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市民公開講座 この街で・・・〜地域で生きる・地域で支える・そして地域で看取る〜

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Academic year: 2021

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(1)公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団 2017 年度(後期)指定公募 「市民の集い開催への助成」 完了報告書. テーマ. 「この街で」に関しての内容になります。 平成 30 年 7 月 7 日 第1回目 テーマ:楽なように やりたいように 後悔しないように 平成 30 年 12 月 23 日 第 2 回目 テーマ: いのちを受けとめる町づくり. 申請者:武田 寿彦 所属機関:医療法人. 心の郷 穂波の郷クリニック. 提出年月日:平成 31 年 2 月 12.

(2) 感想 今回は貴重な経験をさせて頂きました。大変に感謝しております。 多額の助成金を頂き今回のような市民公開講座を開催させて頂いたことは今後の励みとな ります。 今回は、以前から培ってきたネットワークや地域とのつながりから多くの方々に観覧、 参加していただくことが出来ました。 観覧者の中にはまだまだ在宅で過ごして行く事へ の漠然とした不安や心配がある事がアンケートを通じて知る事ができました。具体的に何 に不安を持っており、どのように解決していったらいいのかを今回のように市民公開講座 などを通じて知っていただくことはとても重要だと感じました。多くの方が自宅での最期 を望まれていましたが、実際には自宅以外の場所で亡くなると思っている方が多数でした。 この事は非常に残念であり、そういった意味では今回、自宅で看取った経験のある家族の 方に実体験を語っていただけた事は観覧者の方々の今後を考える上での大きな一助のなっ たのではないかと思いました。 市民公開講座を開催する上で、市民の方々にもボランティアとして協力して頂きました。 自宅で看取るにはもちろん専門職の関わりも必要ですがコミニティの力も必須になってく ることと思います。今回はコミニティの力を育むうえでも重要な役割があったとも思って います。 以上、簡単ではございますが市民公開講座の感想を述べさせて頂きました。 書類などに不備等ある事と存じます。お気づきの点がありましたらご連絡下さい。 今後とも宜しくお願い致します。. 「看取り」での経験を語る会 武田 寿彦 公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団財団の助成による.

(3) 日時: 平成30年 7月 7日 (土) 開場 13:00 13:30~16:30 会場:パレットおおさき(大崎生涯学習センター) 宮城県大崎市古川穂波三丁目4番20号. 入場・参加費:無料 (どなたでもご来場いただけます) 基調講演. 13:30~15:00. 「楽なように やりたいように 後悔しないように」 医療法人ゆうの森 理事長 永井康徳 氏(愛媛県松山市) 1992 年 1994 年 1996 年 2000 年 2002 年 2012 年. 愛媛大学医学部卒 自治医科大学地域医療学教室 明浜町俵津診療所 勤務 たんぽぽクリニック開設 「医療法人ゆうの森」設立 たんぽぽ俵津診療所開設. ■専門分野 訪問診療、訪問看護、在宅ホスピス ■職種 在宅医、総合医 ☆一般社団法人全国在宅療養支援診療所連絡会世話人 ■在宅における信条 『楽なように、やりたいように、後悔しないように』. 看取り体験を語る ・ 対談 15:00~16:30 在宅療養で寄り添い続けた御家族の想いを発表頂きます お問い合わせ:地域緩和ケアあったかネット事務局 宮城県大崎市古川穂波六丁目30番12号 穂波の郷クリニック内 TEL:0229-24-3883 FAX:0229-24-6886. 助成:公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団.

