• 検索結果がありません。

母体搬送を経て出産に至った女性の経験における認知過程

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "母体搬送を経て出産に至った女性の経験における認知過程"

Copied!
11
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

原  著

母体搬送を経て出産に至った女性の経験における認知過程

Perception process in women who experience childbirth

after maternal transport

西 方 真 弓(Mayumi NISHIKATA)

* 抄  録 目 的  本研究は,母体搬送を経て出産に至った経験を当事者である女性がどのように認知していったのか, その過程を明らかにすることを目的とした。 対象と方法  2施設の周産期医療施設において母体搬送を経験し,出産後約1ヶ月が経過した女性5名を研究参加者 とした。参加者に半構成的面接を実施し,データ収集を行った。得られたデータを質的に記述し,分析 を行った。 結 果  5名の語りから,母体搬送を経て出産に至った女性の経験における認知過程を分析した結果,6つのカ テゴリーと,それぞれに位置づく15のサブカテゴリーが抽出された。  搬送を経て出産に至った女性は,想定外の状況や緊迫した医療者の対応から自分と子どもの身の不確 かさを感じ取りながらも 医療者に身を委ねる しかなかった。その主体的な判断ができない状況から 抜け出そうと 医療者の説明や過去の経験から現状を察知 していた。しかし,現状を把握したことに よって,自分が望んでいた状態には戻ることができない 逃れられない状況を受け入れる しかなかっ た。女性は,一日でも長い妊娠の継続,出生直後から適切な医療を受けさせることが自分に与えられた 使命と悟り 子どもの安全を一番に思い決定 した。出産後は,自分が描いていた妊娠・出産と異なる 代替的な方法を選んだ結果を価値あることと意味づけ,理想と現実の不一致を修正しつつ 揺らぎなが ら出産体験を統合 していた。女性は,自分を取り巻く,家族や同室者,医療者などの 周囲に存在す る人を拠りどころ としながら現状の察知や受け入れ,決定,出産体験の統合を行っていた。 結 論  母体搬送を経て出産に至った女性が,今回の出産にまつわる一連の出来事を自分の経験として再構築 していくために,当事者が状況を理解できるような周囲の支援が必要である。また,やむを得ず代替的 な方法を選択するしかなかった状況を女性自らが,意味づけられるような関わりの必要性が示唆された。 キーワード:母体搬送,経験,再構築,認知過程

日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 23, No. 1, 26-36, 2009

新潟県立看護大学看護学部看護学科(Niigata College of Nursing)

(2)

Abstract Purpose

The aim of this study was to clarify the process of how women perceived the experience of giving birth after maternal transport.

Methods

The study participants were 5 women, approximately one month after childbirth, who had experienced ma-ternal transport in 2 perinatal care facilities. Semi-constitutive interviews were conducted with the participants and data was collected. The data obtained was qualitatively described and analyzed.

Results

From the stories of the 5 women, the results of analysis of the perception process in the experience of child-birth after maternal transport extracted 6 categories and 15 corresponding sub-categories.

Women who gave birth after maternal transport could do nothing but "leave it to the medical staff" when she was feeling anxiety for herself and her child due to unexpected circumstances and treatment from stressed medical staff. The desire to escape from a situation where independent decisions could not be made was "an interpretation of the present situation based on the medical staff's explanations and a past experience". However, by grasping the state of affairs, they understood that it was impossible to return to the situation that they were hoping for and therefore there was only the option of "accepting an unescapable situation". The women used "decision-making that puts the child first" discerning that it was their mission to prolong the pregnancy for as long as possible to ensure that appropriate medical care was available immediately following the birth. After birth, they were "wavering in the unifying experience of childbirth" and interpreting the result of having chosen alternative methods of pregnancy and childbirth that differed from what they had themselves imagined as something worthwhile, and modifying the discrepancies between ideal and reality. The women were "depending on the people around them" such as family, patients in the same ward and medical staff to unify the sense and acceptance of the state of affairs, decisions and the experience of childbirth.

Conclusion

Women who have given birth through maternal transport need support from those around them so that they can understand the circumstances in order to make a reconstruction of the sequence of events surrounding the birth as their own experience. Further, the necessity of a connection in order for the women themselves to give meaning to the situation where they had no other option but to choose an alternative method was suggested. Key words: Maternal Transport, Experience, Reconstruction, Perception Process

Ⅰ.緒   言

 周産期は,妊娠合併症や分娩時のトラブルなどの母 体,胎児,新生児の生命に関わる緊急事態が発生しや すい時期である。そのため,突発的な事態に備えて, 産科・小児科双方からの一貫した医療体制が必要であ る。1996年から周産期医療整備事業が実施され,各地 域でネットワークシステムの整備が図られている(末 原,1999;多田,2002)。緊急性の高い周産期医療の場 面では,医学的に高度な診断や迅速な治療・対応が必 要とされ,これが,母児の救命や予後に影響を与え ている。その中でも母体搬送は,母児の救命が優先さ れ,ともすれば搬送された女性の不安への対応は二の 次になってしまう傾向があると報告されている(住田 ら,1995;徳田,1995)。成田&石井(2006)は,母体 搬送された妊産婦の心理について母児のいずれかある いは,双方の生命の危機的状態,イメージしていた出 産・母子関係の始まりの断念,慣れない物的人的環境 による不安の増大と身体的な負担,および,それらの 結果,心理的危機的状態にあると指摘している。  さらに,周産期医療に携わる助産師の役割について, 松岡(1997)は,急性期の危機的状況にある対象者と 家族の混乱やショック,否認や怒りなどの情緒的反応 を受け止め,彼らが現実的に状況認識できるよう専門 的な情報提供を行う必要性があると指摘している。そ のことから,母体搬送に携わる医療者には,搬送され た女性の経験世界に踏み込んだ対応が求められている。 しかし,搬送された女性の危機的な心理状態について は報告されているが,搬送となった女性が危機的状態 を乗り越え,今回の出産に至った一連の出来事をどの ように意味づけし認知していったのか,その過程につ いて言及している内容はほとんど見当たらない。搬送 され出産に至った女性が,その経験を能動的に構成し ていく過程を知ることは,母体搬送となった女性を支

