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ネルゲァルの終末思想

叫『パンドラ』の謎(3)叫

稲 生   永

lI素材と出典(総)

l7.終車嶺と大洪水伝承

フランス大革命後につづいた波乱万丈の混乱期に生をうけた貯想の辞人 ジュラール・ド・ネルダブルにとって,おそるべき終末の幻はついにぬぐ い去ることのできをいものであ′たように思われる0大革命という大変革 はいうに及ばず,ナポレオンの栄光と挫折,王政復古の反動,七月革命と 七月王政の堕落,そして二月革命を経て第二帝政の成立というめまぐるL い変遷の渦に巻きこまれて,ひとびとはこの世の価値のもろさをあらため て痛感Lたにちがいない。多感な青年たちはこうLた世の有為転変の荒浪 に翻弄されをがら,ある者は雄々しく斗ってむ鼓しく砕け,またあるもの は挫折のあとにつづく苦汁ををめつつ,はか夜くついえ去ウた栄光の幻を 想像力の世界でもてあそぶのであった。小口マン派とよばれる−群の文人 や芸術家たちの残した軌跡に,その名残りがとりわけ色濃くにじみでてい る。その意味では,1830年という年が特に重要な色合いを帯びて浮かびあ がってくるように思われてならをい。七月革命が多感な青年の心にフラン ス大革命において果せをかった夢をかきたて,『エルナエ』の初演にみられ た騒動は新旧の文学観の対立と新しい芸術の時代を告げるものであった。

同時に英国の晴男小説とドイツロマン派の影響が次第に喪を結びはじめ,

ノディエたちを中心にフランス幻想小説が確立しつつあった。そLていく つもの過大な夢が苛酷極まりをい現実世界のをかで一つまた一つと着実に 弊え去るにつれて,キリスト教の伝統のもとでつねに異端として退けられ てきたさまざまな神秘思想が,暗黒の地下から囁きあがって地表にあふれ たように思われる。こうして神託,宇宙創造諸貌,錬金術,黙示の秘義の 解明,動物磁気催眠術,骨相術,観相,占星学,手相術,占数術,降霊術

(2)

夜どにまじって,終末論への関心も異様なまでのたかまりを見せてくるの である。乱世における終末論の流行は,人類の歴史に多くの実例のあとを とどめている。たとえば至福千年説1emill卓narismeとか千年王国説の影 響を直接うけて,西暦4年の直前には,いわゆる4年の恐怖がヨーロッパ を震験させたことは,ミシュレの『フランス史』などにも明らかである。

このときにも単に千年と千年王国説が数字上の一致で結びつけられただけ ではをく,千年が近づく頃ヨーロッパに飢饉,ペストなどの悪疫の流行な ど天変地異が相次いで起ったことも忘れてはならをいだろう。このように 乱世と幻想芸術とのあいだにはきわめて深い相関関係が存在するのである。

ところでネルヴァルが,幼少時における大伯父アントワーヌ・ブーシュ の感化もあって,早くから隠秘諸学に親しんできたことは周知の事実であ る。特に晩年の諸作品の文学的意図ヤ作品の構造を分析する場合,神秘思 想の秘義を切り離すことはできない。第一言葉には作者の意図をこえて,

人類の思想体験の総和が集合的な無意識の回想という形で蓄積されて必然 的に内在する以上,そこから人間の深層心理の具現といえる神秘思想の痕

跡を除外することは避けねばならをい。もちろんここで神秘思想という視 点からの分析だけが,作品の中に沈潜している深い意味を明らかにするの だと言い切るつもりはない。

また今日,作者と作中の「私」とを単純に重ね合せて考えてはならない ことも,文学研究においてもはゃ常識と化Lている。にも拘らず私はネル ヴァルの作品の研究にあたって,ネルヴァルという−個人の残した軌跡を その中に執拗に追い求めることを断念しない。なぜなら,ネルヴァルは自 分の現実の日常体験ヤ夢もしくは狂気とよばれるもののなかで垣間見た幻 想体験を啓示としてうけとめ,そこに自己の存在理由を見きわめようとし たと思われるからである。特に謎にみちた−群の後期作品を読む場合,ネ ルヴァルが自己の現実体験ならびに超現実体験の総和,つまり,彼の人生 の粒体を−つの黙示的作品とみなし,その秘義を解くとともに,それを全 宇宙史の中に位置づけようという壮大な意図を抱いていたように思われて ならない。謎と謎で織り上げたような妖気を放つ魔術的作品群をむすびつ けている秘密はそこにあるといえはしないだろうか。晩年の作品を通して いえることは,こうした謎,つまり自分の人生の秘義を敬っていた霧が一 気に晴れ,すべてが見通せたという確信に似たものが感じとられるという ことである。『パンドラ』もその例外ではない。本論考では終末の幻とその 具体的な映像の一つである大洪水の幻に焦点をしぼり,『パンドラ』とい

ネルヴァルの終末息憩 う作品の文学的意図と作品の内的構造を解き明す手がかりをつかむのが目

的である。

Ⅰト7−a.世界の寿命あるいは終末の幻

晩年のネルヴァルには特に終末の幻が鮮ゃかである。たとえば,よく引 き合いに出される例であるが,遺作『オーレリア』Ar Jgα(1855)の第二 部第四章につぎのようを描写がある。過去に犯した罪を購うことに生甲斐 を見出した主人公の「私」は,周囲の状況が悪化して不安定な精神状態に 陥っている。仕事に追われ,政変や親友の死が重なって,意気狙喪はその 極に達する。亡き恋人オーレリアの葬られているモンマルトルの基地に赴 くが,門が閉ざされており,凶兆をよみとる。クリシー門のあたりで喧嘩 に遭遇するが,それを分けることすらできず,通りすがりの司祭に懐悔を 申し出る。しかしそれもすぐにはうけてもらえない。絶望しきった「私」