(4) 永井康徳 在宅医療よもやま話. なぜ、今、在宅医療か?. 2005 年以降、日本では死亡数が出生数を上. その希望を叶えるためには、社会環境の整備と. 回り、人口が減り続けています。死亡数がピー. 並行して「自宅でのしぜんな看取り」という選. クに達するのは 2030 年代。団塊の世代が 75. 択肢があるということを医師や医療従事者が伝. 歳を迎え、後期高齢者となって介護が必要な年. えていく必要があると思います。. 代になり、そして寿命で亡くなる年代です。こ. 「治すこと」を目指して発展してきた日本の. の頃、 日本は超高齢社会の次に来る「多死社会」. 医療では、「しぜんのままに看取る」という選. を迎えると言われています。. 択肢をほとんど提示してきませんでした。治せ. 2010 年に 102 万人だった年間死亡者数が、. る病気には当然、治療が必要です。しかし、医. 2030 年には 161 万人になり、約 60 万人も増. 療現場では往々にして、老化やまもなく訪れよ. 加すると予想され、危惧されているのが、この. うとしている死に正面から向き合わず、患者本. 60 万人もの人に「死に場所」がないという事. 人にとってつらい治療を最期まで続けてしまう. 態です。. ということがあります。それでは、病院で亡く. どういうことかというと、日本では現在、約. なるしか選択肢がありません。自宅や施設で人. 8割の人が病院で亡くなっていますが、今後、. 生の最期を過ごし、そこで亡くなるためには、. 死亡数が増えると予想されても、人口は減少す. 24 時間いつでも医療者に連絡がついて対応が. る一方ですから、国としては病床を増やす予定. できるシステムと、患者家族が落ち着いて看取. はありません。今と同じように人生の最後は病. りに対処できるようなサポートが不可欠です。. 院で…となると、60 万人分のベッドが足らな. そこを担えるのが、在宅医療なのです。. くなるのです。. 在宅医療が普及すれば、病院は慢性期で状態. この課題に向けて、国をはじめ医療・介護業. の落ち着いた患者を自宅や施設に戻すことがで. 界でさまざまな取り組みが始まっていますが、. き、患者・家族も安心して自宅で療養ができま. 私は在宅医療の普及がこの課題を解決する大き. す。病院だけで患者を診るのではなく、地域で. な鍵になると考えています。. 患者を診る。これを「地域包括ケアシステム」. 8割の人が病院で亡くなってはいますが、ア. と呼び、国は「病院完結型医療」から「地域完. ンケート調査などでは「介護や住まい、病状な. 結型医療」への移行を図っています。このシス. どの条件さえそろえば、 最期は自宅で迎えたい」. テムを機能させるためにも、在宅医療の普及と. と望む人が多いことが明らかになっています。. 発展は急務なのです。. -1-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(5) 多職種連携の必要性。 連携は「自らの無力さを自覚すること」から始まる。. の専門職が行っているサービスのどれか 1 つ. 次の 1 〜 6 のうち、患者が自宅で満足する 療養生活を送るために、もっとも必要なも のはどれだと思いますか? 1 訪問診療. 4 ケアマネジメント. 2 訪問看護. 5 患者本人の生きがい. 3 訪問介護. 6 家族の介護と理解. だけでは、患者は安心して療養生活を送れませ ん。なぜなら、その専門職がサービスを行って いない 1 日の大半の生活と介護が支えられな いと、患者が満足できる生活が送れないからで す。 在宅医療は「医療だけをやっていればいい」 「病気だけを診ていればいい」というものでは なく、患者と介護をする家族の生活を支えなけ. 最近、地域包括ケアシステムや在宅医療を推. ればなりません。自分が行うサービスだけでは、. 進するにあたり、 「連携」という言葉が多用さ. 患者の生活や人生は支えられないという「自ら. れていますが、何のために連携は必要なので. の無力さ」を認めれば、自ずと他職種の必要性. しょう。. を感じ、多くの職種と連携が始まります。患者. 訪問診療や訪問看護、訪問介護、ケアマネジ. を取り巻く多職種チームなくして、患者の在宅. メントといった一般的に行われている在宅サー. 療養は成り立たないのです。. ビスに加えて、「患者本人の生きがい」や「家. 他職種、他事業所であっても 1 つのチーム. 族の介護と理解」も含めた選択肢から、患者が. となり、患者と家族を支えるという意識を持つ. 満足する在宅療養のために最も必要なものは何. ことがとても大切です。そんな思いもあって、. かと問われたら、あなたはどの項目を選びます か。ほとんどの方は、 「患者本人の生きがい」 か「家族の介護と理解」 を選ぶのではないでしょ. と強く感じています。 さらに質の高いケアを目指すならば、患者の. うか。. 生きがいづくりや家族の支援にも積極的に関. 「患者が満足する在宅療養の実現」が私たち. わっていただきたいと思います。. の仕事の目的であれば、仕事をする際には、た. 生きがいや家族の介護、精神的な支えがなけ. だ自分の仕事を遂行することよりも、この2つ. れば、患者さんは在宅療養を継続できません。. の項目「患者本人の生きがい」や「家族の介護 と理解」 を満たすためのアプローチが大切です。 訪問診療や訪問看護、訪問介護など、それぞれ. 私自身は在宅医療に連携は絶対に必要なものだ. このような一歩踏み込んだ支援にも、ぜひ多職 種チームで臨みたいものです。. -2-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(6) 在宅医療では、 多職種間での「情報の共有」と 「方針の統一」が大切です。 多職種連携のためには、患者に関わっている 多職種間での情報の共有と方針の統一がとても 大切になります。情報共有のためにまず行うの は、 「退院前カンファレンス」です。 病院主治医から在宅医への申し送りの場にな るのですが、このミーティングには、患者本人 やご家族も参加されますし、ケアマネジャーや 訪問介護事業者、訪問看護師といった在宅側専 門職も出席します。ここでは、入院された経緯 や経過、今後の見通しといった情報が共有され. すが、今はグループウェアのような IT ツール を活用することもできます。さらには、患者の 状態が変わる重要な局面では、サービス担当者 会議を開催し、方針を確認し合ってもいいと思 います。 他事業所間の多職種チームであっても、「患 者さんのため、質の高いケアの実践ために、情 報の共有や方針を統一しよう」という意思さえ あれば、チームは十分機能するのです。. るだけでなく、在宅側スタッフの初顔合わせの 場にもなります。そして何より「こんな大勢の 人が、 私たちを支えてくれるのだから大丈夫だ」 と、患者とご家族が退院後の生活に自信を持っ ていただく機会にもなるのです。 そして、方針の統一ですが、それが必要な項 目を表にしました。最期は家で看取るのか、入. 