(3)

援する助産師として意味があると考える。  そこで本研究では,母体搬送を経て出産に至った経 験を当事者である女性が,どのように認知していった のか,その過程を明らかにすることを目的とした。認 知過程を明らかにすることによって,搬送された女性 一人一人に寄り添ったケアを提供する上での示唆を得 ることができる。

Ⅱ.研究方法

1.研究デザイン  本研究は,研究参加者の語りを通して探索する,質 的記述的研究である。 2.研究参加者  X県の周産期医療施設リストから,地域の中核と なって母体搬送を受け入れている施設に研究協力依頼 を行い,協力の得られた2施設とした。2施設において 母体搬送を経験し,出産後約1ヶ月が経過した女性5 名とした。 3.研究参加者募集手順  周産期医療施設の看護部長に対し,本研究の趣旨と 研究参加者募集の呼びかけ文書の配布について協力依 頼を行った。看護部長から研究協力の承諾が得られた 後,産科病棟の責任者に本研究の趣旨を説明し,参加 者へ渡す協力依頼文書の配布について承諾を得た。協 力依頼文書の配布にあたっては,病棟責任者に, 研究 趣旨と目的,協力内容,研究参加の依頼,倫理的問題 に対する方策,個人情報の取り扱い,研究者の連絡先 を明記した文書, 参加協力の意思がある場合の連絡用 紙 返信用封筒を同封したものを手渡してもらうよう 依頼した。また,子どもの経過が認知に及ぼす影響を 考慮し,参加者の条件として,新生児集中治療室(以 下,NICU:Neonatal Intensive Care Unit)に入院して いる子どもの状態が安定していることとした。  研究協力内諾者から研究者に連絡がきた時点で,研 究協力の確認を行い,面接予定日と場所,時間を決定 した。面接日時と場所は,研究参加者(以下参加者) の意向に合わせて行った。 4.データ収集期間  2006年7月から11月 5.データ収集方法  半構成的面接による聞き取り調査を行い,データを 収集した。本人の了解を得てインタビュー内容を録音 し,逐語録を作成した。最初に,基本属性(母体搬送 理由,搬送時の週数,分娩方法,在胎週数等)を質問 した後,参加者が自由に語れるよう「母体搬送となっ て出産し,現在に至るまでに感じたこと,経験したこ となど何でもお話ください」と言う問いから開始した。 研究者は,語りを聴く中で,母体搬送時の回想,今回 の妊娠・出産についての思い,現時点での振り返りを 研究課題と結びつけ,適宜,発問をしながら参加者の 経験世界を理解するよう努めた。面接調査時の印象や 気づいたことはフィールド・ノートに記載した。 6.データ分析方法  本研究は,語り手である参加者の主観的世界に着眼 し,経過を明らかにするナラティブアナリシス(Uwe, 1995/2002)の手法を参考に分析を行った。この方法は, 事実や出来事,経験などに対する個々人のさまざまな 意味付与の仕方に重点を置き,語り手である参加者の 主観的な視点に立てる分析方法と考えたためである。  逐語録は,個人が特定できないように削除または別 表記を行った。逐語録を繰り返し読み,全体像を把握 した。次に段落または文章ごとに意味内容を類似性と 相違性を比較しながら分類を行い,コード化した。そ れらを統合して抽象度をあげ,カテゴリーを抽出した。 カテゴリーの関連性や構造を分析するために,解釈を 行った。データ分析および解釈については,信頼性・ 妥当性を高めるために母性看護学・助産学領域におい てハイリスク妊産褥婦の研究を行っている指導教員と, 質的研究者にスーパーバイズを受けながら行った。 7.倫理的配慮  本研究に取り組むにあたって,研究計画書の段階で, 新潟大学大学院保健学研究科倫理委員会の承認を受け た(2006年7月3日承認,受理番号No.26)。  参加者には,面接前に書面と口頭で本研究の趣旨と 倫理的配慮(研究参加における自由意志の尊重,個人 情報の保護・情報管理と守秘責任,研究による利益・ 不利益)について説明した。説明の後,参加者に研究 協力の意思確認を行い,同意書を取り交わした。 8.用語の定義 認知:文献を参考に(森岡,1993),本研究では,生得

(4)

的に経験的に獲得している既存の情報に基づいて, 女性が今回の妊娠・出産に関わる出来事を能動的に 情報収集・処理活動を行って組織化することとする。 また,妊娠・出産の経験を組織化し,新たな知識を 獲得していく一連の過程を認知過程とする。