は,涙にくれてノートル=ダム=ド=ロレット聖堂にゆき,聖処女マリア像の 下にびれふして,犯した過失に対する赦しを乞う。だが聖処女マリアは亡 くをられたのだから,祈りも無駄だという声が胸の内にひろがる。深く恥 じた「私」は,異教のしるしであるアラー・モハメッド・アリという三つ のアラビア文字が刻まれている宝石がついた銀の指韻を指からはずして,

赦しを乞う。勤行のあと,主人公は聖堂を出てシャン=ゼリゼの方に向い,

コンコルド広場のあたりにたどりつくと,自殺を試みる。だがなにものか がこの再三の試みを妨げるのであった。

《(…)夜空には星がまたたいていたが,私はふと,教会で見か けた蝋燭のように,これらの星もつい先ほどまでその輝きを消し ていたのではをかったかと思った。時の流れが全うされ,『ヨハネ の黙示録』に予告されているこの世の終りにわれわれが近づいて いるのだと思いこむのであった。私は荒涼とした空に黒い太陽を,

そしてチエイルリ官の上に血のように赤い一つの天体を見たよう に思った。そこで,「永遠の夜が始まるのだ。しかもそれはおそろ しいものになる。ひとびとが太陽のもう存在しないことに気付い たら,いったいどんをことになるだろう」とびとりごとをいった。》

(『オーレリア』,ⅠⅠ,㊤1 ここに措かれているのは,筆者自身も指摘しているように,新約聖書『ヨ

(3)

ハネの黙示録』(ⅠⅤ,12−17)に示された主の怒りの軋 最後の審判が下る 日,つまり世界の終末の日の幻である。《「神様,それは太陽をんだよ」》と,

幼い日に大伯父に教えられた「私」からみれば,それはことによると神の 死を意味する幻であったかもしれ覆い。豪おネルヴァルにおける「黒い太 陰」の映像の秘為については,拙論「ネルヴ7ルの男い太陽−『オーレリ アJの黙示文学性」をほじめ,いくつかの論考でやや詳しく触れたので,

ここでは細かい分析は省略する。2)作中の主人公のこのようを異常な体験 は,前後の情況から推Lて,ネルヴァルの実生活上の1853年8月末と同 年2月から4月にかけての精神錯乱親の体験に対応していると考えられる ものであるが,単をる私小説的描写でをいことは明らかである。またこの ようを幻想がこの時期に忽然と出現したわけではないことも,種々の考察 から明白で,黒い太陽の主題の展開の過程は『オーレリア』の錬成生成過 程の好例であるといえる。ただし1853年の−時期に,黒い太陽に象徴さ れる世界の終末の幻が極めて濃くネルヴァルの想像的世界を彩っていたと 推定することは許されるであろう。

ところでここで問題とする作品『パンドラ』は,拙論「ネルヴァル『パ ンドラ』の謎(1)・(2)」で述べたように3),1839年から1840年にかけての ネルヴァルのゲィーン滞在中の原体験をもとに,初稿の一部はすでに1840 年頃書き起されたと推定されるものであるが,前半が『銃士』エゼ〝0鋸51 曾〟gねオγβ紙の1854年10月31日号に発表されたものの,後半部は校正刷りの 段階で終った。《『パンドラ』は,以前『パリ評論』誌に発表し,そのあと

「ゲィーンの恋」という表題で,ほくの『東方旅行』の序文中に再録した 情事の続編だということを君に説明しておかなくてはならをい。》▲)と述べ ているように,『パンドラ』も『オーレリア』同様,主題の発生から作品へ の醗酵までにかなりの時間が経過していることに留意せねばなら壕い。な お,1853年11月30日のDanielGiraud宛書翰で《われわれの本におさめら

れる予定の『パンドラ』を,『パリ』紙から送らせましよう》5)と書かれてい るように,作品の結構がほほ出来上ったのは1853年後半と推定される。つ まり当初の計画では,ネルヴァルはこの作品を『パリ』新聞1854年元旦号 に発表するつもりで原稿を渡したのだが6),同紙が1853年12月8日検閲問 題のために休刊に追いこまれてしまい果せず,1854年1月28日刊行の『火

の娘たち』エβぶ月〔ノブ郎ゐ属2〟 に収録しようとして結局間に合わなかった ものと解しうるのである。1854年1月3日付の,『稲妻』,『パリJ両紙編集

者ヴネ宛書鞄では,《あをたにお目にかかってからあと,私はまた病気にを

4

ネルヴァルの終末思想 ってしまいました。病院からあをたあてに『パンドラ』の写しを全部お送

りしました。それがフランシス・ヴェー氏に渡り,新聞も挿絵入り本も共 に発行されなくなったので,その後私の手元に返されてきたのです。・‥

あなたがをにか別のものを刊行されるようを場合には,『パンドラ』あるい はそれ以外のものを含め一切の原稿をあをたにふ任せします。》7)と述べて いる。また最終的夜執筆時期については,謎の墓碑銘《ノ宅LIA L慮LIA CRISPIS》 に対する関心のたかまりの度合いから推しても,1853年秋と考 えてよいであろう。8)っまり1853年8月15日の『シルヴィー。塾血ね発 表後,1853年8月27日から1854年5月27日にかけてネルヴァルがバッシー の精神病院に入院していた問おそらく1853年11月ごろといえる。

さて校正刷の形で残された『パンドラ』の後半部に,世界の寿命につい て交されるつぎのような幻想的会話が示されている。サロンで失態を演じ たあと,一目散に逃げ出した主人公は酒場で酔い痴れ,奇怪な手紙を書い て,パンドラのもとへとどけに行く。そのあとレオボルドシュクットの下 宿に帰り,眠れぬ夜を過す。夢現のあいだにあらわれた彼女は,ロシア皇 帝エカテリーナのように美しかった。すると自分がリーニュ公で,突然イ スタンブールの王座についているのに気づく。そしてこの夢想の中でふた りのあいだに次のような会話が交されることになる:

《−Malheureuse!1uidis−je,nOuSSOmmeS perdus par ta faute,etle monde va丘nir!Ne sens−tupaS qu on ne peut

plus respirerici?L air estinfect卓 de tes poisons,etla derni色re bougie quinous丘claire encore tremble et palit

d占jえau sou田eimpur de nos haleines… Del air,del air!

