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序論 (<特集>台湾をめぐる境域)

著者名(日)

植野 弘子

雑誌名

白山人類学

14

ページ

1-6

発行年

2011-03

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00002406/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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《特集》台湾をめぐる境域

植 野 弘 子* The Peripheries of Taiwan UENo Hiroko*  本特集における「境域」とは,単に地理的に境を接する場というだけではな く,異なる集団の人々が関係を持ち続ける相互交渉の場を意味している。対象 地域である台湾は,島としての特徴をもち,さらに中国大陸,日本,沖縄,そ して東南アジアとの間に,歴史的に変容する関係性を持ち続けてきた。こうし た台湾と他者との関係を,台湾の境域で生きる人々に視点をあてて考察した諸 研究の成果が本特集である。  本特集は,2010年11月6日に開催された白山人類学研究会・第4回研究フ ォーラム「台湾をめぐる境域」(白山人類学研究会・東洋大学アジア文化研究所 「境域」プロジェクト共同開催)における報告がもとになっている(付記参照)。 フォーラムの趣旨説明において,企画者であった筆者は,以下の点を,台湾の 境域を論じる課題として指摘した。  第一の課題は,境域と国家との関連であり,そこにみられる東アジアの境域 の特色の検討である。境域に住む人々が,日常的に境を越えて移動し,あるい は頻繁に物流を行うという状況はあり得る。しかし,国家体制が強固に確立し ていれば,境域は「国境」地域としての意味をもつ。特に,東アジアにおいて は,強固な国家体制が維持されてきており,こうした国家レベルでの政治情勢 は,境域の人々の交流あるいは関係の断絶に直接的に関与してくる。台湾と沖 縄,また中国大陸との関係はその好例といえよう。  第二の課題は,境域における他者認識・自己認識である。他者と出会う境域 において,そこで,いかに他者との相互認識によって,新たな自己への認識が うまれるのか。特に近代以降,変動の歴史をたどった台湾の人々が,東アジア そして東南アジアの人々と接触する中で,自分たちを他者とのどのように階層 *東洋大学社会学部;Faculty of Sociology, Toyo University,5−28−20 Hakusan, Bunkyo, Tokyo,112−8606/uenohi@toyo.jp

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白山人類学14号2011年3月 的構図の中に位置付けるのか,あるいは他者をいかに文化的同一性を,また反 対に文化的差異をもつ存在であるとするかを,考察する必要がある。  第三の課題は,境域のひろがりとその変容である。時代とともに台湾の境域 はひろがり,東南アジアから多くの人々が台湾に居住するようになり,また日 本や中国大陸との関係は,その意味づけが変化してきている。そして,アメリ カやカナダなどに多くの台湾の人々が渡り,家族員がその住む国を異にするこ とは珍しいことではなくなった。技術革新による交通・通信手段の進歩は,こ れまでの境域のありかたを変えていく。グローバル化する現在において,台湾 の境域の特徴はなにかを見極めることが,台湾の歴史を踏まえた,台湾と他の 世界とのかかわりを明らかにしていくことにつながろう。  本特集の諸論考のテーマは,「台湾と沖縄」,「台湾と韓国」,「台湾の新たな境 域現象」に大別できる。以下,それぞれの論考について,簡単に紹介・解説を 述べたい。  松田ヒロ子氏の論文は,日本による植民地統治期の台湾における「沖縄人」 のアイデンティティの重層性を,論じたものである。植民地台湾において,沖 縄系移民は,「結集体」として存在していたわけではないが,日本本土系移民か らの偏見に苦しんだ。そこで,社会的上昇を果たす戦略として,沖縄県からの 転籍や沖縄的な名前からの改姓名がなされたことが,聞き取り調査をも踏まえ て述べられている。さらに,台湾で出生した沖縄系移民に注目し,彼らの「沖 縄人」であることへの無自覚や日本本土系移民の沖縄蔑視の内在化を指摘した 点に,松田論文の特色がある。「沖縄人」カテゴリーの境界,ならびにこのカテ ゴリーをめぐる沖縄人の抵抗実践こそを研究対象とすべきと主張する松田論文 は,植民地という差別的な民族構成のなかでの,沖縄の人々のアイデンティテ ィの多様性と可変性を示すことになっている。  沖縄から台湾への人の移動は,労働を目的とするものばかりではなかった。 太平洋戦争末期,沖縄から台湾へ「疎開」が行われている。これまであまり注 目されてこなかったこの疎開の引き揚げに注目したのが,松田良孝氏による研 究ノートである。同氏はすでに『台湾疎開一「琉球難民」の1年11カ月』(2010 年,南山舎)を上梓しているが,本号の研究ノートでは,疎開からの引き揚げ に尽力した「台湾沖縄同郷会連合会」に焦点をあてている。同会が作成した書 類,主要メンバーの著作・手記からその活動を追っているが,確認されている 資料はわずかしかなく,今後は資料の発掘が重要であること,また,同会のメ ンバーが戦後の沖縄で果たした役割に対する考察の必要性が指摘されている。 2

