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平成28年度

2016

皇 學 館 大 学

教育学部研究報告集

【論 文】 保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討 ― 保育士養成テキストの分析 ― 梶 美保( 1) 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして ―「子どもの思いに寄り添う」「子どもと向き合う姿勢」「臨床」 についての見つめなおしから見えてきたもの ―栗原 輝雄( 13) 遊戯性を取り入れた授業と教育方法学 小孫 康平( 35) 3次元ビデオゲームのストレス評価とゲーム・リテラシー教育の 教材開発小孫 康平( 47) 食物アレルギー研修の効果ならびに食物アレルギー児支援の課題 駒田 聡子( 59) 大学生による昆虫を使った生き物教育 ―「子どもわくわく体験フェスティバル昆虫に学ぼう」を通じて ― 澤 友美,松谷 広志,中松 豊( 81) 進行性疾患による視覚障害を伴った重度・重複障害児の指導 山本 智子(103) 教育とマジック― 環境問題に引きつけて ―深草 正博( 1) 【総 説】 社会的養護を担うNPOなどに対する寄付金や補助金助成の実態 吉田 明弘(119) 【研究報告集編集要項・編集後記】

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保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」

の教授内容の検討

― 保育士養成テキストの分析 ―

美 保

要 旨 2008年に改定した保育士養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」用に編纂されて いるテキストの傾向及び内容について分析した.内容的には,子どもの保健Ⅰが 7 割,子どもの保健Ⅱの 5 割が厚生労働省の標準シラバスに準拠していた.準 拠していなかった項目で多かったのは,子どもの保健Ⅰでは,「子どもの生活環 境と精神保健」「職員間の連携と組織的取組」,子どもの保健Ⅱでは,「保健活動 の記録と自己評価」「障害のある子どもへの適切な対応」「子どもの養育環境と心 の健康問題」「心とからだの健康づくりと地域保健活動」であった.改正の趣旨で ある「保育現場における保健的対応」「子ども集団全体の健康と安全」「子どもの 心身の健康について総合的に理解」の対応が十分であったのは半数に過ぎな かった. Ⅰ.研究の背景と目的 保育士養成は,1948(昭和23)年以来68年の歴史があり,ガイドラインであ る保育所保育指針はこれまで 3 回の大きな改定があった.保育士養成課程科目 は,厚生労働省で定められており,直近では,2008(平成20)年に保育所保育 指針が改定されたことを受けて2010(平成22)年に改正(2011年実施)されて いる.この科目の中で,「小児保健」,「小児保健実習」は,「子どもの保健Ⅰ」 (講義・ 4 単位),「子どもの保健Ⅱ」(演習・ 1 単位)と名称が変更となり,押 さえるべき教授内容が示された.本科目のテキストは,従来,記述内容が学生 にとって難解な部分や保育現場に即した内容となっていないものがみうけられ

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た.これは,医学関連領域ということもあって,テキストの多くが,保育士養 成施設校(大学,短大,専門学校)の教員以外の医師および看護系大学教員に よって執筆されていることもその要因の一つであるかと推察される.今回の改 正では,「保育士養成課程等の改正について(中間まとめ)」にシラバスが示さ れた(以下本稿では「標準シラバス」と表記)こともあり,新規に30冊余のテ キストが改定刷新あるいは新規発刊されている(表 1・2 参照). そこで,保育士養成課程用に編纂されたテキストの分析を通して教授内容の 把握と内容の吟味を行い,本科目で扱うべき教授内容の体系化を試みることを 目的とする.本稿では,分析の第一段階として,出版及び監修・編著の実態, テキストの目次を総覧して傾向を報告する. Ⅱ.研究方法・内容 研究対象は,保育士養成課程改正後に「子どもの保健テキスト」として編纂 発刊され入手可能であった32冊(2008年度∼2015年 7 月末現在のもの,19出版 社,「子どもの保健Ⅰ」が22冊,「子どもの保健Ⅱ」が11冊,うち「子どもの保 健Ⅰ・Ⅱ」(合体本) 1 冊である.研究方法は,以下の手順である. (1)保育養成カリキュラムにおける「小児保健」から「子どもの保健」への 改正の趣旨,カリキュラムにおける位置づけを確認する. (2)本科目以外の保育者養成課程科目との関連項目を確認する. (3)出版及び監修・編著の概要,テキストの目次の上位項目 2 段階までを(大 項目・小項目と表記)抽出し,標準シラバスとの整合性を試みる.本項目 作成にあたって,保育者養成校で同科目を担当する専任教員 2 名に依頼し, 評価が異なる場合には検討し調整を行った. (4)「保育士が保育所等で必要とされる保育保健」の視点から考察する. Ⅲ.結 (1)改正の趣旨:「子どもの保健」に特筆して記述すると,教科目の配列は,「保 育の内容・方法に関する科目」(旧:保育の内容方法の理解に関する科目) と同様で,保育現場において,子ども一人一人の心身の状態や発達の過程を

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踏まえ保健的対応を行うことや,子ども集団全体の健康と安全を考えること 等の重要性にかんがみ,「子どもの保健」とする.また,子どもの心身の健 康について総合的に理解することが重要であるため,現行の「精神保健」を 含む内容とする,と改正の趣旨がなっている( 1 ) .つまり医療分野の「小児保 健」ではなく,保育の場において保育士の行う保健活動に必要な理論と,実 践ができるための基盤を身に着けることが求められている. (2)「子どもの保健Ⅰ」「子どもの保健Ⅱ」の科目の目標,内容,関連科目:図 1 の通りである. (3)-① 出版及び監修・編著の概要: 7 出版社が「子どもの保健Ⅰ」「子どもの 保健Ⅱ」を出版,そのうち, 5 出版社の書籍が同一の編著者であった(合冊 本 1 冊含む).監修あるいは主たる編著者については,「子どもの保健Ⅰ」は, 小児科医が 8 割,保育養成校教員が 2 割弱,「子どもの保健Ⅱ」は,小児科 医,看護大学系教員,保育士養成系教員がそれぞれ 3 分の一ずつであった (表 1・2 ). 保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討 図 1 「子どもの保健Ⅰ「子どもの保健Ⅱ」の科目の目標と内容,関連科目

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※※◎全く同一 〇ほぼ同一(追加項目有など) △ない項目がある ※※※保:保育士養成系教員 医:小児科医 看:看護系 大学教員 標準シラバスにおける大項目・中項目の目次レベルにおける対応 : 〇 有 △一部有 ×無 大項目とし ての追加 〇:有 改正の趣旨の検討: 〇視点がある △足りない ×ない 出版 年 (版) 監修 編著 者※ ※※ 目次 遵守 ※※ 目次 1-(1) 1-(2) 1-(3) 2-(1) 2-(2) 2-(3) 2-(4) 2-(5) 3-(1) 3-(2) 4-(1) 4-(2) 5-( 1) 5-(2) 5-(3) 6-(1) 6-(2) 6-(3) 食と 栄養 生活 保育現 場にお ける保 健的対 応 5-(2) 子ども 集団全 体の健 康と安 全 3-(2) 子ども の心身 の健康 につい て総合 的に理 解 4−(1) A 2011 医 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 ( 〇 ) 〇 △ △ B 2012 保 △ 独自 〇〇×〇〇〇〇〇〇〇××〇△〇△〇△ △ 〇 × C 2011 医 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 △ 〇 D 2011 保 〇 独自 〇〇△〇〇〇〇〇〇〇△△〇〇〇×〇〇〇 〇 〇 〇 E 2012 医 ◎ 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 △ 〇 2011 保 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇△〇〇〇〇〇〇△〇〇 〇 △ △ 2012 医 〇 独自 〇×〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇×〇×〇〇 △ △ 〇 G 2011 医 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇△〇〇〇〇〇〇 △ △ × H 2012 医 〇 〇×〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇×〇〇 〇 〇 △ 〇 2013 医 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 △ 〇 2013 保 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 〇 〇 〇 2010 医 ◎ 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 △ 〇 J 2013 医 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 〇 〇 K 2014 医 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇×〇×△××〇×〇〇 × 〇 × L 2011 医 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 △ 〇 〇 M 2010 医 △ 独自 〇〇〇×〇〇〇〇〇〇×〇〇×××〇〇〇〇 × × × N 2014 医 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇×〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 △ × 2014 医 △ 独自 △×××〇〇〇〇〇〇×〇△△〇×××〇 △ △ × 2011 医 △ 独自 〇〇〇△〇〇〇〇〇〇××△△△△△△〇 × △ × 2012 医 〇 独自 〇〇×〇〇〇〇〇〇〇〇〇△×△△〇△〇〇 △ △ 〇 P 2012 医 △ 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇××△×△×〇×〇 〇 〇 × Q 2010 医 △ 独自 〇△×〇〇〇〇〇〇〇×〇〇△〇×〇〇〇 △ 〇 × 表 1 子どもの保健Ⅰテキスト分析

