銀座NAGANOから見えてきた「新しい農業」のデザイン
8
0
0
全文
(2) 図1 「信州ブランド」と個々のブランドとの関係①. 3.重要な首都圏戦略(出口戦略)「銀座NAGANO」 信州ブランド戦略のプロダクト戦略には、3つの事業展開の 柱が位置づけられているが、その一つ「戦略的なマーケティン グの展開」の中で根幹をなすのが、「大都市圏でもマーケティ ング展開(首都圏でのアンテナショップの開設)」であった。 「なぜ開設するのか?」が決まっている以上、検討する際は 「では、何をやるのか?(コンセプト)」が最大の論点であっ た。これは実に半年もの月日を費やしたある日、ひとりの職員 が「首都圏での発信と言えば百貨店などでの“大信州展”や “信州フェア”でしたが、果たして何人のお客さんが信州ファ ンになってくれているんでしょうか?」とつぶやいたことを. 図2 信州ブランド戦略. きっかけに以下のように一気に決まった。 【コンセプト】「フェア」ではなく、「シェア」 「伝える」ではなく、「つながる」 「観光地」ではなく、「関係地」 【目 的】. 「コアな信州ファンの創造!」. これまで法被・のぼり旗で「祭り(フェア)」として一方的. 18. 込んだ感覚がある。 お客様からは、「作り込みすぎない店舗デザイン」と「美と 健康」にあふれる商品のコンビネーションをご覧いただき、 「信州って素敵ねえ」「あら、おしゃれ!」、2階で展開される 体験型のイベントやセミナーに参加されて、「ああ、楽しい!」. にハレの日を演出していたスタイルであったが、「上質な日常. 「ためになったわ、お家で試してみましょう」などの嬉しい感. の素晴らしさ(ライフスタイル) 」をしっかりと語り合い・体. 想をいただく中で、オープン一周年の来場者数(実績)は目標. 験し合い・シェアするスタイルで発信することにした。これは. 値の2倍を超えるなど、予想を上回る好調を維持している(図. 正に時宜を得たもので、首都圏に信州らしい一服の涼風を吹き. 4、5)。. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017.
(3) 図3 キャッチフレーズの策定. 図4 銀座 NAGANO の店舗デザイン 1階正面. 図5 銀座 NAGANO の店舗デザイン 2階イベントスペース. 4.銀座 NAGANO から見えてきたもの. わりつつ、自らの手で調理しようとする人々が増えている。. 世界中のブランドが集まり磨かれる街「銀座」では、お客様 から学ぶ点が多く、地方で感じるものとは全く違う反面、意外 な一面などを垣間見ることができる。以下、主だった点の整. 5.現代における価値観の変化 上記に見られる消費者の行動のほか、銀座NAGANOでは. 理・まとめを行った。. 現代人の価値観の変化も感じとることができる。. ⑴ 形式ではなく、実質を最優先. ⑴ モノがあふれる中で. 着色料や保存料が無添加であること、原産地表示が明確であ ること。 現地の作り手側はとかくパッケージや包装などの装飾に意を 尽くしてしまうが、首都圏の消費者は商品そのものが「安全. ・流行に流されず自分にあったものを選択しようとする。 ・大量生産されたモノを生活の中心には据えない。 ・所有すること=“苦しみ” 、むしろ多くを所有しないことの 方が“しあわせ”と考える傾向。. か」「美味しそうか」まで確認しようとするため、華美な包装. ⑵ グローバリズムが進む中で. を嫌い、中身本体が見えることを尊ぶ。. ・リアルな体験から学ぶ喜びを大切にする。. ⑵ まだまだ知られていない魅力が沢山. ・自分自身を見えない力に委ねない、流されない。. 生産地では極めて当たり前のことであっても、首都圏で「あ んず」や「プルーン」「すもも」などの果物を“生食すること”. ・地方が育んできた「貴重な価値」に思いを寄せる。 ⑶ 全体の傾向 イメージ(図7). を経験してきた人は、予想以上に少ない(図6)。 また、素材にこだわる都内有名レストランのシェフでも、 もっと優れた産地が沢山あることや優秀な有機無農薬野菜が実. 6.産業としての「農業」が抱える課題 そもそも狭い国土において労働集約のような生産活動を行っ. 現してきていることを知らない。. てきた我が国の農業は、従事者の高齢化の進展と関税・補助金. ⑶ 「つながり」を求めている. に見られる保護主義的な姿勢の継続により、TPP 参加が決定さ. 少しぐらい高価でも安全・安心で、美味しい食材を定期的に 仕入れたい・取り寄せたいシェフや家庭が増えている。 ⑷ 手づくり・手料理ブームが起きつつあること 愛する家族などのために食材だけでなく、調味料等にもこだ. れる以前から、その国際競争力の低さが大きな課題とされてき た。 一方、我が国の製造業は「カイゼン」活動などに見られるよ うにチャレンジとイノベーションを重ね、天然資源の乏しいこ デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017. 19.
