炭素価格と電力価格
著者
木船 久雄
雑誌名
名古屋学院大学論集 社会科学篇
巻
43
号
2
ページ
31-42
発行年
2006-10-31
URL
http://doi.org/10.15012/00000822
名古屋学 院大学論集 社会科学篇 第43巻 第2号 (2006年 10月)
炭素価格 と電力価格
木
船
久
雄
目 次1.は
じめに2.排
出量取引 とC02価格3.C02価
格 と電力価格4.タ
ナボ タ利益 と政策対応5.イ
ンプ リケーシ ョン6.お
わ りに1. はじめに
排出量取引であろうが環境税 (炭素税)で
あ ろうが,具
体的な温暖化対策の導入は,C02排
出対策費を通 じて産業組織や産業構造に変化を もた らす。その理 由は,個
々の財は内包す るC02含
有率にしたが ってC02対
策 コス トを付加 し,財
サービス間の相対価格を変化 させる。そ れと同時に,同
一産業内における企業間の競争 条件を変えるからである。その影響は,電
気事 業 も避けて通れない。なぜなら,温
暖化対策は 炭素 フリーの電源をより多 く抱える電力会社 と そうでない電力会社 との間に,価
格競争力や企 業のブランドイメージにおける差異を生 じさせ る効果を有 しているからである。 電気事業においては,経
済効率性の追求や料 金水準の引 き下げを目指 して 1990年 代から規 制緩和による競争政策が導入 されてきた。温暖 化対策はこれとは全 く異なる目的一地球温暖化 の抑制一から導入される施策である。 しかしこ の政策は,企
業間競争や自由化・競争政策の上 に意図せざる副産物をもたらそうとしている。 それを白日のもとに晒 したのが 2005年 1月 か ら導入 されたEUの
排出量取引制度である。 この制度によって,市
場でC02に
対する価格付 けが行われ,そ
れが公開にされ るよ うになっ た。その結果,卸
電力価格 も名実 ともに,C02
対策 コス トを内包するようになってきた。 本稿では,
この制度をとりあげながら,温
暖 化対策が もたらす電力価格 と電気事業への影響 を検討する。問題意識の発端は,個
別具体的な 温暖化対策の実施が,規
制緩和後の電気事業体 制をさらに大 きく変容 させる可育帥生がありそう だ,
というものである。 なお,本
稿の構成は次の通 りである。 まず,EU市
場におけるC02価
格の推移を確認 し,次
いでそれがもたらす電力価格への影響を分析す る。 さらに,C02価
格が電力価格に組み込 まれ た際に生 じる消費者 と政策当局の反応について 検討 し,そ
れを踏 まえてわが国の電気事業への 含意を整理する。2.排
出量取引と
C02価
格
2.l EUETS
(1)EU ETSの
概要EUを
舞台 に した排出量取 引制度(EU ETSl)
は
,2005年
1月か ら始 まった。 これに先立 っこ と3年
,英
国 においては2002年 4月 か ら世界 に先駆 けて国内排出量取引市場が開設 されてい る (UK ETS2)。 英 国のETSが
自主 的参加 を 旨 としたの に対 し,EU ETSで
は,特
定設備保有事業所は強制 的 な参加義務 を負 った。具体的には,20MWth
以 上 の燃 焼設 備 (熱・ 電 力),石
油 精 製 装 置, コー クス炉,加
工 設備 (金属・ セ メン ト・ 石 灰 。ガ ラス・ セ ラ ミックス・ 紙パルプ)な
どを 抱 え る事 業所 が その対象 で あ る。2005年 5月 にEUに
加盟 した 10ヶ 国 について も,こ の枠組 みに加わ り,将
来的 には,
日本や カナダの事業 所が この市場へ参加す るのではないか とも喧伝 されている。C02排
出量が割 り当て られ る対象 は設備 ご と であるものの,具
体的 なキ ャップや配分方法 はEU加
盟 の各国「国家配分計画 (NAPI NationalAlocation Plan)」 に委ね られている。 また
,排
出量取 引制度 で取 引 され る商品単位 は「EUA」 であ り,
この1単位 はC02換
算 1ト ンである。 現在稼働 しているEU ETSは
第 1フ ェーズで あ り,2005年
∼2007年
の期間を カバ ーす る。 排 出量 の割当総量 の95%は
無償で配賦 され,残
l EU ETS(EU Emission■ading Scheme)の 導
入背景や指令は
,EU(2000),EU(2003),
さら に木船 (2004)な どを参′日、亀 また,排
出量取引制 度一般 に関す る解説 は,GISPRI(仮訳)(1999) などを参1亀2 UK ETSに
ついては,DEFRA(2002),な どを参 吼 りの5%が
新規事業者 などを対象 としてオーク シ ョンで配分 された。 現在,各
国は2008年か ら始 まる第 2フ ェーズ (∼2012年 )に向けて,新
