より筆者作成 JILPT調査より筆者作成問題意識
• 被用者保険に適用されない第1号被保険者として就業する非正
規労働者が多く存在する
• 社会保険制度に伴う就業調整は、労働市場にゆがみをもたらし
効率的な再分配を阻害する
• 短時間労働者の老後保障を鑑みると、さらなる適用拡大が必要
なのではないか
短時間労働者の就業行動と非正規労働者の老後保障の脆弱性を
実証的に分析する
先行研究
①社会保障制度の変更と労働供給について
1993年 被用者社会保険の非適用限度額の引き上げ
神谷(1995):1990年から1995年にかけて、有配偶者女性につい
て、その収入調整が労働時間数と時間あたり賃金額
に影響を与えている。
~補足~
2003年の配偶者控除一部廃止についても就業調整が行われた傾向。
↑森・浦川(2009)、横山・児玉(2016)より
先行研究(つづき)
②現行の社会保障制度と労働供給について
第3者被用者保険制度
高山(2015):第3号被保険者に該当する女性の多くが
就業調整をしている可能性がある。
雇用保険制度
金井(2015):短時間被用者へ適用拡大しても、その失業時
の充分な所得までは保障しえない。
本稿の位置づけ
2016年の厚生年金適用拡大について、
①短時間労働者に就業調整の動きはあったか
②非正規労働者の老後保障は脆弱か
個票データを用いて実証的に分析し、本来の「被用者保険」としての厚
生年金の在り方を考える
分析1:厚生年金適用拡大が短時間労働
者の労働供給に与えた影響
仮説:
2016年の厚生年金適用拡大は新たに適用内となった短時間労働者の労働供給に
負の影響を与えた
分析手法:4時点パネルデータを用いたD.I.D推定(固定効果モデル)
推計式:
𝑌
𝑖𝑡= 𝛽
0+ 𝛽
2𝐷2
𝑡+ 𝛽
3(𝐷𝑇
𝑖× 𝐷2
𝑡) + 𝛼
1𝑋
1,𝑖𝑡+ ⋯ + 𝛼
𝑛𝑋
𝑛,𝑖𝑡+ 𝑢
𝑖+ 𝜀
𝑖𝑡𝑌 =被説明変数
𝑖 =個人 𝑡 =時点
𝐷𝑇 =コントロールグループダミー 𝐷2 =時点ダミー
𝑋
1~𝑋
𝑛:個人属性
𝛼
1~𝛼
𝑛:係数
𝑢 =固定効果 𝜀 =誤差項
分析1:使用データ、変数
全国就業実態パネル調査, 2016~2019, 個票データ
被説明変数
週労働時間
説明変数
時点ダミー、時点×トリートメントダミー、年齢、配偶者ダミー、
地域別最低賃金、勤続年数
分析1:変数の定義
被説明変数 定義 週労働時間 調査年の週平均労働時間 説明変数 定義 year 2017年=1、それ以外=0、とする変数 トリートメントグループダミー トリートメントグループ=1、それ以外=0、とする変数 year×トリートメントグループダミー year×トリートメントグループダミーで算出した変数 年齢 調査時の年齢 配偶者ダミー 配偶者あり=1、それ以外=0、とする変数 地域別最低賃金 各年の地域別最低賃金 (出典:厚生労働省「地域別の最低賃金の全国一覧」) 勤続年数 調査時の会社の勤続年数 表1 変数の定義(分析1) 筆者作成分析1:記述統計量
男性
女性
被説明変数 N 平均 標準誤差 最小値 最大値 週労働時間 516 23.67442 12.03113 1 80 説明変数 N 平均 標準誤差 最小値 最大値 時点ダミー 516 0.25 0.4334329 0 1 時点ダミー×トリートメントダミー 516 0.129845 0.336459 0 1 年齢 516 42.43992 11.62815 20 62 配偶者ダミー(配偶者あり=1) 516 0.2131783 0.40995 0 1 地域別最低賃金 516 841.2694 78.56442 693 985 勤続年数 516 6.534884 6.605436 1 38 被説明変数 N 平均 標準誤差 最小値 最大値 週労働時間 4,600 21.25391 8.971912 1 100 説明変数 N 平均 標準誤差 最小値 最大値 時点ダミー 4,600 0.25 