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(1)

紀の米国の競争力法」と「STEM職種法案」の比較分

著者 手塚 沙織

雑誌名 同志社アメリカ研究

号 51

ページ 21‑43

発行年 2015‑03‑17

権利 同志社大学アメリカ研究所

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014000

(2)

高度人材の受入れ政策をめぐる米国政治

−「21 世紀の米国の競争力法」と「STEM 職種法案」の比較分析

手 塚 沙 織

Ⅰ 問題の所在と課題

グローバル化が加速する中、国家が国際競争力を高めていくためには、IT 産 業などの知識集約型産業の成長は欠かせない1。そのため、それらの産業を担う高 度なスキルや知識を有する人材の確保が、政策上、かつてないほど重要視されて いる。知識集約型産業が自国の経済成長を支える米国にとって、それは喫緊の課 題 で あ る。 米 国 で は、STEM(Science( 科 学 )、Technology( 技 術 )、

Engineering(工学)、Mathematics(数学))と呼ばれる理工系の職種の割合が、

2008 年から 2018 年の 10 年間だけでも 17%も伸びると予測されており2、将来的 に米国の高度な知識やスキルを有する人材に対する需要は一層高まる傾向にある と言えよう。しかしながら、その傾向とは相反して、2000 年代後半以降、米国 の高度人材の受入れ政策は進展を見せていない3。米国は、歴史的に自国の近親者 の受入れと同時に、高技能労働者に対する受入れ政策を進めてきた。とりわけ、

1990 年の移民法の改定において、それまでの就労ビザ H-1 から、専門職の要素 を強めた就労ビザ H-1B ビザへの再編により、米国は高度人材の受入れを積極的 に行ってきた。1990 年から 2000 年代前半にかけて、H-1B ビザの量的緩和政策 は度々実施されてきたのである。にもかかわらず、2000 年代後半以降、そのよ

1   国際競争力の定義は世界的に統一されたものがない.国際競争力を独自に定義し,一国の競争力 を計ることを試みた研究は多数ある.その中でも,代表的な国際競争力ランキングとして,世界 経済フォーラムが毎年刊行する “The  Global  Competitiveness  Report” がある.それによると,

競争力とは「一国の生産性を決める諸要因」と定義されている.

2   David  Langdon  et  al.,  .  ESA  Issue  Brief  #3-11,  Economics and Statistics Administration, U.S. Department of Commerce(Washington, D.C.: U.S. 

Department of Commerce, 2007).

3   本稿では,便宜上,高度人材を「外国籍の高度な知識やスキルを有する者」とする.1990 年移 民法の改定により,雇用の移民ビザの拡大や H-1B ビザへの再編が行なわれたことを考慮し,同 法以降は,人材の専門性の高い知識や能力を強調する上で,高度人材とする.一方,それ以前の 外国籍の高い技能を持つ者を高技能労働者とする.

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うな政策が実施されていない。これはなぜだろうか。

この問いには、以下の重要な疑問が包含されている。米国は国内で優秀な人材 を十分に育成し、確保出来ているからなのか。それとも優秀な人材に対する積極 的な受入れ政策が進展しないのは別の理由からなのか。米国の高度人材の受入れ 政策をめぐっては、これらの重要な問いを内包しているにもかかわらず、この問 いに正面から向き合っている先行研究は、管見の限りでは存在しない。この背景 には、主に三つの理由があると考えられる。第一に、従来の米国の移民政策に関 する研究は、概して、家族の再統合による移民、単純労働者、非正規移民の三つ が議論の中心になってきた4。そのため、米国の移民政策において、高技能労働者 に対する受入れ政策は、副次的に扱われてきた。これは、高技能労働者に対する 移民政策が、1990 年の移民法の改正によって大きな転機を迎え、その後、議論 の中心となってきたことが大いに関係している。第二に、このような高技能労働 者に対する政策が副次的に扱われることによって生じた、その法制化の要因の不 明瞭さである。1990 年の移民法改正以降、議論の俎上に載るようになった高度 人材に対する移民政策は、しばしば非正規移民の処遇など他の移民政策との抱き 合わせを計られ、「人質」に取られることがある。だが、この「人質」に取られ やすい高度人材に対する受入れ拡大政策が、高度人材の政策のみに焦点を当てた 単独法案として法制化に成功する時とそうでない時がある。非正規移民の処遇や ゲストワーカープログラム(外国人一時的雇用制度)などを含めた移民政策を包 括的に扱った従来のアプローチでは、この違いに対して十分な説明を与えること が出来ない。これは、第一の理由と関連して、高度人材に対する政策を副次的に 扱ってきたことによって、見落とされてきた点である。第三に、米国の高度人材 に対する政策に関する先行研究の多くは、米国に在住する高度人材の質的評価に 焦点が当てられてきた。これは、米国の移民政策において、歴史的に米国への移 住者には、常にその能力が米国経済に沿って問われてきたことからも当然であろ う5。これらの諸研究は、政策提言を行なうことには成功している。だが、いくら

4   David  M.  Reimers,  ,  2d  ed.(New 

York:  Columbia  University  Press,  1992);  James  G.  Gimpel  and  James  R.  Edwards, 

(Boston:  Allyn  and  Bacon,  1999);  Daniel  J. 

Tichenor,  (Princeton,  N.J.: 

Princeton University Press, 2002)など.

5   George J. Borjas,   (New 

York:  Basic  Books,  1990);  Douglass  S.  Massey,  “The  New  Immigration  and  Ethnicity  in  the 

United States,”   21, no. 3(1995), 631-52 などは 1990 年前後

までの移民のスキル(低技能移民)などを分析.高度人材に関する質的量的研究は,AnnaLee 

(4)

高度人材の質的評価を議論しても、政策立案過程の成立及び不成立要因を考察し なければ、それらは反映されないだろう。

上記の理由から、本稿で扱う高度人材への移民政策の立案過程に焦点を当てた 先行研究は数少ない。例えば、Freeman & Hill(2006)と Stevenson(2012)に よるものがある6。この二つの研究は、先駆的に高度人材に対する移民政策の政策 過程を理論的に分析した点で非常に有意義である。だが、Freeman & Hill(2006)

の研究では、理論に依拠しすぎて、なぜある議員がある法案には賛成し、似たよ うな別の法案には反対するのかといった議員の法案に対する賛否行動の違いを含 め、高度人材に焦点を当てた数々の政策において、なぜ法制化に成功するものと、

そうでないものがあるのかという疑問に十分な説明を提供できない7。一方、

Steavenson(2012)の研究では、高度人材に対する一時就労ビザの H-1B ビザの 緩和法案は、2006 年から 2008 年の間に H-1B ビザに焦点を絞って提出された単 独法案が法制化に至らず、2008 年以降はその法案の提出そのものも見られなく なったとし、H-1B ビザに対する議会の動きが 1998 年から 2004 年には積極的で あったが、それ以降はなぜ議会の動きが逆行したのかを分析している8。だが、同 研究は、H-1B ビザの緩和政策に焦点を絞りすぎ、高度人材に対する政策の全体 像をほとんど描いておらず、H-1B ビザに対する議会の見方の変化や、H-1B ビザ に代わる高度人材に対する政策の出現を検討できていない。そのため、2000 年 代後半以降の H-1B 拡大法案の法制化の失敗を含め、高度人材に対する政策の立 案過程の構造や背景の検討が不十分である。そこで、本稿では、まず二本の高度 人材に対する代表的な法案を取り上げ、それらの比較を通じて、米国の高度人材 に対する移民政策における政策過程の成立及び阻害要因を検証する。

第 2 章では、1990 年以降の米国の高度人材に対する移民政策を、移民ビザと

Saxenian,  (San  Francisco:  Public  Policy 

Institute  of  California,1999);  Vivek  Wadhwa  et  al., 

Ⅱ(June  11,  2007).  http://ssrn.

com/abstract=991327 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.991327; Norman Matloff, “On the Need  for Reform of the H-1B Nonimmigrant Work Visa in Computer-related Occupations,” 

 36 no. 4 (2003): 815-914 など多数ある.