【方針の統一が必要な場合】 1 看取りの方針 →最期は自宅か病院か. 院するのか。告知は誰にどこまで行えているの. 2 踏み込んだ告知をしているか. か。疼痛コントロールは、どのような計画の元. →限られた命であると患者本人も. で行うのか。これらの方針が患者に関わるス タッフ間で統一されていなければ、スタッフに よって説明や処置、対応が異なり、その度に患 者は不安になります。大きな事故につながる可 能性もあります。 在宅医療の場合、同じ患者に関わるチームで あっても、事業所は別という場合がほとんど で、方針を統一するのは難しいようにも見えま. 家族も理解できているか 3 痛みやしんどさは、 きちんと抑えられているか 4 入院をするかどうか 5 点滴をするかどうか 6 治療方針 →特に褥瘡や肺炎の場合. -3-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(7) 「患者本位」を常に貫いていますか?. 「患者本位」という言葉をさまざまな医療現. 病院内では病院内の限られたスタッフだけで. 場で耳にするようになりました。しかし、本当. 患者に対応しなければなりませんが、在宅医療. の意味での患者本位の実践というのは、難しい. は少々勝手が違います。. ようで、在宅医療の現場にあってもそれは同じ. 訪問看護を例に取ると、自分の事業所のマン. です。. パワー不足で、ある患者の希望に沿った訪問が. たとえば、「患者さんのことを考えて、患者. できない場合、介護保険や医療保険の制度の条. さんを中心にいつも仕事を行っていますか?」. 件を満たせば、患者は他の事業所の訪問看護も. と問われたら、 ほとんどの方が「やっています」. 併用することができます。. 「そんなことはあたりまえです」 と答えるでしょ. また、患者の様子が気になるけれど、今、自. う。当院の職員に尋ねても同様に答えます。. 分の事業所で患者宅に行けるスタッフがいない. そこで「本当にそう?たとえば、業務が立て. となった場合、近くに住む患者の家族や親戚、. 込み、忙しい時期に追加でサービスを入れて欲. 民生委員といった地域の力を借りることもでき. しいと患者さんが希望されたら、希望通りに. れば、同じ患者に関わる他職種、たとえばリハ. サービスを入れることができるかな?」と聞く. ビリやヘルパー、ケアマネジャー、そして患者. と、言葉に詰まってしまうようです。 「こんな. 宅を訪問する薬剤師の方に患者さんの様子を見. に忙しいときにさらにサービスを増やしたら、. てきてもらうこともできます。. 自分はいいとしても、みんなが嫌がるから断ろ. 自分の事業所だけでなんとか対応しようとす. うかな」とつい内部の職員の都合を考えてしま. ると、自分たちの都合だけを優先してしまいが. うようなのです。それでは、いつも患者さんを. ちです。しかし、「患者さんにとって良いこと. 中心にして仕事を行っているとはいえません。. は何なのか」を常に考えているとさまざまなア. ですからそんなときは、さまざまなアイデア. イデアが出てきたり、他職種や地域とのネット. を出して工夫しようと話しています。 たとえば、. ワークが深まったりします。. 業務や他のサービスを調整したり、当院のマン. 在宅医療では頭も心も柔軟にして、患者本位. パワーだけでは対応できないようならば、介護. を貫いた仕事を行いたいものです。. 保険や在宅医療に関する制度を活用して、他の 事業所にも入ってもらって希望に沿うサービス を提供するといった具合にです。. -4-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(8) 在宅医療で求められるのは、 専門知識よりも患者対応力の高さです。. 在宅医療で求められるのは、専門知識よりも. たことで、母親が安心して家で過ごすことがで. 「患者対応力の高さ」です。言いかえれば、一. きたこと。そして、母のような人たちが安心. 人の人間として患者に接し、何ができるのかと. して家で過ごせる在宅医療がもっと広まること. いうことです。. を願うということをお話しされたそうです。そ. その一例として、当院を見学された薬剤師の. のときの映像を娘さんから見せられたとき、自. 方から届いたメールをご紹介します。見学後、. 分は何も力になれなかったのに、こんなふうに. 少しずつでも在宅医療を始めてみようと思い、. 思ってもらえていたなんてと、涙がこぼれ落ち. 処方箋をもらっているクリニックやケアマネ. たそうです。. ジャー、訪問看護師やヘルパーと電話だけでな. 「私にとって忘れられない患者さまの一人に. く、顔の見える関係を構築されていったそうで. なりました。私自身、もっと患者さんやご家族. す。. のため、できることを少しずつおこなっていき. そんななか、70 代の末期がんの女性患者さ. たいとの思いを新たにしました」とメールは締. んを担当されることになりました。初診時だけ. めくくられていました。. でなく、たびたび、在宅医の訪問診療に同行し. 医療従事者は仕事といえば、「自分たちの力、. たそうです。また、夜間や休日でも連絡があれ. 専門性をいかに発揮するか」と考えがちです。. ば患家を訪問して薬を届け、患者家族の娘さん. しかし、自分たちの仕事の目的を「患者が満足. ともいろいろとお話しをされていたとのことで. できる在宅療養生活を送ること」と考えるのな. した。. ら、患者・家族との関わり方も違ってきます。. その患者さんが亡くなり、仮通夜に弔問した. 終末期ともなると服薬困難となり、薬自体は. ときのこと。娘さんが、この方のことを「この. 必要がなくなるときがきます。薬は不要であっ. 人が母のお薬を届けてくれていた薬剤師さん. ても、薬剤師として、その人自身が患者や家族. よ。夜でもすぐに届けてくれたの」と他の親戚. に必要とされる存在になれるかどうか。それは、. に紹介してくださったのだそうです。さらには. 薬剤の専門家としてだけではなく、その人が一. 葬儀でも、娘さんはお母さんへの手紙というか. 人の人間として、患者や家族にどう関わってき. たちで、母親を支えてくれた在宅医療、介護ス. たか…によるのです。. タッフ、そしてこの薬剤師の方への感謝の言葉. 在宅医療で求められるのは、あなたの専門性. が述べられ、いろいろな人たちに支えてもらっ. だけでなく、人としてのあなたなのです。. -5-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(9) 在宅医療は’Being’ 「支え、寄り添う」医療です。. 私は医療には、’Doing’ のものと ’Being’ のも. 療です。病気や老化は治せなくても、痛みを軽. のがあると考えています。. 減し、身体を楽にすることはできます。. 私が医者になった頃、上級医の先生から「患. 患者さんは身体が楽になれば、やりたいこと. 者が亡くなっても、ご家族の前で泣いてはいけ. が出てきます。患者さんのやりたいことができ. ない。