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「ブラヒミ・レポート」とその後――
山下 光
はじめに
初の国連平和維持活動(PKO: peacekeeping operations)(1)が行われたのは、1948年の第 1次中東戦争終了後に創設された国連休戦監視機構(UNTSO: UN Truce Supervision
Or-ganization)を以ってであるとされる(2)。国連平和維持活動局(DPKO: Department of
Peacekeeping Operations)によると、これ以降合計60ものPKOが世界中に展開され、この
うち2005年4月の時点では17のPKOが活動している(3)。
ポスト冷戦期において、PKOが活発に用いられるようになったことはよく知られている。
それは、冷戦期に創設されたPKOが合計18ある(4)のに対し、国連イラク・クウェート監
視ミッション(UNIKOM: UN Iraq-Kuwait Observation Mission、1991年4月)以降のPKO
の数はその倍以上の合計42であることによっても明らかである。 しかしこうした量的な増加以上に、1990年代以降のPKOをめぐる状況でより重要なのは、 その質的な変化である。もちろん、冷戦期にもPKOは変化してきていた。そもそも、PKO は国連憲章にもその規定がなく、また一貫したドクトリンなり理論なりが事前にあって実 行に移された類の活動ではない。それはむしろ一連の実践があってその後に、いわばその 総称として付けられた名前であり、その意味でPKOという言葉の内容は事後的に修正され る可能性を当初から与えられていた。とはいえ、冷戦期の実践を通じてPKOの基本的性格 についての一定のコンセンサスが国際社会で共有されるようになったことも事実である。 それは、中立性・自衛に限定した武力行使・紛争当事者の合意を中心とするものであっ (1)「平和維持」という言葉は、当初はpeace-keepingとハイフン入りで使われることが一般的だった が、最近はハイフンなしで使われることが多い。国連総会及び安全保障理事会(以下安保理)のPKO 関連文書について言えば、大体第51回期(1996年9月∼1997年8月)頃から後者の綴りになってい るようである。Cf., General Assembly Resolutions (GARs) 49/37 (9 December 1994), 50/30 (6 De-cember 1995), 51/136 (13 DeDe-cember 1996), 52/69 (20 February 1998).
(2) UNTSO創設の根拠となった決議50が採択された5月29日は、それから55年後の2003年に国連総 会によって「国連平和維持要員の国際デー」に指定されている。GAR 57/129 (24 February 2003). (3) DPKO, United Nations Background Note (30 April 2005). なお件数には含まれていないものの、こ
のBackground Noteではアフガニスタン復興支援のため2002年から活動している国連アフガニスタ ン支援ミッション(UNAMA: UN Assistance Mission in Afghanistan)も注記されている。
(4) 1989年11月創設の国連中央アメリカ監視団(ONUCA: UN Observer Group in Central America)を この時期の最後とした場合の数である。
た(5)。
ポスト冷戦期における経験は、こうした原則を含むPKOのあらゆる側面に多様性をもた らした。第1に、国連以外の地域機構や単独または複数の国家がそれぞれの「平和維持活 動」を行うようになった。北大西洋条約機構(NATO: North Atlantic Treaty Organisation) は旧ユーゴスラビア(コソボ、ボスニア、マケドニア)やアフガニスタンで、欧州安全保 障・協力機構(OSCE: Organization for Security and Co-operation in Europe)は旧ソ連圏 および東欧でそれぞれ紛争終結後の治安維持や平和構築を目的とした活動を行ってい
る(6)。欧州連合(EU: European Union)はボスニアとマケドニアへの警察ミッションの
派遣を行っている。アフリカでは1990年代初頭から西アフリカ経済共同体(ECOWAS:
Eco-nomic Community of West African States)が同地域で連続して勃発している紛争対処のた
めに軍事監視要員などを送っており、またアフリカ連合(AU: African Union)も2003年か
らブルンジに派遣している平和維持部隊(AMIB: African Mission in Burundi)に続き、ダ
ルフール紛争(スーダン)における平和維持活動を本格化させつつある(7)。第2に「平
和維持活動」として含まれるとされる任務の幅が拡大したことである。従来のような休戦 協定およびそれに関連する取極め(休戦ラインや緩衝地帯)の履行監視といった伝統的な
活動に加えて、①旧政府軍や武装勢力メンバーの武装解除、動員解除および社会復帰(DDR:
disarmament, demobilization, reintegration)、②選挙監視・運営を含む行政支援、③非武
装民保護や人権監視、④人道支援活動の保護などが含まれるようになった(8)。第3に、国
内紛争への対応としてPKOが頻繁に用いられるようになった(9)。これにより、PKOが紛
争終結後の国家再建や国民和解過程により深い関与を要請されるようになった。また、そ (5) こうした諸原則がどのように形成されるようになったかについては、Trevor Findlay, The Use of
Force in UN Peace Operations (Oxford: Oxford University Press, 2002)が詳しい。
(6) またロシアも、旧ソ連圏の中央アジア諸国(グルジア、モルドバ、タジキスタン)における紛争
に対し、自国のみまたは周辺諸国との共同で「平和維持部隊」を組織している。これについてはJohn
Mackinlay and Peter Cross, Regional Peacekeepers: The Paradox of Russian Peacekeeping (To-kyo: United Nations University Press, 2003)参照。
(7) Decision on Darfur (Assembly/AU/Dec. 54(III), 6-8 July 2004).このほか1997年には、中央アフリ カ共和国の周辺6カ国が同国の和平合意を監視する目的で部隊 (MISAB: Inter-African Mission to Monitor the Implementation of the Bangui Agreements)を編成している。この部隊は後に国連安保 理により憲章第7章下で授権された。Security Council Resolution (SCR) 1125 (6 August 1997). (8) 従来であれば「平和構築」に含まれるこれらの活動をPKOのそれに組む込むことの必要性につい
ては、例えば1998年12月に出された安保理の議長声明の中でも再確認されている。そこで安保理は、
「PKOのマンデートの中に平和構築活動の要素を適切な形で含むことの価値を認識する」とし、事 務総長に対しその旨についての報告をするように要請している。Statement by the President of the Security Council (S/PRST/1998/38, 29 December 1998).