Nous p丘rissons!

−Mon selgneur,Cria−t−elle,nOuS n avons えvivreque 5ept miIle an$.Celafait encore milleceIlt−quarante‥.

−Septante−Septmille!1uidis−je,etdesmi11ionsd ann丘es en plus:teS n岳cromanciens se sont trompes.

Alorselles 封anぢa,rajeunie,desoripeauxquilacouvraient,

etson voIse perditdanslecielpourpre dulit a colonnes.

Mon esprit允ottant voulut en vain】a suivre:elle avait

disparupourl 岳ternit色.》(fb乃(わ和,岳d.Guillaume,p.100)

《(一)「いまわしい女だ! と,私は彼女に向かって言った。ぼ

(4)

くたちはおまえの過失のせいで堕落し,世界も終末をむかえよう としているんだ! もうこれ以上ここで息ができないのがわから ないのかい!空気はおまえの毒気でよごれてしまい,ほくたち をまだ照らしてくれている最後の戚燭がふるえ,ばくたちのけが れた息でもう蒼白くをりはじめている… 空気,空気だ!ほく たちは破滅してしまう!」

「殿,と彼女は叫んだ,わたくしたちは七千年しか生きられな いのですよ!でもまだ千百四十年…」

「いゃ七万七千年だ!その上さらに数百万年もあるんだ!お まえの妖術師たちは間違いをしでかしたんだ…」と私は言った。

すると,彼女は若返り,身にまとっていた金ピカの衣裳からす らりと体をのばし,舞い上って柱付寝台の緋色の天蓋の中へ消え た。宙にただよう私の心はそのあとを追おうとしたが無駄だった。

彼女は永久に姿を消してしまったのである。》

世界の寿命 パンドラの言葉によると,この世界の寿命は7000年で,そ の計算でゆくと終末の時までまだ1140年も残されているから,そんなにあ わてをくてもよいということになる。この場合基準となる会話の時点をい つに設定するかによって,創世と終末の年次が定まるわけである。『パンド ラ』という作品の素材とをったネルヴァルの1839年冬のゲィーンでの体験 に基準点をおけば,第1図[トa]に示すように,創世の時点は西暦紀元前 4021年(7000−1839−1140=4021),そして終末は西暦2979年(1839+1140

=2979)に訪れるという見通しにをる。また会話の設定されている時点を,

『パンドラ』の主たる執筆時期の1853年におくと,創世は西暦紀元前4007年,

終末は西暦2993年(トb)とをり,ネルヴァルが轟死した1855年におくと夫 々西暦紀元前4005年,西暦却95年ということになる(トc)。

この世界7000年説の根拠とをるのは,『聖書』の随所にみられる聖なる数

「七」に基づく世界観である。たとえば『旧約聖書・創世記』の創世は七 日である。また黙示書とLて名高い『旧約聖書・ダニエル書』では,エレ ミアの預言にある「七十年」の秘義が解き明かされている曾)。これはアン チオカス王によって壊された神殿が清められ,永遠の義が確立するまでに

「七十《週》」が必要であるとする所説であるが,その謎に関する『ダニエ ル書』の解釈は次のとおりである。

ネルヴァルの終末思想

[図1]ネルヴァルの宇宙創造終末周期説

Ⅰ)7000年周期説(エαfb〃ゐγα)

a)

b)

創世  キリスト生誕・西歴紀元元年     終末

】−ヱJ40−7()∂0

BC4021 A上)Jβ39  D2979

‡−JJ4♂一7(70〃

BC4007

c)l

AβJβ古3 A 2993 I−JJ4β一7の川 A上)Jβ古5 AD2995

。β蒜蒜∃諾0

80000

BC4005

Ⅱ)80000年周期説(Jαfわ〃(わγα)

a)         l

BCl161

b) Aヱ)J 蒜蒜8853

。β蒜蒜⇒諾0

BCl147

c)         l

BCl145

Ⅲ)80000年周期説(Jeffγβ269

C転=7735β 1       80000

A上)Jβ53 D4500

さよきまち

《21汝の民と汝の聖邑のために七十週を定めおかる而して悪を

まぼろし       いと

抑へ罪を封じ窓を購ひ永遠の義を携へ入り異象と預言を封じ至

舌よきもの        卓と

聖者に膏を潅がん 25汝映り知べしヱルサレムを建なほせとい ふ命令の出づるよりメッシャたる君の起るまでに七過と六十二過

ちまた

ありその街と石垣とは擾乱の問に建をほされん 26その六十二

おのれ

週の後にメッシャ絶れん但し是は自己のために非ざるなりまた−

きよきところ

人の君の民きたりて邑と聖所 とを毀たんその終は洪水に由れ

いくさ      あるること   きはt

る如くなるべし戦争の終るまでに荒蕪すでに極る 27彼一週

おほく      いけにへ

の間衆多く者 供物を廃せん

用議

ば拍者

謹舶

固た

と ま

の週の半に犠牲と の上に立たん斯てついにそ

(5)

わざはひ       そそ

の定まれる災書残暴るる者の上に掛ざくだらん》(第9章24節−2 7節)1q)

黙示文学者たちは『ェレミア記。の70年と『ダニエル書』の70過について,

単位となる年と過が実は《週年》Semained ann丘esであると解する。つま り問題とをる70年・過の長さは現実の70×7=490年に相当するという考 えである。そのように考えると,『ダニエル書』に示された最初の7過すを わち亜年はバビロンの捕囚のBC.誠7−538=49にぴったり合致するし,