6   Gary P. Freeman and David K. Hill, “Disaggregating Immigration Policy: The Politics of Skilled  Labor  Recruitment  in  the  U.S.,”  19,  no.  3(2006):  7-21; 

Maryam Tanhaee Stevenson, “Caught in the Immigration Cross-fire: The Changing Dynamics  of  Congressional  Support  for  Skilled  Worker  Visa”(Ph.D.  Diss.,  University  of  Nevada,  Las  Vegas, 2012).

7   Freeman and Hill.

8   Stevenson.

(5)

非移民ビザの二側面から概説する。移民ビザは、永住と就労の自由が認められて いる一方、非移民ビザは、ビザの種類によって、目的に応じた滞在期間と就労の 可否が決められている。第 3 章にて、高度人材に対する受入れ政策の代表的な法 案である「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の成立過程を詳細に分析 し、続く第 4 章における「STEM 職種法案」(下院法案 6429)の不成立過程との 比較で、両法案の成立及び不成立要因を考察する。第 5 章にて、まとめと今後の 展望を述べる。

Ⅱ 優秀な人材に対する米国の移民政策

米国が、高度なスキルや知識を有する外国人に対する受入れ政策を大きく変更 したのは、1990 年の移民法の改定による。同法の改定では、それ以前に定めた 年間移民受入数の上限である 27 万人をはるかに上回り、1992-1994 年度は 70 万人、

それ以降は 67 万 5 千人と設定され、移民受入数が大幅に緩和された。この受入 数のうち、48 万人は家族の再統合、14 万人は就労、5 万 5 千人は移民多様化プ ログラムの三本柱から成る受入れ制度を作った。つまり、米国は移民の年間受入 総数の約 20%は、米国が求める「能力」の基準を充たす外国人を受入れること にした。それ以前の移民法では、移民の年間受入数 27 万人の第 3 番目優先カテ ゴリーの 10%、つまり 2 万 7 千人分が高技能労働者にあてられていた受入数と 比較すると、これは移民受入れ枠の大幅な緩和であった。もちろん、家族の再統 合を含めた移民の年間受入総数が 27 万人から 70 万人へと増やされたことが前提 ではあるが、移民受入数における就労による受入数の割合は増加した。このよう な緩和によって、高度人材の受入れは急激に増加した。

さらに、1990 年の移民法の改定により、一時滞在の非移民ビザにおける、就 労ビザ H-1 が H-1B へと再編成された。1952 年移民法により設定された一時就労 用の H ビザは、職業に応じた細分化がなされてきた。1990 年移民法では、それ 以前の一時就労ビザ H-1 の要件である「格別な功績と能力」を有する者から、「専 門職業での業務」を遂行する者へと改定され、H-1B と名付けられた。このよう な H-1 から H-1B ビザへの改変は、それ以前の H-1 ビザとは異なり、単なる能力 ではなく職業における専門性の高さを重んじるものであった。さらに、他の非移 民ビザには年間認可数の上限数はないが、H-1B ビザの年間認可数の上限が 6 万 5 千件と定められた。

その後、1990 年後半、高度人材に対する移民政策は、非移民ビザの H-1B ビザ の年間認可数の上限や規制の変更をめぐる議論を経ながら、新たな変化を見せ始 める。その始まりが、1998 年に法制化された「米国の競争力及び向上力法」であっ

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9。この法律の立案過程以降、ハイテク産業や研究機関における労働力不足が議 会や行政府に広く認識され、高度人材の受入れの是非が移民政策において頻繁に 議論されることとなる。この法律には、主に 1990 年移民法の改定における H-1B ビザの年間認可数の上限の暫定的引き上げと、H-1B ビザの雇用者に対する規制 強化が定められた。1990 年の移民法改正による年間認可数 6 万 5 千件から、

1999 年度と 2000 年度は 11 万 5 千件、2001 年度は 10 万 7500 件へと大幅に増加 させ、そして 2002 年度以降は 6 万 5 千件へと元の水準に戻すことが決められた。

それと同時に、H-1B ビザに依存する雇用者(H-1B  dependent)に対して、採用 や解雇に関する規制が強化され、500 ドルの H-1B ビザの申請料金の支払いが課 せられることとなった。

そのわずか 2 年後の 2000 年には、「21 世紀の米国の競争力法」が制定され、

H-1B ビザの年間認可数の更なる増加が定められた10。1998 年の「米国の競争力及 び向上力法」により H-1B ビザの年間の認可数の上限が大幅に緩和されていたに もかかわらず、2001 年度から 2003 年度の年間認可数の上限は 19 万 5 千件と再 改定された。また、大学などの高等教育機関、政府の研究機関や、非営利の研究 機関にて雇用される者は、これらの H-1B ビザの年間認可数の上限枠の対象外と なった。

これらの二つの法律による H-1B ビザの暫定的増加が終わり、2004 年度以降の H-1B ビザの認可数は、1990 年移民法の改定時の 6 万 5 千件へと戻ることとなっ ていた。しかしながら、H-1B ビザの年間認可数に、また新たな追加枠が設定さ れる。これは、2004 年の「連結充当法」の一部として成立した「H-1B ビザ改定法」

によるもので、米国の大学院の修士号以上取得者に限り、2 万件の H-1B ビザの 追加枠が定められたのである11

この 2004 年の「連結充当法」での H-1B ビザ改定以降、H-1B ビザに関する拡 大法案は法制化に至っていない。また、H-1B ビザとは別に提案されている高度 人材を対象としたビザに関する法案は、移民ビザ(永住権)でも非移民ビザ(一 時滞在)でも、成立していない。だが、これは 2005 年以降、H-1B ビザに代表さ れる高度人材に対する法案の提出がなされていなかったことを示すわけではな

9   American Competitiveness and Workforce Improvement Act, Pub. L. No. 105-277, Title IV.

10  American Competitiveness in the Twenty-first Century Act, Pub. L. No.106-313.

11  Consolidated  Appropriations  Act,  PL.  108-447,  IV  Title;  “USCIS  To  Implement  H-1B  Visa  Reform  Act  of  2004  ‒  New  Law  Changes  Aspects  of  the  Temporary  Work  Program.”  U.S. 

Citizenship  and  Immigration  Services  Press  Release.  December  9,  2004.  Accessed  September  14, 2014. http://www.uscis.gov/sites/default/files/files/pressrelease/H-1B̲12̲9̲04.pdf.