(4) 図6 生食することの少ない果物. 図7 世の中の潮流(価値観の変化). の島国において奇跡ともいえる生産力・販売力を維持してきて. ⑸ 誰にPR(宣伝)したら良いのか分からない。. いる。しかし、この製造業にはできて、主に販売力やブランド 力の強化を目指す農家とその販路である「農業という産業」に はできていない差とはいったい何であるのか。 そこには多分に構造的な問題を含んでいるものと思料される. このように見えてきた課題の根源は、以上2点に集約される のではないかと考える。. ところであるが、銀座 NAGANO では、 「作って→売って→儲け. ①現地における丹念なブランドづくりの成果を最大限、かつ効. る」といった極めて基本的な流通面での課題がいくつか浮かび. 率的に生かすマーケティング(出口戦略)ができていない。. 上がった。 また、それらの課題を以下の5つに整理した。. ②消費地における丹念なマーケティングから得られた成果が生 産現場のブランドづくりや流通に活かされていない。. ⑴ 現地で丹精を込めて生産していても、消費地(首都圏)で. かつて「園芸王国」と呼ばれた時の長野県農業は、農協組織. は安売りに巻き込まれ、真に求めている消費者に到達して. の努力もあり、他県の追随を許さない様な高品質のブランド野. いないという状況。これは、消費地のバイヤーに正当な価. 菜を瞬時に、かつ豊富に供給し首都圏の皆さんから驚嘆のまな. 値が伝わっていないか、バイヤーが正当な評価を下す前に. ざしで見られていた。ここで得られていたものはもしかしたら. 生産者が低い卸値を提示してしまっているのが原因。「こ. 「信州農業の誇り」に過ぎず、「園芸王国」の名を永遠にゆるぎ. の○○、こんなにすごいのに、なんでこんなに安いの?」. ないものとする「付加価値の積み上げ」や「ターゲットを適切. といった消費者の声を良くお聞きするが、これが常態にな. に見定める知恵」ではなかったのではないだろうか。. ると農業自体には悪影響を及ぼす。 ⑵ 買いたい消費者が居るのに、それを都内のどこで購入でき るかが分からない状況。 ⑶ せっかく消費者の人気が上がってきているのに、出荷が続 かないまた、生産量が追い付かない状況。 ⑷ せっかく都内の百貨店との契約が成立したのに、長続きし なかった。. 20. 7.マーケティングなのか、ブランディングなのか. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017. そもそもブランディングとは、 「商品やサービスの「価値」 をひたすら追求すること」であり、商品そのものに集中して 人々の感性を「惹きつける行為」と言われる。一方で、マー ケティング(狭義)とは、「どのように売るのか?」という、 売る行動に集中した「押す行為」と言われている。そのため、 マーケティング(狭義)では広告やキャンペーン、大安売りな ど多彩な手法が用いられるのに比べ、ブランディングでは「品.