第二期の62週=434年は偉大な司祭のオニアスの殺害(BC.171)とアンテオ カス王の追奪(BC.538)との間の367年に対応するということにをる。第 二期はむしろ52過364年の方が数字の上では適当だが,『ェレミア書』の70 年にこだわったため62過としたものと考えられている。さらにアンテオカ ス王の迫書は1/2過すなわち3年半に及んだことになるが,これは史実

(BC.16㌻165)にほぼ合致していることになる。なおオニアス三世の殺書 のをかに,その昔多くの註解者たちはキリストの死の予告を,また最後の 週の終りにアンテクリスト Antるchri$tつまりキリストの敵・偽キリス ト・無神論者・悪魔の象徴なるものが到来することの予告を読みとってい たとされている。勿論この解釈は誤りとして退けられるが,それにしても 黙示の幻は,複雑怪奇な謎解きの可能性を秘めているといえる。

本題は世界の寿命7000年説であった。『ェレミア書』や『ダニエル書』に 示された世界の一周期の70年,70週の「年」と「週」を「1世紀100年」

とみなせば,たちどころに7000年が得られる。しかも7000年という周期は 後にふれる至福千年説と見事を対応を示すことになる。詳しい分析は別稿 にゆずるとして,ここでは世界の寿命7000年説にもとづいて,多くの人々 が算出した2000以上に及ぶ創世の時点の推定の中で,ClintonのBC.4138 年,Usberの8C.4004年,PeteauのBC.3983年と,ネルヴァルの『パ

ンドラ』から逆算推定したBC.4021,4007,4005年説との類似を指摘する にとどめる。11)

ところで夢の中の主人公は,《77000年,いやそれ以上数百万年が残され ている》と反論する。この場合世界の寿命を77000年といっているととれ をいこともないが,かりに終末の時まで1140年とするパンドラに対し 77000年が残されていると言っているのだと仮定すると,第1図の[Ⅰトa,

b,C]のようを計算が成り立つであろう。ただしこの場合ネルヴァルは世 界の80000年周期説に基いてこのようを数字をあげているものと考えるベ

8

ネルヴァルの終末思想 きであろう。ちをみに80000年説とよばれるものを簡単に説明すればつぎ

のようにをる。

ェノクの黙示『旧約聖書』にさまざまな「外典」1 apocrypheと「偽典」

1e pseudepigrapheとよばれるものが存在し,それぞれ正典と深いところ で連がっていて興味ぶかいものがあるが,その中に『ェノク書』とよばれ る一群の偽典がある。エノクHenochとは,『旧約聖書・創世記』第416

17節に《16カイン,エホバの甜を離れ出てエデンの東なるノドの地に住 めり17カイン其妻を知る彼李みエノクを生めりカイン邑を建て其邑の名

したが     なづ

を其子の名に循いてエノクと名けたり》とあるように,弟殺しの罪により 呪われてその地を追われたカインの末商であり,偉大な預言者と信じられ ていた。その言葉をとどめた『ェノク書』は総体として,『聖書』の秘義の 解明と,最後の審判とそのあとに来るべき救済の時にいたるまでの全歴史 の展望の黙示であり,旧約の預言と黙示を補い発展させ,宇宙の秘義を明 らかにしようとするものとして把えられている。ネルヴァルは1844年に,

「ディオラマ」Diorama とよばれる当時はやっていた超スペクタクルの大 洪水を主題とした出し物を論じた小文中で,『ェノク書』についてつぎのよ うに言及している。

《(…)『聖書』の偽典の中に,エノクの書と題するものがあるが,

これはわれわれにとってミルトンの『失楽園』ヤラマルチーヌの

『天使の失墜。に相当する。つまり部下の神聖な軍隊の助けをか りて「全能なるもの」に戦いを挑んだ反逆の精霊たちの斗争の歴 史以外の何物でもない。キルハ師はギリシャ語とラテン語で訳し た非常に長いその断章を伝えている。》12)

ところで『ェノク書』とよばれるものには,エジプトのヘレニズム・ユ ダヤ教などに由来する文書としてのスラグ語『ェノク書』とよばれるもの と,クムラン集団の影響(?)に由来する文書の一つに数えられるエチオピ ア語『ェノク書』の二系統のものが残されている。レオンハルト・ロスト の『旧約外典偽典概説』13)によると,『スラグ語エノク書』の内容は,

《先ず十の天(元来はおそらく七つの天)をめぐるエノクの旅 について(1−21),次いで神御自身の謁見について物語る。神は エノクに,無からの創造から人間の創造と世界の存続期間(七千

(6)

年プラス至福千年)に至るまでに説き明かし(2233),それから,

エノクが自分の子供達に世界と人類の来るべき運命について教え るようにと,彼を二人の天使によって暫くの間地上に戻らせる

(34−38)。エノクは彼の観た天の秘密を物語り,これに警告の言 葉と,彼が著わした書物を流布するようにという要求とを加える

(39−54)。別離の言葉とエノクの天上への移動の描写で本書は巻 を閉じている(55−68)》14)

ということにをる。世界の寿命8000年説とうけとめることのできる,当該 個所の叙述はつぎのとおりである。

《Godshows Enochtheageofthis world,itsexistenceof SeVen thousand yearsand the eigbth thousandis the end

neither yearsnOr mOnthsnOr WeeksnOrdays.》(ⅩⅩⅩⅠⅠ,2

(神はエノクにこの世の寿命と,その7000年の存続を示された。

そして8000年が世の終りであり,以後,年,月,週,日はもはゃ 存在しをいのである。[『ェノクの神秘の書』第32章第:2節,ed.

R.H.CHARLES,7協β4タロC,つゃゐαα〃d Aiβ〝廟γ(ゆゐα〆fゐβ OJd7セぶね桝β形J,VOl.ⅠⅠ,p.451.])