たなNAPを
策定中で ある。第 2フ ェーズでは,割
当量の90%が
無償 で配賦 され,残
りの10%が
入札対象 とされ る予 定である。 また,京
都 メカニズムに組み込 まれ るプ ロジェク トベースのCDMや
JIに よるクレ ジ ットもその対象に加え られ る見込みである。 さらに,割
当量が遵守 されない事業者に対 し て は,罰
則が あ る。未達成量 に対 す る罰金 は, 第 1フ ェーズでは,lt―C02当
た り40ユーロ,第
2フ ェーズでは同100ユーロである。(2)EU ETSの
意義EU ETSが
画期的で あ った ことは,EU大
でC02価
格が設定 され,そ
れが公開情報 として広 く公衆 の目に晒 したことである。C02排
出権 の 売買は,EU ETS以
前 に も自主的OTC市
場 を中 心 に行われていたが,透
明性・ 公開性 とい う面 では中途半端 なものであ った。 例 えば,“Point Cπbon"はネ ット上 で取引会 員 を募 り,排
出権 の民間取引所 として先駆的 な 役割 を担 っている。 しか し,価
格情報 は会員内 に限 られていた し,取
引規模 も極 めて限定的で あ った。 また,英
国のETSに
ついて も,取
引は 民 間デ ィー ラーに委 ね られて いた。 そのため, 第二者が取 引実態 を知 るタイ ミングは,年
度が 替わ り,DEFRA 3等
の関係省庁や専門的な研究 機関が報告書 を公開 した後で しかなか った。 ところが,EU ETSが
公的に稼動を開始す る と,取
引市 場 は オ ラ ンダ のECXや
ドイ ツのEEX(電
力取引所)な どで展開 され,日 々のC02
3 DEFRA:Depaitment for Environment Food and Rural ALirs:環 境 。食糧・ 地域省。
炭素価格 と電力価格 C02価格 (EuЮ ′EUA) 価格や取引情報が公開のものとなった。取引市 場における価格の透明性 と公開は
,競
争的な市 場形成における不可欠要素である。EU ETSの
設置によって,C02市
場にもそれが実現 された と言 ってよい。2.2C02の
価格(1)C02価
格 の推移 2005年 1月 の取引開始以来,C02価
格 は,年
初 の 7ユ ーロ/EUA(lt―
C02)か
ら年央の7 月前後 まで急上昇 し,一
時は 30ユ ーロの値段 を つけた (図1参
照)。 同年 9月 に行 われ たIEA
(国際 エネルギ ー機関)で 行われた排 出量取 引市 場 をテーマとす るワー クシ ョップでは,専
らこ の価格高騰が議論 の焦点 にな った4。 それ とい うの も,C02価
格 の高騰が卸電力価格 の上昇 を 引 き起 こし,欧
州の大 口電カ ユーザ ー達が半ば パニ ック状態に陥 っていたためである。 同年 の夏場 を過 ぎ ると,C02価
格 は一旦値 を 取引」11(EUA) 350,000 300,000 250,000 200,000 150,000 100,000 50,000 下げ,年
末 には20ユー ロ/EUA前
後 に落 ち着 いた。 しか し,2006年
に入 り4月 まで再び高騰 の局面 とな り,そ
の後急落 して いる。 これは,C02の
排 出割 当てを受 けた事業者が,そ
の割当 量以下 に排出量を抑制す ることがで きず,実
績 報告 の期限 となる 4月 末 までに,排
出量取 引市 場 で不足分の手当てを していた,
と観測 されて いた。 しか し,各
国の集計結果か ら見れば,実
績 は割 り当て以下 で あ った と報告 されてい る。 いずれにして も,2006年
4月 を境 に,C02価
格 は急落 し,2006年
央では 15ユ ー ロ/t―C02あた りにある。 また,先
物価格 は 20ユ ー ロ前後であ る。4 1EA, IETA, and EPRI(2005), Fifth Annual
ヽVorkshop of Greenhouse Gas Emission Tradin3 1EA,Paris:27-28 September 2005.本 論では,そ の
WS発
表 された資料の幾つかを参照 している。WS
提出資料は,IEAのホームページか らダウンロー ド可育a http:ハn砒
.iea.org. り N ヽ り ヽ 0 0 0 N O N ヽ ミ 0 0 0 N O N ヽ め お 0 0 N ゆ N ヽ N お 0 0 N O N ヽ 一 お 0 0 N O N ヽ N 一 ヽ 0 0 0 N O N ヽ ゛ 一 ヽ 0 0 0 N り N ヽ 0 一 ヽ い 0 0 N り N ヽ 0 ヽ い 0 0 N り N ヽ ∞ ヽ ゆ 0 0 N り N ヽ 卜 ヽ ゆ 0 0 N り N ヽ 0 ヽ い 0 0 N り N ヽ り ヽ い 0 0 N Ю N ヽ ヽ り 0 0 N ゆ N ヽ め ヽ り 0 0 N O N ヽ N ヽ り O O N O N ヽ 一 ヽ り 0 0 N ゆ N ヽ N 一 ヽ ヾ 0 0 N O N ヽ 一 一 ヽ 寸 0 0 N り N ヽ 0 , ヽ ヾ 0 0 N 図l C02価