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い。また、高度人材に対する議論が議会で沈静化していたことを表すわけでもな い。むしろ、2000 年代後半から現在にかけて、米国の高度人材に対する政策は 過渡期に入っていったのである。

H-1B ビザの拡大法案の法制化が見られなくなった 2000 年代後半から、STEM ビザに関する法案が次々と提出され始め、高度人材に対する政策には新たな変化 が見られるようになった12。「STEM ビザ」とは、概して、STEM(科学・技術・

工学・数学)分野の修士号以上取得者、とくにそれらの学位を米国の大学院から 取得した者に対して、優遇的に与えられる移民ビザ(ある特定の数量的制限の対 象外へとされることも含む)に関する制度を総称する13。先述の 2004 年の「連結 充当法」における米国の高等教育機関の修士号以上取得の留学生を対象に H-1B ビザの追加枠の設置以降、米国の高等教育機関で修士号以上を取得した留学生を 優遇しようとする動きは加速した。だが、それは H-1B ビザの追加枠としてでは なく、STEM ビザという新たな形で米国の大学院出身者に対する優遇政策が提 案されるようになった。

その背景には、2008 年の金融危機に端を発した経済不況を受けて、H-1B ビザ に対する議会の見方や世論の変化が関係していると考えられる。2007 年のサブ プライムローン問題から始まり、リーマンショックに端を発した世界金融危機に よる経済不況で、米国では失業率が高まり、外国人労働者に対する見方は厳しい ものとなった。2008 年夏の失業率は 6%を超え、2009 年 10 月には 10%に達した

(図 1 参照)。外国人労働者が国内労働者から仕事を奪っているという言説は、不 況下で広がりやすい。一時就労 H-1B ビザに対しても同様の見方が広がった。さ らに、H-1B ビザの最多利用の雇用者が、インフォシス(Infosys)やウィプロ

(Wipro)といったインドのアウトソーシング会社であったため、この言説が議 会で説得力をもって急速に浸透していった。

12  手塚沙織「米国の高度人材に対する積極的受入れ政策はなぜ実現しないのか?―H-1B ビザと STEM ビザに関連する法案の双方不成立をめぐって」『同志社グローバル・スタディーズ』4 号

(2013 年), 167-86.

13  Wasem は,「STEM ビザ」とは,「STEM 分野の大学院学位を持つ外国籍の者に対して,数量的 に制限された永住権ビザの順番に並ばずに,移民ステータスを合法的永住へと変更出来るような 簡易的移民手段のための表現方法である.」と定義した.本稿では,高度人材に対する受入れ政 策の動向とそれら法案の内容を考慮し,STEM 分野の修士号以上取得者,とくにそれらの学位 を米国の大学院から取得した者に対して,優遇的に与えられる移民ビザ(ある特定の数量的制限 の対象外へとされることも含む)に関する制度を総称して「STEM ビザ」とする.Ruth  Ellen  Wasem, 

(CRS  Report  7-5700)(Washington  D.C.:  Congressional  Research Service, 2012), 1, https://www.fas.org/sgp/crs/misc/R42530.pdf.

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2010 年 8 月には、特定 の条件に当てはまる企業 に 対 し て、H-1B ビ ザ と L-1 ビ ザ の 申 請 料 金 の 暫 定的引上げを盛り込んだ 法案「緊急国境警備強化 充当法」が法制化された。

この法律は、事実上、こ れらのインド企業を対象 としていたため、インド 政 府 や 米 印 経 済 評 議 会

(USIBC) な ど か ら 多 く の反発を招くこととなっ

14。さらに、2011 年 1 月には「ジェイムズ・ザドロガ 9.11 医療補償法」の法制 化により、H-1B ビザと L-1 ビザ申請料金の引上げの延長が認められた15。これら を受けて、インドのアウトソーシング企業に、顧客である GE などの米国企業が、

失業率の解決を担うように求め、これらインド企業が米国の大学の工学系出身者 を積極的に雇用し始めるようになった16。つまり、米国の高度人材に対する受入れ 政策を進める上で、米国の高等教育機関出身、すなわち米国が「(教育)投資した」

者という点が重要視されるようになっていったのである。

Ⅲ 「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の政策決定過程

本章では、2000 年の「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の成立の 政策決定過程を取り上げ、次章で検証を行なう 2012 年の「STEM 職種法案」(下 院法案 6429)の不成立の政策過程に対するモデルケースとする。「21 世紀の米国 の競争力法」(上院法案 2045)とは、概して、H-1B ビザの年間認可数の暫定的 増加と、H-1B ビザへの規制を提案した法案であり、2000 年に法制化された。本 章では、便宜上、大統領の署名後(法制化)に法案名を使用し、それ以前の政策

14  “Indian May Drag US to WTO on H-1B Vis Fee Hike,”  , August 18, 2010.

15  Amiti  Sen,  “Govt  to  Move  WTO  if  Visa  Talks  with  US  Fail  Next  Month,”  February 19, 2011.

16  Shruti Sabharwal and Pankaj Mishra, “Indian IT Firms Go to US Campuses to Hire Local US  Talent,”   February 18, 2011.

図 1 全米の失業率の推移(1997-2013)

出典:Labor Force Statistics from the Current Population  Survey: Bureau of Labor Statistics より筆者作成

(9)

決定過程では、法案番号で議論を進める。

まず、「21 世紀の米国の競争力法」の 2 年前(第 105 議会)に成立した「米国 の競争力及び向上力法」の法案成立過程を分析する。両法案ともに、H-1B ビザ の量的緩和を提案している。「21 世紀の米国の競争力法」は、「米国の競争力及 び向上法」の暫定的量的緩和を改定したことから、両法案の類似点と関連性、そ して前法案の「21 世紀の米国の競争力法」に対する影響を検証することは非常 に重要であると考える。

1.第 105 議会の「米国の競争力及び向上力法」の政策決定過程

1997 年度に初めて H-1B 申請数が年度内に年間認可数の上限に達したのをきっ かけに、急成長する IT 産業での深刻化する労働力不足が議会や行政府で浸透し 始めていた。そこで、上院司法移民小委員会では 1998 年 2 月に H-1B ビザに関 する公聴会が開かれ、それに応じて、委員会の委員長を務めるミシガン州選出の スペンサー・アブラハム(Spencer  Abraham)共和党議員が上院法案 1732 を提 出した17。一方、下院では、テキサス州選出のラマール・スミス(Lamar Smith)

議員が、司法移民小委員会にて H-1B ビザに関する公聴会を開催した後、それに 応じて H-1B ビザ増加法案(H.R.3736)を提出した18。アブラハム法案とスミス法 案は、「米国の競争力及び向上力法」の成立に多大な影響を与えた。両法案とも H-1B ビザの拡大を提案しており、アブラハム法案は上院を、スミス法案は下院 をそれぞれ通過していた。アブラハム法案は 1998 年 3 月 6 日に提案された後、

司法委員会で賛成 12 人(共和党 10 人、民主党 2 人)、反対 2 人(民主党 2 人)

で承認された19。その後、同法案は、賛成 78 人(共和党 51 人、民主党 27 人)、反 対 20 人(共和党 2 人、民主党 18 人)の圧倒的多数の支持を得て、上院を通過し た。しかし、アブラハム法案は、米国人労働者を保護するための規制を含んだ修 正案の追加が却下されての上院通過であったため、たとえ下院を通過してもクリ ントン(Bill Clinton)大統領が拒否権を行使する可能性が高く、法制化は困難で あった20。クリントン政権は、H-1B ビザの増加には賛成しつつも、アブラハム法

17  Ruth Ellen Wasem,  (CRS Report 

98-531)(Washington  D.C.:  Congressional  Research  Service,  1998),  5,  https://www.hsdl.

org/?view&did=14868.

18  Ibid., 6.

19  Congressional  Quarterly  Almanac:  105th  Cong.,  2d  sess.  Volume  LIV.  ed.(Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly, 1998), 17-3.