これに対してエチオピア語『ェノク書』の方は,その第93章第1節から第 91章の第12−17節にかけて(章の番号に倒置がある):,子供らに対するノア の警告として,十週の黙示が示されている。この黙示は,《世界審判の後 に始まる救済の時に至る全歴史を叙述しようとするもの》15)と考えられる。

すなわちェノクが生まれ,神の審判と正義とが行なわれていた第一週から,

背信の世代が登場し死が訪れる第七過のあとに,罪人が正義の手にゆだね られる第八週,正義の審判が世界全体に及ぶ第九週,そして永遠の裁きが 下り,第一の天が去り新しい天が出現する第十週がつづくのである16)。こ こではそれまで通例であった聖夜る数の七週が十週に拡大しているところ に特徴があるといえよう。(10週×7=70年ともとれる)。

世界の寿命もしくは世界の周期という観点に話を戻せば,スラグ語『ェ ノク書』は,世界の存続期間を7000年+至福1000年の計8000年とみをし ていることがわかる。ここには,第6期の千年の終りつまり創世後6000年 目に,意魔の王がくさりにつながれ,キリストの治める世がうちたてられ

ネルプァルの終末思想 千年の間至福の世が続くが,その至福千年の後に鎖をはなれた悪魔がふた

たび世に現われて,正義の徒に戦いを挑む,しかし第8期の千年の終りに その悪魔も遂に倒されて,新しい世が永遠にはじまるとする,いわゆる至 福千年説あるいは千年王国説とよばれる世界観が措かれているわけである。

この思想は,『新約聖書・ヨハネの黙示録』にも明白である。

おほレー

1我また一人の御使の底なき所の鍵と大なる鎖とを手に持ち て,天より降るを見たり。2彼は龍,すなわち悪魔たりサタンた る古き蛇を捕えて,之を千年のあいだ繋ぎおき, 3底なき所に投 げ入れ閉じ込めて,その上に封印し,千年の終るまでは諸国の民

Lぼし    とき

を惑わすことをからしむ。その後,暫時のあびだ解放されるべし。

くらゐ

l我また多くの座位を見しに,之に坐する者あり

あかし     み

崩ば

l▼﹂

を与へられたり。我またイエスの証および神の御

威きら権観

たましひ

れし者の霊魂,また獣をその像をも拝せず,己が額あるひは手に

しるし

その徽章を受けぎりし者どもを見たり。彼らは生きかへりて千年

ほか

の間キリストと共に王となれり。 5(その他の死人は千年の終る

よみがへり    さいはひ

まで生きかへらざりき)これは第一の復活なり。 6幸福覆るか

あづか

を,聖なるかな,第一の復活に千る人。この人々に対して第二の 死は権威を有たず,彼らは神とキリストとの祭司とをり,キリス トと共に千年のあひだ主たるべし。

7千年終りて後サタンは其の檻より解放たれ, 8出でて地の四

まどはたたかひ

方の国の民,ゴグとマゴグとを惑し戦牌のために之を集めん,そ の数の海の砂のごとし。9かくて彼らは地の全面に上りて,聖徒 たちの陣営と愛せられたる都とを囲みしが,天より火くだりて彼 等を焼き蓋し,10彼らを惑したる悪魔は,火と硫黄との他に投げ 人られたり。…》(第20章1−10)

このようにして形成されたいわゆる8000年周期説を基準とし,これを10倍 すれば80000年説ということになるだろう。10もまた桁を変える働きをも ち,一つの周期的な思想をあらわすからである。ネルヴァルの書翰にみら れる奇妙な目付けの謎も,これと無関係ではあるまい。

《Le23novembre77353むenouYel】e》ネルヴァルは,バッシーのブラン シュ精神病院に入院し凌がらちょうど『パンドラ』や『サン・ジェルマン 伯爵』の草稿を書き上げようとしていた頃,1853年11月23日に,作家の

(7)

ジョルジュ・サンドに宛てて異様を内容をもつ手紙を書き送っている17)。

《AGeo−geSSand》と題するソネーの一部とれ 《LucIUSPRISCUS…》,《♀

AMMON−RA/Duc d Egypte.》 といった謎めいた記述,あるいは《GASTON

PH(玉BUS D AquITAINE》 という署名などは,いずれもネルヴァルの神秘

的想像世界の構造の秘密を暗示するものである。ここでは1e23novem−

bre1853=《1e23novembre77353/主re nouvelle》,つまり1853年を神秘 的な《新時代》の77353年と規定していることに注目したい(第1図Ⅲ参 照)。彼が『オーレリア』の中で,《紙をもらった私は,長い時間を費して,

知るかぎりのあらゆる言語で善かれた物語・詩・碑銘などをそえた無数の 画像を材料にして,一種の世界史を描き出そうと努めた。研究の思い出と 夢の断片とを織りまぜたこの歴史は,苦心の結果いっそうはっきりしてき たが,熱中の時間を長びかせもした。私の思考は,天地創造に関する新し い諸伝承に固執すること夜く,さらにその彼方へとさかのほっていった。

すると,護符を用いて守護神たちが結んだ最初の協約が,回想の中に見る ようにほのかにうかび上ってくるのであった。私は型板の宝石を集めて,

世界を分有していた最初の七人のエロヒムを周囲に描き出そうと試みたこ とがあったのだ。東洋の諸々の伝承から借用したこの歴史大系は,宇宙を 明確にあらわして組織する,自然の「諸カ」間の見事な調和にはじまるの だ。》(Ⅰ,7)1射と述べていることもここで想起すべきであろう。ネルヴァル は,《天地創造に関する新しい諸伝承》すなわちキリスト教にみられる創世 伝承をのりこえて,さらに古い東洋の創世諸伝承を研究し,新しい宇宙史 を描こうと努めていたのである。1853年を新世紀の77353年と規定する行 為のうらには,このようをネルヴァルの創世観の影が濃厚であるといえる。