格 の推移(注)C02価格は
,EEXの
C02 1ndex(European Carbon lndeD。 (資料)EEX(European Energy Exchange)デ ータより作成。急 謄 期(1) 急騰 期(2)
C02価格
(―左 軸)
取 引量
lt‐
C02あ
たり20ユ ーロという値段は,決
し て小 さなものではない。 日本円に換算すれば 2,800円 (140円/1ユ
ーロ換算)で
あり,炭
素 トンあた りに直せば10,000円を超える。 こ れが,
日本の平均的な電力単価に上積みされれ ば,kWhあ
たり1.2円 (C02排 出係数を0.421kg_COAWhで
換算)の
価格上昇である。 この値 は,石
油火力で捉えれば,燃
料である原油の7 ドル/1バ
レルの価格上昇 に等 し く5,為 替 レー トの 15円/ド
ルの円安に相当する6。(2)C02価
格 の予測 一方,中
期的将来のC02価
格 は,徐
々に上昇 してゆ くと想定 されている。各種のC02予
測値 を まとめたNERAの
報告では,およそ次のよ う な傾向が示 され る7。2010年
前後 のC02価
格 は,10∼
17ユー ロ/
t C02と い つた ところだが,そ
れ以降 は上昇 ト レン ドである。2015年にな ると,高
い値で30 ユ口 /t C02,低
い もので も20ユ ーロ/t_C02
である。将来 シナ リオは様 々であるものの,い
ずれのケースもC02の価格上昇 はコンセンサス である。 個 々の企業 では,競
争力確保 のために早期 に 安価 なCDMや
JIとい った クレジ ットの確保 に 余念が ないだ ろ う。 しか し,C02排
出量取 引市 場全体 としては,C02対
策費用が上昇 し,
また 需給が タイ ト化 して価格 は上昇す る。 この ことは,他
の条件が一定であれば,中
期 的 に電力価格が上昇す ると予測 していることに 他 な らない。 なぜ なら,そ
の対策費用は電力価5
計算は,為替 レー ト110円/ドル,熱効率39% を前提 とする。6
計算は,原油価格50ドル/バレル,熱効率39% を前提 とする。 7 Harnson,D.J`&D.Radov(2005),p.11 格に上乗せされるからである。3.C02価
格 と電力価格
3.l C02価
格と電力価格との相関 競争的な卸電力市場において,C02価
格は, 電力価格 にダ イレク トに反映 され る。なぜな ら,競
争市場の電力価格を決めるのは,供
給力 の限界費用であり,そ
の限界費用に新たに追加 される費用がC02価
格であるからだ。 2005年 の年初から年央までのEEXに
おける 電力取引価格は,上
昇するC02価
格を忠実に反 映 したものとなった。図 2は この両者の関係を 示 している。 また,こ
の間の両者 の相関式 はPrOmi(2005)に
より次のように推計 された。Y=0.56X+29.3 R2=0.95
(1)
Yは
l MWhあ
た りの電力価格,Xは
lt‐C02
あた りの価格である。 この式が持つ決定係数は 0.95であるか ら,当
該式 はこの間の電力価格の 動 きを95%ほ
ど説明可能である。 また,変
数Xの
前 に得 られ たパ ラ メー タの 0.56も重 要 な意 味 を持 つ。IEAの
資料 によれ ば,
ドイツ電気事業の電力C02排
出係数 は,約
0.6kg_COノlkWhで
あ る。推計式(1)に
よ っ て得 られた 0.56は,ほ
ば この係数を推計 したも の と読む ことがで きる。つまり,lt‐C02あ
た り の価格が 1ユ ーロ変化すれば,C02排
出係数 を 通 じて,卸
電力価格はl MWhあ
た り0.56ユ ー ロ変動す る,
とい うことを示 している。 こうし た統計処理か ら,少
な くて もEU ETSが
開設 さ れた2005年の前半においては,C02の
値段 は電 力価格 に直接影響 していた,
と判断で きる。 ただ し,2005年
の夏場を過 ぎると,この相関 は大 き く崩れている。年央か ら年末に至 るC02
価格 は約 20ユ ー ロ/tC02で
ほぼ横ばいに推移〓 〓 Σ ヽロ I H 準 嘔 沢 艘 量 炭素価格 と電 力価格 C02価格 ユーロ/トンーC02 図
2 C02価
格 と卸電 力価 格 の相 関(出ワ千)Proili,A.000D,The European Emission lYading and the Alumlnum sector,p15.
