Japanese Society for the Science of Design
NII-Electronic Library Service Japanese Sooiety for the Soienoe of Design
デ
ザ
イ
ン
概
念
の
拡 大
と
デザ
イ
ン
教
育
The
Ex
ansion ofDesin
Conce
t andDesi
nEducation
飯 岡 正麻
九 州産 業大学
Iioka
Masao
Kyusyu SangyO UniverSity
1
,
デザイン の生産者と消 費者 川 添登に よ れば、
デザ インと は 「そ の製作の 過 程 を通 じ、
完成され使用され る暁ま でを あらか じめ考 慮 することによっ て発想 す る行 為」であり、
そ のた めに 「つ くろうとする目的 物を 頭 に描 き、 その イメー
ジ を その まま 実 現しようとする行 為1
である と 述 べ て い る。 そ れ は 「人類の イ メー
ジの物質
的 な、 あ るい は実 体的 な実現」ともいえ る。 こ のよ うにデザ イン と は 「観念の 世界と実 体の世界の 中間に属しな が ら、
実体の側により密 着し た もの で あ り、
実 体 そ の もの をデザイ ンとい うことが出来 る 」 と説 明して いる。彼がい うよ うにデ ザ インが [観念の 世 界 と実体の 世界の中 間に属し て いる
一
1
結 果、
デ ザ インという言 葉に は常に二つ の意 味がつ きま とっ てきた。
デザ イ ンという言 葉にはモ ノや環境 を実 体化 する た めの計 画 を 指す場合 と、 その結 果 とし て実 体 化 されたモノ や環 境 を 指す場合 とがあっ た。 デザ インを述べ る と き、
観 念と して述べ るのか、 実体と し て述べ るの か、
その立 場を明確に分離せずに論じ られてきた た め、
デザ イン の論 述に常にあ る種の曖 昧さ がつ きま と う ことになっ た。 それは、
デ ザインを生産す る 立場(デ ザ イン の生 産者 )と、 デ ザ インを消 費する 立 場
(デ ザイン の消 費者 )という立場の違いを 明確にし てデ ザインを論 じな かっ たか らであ る。 デザ インを 生 産 す る 立場と は
、
即ちデザ イ ナー
の ことであり、
彼にとっ てデザ インと は、
頭 に描いた イ メー
ジをモ ノ と して実現 す るた めの計画である。 その立場 か ら す れ ば、 モノ は彼が行っ たデザ イン という行 為 の結 果 必然 的に 生 じ る が、
彼が成 すべ きことは イ メー
ジ を 実 体 化する た めの計 画である。 デ ザ インの生産者 の立場を 明確にす れば、
その能 力はモノ を実 体 化さ せるための計 画力で評 価さ れ るべ きで、
デ ザ イン さ れ たモノの評価は その行為とは切 り離さ れて 、 デ ザ インの消 費者の手に委ねられる。デザ インを消 費する人達に とっ て価 値 があるの は
、
そ こ にあ るモ ノそ のもの であ り、
モノの価値は それ を受 け入れる 側の環 境の中で評価 さ れ る。 それを存 在させ る ために払わ れ たデ ザ イナー
の努力 な ど、 デ ザイ ン の消費者の立場か ら す れば 知る よ しもないも の である。2 .
モノか らコ トへ近代 デザ イ ン の歴 史 が常に芸 術との 葛 藤の 中にあ っ たこ と は 間違いないe 近代 デザ イン運動の始 ま り といわれる美術工芸運動で ウィ リアム
・
モ リスが目 指 した のは 生 活 を芸 術化す るこ とで あっ た。 しか し、
生 活の中で芸術化 さ れ るの は、
装 飾で あ れ機 能を 有 するモ ノの形 態であ れ、
常に モ ノ に付随 する美の様 式であっ た。ドイツ ]二作連 盟に おい て様式の 創造という場合
、
いさ さか意 味の異な るもの と なっ た。
ワルター ・
ク ル ト・
ベー
レ ントがいっ たように、
デザ インは1
一
美 的な問題とい うよ りは、
とりわけ 構造 的 な問題」 で あ り、
デ ザ インをする立場にあ る人は 「造形の プロ セ ス、
形式へ の道、
つ ま り形式 生 成の問題に携わ る 」 ことにな る。 こ こ ではデ ザイン の生産者 として の 立 場 が 明 確に認識さ れて いるが 、 形式 と はモ ノの形 式 である。
同 じドイツ 工作 連盟の中で、
ハ ンク・
エ ク シュ タインがデザ インにつ いて 「単な る 趣 味 やニ ュ アン スの問題ではな く、
究極におい ては 常に生 活形 式の 問題である 」 とい うとき、 その形式はモ ノか ら 離 れて生 活の形式 が問題 となっ た。 しか し、
そうは い っ ても彼らの 頭にあっ たの は 「いか な るモ ノで我 々の生 活環 境を と との え るか」 であっ た,}デザ イン が美の 追 求のみでな く生 活 形 式 との 関係で追求さ れ44 SPEcIAL IsSUE oF JsSD vol
.