20  Helen Dewar, Associate Press and Reuters, “Washington in Brief,”  , May 19,  1998.

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案(上院法案 1723)に対しては、その上院の通過前から反対を表明していたの である21

ハイテク産業を中心に支持を広げるアブラハム法案が上院を通過し、下院司法 移民小委員会から司法委員会に上程されてからも再び、クリントン政権は米国人 の雇用を保護する規制を法案に盛り込まない限り、拒否権を行使する構えである ことを改めて明確にし、同法案を牽制した22。大統領の拒否権行使の恐れがあり、

法制化が危ぶまれたアブラハム法案の成立は下院本会議の前に頓挫した。一方、

ハイテク産業界から高い支持を得ていたアブラハム法案とは異なり、スミス法案 は H-1B ビザの雇用者への規制が盛り込まれていたため、ハイテク産業界からは 支持されていなかった23。しかし、スミス法案は、クリントン政権から一定の評価 を得ていた24

両法案に見られる、H-1B ビザ拡大をめぐる上院下院の共和党内での対立の継 続は、行政府からの支持の有無に加えて、両法案の競合による立ち往生、つまり 事実上の廃案の可能性を示唆していた。そこで、当時の下院議長ニュートン・ギ ングリッチ(Newton  Gingrich)共和党議員の呼びかけで、アブラハム議員とス ミス議員に加えて、フィル・グラム(Phil Gramm)共和党議員(テキサス州選出)

と、司法委員会の委員長ヘンリー・ハイド(Henry  Hyde)共和党議員(イリノ イ州選出)で会合がもたれた25。これは、H-1B ビザの拡大を実現させようと、上 院下院の両院を多数派で支配する共和党内が意見の調整を図ったものであった。

アブラハム法案とスミス法案の間の妥協案では、従業員が H-1B ビザの取得者に 依存する(H-1B  dependent)会社に限定して、米国人の採用と解雇に対する保 護の証明書提出を義務化することとなった26。だが、これらの妥協案は、米国人の

21  “Statement of Administration Policy: S. 1723 ‒ American Competitiveness Act,” The American  Presidency Project, May 11, 1998. Accessed September 14, 2014. http://www.presidency.ucsb.

edu/ws/?pid=74516.

22  William  Branigin  and  Julie  Eilperin  and  News  Services,  “Washington  in  Brief,” 

, July 17, 1998.

23  William  Branigin,  “Visas  Cut  Off  for  High-Tech  Workers;  Citing  ʻCriticalʼ  Labor  Shortage,  Senator Pushes to Raise Cap,” , May 12, 1998.

24  “The  Letter  from  White  House  To  Lamar  Smith,  Chairman,  Subcommittee  on  Immigration,  Judiciary  Committee.”  NLWJC  ‒  Kagan,  DPC  box  32,  folder:  19,  Immigration  H-1B  Visas  [2],  Clinton  Library,  Digital  Library,  April  30,  1998.  http://www.clintonlibrary.gov/̲previous/

KAGAN%20DPC/DPC%2031-38/1128̲DOMESTIC%20POLICY%20COUNCIL%20BOXES%20 31-38.pdf.

25  Juliet  Eilperin,  “House  GOP  Backs  Visa  Expansion;  Plan  Would  Target  High-Tech  Workers,” 

, July 12, 1998.

26  Wasem, 7.

(11)

訓練と教育資金としてビザ申請料 250 ドルの徴収と、H-1B ビザの取得者に依存 する会社に限定された採用と解雇に対する規則強化であったため、クリントン政 権の懸念を十分に払拭していたわけではなく、クリントン政権は拒否権の行使を 再び表明した27

大統領の拒否権行使の表明は、H-1B ビザ拡大法案に対する民主党議員の行動 にも影響した。上院の少数党院内総務トム・ダシュレ(Tom Daschle)議員(サ ウスダコタ州選出)を始めとした民主党はクリントン政権を支持し、H-1B の妥 協案の簡易審議を阻止する姿勢を示した28。そこで、共和党は、クリントン政権と 会合を行い、最終的には予算法案に付帯する形でこの法案の法制化が認められる こととなった。この法案は、伝統的に労働組合との連携が強い民主党政権にとっ て、シリコンバレーのハイテク産業との関係構築を迫られた、難しい事案であっ た29。「米国の競争力及び向上力法」の成立過程は、H-1B ビザの増加という根本的 意見は一致していても、上院下院の両院で多数派を占める共和党内の意見の分裂、

共和党とクリントン民主党政権の対立が明らかとなる法案成立過程であった。

2.  第 106 議会の「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の政策決 定過程

上院法案 2045 は、2000 年 2 月 9 日、オリン・ハッチ(Orrin  G.  Hatch)共和 党上院議員によって提議され、司法委員会に付託された。ハッチ議員は、ユタ州 から選出され、上院法案 2045 を提議した当時の第 106 議会(1999-2001)で、上 院司法委員会の委員長を務めていた。提出法案の多数が、付託先の委員会から本 会議に上程されないまま、事実上の廃案となってしまうため、法案の付託先であ る委員会は法案通過の最初の重要な関門である30。つまり、上院法案 2045 は、そ の提議者のハッチ氏が委員長を務める司法委員会に付託されたことで、最初の関 門を通過できる可能性が高まった。上院法案 2045 の提出から約 1 ヵ月後、2000 年 3 月 9 日、司法委員会で超党派による圧倒的多数の承認(賛成 16  反対 2)を 得て、上院法案 2045 は委員会審議報告書を付して本会議に上程され、最初の関 門を通過した。

27  Ibid.

28  Congressional  Quarterly  Almanac:  105th  Cong.,  2d  sess.  Volume  LIV.  ed.(Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly, 1998), 17-6.

29  Ibid., 17-9.

30  Walter  J.  Oleszek,  (Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly Press, 1978); Gimpel and Edwards.

(12)

この上院法案 2045 には、20 名の共和党議員と 4 名の民主党議員の計 24 名が 共同発議者として名前を連ねており、超党派による法案であった。その中でも、

ミシガン州選出のアブラハム上院議員は移民小委員会の委員長であり、テキサス 州選出のフィル・グラム(Phil  Gramm)上院議員は銀行委員会の委員長を務め ており、両議員とも共和党の大物政治家であった。また、アブラハム議員とグラ ム議員は、先述してきた H-1B ビザ拡大法案「米国の競争力及び向上力法」(下 院法案 4328)の成立過程にも重要な役割を果たし、高度人材に対する移民政策 に以前から積極的に取り組んできた。

先述した、前第 105 議会の「米国の競争力及び向上力法」の成立過程における、

H-1B ビザ増加法案をめぐる議会と行政府の動きは、第 106 議会における上院法 案 2045 の成立過程と類似するところが多かった。前議会のアブラハム法案とス ミス法案の両法案の根本的提案である H-1B ビザ増加は、その認可数と規制内容 で妥協点が模索されたように、ハッチ議員が提案した上院法案 2045 も根本的な 提案が同一の他の二つの法案から影響を受けた。その二つの法案は、デイビット・

ド ラ イ ヤ ー(David  Dreier) 共 和 党 下 院 議 員 と ゾ ー イ・ ロ フ グ レ ン(Zoe  Lofgren)民主党下院議員による超党派下院法案(H.R.3983)と、スミス共和党 下院議員による法案(H.R.4227)である。ドライヤー議員もロフグレン議員も、

ハイテク産業集積地域のシリコンバレーを抱えるカリフォルニア州から選出され ており、両議員とも高度人材の受入れ政策には前向きであり、この法案以外にも 高度人材の受入れに関する法案を提出している。このロフグレンとドライヤー案 は「ビジネス、ハイテク、学術界といった非常に幅広い連合」から支持を得てい た31

その一方で、スミス議員は、H-1B ビザが「米国の競争力及び向上力法」によっ て大幅に緩和されたばかりであるにもかかわらず、ハイテク産業界が更なる H-1B 増加を求めていることに関して懐疑的であった。そのため、1999 年にスミ ス議員は下院司法移民小委員会にて、少なくとも二度の公聴会を行なっている32。 1999 年 8 月の公聴会「一時専門職労働者 H-1B ビザと IT 産業の労働力問題」では、

31  Office of Congress David Dreier, “Dreier React to President Clintonʼs H-1B Proposal,” May 11,  2000. Accessed September 4, 2014.  http://web.archive.org/web/20020225062440/http://www.

house.gov/dreier/pr051100.htm.