Ⅲ.結   果

1.研究参加者の背景  参加者の年齢は,20代が2名,30代が3名であった。 分娩歴は,初産が3名,経産が2名だった。母体搬送 理由は,切迫早産が3名,妊娠性高血圧症候群が2名 であった。5名の参加者は,それぞれ異なる施設から の搬送であった。母体搬送時の妊娠週数は,妊娠29 週が1名,30週が2名,33週が1名,35週が1名だった。 搬送から出産に至るまでの期間は,即日が2名,1日が 2名,4日間が1名であった。分娩方法は,経膣分娩が 1名,緊急帝王切開術による分娩が4名で,出生した 児はすべてNICUに入院となった。面接時,5名の参加 者の児は,NICUに入院中であった。参加者の背景を 表1に示す。5名の参加者の語りは,最短32分から最 長47分であった。面接は,NICUの面会前後に,プラ イバシーを配慮しながら,病棟の指導室やデイルーム で実施した。 2.母体搬送を経て出産に至った女性の経験における 認知過程  本研究の参加者の搬送から出産に至る経緯は,それ ぞれ異なっている。しかしながら,異常症状が起き, 母体搬送となり出産に至るという出来事を経験してい るという意味では,共通の出来事を経験していると言 える。参加者それぞれが異なる経緯を辿ってはいたが, 搬送から出産に至る一連の出来事を自分なりに処理活 動を行い,組織化し,新たな知識を獲得していく過程 は類似している。  5名の分析を行った結果,類似した過程として,【不 確かさを感じながらも身を委ねる】【説明や経験から 現状を察知する】【逃れられない状況を受け入れる】 【子どもの安全を一番に思い決定する】【揺らぎながら 出産体験を統合する】【周囲に存在する人を拠りどこ ろとする】と命名される6つのカテゴリーとそれぞれ に位置づく15のサブカテゴリーが示された(表2)。本 研究で抽出されたカテゴリーの相互関係を図1に示し た。白色矢印は,次の段階に進んでいく様子を図示し ている。白色矢印と網掛け矢印で繋がるカテゴリーは, 一つの段階を完全に経て,次の段階に進んでいくので はなく,隣り合うカテゴリーの影響を受け,行きつ戻 りつしながら段階が進んでいく様子を図示している。  参加者は,予期せぬ母体搬送という出来事に遭遇し た。想定外の状況や緊迫した医療者の対応から自分と 子どもの身の 不確かさ感じ取りながらも医療者に身 を委ねる しかなかった。その主体的な判断ができな い状態から抜け出そうと 医療者の説明や過去の経験 から現状を察知 していた。しかし,現状を把握した ことによって,自分が望んでいた状態には戻ること ができない 逃れられない状況を受け入れる しかな かった。参加者は,緊迫した状況に身を置く自分を認 め,一日でも長い妊娠の継続,子どもを無事に産むこ と,出生直後から適切な医療を受けさせることが自分 に与えられた使命と悟り 子どもの安全を一番に思い 表1 研究参加者の背景 研究参加者 A 氏 B 氏 C 氏 D 氏 E 氏 年齢 28歳 30歳 33歳 34歳 21歳 分娩歴 1経産 初産 初産 2経産 初産 母体搬送前の入院の有無 なし なし 10日間 なし 2週間 母体搬送理由 切迫早産 切迫早産 妊娠高血圧症候群 妊娠高血圧症候群 切迫早産 母体搬送受け入れ施設 Y病院 Z病院 Y病院 Y病院 Z病院 搬送時の妊娠週数 妊娠 33週3日 29週6日妊娠 30週1日妊娠 35週4日妊娠 30週5日妊娠 搬送から分娩までの日数 1日 4日 1日 なし なし 分娩方法 経膣分娩 緊急帝王切開 緊急帝王切開 緊急帝王切開 緊急帝王切開 在胎週数 33週4日 30週3日 30週2日 35週4日 30週5日 NICUの入院の有無 あり あり あり あり あり

(5)

決定 した。それは,周囲に委ねていた判断を,自分 の元に取り戻すことでもあった。自分が描いていた妊 娠・出産とは異なる代替的な方法を選んだ結果が,自 分と子どもにとっては価値あることと意味づけ,理想 と現実の不一致を修正しつつ 揺らぎながら出産体験 を統合 していった。参加者は,自分を取り巻く,家 族や同室者,医療者などの 周囲に存在する人を拠り どころ として,現状の察知や覚悟,決定,出産体験 の統合を行っていた。  以下,各カテゴリーについて説明する。カテゴリー を【 】,サブカテゴリーを〈 〉で表記した。また,参 加者の語りは,「 」でポイントを下げて表記し,中略 や補足箇所は( )で表記した。 1 )【不確かさを感じながらも身を委ねる】  このカテゴリーには,〈自分の置かれた状況が把握 できない〉〈状況を呑み込めないまま身を託す〉の2つ 表2 語りから抽出されたカテゴリー カテゴリー サブカテゴリー 不確かさを感じながらも身を委ねる 自分の置かれた状況が把握できない状況が呑み込めないまま身を託す 説明や経験から現状を察知する 説明や経験から現状を推察する医療者の説明によって状況がわかる 逃れられない状況を受け入れる 逃れられないと観念する身体的限界を察し覚悟する 子どもの安全を一番に思い決定する 一日でも長い妊娠継続を切望するおなかにいる子どもを優先する 揺らぎながら出産体験を統合する 実感の得られなかった出産にわだかまりを持つ 最善の策を選択できたと意味づける 異常症状が起きたことに自責の念を抱く 自責の思いから解き放される 周囲に存在する人を拠りどころとする 寄り添う姿勢や言葉かけが力になるサポートを実感する 気持ちを切り替えるための手がかりにする 予期しない異常症状 母体搬送 搬送先への入院 出産 不確かさを感じな がらも身を委ねる 自分の置かれた状況 が把握できない 状況が呑み込めない まま身を託す 説明や経験から 現状を察知する 説明や経験から 現状を推察する 医療者の説明に よって状況がわかる 逃れられない 状況を受け入れる 逃れられないと 観念する 身体的限界を察し 覚悟する 子どもの安全を 一番に思い 決定する 一日でも長い妊娠 継続を切望する おなかにいる 子どもを優先する 揺らぎながら 出産体験を統合する 実感の得られなかった 出産にわだかまりを持つ 最善の策を 選択できたと意味づける 異常症状が起きたことに 自責の念を抱く 自責の思いから 解き放される 周囲に存在する人を拠りどころとする 医療者 家族 同室の管理妊婦 サポートを実感する 気持ちを切り替えるための 手がかりとする 寄り添う姿勢や言葉かけが 力になる 図1 カテゴリーの相互関係