0.4330598 0 1 時点ダミー×トリートメントダミー 4,600 0.1471739 0.3543177 0 1 年齢 4,600 47.33043 9.235365 19 62 配偶者ダミー(配偶者あり=1) 4,600 0.8158696 0.3876327 0 1 地域別最低賃金 4,600 829.8489 75.49337 693 985 勤続年数 4,600 7.11413 6.136646 1 42 表3 記述統計量 (女性・分析1) 表2 記述統計量 (分析1・男性) 筆者作成 筆者作成分析1:分析対象
男性:268 女性:2708 男性:248 女性:1892 対象 2015年時点で週労働時間20時間以上30時間未満の非正規労働者 (学生・自営業者・60歳以上の労働者を除く) トリートメントグループ コントロールグループ 2015年時点で厚生年金適用外かつ ①従業員規模500人以上 ②年収106万円以上 ③雇用期間1年以上 のすべてを満たす者。 2015年時点で厚生年金適用外かつ ①従業員規模500人以上 ②年収106万円以上 ③雇用期間1年以上 のいずれか1つでも満たさない者。 表4 分析対象(分析1) 筆者作成分析1:結果
女性において、
[時点ダミー×トリートメントダミー]
[年齢]
[勤続年数]
で有意に負
⇒2016年の厚生年金適用拡大に伴い、新
たに適用内となった女性非正規労働者は
週労働時間を平均で1.1時間減少させた
被説明変数:週労働時間 男性 女性 時点ダミー(2017=1) 2.215* 1.272*** (1.265) (0.360) 時点ダミー×トリートメントダミー -1.390 -1.102** (1.729) (0.462) 年齢 3.214 1.388*** (3.032) (0.315) 配偶者ダミー(配偶者あり=1) 5.188 -2.379* (4.921) (1.280) 地域別最低賃金 0.00865 -0.0105 (0.120) (0.0120) 勤続年数 -0.196 -0.150*** (0.191) (0.0408) 定数項 -120.2*** -32.94*** (30.58) (6.228) N 516 4,600 決定係数 0.231 0.054 ()内は標準誤差を示す *** , ** , * はそれぞれ有意水準1%,5%,10%であることを示す トリートメントグループ:2015年時点で厚生年金適用外かつ適用拡大 条件*を満たす非正規労働者。 コントロールグループ :2015年時点で厚生年金適用外かつ適用拡大 条件を満たさない非正規労働者。 *適用拡大条件:①従業員規模500人以上②年収106万円以上③雇用期間1年以 上④週労働時間20時間以上、のすべてを満たす。 対象:2015年時点で週労働時間20時間以上30時間未満の非正規労働者。 筆者作成 表5 労働供給に関するD.I.D推定結果(分析1)分析2:50歳時点の就業形態と年金受給
額・相対的貧困確率
仮説:
50歳時点で非正規労働者の場合、そうでない場合より年
金受給額が少ない。また、老後相対的貧困に陥る確率
が高い。
推計式:
𝑌 = 𝛼 + 𝛽1𝑋1 + 𝛽2𝑋2 + ⋯ + 𝛽𝑛𝑋𝑛 + 𝜀 𝑌 =被説明変数 𝛼 =定数項 𝜀 =誤差項 𝑋1 ~𝑋𝑛 :説明変数 𝛽1 ~𝛽𝑛 :係数分析2:使用データ、変数
全国就業実態パネル調査, 2019, 個票データ
被説明変数
年金受給額・相対的貧困ダミー
説明変数
50歳時点非正規労働者ダミー、持ち家ダミー、不健康ダミー、
男性ダミー、年齢、大卒ダミー、中卒ダミー
分析2:変数の定義
表6 変数の定義(分析2)
分析2:記述統計量
表7 記述統計量(分析2)
分析2:年金受給額の結果
全体、男性、女性いずれも
非正規労働者ダミーで有意に負
⇒50歳時点で非正規労働者であることは、
年金受給額を2~4万円/月程度減少させ
る