なおさきに『パンドラ』のせりふの77000年を,今後に残された期間と解 したが,場合によっては,新しい創世伝承に従って,世界の寿命は77000年 であると言っているようにもとれる。しかし,1853年を77353年とする限 り,この説には若干疑問が残る。もっとも,幾分陵味なかたちで奇妙な数 字が飛び交うところにこの奇妙な幻想と秘数学の面白さがあるというべき であろう。ともあれ,書翰の目付けを80000年周期説にあてはめてみると,

終末は4500年に訪れることになる。

世界の寿斜こ関する諸伝承 ネルヴァルがエジプトヤ中近東の諸伝承のみ ならず,古代インドの伝承にも深い関心をいだいていたことは,拙論「ネ ルヴァルの神秘の指輪(1)」19)などで指摘したとおりである。ここでは世 界の創造と終末をめぐる輪廻の思想との関連について若干触れておきたい。

12

ネルヴァルの終末思想 一口に古代インドの創世神話といっても,実体はさまざまであるが,世界

ユ ガ

の寿命に関しては《世界期》yOugaという考えが代表的であるように思わ れる。古代インドの『バガヴァッド・ギ一夕ー。の第四章には,世界の周 期についてつぎのよう夜叙述がある。

《一(…)神聖をバガヴアットは言った。

5予の経てきた生は数多い。汝の[経てきた生]も,アルジェ ナ! それらを全部予は知っている。しかし汝は知らない。アル

ジェナ!

6予は不生であり,本性不変であるが,万物の主宰者ではある が,自己に属する原物質を統御し,自己の神秘力によって[世に]

出現する。

7何となれば道徳が衰微し,[替って]アルジェナ!不道徳が隆 盛となるたびごとに,予は自身を創出するから。

8善人を救護するために,また悪人をほろほすために,道徳の

ユ ガ

確立を目的として,予は世界期*ごとに出現する。

9予の超自然的な出生と行為を,かくの如く真に知る者は,身 体を捨てた後,再生せず,予の許に至る,アルジェナよ。(‥・)》20)

ここではクリシュナがバガヴアットとしてアルジェナに対しその哲学的教 説を説いているのであるが,世界の盛衰と人間の悪徳とが密接な関係にお いて把握されている点,『聖書』をはじめとする世界周期の諸伝承と軌を一

ユ ガ

にしており注目に情する。文中の《世界期》について,訳者の服部正明氏の 脚註を引用してみよう。

《古代インドに於いては,世界が周期的に生滅するものと考え られていた。先ず,クリタ・ユガが400+4000十400年(前後の 400年は曙と夕暮)の間つづき,続いて,トレークー・ユガ(300

+3000+300年),ドヴァーパラ・ユガ(200+2000+200年),最後 にカリ・ユガ(100+1000十100年)がある。これら四ユガの総計 1万二千年が神々の世界の一ユガを成す。そして,その千倍が梵

天の−日であり,梵天の一日が終ると梵天の夜が同じ期間続く,

梵天の一昼夜をカルパ(劫)と称し,カルパを周期として世界は 発生,持続,帰滅する。》21)

13

(8)

紀元後四世紀以後にはヘレニズムの影響をうけて,古代インドの《ユガ天 文学》がほほ確立されるわけであるが,そこではバビロニアヤギリシャの 古代天文学の成果が理論的に裏づけされ組織づけられ,43万2千年のカ リ・ユガ周期を基礎とした,43億2千万年のカルパ周期説が出現するので る。こうした秘数学的計算の過程の一面を表で示すとつぎのようになるだ ろう:

表2.ブラフマンの宇宙生成四周期説 1)1匂〆riode・    1728000:432000×4

2pide ‥‥‥‥・ 1296000432000×3 3Q p丘riode ……     864000:432000×2

4e pむiode(kaliyouga)…432000:432000×1 Totalmabayougわ  4320000432000×10

Ⅱ)lo p女iode :1728000=(400+4000+400)×360 2¢p岳riode :1296000=(300+3000+300)×360 38p丘riode    864000=(200+2000+200)×360 4¢p丘riode    432000=(100十1000+100)×360

1ma血ayouga:4320000=(4800+3600+2400+1200)×360

=(12000×360)

Ⅲ)1000mabayouga=4320000000=1kalpa

若干の解説をつけ加えるならば,古代インドでは世界の周期を四つに分け,

第四期すをわちkaliyougaとよばれるところが現世に当ると説くのである。

その期間は432000年とされているが,これは暁の100年と夕暮の100年を 前後にもつ1000年すなわち1200年に1年の日数360をかけて算出される。

1200年は12というよく用いられる単位数の100倍でもある。第三期は kaliyougaの2倍,第二期は3倍,第一期は4倍で,これらすべてを合算 すると(1200+2400+3600+4800)×360=4,320,000年,つまり1maha・

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ネルヴァルの終末思想 yougaとをる。12×1000×360と考えてもよい0 このmahayougaの

1000倍すをわち1000×4,320,000=4,320,000,000年が1kalpa[一劫]で あり,創世と終末の間の時間ということに在るわけである。22)この周期的 なカルパは,それぞれ黄金時代にはじまって,堕落がつづき,カルパの終り には太陽熱が灼熱して大地を焼きつくし,地球は終焉を迎え,そのあとに 新しい世界が生まれると考えるのである。またそれぞれ 71mahayouga から怒るさらに宏大を周期《mavantara》を説くものもある。

また,無限の時間の流れを四つの周期に分け,第一期を破壊の周期,第 二期を世界が破壊されたまま存続する期間,第三期は再生の周期,そして 第四期を20の期間に分けそれを通して人間の寿命が締まり最後に昇天す る時と裁定する考え方もある。

こうした諸々の宇宙周期説が太陽・月・その他の惑星の運行の観測の結 果として生じたものであることは明白である。古代のカルデア人の占星天 文学上でも,天体観測の結果60,600,3600,432,000年の周期説がはっき りうかがえる。後世の人々はこうした数字のもとに,世界の創造と終末の 時期を算定したのである。先に述べた世界の寿命6000年説や7000年説,

8000年説も,あるいは至福千年説なども,こうした過程で生まれたもので あった。さらに『ェノク書』の十期の黙示も,432,000×(4+3+2+1)

=4,320,000の計算にあらわれる4+3+2+1+=10期説と決して無関 係ではないであろう。初期キリスト教の教父たちは,こうした伝承をふま えて,創世から流れた時間をさまざまな形に計算している(第3表)22)。

表3.