ご家族が一番つらいのだから」と教えら. るように支え、応援するのも在宅医療の役目な. れました。. のです。. 今思うと、それは医者と患者家族との間にあ. そんな患者や家族と一緒に一喜一憂すること. えて一線を引くということであり、当時の医師. が、Being「支え、寄り添う医療」だと考えます。. にはそれが必要だったのかもしれません。 . Being の医療が良くて、Doing の医療が悪い. それは Doing の医療だったと、今振り返っ. ということでは、決してありません。治療が必. て思います。. 要な患者には、迅速で適切な治療を施す医療が. ’Doing’ の医療とは、患者を治し、施す医療. 何より大事です。. のこと。. Doing と Being のどちらかではなく、どちら. 救命救急は、その最たるものだと思います。. も必要なのです。. 患者の命を救うために治療を行い、 投薬をする。. ただ今後、多死社会を迎えようとする日本の. 患者のケガや病気を治すことが最優先で、時間. 社会では、加齢により介護や医療が必要とな. との戦いです。. る人が爆発的に増えるため、治療を主体とす. 一刻を争う治療では、患者の価値観や生き方. る ’Doing’ の医療ではなく、その人の生き方や. を確認する時間すらありません。そして、医療. 生活に寄り添い、支える ’Being’ の医療は、さ. 従事者は、患者の命を救うために時には冷徹さ. らに必要とされるでしょう。. も必要となり、観察者として患者を見守る立場. ところで、私は今、職員に「患者さんが亡く. でなければならないのです。. なって悲しいときは、泣いていいよ」と言って. それに対して ’Being’ の医療とは、患者を支. います。医療者という立場を越えて、一人の人. え、寄り添う医療のこと。. 間として患者と家族に寄り添い、接してきたか. 在宅医療が、まさにそうです。在宅医療は治. らこその悲しみです。それを隠す必要はないと、. せない病気や障がい、加齢に伴う心身の衰弱で. 在宅医である今の私は思います。. 介護や医療が必要になった人を支えるための医. -6-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(10) 亡くなる瞬間を誰かが看ていなくていい・・・. 当法人で企画した胃ろうと延命をテーマにし. ある訪問診療の日、「このところ無呼吸が多. た演劇と私の講演をセットにした市民向け講座. くなってきています。無呼吸で呼吸が止まった. でのことです。高齢で寝たきりのお母さんを介. ときにどうされますか」という話を医師がした. 護している娘さんたちが参加されていました。. ところ、娘さんは「自分たちがいないときに亡. 「胃ろうをする選択肢もあれば、胃ろうをしな. くなるのはかわいそうだから、急に息が止まっ. い選択肢もある。大事なのは、本人がどう思っ. たときはマウスツーマウス(口から直接息を. ているかだと思う」という私の話を聞いた後、. 吹き入れる救命救急法の 1 つ)をしてほしい」. 次女さんが質問をされました。 「先生、本当は. と言われたのです。医師は、老衰で亡くなるよ. 母は胃ろうは望んでいなかったと思うのです. うな状態なのに蘇生を試みることの意味やお母. が、胃ろうを作ってしまいました。どうしたら. さん自身はどう思うのかといった話をしました. よいのですか?」と。そこで私は「胃ろうつけ. が、娘さんたちは納得されませんでした。. られたのなら無理に外すのではなく、いい状態. このことは院内のミーティングでも議論とな. であれば、それを維持すること。口から食べら. り、私が娘さんたちと話をすることになりまし. れるようであれば、少しずつでも食べさせてあ. た。私はまず、今、お母さんは落ち着いている. げる努力をしてはどうでしょう。痰や唾液が増. ので、この状態をできるだけ維持できるように. えて吸引が必要になったり、体にむくみが出る. していきましょうとお話ししました。そして、. ようになると、それは胃ろうから注入しても体. 無呼吸の症状は、老衰による脳の障害等から起. で処理ができなくなってきたサインです。喀痰. こっている症状であることも説明しました。娘. 吸引が不要で、むくみも出ない程度にまで、少. さんたちは、容体が急変した場合でも病院への. しずつ注入量を減らしていくのがお母さんが一. 搬送は望んでおらず、最期は自宅で、医療処置. 番楽になる方法ですよ」とお話ししました。. を受けずに自然のままに看取ることを望んでい. その後、当院に訪問診療を希望され、訪問診. るということでした。. 療を開始しました。長女さんも次女さんもさま. 最期は自宅での自然な看取りを希望している. ざまな社会活動をされていたため介護に専念で. のに、なぜマウスツーマウスを希望されるのだ. きず、お母さんの介護は 24 時間の家政婦さん. ろうと、私も疑問に思っていました。そして私. にお願いしていましたが、手厚い介護に状態は. は、自宅での看取りを希望されるご家族にいつ. 落ち着いていました。. もお話しすることを娘さんたちにも話しまし. -7-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(11) た。亡くなる最期の瞬間の話です。 「息を引き 取る瞬間を見ていなくてもいいんですよ。お母 さんが楽に逝けることが一番大切なのです。病 院や施設でも、実は最後の瞬間は見ていないこ とが多いんですよ」と。 すると、二人の娘さんは大きな息をつき、 「そ うなんですか、先生のその話を聞いて私たちの 肩の荷がおりました」 と胸をなで下ろしました。 娘さんたちは、本当は母親を看てあげたくてた まらないんだけど、仕事の関係で看てあげられ ないことを申し訳なく思っていたようです。息 を引き取る瞬間に立ちあえないことに罪悪感を 感じていて、その時を少しでも伸ばして自分た ちが駆けつける可能性を高めたかったのかもし れません。 すぐにマウスツーマウスはしない方針となり ました。できるだけ自然に、お母さんが苦しま ず、天寿を全うできるように介護をしていく方 針となりました。 「 亡 く な る 瞬 間 を 誰 か が み て い な く て い い・・・」この言葉は、家族を看取ろうとして いる介護者に必ず説明しておくべきだと思いま す。. -8-. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(12) あなたはどこで最期を迎えたいですか?. 台湾台北市での世界の在宅医療を学ぼうとす. いないのは大きな問題です。介護保険制度と医. るワークショップ後の質疑応答で、次のような. 療保険制度、福祉制度などが一体となって整備. 質問がありました。. されていく必要があると思います」. 「台湾の人は最後は病院で亡くなることを望. 台湾の皆さんから「台湾の国民は病院に依存. んでいて、自宅で亡くなることを希望していな. してしているからとか、死に向き合えないか. いと思う。