(9) Albrecht Schnabel and Ramesh Thakur, “From An Agenda for Peace to the Brahimi Report: To-wards a New Era of UN Peace Operations?”, in: United Nations Peacekeeping Operations: Ad
Hoc Missions, Permanent Engagement, ed. Ramesh Thakur and Albrecht Schnabel (Tokyo:
れらの紛争が多くの虐殺や大規模な避難民の発生を伴うことによって、ときには紛争が依 然進行している場合にもPKOが派遣される事例(ボスニア、ソマリア)が見られるように なった。第4に、また最も重要な点として、PKOにおける武力行使のあり方が挙げられる。 以下に見るように、PKOの任務と規模が拡大しその構成に文民が多く含まれるようになる ことによって、また、内戦終結直後、あるいは内戦がまだ終結していない状況に頻繁に派 遣されるにつれ、従来の枠を超えて武力が行使されるようになり、それがPKOの活動に重 要な影響をもたらすようになった。 かくして「平和維持活動」という言葉の射程は広くなっていった。その結果、PKOがそ もそもどのような活動を示すものか、ということに関する国際的なコンセンサスは更に希 薄になりつつあるように思われる。ラギー(John Gerald Ruggie)の言うように、冷戦後 国連安全保障理事会(以下安保理)により授権された多くの「平和維持活動」が、従来PKO として理解されてきた活動と憲章に規定された強制行動(enforcement)のどちらにも合
致しないが故に、それらの活動が「概念的空白」(a conceptual void)のうちにあるので
ある(10)。このことは翻って言えば、PKOの経験や失敗を総括的に踏まえた上で今後のPKO のあり方を論じる必要があることを意味する。 本研究ではしたがって、「PKOとは何か」、「PKOとはどのような原則に基づくものであ るか」という問題に対する現在の国際社会における答えを把握することを目的とする。上 記した状況に危機感を抱いているのは他ならぬ国連であり、国連平和活動特別パネル(座 長ラクダル・ブラヒミ元アルジェリア外相、Lakhdar Brahimi)が2000年8月に発表した 「ブラヒミ・レポート」(以下「レポート」)(11)の基本的な問題意識もそこにあったという ことができる。実際「レポート」とほぼ同時期(2000年4月3日に国連総会で発表、9月 6∼8日にミレニアム・サミットで審議)に発表された事務総長報告(「ミレニアム・レ ポート」)で事務総長は「レポート」の目的を「国連平和活動に関して我々がどこに立ち、 どのような進歩を望むことができるかをより明確にすること」と説明している。(12)「レポ ート」は、「PKOとは何か」に関する国際場裡の議論を把握する上での重要な区切りを提 供するものであり、本論でもこの報告書を分析の出発点とする。なお、PKOのあり方を考 察するといった場合、潜在的に分析対象となる問題は広範に及ぶことが想像されるが(例 えば軍事部門と非軍事部門の関係、財源と要員の確保、指揮系統、国連事務局側の制度改 (10) John Gerald Ruggie, “The UN and the Collective Use of Force: Whither or Whether?”, in: The UN,
Peace and Force, ed. Michael Pugh (London and Portland, OR: Frank Cass, 1997), p. 4.
(11) Report of the Panel on United Nations Peace Operations (A55/305-S/2000/809, 21 August 2000, Annex).
(12) Report of the Secretary-General: We the Peoples: the Role of the United Nations in the 21st Cen-tury (A/54/2000, 27 March 2000), pp. 48-49.
革など)、本論ではPKOという活動を構成する根本的な諸原則――伝統的なそれで言えば、 中立性・自衛に限定した武力行使・紛争当事者の合意――に分析を絞ることとしたい。ま たPKOの諸原則といっても、PKOを行う地域機構やPKOに参加する各国政府のレベルで多 様な考え方の発展が見られることが想定されるが、本論では依然としてこの分野の中心で ある国連におけるPKO概念を理解することに注力する(13)。 以下ではまず、「レポート」におけるPKO概念の再定義を紹介し、その再定義にいたる 経緯も把握する。次に、こうして提示されたPKO概念の再構築に対する反響を、国連にお ける実践と理論の両方から捕捉する。すなわち、「レポート」発表後現在にいたる時期に おいて、その再定義が安保理やPKO関連委員会での議論ではどのように受け止められ、ま た同時期において実際に組織されている各PKOのマンデートにどのように反映されている か(またはいないか)を分析する。こうした両面からの分析は、既に指摘したように、PKO という概念が委員会などでの議論よりも実際の個々のミッションでの経験に照らして変化 してきたという歴史的な事実に鑑みて、必要な作業であろうと思われる。結論では以上を 総括するとともに、それが国際社会の紛争に対する関与の現状についてどのような示唆を 与えるのかの考察を試みる。 1 「ブラヒミ・レポート」におけるPKO概念 まず本節では、「レポート」におけるPKO概念の再定義を特徴づけた上で、その特徴の 背景にあると思われる問題意識を整理する。 (1)PKO概念の再定義 「レポート」は、PKOにおける諸原則が以下のように再定義されるべきことを提案する。 ①伝統的な3原則、すなわち紛争当事者の合意、中立性、自衛限定の武力行使(14)は依 (13) 国連以外の主体がPKOに相当する活動に従事するようになったことに関しては、主に2つの分析 の視角がある。第1は各国または組織がそれぞれに発展させているPKOドクトリンの分析である(こ
れについてはFindlay, The Use of Force in UN Peace Operations, Appendixes 1-2を参照のこと)。 第2はいわゆる多国籍軍によるPKOに類似した活動の考察である。国連PKOに考察を限定した本論 では取り上げることができなかったが、これらの問題はいずれも重要であり、別稿にて検討する機
会を持ちたい。なお、注159参照。
(14) これらの概念がPKOの行動規準として考え出されるようになったのは、第2次中東戦争後の仏、
英、イスラエル軍のエジプトからの撤退とイスラエル・エジプト両軍の兵力引き離しなどを目的と して1956年11月に派遣された第1次国連緊急軍(UNEF I: UN Emergency Force I、1956-1967年)が きっかけであったとされる(これに先行するUNTSOと国連インド・パキスタン軍事監視団[UN-MOGIP: UN Military Observer Group in India and Pakistan]と異なり、UNEF Iは軍事部門の要員が
然としてPKOの根本的な原則である。だが、合意の提供が紛争当事者によって政治的 に操作されたり、またそもそも合意をもとめるべき紛争当事者が同定できない場合が あり、過去のPKOはこうした事態にうまく対処することができなかった。 ②しかしこうした状況におかれても、PKOは一旦派遣されればそのマンデートを完遂で きるようにならなければならない。したがって、PKOミッションの軍事部門は「自ら と、他のミッション部門とそのミッションのマンデートを守ることができなければ」 ならない。その交戦規則(ROE: rules of engagement)は国連部隊およびその保護対 象となる人々に対して向けられた攻撃の源を鎮圧するに十分な幅を持つべきであり、 攻撃を加えた者に指導権を握らせるようなものであるべきではない。
③したがってこうした場合、PKOの行動規準としての中立性とは「いつでも全ての場合
において全ての当事者を等しく扱うこと、すなわち不偏性」(neutrality or equal
treat-ment of all parties in all cases for all time)ではなく、「国連憲章の諸原則およびそれ
に基づいているマンデートの目的に忠実であること」(adherence to the principles of
the Charter and to the objectives of a mandate that is rooted in those Charter princi-ples)を意味する公平性(impartiality)として理解されねばならない。これを可能な らしめるには、より現実的なミッション・プランニングと明確かつ実行が担保された
マンデートの作成、明確な武力行使の授権、「より大規模の、よりよい装備を持ち高
コスト」だが「信憑性のある抑止的脅威」(a credible deterrent threat)となる武力
の付与、そして要員提供国の側にリスクを背負ってでもマンデートを遂行する覚悟が
あることが必要とされる(15)。
「レポート」はこの他にもPKOのさまざまな側面について提言を行っているが、それら
は上記の再定義を直接的に(例えば迅速かつ効果的な展開のための諸提言)(16)あるいは間
初めて武装するようになったPKOであった)。1958年10月に国連総会に提出されたUNEF Iに関する
事務総長報告で、ハマーショルド(Dag Hammarskjöld)はこの3原則を導入している。Summary
Study of the Experience Derived from the Establishement and Operation of the Force: Report of the Secretary-General (A/3943, 9 October 1958), paras. 154-180; Findlay, The Use of Force in UN
Peace Operations, Ch. 2.
