「簡文館」の円い建物について
著者 川道 麟太郎
雑誌名 阡陵 : 関西大学博物館彙報
巻 47
ページ 10‑11
発行年 2003‑09‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00024028
「 簡文館」の 円い建物について
閑西大学の千里山キャンパスには、現在、三 つの円い建物がある。一つは比較的最近に建っ たもので、大学の入り口近くにある「新関西大 学会館南棟」であり、他の二つは「簡文館」と
「円神館」である。
この後者の二つは、どちらももとは図書館と して建てられたもので、ともに建築家村野藤吾 の設計による。村野は文化勲章も受賞した日本 を代表する著名な建築家であり、彼の長い活動 期間の中で円い建物も数多く設計しているが、
中でも図書館については、関西大学のもののほ かに、甲南女子大学の図書館の大閲覧室や、戦 後間もないころ計画した「宇部図書館」などが ある。図書館を円形にした理由としては、図書 館を知の殿堂と見て、それを象徴的に円形で表 現しようとしたことや、閲覧室に求心性を与え てその空間に秩序と静謡性を持たせようとした ことなどが考えられる。また、村野が戦前に訪 れたストックホルム市立図書館の円形大閲覧室 での感銘が影響していたとも考えられる。
しかし、関西大学の二つの図書館を円形にし た最大の理由は、やはりそれが建つ立地条件に あったと思われる。と言うのも、この二つの建 物とも、周りに建物や通路が出来上がっていた ところに、新たに建物を差し込むように建てる という状況にあったからである。「簡文館」は 既存図書館の増築としてその建物の前面に付加 するように建てられ、「円神館」は周りに経商 学舎や工学部学舎が出来上がった中で、その中 央部の場所に嵌め込むように建てられた。周り
の既存の建物に対してできるだけ圧迫感を与え ないようにするには、長い壁面を相手方に対面 させないように円い形にするのがよい。「簡文 館」の場合は既存の図書館からぼこんとこぶが 飛び出たような形になっているし、 「円神館」
の場合は四周に道路がくるところから、それら に均等に配慮して特定の正面をつくらない形に なっている。「簡文館」の場合は、さらに、高 台にあって多方面からよく見られる位罹に建つ ということも大いに関係していた。近年に建っ
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川 道 麟太郎
た「新関西大学会館南棟」が円くなったのも、
既に出来上がっていた環境の中に、後から建物 を差し込むように建てねばならなかったことに よるところが大きい。.
ところで、円い建物はその形態の求心性や完 璧性の故に、利用面では融通性に欠けるものと
なる。部屋はつくりにくく、机やその他の家具 配置の自由もききにくい。要するに、特定のや り方以外に融通がきかないのである。図書館も 無論、その中身は変わっていく。蔵害は増えて いくし、要求される空間機能も変わっていく。
近年では、図害館資料の中でも特にAV闊係 の資料がどんどん増え、本を読むという従前の 閲覧形態から機器を介した閲覧形態へと変り、
パソコンを使った検索• 閲覧方法や機械方式に よる管理システムの変化も著しい。空間利用や 増・改築の融通性に欠ける建物では、それらの 変化に対応しにくく、その運営は難しいものと なる。図書館として建てられた建物も、 30年足 らずで他の用途の建物へと転用が余儀なくされ る。実は、このような建物の転用はどんな建物 でも割合によく起きていることなのである。本 来、建物はしっかりと建てられれば物理的には 長くもち、百年を越えて建ち続けることも少し も珍しいことではない。しかし、建物が百年も
簡文館(旧・千里山図害館の頃)(関西大学年史編 纂室提供)
円神館 (旧・専門図書館の頃)(関西大学年史編纂 室提供)
建っていると、その間に中身が変わらないなど ということはまずない。成長もするし運営方式 の変化も起きる。用途が変われば、無論、それ に求められる部屋の機能や空間の形態も違って くる。用途に見合った改造や増築が必要となる のは当然である。しかし、円い建物ではそれが 困難な要求になる。
村野が設計した関西大学の二つの図書館は円 いだけでなく、形態の上でもう一つの共通点が ある。 1階部分がともにピロッティになって吹 き放ちになっていることである。それによって 建物を浮かすようにして、地上面での見通しを よくするとともに実際の利用上もそこを開放的 にしているのである。実際、「簡文館」はかつ て運動場の北東端の高台にふんわりと浮かぶよ うな姿で建っていた。また、それの建つ高台か らは大阪都心部方向に素晴らしい眺めを得るこ とができた。千里山という丘陵地帯に立地する 本学にふさわしい、見通しのきく絶好の場所で あった。「円神館」も開放されたピロッティの 下で、学生たちが雨の8には雨宿りをし、また 日差しの強い日には8陰としてよく集ってい た。しかし、二つの建物とも、図書館として使 われていた時代に、そのピロッティの大半部分 が屋内化されてふさがれてしまった。増築の行 き場を持たない図書館としては仕方のないこと であったのだろう。
しかし他方、建物はその形態の強さや象徴性 の故に、記念的であり永く保持されるというこ
ともある。 西 欧には石や煉瓦で造られた円い建 物が多くある。西欧ではこの円い建物に「ロト
ンダ」という特別な用語が当てられている。ヴ ェスタ神殿、パンテオン、ヴィラ・カプラなど、
時代を越えてのこる「ロトンダ」の例は枚挙に いとまがない。村野によって千里山キャンパス に建てられた円形の建物も、まさしく象徴的で 記念的である。「簡文館」が歳月を経て、関西 大学博物館として使われるようになったこと は、この建物にとってまことに饒倖であった。
確かに、円い建物は転用するのに扱いにくい 建物である。増築や改築もままならぬ。関西大 学博物館も「簡文館」を博物館として有効に使 うために苦労をされ、また現在さまざまな課題 をかかえておられると問く。しかし、関西大学 創立70周年記念として村野の手で設計されたこ の建物を、本学の博物館の建物として生かして いくことは意義深いことである。近々、 120周 年を迎える本学にとって、この建物が建ってか ら半世紀を経る今日、この建物の保存と再利用 を考えることは価値ある課題である。また、建 築畑の筆者から言うなら、こういった記念すべ き優れた建物の保存・再生の仕事にこそ、真に 実力のある建築家を加えるべきである。今や日 本でも、新築のみではなく、保存や再生の仕事
に、それは地味ではあるが、真の建築家の力が 問われる時代になってきている。 「簡文館」が 博物舘の建物としてとして立派に機能するとと
もに、関西大学の歴史的・文化的遺産として後 世に引き継がれていくことを切に望むものであ る。「簡文館」の建物は時間を経るとともに、
関西大学の歴史を語る証人として、また本学の キャンパス・アメニティを裔める要素として、
その価値をますます高めていくに違いないと思 うからである。
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