32  Congress, House, Subcommittee on Immigration and Claims of the Committee on the Judiciary  House  of  Representatives,  ,  106th  Cong.,  1st  sess.,  May  5,  1999; 

Congress, House, Subcommittee on Immigration and Claims of the Committee on the Judiciary  House  of  Representatives, 

, 106th Cong., 1st sess., August 5, 1999.

(13)

スミス氏は、「米国の競争力及び向上力法」にて H-1B ビザの年間認可数が大幅 に増加されたにもかかわらず、なぜ申請者が未だにこれほど多いのかという疑問 を呈し、これほど短期間のうちに議会が同じ問題を再び取り上げることが珍しい と述べ、自ら公聴会を開催した33。このようなスミス議員の動きは、ハイテク産業 界やロビイスト、メディアから注視されていた。2000 年 3 月にスミス議員が、

H-1B ビザ増加法案として、下院法案 3814(下院法案 4227 の前身となる法案)

を提出した際に、米国 IT 関連企業の業界団体である米情報技術団体(ITAA)34 の代表ミラー(Harris  Miller)氏は、スミス議員がこれまで H-1B ビザの増加に 懐疑的であったが、今は重大な問題であると考えているようだと、スミス議員の H-1B 拡大法案提出にある一定の評価をする一方で、ナスコム(NASSCOM)35の 顧問弁護士は、スミス議員の法案提出は別の H-1B 拡大法案から譲歩を引き出す ためであろうと捉えていた36

スミス議員の動きに注目が集まる中、彼は H-1B ビザに対する立場を軟化させ ることとなる。これは、下院法案 3814 の提出一ヵ月後に、新たに提出された下 院法案 4227 で表れていた。この下院法案 4227 は、その前月に提出された下院法 案 3814 と比較すると、H-1B ビザ拡大の年間認可数の暫定的停止を提案するなど、

H-1B ビザに対する規制強化が厳しいものではなくなっていた。スミス議員は、

司法省移民小委員会の委員長を務めており、下院におけるそれらの政策過程を、

少なくとも委員会レベルでは支配していたとされていた37。そのため、スミス議員 の態度の変化が意味するところは大きい。スミス氏の下院法案 4227 の提出は「経 済的必要性を訴える上で、下院にて超党派の(H-1B ビザ)法案を通過させるた めの大変前向きな動きである」38とドライヤー議員から評価され、スミス議員の H-1B ビザに対する態度の変化は好意的な評価を受けた。このようなスミス議員 の態度の軟化には、第 106 議会がおかれた状況が背景にあった。

それは、第 106 議会の時期が、米経済が好調であったと同時に、IT 産業が勢

33  Congress, House, Subcommittee on Immigration and Claims of the Committee on the Judiciary  House  of  Representatives, 

, 106th Cong., 1st sess., August 5, 1999.

34  Information Technology Association of America の略称.

35  National Association of Software and Services Companies の略称.

36  “Bill to Raise H-1B Limit,”  , March 3, 2000.

37  Congressional  Quarterly  Almanac:  106th  Cong.,  2d  sess.,  Volume  LVI.  ed.(Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly, 2000), 15-3.

38  Office  of  Congressman  David  Dreier,  “Dreier  Statement  on  Chairman  Smithʼs  New  H-1B  Legislation,”  April  11,  2000.  Accessed  September  14,  2014.  http://web.archive.org/

web/20000817202820/http://www.house.gov/dreier/pr041100.htm.

(14)

いを増して成長し米国経済を牽引していたことと、大統領選の年であったことに ある。1996 年から 2000 年にかけて、IT 産業は米国経済の 8 〜 9%を占め、米国 の年間実質生産高 4 〜 5%のうちの平均 1.4%を占めていた39。1997 年半ばから失 業率は 5%以下を維持し(図 1 参照)、米国経済の成長が続く中、議会と連邦準 備制度理事会は経済成長を止めてしまいかねない労働力不足に懸念を表してい た40。とりわけ、IT 企業やその関連企業は、その急速な成長や Y2K 問題により、

労働力不足は一層深刻化していた。これらの経済的状況において、連邦準備制度 理事会のアラン・グリーンスパン(Alan  Greenspan)議長が特定の移民法案を 支持するといった稀なことまで起こった41。このグリーンスパンの発言は、議員が H-1B 拡大法案を提出する際の強力な根拠となった42

IT 産業は、その急速な成長により、米国経済での存在感を高め、大統領選に おいてもその存在感は政治献金とロビー活動という形で高められていった。これ らの IT 産業の急速な存在感の高まりは、大統領と議員の行動に大きな影響を与 えるほどであった。上下両院、特に上院の共和党指導部は、政治的に慎重に対応 すべき移民問題の票決行動や包括的歳出法案に H-1B ビザを含めるなどといった 議論に共和党メンバーを選挙年に参加させたくなかった43。しかしながら、IT 産 業界の議会や大統領に対する動きは活発であり、特に大統領選ではそれが顕在化 した。1999 年 7 月には、共和党大統領候補のブッシュ(George W. Bush)が IT 産業集積地のシリコンバレーの訪問にて、H-1B ビザ拡大法案を含め、ハイテク 産業界が懸念する問題に支持を表明し、民主党大統領候補で当時の副大統領のゴ ア(Al Gore)よりも、遥かに多くの選挙資金を集めた44。コンピューター関連企

39  Sabrina L. Montes, “Information Technologies in the U.S. Economy,” in Economic & Statistics  Administration,  U.S.  Department  of  Commerce,   (Washington  D.C.: 

Government Printing Office, 2003), 1-7.

40  Wasem, 2001.

41  “Indefinitely Temporary: Senate Boost to High-Tech Guest Workers.” Center for Immigration  Studies,  March  2000.  Accessed  July  20,  2014.  http://cis.org/HighTechWorkers-h1b- hr3814-s2045.

42  グリーンスパン氏の高技能労働者の労働力に関する発言は,ドライヤー議員とハッチ議員が超党 派下院法案 3983 を提出した際のプレスリリース(以下)にも取り上げられており,グリーンス パン議長の発言の影響力が表れている.Office  of  Congressman  David  Dreier,  “Dreier  Leads  Bipartisan Effort to Address Skilled Worker Shortage,” March 15, 2000. Accessed September 4,  2014.  http://web.archive.org/web/20000817202824/http://www.house.gov/dreier/pr031500.

htm.

43  Congressional  Quarterly  Almanac:  106th  Cong.,  2d  sess.,  Volume  LVI.  ed.(Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly, 2000), 15-3.