(6)

のサブカテゴリーが含まれた。  参加者は,予期せぬ異常症状の出現や,母体搬送, 入院という突発的な事態に加え,医療者が慌ただしく 処置や検査を行っている様子から危うさや焦りを感じ とっていた。参加者は,当事者でありながらも,その 緊迫した状況に不確かさを感じながらも,自分の意思 や判断を持って行動することができない状況にあった ため医療者に身を託していた。  (1)〈自分の置かれた状況が把握できない〉  参加者は,異常症状の出現,あるいは妊婦健康診査 時に指摘を受けたことによって,順調な妊娠経過と思 い込んでいた状態から外れた。突然の出来事に,驚き, 戸惑い,自分の身に何が起きているのか分からなかっ た。また,搬送直後の緊迫した医療者の対応に,怖さ だけを感じ,自分が何をされているのか,どうなるの か理解できずにいた。 「ぜんぜんわからなかったですねえ。その(搬送される) 時点では,とにかく産んじゃだめって言われて,産ま れないようにしてって,安静にしてって,それだけ言 われてこっち(搬送先の病院)まで来て,なんだなん だと思った。」(B) 「(医療者)の人数も多かったですし,本当に入れ代わ りバタバタしていたんで…。(中略)やっぱり本当に何 されるのかわかんない。恐怖のほうが大きかったです」 (E)  (2)〈状況が呑み込めないまま身を託す〉  参加者は,予期せぬ母体搬送や入院という事態を把 握できず,当事者でありながら,どうして良いか分か らないまま医療者に身を託していた。 「どんな手術なのかとか,どういう方法でやるのかと も全然わかんなかったんで,本当バタバタした状態 だったんで。もうなるがままにみたいな感じ。点滴の 副作用もあったんで。もうクラクラした状態で,あま り話も入ってこないし…」(E) 2 )【説明や経験から現状を察知する】  このカテゴリーには,〈説明や経験から現状を推察 する〉〈医療者の説明によって状況がわかる〉の2つの サブカテゴリーが含まれた。  参加者は,緊迫した状況におかれ主体的な判断がで きずに周囲に決定を委ねていた状態から抜け出すため に,医療者によって提供される情報や過去の経験から 自分の状況を推し測っていた。  (1)〈説明や経験から現状を推察する〉  参加者は,自分の身に起きていることが把握できな い不確かな状況に対し,医療者の言動をもとに現在の 状況や今後起こりうることを推測していた。また,経 産婦であるDさんは,低出生体重児を産み育てた経験 から,これから生まれる子どもの状態を推し測ってい た。 「帝王切開で産んだとしても,ここでは診られないっ て話は聞いていたんですね。と言うことは,ぜんぜん 週数が満たないので,もし病状が悪ければ転院だなっ て言う…。先生からは転院って直接言われてないけど, 転院の可能性が強いんだなって言うのは聞かされてい たし,思っていたので,転院って言われたとき,やっ ぱりなっていう感じでしたね。」(B) 「上の子も小さかったけど,今は,ぜんぜん…普通に 元気ですし,それくらいの体重があれば,大丈夫だろ うって…」(D)  (2)〈医療者の説明によって状況がわかる〉  参加者は,医療者の説明によって自分自身の状況を 把握し,自覚することとなった。その医療者の説明は, 緊迫した状況に身を置く参加者でも理解できるような 的確な情報提供であった。 「急ぎながらもちゃんと確認を一つ一つ,すごく早い 時間のなかでも状況説明をしてくれていたので,今, 自分がどういう状況にあるかとかがわかったので,良 かったです。」(A) 3 )【逃れられない状況を受け入れる】  このカテゴリーには,〈逃れられないと観念する〉 〈身体的限界を察し覚悟する〉の2つのサブカテゴリー が含まれた。  参加者は,自分が望んでいた状態には戻れない,逃 れようのない状況であることを察し,この状況を受け 入れるしかないと覚悟や観念をせざるを得なかった。  (1)〈逃れられないと観念する〉  参加者は,自分の身に起きた母体搬送や入院,早産 という出来事から逃げたくても逃げられない,まさに 追い詰められた状況だと感じとっていた。参加者は, 現状を推察することによって,逃れようのない状況に 自分が置かれていることを理解し,受け入れるしかな いと決意をしていた。 「救急搬送になるって言われた時は,ああ…救急車に 乗っちゃうんだと思った…」(A)  (2)〈身体的限界を察し覚悟する〉  参加者は,状態が改善しない様子から,母児ともに 身体的な限界が近づいていることを推測し,他に取る べき方法が見つからないならば,妊娠継続をあきらめ

(7)