“ “ “ “ ” お していたにも拘わらず
,
この時期の電力価格は さらに急上昇 している。言 うまでも無 く,
これ は,卸
電力価格を決めるのは単にC02価
格だけ ではないということである。 この時期の電力価 格押 し上げの要因は,高
騰する天然ガス価格で あった。 ここで重要なことは,日
に見える形でC02に
値段が付 くと,そ
れが卸電力価格を形成する現 実的な一つの要素になったこと,
しかも限界費 用を反映する卸電力市場 (電力取引所)で
はそ れが忠実に行われたこと,で
ある。3.2
限界費用と発電事業者の利益(1)電
力供給の限界費用C02に
値段が着 き,そ
れが競争的市場によっ て忠実に電力価格形成に反映されればされるほ ど,技
術革新や経営努力によるコスト削減要因 が存在 しない限 り,競
争的な卸電力市場の価格 は上昇する。 しか もその価格上昇の大 きさは, 電力会社の『環境報告書』で示 されるC02排
出 係数8に依存するのではな く,C02の
限界費用 に依存する。そのため,競
争市場での電力価格 は,従
来 に加 えて新 たな価格変動要因を抱 え る ことになる。 この関係を ドイッの卸電力市場か ら確認 して お こう。図3は,需
要曲線 と供給 曲線 の交点 で 卸電力価格が決定 され るEEX市
場 をモデル化 した ものである。 ここで,発
電 コス トにC02対
策 コス トが加 わ った場合の均衡価格を考えてみよ う。C02排
出係数 は,石
炭火力 は大 き く原子力 はゼ ロ,
と い うように電源毎 に異 なる。 そのため,各
電源 のC02対
策費用を含 めた変動費 は,C02価
格 を 電源毎のC02排
出係数 で割 り返 して上乗せす る ことによ って求 め ることがで きる。図3で
は,8『
環境報告書』等で個別電力会社が示すC02排出 係数は,当該会社が排出するC02量を販売電力量 で除 しているため,電
力量「平均」排 出量 (kまCOAwh)と
なる。 しか し,排
出量取引市場で決 定 されるC02価格は,C02の追加1単位あた りの 価格であり,それが卸電力市場に反映 される際に は,C02の限界費用が電力供給の追加限界費用 と なる。規模の経済が存在 しない場合には,一般に 限界費用は平均費用を上回るか ら,競
争市場の電 力価格は,変
動圧力が加速 される。 .鋒 鶴● み 0.56はC02原 単位に近い Y=0.56X+29.3 R2=o.95 脅 渉 .グイ 警1. %′‐ ■♂Ⅲ暉 イ´慾″4・ 濠■ξ● 2004年11月 ∼2005年7月タナボタ利益 つ 市場価格(除C02) 排 出権取 引 想 定 され る需 要 の 範 囲 限界設備 市場価格(含C02) 発電設備 図
3
卸電力価格 の決定 とC02コス ト(注)(1)Opencycle gas turbine,(2)C01nbinedcycle gas turbine,(3)l lust run:run‐oirive■ wind,CIIP (出所)RWE(2005),Lcts&Figures 2005(Updated November,2005),p.83
電 力 価 格 ストラン(3) マ C02コ ストを含めた場合とそうでない場合 との メリットオーダーの順番が変わらないケースを 示 している。 しか し
,C02価
格がさらに高いも のになれば,新
型CCGTと
旧型石炭火力(旧型 褐炭火力を含む)の
位置は左右逆転する。C02価
格を加味 した場合の均衡価格はスで示 され,そ うでない場合のん に比べて割高なもの となる。 この価格上昇分が排出量取引の影響だ ということになる。(2)追
加 され る利潤C02価
格 は電力供給 におけ る追加的費用であ り,そ
れによ って競争的な電力価格が決定 され ると,発
電事業者の収益構造は変化する。原子 力発電 に端的にみ られ るように,炭
素 を排 出 し ない電源は労無 くして追加的な利潤 (生産者余 剰)を獲得す ることがで きる。 そのため,C02を
排 出 しない発電 設備 をどれ ほど抱 えて い るか が,発