Philon−1e−Juif        5196 FlaviusJos主phe      5000

Th岳ophile d Antioche    5515

SaintJustin         5000 Cほment d Alexandrie    5624

Lactance       5801 Eus主be       5200 Saint Epiphane       5049 SailltAugustin       5351

PaulOrose      5198 Martyrologle rOmaine   5199

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創世の時点をいつにおくかということは,必然的に終末がいつかという ことを意味する。Saint Hippolyteは『ダニエル書。の週を検討した結 果キリストの誕生を創世後5500年と算定し,6000年説にもとづいて,終 末を500年後に予想したし,四世紀のJ.Hilarionは『世界の持続』ββ 肋〃成血γα犯fわ〃βの中で,キリストの受難を創世後5530年とみなし,

終末を470年後とした。世紀末の恐怖が蔓延した西暦千年については,あ まりにも知られているのでここでは詳しく論じない。

終末の幻におののいた千年が過ぎ去ったあと,「至福千年説」は1215年 の第四回Latran宗教会議で公式に禁じられたが,終末思想の影響はその 後も続き現代に至っているのである。

たとえばネルヴァルの愛読していたドイツの神学者ニコラス=クリップ ス・フォン・クエス(ニコラウス・クレブスNicolasdeCuse,1417−1487)

は,人類の歴史を,アダムから大洪水,大洪水からモーゼ,モーゼからイ エス=キリスト,キリストから終末という四期に分かち,地上年とユダヤ 教の1Jubil岳すをわち50年とを対応させて計算を試みている。それによ ると計算を行をった時点1452年はほほ29jubil岳s(50×29=1450)に相当 し,一方キリスト誕生から終末までの期間を34jubils と見なしている。

その結果34×501700を基準とすれば1734年か1750年頃に最後の審判が 訪れると説いたのである。

またエマヌエル・スウェデンポリ EmanuelSwedenborg(1688−1772)

は『最後の審判とバビロンの滅亡』(1758)と題する黙示的を書物の中で,

《最後の審判は1757年の年頭に始まり,その年の終りに完全に成就され た》24)と述べている。フランス大革命あるいはナポレオンの拾頑もまた世 界終末論ヤ至福千年説と結びつけて考えられ,ナポレオンをAntるcbrist またはその先がけとみなす説などが流布された。25)

以上のような世界周期諸伝承をふまえて,ネルヴァルは,乱世の最中に 世界の終末の幻をしっかと心に措いていたといえるであろう。そしてその 終末の幻は,大洪水というかたちで黙示されるのである。

ⅠⅠ−7−b.大洪水1e D封ugeの幻

古来世界の終末と再生は大洪水神話というかたちで伝えられることが多 い。『旧約聖書・創世記』のノアの方舟で知られる大洪水伝説をはじめ,こ れと密接な関連をもつ,シュメール,バビロニア,ヘブライの諸伝承がそ れを雄弁に物語っている。古代エジプトにおいては,ナイルの氾濫は上流

16

ネルヴァルの終末思想 から肥沃夜泥土をもたらし,その結果作物の豊穣をもたらすものとしてと

らえられ,終末的色彩に乏しいといわれるが,オリエントにせよエジプト にせよ,洪水が被壊のあとにくる再生を暗示するものとしてとらえられて いたのは確かである。そのことは古代エジプトの洪水伝承にもあてはまる ことであろう。ところでこうした大洪水の周期性は占星年代学と結びつけ られて,世界周期説の形成に貢献したものと考えられている。中山茂氏の 説明を借りると,《ノアの方舟で有名な洪水伝説は,いろいろ夜民族の説話 に見られる。これが占星年代学と結びつくと,惑星が一カ所に集まる時に 大洪水が起こるという洪水予知説になる。その周期は占星術師によってま ちまちで,粗雑夜惑星の公転周期を用いた六千年周期説から,三万六千年,

七万二千年,四八万年,七二万年,一四四万年とバビロニアの占星術師は どしどし大きな推定値を提出した。…》26)っまり占星術師たちは太陽,月な らびにあらゆる惑星の周期的常数をかけあわせて得られる最小公倍数,す なわちこれらの諸天体の大会合の周期を示す時点に,世界は終末と再生を むかえると考えたのである。しかもこの洪水は空から降る雨によってひき おこされることから,悪徳にけがれたこの世の天界の聖をる水による浄化 という宗教的意味がつけ加えられたことも見逃してはなら患い。多くの伝 承が大洪水を単に破滅ととらず再生の予告とみなす理由の一つもそこにあ るといえよう。

罪と罰 しかしながら多くの場合,大洪水は,なによりもまず人間の悪 行に対する懲罰として示される。たとえば,『創世記』では,

ナベ はか

《5ヱホバ人の恵の地に大なると其心の思念の都て図維る所の恒 に惟悪きのみをるを見たまへり 6是に於てヱホバ地の上に人を 造りしことを悔いて心に憂へたまへり 7ヱホバ言たまひけるは

つく      はふものそら

我が創造りし人を我地の面より拭去ん人より獣昆虫天空の鳥にい たるまでほろほさん其は我之を造りしことを侮ればなりと》

(『創世記』ⅠⅤ,5−7)

というふうに表現されている。エデンの園を追われたあとも,人間がその 悪行を執拗に続けたため,ヤアウェは,この世に人間を創り出したことを 悔い,その結果人間のみならず動物まで生きとし生けるもの一切をこの世 から消し去ろうと決意したのである。その意味でも『パンドラ』後半部で,