るしかないと心構えをしていた。 「これを使っちゃったら,もう,あと薬終わりだよっ ていう説明も初めに受けていたんで,もう覚悟するし かないかなあと思って。」(B) 4 )【子どもの安全を一番に思い決定する】  このカテゴリーには,〈一日でも長い妊娠継続を切 望する〉〈おなかにいる子どもを優先する〉の2つのサ ブカテゴリーが含まれた。  緊迫した状況のなかで,参加者は,時間の猶予も無 く,他にとるべき方法も見つからない現状を受け入れ, そのなかでも最善の方法を選択しようとあがいていた。 参加者は,現状を受け入れていく際に,自分の身体や, 妊娠・出産に抱いていた理想を犠牲にしても,子ども の安全を確保することを最優先課題として,自分が想 定していたものとは異なる手段や方法の中から選択し ていた。  (1)〈一日でも長い妊娠継続を切望する〉  参加者は,想定外の事態が起きたことにより日常生 活から切り離され,安静を強いられるような行動制限 や,苦痛を伴う処置や検査を受けても,一日でも長い 妊娠の継続を強く望んでいた。 「ほんとに赤ちゃんの事ばっかり考えていました。ま だまだって,ほんとにもうちょっとお腹にいてって, すごく思っていました。」(A) 「とにかく動くなって言われたんで,ほんとに動かな いようにしていましたね,(中略)あとはもう,とにか く産まれないで,産まれないでってお願いしていたん です。」(B)  (2)〈おなかにいる子どもを優先する〉  参加者は,何かしらの理由で自らが選択した施設に おいて出産することを望み,そこで産むことが, 正 常 や 普通 の出産であることを意味していた。しか し,参加者は,正常から逸脱した現状を悟ったことに よって,自分の望みを優先するのではなく,子どもの 救命や予後を優先した。参加者は,何を選択すれば一 番良い結果をもたらすのかを悩みながら決断していた。 「本当は,ここの病院(母体搬送前の病院)で産みたい から,やっぱり,そこの病院で産めるってことが,よ うは正常というか普通ってことだったので,ここの病 院で出産したいってすごく感じていた。」(A) 「やっぱり一番は,子どもですね。それまでいろいろ, 注射とかも,子どものためにしていたんで,やっぱ り,何かあってからっていうよりは,そのときの状態 で,手術でも,普通に産めても,危ないよりは良いか なと思いましたね。」(E) 5 )【揺らぎながら出産体験を統合する】  このカテゴリーには,〈実感の得られなかった出産 にわだかまりを持つ〉〈最善の策を選択できたと意味 づける〉〈異常症状が起きたことに自責の念を抱く〉 〈自責の思いから解き放される〉の4つのサブカテゴ リーが含まれた。  参加者が,出産体験を統合するということは,思い がけない異常症状の出現から母体搬送を経て想定外の 出産となった経験を自分のものとして再構築していく ことであり,理想と現実の不一致を埋め合わせていく 作業であった。参加者は,出産体験を統合するなかで, わだかまりという否定的な感情と,思いもよらない状 況の中で自分たち親子にとって最善の策が取れたとい う肯定的な感情との相反する感情を同時に持ち合わせ るアンビバレントな状態にあった。  (1)〈実感の得られなかった出産にわだかまりを持つ〉  参加者は,出産のイメージや過去の出産経験との違 いや,子どもがNICUに入院したために出生直後から 離れなければならず,自分が想像していた状況と異な ることに不全感を感じていた。 「自分が早産になるってことも想像してなかったし, 搬送されたりとか,陣痛がきたりとか,実際出産した りとかしているんですけど,なんとなく自分自身のこ とじゃないというか,なんか半信半疑なままの,本当 に自分に起こっていること,ちょっと信じられないほ うがまだ先で,実感が…痛みもあるんですけど,自分 自身,本当なのみたいな,なんかなんとなく信用…。 信じられない部分があって。」(A) 「(出産した)実感はないですね。お腹を切られている んだなっていうのは(ある)…あんまり自分の子だっ ていう実感もないし。本当に自分の子なのかなとかも 思ったりも。本当に見せられても,赤ちゃんがいるな …ぐらいで。自分の子というよりも,ただ赤ちゃんっ ていう感じですね。」(E)  (2)〈最善の策を選択できたと意味づける〉  参加者は,妊娠・出産経過が自分の想像と異なって いても,緊迫した状況において子どものために意思決 定できたことを肯定的に自己評価していた。参加者は, 今回の経過を子どもの安全を確保するためには,「一 番良い方法」であったと意味づけていた。 「そっち(早産)の方になった,なった道の一番良い方 法で来たから,良かったなって思いましたね。(予想

(8)