筆者作成 表8 年金受給額の推定結果(分析2) (カッコ内は標準誤差を表す) (***, **, *はそれぞれ有意水準1%, 5%, 10%であることを示す)分析2:相対的貧困確率の結果
全体、女性において
非正規労働者ダミーで有意に正
⇒50歳時点で非正規労働者であることは、
老後相対的貧困に陥る確率が6~12%程
度上昇させる
筆者作成 表9 相対的貧困の推定結果(分析2) (カッコ内は標準誤差を表す) (***, **, *はそれぞれ有意水準1%, 5%, 10%であることを示す) (数値は平均限界効果)分析結果まとめ
①2016年の適用拡大を経て、
女性の短時間労働者
に
就業調整の
動き
がみられた
②50歳時点で
非正規労働者
として就業していた場合、
年金受給
額は少なく
、
老後に相対的貧困となる確率は高い
政策提言
• 分析結果より、2016年の適用拡大は女性の就業調整に見られる
ように、労働市場にゆがみをもたらした不十分な適用拡大で
あったといえる
• 非正規労働者の老後所得を保障するためにも、厚生年金のさら
なる適用拡大が必要
• 就業調整は、時間要件と賃金要件によってもたらされている
厚生年金の適用条件のうち
「時間要件」と「賃金要件」を撤廃する
政策提言(つづき)
• そもそもなぜ時間要件と賃金要件が設けられたのか?
●週労働時間20時間以上 〇短時間労働者が被用者保険の適用対象にふさわしい「被用者」としての実態を備えているかどうか 等を判断する基準 ●月額賃金8.8万円以上 〇正社員等とのバランスや、国民年金第1号被保険者の負担や給付の水準とのバランスを図る観点⇒時間・賃金要件によって就業調整を行い、
結果的に短時間労働
者となってしまっている
⇒今後さらに増えていくであろう非正規労働者および雇用的自営
業者に対して、
多様な働き方に即した広い要件が必要
政策提言(つづき)
• 厚生年金加入による老後所得保障の変化(参考)
(加入前)国民年金
(加入後)厚生年金保険
支払額 受取額 受取額 支払額 保険料16,000円 基礎年金 65,000円 基礎年金 65,000円 保険料(会社)8,000円 保険料(本人)8,000円 厚生年金 18,000円 図7 保険料と年金額のモデル(40年間加入)*金額は月額 筆者作成まとめ
• 2016年の厚生年金適用拡大は、
女性短時間労働者の就業調整をもた
らし
、労働市場のゆがみを引き起こした。
• 現状として第1号被保険者の中にも多く存在している
非正規労働者
は、
年金受給額が少なく
、
老後に相対的貧困となる確率が高い
。
• 現行の厚生年金を「被用者保険」として機能させるためには、
時間
要件
と
賃金要件
を
撤廃
し、さらなる適用拡大を行う必要がある。
参考文献
主要参考文献: • 太田聰一 (2013)「企業規模と仕事の満足度-格差と類似性-」『日本政策金融公庫論集』日本政策 金融公庫総合研究所編, 19, pp. 35-61 • 神谷隆之 (1997)「女性労働の多様化と課題」 『フィナンシャル・レビュー』 No. 44, pp. 29-49 • 川口大司・森悠子(2009)「最低賃金労働者の属性と最低賃金引き上げの雇用への影響」『日本労 働研究雑誌』No.593, pp. 41-54 • 佐藤博樹(2015)「改正パートタイム労働法と 企業の人材活用 の課題」『ジュリスト』No.1476 • 森剛志・浦川邦夫(2009)「配偶者特別控除の廃止が労働供給に耐えた影響のパネルデーター分 析」『甲南経済学論集』No.49(2), pp. 11-35 • 横山泉・児玉直美(2016)「女性の労働と税 ―データを用いた現状分析―」『ファイナンシャ ル・レビュー』No.127, pp.49-76• Frey, Bruno S., 2008. HAPPINESS : A Revolution in Economics, Massachusetts Instutute of Techonology