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保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討 表 2 子どもの保健Ⅱ テキスト分析 標準シラバスにおける大項目・中項目の目次レベルにおける対応 : 〇 有 △一部有 ×無 大:大項目 中:中項目 小:小項目 無:項目に ない 改正の趣旨の検討: 〇視点がある △視点があるが足りない ×視点がない 項目がない 出版 年 (版) 監修 編著 者※ ※※ 目次 遵守 ※※ 目次 1-(1) 1-(2) 1-(3) 2-(1) 2-(2) 2-(3) 2-(4) 3-(1) 3-(2) 3-(3) 3-(4) 3-(5) 4-( 1) 4-(2) 4-(3) 4-(4) 5-(1) 5-(2) 養護 身体 計測 保育現 場にお ける保 健的対 応 4-(1) 子ども 集団全 体の健 康と安 全 1-(3) 子ども の心身 の健康 につい て総合 的に理 解 5-(2) A 2011 保 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 (〇 ) 〇 〇 × b 2013 保 △ 独自 ××××△〇〇〇〇×〇×△〇〇×××大大 × △ △ c 2011 医 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇小 〇 △ 〇 d 2012 保 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇××〇〇〇〇××中大 △ △ 〇 e 2012 医 ◎ 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇小小 〇 〇 〇 f 2010 看 △ 独自 〇×△〇〇〇〇○〇〇〇〇〇〇〇〇〇×大中 × 〇 △ g 2012 看 〇 独自 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇×〇〇〇〇〇×〇中中 △ 〇 △ 2015 保 △ 独自 〇×〇〇〇〇〇〇〇×〇×〇〇〇〇×〇大大 △ 〇 △ 2012 医 〇 独自 △△〇〇〇〇〇〇〇〇△〇〇〇〇〇△〇大大 △ 〇 △ k 2013 医 △ 独自 ×××〇〇〇〇〇〇〇○〇〇〇〇〇〇×大大 × △ △ m 2012 看 〇 独自 〇△△〇〇〇△△〇〇△〇△×〇×△〇大中 〇 〇 〇 r 2011 看 △ 独自 △×△△〇〇〇〇〇×〇×〇〇〇×××大大 〇 △ 〇 ※※◎全く同一 〇ほぼ同一(追加項目有など) △ない項目がある ※※※保:保育士養成系教員 医:小児科医 看:看護系 大学教員

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(3)-② 標準シラバスの項目との整合性:標準シラバスの項目に準拠されてい るもの(大項目,中項目)は,子どもの保健Ⅰでは,「完全・ほとんど(◎)」 が22.7%,「独自の目次であるが内容的に準拠(〇)」が45.5%,「そうでな いもの(△)」が31.8%であった.子どもの保健Ⅱでは,「完全・ほとんど(◎)」 が25.0%,「独自の目次であるが内容的に準拠(〇)」が25.0%,「そうでな いもの(△)」が50.0%であった.標準シラバスにおける大項目・中項目の目 次レベルにおける対応がなかった項目は,子どもの保健Ⅰでは,「4-(1)子 どもの生活環境と精神保健」が36.4%,「6-(1)職員間の連携と組織的取組」 が36.4%が,子どもの保健Ⅱでは,「1-(2)保健活動の記録と自己評価」が 41.7%,「3-(5)障害のある子どもへの適切な対応」が33.3%,「5-(1)子ど もの養育環境と心の健康問題」が41.7%,「5-(2)心とからだの健康づくり と地域保健活動」が41.7%であった. 標準シラバスに大項目を追加しているものをみてみると,子どもの保健Ⅰ では,「栄養」が59.1%,「生活」が40.9%,子どもの保健Ⅱでは,「養護」 が58.3%,「身体計測」が50.0%という結果であった(表 1・2 ). (3)-③ 改正の趣旨への対応:「保育現場における保健的対応」「子ども集団全 体の健康と安全」「子どもの心身の健康について総合的に理解」の項目 3 点 について,最もその項目の内容が記述として重要視されやすい中項目を抽出 して検討した.「5-(2)保育現場における衛生管理」の内容が「保育現場に おける保健的対応」の視点で記述されていたのは54.5%であった.同様に 「4-(1)事故防止及び健康安全管理に関する組織的取組」では41.7%であった. 「3-(2)子どもの疾病の予防と適切な対応」を「子ども集団全体の健康と安全」 の視点で記述されていたのは36.4%であった.同様に「1-(3)子どもの保健 に係る個別対応と子ども集団全体の健康と安全・衛生」では58.3%であった. 「4-(1)子どもの生活環境と精神保健」の内容が子どもの心身の健康につい て総合的に理解」の視点で記述されていたのは50.0%であった.同様に 「5-(2)心とからだの健康づくりと地域保健活動」では41.7%であった. また,「精神保健を含む内容」ということで,「4-(1)子どもの生活環境と 精神保健」「4-(2)子どもの心の健康とその課題」については,その項目立

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てが様々であった. その他,今回の改正でほとんどすべての出版社が初版としていた.また,予 防接種の改正,関連する法律の改正などで改訂となっていなくても数値等が修 正された版を出しているところは,「子どもの保健Ⅰ」では40.9%,「子どもの 保健Ⅱ」では58.3%であった. Ⅳ.考 この研究は,現存する保育者養成校テキストが望ましいものであるのかテキ ストとしての価値を問うものである.本科目の担当者の多くが,保育者養成校 の専任講師ではなく,保育士養成課程(保育の場)の理解が少ないと推察され る非常勤講師の立場である医療職が多いという前提であるならば,今回の改定 のように「保育の場における保健活動に必要な保育士のための子どもの保健」 ではなく,「小児保健」の内容を学生に教授してしまう可能性が否めない.よっ てテキストの妥当性が問われるのである.「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」は,医療分 野の教育カリキュラムのように,理論と臨地における実践というように階層的 ではなく,解剖生理学のような基礎知識がない前提で各項目を教授することが 必要な科目となっている.つまり「小児保健」は,医療保健福祉領域の科目と して存在するが一般的には解剖生理学,病理学などの基礎知識等を前提に構成 されている.保育士養成課程における「保育現場で活用できる保健活動」のた めの「子どもの保健」は,この基礎知識の部分を含み,かつ「集団生活という 保育の場」「対象年齢」が限定されたものである.今回の改定においてその点 を明確化するために名称を変更し,標準シラバスが示されたのであろう. テキストの活用の是非に関する論議もある.テキストを教えるものではない という見方もある.しかし,保育者養成校において「子どもの保健」科目につ いては専任が少なく,他分野の非常勤講師となっている大学が多いのではない だろうか.選択したテキストの項目や視点が重要となる.筆者は,今回の改訂 をきっかけに本科目の方向性がより定まってきたように感じたことから本研究 に着手した. 改正の趣旨からは,科目の目標,内容的な視点を確認した.次いで保育者養 保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討