(15) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 48-52. 明確かつ実行が担保されたマンデートの作成 (paras. 56-64)については節を改めて議論されているが、危険な状況へPKOを派遣すること(para. 56)や紛 争状況におかれた非武装民を「基本的な国連憲章の原則を支援するため」(in support of basic United Nations principles)に保護すること(para. 62)を念頭において議論している点で、前節におけるPKO の再定義と密接につながっている議論であると思われる。
(16) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 84-169. 効果的な展開を可能にするためには十分な財政、物資、 トレーニングや活動に当たっての戦略などが必要であり、また不確実な情勢で展開する場合には、 あらかじめ軍事・政治的な重心を把握して和平のプロセスが滞らないようにする必要があるとして
接的に(情報収集・分析能力の強化(17)、DPKOの拡充・機能強化(18)など、従来から指摘さ れてきた国連事務局・要員提供国側にある制度的問題点の矯正を主目的としつつ、再定義 されたPKOの方向性とも少なくとも齟齬しない性格のもの)前提としているように思われ る(19)。 さて、再定義については次の3点がさしあたり指摘できる。 第1に、この再定義は、PKOを行うに際してのいわば行動規準を示したものであり、PKO という活動が具体的にどのような活動までを含むものか、という点については実質的な定 義をしていない。「レポート」冒頭ではpeacekeepingという言葉が次のような形で紹介さ れている。 平和維持は50年の歴史を有し、ここ10年の間に国家間紛争の休戦監視や兵力分離とい った伝統的かつ主に軍事的なモデルから、軍民両方の多くの要素が内戦後の危険な状 況下で協力して平和を構築するという複雑なモデルをも包含するように急速に進化し てきている試みである(Peacekeeping is a 50-year-old enterprise that has evolved rap-idly in the past decade from a traditional, primarily military model of observing cease-fires and force separations after inter-State wars, to incorporate a complex model of many elements, military and civilian, working together to build peace in the dangerous aftermath of civil wars)(20)。
この曖昧さには、概念的な理由と実践的な理由がある。まず前者について言えば、平和 維持という活動を定義する基本的要素は、それが行われるタイミングである、ということ
である。「レポート」では国連による平和活動(peace operations)に包含されるものとし
て紛争予防(conflict prevention)、平和創造(peacemaking)、平和維持、そして平和構築
(peace-building)を挙げているが、この区別は国連による関与のタイミング――紛争が起 内に展開できるべきであると提言する(para. 88)。こうした前提に基づいて、活動におけるリーダ ーシップの確立(paras. 92-101)、適切かつ十分な要員の確保(paras.102-145)、広報活動能力の向上 (paras. 146-150)、物資調達プロセスの効率化(paras. 151-169)を提言している。なお、軍事要員の 確保に関連する箇所では、国連加盟国が国連待機制度(UNSAS: UN Standby Arrangements System) を通じてパートナーシップを形成し、迅速な展開が可能な旅団(brigade)規模のPKO部隊を幾つか 組織すべきことなどを提言している(paras. 115-117)。
(17) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 65-75; see also paras. 246-264. (18) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 170-233.
(19) また以下に見るように、「レポート」ではPKO以外の国連による紛争への関与、すなわち紛争予
防・予防行動(conflict prevention/ preventive action, paras. 10 and 29-34)、平和創造(peacemaking, para. 11)、平和構築(peace-building, paras. 13-14 and 35-47)にも分析は及んでいる。特に国連事務 局における機能強化に関しての提言は、こうした諸活動も念頭においたものになっている。 (20) A55/305-S/2000/809, Annex, para .12.
きる前(紛争予防)か、起きている状況(平和創造)か、紛争終結直後(平和維持)か、 それとも紛争が終結し国家再建に向けて動き出した状況以降(平和構築)か――に本質的 に依存している(21)。関与のタイミングによってその活動の基本的性格が規定されるが故 に、活動内容の範疇を予め設定しても平和維持という活動は定義できないということであ る。実際、上記したPKOの再定義をこの観点からもう一度見てみると、その活動が含む実 質的内!容!についてではなく、活動の形!式!についてのみ定義がなされていることが分かる。 もう一つの要素は、個々の紛争によってそのPKOに要請される活動内容というのはまちま ちであるという経験的事実である。既述したように、PKOが国家間紛争だけではなく内戦 にも使われることによって、この傾向はより顕著になっていると思われる。 第2に、この再定義で最も注目すべき点は、中立性の読み替えである。「中立性」は、PKO の文脈では不偏性(neutrality)として理解されていたが、リポートではそれに加えて公 平性(impartiality)としても解釈されるべきことを提言する。不偏性があくまで紛争当事 者を平等に扱うことを要請するとすれば、それを担保する最も確実な方法は武力を用いな いことである。かくして不偏性に基づくPKOの活動は、武力を極力用いないことを重視し てきた。これに対し、公平性はそのPKOのマンデート(そしてそれが拠って立つところの 国連憲章の諸原則)に忠実たることを要請する。したがって、そのマンデートの実行を様々 な仕方で妨げる紛争当事者に対しては、それを断固として排除する行動が可能になる(22)。 公平性概念導入の狙いは、こうした行動の幅・強度の拡大にあるように思われる。 第3に、この区別が、PKOとして理解される2つの異なる活動の基本的な性格の区分を 作っているということである。上に紹介した「平和維持」という言葉の紹介においては、「国 家間戦争後の停戦監視や兵力分離を行う伝統的な、主に軍事的なモデル」(以下伝統的PKO、 traditional peacekeeping)と「軍民両方からなる多くの要員が協働して内戦後の危険な状 況に平和を構築する複合的なモデル」(以下複合型PKO、complex peacekeeping)が区別 されている。そして「レポート」では伝統型に対しては不偏性を、複合型に対しては不偏 性だけでなくそのおかれた状況に応じ公平性を適用すべきであること、また特に紛争当事 者に対してはそのミッションがどちらの性格のものかをはっきりと示さなければならない と論じている(23)。 (2)「レポート」の問題意識――1990年代の経験と公平性をめぐる議論の推移 「レポート」においてPKOは、①紛争(国家間・国内を問わず)直後に派遣され、②紛 (21) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 10-13.
(22) Ruggie, “The UN and the Collective Use of Force”, p. 14. (23) A55/305-S/2000/809, Annex, para. 51.