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同会の実態を解明する作業が,植民地台湾と戦後の沖縄社会を連結する上で有 益なものとなろうとする松田氏の見解に異論はなかろう。台湾と沖縄を繋ぐ新 たな視角を提供し得た研究成果である。  台湾と韓国を関連させた論考の一つは,台湾と八重山との関係を,韓国と対 馬との関係を補助線として分析した上水流久彦氏による論文である。八重山に とって,「親日台湾」像は「交流」の促進の基盤として考えられ,近年は,多く の台湾からの観光客を積極的に受け入れている。しかし,台湾の人々にとって は,八重山は「日本」でしかあり得ず,「八重山像」は存在しない。対馬でも, 近年,多くの韓国からの観光客を受け入れている。韓国と対馬の関係は,「反日」 というイメージの強い韓国との間に,「親善」という対馬藩の理念に基づく交流 を計ろうとするものであり,多くの懸念される状況があるがゆえに,相互理解 を深める装置が存在している。対して,八重山・台湾間の「交流」基盤は薄く 脆いものであり,親日台湾像が却ってその関係の見直しや歴史の掘り起こしを 阻害するものとなっている。さらに,上水流論文では,こうした二地域の交流 のあり方から,国民国家においては,周辺がその独自性を発揮しようとしても, 国家間の関係や国内の目に左右されること,また国民国家やその中心による拘 束性は周辺において高いことが指摘されている。「周辺では中央からの統制は弱 くなる」と捉えがちな認識を覆し,「境域」の意味を問い直す視点を提供する論 文となっている。  台湾のコリアン「韓人」について,先行研究の整理を行い今後の研究に資す ることを目指した論考が,松本誠一氏による「台湾韓人研究ノート」である。 他の地域の在外コリアン研究に比して,台湾のコリアン研究は僅少であるとす るが,先行研究をもとに,植民地期台湾におけるコリアンの男女比,朝鮮女性 を雇用した妓館の存在,コリアンの就業した職業(商業,水産業など)の状況, さらに1945年以降の来台コリアンの人口動向について整理している。また,戦 後の韓僑協会の動向,キリスト教会の活動などが紹介されている。戦前におけ る朝鮮半島からの人の移動は,旧満州や日本本土に比べると,台湾は桁違いに 少数であるが,台湾への移動の契機がいかなるものであったのか,職業ごとに これを解明することの必要性は,松本氏の指摘の通りである。多岐に亘る台湾 コリアンの動態を述べた研究ノートは,今後の研究の一助となろう。  台湾をめぐる境域で,近年,注目すべきは,中国大陸との関係である。中国 からの漁業出稼労働者「大陸漁工」に関する西村一之氏の論文は,文化的基層 としてのく中華〉を共にしながら,政治的に対立する台湾と中国との関係,つ

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白山人類学14号2011年3月 まり台湾の境域の一つの特徴を端的に描き出している。東部漁民社会において, 当該地の漢人漁民と方言を同じくする地域から来る大陸漁工が歓迎される。西 村論文においては,漁携集団内での意思疎通が重要であるカジキ突棒漁に,大 陸漁工が参加し,船上での作業を通じて技術を習得していくというプロセスを 踏み始めた例が挙げられ,大陸漁工が台湾漁民の一員になろうとしていると指 摘されている。政治的・法的にその活動に制約を受ける大陸漁工であるが,言 語が通じ慣習を共にする,つまり文化的に同じと認識される台湾の漁民といか なる関係をもつのか,国家の定める国境とは異なる境界の存在を,西村論文は 示している。  さらに,東南アジアからの労働者や花嫁は,台湾社会の様相を大きく変えよ うとしている。仲介業者による仲介を通じて成立した国際結婚「国際ブローカ ー婚」に関する横田祥子氏の研究ノートは,この結婚がいかに漢人同士の結婚 とは異なるか,なぜ評価されない婚姻形態であるかを,夫婦,姻戚間の互酬性 から分析したものである。漢人同士の結婚では,妻の生家と婚家の間に贈与と 奉仕の互酬性が維持されるのがあるべき姿であるが,ブローカー婚では持参財 はなく,夫からの一方的な財の贈与が行われる。結婚後、妻の生家から夫への 寄与はないが、夫は妻の生家への財の贈与を要求され,それに対して妻は生産 活動,子供の出産などで夫への貢献を果たし,そのバランスが保たれる。漢人 同士の結婚とのこうした差異は,ブローカー婚にあるべき婚姻としての評価を 与えない。この研究ノートにおいては,人身取引を連想させるブローカー婚に 底流している財の贈与のメカニズムが明らかにされ、また調査資料に基づいて 夫婦の間の「交渉」が巧みに描き出されている。  以上の論考は,課題として提起した3点について,今後の研究への展開を提 供するものとなっている。  国家と境域の関連については,上水流論文によって,国民国家において境域 が中央の意図に縛られること,また植民地あるいは「帝国日本」の一部であっ た歴史的経緯が境域の人々の交流・断絶と関連していくことが明らかにされて いる。東アジアの境域の特徴を,明確に提示することはいまだ能わないが,国 家体制の特色と関連させて,東南アジア海域などの境域の状況との対比を考え ていくことの有効性は,再確認されたといえよう。  境域における他者との出会いにおいて,何が人々を繋ぎあるいは断絶させる かを考えることが,その社会の文化的アイデンティティと関わることは,西村 論文の大陸漁工の例に明らかであり,文化的共通性が地理的距離を超えて,境 4