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成課程の科目全体をみることで近接領域について確認した.各養成校において カリキュラム全体としての位置づけ(学年による配当科目や順序など),関連 科目との内容の重複や項目の軽重,視点を明確にして教授することが効果的な 授業を展開することにつながるのではないかと考える. 目次レベルの対応では両科目とも完全準拠が 2 割強であり,多くの出版社が 今回必要な項目を付け加えるなどの対応となっていた.標準シラバスに大項目 を追加しているものが半数あったことからは,監修あるいは編著者が標準シラ バスの構成に対して満足していないことが伺われる. 改正の趣旨への対応は,今回は一部抽出のみの結果であるが記述された内容 に視点が十分反映されていない点が明らかになった.次の段階で項目ごとにさ らなる分析をしていく予定である. その他,「子どもの保健Ⅰ」の「1-(2)健康の概念と健康指標」の健康指標 の内容を見てみると人口統計,出生と死亡率,事故統計,虐待統計等が殆どで あるが,現在「心の健康指標」というような項目も出てきていることへの検討 や, 6 割弱のテキストで追加されていた大項目「栄養」は,「子どもの食と栄 養(演習 2 単位)」科目との重複があること,2015(平成27)年 4 月より本格 施行された子ども・子育て支援新制度における家庭的保育,小規模保育事業な どの保育の場の拡充に伴った「保育現場」の考え方の再検討などいくつかの分 析・検討すべき項目がでてきた. 以上,まだ十分ではないが,おおよそのテキスト編纂の傾向及び内容につい て概観することができた.今後さらなる分析をしていきたい. Ⅴ.ま と め 厚生労働省による改定の趣旨を確認したところ,「小児保健」から「子ども の保健Ⅰ」への改定の趣旨が医療保健福祉分野の「小児保健」と同様のもので はなく,「保育の場において保育士の行う保健活動に必要な」理論と,保育活 動ができるための基盤を学び理解すること,つまり「保育の場」「保健的対応」 「子ども集団全体の健康と安全」がテキスト構成の視点として重要であること 等を確認した.

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保育士養成課程テキストを分析したところ,内容的には,「子どもの保健Ⅰ」 が 7 割,「子どもの保健Ⅱ」の 5 割が標準シラバスに準拠していた.準拠して いなかった項目で多かったのは,「子どもの保健Ⅰ」では,「子どもの生活環境 と精神保健」「職員間の連携と組織的取組」,「子どもの保健Ⅱ」では,「保健活 動の記録と自己評価」「障害のある子どもへの適切な対応」「子どもの養育環境 と心の健康問題」「心とからだの健康づくりと地域保健活動」であった. 改正の趣旨である「保育現場における保健的対応」「子ども集団全体の健康 と安全」「子どもの心身の健康について総合的に理解」の対応が十分であった のは,今回一部の分析ではあるが半数に過ぎなかった. 監修あるいは主たる編著者については,「子どもの保健Ⅰ」は,小児科医が 8 割,保育養成校教員が 2 割弱,「子どもの保健Ⅱ」は,小児科医,看護大学 系教員,保育士養成系教員がそれぞれ 3 分の 1 であったことから,目次的には 標準シラバスに対応して再構成されたが,改正の趣旨に沿った記述内容とは なっていなかったことがわかった.また,健康指標の項目として一般的な人口 統計,出生と死亡率,事故統計,虐待統計等以外に「心の健康指標」の項目追 加の必要性がある. 本稿は,平成25年度科研費基盤(C)課題番号25350086「乳児保育の衛生的 な環境に関する研究」で実施した一部であり、日本乳幼児教育学会第25回大会 で発表した同タイトルの発表原稿に加除して執筆したものである. 1 )保育士養成課程検討会(2010)保育士養成課程等の改正について(中間ま とめ) 2 )民秋言(2014)幼稚園教育要領・保育所保育指針の変遷と幼保連携型認定 こども園教育・保育要領の成立,萌文書林. 保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討

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分析対象としたテキスト一覧 ○子どもの保健Ⅰ 編著者 書 名 出版社 出版年(版) 安藤和彦・戸江茂博他監修 落合利佳編著 子どもの保健 あいり出版 2012初版 遠藤郁夫・曽根眞理枝他監修 子どもの保健Ⅰ 学建書院 2013初版 衛藤隆・近藤洋子編 新らしい時代の子どもの保健 日本小児医事出版社 2014初版 加藤忠明・岩田力 編著 図表で学ぶ子どもの保健Ⅰ 建帛社 2010初版2011( 2 版) 岸井勇夫・無藤隆・柴崎正行監修 巷野悟郎・岩田力・前澤眞理子編著 子どもの保健Ⅰ―理論と実際― 同文書院 2011初版 巷野悟郎編 子どもの保健 第4版 診断と治療社 2014初版 巷野悟郎・高橋悦二郎編著 改訂 保育の中の保健 萌文書林 2010初版 佐藤益子編著 子どもの保健Ⅰ ななみ書房 2011初版 2014( 6 版) 新 保育士養成講座編纂員会編 (編纂委員長 大場幸夫) 新 保育士養成講座 第 7 巻 子どもの保健(ⅠとⅡ合体本) 全国社会福祉 協議会出版部 2011初版 志賀清悟 編著 子どもの保健Ⅰ 光生館 2012初版 鈴木美枝子編著 これだけはおさえたい! 保育者のための子どもの保健Ⅰ 創成社 2011初版 2013( 2 版) 高内正子編著 心とからだを育む子どもの保健Ⅰ 保育出版社 2012初版2014( 4 版) 竹内義博他編 よくわかる子どもの保健 ミネルヴァ書房 2012初版 高野陽他編著 小児保健 新版 北大路書房 2011初版 2013( 2 版) 中村肇監修 子育て支援のための子ども保健学 日本小児医事出版社 2012初版 西村昂三編著 わかりやすい 子どもの保健 同文書院 2012初版 服部右子 大森正英編著 図解 子どもの保健Ⅰ みらい 2011初版 2013一部改訂 林邦夫・谷田貝公昭監修 加部一彦編著 子どもの保健Ⅰ 一藝社 2014初版 平山宗宏編 子どもの保健と支援 日本小児医事出版社 2011初版 2012( 2 版) 堀弘樹・梶美保編著 保育を学ぶ人のための子どもの保健Ⅰ 建帛社 2014初版 2015( 3 版) 山崎知克編著 子どもの保健Ⅰ 建帛社 2013初版 渡辺博 小児保健 改訂第 2 版 中山書店 2010初版 2012( 2 版)

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○子どもの保健Ⅱ 保育者養成課程科目「子どもの保健Ⅰ・Ⅱ」の教授内容の検討 編著者( 3 名まで記載) 書 名 出版社 出版年(版) 今井七重 演習 子どもの保健Ⅱ みらい 2012初版2015( 4 版) 上山和子・木下照子・ 谷野宏美編著 子どもの保健演習ノート 第2版改訂版 ふくろう出版 2011初版 2015( 2 版) 大西文子 子どもの保健演習 中山書店 2012初版2015( 4 版) 兼松百合子他編著 新訂 小児保健実習 同文書院 2010初版 佐藤益子編著 子どもの保健Ⅱ ななみ書房 2011初版 2014( 4 版) 榊原洋一監修 これならわかる!子どもの保健演習ノート 診断と治療社 2013初版 志賀清悟 編著 子どもの保健Ⅱ 光生館 2012初版 2015( 4 版) 鈴木美枝子 これだけはおさえたい! 保育者のための子どもの保健Ⅱ 創成社 2012初版 2015( 4 版) 高内正子編著 改訂 子どもの保健演習ガイド 建帛社 2015初版 高内正子編著 心とからだを育む子どもの保健Ⅱ 保育出版社 2013初版 野原八千代編著 子どもの保健演習セミナー 建帛社 2012初版 2015( 4 版)