争当事者の合意、中立性、自衛限定の武力行使を原則とするが、③この中立性は不偏性(紛 争当事者を平等に扱うこと)と公平性(国連憲章の諸原則とそれに基づくマンデートを実 現すること)の2つを意味し、そのPKOがおかれた状況が危険を伴うものかどうかによっ てどちらが適用されるかが決定される、として再定義されている。ここで大きな特徴は既 に触れたように、「公平性としての中立性」という概念の導入である。 では、どのようにして公平性という考え方がパネルによって取り上げられるようになっ たのだろうか。「レポート」は、冒頭で国連がそもそも「戦争の惨禍から将来の世代を救 う」ために設立されたにもかかわらず、国連が1990年代にその課題に「繰り返し失敗し、 現在もそこから向上していない」ことを指摘し、それに続いて次のように論じている。 国連平和維持部隊が介入を求められるべきではない多くの任務があり、赴くべきでは ない多くの場所がある。しかし国連が平和を支えるべくその兵力を送るということに なった時には、残存する戦争と暴力の諸勢力を打倒する能力と決意を以ってそれらと 対峙する準備ができていなくてはならない(There are many tasks which the United Nations peacekeeping forces should not be asked to undertake, and many places they should not go. But when the United Nations does send its forces to uphold the peace, they must be prepared to confront the lingering forces of war and violence with the ability and determination to defeat them)(24)。
ここに言う「平和維持のために部隊を派遣する場合、その活動に挑戦してくる勢力に対 しては然るべき決意・能力を以ってこれに対峙しなくてはならない」という主張は、上に 見た「公平性に基づく武力行使」の考え方そのものである。そしてここでは、この考え方 が1990年代の経験に対する反省に基づくものであるという認識が明確に示されている。既 に見たように、その経験とは、①複合型PKOが多用され、場合によっては内戦が終結して いない状況ですら派遣されるようになったこと、②それに伴って派遣される状況の危険度 が高まり、与えられる任務も多岐かつ複雑になったこと、③その一方で、その任務遂行に 十分な資源と権限を与えられなかったこと、④以上の結果、状況の悪化を食い止められな かったり、平和構築に必要な条件を作ることができなかったこと、と理解することができ る(25)。 以下では主要な報告書を手引きにしながら、1990年代のPKOの経験がいかに国連で議論
(24) A55/305-S/2000/809, Annex, para. 1; see also paras. 2 and 6(h). (25) A55/305-S/2000/809, Annex, paras. 15-28.
され、それが「レポート」における公平性の概念導入に結びついていったかを簡単に振り 返る(26)。 ア 平和への課題(1992年) 1992年6月17日に発表された事務総長報告「平和への課題」(以下「課題」)(27)は、冷戦 終焉後の世界が国連憲章に謳われた理想(国際の平和と安全、人権など)を実現するまた とない機会を国連に与えたという認識から出発し(28)、予防外交、平和創造、平和維持、平 和構築の4つについて国連の機能を活性化する提案を行っている。 本論の視点から重要なのは、「課題」で最も注目された提言としてもよく紹介される平 和強制部隊(peace-enforcement units)である。平和強制部隊は国連加盟国から自発的に 提供された兵員より組織され、PKOに比して重装備を持ち、安保理の権限下で事務総長の 指揮に従って行動する部隊であるとされる。こうした部隊が必要なのは、停戦合意が守ら れなくなった状況でそれを回復・維持するために国連が部隊派遣を要請されることがあ り、「この任務が時としてPKO部隊のミッションや平和維持部隊提供国の予想を越えるこ とがある」からである。それは、国連憲章が本来描いた「国連軍」――安保理と加盟国と の協定に基づき提供され、平和への脅威に対処するために動員される兵力――が「しばら
くの間は」(for some time to come)現実化しそうにないという認識に立っている(29)。
ここでの問題は、「平和強制」と「平和維持」の関係である。上に見た説明では、平和 強制部隊は、「国連軍」ともPKOとも異なるものとして提唱されている。では、「課題」は PKOをどう定義しているのだろうか。平和維持は「課題」によると、「紛争防止と平和創 造の可能性を高めるため」「通常は軍事・警察要員を、また頻繁に文民要員をも含み、紛 争当事者全ての合意を以って派遣される国連のプレゼンス」である(30)。PKOとして括ら (26) 国連内部において、PKOのあり方は長年にわたって継続的な論議対象となっていた。国連総会の 常設委員会の1つである第4委員会では同問題が確立した議題の1つとなっているほか、1965年に
国連総会の下部委員会として設立された平和維持活動特別委員会 (Special Committee on Peace-keeping Operations) (GAR 2006[XIX], 18 February 1965)は現在にいたるまで活動しており、第4
委員会を通じて総会に報告書を提出している。近年の活動については、“General Assembly and
Peacekeeping”, online at http://www.un.org/Depts/dpko/dpko/ctte/CTTEE.htm, accessed 19 May 2004参照。
(27) An Agenda for Peace: Preventive Diplomacy, Peacemaking and Peace-keeping (Report of the Secretary-General Pursuant to the Statement Adopted by the Summit Meeting of the Security Council on 31 January 1992) (A47/277-S/24111, 17 June 1992).
(28) A47/277-S/24111, para. 3; see also paras. 8-19.
(29) A47/277-S/24111, para. 44. 国連の活動要員の安全確保一般に関する議論でも、同様の考え方を見 ることができる。すなわち彼らが身の危険にさらされている場合には、安保理はどのような行動を 取るとることができるかを考えるべきであり、その場合憲章第7章下の行動をとる可能性も開いて おくべきであるとしている(paras. 66-68)。
れる活動が多岐にわたることの認識は示しながら、しかし合意を定義に明確に盛り込んで いる点や、紛争防止と平和創造という本質的に外交努力である活動に資するものとして PKOを特徴付けている点において、この定義は伝統的モデルに依拠したそれであるという ことができる。このように定義されたPKOの活動が「平和強制」的活動と共存するもので ないことは、容易に予想される。強制部隊が既に展開しているPKO部隊とは別に投入され た場合には、その同じ国連下の組織であるPKO部隊もこれに類似した存在と見なされ、そ の安全が悪影響を受ける。またPKO部隊が状況の変化に応じて「平和強制的」な行動をと る権限・資源を与えられた場合には、部隊をめぐる治安状況が少なくとも一時的には悪化 するのみならず、(仮にそうした行動が成功したとしても)それまで同じ部隊が行ってき た非強制的な活動の継続は難しくなる。 換言すると、「課題」で定義された平和維持活動の文脈における平和強制活動の問題点 は2つである。第1に、「課題」は、平和強制活動と平和維持活動の間に一定の「切れ目」 を想定しているが、実際にそうした一線を画すことは、特に平和強制活動の対象となる紛 争当事者にとっては困難である。第2に、その結果、既に展開しているPKOがその要員の 安全確保と活動維持においてさらなる障害に直面する可能性がある、ということである。 イ 平和への課題追補(1995年)(31) 「課題」発表後2年半のうちに起きた、国連の安全保障機能をめぐる変化は、こうした 「課題」の問題点を認識させるものであった。その変化として「平和への課題追補」(以下 「追補」)が挙げるのは次の4点である。第1に、安保理がかかわる紛争の数が急激に増え、 しかもそうした新たな紛争の多くが国内紛争であることである。こうした紛争には明確な 指揮系統を持たない民兵や武装した市民が戦闘員となり、国家組織も破綻していることが
多い(32)。こうした中でPKOが派遣される場合、その要員は「絶えざる危険」(constant
dan-ger)の中でより複雑な任務を遂行しなくてはならない(33)。第2に、内戦が作り出すこう
した過酷な状況の中で人道活動もしばしば継続が困難になるため、その保護のために国連 の部隊が武力を行使するようになったことである。ボスニアやソマリアでの活動を例に挙
げながら、「追補」はそうした憲章第7章下で授権された武力行使について、「国連は、侵
(31) Supplement to an Agenda for Peace : Position Paper of the Secretary-General on the Occasion of the Fiftieth Anniversary of the United Nations (Report of the Secretary-General on the Work of the Organization) (A50/60-S/1995/1, 3 January 1995).「追補」は「課題」で取り上げられた4つの国連 の活動(予防外交、平和創造、平和維持、平和構築)のほか、武装解除や経済制裁のあり方につい ても言及している。
(32) A50/60-S/1995/1, paras. 8-14. (33) A/50/60-S/1995/1, para. 15.