電事業者の収益力を測 る重要 な物差 しに な って くる。 こ うした限界費用 による価格付 けによって, 政治的問題 と化 して しまうのが図中に示す「 タ ナボ タ利益?」 である。詳細 は後述す るが,何
が しかの理由で限界費用が上昇すれば,そ
れ と は無縁 な電源 に もた らされ る利益 は拡大す る。 濡れ手 に泡,で
あ る。原子力はC02排
出量 とは 無 縁 で あ るの に,い
や無縁 で あ るか らこそ,C02に
値段がついた とたん,追
加利益が もた ら され るのである。3.3
平均費用 とC02価
格(1)相
対契約 と平均費用 電力取引所 における卸電力価格が前述のよう な限界費用で形成 され るとして も,特
定 の契約 を供給者 と交わ している需要家や家庭用の小売 電力価格 は,
これ とは異 なるメカニズムで決 ま る。例えば,発
電事業者 と大口需要家や販売会 社 との間で長期 の相対契約 を結 んでいる場合 に は,電
力価格 は,必
ず しも上 のよ うな競争的限 界費用 を反映す るわけではない。 なぜ なら,発
炭素価格 と電 力価格 電会社が提供す る電力価格は
,C02排
出量削減 に関 る費用 (自ら行 うC02排
出削減費用 十排 出 量取引市場での排出権購入費用)の
平均値 を上 乗せ した ものに留 め る可能性があるか らだ。 そのため,co2対
策 コス トを含めた電力会社 間 の平均 的 な コ ス ト競 争 力 を み るた め に は,lkWhあ
た りの平均C02排
出量― いわゆ る電力C02排
出係数―が有効である。欧州 の主要電力 会 社 のC02排
出 係 数 は,各
社 の『会 社 年 報 (Annual Report)』 か ら拾 うことがで きる。 それ らに,欧
州各国の電力C02排
出係数を併記 して 比較 したものが図4である。 これを見 ると,排
出係数 の最 も小 さな電力会 社 と し て フ ラ ン ス のEdFが
あ る (42g_C02/kWh)o EdFは
,発
電量 の9割
弱 を原子 力 が賄 っている。逆に,石
炭火力が中心 の ドイツ の電 力会社(RWE,E-ON Vattenね
ll‐EuЮpe)は これに比べて旗色が悪 い。一方
,欧
州各国の 電力C02排
出係数 は,水
力 。原子力に電源の中 心 を置 くスウェーデ ンの43,COAWhか
ら石 炭火力中心 のギ リシ ャ815g(同)ま
で,大
きな 開 きが あ る。先述 の よ うにC02が
価格付 け さ れ,そ
れが電力価格 に反映 されて,
しか も欧州夕
が
´
郷 ′
p野
甲 】
ン
タ
図4
欧州のC02排出係数(出所
)各
社Annual Report(2004年 値),各国 (2002年値)(OECDДEA)。大で 自由競争を させれば
,ギ
リシャや ドイツは グ ラフ上 の左側 に位置す る国か らの電力購入を 余儀 な くされ る。(2)C02排
出係数 と電力価格C02排
出係数 を用 いて,C02価
格が どれ ほど 個別会社 ごとの電力価格 (平均)を
変化 させ る かを想定 したものが図5である。 図5は,横
軸がC02価
格,縦
軸が それを反映 させた電力単価への影響を示 している。C02価
格 が10ユー ロ/t―C02で
あ れ ば,RWEで
はMWh当
た り7ユーロ,E―Onで
は同4ユー ロの コス ト上昇 となる。 また,2005年
の夏場 に記録 したC02の
最高値 (30ユ ー ロ/t―C02)の
状況 下 で は,E―Onと
RWEの
電 力単価 には,MWh
あた り約10ユー ロの格差が生 じていた ことに な る。MWhあ
た り10ユーロの格差は,日本 円に換 算すれば,kWhあ
た り 1.5円 である(同図の右 縦軸 目盛 り参照)。 大 口需要家 向 けの電 力小売 価格が6円∼7円/kWhと
言 われて い る状況 にあ って, これほどの コス ト格差を もたらす要 因が登場 して きた ことは,供
給側 は もちろん,電 力価格(EUR′MWh)
4.タ