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Consideration of Contents of the Childcare Worker

Training Programs Children s Health I & II

− Analysis of the textbooks for the childcare worker training −

Miho KAJI

Abstract:I analyzed the tendency and contents of the textbooks that are compiled for the childcare worker training programs Children s Health I & II , which were revised in 2008. In respect of the contents, 70 percent of the Children s Health I and 50 percent of the Children s Health II comply with the standard syllabus of Ministry of Health, Labour and Welfare. The sections with the most non-compliant contents are Living environment and mental health of children , Cooperation between staff members and organizational approach in the Children s Health I and Recording of healthcare activity and self-assessment , Appropriate responses to children with disabilities , Nurturing environment and mental health problems of children , Promotion of mental and physical health and the local healthcare activities in the Children s Health II. Only the half of the textbooks sufficiently cover Healthcare response in the nursery field , Health and safety of the whole group of children , and Comprehensive understanding of mental and physical health of children , which were the purposes of the revision.

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「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの

強化をめざして

―「子どもの思いに寄り添う」「子どもと向き合う姿勢」

「臨床」についての見つめなおしから見えてきたもの ―

栗 原 輝 雄

筆者はこれまで,「子どもの思いに寄り添う」「子どもと向き合う姿勢」「臨床」 についての見つめなおしを通して,「特別支援教育臨床の基盤」の強化というこ とについて検討してきた.しかし,その過程でさらに掘り下げを要すると思われ る点や,今後も引き続き追求・吟味していく必要があると思われる事柄やテーマ 等が少なからず見出された.本稿はこれらのいくつかについてさらに考察を行う ことで「特別支援教育臨床の基盤」のなお一層の強化を図るための示唆を得るこ とを目的とした. 本稿では,上記の事柄やテーマ等のうち,「さまざまな面から子どもの思いに 耳(心)を傾けること」,「聴く力」と「共感」ということ,「共感」と「コミュ ニケーション」ということ,「まなざし」ということについて筆者なりの吟味と 考察を行った.中でも「さまざまな面から子どもの思いに耳(心)を傾けること」 は「特別支援教育臨床の基盤」として特に大切であり,教師・支援者は「聴く力」 をさらに培っていくことがこれまで以上に求められているということが改めて確 認された. キーワード:特別支援教育臨床,子どもの思い,寄り添う,向き合う姿勢,聴く力

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1.問題および目的 筆者はここ数年間にわたり,「特別支援教育臨床の基盤」についての見つめ なおしを行ってきた.そこでは「子どもの思いに寄り添う」ということと「子 どもと向き合う姿勢」ということについての考察が中心になされた.そして, 「特別支援教育臨床」はその名の通り「臨床」という方法論の上に成り立って いるので(注 1 ) 併せて「臨床」ということ(言葉)の意味についても筆者なりの 掘り下げと吟味を行った.本研究報告集第 4 号から第 8 号までにそれらの結果 を報告した.( 1 )∼( 5 ) 障害のある子ども(障害のある子どもの場合に限ったことではなく,すべて の子どもに共通して言えることではあるが)「一人ひとりの子どもたちが希望 に満ちて,『本来のわたし』を生きていくことができるための育ちの環境を整 えていくこと」( 6 )( 7 ) ― そのことのためにこそ特別支援教育臨床(広く言えば, 教育)があり,教師・支援者の実践・支援は存在しており,大きな意味をもっ ている.筆者はそのように考えてきている. 「特別支援教育臨床の基盤」として,まずは「人々の『障害』等についての 正しい理解」「人間に対する優しくあたたかなまなざし」「教育や発達,発達ア セスメント等についての深い理解」といった人間観・教育観・発達観に関する ものをあげることができるであろう.そしてさらに,「柔軟できめの細かい教 育制度」「福祉・医療・労働等の関連分野との緊密な連携」「子ども一人ひとり の教育的ニーズに即した学習目標や内容・方法等の的確な設定」といった環境 整備や方法上の配慮等に深くかかわる事柄があげられる.( 8 ) 中でも人間観・教 育観・発達観にかかわるものはより一層根底的なものとして留意されるべきで あり,さらに豊かな知見が得られるようこれからも考察を深めていくことが求 められている,と筆者はとらえている.( 9 ) ここ数年間,筆者が考察をすすめてきた「子どもの思いに寄り添う」という ことと,「どのような姿勢で子どもと向き合うか」ということは,教師・支援 者の人間観・教育観・発達観と深くかかわる「原理的・理念的」なテーマであ ると同時に,「臨床」としての特別支援教育という観点から見ても深く関連し

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合っている事柄でもあって,実践・支援を支える重要な視点でもある.(10) これ までの見つめなおしがこれら二つテーマを中心にすすめられてきたのはこのよ うな理由による. とは言うものの,これら二つのテーマはあまりにも大きすぎるため,簡単に 結論を導き出せるようなものでは決してない.しかし,重要なテーマであるが ゆえに,じっくりと時間をかけて考察を続けていくことは必要なことであろう と思われる. ここでは,これまでの見つめなおしの中で,掘り下げが十分にできずに終わっ てしまった点,今後引き続き検討が求められていると思われた事柄や課題等の いくつかを取り出し,これらについて考察をさらに加えていきたい.そして, このことを通して,「特別支援教育臨床の基盤」の強化を図っていくうえでの 示唆を少しでも多く得ることができれば幸いである. 2.「子どもの思いに寄り添う」ということと「子どもと向き合う姿勢」 ということについて考察することの意義について 「重症心身障害児」の教育・福祉に長年取り組み続けた糸賀一雄氏は,障害 のある子どもの教育(実践・支援)における教師・支援者と子どもとの関係の あり方,教育(実践・支援)の目指すところとその基盤等について,著書(11) 中で次のように記している.凝縮された表現の中に,障害のある子どもの教育 にとって重要なことのすべてが盛り込まれていると筆者は受けとめた.本稿で 考察しようとしている特別支援教育臨床のさまざまな基盤 ―「子どもの思い に寄り添う」ということ,「子どもと向き合う姿勢」といった教師・支援者と 子どもとの関係のあり方,そしてそれらに深く関連すると思われる「コミュニ ケーション」の意味や「発達」のとらえ方等々 ― について検討するさい,大 切な意味づけ・方向づけ・ヒント等を与えてくれる内容であると思われる. 糸賀氏は,「すべての子ども」が教育によって「人間としての豊かな成長」 をとげることができる.しかし,そのためには「教育技術」が問われるとし, さらに次のように述べている. 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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「しかし教育技術が生かされる基盤となるもの,むしろ教育技術を生み出 すもの,それは,子どもたちとの共感の世界である.それは子どもの本心 がつたわってくる世界である.その世界に住んで私たち自身が育てられて いくのである.子どもも育ちおとなも育つ世界である.あらゆる発達の段 階において子どもたちは,このような関係の中に置かれ,(中略)豊かな 情操をもった人格に育つ.」(12) 上記引用箇所の前段部分を筆者なりに解釈し整理させてもらうとするなら ば,次のように表現させてもらうことができるであろうか. 教師と「子どもたちとの共感の世界」の中で,教師に「子どもの本心が伝わっ てくる」.「子どもの本心」を知ることができてこそ,一人ひとりの子どもに最 も適切と思われる「教育技術」が「生み出」される.そして,ここで「生み出」 された「教育技術」が「生かされ」ることで,一人ひとりの子どもの「人間と しての豊かな成長」がもたらされる.「子どもたちとの共感の世界」に「住」 むことは,これほどに重要な意味があるのである. このように受け止めることが許されるとするならば,問題は「子どもたちと の共感の世界」はどうしたら創り出されるか,そのために教師は子どもたちと どのようにかかわったらよいのか,ということになるであろうか. このように考えたとき,「子どもたちとの共感の世界」の創造のためには, 筆者がここ数年来取り組んできたテーマ,すなわち,教師・支援者がどのよう に「子どもの思いに寄り添う」か,どのような姿勢で「子どもと向き合う」か というテーマが深く関係してくると考えられる.その意味で,これらのテーマ についてなお考察を深めていくことは大いに意義のあることであるととらえる ことができるように思われる. さて,上記の「『子どもの本心』を知ることができてこそ,一人ひとりの子 どもに最も適切と思われる『教育技術』が『生み出』される」と筆者が解釈し 整理させてもらった部分は,筆者が一連の考察の中で述べた次のようなとらえ