44  Dan Baiz, “Confident Bush Woos High-Tech Leaders; Visit Marks Start of Candidatesʼ Race for 

(15)

業の経営幹部は、共和党大統領候補のブッシュには 38 万ドル、民主党候補のゴ アには 17.8 万ドルの政治献金を与えたが、これらの新興産業がどちらの政党に 対しても忠誠心を持っているわけではなかったことから、共和党も民主党もこれ らの新興産業の望むものを与えようとしていた45。2000 年 7 月には、共和党は政 治要綱にて、テクノロジーの急速な進展を促す H-1B ビザの拡大に対して支持を 全面的に表明したのである46。一方、民主党では、ゴアを通して、ハイテク産業の 影響力がクリントン政権にも及んだ。ハイテク産業での労働力不足に懐疑的で あったクリントン政権を説得し、その姿勢を和らげたのも、ハイテク産業コミュ ニティーと強い繋がりを持っていたゴアである可能性があるとされていた47。事 実、2000 年 5 月には、クリントン大統領は、暫定的 H-1B ビザの大幅な増加の審 議を議会に勧告していた48。クリントン政権の経済政策アドバイザーのジーン・ス パーリング(Gene  Sperling)は、「米国経済がどんな楽観的な予測をも超えて成 長している」ため、前回の H-1B ビザの増加は不十分だと判明したと話した49。こ のクリントン政権の H-1B ビザ増加の勧告は、前議会の H-1B ビザの拡大法案に 対して拒否権行使の構えで難色を示していた頃と比較すると、急激な方向転換で あった。

これらを背景にして、ハッチ議員の上院法案 2045 は、ロフグレン民主党下院 議員とドライヤー共和党下院議員による超党派下院法案(H.R.3983)と、スミス 共和党下院議員による法案(H.R.4227)の間で調整が計られた。

また、第 106 議会では、クリントン政権と民主党議員が H-1B 拡大法案に他の 移民問題を果敢に付帯させようとした点は、前議会とは異なっていた。さらに、

これは H-1B 拡大法案の法制化が見込まれての、クリントン政権の動きであった。

他の移民問題とは、ラティーノ系非正規移民への恩赦を与えることである。これ は、民主党と共和党の間で対立を生み、上院法案 2045 の議論は難航した。上院

Silicon Valleyʼs Wealth and Influence,”   July 2, 1999.

45  Marjorie  Valbrun,  “Renewed  Bids  for  Visas  for  High-Tech  Workers  Reflect  the  Political  Influence of Silicon Valley,”  , September 15, 1999.

46  Republican Party Platforms: Republican Party Platform of 2000, “Republican Party Platforms: 

Republican Party Platform of 2000,” July 31, 2000. Accessed September 14, 2014. http://www.

presidency.ucsb.edu/ws/?pid=25849.

47  Congressional  Quarterly  Almanac:  106th  Cong.,  2d  sess.,  Volume  LVI.  ed.(Washington,  D.C.: 

Congressional Quarterly, 2000), 15-3.

48  The  White  House,  “Letter  on  Increasing  High-Skilled  Workers,”  May  11,  2000.  Accessed  September 20, 2014. http://clinton5.nara.gov/WH/EOP/nec/html/doc051100.html.

49  Ramesh Chandran and The Times of India News Service, “Clinton Proposes Dramatic Rise in  High-Tech Visas,”  , May 13, 2000.

(16)

の民主党議員は、ハッチ議員の上院法案 2045 に、ラティーノ系非正規移民への 恩赦を与える条項を付帯させようと試みた。だが、その提案は、上院において多 数派を占める共和党によって否決されることとなる(賛成 43 人 反対 55 人 内訳 :  賛成は民主党議員 43 人、反対は全共和党議員 54 人と民主党議員 1 人)。だが、

上述した経済状況や大統領選を受けて、民主党議員は H-1B 拡大法案を阻害する わけにはいかず、ラティーノ系非正規移民に関する処遇は予算案に付帯されるこ ととなり、ハッチ氏の上院法案 2045 は、圧倒的多数で上院を通過した(96 対 1、

内訳 : 賛成は全共和党議員 54 人と民主党 42 人、反対は民主党 1 人)。

3.「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の成立要因

2000 年の「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の成立は、四つの複 合的な要因が結びついた結果であったと考えられる。第一に、米国経済の好景気 による失業率の低さとハイテク産業の急成長という経済的要因である。議員に とって、これらの経済的状況が H-1B ビザの増加を図る上で強力な拠り所となっ た。第二に、大統領選を控え、H-1B ビザの増加を要求するハイテク企業が議会 と行政府に対して影響力を強めたことである。ハイテク産業の急成長に伴い、新 興産業の存在感はロビー活動や政治献金という形で高まっていった。第三に、両 院の多数派を支配する政党内で意見の調整である。上記の経済的背景を反映した、

上院下院を支配する共和党内の動きも変化したのである。共和党は、1998 年に H-1B ビザ拡大法案の成立のために、党内の対立を解消し、高度人材に対する政 策に対して妥協点を見いだし、折衷案を提案していた。つまり、共和党は、1998 年に築かれた共和党内での高度人材に対する移民政策を巡る姿勢を調整していた のである。また、この党内の意見の調整に伴い、司法省移民小委員会の委員長の スミス共和党議員がその姿勢を見直したことが挙げられる。スミス議員は、元々、

移民受入支持派ではなかった。スミス議員は、1998 年の「米国の競争力及び向 上力法」の成立後に移民権利小委員会にて H-1B ビザに関する公聴会を開いてお り、H-1B ビザ拡大法案に賛成しつつも、その拡大には懐疑的でもあった。だが、

大統領選を前にして、共和党内の意見の協調が必要とされ、スミス議員はその態 度を軟化させた。そして第四に、行政府の高度人材に対する政策の方針転換であ る。クリントン政権は、政権発足後、H-1B ビザの増案には難色を示してきた。

だが、2000 年に入り、大統領選になると、その姿勢が見直されることとなる。

新興産業のハイテク産業はどちらの党に対しても忠誠心がなく、民主党も共和党 も大統領選に向けた支援を狙った関係構築が急がれていた。上院法案 2045 の提 出から成立までの期間は、まさに大統領選期間中であり、民主党はハイテク産業 の影響力を軽視するわけにはいかなかった。これは、上院法案 2045 の成立過程

(17)

において、クリントン政権と民主党による非正規移民の処遇に関する提案が受入 れられなかったにもかかわらず、民主党議員が上院法案 2045 に賛成せざるを得 なかったことに表れていた。

Ⅳ 「STEM 職種法案」の政策決定過程

さて、本章では、前章の「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)の法制 化の成立要因を念頭におきながら、「STEM 職種法案」の政策決定過程において、

法制化の不成立要因を検証していく。

1.「STEM 職種法案」と H-1B ビザ拡大法案の関連性

まず、「STEM 職種法案」と H-1B ビザ拡大法案の関連性を簡潔に説明する。

「STEM 職種法案」とは、大まかに言うと、米国の高等教育機関の STEM(科学・

技術・工学・数学)分野での学位取得者に対して、一定条件のもと優遇的に永住 権 を 与 え る こ と を 主 旨 と し た 法 案 で あ る。「STEM 職 種 法 案 」 が 提 案 す る、

STEM 分野の学位取得者に対する優先的永住権は、H-1B ビザとは異なり、一時 就労ビザではない。そのため、一見全く異なったビザのようである。だが、

H-1B ビザから永住権を取得する者が多数おり、H-1B ビザは事実上、高度人材の 永住権取得の布石となっている。すなわち、STEM 職法案が提案するビザは、

H-1B ビザの延長線上にあるものであり、先述した STEM ビザの一種である。

Ⅱ章で詳説したが、2004 年「連結充当法」により、米国の高等教育機関で修 士号以上を取得した者に限って、H-1B ビザの追加的枠が設けられ、その性質が 高度人材の一時就労というより、高度人材の確保といった側面を本格的に表すよ うになっていった。この動きは、2000 年以降に加速していたが、2008 年秋の経 済不況を受けて、H-1B ビザに対する規制強化の声が議会で広がっていった。そ れらを背景に、H-1B ビザの拡大法案の提出が減少していく中、STEM ビザに関 する法案の提出が増加するようになっていった50

「STEM 職種法案」は、その STEM ビザに関する法案の中でも、法案の共同 提議者が最多で、下院を通過したため、STEM ビザ関連法案の代表的な法案で もある。また、行政府においても、STEM ビザのような高度人材の量的緩和政 策に対する必要性は、H-1B ビザの際の時と同様に高いものであった。先述したが、

米国商務省によると、STEM に関する職種は 2000 年から 2010 年にかけて 7.9%

50  手塚.

