ゴリラの人付け
「ゴリラの人付け」と聞いて、どんなことをする のかすぐにイメージが湧く人は少ないのではない だろうか。かつて日本のサル研究者たちが餌を用 いてニホンザルを慣らしたが、これは餌付けと呼 ばれる。ゴリラの人付けとは、「餌を用いずに同じ 群れを長期間追跡することによって、人間に対する 恐怖心をなくし、観察者がいるにもかかわらずゴリ ラが自然に行動できるように慣らすこと」である。
人付けをすることによって、研究者たちは多く を知ることができる。人付けの過程では、生息地 の環境や彼らの移動ルートを知ることができ、痕 跡(彼らの通った跡)上に落ちている食べかすや 糞の内容物から何を食べているのかがわかる。さ らに観察者の存在をゴリラに認めてもらえれば、
彼らの生活を直接観察することが可能になるのだ。
ヒガシゴリラとニシゴリラ
ゴリラはヒガシゴリラとニシゴリラの2種が知ら
れる。さらにヒガシゴリラはマウンテンゴリラと東 ローランドゴリラの2亜種、ニシゴリラは西ローラ ンドゴリラとクロスリバーゴリラの2亜種に分かれ る。テレビなどでよく紹介されるのはマウンテンゴ リラが多いが、日本の動物園のゴリラは、実はすべ てニシゴリラ(西ローランドゴリラ)である。
現在人付けがされ、その社会や生態についての 研究が進んでいるのは、ヒガシゴリラのほうであ る。ヒガシゴリラはほとんど木に登らず、地上で 採食したり移動したりする。また彼らの生息地は下 生えが密で、ゴリラの痕跡が非常にわかりやすい。
したがって追跡が容易であり、人付けもそれほど 難しくないのだ。ヒガシゴリラの人付けはルワンダ を始めウガンダ、コンゴ民主共和国ではすでに成 功している。現在では各地でゴリラ見物が観光化 され、国の重要な収入源の一つとなっている。
それに比べてニシゴリラは木に登り、樹上の果 実や葉を食べる。また彼らの生息地は下生えが少 なく、痕跡が見つけにくい。さらには不快な虫が 多く病気の蔓延しやすい熱帯雨林のため、研究者 にとって長期滞在するには厳しい環境であること が多い。そのためニシゴリラの人付けはなかなか 進まず、したがって彼らの生態や社会はいまだ謎 に包まれているのである。
農民によるゴリラの追跡
私たちの調査地であるムカラバ(ムカラバ- ドゥドゥ国立公園)が国立公園に指定される以前 は、村人たちは国立公園内に住み、畑を持ってい た。これが2002年に国立公園に指定されたとた ん、彼らは公園を立ち退き、畑も移さざるを得な くなった。私たちは長期研究を行う上で近隣村民 の協力は欠かせないと考えている。彼ら自身がゴ リラやその他の自然資源を守らない限り、次の世 代にもここに現在の動植物が存在することはでき ないからである。
一般にゴリラの人付けは動物の追跡に長けてい るピグミー系の狩猟採集民をトラッカー(森案内 人)にして行う場合がほとんどである。しかし、
ムカラバの近辺にはピグミーはいない。また、私 たちとの調査活動を通じて村人に少しでも収入源 を得てほしい、いっしょに働くことで自分たちの 自然資源を理解するチャンスを得てほしいという 気持ちから、私たちは村で働きたいと思っている 若者に数週間の交替制で、トラッカーとして調査
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フロンティア
ニシゴリラの人付け ──現地人との喜怒哀楽の日々
安藤智恵子
あんどう ちえこ / 京都大学人類進化論研究室教務補佐員「人付け」は特に霊長類において、
自然環境下で詳細な行動を直接観察するための 手法のひとつである。
現地の村人と長期間森にこもり、日々追い求め、
やっとなしえたゴリラの人付けを紹介する。
奇跡の日のグループ・ジャンティ。
草の陰から観察者を のぞくコドモゴリラ。
日本人・ガボン人研究者 と現地のスタッフ。
ガ ボ ン カ メ ル ー ン
コ ン ゴ 共 和 国
赤道ギニア リーブルビル
テトゥアン ムカラバ・ドゥドゥ
国立公園
赤道
のお手伝いを頼むことにした。
2003年5月からゴリラの人付けのための長期調 査が始まった。初めの1年間は誰が森の仕事に向 いているか、またよく働くかを見定める期間だっ た。しかしここの村人たちの多くは自給自足をす る農民であり、中には森を歩いたことのない人た ちもいた。また私を含む全員がゴリラはおろか、
他の動物さえ追う経験もなかったため、痕跡一つ 見つからない日々が続いた。
奇跡の日
ゴリラの人付けは、長期間森にこもってトラッ カーたちと生活を共にするところから始まる。し かしムカラバ近隣の村には物資がほとんどなく、
電話も通じない。定期的に日本と連絡をとり、食 料や調査用具を調達するために、月に1~2回は車 で約80kmのところにある町まで買い出しに行か ねばならなかった。