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方を強く支持してくれる指摘であると思われた.筆者は次のように記した. 「教育・発達支援においては,その目指すところに到達するために,子ど もたち一人ひとりの実態に即応したさまざまな方法(技法)が必要とされ る.しかし,そうした方法(技法)が真の意味で生きて働くためには,教 師・支援者の子どもたち一人ひとりとの「向き合う姿勢」のあり方が大き く問われてくる.」(13) 「重症心身障害児」の教育のあり方について語り合っている林ら(1982)(14) 言葉の中にも前述の糸賀(1968)(15) と同様のとらえ方を見出すことができる. それは例えば,次のような指摘である. 「(「重症心身障害児」の教育では,子どもの姿・様子を ― 筆者注)絶え ず細かに見ているということ,(子どもの姿・様子について ― 筆者注) 驚きなら驚きを感じるということ,そういう人間的な資質といいますか, それがうんとものを言いますよね.」 「(子どもの姿・様子やその場の状況についての ― 筆者注)深い感じとり 方から一つの方向みたいなものが出てくるのであって,そういう裏づけ がなくて方法だけが一人歩きしてしまうと,不幸なことになりますね.」 糸賀(1968)(16)のとらえ方の中にも,林ら(1982)(17)の言葉の中にも,「 1 . 問題および目的」の中で筆者が記したように,「子どもの思いに寄り添う」こ とが,「子どもと向き合う姿勢」が,特別支援教育(広く言えば教育)におけ る実践・支援(臨床)の基盤として根底的な位置を占めるということが明確に 示されているように思われる. 筆者はかつて,「臨床」という言葉の意味についての自身の考察の中で次の ように記した. 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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「『人対人という関係』の中でこそ,それぞれの人の,そして人間として の心の世界のありようや教育的ニーズ,発達的ニーズ等がどのようなも のであるかを直接教えてもらうことができる.想像力を十分に働かせる ことにより,自らの持てるものをもって,それぞれの人に,それぞれの 人に最もかなうと思われるかかわり方(あるいは支援)をさせてもらう ことができるようになる(後略).」(18) 糸賀(1968)(19) と林ら(1982)(20) の「重症心身障害児」の教育についての考え 方(理念)が,「臨床」という言葉の持つ意味と緊密につながったところに成 り立っているものであったのだと改めて教えられたように思う.糸賀(1968)(21) や林ら(1982)(22) の指摘は,特別支援教育臨床の基盤について検討を続けてい くうえで今後とも多くの示唆を与えてくれるものと思われる. 3.さまざまな面から子どもの「思い」に耳(心)を傾けるということ 障害のある子どもの教育や発達支援(特別支援教育臨床)においては,さま ざまな面から子どもの「思い」に耳(心)を傾けていくということが不可欠で あること,そして,これがどこまでできるかが「子どもの思い」に教師・支援 者がどれほど「寄り添う」ことができるかどうかにとっての「大きな鍵を握っ ていると思われる」.(23) 例えば,「障害のある子の思い」というものを考えるとき,教師・支援者の 側(立場)からのとらえ方ももちろん大切である.しかし,こうしたとらえ方 だけではなく,「障害のある子」自身は,あるいはその保護者は,自分のある いはわが子の「思い」をどのようなものとしてとらえているのか(あるいは, とらえてほしいと思っているのであろうか)という子ども自身・保護者の側(立 場)からの見方.それをこそ大切にすることで「障害のある子の思い」という ものがより広くより深く理解されることになるものと思われる. 上に記したことは「立場」という視点である.しかし,「障害のある子の思い」 はさまざまな事柄(内容)のものを含む.いずれにせよ,「障害のある子の思い」 をどれだけ広くあるいは深くとらえることができるかには,教師・支援者の「感

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性」あるいは「共に担う姿勢」が大きく問われ,かかわってくると言えるであ ろうか.(注 2 ) そして,結果として,教師・支援者の「子どもの思いに寄り添う」 その寄り添い方も大きく変わってくると思われる.(24) さまざまな面から子ども の「思い」に耳(心)を傾けるということの大切さ(意義)はこのようなとこ ろに具体的にあらわれてくると思われる. 「教育的ニーズ」というもののとらえ方についてもこのことはかかわってく る.もちろん,「障害のある子どもの状態(特性)とともに,環境要因等を総 合的・包括的にとらえること」も大切なことではある.しかし,例えば,障害 のある子どもも当然のことながら,一人の「人間である」ことを忘れてはなら ないし,こうした認識の上に立って,「教育的ニーズ」はもちろんのこと,す べての事柄について考えていかなければいけないということである.(25) この点に関しては,障害のある子どもの教育・発達支援等についてまだまだ 社会の人々の理解が十分でなかった時代の中で,重度の知的障害のある子ども の母親であるパール・バックが,わが子との歩みについて記したその著書の中 で,わが子との歩みの中から,一人の人間として子どもを受けとめることの大 切さをわが子自身からその存在をもって教えられたという意味のことを述懐し ている箇所などが,多くのことを示唆してくれていると思われる.(注 3 ) 筆者はかつて次のように記した. 「一人の人間としてのニーズを根本に据えるということが障害のある子の 『教育的ニーズ』を考えていく上で重要である(後略).」(26) 「障害という部分にのみ目(心)を奪われすぎることなく,一人の人間存 在としての子どもとその保護者の『思い』に十分に心を傾けることを, もう一方においては忘れてはならないであろう.」(27) さまざまな面から子どもの「思い」に耳(心)を傾けることで,子どもの「思 い」がより豊かな内容をもち,真の意味で生きて働くためには教師や支援者に 何が求められるのだろうか. ― 「聴く力」こそ「(障害のある子とその保護者 の ― 筆者注)『思い』をなお一層感じ取ることにつながり,そのことが『寄り 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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添う』教育実践・支援を支える重要な基盤である」(28) というのが筆者のとらえ 方であったし,現在ではますますその感を強くしてきている. 4.「聴く力」と「共感」ということ 障害のある子とその保護者の「思いに寄り添う」ためには,その大前提とな るその「思い」を「聴く力」が教師・支援者のほうに「豊かに育っていなけれ ばならない」.(29) そして,その「聴く力」は「聴く側の人の人間観,生き方や 経験などによって,また感性の豊かさ等々によって(中略)大きく異なってく る(後略)」.(30) 本稿の先の部分(「 2 .『子どもの思いに寄り添う』ということと『子どもと 向き合う姿勢』ということについて考察することの意義について」)で引用さ せてもらった糸賀一雄氏の言葉が再び思い起こされる.すなわち「子どもたち (「重症心身障害児」― 栗原注)との共感の世界である.それは子どもの本心 が伝わってくる世界である.その世界に住んで私たち自身が育てられていくの である.」(31)という言葉である. 「聴く力」は「子どもたちとの共感の世界」に「住」むことによって,真の 力を発揮することができる.そこでこそ,「子どもの本心が伝わってくる」.「子 どもの本心」,これこそ,子どもの「思い」ということであり,この「思い」 にふれることができてこそ,「子どもの思いに寄り添う」道が開かれてくると いうことであろう.「聴く力」は「子どもの『思い』にふれることのできる力」, 「共感することのできる力」 ― こんなふうにとらえることができるのではなか ろうか.(32)(33) ところで,「共感」ということであるが,この言葉はカウンセリングの分野 ではキーワードの一つとしてこれまで使われてきている.(34)「クライエントの こころの動きを的確に追体験して過不足なく受けとめ返すことのできる,カウ ンセラー側の『メンタルな応力』みたいなものを『共感』と呼ぶと考えればわ かりやすいかもしれない」と説明してくれている専門家もいる.(35) 「共 感」は 英 語 で empathy と い う.(36) pathy と い う 接 尾 辞(37) と em という接頭辞(38) とが組み合わされてできている語だとされる.(39) pathy は