略者(それが同定できる場合には)を食い止めるあるいは戦闘終結を強いるというマンデ
ートを持つことはなく、当事者の間で中立にとどまっている」と論じている(34)。そして
第3点は、PKOの活動として、文民的な活動(難民・避難民の帰還、人道支援、行政・司 法諸制度の復興支援、選挙監視など)がより多く含まれるようになった、ということであ る(35)。更に第4点目として、こうした「多機能PKO」(multifunctional peace-keeping opera-tions)は、国連が紛争終結後の平和構築に果たすことのできる可能性の大きさを示すも のだと論じている(36)。 内戦下の危険な治安状況での活動、人道活動支援のための武力行使、そして多機能性― ―これらの指摘(37)からは、ガリ事務総長が「複合型」PKOの登場を認識していることが 伺える。では、PKOの行動原則のあり方はどのように論じられているだろうか。 「追補」は、近年PKO部隊に託された任務の中には、3原則(不偏性、当事者同意、自 衛のための武力行使)からその部隊をして逸脱せざるを得なくさせるものが3つあったこ とを指摘する。それは、①人道活動の保護、②安全地帯(後述)における非武装民の保護、 ③紛争当事者が準備できている以上の速さで和解するように圧力をかけること、である。 「追補」が自認しているように、ここで念頭におかれているのは再びソマリアとボスニア での経験である(38)。そして、ガリ事務総長は次のように主張する。 現実問題として、その既存の部隊構成、軍備、兵站支援と展開の仕方から能力的にそ うすることが無理であるにもかかわらず、PKOに対して武力を用いるように求めるこ とほど危険なことはない。平和維持の論理は強制(enforcement)のそれとははっき りと区別される政治・軍事的前提から来ており、後者が推し進めるものは平和維持が 容易ならしめるべく意図されている政治的過程とは相容れないものである。この2つ の区別を曖昧にすることはPKOの活力を削ぎ、それに従事する要員を危険に晒す可能 性がある…PKOと武力行使(自衛を除き)は選択肢をなす手段(alternative techniques) であり、一方から他方への安易な移行を許すような継続線上の隣接する点(adjacent points on a continuum)として見るべきではない(39)。
(34) A/50/60-S/1995/1, paras. 18-19. 原文は“...the United Nations remains neutral and impartial be-tween the warring parties, without a mandate to stop the aggressor (if one can be identified) or im-pose a cessation of hostilities” (para. 19).ここで使われているimpartialityとneutralityは、本論でい う公平性と区別された不偏性をともに意味すると考えられる。 (35) A/50/60-S/1995/1, paras. 20-21. (36) A/50/60-S/1995/1, para. 22. (37) これらの指摘は予防外交、平和創造、平和構築なども含めた国連の国際安全保障上の機能全般を めぐる変化として紹介されているが、実際の言及のほとんどはPKOに向けられている。 (38) A/50/60-S/1995/1, para. 34. (39) A/50/60-S/1995/1, paras. 35-36.
「追補」はかくして、伝統的な3原則がPKO成功のかぎであることを再確認する(40)。「PKO と強制活動が継続線上にあるものと見るべきではない」というガリの指摘は、「課題」で 自ら行った平和強制活動部隊の提言が持つ問題点を自ら質したものと見ることができる。 実際、「追補」は平和強制活動部隊については沈黙したままであった(41)。 以上からいえるのは、PKOは伝統的な行動原則に立ち戻るべきであり、また果たす任務 が多種類にわたることは認めつつも、その原則が許す範囲でPKOはそれらの任務を果たす べきだという主張である(42)。ここにはしたがって、「公平性に基づく武力行使」を直接導 くような議論はない。だが他方、ここで注目しておくべきことは、ガリが「課題」発表以 降の変化として挙げているもののうち2つの点、すなわち内戦下での派遣に伴う活動の危 険性と人道活動支援のための武力行使に特に注意を促していることである。上にみた「追 補」の論旨は、ガリがPKOによる武力行使全般にはむしろ否定的であったということを示 している。だが同時にここには、「内戦下にPKOが派遣される場合、PKO関係者の安全を どう確保するか」「現地で行われている人道活動をどのように保護すべきか」という問題 意識が事務総長にあったこともうかがわせている。 問題は、これらの課題に対する十分な答えを「伝統的原則への立ち返り」という主張が 提供するものではないということである。なぜなら、そういった状況・任務に直面したと きに伝統的原則に依拠した行動が通用しなくなったということこそが、ソマリアやボスニ アで得た経験だったからである。しかし一方で「追補」は、危険な状況や人道活動支援に PKOがかかわるべきではないとまで主張するわけでもない。このような意味で「追補」は、 伝統的原則への忠誠と新たな状況・任務の狭間で、PKOのあり方をめぐる模索が未だ半ば であることを示唆している。
(40) A/50/60-S/1995/1, para. 33. このほかに実務上の教訓として指揮系統の統一性の確立、PKO要員や 必要な資源の迅速な動員、情報収集能力の向上などが挙げられている(para. 37)。因みに、これら 項目のほぼ全てが「レポート」でも依然として重要な検討対象となっている。
(41) ガリは緊急展開部隊(rapid reaction force)の組織を提唱している(para. 43)が、これはPKOの派遣 が急に必要になった場合に備えて、国連加盟国側で組織されるべきものとして考えられており、平 和強制部隊とは本質的に異なるものである。
(42) この考え方からすると、PKOを受け入れる側もそうした伝統的3原則を尊重すべきであるという
ことになる。実際、「追補」発表の1ヵ月前(1994年12月)、国連総会は「国際連合要員および関連
要員の安全に関する条約」を採択し(Convention on the Safety of United Nations and Associated Personnel) (A/RES/49/59, 9 December 1994)、加盟国に署名を促している。この条約は国連と派遣 先国との間の合意を通じて、国連の活動(憲章第7章下のものを除く)に従事する要員の安全を確 保することを目的としている。その序文(preambular para. 7)に記されているように、この条約の
前提は、「ホスト国の合意と協力」を取り付けることが要員の安全を最大化する条件であるとの認
識であり、その意味で「追補」でのガリの主張と相互補完的な役割を果たしているといえる。条約 は1999年1月15日に発効している。
ウ PKO特別委員会での議論(1995∼1999年)(43) 「追補」におけるPKOの伝統的行動原則への立ち返りの主張は、「追補」発表後のPKO特 別委員会における議論でも広く共有されるものとなっていた。1995年4∼5月に開催され た同委員会の議論では、参加者(44)の多くが「PKOの基本原則に関する事務総長の見解に 同意を表明し」、「憲章第6章下のPKOのマンデートと構造は憲章第7章下の活動のそれと は明確に区別されるべき」と述べたとされる(45)。こうした議論の結果、特別委員会は、委 員会全体として「追補」における事務総長の観察に合意するものであると結論付けてい る(46)。この結論は、1996∼1999年の委員会審議(47)でもそれぞれ再確認されている。 エ スレブレニツア報告書(1999年11月)(48) こうした論調への変化が見られるのは、スレブレニツア安全地帯陥落に関する事務総長 報告においてである。スレブレニツアはボスニア内戦(1992∼1995年)の際に国連安保理 の決議に基づき設立された6つの「安全地帯」(safe areas)のうちの1つであり、1995年 7月にセルビア系武装勢力の攻撃によって陥落した。当時スレブレニツアには約150名の
国連保護隊(UNPROFOR: UN Protection Force)要員がいたが、大規模(2,000人)かつ
相対的に重装備のセルビア系武装勢力の前に抵抗できず、また陥落直後に起きた7,000∼ 8,000人とも言われるボスニア人の集団処刑も食い止めることができなかった。報告書は こうした国連の対応を批判的に吟味すべく作成されたものである。 この報告書でアナン事務総長は、「国連の犯した過ちの多く」が、「維持すべき平和が存 在しないのに平和を維持しようとし、平和維持のルールを当てはめようとした」(we tried (43) 既に注記(注26参照)したように、PKOに関する特別委員会等での議論は1965年以降毎年なされ ているが、ここでは「追補」後の国連内部での議論をスケッチする目的でこの期間に限定して取り 上げた。 (44) 正式な参加国は35カ国だが、審議には国連事務局からPKO担当事務次長をはじめ担当者が参加し ているほか、多くの非委員国がオブザーバーを出している。
(45) Comprehensive Review of the Whole Question of Peace-keeping Operations in All Their Aspects (Report of the Special Committee on Peace-keeping Operations)(A/50/230, 22 June 1995), para. 14. (46) A/50/230, para. 40.