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域の人々を繋ぐことになっている。また,松田論文で取りあげられた台湾の沖 縄人も,彼らが植民地台湾で出会う本土系日本人との関係だけでなく,台湾人 との関係において,自身のアイデンティティを考えた側面も想定できる。  境域のひろがりとその変容は,台湾では近年殊に顕著である。東南アジアの 労働者や花嫁の台湾社会への参入,そして台湾人の海外への進出は台湾社会を 変えている。ここで,我々がなすべきは,そのひろがりを支える台湾の人々の 意識の変化,また従来の慣習・意識との齪薗吾・すりあわせを、フィールドワー クを通じて、人々の視点から追っていくことである。そこに,台湾社会が外部 社会と保つつながりの本質がみえてこよう。  台湾の学界においても,台湾をめぐるトランスナショナル,トランスボーダ ーな状況への研究は,多彩な展開を見せている[王・郭2009:参照]。近年の 台湾のビジネスの拡大とそれに伴う各地の華人社会との連携,東南アジアから の労働者や花嫁の受け入れ,国際結婚と家庭生活,また台湾由来の宗教の拡大 などが,台湾のトランスナショナルな現象として研究されている。人類学研究 においては,日常生活にみられる文化的価値観と観念に注目するというこの学 問の長所を生かして,トランスナショナルな状況における変化に注目し,国際 結婚をした家庭での飲食や子供の教育,また大陸に渡った台湾ビジネスマンの アイデンティティなどが論じられている[王・郭2009:9−12]。歴史学において も,日本による植民地支配を「植民地近代」論と絡めて考え,東アジアの歴史 のなかで台湾を論じようとしており[若林・呉主編2004などコ,歴史上のトラ ンスナショナルな状況を捉えるだけでなく,トランスナショナルな歴史的視点 が求められている[張2009:341]。トランスナショナリズムに関する研究は, 台湾研究を行う諸科学において,継続して重要な意味をもっていくことになろ う。  トランスナショナルな研究は,人々や事柄が「トランス」する時の「境」に こそ注目する必要がある。その「境」を当事者たちがいかに認識し,対応する のか,それらを捉えなければ,人々の営みを理解することにはならない。境域 における人々の他者への対応,そこにみられる自己認識を丹念に汲み取ってい く研究が求められることは,今回の特集の諸研究の示すところといえよう。 付 記 前述のフォーラムでは,以下の報告がなされた(敬称略)。

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白山人類学 14号 2011年3月 松田良孝 松田ヒロ子 上水流久彦 松本誠一 西村一之 横田祥子 「戦後台湾で発足した台湾沖縄同郷会連合会について一沖 縄から台湾に疎開した人々の引き揚げを例に」 「琉球列島から台湾への人の移動一植民地期からポスト植 民地期へ」 「対馬海峡から見る台湾と八重山の交流」 「港のコリアン  基隆・花蓮と下関・福岡を比べて」 「台湾東部漁民社会における中国人漁民一大陸漁工をめぐ る民族関係」 「国際ブローカー婚と再生産の展開一「台湾」境域拡大の 一メカニズム」  なお,コメンテーターとして,大浜郁子氏(琉球大学),井出弘毅氏(東洋大 学アジア文化研究所客員研究員),後藤武秀氏(東洋大学)の各氏が,上記報告 に対して,順に2報告ずつを担当してコメントを加えた。

参考文献

松田良孝  2010 『台湾疎開  「琉球難民」の1年11カ月』石垣:南山舎. 若林正丈・呉密察(主編)  2004 『跨界的台湾史研究一與東亜史的交錯』台北:播種者文化有限公司. 王宏仁・郭侃宜  2009 「導論一跨国的台湾・台湾的跨国」『流転跨界  跨国的台湾・台湾     的跨国』王宏仁・郭侃宜(主編),1・32ページ,台北:中央研究院人     文社会科学研究中心亜太区域研究専題中心. 張隆志  2009 「跨国主義與台湾近代史研究  日治初期台湾殖民文化史的再思考」     『流転跨界  跨国的台湾・台湾的跨国』王宏仁・郭侃宜(主編),     321−346ページ,台北:中央研究院人文社会科学研究中心亜太区域研     究専題中心. 6

参照

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『台灣省行政長官公署公報』2:51946.01.30.出版,P.11 より編集、引用。

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