そのようなところで、在宅医療が普. ら」とかいうあきらめに似た言葉をよく聞きま. 及するのでしょうか?」. した。そのたびに、私は「日本も台湾と同じで. 私は会場に「皆さん自身はどうでしょうか?. す。あきらめてはいけません。本当に国民のた. 皆さんはいつか亡くなる時、どこで最期を迎え. めになり、国のためになる制度や医療は何なの. たいと思いますか?病院ですか、施設ですか、. か?その本質をしっかりと見据えながら医療や. それとも自宅ですか?」と問いました。 「自宅」. 介護のイノベーションをすすめていくことが大. と手を上げた人は 4 割くらいでした。. 切だと思います」と繰り返してお話ししました。. 私は質問を続けました。 「では、家で過ごすの. この会場に集まった人たちのように在宅医療. に十分なお金があって、介護をする人がいたと. の普及に熱心に取り組む人が今後多く育ち、制. したらどうですか?お金と介護が十分だった. 度の後押しがあれば、台湾の在宅医療はあっと. ら家で過ごしたいと思う人は手を上げてくださ. ういう間に日本を追い越すのではないか?そん. い」. な勢いを感じました。. すると、ほとんどの人が手を挙げたのです。 その後、私はこう言いました。 「本当はかな りの割合の人が自宅での最期を望んでいるので す。しっかり、死に向き合って、生活をするお 金と介護をする力があれば、自宅での看取りは 可能になると思います。そのお金と介護を社会 でみていこうとするのが、社会保障制度なので す。台湾は 2 年後におそらく日本より進んだ 介護保険制度が制定されるでしょう。でも、医 療保険制度の中に、在宅医療が位置づけられて. -9 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(13) 家族の揺れる気持ちに寄り添う。. 斎藤幸子さんは 89 歳の女性で施設で暮らし. いているようなら高齢ではありますが、胃ろう. ていましたが、ある日、脳出血を起こして救急. の増設をするというのも一つの選択肢かと思い. 搬送されました。寝たきりの状態となった斎藤. ます」と娘さんに提案をしました。ただ、経. さんですが、一時は口から食べられるまでに回. 口からある程度食べれるようになれば、経鼻. 復。しかし、傾眠傾向でウトウトと眠る時間が. チューブを抜いて口から食べられるだけ食べ. 長いために誤嚥する危険性が高く、病院では嚥. て、自然に看ていくという選択肢もあることも. 下訓練も中止している状態でした。. 併せて説明しました。. 病院の医師は幸子さんが退院するにあたり、. 選択に迷う娘さんに、私は話しました。「お. 胃ろうを勧めましたが、幸子さんの娘さんは胃. 母さんがもし今、昔と同じように判断ができて. ろうを望みませんでした。そのために鼻から胃. 話せるとしたら、どのように答えると思います. へとチューブを入れ、そのチューブを通して胃. か?お母さんの命はお母さんのものです。家族. に直接栄養剤を送るという経鼻チューブで命を. の思いもあるでしょうが、一番尊重すべきは、. つないでいました。しかし、娘さんは、幸子さ. お母さんの思いです。お母さんは今は自分の意. んにはまだ飲み込む力があると信じていたの. 思を表明できませんが、お母さんの生き方や価. で、口から食べさせてあげたいと思っていまし. 値観、人生観を一番よく知っているのはご家族. た。. です。お母さんの気持ちに思いをはせて考えて. 自宅へと戻って来た幸子さんに訪問診療を開. みてください」 。それを聞いた娘さんは大きく. 始し、療養環境の整備をしながら、今後の治療. 頷きました。. やケアの方針についてお話をしました。. 退院当初は、経鼻チューブから 1700ml も. 幸子さんは動く左手で経鼻チューブを抜こう. の栄養剤と水分を注入していましたが、注入後、. とするために、左手が動かないように拘束され. ゴボゴボと戻したり、口の中の唾液を吸引しな. ており、娘さんはそのことをとても申し訳なく. ければならない状態でした。几帳面に注入量を. 思っていました。そこで私は 「食べられるなら、. 守ろうとする娘さんに、「決まった通り注入し. 少しでも自分の口から食べさせてあげられるよ. なくてもいいんですよ。元気な人でも食事がほ. うに、リハビリもしていきましょう。でも、経. しくないこともあります。ゴボゴボいうときは. 鼻チューブでは、飲み込みの障害にもなり誤嚥. 注入量を減らしたり、1 回注入を飛ばしたりし. のリスクも高くなります。様子を見て、落ち着. てもいいんですよ」とお話ししました。. - 10 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(14) 娘さんは決断できずにいましたが、その後も. そして「この問題に正解はありません。一緒に. 何度か経鼻チューブを引き抜いてしまった幸子. 悩んで、本人とご家族が最も後悔のない選択を. さんに「やはり、お母さんは経鼻チューブを嫌. 探しましょう!」と話していたのです。. がっている」と思うようになりました。できる. 経鼻チューブからの注入量を減らしていく. だけ口から食べさせたいという気持ちも後押し. と、むくみもなくなり、唾液の吸引をすること. し、もし、胃ろうができるなら胃ろうにしたい. もなくなりました。そして、穏やかに幸子さん. と思うようになりました。. は旅立ちました。. 病院に連絡し、胃ろう造設のために入院する. 幸子さんが亡くなって 1 ヶ月が過ぎた頃、. ことになりました。病院の医師からは「胃ろう. 娘さんとお孫さんが来院されました。. の増設の手術自体は簡単だが、年齢的にも手術. 私が娘さんに「よく一生懸命介護されました. 中に亡くなるリスクはある。それに、胃ろうに. ね」と声をかけると、娘さんは、「今でも母は. しても誤嚥はする」と説明され、胃ろう造設に. 経鼻チューブを望んでいなかったのではないか. ついて悩んでしまいました。娘さんは、 もし今、. と思うのです」と言われました。「考えられる. お母さんが意思を表示できたなら、鼻の管も抜. すべての選択肢をお母さんの気持ちになって、. いて口から食べられるだけで、自然に逝きたい. 一緒にみんなで悩みながら考えてきましたよ. と言うはずだと思いました。. ね。これで正解だったのだと思いますよ。お母. 「先生、やっぱり、胃ろうは作りません」そ. さんも天国でよく看てくれたと喜んでいると思. ういって娘さんは、幸子さんを自宅に連れ帰り. いますよ」と言うと、娘さんとお孫さんに満面. ました。それからは経鼻チューブをつけたまま. の笑みが浮かびました。. で、幸子さんの意識がはっきりしているときに. 人の命を左右する問題なのですから、迷って. 少しずつ経口摂取をしましたが、摂取できる量. あたりまえです。正解というものもありません。. はごく少量でした。むくみや嘔吐もあり、口の. どれを選択しても、ご家族は後から「これで良. 中の唾液の吸引も必要でした。さらに悪いこと. かったのか」と悩むものです。. には心不全の兆候も出ていました。