(47) Comprehensive Reviews of the Whole Question of Peace-keeping Operations in All Their Aspects (Reports of the Special Committee on Peace-keeping Operations)(A/51/130, 7 May 1996), paras. 8 and 37; Comprehensive Review of the Whole Question of Peacekeeping Operations in All Their As-pects (Report of the Special Committee on Peacekeeping Operations)(A/52/209, 28 June 1997), paras. 12 and 41; Comprehensive Review of the Whole Question of Peacekeeping Operations in All Their Aspects (Report of the Special Committee on Peacekeeping Operations)(A/53/127, 21 May 1998), paras. 11 and 48; Comprehensive Review of the Whole Question of Peacekeeping Operations in All Their Aspects (Report of the Special Committee on Peacekeeping Operations)(A/54/87, 23 June 1999), paras. 13 and 49.
(48) Report of the Secretary-General pursuant to General Assembly Resolution53/35: The Fall of Sre-brenica (A54/549, 15 November 1999).
to keep the peace and apply the rules of peacekeeping when there was no peace to keep) という1点にあることを指摘し、次のような自己批判を展開する。 他のいかなる行動も[UNPROFORの]部隊の生命を危険に晒すことを知って、我々 は平和維持の原則――紛争当事者間の合意、同意による派遣、中立性――が支持され る環境を作り出そうと――あるいは、思い浮かべようと――した。我々は停戦合意を 通じ状況を安定化させようとしたが、そのことが結果として過半の土地を支配するセ ルビア人の立場に我々を近づけた。我々は自衛以外の武力行使を避けようとしたが、 そのことによって安全地帯を防護している者たちとの対立を引き起こした。彼らの安 全は我々の武力行使に依存していたからである(49)。 ここでは、「追補」に関連して指摘した伝統的3原則(上のように当事者同意と自衛の ための武力行使と同じ文脈で導入されていることから、ここで登場する「中立性」は不偏 性の意味として解することができる)の限界が明確に意識されている。その限界は、次の ようなジレンマとなって表れる。①主に人道的観点から非武装民保護のためにPKO部隊が 派遣される。②しかし保護対象となる集団が一勢力に属するためにそれに敵対する勢力か らはPKO部隊自体も敵視される。③これを避けるため、伝統的な3原則に基づいてより抑 制的な行動を取らざるを得なくなる。④その結果、本来の目的である非武装民保護ができ ない状況にPKO部隊が置かれることになる。 報告書の表現を借りれば、このような場合には「古いゲームのルールは通用しない」(the
old rules of the game no longer held)(50)のである。では、報告書はこれに対してどのよう な方向性を示唆しているのだろうか。それは、報告書がスレブレニツアから得られた教訓 を記している部分に見ることができる。整理すると、それらは次のようになる。
安全地帯には実は2つのタイプがある。それは、①国際人道法に基づき非武装化され交
戦者の合意により設立されたもの、そして②「信憑性のある軍事的抑止」(a credible
mili-tary deterrent)により完全に守られるもの、である。スレブレニツア安全地帯は「当事
者の同意もなく、また信憑性のある軍事的抑止も提供されないまま」、すなわちこの2タ
イプのいずれでもない中途半端なものとして設立されたが故に困難に陥った(51)。言い換
えれば、安全地帯が設立される場合には、両者のいずれかのタイプのものとして設立され ねばならない。そして後者のタイプに関して言えば、スレブレニツアのように「ある人民 (49) A54/549, para. 488; see also para. 492.
(50) A54/549, para. 493. (51) A54/549, para. 499.
全体を意図的かつ体系的に虐げ、追放し殺害する試み」が行われようとする場合、それは 「あらゆる手段をもって決定的な形で対抗すべき」であり、その政策を貫徹するだけの政 治的意思を国際社会はもたなくてはならない。大規模な人権侵害に対しては武力を持って 対抗するというこの考え方は、国連憲章の諸目的(それには人権の尊重も含まれている) およびそれに基づくマンデートの目的に忠実であることを意味する公平性の考え方と共通 するものであるといえる。 だが、報告書は「公平性に基づく武力行使」につながるこうした考え方をP!K ! O ! に!と!っ!て! の行動規準として提唱するところまでは行っていない。というのも、報告書はスレブレニ ツアから得られる「一般的教訓」として次のような点を掲げるからである。 最初の一般的教訓は、PKOが政治的コンセンサスが存在しない場合の代替物として使 われた場合、失敗する蓋然性が高いということである。PKOは……ある状況では安全 地帯や被保護地区に対してさえも一定の役割を持っている。だがPKOと戦闘行為は混 同されるべきではない異なった活動である。平和維持要員は、停戦合意や和平合意が 存在しない環境に展開されるようなことは、二度とあってはならない。一方の交戦者 に対し軍事的手段で国際社会のはっきりしない願いを押し付けようとするために、平 和維持要員が彼らの平和維持のための道具――散らばった場所にいる軽装備の兵士― ―を用いるよう命ぜられるようなことは、二度とあってはならない。必要な資源が提 供されず、そして必要な政治・軍事そして道徳的判断がなされない場合には、そうし た任務を果たすことは全く無理なのである(52)。
すなわち、PKOはあくまで当事者合意に基づいて、また「戦闘行為」(war fighting)と
は区別されて理解される活動であり、相手に対し軍事的手段で意思を押し付けることはで きない。このように見る限り、PKOは伝統的3原則の線でここでも理解されている。した がって安全地帯との関係で言えば、「信憑性のある軍事的抑止」で守られるべき安全地帯 に対してその抑止力を提供する役割は、PKOには閉ざされていると見るのが妥当であろう。 だが、伝統的3原則の限界に対する明確な認識が示されていること、そして公平性概念に つながるものとしての、深刻な人権侵害に対抗する武力行使のあり方が示唆されている点 は看過すべきではない。 (52) A54/549, para. 498.