とは)違ったけども,良い方向に行ったので良かった ですね。」(C) 「やっぱり嬉しいというか,そういう生まれ方だった けど,嬉しいし,やっぱり感動した経験ですかね。」 (B)  (3)〈異常症状が起きたことに自責の念を抱く〉  参加者は,想定外の事態が起きた原因が自分にある のではないのか,対応が悪かったせいではないのか と責任を感じ,後悔していた。また, NICUに入院し ている子どもの姿を見て,やむを得ず早くに産んで しまったことへの申し訳なさを感じていた。参加者は, 母体搬送を経て出産に至る過程を想起するなかで,妊 娠途中に思いがけず起きた異常症状について自責の思 いを語っていた。 「結局,自分の無理が祟ったんだとは思うんですけど, 早産の気がなかったのが急に早産という結果になった のは,やっぱり自分自身の無理だったのかなと思うん ですけど,特に自分は無理していた気もしなかったし, 自分で感じてなかったので,注意不足だったのかなと は思いますけど…」(A) 「やっぱり,(子どもには)かわいそう…ごめんなさ いっていう気持ちが,まだね,点滴とかすごくいっぱ い付けていたし,ごめんなさいっていう気持ちでした ね。」(B)  (4)〈自責の思いから解き放される〉  参加者は,正常から逸脱した原因を自分の責任と感 じていたが,周囲の作用により自責の思いから免れる ことができていた。 「看護師さんたちに(妊娠)中毒症に関して,こればっ かりは自分でどうにもならないことだからって言われ たときに,あー私のせいじゃないんだっていうか,そ れありましたね。その一言ちょっと覚えていました ね。」(C) 6 )【周囲に存在する人を拠りどころとする】  このカテゴリーには,〈寄り添う姿勢や言葉かけが 力になる〉〈サポートを実感する〉〈気持ちを切り替え るための手がかりにする〉の3つのサブカテゴリーが 含まれた。このカテゴリーは,母体搬送の女性を取り 巻く周囲の人々との相互作用によって得られた語りか ら抽出されたものである。  参加者にとって,母体搬送時の医療者は,恐怖や不 安を与えるだけの存在ではなく,現状を把握していく ために必要な情報提供をしてくれる存在でもあった。 また,参加者は,自分だけがこのような緊迫した状況 に身を置いているのではないかと孤独感を感じていた。 しかし,自分と同様に衝撃を受けながらも支えてくれ る家族の存在や,自分以外にも入院している妊婦の存 在を知ることで現状を捉えられるようになっていった。  (1)〈寄り添う姿勢や言葉かけが力になる〉  母体搬送前後の医療者の対応や日々の関わりによっ て,参加者は,自分が置かれた現状を知ることができ, 不確かさが軽減されていった。 「こっちの病院の方が,救急に慣れているというか対 応が早くて,しかもわかりやすいのと,けっこう安心 させてくれるような口調や言葉とか,声かけみたいな ものをしてくれたので,怖いとか不安っていうのはな くなった」(A)  (2)〈サポートを実感する〉  参加者は,自分と同じように緊迫した状況に衝撃を 受けながらも,支えてくれる家族を実感し,一緒に子 どものために頑張っている家族の存在をあらためて感 じていた。 「(家族は)やっぱり傍に時々,来てくれて傍にいてく れるだけでも気持ちが休まりますよ。何も言わなくて もただ傍に,顔見に来てくるだけでね,安心するし…」 (C)  (3)〈気持ちを切り替えるための手がかりにする〉  参加者は,同じような状況で入院している妊婦の存 在を 仲間 として意識し,互いに励ましあう存在と していた。 「(自分以外の管理妊婦の存在に)安心,安心ではない んだけど,私だけじゃないんだなって,仲間じゃ仲間 じゃないんだけど…私だけじゃなくって他にも同じ思 いでいる人がいるんだなぁと思うと,すごく心強いっ てまではいかないんだけども,ちょっと楽になるかな, 気分的にっていうかね。」(C)

Ⅳ.考   察

1.母体搬送という緊迫した状況に身を置くということ  母体搬送という緊迫した状況に身を置く女性を認知 の視点から分析すると,動揺・混乱が起こり,今まで 行えていた状況把握,すなわち自身の身体内部の状態 を知覚し,それを既知の事実や,過去の経験における 情報をもとに推察し,判断する行為が妨げられてし まった状態にあると言える。そのことで,女性は,自 ら情報をつかみ,判断するという行為を一旦,手放す しかない受動的な状態に陥ったと推察できる。母体搬

(9)