心臓の負担. 大事なのは正解を選び出すことではなく、医療. を軽減するためにも、そしてむくみや唾液を減. 者側がすべての選択肢を提示し、医療・介護従. らすためにも、徐々に注入量を減らしていった. 事者と家族が一緒に悩むそのプロセスではない. のです。. かと思います。亡くなった後に「あれが正解だっ. 娘さんは、幸子さんは経鼻チューブを望んでい. たんだと思いますよ」と言ってあげられるよう. ないと思っていたので、経鼻チューブを抜くべ. なか関わりができれば、家族に後悔の気持ちが. きかどうかといつも私たちに相談されていまし. よぎったときにその気持ちを打ち消し、安堵さ. た。そのたびに当院の医師や訪問看護ステー. せられるのだと思います。. ションの看護師は、 娘さんと一緒に悩みました。. - 11 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(15) 看取りの文化も、時代とともに醸成される。. 最期の一息. 台湾でもすでに病院での看取り率はどんどん上. 台湾の看取りの文化. 昇しており、自宅や施設での看取りは少なく なってきているそうです。. 日本だけでなく、近年では台湾でも在宅医療. ところで、台湾には「最期の一息」という看. の気運が高まっています。現在の台湾の高齢化. 取りの習慣があるそうです。亡くなるときの「最. 率はまだ 12% 程度で日本ほどではありません. 期一息」は家で迎える、つまりは終末期を病院. が、2050 年には日本と同等かそれを上回る高. で過ごしながらも、亡くなる直前に救急車で自. 齢化率になると予想されているからです。世界. 宅に戻り、自宅で亡くなることをよしとしてい. 一の高齢化率となっている日本をはるかに上回. るというのです。この習慣の是非はともかく、. るスピードで高齢化が進むため、高齢化対策は. これがまさに台湾の看取りの文化だろうと思う. 台湾にとって喫緊の課題なのです。. のです。. 現在、台湾では病院にしか在宅医療が認めら. それぞれの民族や地域には、それぞれの看取. れていないそうです。診療報酬上、診療所には. りの文化があります。そして、その文化は、時. 在宅医療が認められていません。それでも、急. 代と共に移り変わっていくものだとも思いま. 速な高齢化がもたらす医療や介護、福祉の課題. す。多死社会を迎えた日本も、今、看取りの文. を解決する鍵は在宅医療であり、この在宅医療. 化を時代に合わせて、醸成するべき時代がきて. の普及が不可欠と考える人たちは、日本の在宅. いるのではないか、私はそのように感じていま. 医療に非常に興味を持ち、学ぼうとしていま. す。. す。私も一昨年前に 2 度、 台湾に講演で呼ばれ、 台湾からも研修のために医師や看護師、介護職. 最後の瞬間に. のグループが当法人に 4 度も来訪されたほど. 医師はいらない. です。. . 日本の病院での看取り率はほぼ 80%で、世 界第 1 位の高率であるのに対し、台湾は現在. ある 65 歳の男性の家族から訪問診療の依頼. 40%ほどで、住み慣れた場所での看取り率と. がありました。重度の脳梗塞で、意識もなく、. 病院看取り率はほぼ同率です。これは、1970. 集中治療室に入っていましたが、本人はあらか. 年代の日本とほとんど同じ割合です。しかし、. じめ延命医療をせず最期は家で看取ってほしい. - 12 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(16) という「リビング・ウィル(生前の意思) 」を 残していました。そこで奥さんは夫の意志を尊. 大往生をお祝いする 看取りの文化. 重し、家族と一緒に過ごせる在宅での療養を望 まれたのです。. 私が家族で沖縄の離島を旅行したときの話で. 訪問を開始して 2 週間経ったある日、奥さ. す。ご存じのように、沖縄は日本でも有数の長. んから電話がかかってきました。 「2 時間前に. 寿県です。そして、その島の高齢者は病院では. 息を引き取りました。もう十分泣いてお別れし. なく、たいてい自宅で看取られるとのことでし. ましたので来ていただけますか?」と。. た。「この島では、老衰で亡くなると大往生で. 奥さんは気丈にもしっかりとした表情で、 「先. きたといって、赤飯を炊いてお祝いするんです. 生、 毎日訪問して頂きありがとうございました。. よ」と地元のタクシードライバーの方から伺い. 主人も満足していると思います」と言われまし. ました。. た。私が「なぜ亡くなったときにお電話されな. 在宅医療が普及しているわけでもないのに自. かったのですか?」と聞くと、奥さんはこう答. 宅での看取りが根付いている理由の一つは、こ. えました。「家で亡くなりたいから家に連れて. の島の「大往生なら、お祝いする」、すなわち「天. 帰ったのです。最後の瞬間は私と主人だけで過. 寿を全うした死を肯定的に受け入れる」という. ごしたかった。だから十分主人とお別れしてか. 住民の意識ではないかと考えます。超高齢化が. ら先生にお電話させていただきました」. 進み、死亡者が増加する多死社会を迎える日本. 病院では患者が亡くなると、死亡診断をする. では、このような住民の意識改革が必要になっ. ことを優先し、場合によっては家族に病室から. てくるのではないかと思っています。. 出てもらって心臓マッサージなどの延命処置を. 「治すこと」を目指して発展してきた日本の医. することもあります。さすがに在宅医療を始め. 療では、「自然のままに看取る」という選択肢. てからはそんな場面はありませんが、それでも. をほとんど提示してこなかったのが実情です。. 患者が亡くなったときはできるだけ早く到着し. 治せる病気には当然、治療が必要です。しかし、. 死亡診断することが医師の責務のように感じて. 老化や、まもなく訪れようとしている死に正面. いましたから、奥さんの言葉を聞いてこれまで. から向き合わず、本人にとってつらい治療を続. の考えが覆されました。 最期の瞬間に医者は. けてしまうということがあります。亡くなる最. いらないということなのかもしれません。. 後の瞬間まで点滴を続けるのは、「また元気人. - 13 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(17) なるのではないか、生き続けて欲しい」という 家族の想いと、 「何もしないのは医療の敗北だ」 と考える医療者の意識の、双方のなせる結果と も言えるでしょう。 大切な人を亡くした後で、 「自宅でも楽に、 自然に見送るという方法があった」ということ を知ったとき、「点滴をせずに楽にすごさせて あげたかった」「家で自然に見送りたかった」 と家族に後悔させないためにも、医療者は本人 と家族に十分な説明をし、納得して選べるよう に配慮する必要があります。そして、彼らの揺 れる気持ちにも寄り添う、温もりのある医療や 介護を途切れることなく提供していくことが大 事なのです。. - 14 -. 永井康徳 在宅医療よもやま話.