忘れもしない2004年1月10日。本来であれば その日は町に買い出しに行き、日本と連絡をとる ことになっていた。ところが数日前に私たちの車 のタイヤがパンクし、修理のために町に出たばか りだった。そのためこの日の町行きは取りやめ、
いつものように森に入った。朝9時、ゴリラたちが 樹上で採食する現場に遭遇した。ゴリラたちは私 たちに気が付き、彼らのうち数頭は叫び声をあげ て木を降り、逃げ去ると思われた。ところがその 数分後、獣道上を彼らの去った方向へ歩いていく と、15m先で私たちを観察する者がいるではない か。それはりっぱなシルバーバックであった。オ スはオトナになると、背中が黒色から銀色に変わ るため、シルバーバックと呼ばれる。オトナのオ スの体重は約180kg、銀色に光る背中が、さらに 体の大きさを増しているように感じる。しばらく すると横からほかのメスやコドモたちがつぎつぎ と出てきて私たちを見ている。あるコドモは興味 深そうに私たちの10mそばまで近づいてきた。こ の日私たちは追跡してきたゴリラグループのうち 10頭を一度に確認し、30分間も近距離で観察で きたのだった。
一般的にまだ人付けができていないゴリラの群 れは、人間を見ると逃げるか、シルバーバックが 吠えて観察者に向かってくるのが普通だ。しかし この群れのシルバーバックは、逃げもせず、吠え もせず、コドモが私たちに近づいても後ろでじっ
もある。ゴリラの追跡にしても最初は月に数回痕 跡を見つけるだけ、ゴリラの姿を見ることもなく、
決まったルートを毎日毎日、何年も歩き続けた。
そして現在、ムカラバには人付けされたゴリラ グループがいる。これは目に見える私たちの大きな 誇りである。しかし業績は目に見えるものだけでは ない。初めは森の歩き方もマチェット(山刀)の使 い方も知らず、ゾウがいればただ逃げ回るだけだっ た村の若者たちは、現在ではどっしりと落ち着き、
自信を持って研究者たちを森へ案内する。短いと は言えないゴリラの人付けの過程において、彼らは 確実に森についての様々な知識を得、しっかりと心 に刻んできたのだ。この経験が彼らの子供たちを 通じて次世代にも広がり、近い将来村人たちが元 気に明るく過ごせる糧となってほしいと深く思う。
しかし人付けの成功は研究にとってはスタート ラインだ。ゴリラを直接観察できるようになって 初めて、彼らについて更に多くのことを知ること ができるのである。現在のところ、ニシゴリラの 社会や生態はまだわからないことばかりである。
海外でしかも僻地での生活は確かにしんどいし、
いろいろなことに耐える必要がある。しかし生活 のしんどさは今や森の専門家である現地の人たち が必ず助けてくれる。そして何よりも朝日を浴び て日向ぼっこするゴリラの背中や、アカンボウを あやす母ゴリラ、人間の観察者の存在を忘れて遊 び呆けるコドモたち、このようなものを見たとき の感動は他では味わえない。少しでもゴリラに興 味のある若い人たちには、ぜひアフリカに出向い て自分の目でこの世界を覗いてほしいと思う。
と見守っていただけだった。この日の観察から、
私たちは彼にパパ・ジャンティ(フランス語で「や さしいパパ」)という名前をつけ、このゴリラ・グ ループをグループ・ジャンティと呼ぶことにした。
毎日の観察ができるまで
この日以来、また彼らと再会し、観察するため に、私たちはトラッカーたちと毎日森を歩いた。
しかし簡単には事は進まなかった。果実の少ない 時期(5~7月)になると今まで探していた場所で はゴリラの痕跡も見つからなくなったのだ。私た ちは踏査範囲を10km2から30km2に拡大し、彼 らをさがし続けた。その後徐々にグループ・ジャ ンティの移動ルートを知ることができ、月に数日 しか遭遇できなかったのが、3日に1回、2日に1 回と増えていった。それから3年半後の2007年7 月、私たちはついに、毎日森でグループ・ジャン ティと遭遇することができ、朝から夕方まで彼ら を追跡することができるようになったのだ。さら に2008年6月にはメンバー全員を1頭1頭それぞ れに区別し認識できるようになる個体識別が可能 となり、その結果、この群れはシルバーバック1 頭、オトナメス7頭、若者とコドモ12頭、計20頭 のゴリラグループであることを確認した。
人付けの過程で学ぶこと
この10年間いろいろなことによく「耐えた」と 思う。かゆい虫にたくさん刺されたり、現地の酒 を飲んで腹を壊したり、トラッカーと口論になっ たり、あまりの悔しさにみんなの前で泣いたこと
29 FIELDPLUS 2014 01 no.11 ムカラバ国立公園は森とサバンナがパッチ状に混在する植生を持つ。 大木(Sacoglottis gabonensis)下
で束の間の休息をとるトラッカーたち。
ツルの茂った森の中で休息するグループ・ジャンティ。 銀色の背をもつパパ・ジャンティ。