(5) 図8 銀座 NAGANO のイベントやマルシェ. 図9 消費者の態様イメージ. 質を磨く」こと自体が重要なものとなる。. を的確に伝える。. 上記5で見てきたように現代人の価値観が変化して流行に流. これは生産地に首都圏の感性を的確に伝える、正に「ブラン. されにくい消費者が増えるとともに、消費者自体が成熟または. ディング(産地戦略)」と「マーケティング(消費地戦略)」の. 二分化を続ける中で、マーケティング(狭義)もこれまでの手. 有機的な融合によって生産地・消費地双方に大きな“しあわ. 法を続けることは現実的ではない。. せ”と活性化をもたらすものと考えられる。. 一方で、作り手の思いやこだわり、風土や背景など、ブラン ド商品はそのアイデンティティを消費者との関係性(ストー. ⑴ 生産地のあり方 人口減少、少子高齢化が進む中、もはや「農業は農業だけ. リー)の中で伝えていくことが命である。そのため、「伝える」. で」「観光は観光だけで」「商業は商業だけで」存続することは. こと自体に時間を要したり、作り手との交流を利用するなどの. 困難になってきた。. 工夫が必要となってくる。テレビやラジオ、雑誌や Web など. その一方で、近年田舎暮らしを選択する30∼40代の夫婦・. 多様な媒体を通して瞬時にその良さやメリットを「押し込んで. 家族などを中心に、「暮らしと仕事と自然環境が近接した“人. くる」マーケティングの手法の中に日常埋もれている私たち. 間らしい生活”」を志向する傾向が銀座 NAGANO でも現れてき. (消費者)に対して、いかに効率的に、かつ正確にブランド価 値を伝えるか、またはそれを求める人々に適切に伝達(販売). ている。 優れたブランドこそ、作り手の思いだけでなく、その地の気. していくかに、これからのブランド戦略展開の重要なポイント. 候・風土、歴史・文化など豊かなストーリーを内在しているよ. が隠されているだろう。. うに、「農業」「観光」「商業」あるいは、「教育」や「福祉」ま で、様々な産業が連携・協働・融合することで奥深い新たな価. 8.「新たな農業」のデザイン 農業に代表される地域の価値は、生産地におけるブランド力 の一層の強化と、消費地である首都圏の感性を的確なマーケ. 値が生まれるのではないだろうか。生産地では、このような各 種産業の融合による魅力あるブランド力の創造が期待されるも のである。. ティングにより把握し、必要とする人々に必要とするブランド デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017. 21.
(6) 図10 地域商社の活動イメージ. 22. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017.
(7) ⑵ 消費地での取組み. し、デザインの領域は、表面的に視覚でとらえることができる. 銀座 NAGANO では毎日、2階のイベントスペースで消費者. (タンジブルな)デザインだけでなく、例えば、企業等のブラ. の皆さんとマルシェや試食会、セミナーなどを通して触れ合う. ンド形成を目指した戦略的な取組や、五感を満足させる生活環. ことによって徐々に、消費者の態様が明らかになってきてい. 境の提案、サスティナブルデザイン、エコロジーデザインなど. る。. 視覚では見えない(インタンジブルな)デザインへと拡大をし. これから何かの商品を開発しようと思うのであれば、あらか. ていると考えることができ、この傾向は今後更に進展していく. じめターゲットをしっかりと設定しておかねば大きな生産ロス. と考えられます。」と、今後益々「計画(設計)」といった観点. が生じてしまう。しかしながら、地域のブランド産品を販売. から、都市や地域社会、産業構造やライフスタイルなどにおい. (発信)するにあたっては、あらかじめターゲットを設定して おくことはあまり意味がない。. てデザインの重要性が増してくることを指摘している。 著者は、「デザインとは、そのモノまたは、これから作ろう. むしろ、そのブランド産品自体にどのような感性や興味を持. とするモノの現状を計画と意匠によって、少しでも望ましい形. つ人々が関心を示したかをしっかりと把握し、今後このような. 態に変えようとする行為、又は、そのモノの最良の本質を引き. 集団に効率的に発信していくとともに、生産サイドにもこの集. 出す行為。」と定義するものであるが、その手段には、これま. 団の関心を高めるためのフィードバックを行っていくことが重. で論じてきたように、①そのモノの“美しさ”を最大限に引き. 要である。. 出す「意匠」と、②そのモノの“機能”が最大限に引き出され. その意味からも、以下の項目はマーケティング(出口戦略) にとって欠かせないものである。 ①個店もしくは個別の販売チャネルを持つこと (=銀座 NAGANO、NAGANO マルシェ) ②消費者の声を直にお聞きし、行動を観察すること. るようにする「計画(設計) 」の二つがあり、双方はこれに関 わる全ての人々の“しあわせ”を最大限に創造できるようお互 いに連動し合わなくてはならないものと考える。 そのためにも、農業などの地域産業のブランド化をデザイン するにおいては、. (=銀座 NAGANO サポーターズ倶楽部). ①意匠:そのモノの本質(=有する価値)を見い出すこと。. ③購入者を適切に分析すること. ②計画(設計):自らの行動や組織全体の機能に意義づけ. (=ポイントカードや POS による消費行動分析) ⑶ 流通・運営の新たな仕組み. (=どのターゲットに何を行うのか)をすること。 ③目的:消費者のみならず、生産者も流通等に関わる全ての 人々が“しあわせ”になること。. ブランディング(生産振興・産業間融合)の機能と、販売と マーケティング(消費行動分析)の機能を併せ持つ新たな「地. 以上の3点の実践が重要になってくる。. 域商社」的組織の設立が有効ではないかと思料される。. 先に論じたように“しあわせ”の度合いは多分に個々人の主. それは、生産地の振興も行いながら、できるだけ分業するこ. 観的な要素を含んでいる。現在人々の関心は、グローバルから. となく、的確なマーケティングを行い、的確な消費者にブラン. ローカルへ、物質的なものからより精神的なものへ移行しつ. ドを届け、反応を収集していく機能である。. つある中で、単にモノを所有・消費することのしあわせから、. 同時にそれは首都圏から産地観光のためのツアーを企画・実. 「何を所有・消費するのか」 「何のために所有・消費するのか」. 施したり、合宿や移住など生産地と消費地との人的交流を促進. といった“しあわせ”に変容してきている(図7)。それは生. するなど多様な機能が展開できるようになれば理想的であると. 産の立場から今まで十分に伝えることができなかった生産者の. 言えよう(図10)。. 想いだけでなく、その地の歴史・風土であったり、農業の素晴 らしさや自然への敬意であろう。手にした瞬間に自然と、それ. 9.まとめ 経済産業省は『デザインハンドブック2009』の中で、「デ ザインは、直接かつ分かりやすく視覚に訴えるものであり、コ. が生まれてきた風土にあこがれを抱き、ものづくりへの思いを 尊ぶ、「受けとめる人々を感化する」そんな強いブランドが創 造できれば地域の未来は明るいものとなろう。. ンセプト、技術、品質、サービス等、ブランド確立に必要な要. そのためにも地域(生産地)はこれからも「その地域の本質. 素を簡潔に表現するための重要な手段である。そのため、特に. や個性を磨く営みを続けなければならない」のであり、マーケ. 国際競争が激しい分野や技術的に成熟し製品の差別化が困難な. ティングの嵐に流されることなく「本質」=「日常」を磨き続. 分野においては、デザインを戦略的に活用することが求められ. けるということが重要である。「日常を磨き続けること」、それ. ています。」と、ブランド確立におけるデザインの重要性を指. はもしかしたら「地域文化を創造する」ことなのかもしれな. 摘するとともに、「現在では、デザインに対する考え方が変化. い。 デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017. 23.
(8) 【参考文献】 1)長野県「信州ブランド戦略コンセプト編」 (2013年3月). 2)長野県「信州ブランド戦略行動計画編」(2014年3月). 3)長野県「しあわせ信州シェアスペース(仮称)整備構想」 (2013年11月). 4)長野県「信州首都圏総合活動拠点「銀座NAGANO∼し あわせ信州シェアスペース∼」実施計画」 (2014年7月). 5)経済産業省「デザイン政策ハンドブック 2009」(2009 年6月).. 24. デザイン学研究特集号 Special Issue of Japanese Society for the Science of Design Vol.24-4 No.96 2017.
(9)
関連したドキュメント
森 狙仙は猿を描かせれば右に出るものが ないといわれ、当時大人気のアーティス トでした。母猿は滝の姿を見ながら、顔に
このような情念の側面を取り扱わないことには それなりの理由がある。しかし、リードもまた
はありますが、これまでの 40 人から 35
自然言語というのは、生得 な文法 があるということです。 生まれつき に、人 に わっている 力を って乳幼児が獲得できる言語だという え です。 語の それ自 も、 から
図および図は本学で運用中の LMS「LUNA」に iPad 版からアクセスしたものである。こ こで示した図からわかるように iPad 版から LUNA にアクセスした画面の「見た目」や使い勝手
かかる人々こそ妊娠を中絶して健康を回復すべきである。第2に,この条項