(18) 終末期の医療と介護に関する松山宣言 第 15 回日本在宅医学会大会 大会長 永井 康徳 平成 25 年 3 月 31 日  急速に進む高齢化によって、日本は多死社会を迎えています。  従来の、 「治す」ことが主眼の医療から、治せなくても患者本人や家族を「支える」医療と介護が強く求められています。 特に終末期に目指すべき医療と介護のあり方について、 終末期の医療と介護に関する松山宣言 を発信します。. 多死社会を迎え、避けられない死から目を背けず、 患者にとっての幸せや生き方に向き合う医療と介護を提供しよう (1)住み慣れた自宅や施設で最期を自然に迎える選択肢があることを提案しよう。  医療は治すことを主目的に発展し、多くの場合、亡くなる直前まで治そうと努力し続けてきました。これからは、たとえ治ら なくても、死が避けられなくても、住み慣れた場所で、その人にとって適切な医療や介護を受けながら自分らしく生活を営み、 死を自然に迎えるという選択肢があるということを広く知ってもらい、普及していく必要があります。症状を緩和する多様な方 法があることを普及させることも進めていきましょう。. (2)治すことができない病や死にゆく病に、本人や家族が向き合える医療と介護を提供しよう。  治せる病気を治すのは当然です。ただ、疾患の根治にのみ価値をおいていては、患者家族も穏やかに病に向きあった生活がで きません。生命の有限性を医療・介護従事者も本人・家族も認識をした上で、亡くなるまでどう自分らしく生きるかについて考 えることが重要です。死が避けられない以上、本人や家族が命としっかりと向き合い、話をして、病と共に生きていくことを支 えましょう。. (3)本人や家族が生き抜く道筋を自由に選び、自分らしく生きるために、苦しさを緩和し、心地よさ    を維持できるよう、多面的な医療と介護を提供しよう。  治らない病と共に生きる道筋がどのようなものであっても、住み慣れた場所で、苦しさを最小限にし、心地よさを維持するこ とに努めることは、医療者・介護者の大切な役割です。単に、身体の痛みを取り除くことだけに留まらず、人生に別れを告げる 悲しみや本人に思いを馳せながら、代わって道筋を選択する家族の重荷にも配慮しましょう。. (4)最期まで、本人が自分らしく生ききることができるよう適切な医療と介護を提供し、本人 や家族   と共に歩んでいこう。  人は治らない病気になっても、誰でも最期まで自分らしく生きることが出来ます。死を迎えるまで変化し、最期までその人ら しいより豊かな生を全うできる権利を持つことを理解した上で、適切な医療と介護にあたりましょう。どう自分らしく生きるか 気持ちが揺れ動く本人、家族とともに医療者・介護者も考え、歩んでいくことが大切です。. (5)周囲の意見だけで選択肢を決定せず、本人の生き方や希望にしっかりと向き合って今後の方針を   選択しよう。  本人にとって最善の医療と介護は何なのかを常に考え、身体だけを生かし続けることに執着する医療から脱却し、それぞれの 患者の生き方や価値観、希望に合わせて、その人に最も適した医療や介護の提供を目指しましょう。  認知症や脳の障害、コミュニケーション障害等で、本人が自分の意志を表出できなくても、周囲の医療・介護従事者、家族の 考えだけで選択肢を決定するのではなく、 「本人にとって、この選択は最善かどうか」に思いを馳せて選択をすることが必要です。 可能ならば、事前に本人と今後の療養についての大まかな方針を話し合っておくことが重要だと考えます。.