(18)

も増加しており、2008 年から 2018 年にかけては、17%も増加すると推測されて いる51。また、高度人材に対する数量的緩和政策の必要性は、オバマ大統領も重要 視しており、それを要求していた52(高度人材に対する受入れ政策のオバマ政権の 立場は以下の節にて詳述)。つまり、行政府でも STEM ビザのような高度人材に 対する量的緩和政策は、クリントン政権下での H-1B ビザの数量的緩和政策の時 と同様に、その必要性が認識されていたと言えるだろう。

2.「STEM 職種法案」の立案決定過程

「STEM 職種法案」(STEM Jobs Act of 2012, 下院法案 6429)は、第 112 議会 の 2012 年 9 月 18 日、ラマール・スミス共和党下院議員によって提議され、司法 委員会に付託された。前節で詳説した、「21 世紀の米国の競争力法」の提議者が 付託先の委員会の委員長を務めていた場合と同じように、「STEM 職種法案」の 付託先の司法委員会の委員長は、スミス議員が務めていたため、法案が上程され る可能性は高まった。その上、共同発議者は、67 名の共和党上院議員と 1 名の 民主党下院議員の計 68 名にも達し、それまでの STEM ビザに関する法案では最 多の共同発議者であり、多くの賛同者を伴っていた。また、「STEM 職種法案」は、

マイクロソフト、アップル、シスコなどのハイテク企業だけでなく、米商工会議 所や米国電気電子学会(IEEE-USA)からも支持を得ていた53

スミス議員は、委員会の審議を待たずして、議事規則の適用停止(Suspend  the Rules)を求めた。議事規則の適用停止は、3 分の 2 の多数決で全ての議案に ついてその適用が認められ、同法案は承認されることになるため、法案承認を早 く承認させる方法の一つである54。だが、この議事規則の適用停止手続きによる

「STEM 職種法案」は、本会議で 3 分の 2 の賛成を得られず、否決されてしまう。

議事規則の適用停止手続きは、重要法案に対しても用いられるが、主に問題のな い非重要法案に対して行なわれるものであり、議事規則の適用停止手続きによる 法案の可決は難しい55。しかし、そこにはもう一つの要因として、「STEM 職種法 案」に競合する別の法案の影響があった。それが、下院司法移民政策執行委員会

51  Economics and Statistics Administration, U.S. Department of Commerce, 2007.

52  Jason  Koebler,  “Obama  pushes  STEM  in  State  of  the  Union,”  January  25,  2012.  Accessed  September  20,  2014.  http://www.usnews.com/news/blogs/stem- education/2012/01/25/obama-pushes-stem-in-state-of-the-union.

53  “Obama  Opposes  Microsoft,  Cisco-backed  Immigration  Bill,”   November  30,  2012.

54  Oleszek.

55  Ibid.

(19)

に所属するカリフォルニア州選出のロフグレン民主党下院議員による法案「最優 秀者の引寄せ法案」(下院法案 6412)であった。

スミス議員の「STEM 職種法案」も、ロフグレン議員の「最優秀者の引寄せ 法案」も、米国の高等教育機関の STEM 分野の修士号以上取得者の外国人を対 象に移民ビザを与える STEM ビザプログラムの新設を提案していた。議事規則 の適用停止手続きによる「STEM 職種法案」の審議にて、ロフグレン議員は「こ の下院において圧倒的多数の民主党も STEM ビザを強く支持している」56と主張 し て お り、 ま た 同 じ く 民 主 党 の ハ ワ イ 州 選 出 の メ イ ジ ー・ ヒ ロ ノ(Mazie  Hirono)下院議員も「民主党も共和党も STEM ビザプログラムを設けるべきだ という考えでは一致している」57と述べている。つまり、共和党と同様に、民主党 も STEM ビザに対して意見が一致していた。だが、ロフグレン議員やヒロノ議 員を含め、多くの民主党は「STEM 職種法案」に反対していた。それは、「STEM 職種法案」に移民多様化プログラムの廃止が盛り込まれていたからである。そこ では、STEM 分野の修士号以上取得者の外国人に移民ビザを発給するため、現 行の移民多様化プログラムを廃止し、そこで発給されている 5 万 5 千人分の移民 ビザを割り当てることを提案していた。ロフグレン議員を始めとする民主党は、

移民多様化プログラムの廃止には反対した。ミシガン州選出のジョン・コニャー ズ(John  Conyers,  Jr.)民主党議員も STEM 分野の高度人材のために移民多様 化プログラムを廃止するような「ゼロサムゲーム(zero-sum  game)」法案には 反対すると論じた58

スミス議員の「STEM 職種法案」と、ロフグレン議員の「最優秀者の引寄せ 法案」との最大の違いが、この移民多様化プログラムの廃止の有無であり、議事 規則の適用停止による「STEM 職種法案」の採決前の討議上の最大の争点であっ た。結果的には賛成票 257(共和党 227、民主党 30)、反対票 158(共和党 5、民 主党 153)、棄権票 14(共和党 7、民主党 7)となり、3 分の 2 以上の出席議員数 の賛成票を得られなかったため、「STEM 職種法案」に対する動議は否決され た59。ロフグレン氏の最優秀者の引寄せ法案の共同発議者の(棄権などを含む 7 名 を除いた)58 人のうち、4 人の民主党議員が「STEM 職種法案」に賛成したが、

56  STEM Jobs Act of 2012, H.R. 6429, 112th Cong., 2d sess.,  (September 20,  2012), H6188.

57  Ibid., H6194.

58  Ibid., H6190.

59  投 票 結 果(Roll  no.  590) は,Office  of  the  Clerk,  U.S.  House  of  Representatives,  “Final  Vote  Results  for  Roll  Call  590,”  September  20,  2012.  Accessed  September  14,  2012.    http://clerk.

house.gov/evs/2012/roll590.xml.

(20)

54 人は反対した。「STEM 職種法案」の反対票(158 票)の 3 分の 1 以上が、「最 優秀者の引寄せ法案」の共同発議者であったことから、このロフグレン議員の法 案が「STEM 職種法案」の動議投票に影響を与えていたことは確かであった。

しかし、スミス議員の「STEM 職種法案」とロフグレン議員の「最優秀者の 引寄せ法案」の間では、妥協点が探られることはなかった。「STEM 職種法案」

の成立過程は、STEM ビザの新設という根本的意見は一致していても、共和党 と民主党の意見の対立を浮き彫りにするものとなった。

さらに、これらの妥協点を探られることがなかったことに加え、「STEM 職種 法案」がオバマ民主党政権の支持を得られなかったことも、法案の法制化を困難 にした。これは「21 世紀の米国の競争力法」の過程と異なる点である。しかし、

これは、オバマ政権が高度人材の受入れ拡大に対して否定的な立場を取っていた ことを示すわけでは決してない。例えば、オバマ(Barack  Obama)大統領は、

国土安全保障省の長官に、H-1B ビザ拡大の支持者であるジャネット・ナポリター ノ(Janet Napolitano)を起用している60。むしろ、オバマ政権は高度人材の受入 れ拡大を積極的に進める構えであった。だが、「STEM 職種法案」に対しては一 貫して反対の立場を取った。オバマ政権は、STEM 職種法案の下院通過前から「行 政府は、STEM の分野を卒業した外国人学生を引きつけ滞在させるための法案 を含む、次世代の高技能移民を引きつけるための改革を高く評価する。だが、下 院法案 6429(STEM 職種法案)の下院の通過には反対する」と大統領府の見解 を発表していたのである61。なぜなら、それは、二期目を目指すオバマ大統領が大 統領選にて包括的に移民問題を解決するとしたためである62

ヒスパニック系の非正規移民は 1 千万人以上と言われ、彼らの処遇を含めた包 括的な移民改革をオバマ大統領は一期目の大統領選で公約したが、達成出来な かったため、二期目のオバマ大統領にとっては最優先事項であった63。そのため、

60  “H-1B Visa: A Booster Coming?” , December 6, 2008.