ナボタ利益 と政策対応
4.1
タナボ タ利益への反応(1)消
費者 の反応 こうして,C02価
格が市場 で決 ま り,そ
れが 電力価格 に反映 されて くると,大
□需要家をは じめ とす る消費者の反応は冷静ではない。彼 ら は,こ
の事 態 を次 の よ うに捉 えて批 難 す る。C02排
出権 は発電事業者 に無料で配賦 されたに も拘 わ らず,電
力 価 格 は上 昇 した。 しか も, C02とは無関係のはずの原子力発電事業者 まで もが何 の努 力 も無 しに,利
潤 を拡 大 させ て い る。 こうしたタナボタ利益 (windね1l pro10に 対 しては,課
税す るか,不
当な利潤を リサ イク ル させて,電
力 価格 引 き下 げ原 資 に回 すべ き だ。 あるいは,直
接的に政府が電力価格 に何が しかの規制措置を講ず るべ きだ,
と。 経済学 の初歩 を学 んだ経験 を持 つ者 で あれ ば,
この批判が的を射ていないことは明 らかで あろ う。競争的市場 においては,価
格 は需要 と 供給で決 まり,供
給曲線は限界費用を表現 した ものである。火力発電にC02対
策 コス トが加算 されることによって電力供給の限界費用が上方 にシフ トし,価
格は上昇 した。 これによっても たらされた原子力発電事業者への追加的利潤 は,見
方によっては「 タナボタ」には違いない が,生
産者余剰 といわれる正当な利潤である。 そもそも競争的市場 とはそういうものである。 しかし,現
実にはこのタナボタ利益に対 して 批判が出され,政
治問題化 しつつある。(2)大
口電カユーザーC02排
出権価格が上昇 し,そ
れに伴い電力価 格が上昇すると,電
力多消費型産業を中心に政 府にその対応を迫 る事態になったことは前述の 通 りである。それと並行 しなが ら,電
力多消費 型産業は,
自らの企業存亡をかけて工場の立地 にまで思いを馳せる。 ドイツの例では,国
内の電力料金が高いこと を理由に9,ア ル ミ企業が 自らの工場を他国に 移 そ うとい う話が 2005年 10月頃か ら出て き た。政策当局 としては,国
内産業の空洞化や雇 電 力 25 ” “ ” 5 0 30 25 10 05 C02価格 (EUR′EUA) 図5 C02価
格 の電力価格へ の影響 (注1)RWEの
C02排出係数は 708gC02なWh EONの
それは377gC02/kWL (注2)日本円への換算は,140円/ユーロ。 需要家 にとって も看過で きることではない。 ―む▼‐RVVE ―中―E‐ON炭素価格 と電 力価格 表
1
各国の タナボ タ対策規制国 /団体 介入の タイプ 内 容 備 考
電 力多消費産業同盟 :
Alliance of Power―Intensive lndustnes 卸価格規則 C02の 機会費用 は入札価 格か ら除外すべ き 政策案を提出済み ア イル ラン ド 卸価格規則 支配 的発電 会社 へ の収入 規制 実 施 ア イル ラ ン ド 収入 リサ イクル 発電会社へ の追加的 に課 金 を行 い
,送
電料金 に助 成 当面,緩
やかに実施 スペ イン (他) 小売価格規制 電気料金上昇率 を2%以
下に制限 実施 スペ イン 割当量 /転売量の削減CTCの
支払 い,あ
るいは 割当量の減少 最新版 白書で提案 ドイッ 産業用特別料金制度 機会費用 を価格 に盛 り込 んだか を競争委員会が調 査中 アクシ ョン無 し フ ラ ン ス 産業用特別料金制度 政府主導 の長 期電 力割 引 契約 発表,未
実施 ス ウ ェーデ ン・ フ ィン ラ ン ド等 潜在的な 「 タナボタ利益」課税 現在検討 中の潜在的 な政 策 検討中 (出う斤)Harnson,D.J■&D.Radov(2000,p.16 用環境の悪化を避 けたいがために,電
力価格の 上昇圧力 を弱 め る施策 を検討 せ ざ るを得 な く な っている。 また,欧
州諸国の大 口電カユーザーである産 業需要家 は各社 で「環境 レポー ト」を作成 し, 自社がいかに環境 に配慮 しているかを消費者 に 向けてアピール している。 そこでは, 自社工場 はゼ ロ 。エ ミッシ ョンだの,年