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「感情,病気,療法」などの意味で(40) , em は名詞や形容詞につけて,「・・・ の中に入れる」「・・・の上に置く」「・・・にする」の意味を作るという.(41) これら の組み合わせから,筆者は次のような二つの意味が生まれてくるのではないだ ろうかととらえてみた. ① 自分の「感情」「の中に」(「の上に」),相手の「感情」を「入れる」(「置 く」). ② 相手の人の「感情」「の中に」,自分の「感情」を「入れる」(「置く」). そしてさらに,①と②とを合わせて考えたとき,相手の人の「感情」「の中に」 自分の「感情」を「入れる」(「置く」).そのことによって,自分の「感情」「の 中に」(「の上に」),相手の「感情」を「入れる」(「置く」)という関係が生ま れてくる. ①も②も,相手の人の「感情」がどのようなものであるかを想像することが ベースにあって,このベースの上に立って,相手の人の「感情」と自分の「感 情」とを重ね合わせながら,共通の「感情」になるということ ― つまりはこ れが「共感する」ということになるのであろうか ― ではないかと筆者は考え たのである. 5.「共感」と「コミュニケーション」ということ 教師と子どもとの「共感の世界」の中で,教師に「子どもの本心がつたわっ てくる」(42) (子どもの「思い」が伝わってくる)とは言うものの,真の意味で そのことが生じるためには,教師と子どもとの「関係のあり方」が重要であろ う.筆者がかつて一連の見つめなおしの中で考察した「臨床」という関係こそ 忘れてはならないことであろう.それは,教師・支援者が子どもに「まみえる」 ことができるということによってすべてが始まるということであった.(43)(注 4 ) そして同時に,「共感」は「コミュニケーション」のあり方そのものによって 大きく左右されると思われる. 先にも触れたように(「 3 .さまざまな面から子どもの『思い』に耳(心) を傾けるということ」),教師・支援者が子どもの「思い」を知ろうとするとき, 「障害という部分にのみ目(心)を奪われすぎることなく,一人の人間存在と 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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しての子ども(中略)の『思い』に十分に心を傾ける」(44) ことが大切である. 「一人の人間存在」としての子どもに「一人の人間存在」として教師・支援者 が向き合うこと ― これが「臨床」あるいは「臨床」的関係(45) ということにな ろうが ― によって,教師・支援者は「子どもと同じものを同じように見」(46) ることがより一層可能になっていくのであろう.(47) こうした状況の中で,子どもは教師・支援者が「みずからの身を屈め,自分 と同じ目線に立って優しく丁寧に応対してくれていることを子ども自身が感じ 取れ(中略),自分という存在をしっかりと受けとめてもらえたという感じに なり,(中略)心の扉が開かれていく」(48)のであろう.教師・支援者の「共感」 によって子どもはみずからの「思い」をさらに表現できるようになり,教師・ 支援者は「子どもの本心がつたわってくる世界」(49) により深く招き入れてもら うことができるようになるのであろう.(50) 確かに,この関係は 教師・支援者の側から言えば,「子どもの本心がつたわっ てくる世界」であるが,これは子どもの側から言えば「本心をつたえることの できる世界」とでもとらえることができるであろうか.いずれにせよ,「子ど もの本心」が教師・支援者および子ども双方に「共通のものとして存在」(51) し ているといえる. 「子どもの本心がつたわってくる世界」とは,この「共通のものとして存在」 しているものを教師・支援者と子どもとが「分かち合」(52) っている世界という ことになろう. この「分かち合う」ということこそ「コミュニケーション」の動詞形である communicate という語の語源的意味であると言われている.(53) ラテン語か ら来ていて to share を意味しているという.(54) share には「共有する」の 意味がある.(55) communicate はその後,「思想などを(・・・に)伝達する」 という意味で使われるようになったという.(56) ここで気づかされるのは,「分かち合う」ことのできる「何か」があるからこ そ,それが「伝達」されるという関係である.「コミュニケーションの前提とな る共通のもの」(57) を互いに有していればこそ,「伝達する」(58) ,「諒解し合う」(59) と いう意味での「コミュニケーション」が成立するということではなかろうか.

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「子どもの「『思い』に寄り添う」ということを考えていくうえでも,このこ とは同様であろう.教師・支援者は子どもとの間の「共通のもの」― 子ども の「思い」― を「共感」を通してより一層しっかりともって子どもと向き合 うことが大切である. 一連の見つめなおしのなかで,筆者が幾度となく紹介させてもらった一人の 教師の言葉をここで再び思い起こさせられた.(注 5 ) この教師の話は,子どもの 「思い」を教師・支援者の側が受けとめていたとしても,子どもの側から,自 分の「思い」が教師・支援者に受けとめられているということの応答が言語に よって明確なかたちで示されない場合もある.しかし,言語以外の何らかのか たち(方法)で,子どもは自分の「思い」が教師・支援者に受けとめられてい るかどうかを表明してくれている.だからこそ,教師・支援者は言語に頼りす ぎるのではなく,「心耳」(注 6 )を大いに働かせて,子どもからの応答を「みずか らの心の奥深くで感じ取る」(60) ことが大切になってくる,ということを教えて くれていると思われる.(注 7 ) 6.「まなざし」ということ ― 教師・支援者の「子どもと向き合う姿勢」への示唆 ― 特別支援教育臨床の基盤の一つとして筆者は教師・支援者の「人間に対する 優しくあたたかなまなざし」をあげた.(61) 「まなざし」はもちろん,目の前に いる子ども全体に対してのそれであると同時に一人ひとりの子どもに対しての それでもある.「子どもと向き合う姿勢」がはっきりと表わされているところ であろう. 平野(2002)は「教育学も広い意味でコミュニケーション学である」として, 「まなざし」について次のように述べている. 「まなざし」は「コミュニケーション的行為であ」り,「教師が子どもたちに まなざしで向かい合い,相互応答的に語り合い,表現しあうコミュニケーショ ン,こうした相互主体的コミュニケーションの『関わり』をとおして,子ども を真に知ることができ,そこに真の教育的行為が実現される.」(62) 「まなざし」は「目差・眼指」と書き,「目の表情」「目つき」を表わす.(63) 「目 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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は口ほどに物を言う」という言葉がある.「情のこもった目つきは,口で話す のと同じほど相手に気持ちを伝える」というのである.(64) 「情のこもった目つ き」―「人間に対する優しくあたたかなまなざし」― は,人がみずからの「家」 の「扉」,言い方を換えれば「心の扉」を開き,心の内側にあるものを互いに提 示し合い,うつし合って,近づき合うこと(「出会い」)ができるほどの強大な 働きをするということであろう.(65) 教師・支援者と子どもとの間だけでのことで はなく,誰もが日常生活の中でその意義を具体的に経験していることであろう. とすれば,上記の平野(2002)が述べているように,教師・支援者の「子ど もと向き合う姿勢」を考えたとき,教師・支援者が「人間に対する優しくあた たかなまなざし」(66) をもって一人ひとりの子どもと「向き合う」ことによって, 「子どもと相互応答的に語り合い,表現し合う」関係を築くことができ,「コミュ ニケーションの『関わり』を通して,子どもを真に知ることができ」るのであ ろう.(67) 「子どもを真に知る」― それは「子どもの思いに寄り添」い,子どもの「思い」 を真の意味で子どもとともに現実のものにしていくことだと言えよう.「まな ざし」の重要性を改めて考えさせられる. 教師・支援者が「子どもの思いに寄り添う」ためには,「子どもと向き合う」 ことが大切である.(68)そして,教師・支援者が「子どもと向き合う」ためには その前提として子どもと「出会う」ことがなければならない.教師・支援者が 子どもと「出会う」ためには,目の前の子どもが「心の扉」を開いてくれない と ― 子どもに「まみえる」ことができないと ― 始まらない.教師・支援者の 「まなざし」こそ子どもが自身の「心の扉」を開いてくれる大きな契機となる であろう.(69) 『イソップ寓話集』の中に収められている「北風と太陽」のエピ ソードはそれをよく示していると思われる.改めて,教育臨床(特別支援教育 臨床も当然含めて)における「太陽」的存在の重要性を教えられる.(70)(71) 7.終わりに ― まとめに代えて ― 本稿では筆者がここ数年間にわたって考察をすすめてきたテーマ,すなわち 「子どもの思いに寄り添う」ということ,「子どもと向き合う姿勢」について,