61  Executive  Office  of  the  President,  Office  of  Management  and  Budget,  “Statement  of  Administration  Policy  ‒  H.R.  6429  ‒  STEM  Jobs  Act  of  2012,”  November  28,  2012.  Accessed  September  14,  2014.    http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/legislative/sap/112/

saphr6429r̲20121128.pdf.

62  “Obama  Promises  Immigration  Reform  If  Re-Elected,  According  to  Iowa  Paper,” 

,  October  24,  2012.  Accessed  October  10,  2014.    http://latino.foxnews.com/latino/

politics/2012/10/24/obama-promises-immigration-reform-if-re-elected-according-to-iowa-paper/.

63  オバマ大統領の移民政策に関する立場は,彼の上院議員時代を分析した Dorsey  and  Díaz- Barriga に詳しい.彼らによると,国境沿いの安全保障(border  security)・雇用者のアカウン タビリティ(employer accountability)・取得される市民権(earned citizenship)の 3 つの概念が,

オバマの移民問題に対する中心的な政策要綱であるとする.さらに,これらの 3 つの概念を含め

(21)

オバマ政権と同様の考えをもつ民主党議員の多くが、上述した 9 月の審議会では 強調しなかったが、大統領選後の 11 月 30 日に開催された「STEM 職種法案」

の再審議の一般討論では、移民法の包括的改革の重要性を強調したのである。例 えば、ニューヨーク州選出のホゼ・セラーニョ(José Serrano)民主党議員は、「こ の国にすでにおり、この国に滞在したい、この国に大きく貢献する 1100 万人で ある。今日この(「STEM 職種法案」のような断片的な)アプローチを取るより、

我々は真剣に包括的移民改革に関して話し合うべきである」64と主張し、1 千万人 以上の非正規移民の処遇を含めた移民法の包括的な改革を求めた。「STEM 職種 法案」のように、高度人材の受入れに焦点を絞った移民法の改定は、民主党の支 持を得られるものではなかった。それでも、結果的には共和党が多数を占める下 院において、「STEM 職種法案」は、賛成票 245(共和党 218、民主党 27)、反対 票 139(共和党 5、民主党 134)、棄権票 48(共和党 17、民主党 31)で可決され た65。だが、「STEM 職種法案」は、その後上院で審議されることなく、事実上廃 案となった。「STEM 職種法案」に対するオバマ大統領の不支持と、上院を支配 する民主党の不支持が現出したのである。

さらに、「STEM 職種法案」が提出された第 112 議会の時期の経済状況は、オ バマ政権の高度人材の受入れ政策に対する立場を難しくさせていた。「21 世紀の 米国の競争力法」(上院法案 2045)の時とは異なり、米国は 2007 年末からの経 済不況による高い失業率に苦しんでいた。2009 年には失業率が 10%に達し、第 112 議会中も失業率は 8 〜 9%と依然高かった(図 1 参照)。これを反映して、高 度人材の一時就労の H-1B ビザは、米国人の代替えとして見なされた上、H-1B ビザはアウトソーシングを促進しているのだという見方が強まっていった。この 見方は議会や行政府の間で強まり、H-1B ビザの申請料金引上げや規制強化の法 案が法制化され、移民当局によるインド出身者からの H-1B ビザの申請却下率は 高まった66。この H-1B ビザの見方は、STEM ビザのような高度人材の受入れ拡大 政策にも影響を与えた。それは第 112 議会中の大統領選でも同様であった。大統 領選では、失業率対策といった経済回復をどうするかが中心に議論され、高度人

た「包括的な(comprehensive)」移民政策がオバマの優先的政策事項であると結論付けた.

Margaret  E.  Dorsey  and  Miguel  Díaz-Barriga,  “Senator  Barack  Obama  and  Immigration  Reform,”   38, no. 1(2007): 90-104.

64  STEM Jobs Act of 2012, H6549.

65  投 票 結 果(Roll  no.  613) は,“Final  Vote  Results  for  Roll  Call  613,”  Office  of  the  Clerk,  U.S. 

House of Representatives, November 30, 2012. Accessed September 14, 2012.http://clerk.house.

gov/evs/2012/roll613.xml.

66  “Report: H-1B Denial Rate for Indians Soars,” , February 11, 2012.

(22)

材の受入れ拡大政策の議論は非常に難しい状況であった。

3.「STEM 職種法案」の不成立要因

「STEM 職種法案」は、「21 世紀の米国の競争力法」の政策過程と比較すると、

以下の四点から、不成立に至ったと考えられる。第一に、米国の経済状況である。

全米の失業率が高い中で、高度人材の受入れ拡大政策は支持を得難い状況に置か れていた。第二に、これらの経済状況を背景にして、H-1B ビザを利用するハイ テク産業に、インドのアウトソーシング企業が目立ち始め、H-1B ビザ=アウト ソーシングといった見方が広がり、高度人材の受入れ拡大政策にも影響を及ぼし た。第三に、党派内もしくは党派間での競合法案の妥協点の探り合いである。「21 世紀の米国の競争力法」の成立過程では、上院下院の両院を支配する共和党内で の競合法案の調整となった一方で、「STEM 職種法案」の過程では、下院での共 和党と民主党の間で意見の調整は計られなかった。それでも、共和党は下院を支 配していたため、「STEM 職種法案」は下院を通過した。だが、その意見対立の 解決が図られなかったことから、民主党が多数派を占める上院では審議がされず、

事実上の廃案へと追い込まれた。第四に、行政府の支持の有無である。オバマ大 統領が大統領選にて包括的移民政策の改革を最優先事項としたため、「STEM 職 種法案」は支持を得られなかった。

Ⅴ まとめと今後の展望

本稿では、「21 世紀の米国の競争力法」(上院法案 2045)と「STEM 職種法案」

(下院法案 6429)の政策決定過程の比較を通じて、高度人材に対する政策過程の 成立・不成立要因を検証してきた。そして、以下の三点が二つの法案の成立・不 成立を分ける要因であったと分析した。

第一に、両法案の提出された時期の経済状況である。「21 世紀の米国の競争力 法」が提出された第 106 議会は、米国経済が好調で、失業率が低かった。その上、

H-1B ビザを要求するハイテク産業の成長が著しく、米国経済の成長を牽引して いたため、その存在感は政治上でも高まっていた。一方、「STEM 職種法案」が 提出された第 112 議会は、経済不況に伴い、失業率が高かった。

第二に、多数党を支配する両院での意見の調整である。「21 世紀の米国の競争 力法」では、上院司法委員会委員長のハッチ共和党上院議員と、下院司法移民小 委員会委員長のスミス共和党下院議員を中心にして、上院下院の共和党内での意 見調整が行なわれたことで、両議員の法案の対立による立ち往生、事実上の廃案 を避けることが出来たと考えられる。他方で、スミス共和党議員と「STEM 職

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