間のC02排
出量 がどの程度であったかなどを公開 している。 そ の際,彼
らに とって,購
入す る電力のC02排
出 係数 の大 きさは,電
力供給会社 を選択す る一 つ9
ドイッの電力料金が相対的に高い理由は,大
き な税,化
石燃料の高騰など,温
暖化対策費用だけ に由来するものではない。 しか し,温
暖化対策 も その一つの要素である。 の要素 となっている。4.2
政策対応 政府が採 るべ くタナボタ利益への対応策 とし ては,次
のようなものが提案 され,そ
の一部は 既に実施 されている(表1参 照)。 それらの概要 は,次
の通 りである。 第1に,C02排
出事業者に対する無料割当量 の縮小である。C02排
出割当量は,市
場で価格 が付 き売買が可能であることか ら,実
質的に価 値を伴 った資産である。そのため,
これを無料 で配賦 された事業者は,労
せず して流動資産を 獲得 したことになる。 こうした不労所得を配賦 するような事態を避けようとすれば,割
当量の 有料化,そ
の方策 として割当量の入札制度などが提案 され る。入札 によ って得 た政府収入 は,
C02対
策費用や送電料等 の補填 に充て る,
とい う方策が検討 され る。 第 2に は,
タナボ タ利益への課税である。 ど れ程の金額が タナボ タ利益 に相当す るかを判断 す ることは,そ
の方法論 も含めて難 しい。 しか し,こ
れに対 して課税 し,そ
の税収をC02対
策 や電力料金の割引に充当す るとなれば,消
費者 の不満はもとよ り,事
業者 の反発 も抑 え易 い。 第3には,電
力価格への規制 である。電力市 場 に競争政策が導入 されて以降,卸
電力価格の 変動 の大 きさは,常
に政策論議の的 とな って き た。 これにC02価
格が上積 み されて,さ
らに価 格の変動 に拍車がかか る。 こうした事態 に直面 す るにつけ,安
定 した物価や経済運営を図ろう とい う政策 当局 に とっては,価
格規制 を (再) 導入 したい とい う誘惑 にか られ る。 ア イル ラン ドやスペ インは,既
にそ うした政策を導入 して いる。 もちろん,
こうした動 きは規制緩和政策の文 脈か ら外れ るし,
この動 きが世界の新 しい潮流 にな っているわけではない。 しか し,少
な くて もこうした政策対応が現実 に存在 しているとい う事実 も見逃すべ きではないだろう。5.イ
ンプ リケーシ ョン 上で検討 してきたことを踏 まえて,わ
が国の 電気事業者や政策当局への含意は,次
のような ものがある。(1)変
わる電気事業の競争条件 具体的に新たな温暖化対策が施行 されるよう になると,電
力価格にC02対
策 コス トが上積み される。それは,名
実 ともに,価
格を通 じて電 力供給における競争条件の相対的変化をもたら す。具体的には,炭
素 フリーの電源をより多 く 抱える発電事業者が優位性を持つようになる, ということである。 そうした状況になれば,従
来の電気事業体制 の変革は不可避である。一般電気事業者におい てはこれまでの協調体制を維持することは困難 になり,企
業間競争は先鋭化する。そして,一
般電気事業者 vs PPSと いう対立構造だけでな く,一
般電気事業者同士の対立構造 も深まるで あろう。 さらに,一
般電気事業者 vs自 家発 。 コージェネ事業,
といった関係 も大 きく変わる ものと予想 される。 こうした事態に対 して,電
気事業者 はもとよ り,消
費者 もその対応策を 練 っておかねばならない。(2)電
力価格 の不安定化 の加速 電力価格が競争市場 (限界費用)で
決 まる環 境下では,電
力価格 の不安定化 はC02排
出量取 引制度 の導入によ って,
さらに加速 され る。従 来で も,限
界費用で決める卸価格 は大 き く変動 して きたが,C02対
策費が加 わ りそれに拍車 を かける。 そ うな った場合,価
格決定権を競争市 場 に委 ね るシステムが,本