オ ルワンダ・ジェノサイド独立調査書(1999年12月)(53) ルワンダでは1994年4月6日から、フツ族系武装勢力・政府軍の一部らがツチ族と穏健 派フツ族等を組織的に虐殺し始めた。ルワンダ政府とルワンダ愛国戦線(RPF: Rwandese Patriotic Front)により1993年8月に署名されていた和平合意も完全に破綻した。この状 況はRPFがフツ族系武装勢力らを駆逐して新政府の樹立を宣言する7月中旬まで続き、そ れまでに約80万人がこのジェノサイドの犠牲になったといわれている。 ルワンダ・ジェノサイド独立調査書(以下独立調査書)は「なぜ国際社会はこのジェノ サイドを防ぐことも、とめることもできなかったのか」という問題の反省を目的とし、こ の観点から国連をはじめとする外部の関与を批判的に吟味している。結論部分では、ルワ ンダにおける失敗を「ジェノサイドを予防または止めさせるに必要なだけのコミットメン トに乗り出す意思と資源が欠けていたこと」にあると論じ(54)、その責任を国連事務局(特 に当時アナンがトップを務めていたDPKO)、国連ルワンダ支援ミッション(UNAMIR: UN
Assistance Mission in Rwanda)、安保理、国連加盟国などに求めている。とりわけUNAMIR
については、ジェノサイドおよびその直前の期間におけるルワンダでのほぼ唯一の国連の プレゼンスであったことから、その活動内容はこの独立調査書の焦点の1つとなっている。 そもそもUNAMIRは和平合意の履行を支援するために――したがって伝統的なPKOの行 動原則に則って――1993年10月に設立されたPKOであったが(UNAMIR I)(55)、当初から 要員の規模・質、派遣のスピード、そして資機材調達の面で深刻な障害を抱えていた。だ がより根本的な問題は、そのマンデート自体が和平プロセスへの楽観的な見通しに基づい ており、和平合意が困難に陥った場合により積極的(proactive and assertive)な役割を 果たすようにはなっていなかったということにあった。UNAMIRは「伝統的なPKOのマン デートの下で中立的な役割」を果たすよう期待されていたのであり、こうした理解は現地 の治安状況の著しい悪化にもかかわらず維持され続けた(56)。実際、ジェノサイドの進行 が次第に明るみになってきた1994年4月中旬、安保理は「現在のルワンダの状況に鑑みて」 大幅な規模(2,539名から270名へ)とマンデート(休戦協定締結のための仲介などに限定) の縮小を決定している(57)。その後、決議918(5月17日)はUNAMIRの規模を5,500人にま で拡大し、国連・人道活動要員、人道物資の輸送手段および保護された区域や集団を脅か す者に対し「自衛のために行動をとる必要がある場合がある」ことを認めたが(UNAMIR (53) Report of the Independent Inquiry into the Actions of the United Nations during the 1994
Geno-cide in Rwanda (S/1999/1257, 16 December 1999, Annex). (54) S/1999/1257, p. 30.
(55) SCR 872 (5 October 1993). (56) S/1999/1257, pp. 30-32.
II)(58)、これはルワンダにおける人道危機を「国際の平和と安全に対する脅威」と認めた ことに基づく憲章第7章下の授権ではなかった(また要員提供が乏しかったため、UNAMIR IIが実際に展開しはじめるのは結局ジェノサイドが終わっ た 後 に な っ て か ら で あ っ た)(59)。 要するにUNAMIRをめぐって露呈したのは、国連加盟国側の「平和維持、とりわけ現場 でリスクを犯すことに対するコミットメントの欠如」であった(60)。ここで欠如していた とされる「コミットメント」は、3つのことを主に意味すると考えることができる。第1 は、(上の引用部分からの表現を借りると)「資源の欠如」、第2はマンデートの限界、そ して第3に主に国連加盟国側の「意思の欠如」である。独立調査書はこれらの背景として、 当時のPKO全体に関する環境、すなわち①1993年後半までにPKOに対する熱意が冷めてき たこと、②国連事務局側のPKOを組織・運営する能力の限界、③当時各地に展開されてい た活動部隊がさまざまな困難に遭遇していたこと、を挙げている(61)。 コミットメントの欠如のうち、本論の観点から特に重要なのは、マンデートの限界、す なわちUNAMIRが伝統的な行動原則に基づいており、しかもそれが現場の状況に応じて「積 極的」な行動を可能ならしめるように変更されなかったことである。では独立調査書は、 今後似たような状況にPKOがおかれた場合、どうすべきだと提言しているのだろうか。結 論部分の最後で、独立調査書はルワンダにおいて「国連は伝統的な平和維持の諸原則を超 えて行動をとる責任を負っていた」とし、次のように論じている。 実際、ジェノサイドを前にしては中立性というものはありえず、ある人口の一部を全 滅させようとするキャンペーンの前に中立性というものもありえない。ルワンダでの 国連の平和維持要員の存在は既存の和平合意の履行を監視する伝統的なPKOとして始 まったのかもしれないが、ジェノサイドの猛襲によって国連の政策決定者(事務総長 ・安保理からUNAMIRの幹部を含む)は、元々の[UNAMIRの]マンデート更には国 連の中立的な調停者の役割はもはや適切ではなく、それとは異なったより強い(more assertive)反応を、そうした行動をとるに必要な手段と組み合わされた形で必要とす る、ということを理解すべきであった(62)。 (58) SCR 918 (17 May 1994), para. 3. (59) S/1999/1257, pp. 43-44. (60) S/1999/1257, p. 39. (61) S/1999/1257, p. 39. ①と③に関して独立調査書は、ソマリアにおけるパキスタン人平和維持要員 (1993年6月)、アメリカ人緊急対応部隊員(10月、UNISOM IIの指揮系統とは独立して展開)の殺 害が深い影を落としていると示唆している。S/1999/1257, p. 41. (62) S/1999/1257, pp. 50-51。この引用における「中立性」もneutrality, impartialityが交互に使われて いるが、いずれも本論における不偏性の意味で使っていると理解できる。
ジェノサイドや民族浄化の試みを前にしたときには、「そのPKOのマンデートに非武装 民の保護が明らかに含まれていてもいなくても……国連はそのプレゼンス自体が作り出す 保護の期待と認識に応じるべく準備をしなければならない」(63)。スレブレニツア報告書で は、PKOが伝統的な行動諸原則に限った形で(その限界の認識は示されながらも)依然と して理解されており、ジェノサイドや民族浄化から非武装民を強靭な手段で保護する役割 はPKOのそれとしては提言されていなかった。これに対し独立調査書はむしろ伝統的PKO の限界を強調し、そうした役割を国連が担うべきだとしている。これにPKOが含まれるこ とは、以下から明らかである。 PKOのプランニングに際しては、適切な場合にはいつでもジェノサイドの予防を特別 な構成要素として含むべきである。PKO部隊が大規模な殺戮やジェノサイドのリスク に直面しそうな場合、その部隊のマンデートとROEに伝統的な中立性は適用されえな いこと、そして必要となる資源がそのミッションに初めから使用可能となっているべ きことが明記されるべきである(64)。 人道危機における非武装民の武力による保護という、公平性概念につながる考え方が、 独立調査書に至ってPKOの諸原則と結び付けられて考えられるようになったのである。 本節では、いかに「公平性に基づく武力行使」という考え方が国連におけるPKOの議論 の中で登場してきたか、という過程を簡単に紹介した。紹介はあくまで主要な報告書を継 時的にたどったものに過ぎない。しかしながら、2つの点を全体として指摘することがで きる。第1に、スレブレニツア報告書から独立調査書とつながる議論の文脈が、ブラヒミ ・レポートにおける提言に一定の影響を与えているということである。実際、「レポート」 で公平性概念を説明している箇所ではルワンダの事例に言及がなされ、独立調査書からの 引用もなされている(65)。 第2に指摘すべきは、このように影響を与えた議論の文脈そのものが持つ意味である。 すなわち、両報告書で指摘されたのは「内戦の中で脆弱な紛争当事者の合意の下でPKO部 隊が派遣され、結果として民族浄化(スレブレニツア)やジェノサイド(ルワンダ)とい った深刻な人道危機の只中に身を置くことになるが、これに対して伝統的諸原則は有効な 行動のための根拠を提供することができない」という文脈である。ここで選択は、伝統的 諸原則に沿った行動ができる条件が整うことを待つか、あるいは深刻な人道危機に対応し (63) S/1999/1257, p. 51. (64) S/1999/1257, p.55; see also p. 57. (65) A/55/305-S/2000/809, paras. 50 and 62.