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そしてこれら二つのテーマを根底において結び付けていると思われる「臨床」 ということ,こうしたことについてのこれまでの考察内容を振り返りながら, 次の二点を中心にさらに掘り下げを行ってきた. ① これまでの考察において掘り下げが十分にできずに終わってしまった点 ② 今後引き続き検討が求められていると思われる事柄や課題 具体的には,①については「子どもの思いに寄り添う」ということと「子ど もと向き合う姿勢」ということを先達諸氏の実践(知見)に示唆を得ながら, 「臨床」という観点でとらえたときになお留意すべきところはどのようなとこ ろ(点)であるかということについて考察をすすめていくということであった. ②については①のそれぞれのテーマ(「子どもの思いに寄り添う」「子どもと 向き合う姿勢」)をさらに深く掘り下げていくのに検討が必要であろうと思わ れる事柄あるいは課題として,「さまざまな面から子どもの『思い』に耳(心) を傾ける」ということ,「聴く力」ということ,「共感」ということ,「コミュ ニケーション」ということ,そして「まなざし」ということ等を取り上げ筆者 なりの吟味を行った. ②の「事柄」あるいは「課題」のうちの「さまざまな面から子どもの『思い』 に耳を(心を)傾ける」ということは,先に記したとおり,人やものごとをさ まざまな面からとらえていくということである.中でもとりわけ重要なのが, 「人々(障害のあるなしにかかわらず)がおそらく共通にもっているであろう 欲求や,人間が生きるということはどのようなことであろうかという,生の根 源・人間存在のあり方にかかわる本質的な部分」について「深く問いつづけて いく眼をもつこと」ではないかと思われる.特別支援教育臨床が障害のある子 どもたち一人ひとりに対する「人間としてより豊かに生きることへの支援」と なり得ているかどうかがここにおいて問われるのではなかろうか.(72)特別支援 教育臨床の最も大切な基盤の一つとして,今後ともさらに追求していくべき課 題であると考えられた. 本稿は,「特別支援教育臨床の基盤」について筆者がここ数年間にわたって 行ってきた見つめなおし作業についての現時点での「まとめ」の意味をももっ 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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て記された.「まとめ」という意味から,これまで発表した報告内容と一部重 複するところもある.ご寛恕いただければ幸いである. (文 献) ( 1 )栗原輝雄「障害のある子どもと保護者の思いに寄り添う支援をさらにす すめていくために ― 特別支援教育における実践・支援の基盤を見つめな おす ― 」皇學館大学教育学部研究報告集第 4 号,2012,pp.17-44 ( 2 )栗原輝雄「特別支援教育における実践と支援の基盤についての一考察 ― 障 害のある子とその保護者の「思いに寄り添う」ということについて ― 」 皇學館大学教育学部研究報告集第 5 号,2013,pp.15-34 ( 3 )栗原輝雄「『臨床』という言葉の意味に関する一考察」皇學館大学教育学 部研究報告集第 6 号,2014,pp.51-77 ( 4 )栗原輝雄「障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められ る『向き合う姿勢』についての一考察 ― 『臨床』という言葉の意味に関 する考察から示唆されたこと ― 」皇學館大学教育学部研究報告集第 7 号, 2015,pp.15-33 ( 5 )栗原輝雄「障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求められ る『向き合う姿勢』についての一考察(Ⅱ) ― 『まみえる』ということ, 『聴く』ということを手がかりとして ― 」皇學館大学教育学部研究報告 集第 8 号,2016,pp.119-135 ( 6 )森田ゆり著『エンパワメントと人権 ― いのちの力のみなもとへ ― 』解 放出版社,1998,pp.13-24 ( 7 )栗原輝雄著『特別支援教育臨床をどうすすめていくか ― 学校臨床心理学 の新たな課題 ― 』ナカニシヤ出版,2007,p.90 ( 8 )( 7 )に同じ.pp.4-5 ( 9 )( 5 )に同じ. (10)( 7 )に同じ.pp.93-96 (11)糸賀一雄著『この子らを世の光に ― 近江学園 20 年の願い ― 』柏樹社, 1968

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(12)(11)に同じ.pp.296-297 (13)( 5 )に同じ.p.120 (14)林竹二・安藤哲夫・斎藤時子「いのちを問いなおす」『季刊 いま,人間 として ― 序巻 いのちを問いなおす』径書房,1982,p.56, 57 (15)(11)に同じ. (16)(11)に同じ. (17)(14)に同じ. (18)( 3 )に同じ. (19)(11)に同じ. (20)(14)に同じ. (21)(11)に同じ. (22)(14)に同じ. (23)( 2 )に同じ.p.31 (24)( 2 )に同じ.p.31 (25)( 1 )に同じ.pp.37-40 (26)( 1 )に同じ.p.38 (27)( 1 )に同じ.p.27 (28)( 1 )に同じ.p.39 (29)( 2 )に同じ.p.31 (30)( 1 )に同じ.p.30 (31)(11)に同じ.p.296-297 (32)(11)に同じ. (33)( 2 )に同じ.p.31 (34)佐治守夫・岡村達也・保坂亨著『カウンセリングを学ぶ ― 理論・体験・ 実習 ― (第二版)』東京大学出版会,2007,pp.45-47 (35)滝川一廣「心理療法の基底をなすもの ― 支持的心理療法のばあい ― 」 村瀬孝雄・村瀬嘉代子編『ロジャーズ ― クライエント中心療法の現在 ― 』 日本評論社,2004,p.182 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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(36)角田豊「共感」氏原寛他編『心理臨床大事典』培風館,1992,pp.193-196 (37)三省堂編修所編『コンサイス英和辞典』三省堂,1966,p.811 (38)(37)に同じ.p.367 (39)(37)に同じ.p.366 (40)(37)に同じ.p.810 (41)(37)に同じ.p.367 (42)( 1 )に同じ.p.297 (43)( 3 )に同じ. (44)( 1 )に同じ. (45)( 3 )に同じ. (46)半田一朗「同じものを同じように『ともに眺める関係』」月刊学校教育相 談,2007 年 5 月号,pp.20-29 (47)( 3 )に同じ.p.69 (48)栗原輝雄「幼児児童生徒とのコミュニケーションおよび教育(保育)・発 達支援の基盤としての教師の『聴く力』― 教師を対象とした『聴く力』 についての調査から ― 」三重大学教育学部研究紀要第59巻,2008, pp.217-231 (49)(11)に同じ.pp.296-297 (50)( 3 )に同じ.p.58 (51)黒田三郎著『詩の作り方(二訂版)』明治書院,1993,p.140 (52)寺澤芳雄(編集主幹)『英語類語辞典』研究社,1997,p.256 (53)(52)に同じ.