当に望 ましいかど う か とい う問題 は,再
び政策論議の中で注 目を集 めることになるだろう。 筆者 は,電
力のよ うな基礎資材 の価格 は,平
均価格 で決 め,価
格変動 を小 さ く保 っ ことが望 ま しいので はな いか と考 えて い る。 そのほ う が,社
会的受容性 も高 いだろ うし,安
定 した経 済運営 に も好 ましい,か
らであ る。 この価格変動 に対処す るために,現
実 には, 発電会社 と需要家 とが相対契約を結んだ り,先
物市場 を利用 した り,
とい うリスク・ ヘ ッジの ッールが用いられ る。 そ うだ として も,そ
れが 可能 な経済主体ばか りではない し,大
きな価格 変動 を政治 や社 会が本 当 に受 容 す るのか ど う炭素価格 と電 力価格 か
,そ
れが社会全体 の厚生 に資す るのかど う か,
とい った点 も疑わ しい。 価格変動 に対す る社会的受容性が問題 にな る とき,電
気事業 に対す る規制 の変更や再規制 と い った局面 もあ るのか も しれ な い。EU内
で は,そ
んな動 きが少 しずつ顕在化 しているとい えよ う。(3)CDM・
JIクレジットの早期手当て 将来のC02排
出価格の上昇を所与 とすれば, わが国は早期にそして安価にCDMや
JIを手当 て しておかねばならない。EU ETSで
みた20 ユ口
/t C02は,日本円にして2,800円である が,こ
れを炭素 トンあたりに直せば,10,267円
である。 これは,2005年
末に環境省から提案 さ れた環境税の税率2,400円の4倍
強にあたる金 額である。 京都議定書の第 1約 束期間が満了を迎える時 期には,昨
年のようなtC02価
格が 30ユ ーロと いう事態 も想定 される。帳尻合わせのための, 多額の税金を投入するような事態は避けな くて は な らない。その ため に も,早
期 に安 価 にCDM・
JIへの手当てが必要 となる。(4)ESCO・
ソ リューシ ョン・ 新エネ・ 原子 力 また,省
エネルギービジネスは これ まで以上 に,電
気事業 において重要 な役 目を担 うことだ ろ う。DSM,ESCO,
ソ リューシ ョンと呼禾ホさ れ る事業は,今
後, ます ます経済性を高め,環
境 をマーケテ ィング手段 にす る市場 ニーズに応 え るビジネスとなる。 さらに,炭
素 フ リーの電源 は有望 な供給力 と な る。競争市場 にさらされた原子力発電 は,そ
の リスクばか りが強調 されて きたが,温
暖化対 策 の本格化 に伴 って,政
策 と社会 ニーズに後押 しされて再び スポ ットライトを浴びる可育旨性も 高 い。 しか も,そ
れが現実 となる日は,そ
う遠 くない将来のよ うに思 う。原子力 に とっては, フォローの風が吹 こうとい う条件整備は整 いっ つあるのだか ら,あ
とは競争市場での リスクを いかに軽減す る方策を用意す るかである。6. おわ りに
これまで述べてきたような状況変化をもたら したのは,政
府の温暖化対策である。政府が導 入する具体的な温暖化施策は,電
力会社間の競 争を激化 させる効果を持 っている。それは,政
策が持つ本来の目的から全 くかけ離れた効果で ある。 しか し, これに似た事例はい くらで もある。 例えば,米
国で 1970年 代初頭に導入 されたマ スキー法は,公
害対策を目的としていた。 この 法律への対応の違いが,そ
の後の,そ
して現在 の日米 自動車産業の競争力に多大な影響を及ぼ している。 新たな規制にどう対処するかが,企
業の未来 を決めかねない。 また,そ
れが一国の産業構造 の変化をも呼び起 こしている。地球温暖化対策 とは,
まさしく,
こうした大構造変革をもたら す引き金 となるのであろう。今後 も,変
革の端 緒を見落 とすことな く,注
意深 く観察 してゆき たい。参考文献
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申心にして一」,『名古屋学院大学論集 (社会科学