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(25) 日時: 平成30年 12月 23日 (日) 開場 13:00 13:30~16:30 会場:大崎市古川保健福祉プラザ 宮城県大崎市 古川三日町2丁目5−1. 入場・参加費:無料 (どなたでもご来場いただけます) 【オカリナ コンサート】 13:00~13:30 出演:山の音楽家 shana(シャナ)さん(福岡県) 【基調講演】. 13:30~. 「 いのちを受けとめる町づくり 」 講師:にのさかクリニック 院長 二ノ坂 保喜 氏(福岡県) 1950 年、長崎県生まれ。長崎大学医学部卒、 長崎大学第一外科で研修のあと、救急医療、地域 医療の現場で経験を重ね、福西会病院などを経て、 1996 年、にのさかクリニックを開業。在宅医 としてホスピスに取り組む。自身が代表を務める 「バングラデシュと手をつなぐ会」などで、海外 ボランティア活動にも尽力している。 著書に『在宅ホスピス物語』(青海社)、 『在宅ホスピスのススメ』(監修、木星舎)、 『病院で死ぬのはもったいない』(春秋社)などがある。. 【看取り体験を語る ・ 対談】. お問い合わせ:地域緩和ケアあったかネット事務局 宮城県大崎市古川穂波六丁目30番12号 穂波の郷クリニック内 TEL:0229-24-3880 FAX:0229-24-6886. 助成:公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団.

(26) 2018. 12. 23. Hats On For CPC. &.

(27) 7 63. 63. 5. 21. 5 0 0. 21. 0. 1. 21. 1. R. 2 0. 6. 859. 7.

(28) 1. O 2 S 4. 0 8. •. •. • • •. 6. 9.

(29) in. 31. 2018.

(30) • • •. 0. • • •. T S. • • • • •. W 3. • •. P. • • • • • • • •. T T. 2 T. 9. T T. W 3. 13 6.

(31) 43.

(32) GOOD JOB!!. 45. 48. 本人の意思と家族の思い、 それに支えと工夫があれば、 最後まで在宅で過ごすことが できる。.

(33) 51. ². S M. ² ² ². M W. 52. z. 53. 2017 2 2. 5.

(34) z. §. § § §. 1 6. 3 1 2. 150 70. § §. の.

(35) 地獄にするか極楽にするかは コミュニティ次第 64.

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参照

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