(54)J.M.Sinclair (General Consultant) Collins English Dictionary (3rded.) Harper Collins Publisher. 1991. p.326

(55)小西友七他編『小学館英和中辞典』小学館,1980,p.1623 (56)( 2 )に同じ.p.257

(57)(51)に同じ. (58)(52)に同じ.

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(60)栗原輝雄「子どもの『生きる力』をはぐくむ教師の『聴く力』 ― 発達支 援・教育(保育)における意義 ― 」 鈴鹿国際大学紀要,No.17,2011, pp.13-24 (61)( 7 )に同じ.pp.4-5 (62)平野智美「教師のコミュニケーション」現代のエスプリ417,2004・4, pp.95-100 (63)新村出編『広辞苑(第三版)』岩波書店,1983,p.2262 (64)尚学図書編『故事ことわざの辞典』小学館,1986,p.1144 (65)( 3 )に同じ. (66)(62)に同じ.pp.4-5 (67)(62)に同じ. (68)( 1 )に同じ. (69)( 3 )に同じ. (70)山本光雄訳『イソップ寓話集』岩波書店,1982 (71)( 7 )に同じ.pp.83-86 (72)( 7 )に同じ.pp.77-79 (注) (注 1 )「特別支援教育における実践・支援」を筆者は「特別支援教育臨床」と 呼んでいる.その理由は以下の通りである. 「特別支援教育における実践・支援」は「発達障害をはじめ,知的障 害その他のさまざまな障害により,発達面や教育面等において特別な 支援を必要としていると思われる子どもに対し,それぞれの子どもの 成長・発達にとって最もふさわしいと考えられる具体的な支援と環境 調整を行う営み」(拙著『特別支援教育臨床をどうすすめていくか ― 学 校臨床心理学の新たな課題 ― 』(ナカニシヤ出版,2007 年,p.1)で ある.しかも「それぞれの子どもの成長・発達にとって最もふさわし いと考えられる具体的支援と環境調整」は教師・支援者と子どもとが 「『相互』に『関係(関与)』し合い,『直接関わ』りあうことを基盤と 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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して成り立つものであること」(藤原勝紀「臨床心理学の方法論」氏原 寛他編『心理臨床学事典』培風館,1992,13-17)(大塚義孝「臨床心 理学の成立と展開 1 ― 臨床心理学の定義 ― 」大塚義孝編著『臨床心 理学原論』誠信書房,2004,22-23)(栗原輝雄『特別支援教育臨床を どうすすめていくか ― 学校臨床心理学の新たな課題 ― 』ナカニシヤ 出版,2007,1-9).そして,このことを通して「具体的支援と環境調整」 は生まれるものである.「こうした関係のあり方,向き合い方」(栗原 輝雄「『臨床』という言葉の意味に関する一考察」皇學館大学教育学部 研究報告集第 6 号,2014,p.67)こそ「臨床」という言葉の意味する ところであると筆者は考えているのである. (注 2 )拙著『特別支援教育臨床をどうすすめていくか ― 学校臨床心理学の新 たな課題 ― 』(ナカニシヤ出版,2007)はこうしたスタンスに立って 著されたものである.特に,保護者の「思い」を受けとめる姿勢につ いては「第二章 特別支援教育における親(保護者)とのコミュニケー ション・連携」に詳述した.参照していただけると幸いである. (注 3 )Pearl S. Buck The Child Who Never Grew Woodbine House, 1992,

p.62参照. (注 4 )「まみえる」とは,栗原(2016)ですでに記したように,相手の人に 「心を向け」てもらうことであった.教師・支援者が子どもに「心を向 け」てもらうことができるためには,「人として」自分を「尊重し心配 りを」してくれていると,子どもが教師・支援者の自分に対してのか かわり方を受けとめることができるということであろう.こうした関 係の中でこそ,子どもは教師・支援者にみすからの「心を開く」― つ まり,みずからの「思い」を子どもが教師・支援者に伝えてくれるよ うになる ― ということではないだろうか.(栗原輝雄「障害のある子 どもの教育・発達支援に携わる人々に求められる『向き合う姿勢』に ついての一考察(Ⅱ)―『まみえる』ということ,『聴く』ということ を手がかりとして ― 」皇學館大学教育学部研究報告集第 8 号,2016, pp.126-128)

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(注 5 )一人の教師とは,「重症心身障害児」,「自閉症児」,「知的障害児」と呼 ばれる子どもたちが在籍する養護学校(現在の特別支援学校)に勤務 する教師で,その言葉とは次のようなものである.詳細については, 栗原輝雄「障害のある子どもの教育・発達支援に携わる人々に求めら れる『向き合う姿勢』についての一考察 ― 『臨床』という言葉の意味 に関する考察から示唆されたこと ― 」皇學館大学教育学部研究報告集 第 7 号,2015,pp.18-22を参照していただければ幸いである. 「どんなに対人関係が苦手であったり,言語による表現能力が乏し かったりする子どもであっても,自分のことを相手の人が真剣に,大 切に思って接してくれているかどうかは心の奥深くできちんと感じ分 けていると思います.自分のことを真剣に,大切に思ってくれている と感じる人に対しては,時間はかかっても,いつかは自分の方から近 づいてきて,接触を求めてきてくれるようになると思います.」 (注 6 )「心耳」とは,「心で聞くこと.心の耳.」と辞書においては説明されて いる.(新村出編『広辞苑(第三版)』岩波書店,1978,p.1243)「も のごとの奥にある本質を感じと」る「精神の力」(花田春兆著『心耳の 譜 ― 俳人村上鬼城の作品と生涯 ― 』こずえ,1978,p.110)ともと らえられている. (注 7 )子どもは自分の「思い」(あるいは「応答」)が受けとめられているか どうかを言語以外の何らかのかたち(方法)で表明している,とここ で書いたが,この言語以外の何らかのかたち(方法)とは何であろうか. 以下に紹介させてもらう増井(1997)の「ことば以外の『こころ』のメッ セージ」というとらえ方がこれをよく説明してくれているように思わ れる.増井(1997)はカウンセリングの視点から,「クライエントのこ ころを伝える重要な前言語的メッセージ」を「ことば以外の『こころ』 のメッセージ」と呼んで,「態度,身振り,姿勢」「雰囲気」「語り方」 「音声」「視線,表情」等をあげている.(増井武士「フォーカッシング 「特別支援教育臨床の基盤」のよりいっそうの強化をめざして

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の臨床的適用 ― 前言語的メッセージとその治療的介入 ― 」こころの 科学 74,1997,p.50)なるほど,このような点に目を向ければ,子ど もとのコミュニケーションにおいても教師・支援者は子どもの「思い」 (あるいは「応答」)をより近いところで受けとめることができるのは ないだろうか.上記増井(1997)が説く「治療者」の「開かれた耳」 の重要性は,教師・支援者が子どもと向き合う場合においてもまった く同様であるということを重ねて確認させられた.(増井武士「上掲論 文」p.53)

図 1 皇學館大学生物学ゼミの展示配置図 A:2014年,B:2015年,C:2016年

参照

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