送という出来事が起こる以前,女性は,妊娠・出産に 関連する情報を意識的に感知しながら意思決定を行っ ていた。村上(2001)の出産体験の自己評価に関する 研究によると,女性自らが,出産におけるさまざまな ことを選択し決定していくことが,出産の満足につな がると指摘している。しかし,母体搬送という緊迫し た状況に身を置くことによって,女性は当事者である にも関わらず,搬送となる状況が「全くわからなかっ た」,処置や検査で「何をされているのかわからない」 など不確かな状況にいた。女性は,自分で情報収集し, 状態を把握できないため,出産に関連する選択・決定 ができなかったことを否定的な経験として捉えてしま う可能性がある。  その上,母児の救命や安全を確保するうえで母体搬 送後は,診察・処置・検査が優先的に行われるため, 医療者の手早い対応に恐ろしさを感じ,忙しそうに対 応している様子から不安や孤独感を感じ精神的危機的 状態はピークになると言われている(公文ら,1994; 武田ら,2004)。本研究の参加者も,緊急性が求めら れている母体搬送ゆえに,入れ替り立ち替り次々と対 応する医療者に圧倒され,不安を募らせていたと考え られる。搬送直後は,処置や検査を早急に行わなけれ ばならず,同時に数名の医療者が女性を取り囲む状況 もある。その状況は,より女性の不安を募らせること にもなるが,母児の救命のためには仕方の無い対応と も言える。女性が処置や看護ケアにあたる医療者に よって圧倒され,不安を募らせることがないような支 援の工夫が必要であろう。具体的な支援の工夫として は,入れ替り立ち替り医療者が対応に当たることが あっても,女性の傍を離れず寄り添う助産師を一名担 当とし,何に不安や恐れを感じているのかをアセスメ ントし,援助を行っていくことが必要なのではないだ ろうか。また,母体搬送に携わる医療者は,当事者で ある女性が情報収集し判断するという行為を一旦手放 さざるを得ない不確かな状況にいることを理解する必 要がある。当事者が,状況把握できるようにわかりや すい言葉を用いたり,繰り返し説明を行うなどの直接 的な支援は当然のことである。女性が搬送や出産とい う逃れられない状況と向き合い,事実を受け止め,受 け入れていけるよう継続した支援を行っていくことが 重要であろう。 2.女性が母体搬送を経て出産となった経験を認知す るということ  母体搬送となった女性が,逃れようのない現状を受 け入れるということは,搬送以前と,現在の状況が 異なっていることを認めることであると考える。葛 西ら(2006)は,緊急母体搬送入院直後に分娩に至っ た産婦を対象に,心理的特徴と心理的回復過程につい て分析を行っている。その結果,心理的回復過程には, 「動揺・混乱」「混乱の自覚」「搬送時の混乱の表出と不 安の解消」「母親役割行動への表現」の5つの段階があ ること,心理的特徴として「理想の妊娠・分娩からの 喪失」があることを指摘している。葛西らの研究では, 母体搬送となった女性の心理の危機的状態からの回復 に着目しているが,本研究は,思いがけない出来事が 起きたために医療者に身を委ねていた段階から,今回 の代替的な方法を意味付けや価値づけを行い,新たな 知識として獲得して行く一連の過程に焦点を当ててい る点が異なると言える。女性は,子どもの救命や予後 を最優先に考え,自分が望んでいた妊娠・出産をあき らめ現状を受け入れるしかないと覚悟した。だが,そ れは,女性がやむを得ず,手放さなければならなかっ た主体性のある判断を自分の元に取り戻し,与えられ た状況のなかで自分の義務や使命,価値が何であるか を見極め,決断するという作業を再び始めたこと意味 している。池田&村田(1991)によると,心理社会学 において,意思決定とは,所与の目標を実現するため になんらかの選択肢を選び取り,それにコミットする (関わり合う)ことによって,自分の行動を制限したり, 選択の結果として何を享受できるか確定しようと図る 行為であると言及している。先行研究でも,妊婦は, 設備の整った病院への搬送を児のためと意識し受け入 れていたと報告されている(上松&森下,2000)。本研 究の参加者も,子どもを無事に産むこと,早産で産ま れた場合,適切な処置を直ぐにでも受けさせることが できるよう搬送を受け入れていた。それは,自分が望 み,想像していた妊娠・出産とは異なる状態を引き受 けたことを意味していると考えられる。  また,Walker J(2000)は,何かしらの理由によって 出産施設が変更になるということは,理想的な出産を 失うことになると指摘している。また,パニック状態 になった産婦を対象にした研究でも,現実と予測のズ レは,出産体験に大きな影響を与えることが明らかに なっている(湊谷ら,1996)。搬送となった女性が子ど もを無事に産む,子どもに適切な医療処置を受けさせ

(10)

るという目標を達成するために行った選択は,自分が 描いた理想や前回の出産とかけ離れ,達成感や満足感 の得にくいものではなかったかと推察できる。その結 果,子どもが産まれたことは理解しながらも,産んだ 事実を認められない,実感できない状態にあった。出 産体験のアンビバレントな状態は,身体的,心理的, 社会的に出産を統合できていない不完全な状態にあっ たと考えられる。搬送となった今回の出産に対して, 女性は,肯定的感情と否定的感情のどちらか一方だけ を持っていると言うことは無く,両方の感情を持ち合 わせている状態にあった。女性は,その両方の感情を 修正・統合することによって今回の体験を再構築して いたと考えられる。 3.母体搬送となった女性を支えるということ  参加者の語りから,母体搬送となった女性は【周囲 に存在する人を拠りどころ】にしている姿が明らかに なった。搬送となった女性を取り巻く周囲の人々の存 在は,今回の出来事を認知する上で重要な役割を担っ ていた。その役割について考察する。  正常に経過している妊産褥婦にとって家族の支えが 重要であることは,周知の事実である。特に今回のよ うな大きな緊張を強いられる母体搬送の女性にとっ て,共に生活をしてきた家族の存在は,大きい。本研 究の参加者も,家族が傍にいることで「気持ちが休ま る」「安心する」と語っている。医療者は,緊迫した状 況に身を置く女性の支援者として,家族,特に夫の役 割を充てにしてしまいがちである。しかし,家族もま た,女性同様,危機的状況に陥っていることを我々は 忘れてはならない(成田&石井,2006)。医療者は、女 性のサポーターとして家族がその役割を果たせるよう, その家族を支援することも必要である。  次に,医療者の役割であるが,本研究の参加者が, 〈寄り添う姿勢や言葉かけが力になる〉と語っていた ように,安心感を与えるケアが女性の拠りどころに なっていた。助産師の活動の基本信念は, 女性とと もにある である。松岡(1997)は,助産師の役割を正 常妊産褥婦のケアを中心とせず,女性の健康状態が正 常から逸脱しても,助産師が継続したケアを行うこと の必要性があると述べている。 女性とともにある助 産師 として,我々は,母体搬送となった女性に,緊 急時の対応であっても安楽で,安心を与える援助はも ちろんのこと,適切な情報提供を行っていくことが求 められている。また,出産のプロセスを振り返り,出 産に肯定的評価を加えるということは,自らの経験に 新しい意味を付与し,あるいは意味付けを再確認し確 かなものにすることであると報告されている(平岡ら, 1996)。母体搬送を経て出産に至った女性が,助産師 と出産に至った軌跡を振り返ることで,充足されな かった欲求や理想と現実との不一致を話し,肯定的な 評価へと促すことができると考えられる。

Ⅴ.研究の限界と今後の課題

 本研究は,特定の地域にある施設に母体搬送された 女性の主観的な語りという点において限界がある。今 後も事例を重ね,データの蓄積と分析を行っていく必 要がある。また,母体搬送となった時期や出産までの 経過によってどのような相違があるのかについて検討 していくことが今後の課題である。