た行動ができるように新しい考え方を導入するかである。この点からすると、スレブレニ ツア報告書以前の議論は前者の線にそったものだったのに対し、両報告書は後者の選択に 基づいて議論を進めているように思われる。そしてその結果導入された新しい考え方が、 公平性の概念であった。 公平性概念がその登場を深刻な人道危機に負っているということは、偶然ではない。第 2次大戦におけるホロコーストなどの経験から、人道に対する罪や非人道的行為が非合法 化され、また各人が享受するべきものとしての基本的人権の考え方が発展してきたのは戦 後になってからであった(66)。国連憲章の諸目的の1つに人権の尊重と助長促進が掲げら れているのは、その最たる例である。国際人権は主として平時における国家とその国の個 人の関係、国際人道法は戦時における国家と交戦国の国民および第三者(国際機関など) のメンバーとの関係で、前者が後者に負う義務をそれぞれ規定したものであるが、両者に 共通するのは人間の尊厳(human dignity)が普遍的に保障されねばならない、という思 想である。したがって、ある紛争において多くの人々がその保障を奪われているのであれ ば、それを回復することは人権・人道規範に基づく普遍的な要請であり、その行動は紛争 当事者の一方に利する性格(あるいは少なくとも意図)を持つものではない、ということ になる。「ある価値または目的が普遍的なものであると認め、それを実現するための行動 もまた普遍的に正当なものである」とする公平性概念に内在する論理は、こうした人権・ 人道規範――更に言えば自然法的な考え方(67)――に影響を受けていると見ることができ る。そして1990年代のPKOが人道危機に多く直面することによって、その概念はPKOのあ り方をめぐる思考へも入るようになってきたのである。 2 「ブラヒミ・レポート」後のPKO――議論と実践 前節では「レポート」の提言におけるPKOのあり方をまず整理した。そこで注目された のは中立性を伝統的な不偏性としてだけでなく公平性としても理解するという点であっ た。したがって節の後半では、公平性概念がどのような議論の過程でどの時点から登場す るようになったのかということを「平和への課題」以降の主要な国連の報告書をもとに分 析した。以下では、まずその後の国連での議論においてこの提言がPKOのあり方をめぐる (66) 人権と人道に関する規範の発展については、例えばJack Donnelly, International Human Rights
(Boulder, CO: Westview Press, 1998) and Gerald I.A.D. Draper, “The Development of International Humanitarian Law”, in: United Nations Educational, Scientific and Cultural Organisation,
Interna-tional Dimensions of Humanitarian Law (Dordrecht: Martinus Nijhoff, 1989), pp. 67-90参照。
(67) この点に関しては、例えば篠田英朗『平和構築と法の支配――国際平和活動の理論的・機能的分
どのような論点を喚起したかを整理する。次に、「レポート」の発表から現在にいたる期 間に組織(または大幅に改編)されたPKOのマンデートに焦点を当て、それらを「レポー ト」で提言されているPKOのあり方と関連付ける。 (1)PKOのあり方をめぐる近年の論調 「レポート」に添えられた国連総会と安保理への書簡の中で、アナン事務総長はその分 析を「率直かつフェア」、提言を「高遠だが見識に満ち実際的」だと評価し(68)、これを受 理した総会と安保理の決議の中でも、その提言を「速やかに」考慮することが要請(69)・ 決定(70)された。その後、「レポート」の提言を受けてアナンはその実行のための報告書を 2カ月後に提出し(71)、また翌年6月には国連事務局のPKO運営に関する詳細な改革案(72) を発表している。一方、PKO特別委員会は「レポート」およびこれらの改革案の内容をも 受けた形でPKOのあり方に関する議論を継続してきている。もちろん、「レポート」の影 響は国連のこうした公式なやりとりに限定されるものではなく、PKOに関心を持つ多くの 方面で――その全てが必ずしもフェアな理解に基づくものではないにせよ(73)――反響を
(68) Identical Letters Dated 21 August 2000 from the Secretary-General to the President of the Gen-eral Assembly and the President of the Security Council (A/55/305-S/2000/809, 21 August 2000). (69) GAR 55/2 (18 September 2000), para. 9. この決議はミレニアム・サミット最終日(2000年9月8
日)に各国首脳を集めて採択された「ミレニアム宣言」(UN Millennium Declaration)であるが、そ の中で総会に対し要請がなされている。
(70) SCR 1318 (7 September 2000), Annex, para. IV.
(71) Report of the Secretary-General on the Implementation of the Report of the Panel on United Na-tions Peace OperaNa-tions (A/55/502, 20 October 2000); see also Resource Requirements for Implemen-tation of the Report of the Panel on United Nations Peace Operations (A/55/507, 27 October 2000). (72) Implementation of the Recommendations of the Special Committee on Peacekeeping Operations
and the Panel on United Nations Peace Operations (A/55/977, 1 June 2001).
(73) 例えばデニス・ジェット(Dennis C. Jett)は、「レポート」が当事者合意、中立性、そして自己防 衛のための武力行使という3原則に執着する一方で最近の紛争ではこれら原則のいずれも可能でな いと認めていること、そして「レポート」がこの限界に対処する効果的な方法については何も提示 していないことを批判している。同様にフレデリック・フライツ(Frederick H. Fleitz, Jr.)もまた、 当事者合意がPKOの原則であることを言いつつも、そうした合意を撤回したり操作したりする場合 にはマンデートを守る準備をしなければならない、とする「矛盾した立場」を取っていると批判し ている。しかし、本論冒頭で述べたように、「レポート」で提示されているPKOのあり方が伝統的 3原則に規定されるものとのみ読むのは早計であろう。またフライツは、「レポート」が「以前か らなされている提言」の焼き直しであり「中身のある提言はほとんどない」こと、スタッフの増員 と資源の増加により現場と本部の間に新たな「官僚制の層」を作ろうとしていること、また調達に 関する汚職については言及されていないこと、を批判している。汚職については、調達過程は透明 性を高めていく必要があり、その点で最近のイラクの「石油と食糧の交換計画」(Oil-for-food Program) をめぐる汚職発覚とその調査過程は教訓となるように思われる。しかしその他の批判はそれ自体で 実質的な中身を伴うものではない。いずれにせよ、「レポート」をきっかけとしたPKO改革はその 後も漸進的に進んでおり、その経過(本論では網羅的に紹介する余裕がないが)を丁寧に把握する 努力が必要であるように思われる。Dennis C. Jett, Why Peacekeeping Fails (New York, NY: Pal-grave, 2001), p. xviii; Frederick H. Fleitz, Jr., Peacekeeping Fiascos of the 1990s: Causes,