5 No.
3 199B デザ イン学研究特集号Japanese Society for the Science of Design
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るべ き ものと理 解 して い たとして も
、
究極 的に はモ ノを通 して形 成される 生活様 式であっ た。 しか し、
彼はデザインを生 産 する側に立 ち、
デ ザインをコ ト と して認 識 したことにおい て、
デザ インの新しい認 識 を 切 り開いた。
3
.
カ タ チ か ら 力 タへ 従来の デザ インは生活の カ タを力 タ チにす るこ と であっ た。
文 化 と しての 生 活 様 式 を 生 活の カタ と す る な らば、
そ れ を 実 践 す る 環 境 を 整 えるとい う意味 で目に見 え 手で触 れ るこ との できる カタ チにする こ と がデザ イン であり、
そ の意味でデ ザイ ン は造 形で あっ た。 逆をい えば、
そ のよ う なデザインは、
モ ノ を 通 して生 活 様 式 を 制御 し規制しよ うとする こ とで あ る。
その秩 序を与える の は 、 あくまで もモ ノ を 通 して であっ て 、 最 終 的にデ ザ イ ナー
が計 画 す るのは モ ノであ り物 理 的に存在す る 空間であっ た。 しか し、 最近 その計 画の 対象からモノ が脱 落したコ トの計 画 もデ ザ インとする考 えが少しずつ デザ イン界で問題 になりつ つ ある ように感じ られ る。 その結果、
コ ト に は二つ の意 味がある よ うになっ た。一一
つ は従 来通 り、
モ ノ を 通 して 生 活に秩 序 を与えるという意 味で デ ザ インの直 接の対象はモ ノ であ る が、 それ を通 し て生活のカ タ を 与 え ようとする場 合であ り、 も うひ とつ はモ ノ を 通 さ ずに直接生活の 力夕 を創ろうとす る場 合であ る。最近 「二十 世紀に向け た 日本の デ ザ イン」あ るい は 「地 域 社 会のデザ イン」 と言っ た言 葉が新 聞紙 上 等で見られ る よ うになっ た。 こ のよ うな使用法が そ のままデザ イン の範 疇に含まれるなら
、
将 来に向か っ た あ ら ゆ る 計画が デ ザイン の 中に含 まれ るこ とに なる。 そ れ はモ ノを通そうと通 す まいと、
生活の 力 夕 を デ ザ インす ることであ り、
モ ノを介 在 さ せ ない 生 活様式の創 造と計画もデザインに包 含 さ れるとい うことである。
エ ンサ イ クロペ ディア・
ブ リタニ カ のdesign
の最 初の項には 「頭の中で想像 し計画 す る。 企て る。 ある 前もっ て決め られた目的 を達 成 す る た めに、
創 造 し、
計 画 し、
計 算 する 」等が 上 がっ てい て、
その計 画の対 象はモ ノに限定されて いない 。 これ か らのデ ザ インは文字 通 りの 意味での デ ザイ ン に帰 結する の であろうか。
4
.
これか らのデザ イ ン教育デザ イン教 育の 中にデ ザ インされたモ ノを選択 す る目を養 うとい うデ ザ イン の消費者の教 育 も含 まれ て い る こ とを 否 定 す るもの では ない が、
.
・
般 的にい えば 、 デザイン教 育 と は、
デ ザ インを生産 する立場 に 立つ デザイン の 生 産者、
即ち デ ザ イナー
を育て る ことであ る。今日のデ ザイン の教 育は
、
基本 的に造 形 や 感性か ら出発してい る。 教育とい う場では、
創造 性 や 感 性 な るもの が あ まりにも理 論 性 と普 遍性を 欠くた めに、
方 法論 を 確立 した り、 出来る 限 りグラスボ ッ クス化 して客 観化 しようとする努 力がなされた が、 最 終 的 に モ ノを 存在さ せ る とい うデ ザインの 目的に変わ り な かっ た 。二十 世紀は人類の歴 史の 中で大 量の モ ノ を生産 した時 代であっ た。 その意 味で 「デ ザ イン の 世紀」 であっ たので あ る。 しか し その モ ノ の時 代は ゆ らぎ始 めて いる。 と はいえこれからのデザイン教 育に おいて、
環 境問題、
資源問 題な ど大 きな 問題 を 抱え な が らも、
従来の モ ノを作る とい うデ ザインが 無 くな る わけでは ない し、
そ の ための デザ イン教 育 も継 続されるであろう。
ま だ普 遍 的と はいえ ないが
、
未 来の生 活をモ ノ を 通 さずに予 測 し創 造する こと をデザイ ン の範 疇に含 め得ると して 、 そ こまでデザイン の概 念 を 拡 大 する な ら、
そ の よ うな デザインはモ ノを 計画する ことを 目指し てきた今 までの デ ザ イ ナー
で は処 理 しき れ な いし、
それに対 応 した教 育方法もま だ用意 されては いない 。 そ のよ うなコ トだけの デ ザ イン の教 育 を実 践しなくて は な ら ない とする ならば、 これ までのモ ノをイ メー
ジし計画 し てきたこれ までの デ ザ インと は全 く別の方 法論の下で行わ れ なければな らない の で は な か ろうか。デザ イン学 研 究 特 集 号 sPEciAL tssuE oF JSSD vol