Ⅵ.結   論

 女性が母体搬送を経て出産に至った経験をどのよう に認知していったのかを当事者の語りから分析した結 果,6つのカテゴリーとそれぞれに位置づく15のサブ カテゴリーが抽出された。  母体搬送を経て出産に至った女性は,想定外の状況 や緊迫した医療者の対応から自分と子どもの身の 不 確かさ感じ取りながらも医療者に身を委ねる しかな かった。その主体的な判断ができない状況から抜け出 そうと 医療者の説明や過去の経験から現状を察知 していた。しかし,現状を把握したことによって,自 分が望んでいた状態には戻ることができない 逃れら れない状況を受け入れる しかなかった。女性は,一 日でも長い妊娠の継続,出生直後から適切な医療を受 けさせることが自分に与えられた使命と悟り, 子ど もの安全を一番に思い決定 した。出産後は,自分が 描いていた妊娠・出産と異なる代替的な方法を選んだ 結果を価値あることと意味づけ,理想と現実の不一致 を修正しつつ 揺らぎながら出産体験を統合 してい た。女性は,自分を取り巻く,家族や同室者,医療者 などの 周囲に存在する人を拠りどころ としながら 現状の察知や受け入れ,決定,出産体験の統合を行っ ていた。  母体搬送を経て出産に至った女性が,今回の出産に まつわる一連の出来事を自分の経験として再構築して いくために,当事者が状況を理解できるような周囲の

(11)

支援が必要である。また,やむを得ず代替的な方法を 選択するしかなかった状況を女性自らが,意味づけら れるような関わりの必要性が示唆された。 謝 辞  研究への参加を快諾してくださった研究参加者の皆 様に深く感謝いたします。また,研究を進めるにあ たって,計画書から論文作成までご指導をいただいた 新潟大学の佐山光子教授と,本稿をまとめるにあたっ てご助言・指導いただいた新潟県立看護大学の粟生田 友子教授に深謝いたします。  本研究は,新潟大学医学部保健学科大学院修士課程 の学位論文に一部加筆し,修正を加えたものである。 なお,本稿の一部は,第27回日本看護科学学会学術 集会で発表したものである。 文 献 平岡夫美子,雨宮博美,名取弓美他(1996).ふりかえ り場面における出産体験の経験化の援助,母性衛生, 37(4),430-435. 池田謙一,村田光二(1991).こころと社会̶認知心理学 への招待,9,131,東京大学出版会,東京. 葛西佳菜,栗林佳菜子,福島洋子他(2006).緊急母体搬 送直後に分娩にいたった産婦の心理過程の分析,母性 衛生,47(1),161-170. 公文典子,谷脇文子,公文薫他(1994).母体搬送された 妊産婦の入院時における不安因子の分析,第25回日 本看護学会集録(母性看護),59-62. 松岡恵(1997).助産婦がハイリスク妊産婦・児をケアす るということ,助産婦雑誌,51(12),1003-1007. 湊谷経子,片岡弥恵子,毛利多恵子(1996).パニック状 態になった産婦の出産体験̶その体験に含まれる要素 と要因̶,日本助産学会誌,10(1),8-19. 村上明美(2001).自己の出産に十分満足していると評価 した女性が出産の際に抱いた思い,日本赤十字看護大 学紀要15号,23-33. 森岡清美編(1993).新社会学辞典,1139,東京:有斐閣. 成田伸,石井貴子(2006).搬送された妊産婦および家族 への心理的ケア,周産期医学,36(12),1519-1523. 末 原 則 幸(1999). 母 体 搬 送 と は, 周 産 期 医 学,29(2), 1183-1188. 住田典子,金田圭子,村田紋子(1995).搬送を依頼する 施設の立場からみる心理的看護の重要性,助産婦雑誌, 49(2),105-111. 多田裕(2002).周産期医療システムの現状と将来,産婦 人科治療,85(3),259-265. 武田三枝,川上聖子,吉村あゆみ他(2004).母体搬送後 緊急帝王切開となった産婦の危機対処への介入につ いての考察,第35回日本看護学会集録(母性看護), 184-186. 徳田幸江(1995).母体搬送妊産婦への心理的看護の重要性, 助産婦雑誌,49(2),112-114. 上松彰子,森下政子(2000).母体搬送妊婦の意識調査と 搬送後に必要な看護情報,第31回日本看護学会集録 (母性看護),82-84. Uwe Flick (1995)/小田博志,山本則子,春日常他訳(2002). 質的研究入門〈人間の科学〉のための方法論,22-23, 252-256,東京:春秋社.

Walker J (2000). Women's experiences of transfer from a midwife̶Led to a consultant̶Led maternity unit in the UK during late pregnancy and labor, Journal of mid-wifery & Women's Health, 45(2), 161-168.

参照

関連したドキュメント

成される観念であり,デカルトは感覚を最初に排除していたために,神の観念が外来的観

地方創生を成し遂げるため,人口,経済,地域社会 の課題に一体的に取り組むこと,また,そのために

妊婦又は妊娠している可能性のある女性には投与しない こと。動物実験(ウサギ)で催奇形性及び胚・胎児死亡 が報告されている 1) 。また、動物実験(ウサギ

の総体と言える。事例の客観的な情報とは、事例に関わる人の感性によって多様な色付けが行われ

・マネジメントモデルを導入して1 年半が経過したが、安全改革プランを遂行するという本来の目的に対して、「現在のCFAM

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

排出量取引セミナー に出展したことのある クレジットの販売・仲介を 行っている事業者の情報

告—欧米豪の法制度と対比においてー』 , 知的財産の適切な保護に関する調査研究 ,2008,II-1 頁による。.. え ,