前掲の個所にひき続いて,つぎのような大洪水の幻影が描かれている点に

17

(10)

注目すべきであろう。ここで,ギリシャ神話におけるバンドーラーが,天 上の火を盗んだプロメーテウスを罰するためにゼウスによって地上につか わされたものであることを想起したい。へ−バイストスに命じ泥からつく られた彼女は魅惑あふれる絶世の美女で,神から《すべての賜りものを与 えられた女》(パン+ドーラ)であった。しかも彼女は復讐のため天上か ら,すべての禍いを封じこめた壷を持参するのである。

大洪水と南太平洋

《(…)Puis un craquementse丘tdanslasa11e.C 岳taitl an・

nonce du上)βJ聯,Op岳ra en trois acte$.Ilme sembla alors que mon espritperぢaitla terre,−et,traVerSant ala nage les bancs de coraildel Oc由n etla merpourpr卓e des tro−

piques,je me trouvaijet岳surlarive ombragるdel ile des Amour$.C 融aitlaplagedeTaiti.Trois jeune$丘Iles m en・

touraientetmefaisaientpeuapeu revenir.Jeleuradressai

laparole.Ellesavaientoub鮎1alanguedes hommes.《Salut,

mess(eurSduciel》,1eurdis−jeensouriant.》(βP.(E.♪りp.355)

卓d.Guillaume,pp.101−102)

《(…)それから広間に床を打つ音がひびきわたった。三幕のオ ペラ『大洪水』JββJ∂仰の閉幕を告げる合図だった。その時私 は自分の精霊が大地を貫いてゆくようを気がした 】,さらに大 洋の珊瑚礁と熱帯の緋色の海を泳いで渡って行くと,私は「愛の 神々」の島の木蔭の下の浜にうちあげられたのである。それはタ

ヒチの浜辺だった。すると三人の乙女たちがまわりをとりかこみ,

私は次第に正気を取り戻していった。彼女たちは人間の言葉を忘 れてしまっていた。私は彼女たちにむかって,「やあ,天国のいと

しい妹たちよ」とほほえみをがら話しかけた。》

ここでいう三幕物のオペラ『大洪水』というのは,Jacques−Fromental HAL丘vY(1799−1862)が,Vernoy de Saint−Georgesの台本をもとに作 曲しようとしたオペラのことを暗に示すと考えられている。27)しかし総譜 はほとんど完成されたものの,結局未完のまま拠棄され,1868年Bizetが あとをつぎ,『ノア。∧わ という表題で完成した。作曲の完成は1869年,初 演はドイツのカルルスルーエで1885年である。つまりネルヴァルが死去

ネルヴァルの終末思想 した1855年にはまだ完成していをかった訳であるが,アレヴィと面識の

あった彼が,何らかの形でこの作品を知っていたことは十分推測に催する。

ここで注意せねばならないのは,むしろ,終末の夢想の中で,『大洪水。と 題するオペラが開演され,それによって,主人公が幻想の世界において,

海中に身を投ずるところにある。これは『オーレリア』の第二部第四章で 語られるセーヌ河への投身自殺の試みと無関係ではあるまい。28)ともあれ

『パンドラ』では主人公は地獄を意味する地中をくぐりぬけたあと,大洪 水に対応する南太平洋を泳いでわたり,南国の愛の理想郷タヒチ島の浜辺 にたどりつく。つまり主人公は浄められた純愛の地,すをわち「地上の楽 園」であると同時に天界でもある島に辿りついたと考えてよい。

聖なる水 この場合の水は罪を洗い浄める水であるとともに,天地創造 の混沌の実体としての原初の水でもあったといえるだろう。たとえば F.Guirandは物fゐ0わgダβAざ平川一風吻血戚由肌 の中でつぎのように 述べている:

《水は原初の要素である。神々を始めとするあらゆる存在がも たらされるのは,甘い水Apsouとからい水Tiamatの溶解から である。神話中で人格化されているアプスーは,いわば水にみち みちた大洋の人格神であり,大地をとりまいていた。一方大地は,

円い皿の形をなし,皿の周辺は,空の考窟をのせる山々にふちか ざられ,そして,アブスーの水の上にただよっていた。地表の上 にふきだしている泉はすべて,このアブスーからきたものだった。

(…)海の人格化であるティアマトは,世界を生んだ女性的元素で ある。物語の中で,彼女は,原初の混沌のはげLさとしてあらわ されている(…)》29)

つくり

さらに『創世記』でも,《1元始に神天地を創造たまへり 2地は定形なく

むなし

暁空くして黒暗淵の面にあり神の霊水の面を覆たりき》 と記されているし,

古代インドのブラーフマナ伝承の中でも,宇宙創造の神話としてつぎのよ うな描写がみられる:

《太初において宇宙は実に水であった。水波のみであった。水 は欲した,われはいかにして繁殖し得るかと。水は努力した。水 は苦行をして熱力を発した。水が苦行をして熟力を発したとき,

(11)

「黄金の卵」が生じた。(…)》(『シャタバク・ブラーフマナ』11・

1・6・1)30)

ミルチア・エリアーデもいうように,31)大洪水は洗礼のようにすべてを 浄化し再生させる力を秘めているのである。いうなればそれは集団的な大 洗礼を象徴していることにもなるであろう。しかもその水は人間の意志で はなく,天上の至高をるものの力によって地上にもたらされるのである。

恵しき人間,弱き人間はそれによって漉され,そのあとに新しい世界と新し い人間が生まれる。『オーレリア』第一部第八草の一節をとりあげてみよう。

《(…)−いかなる災書にもまして大きな災賓が突然襲ってき て,世界を延らせて救った。オリオン星座が天空の水門をびらい たのだ。南北両極の氷の重さのあまり地球は半回転し,岸辺を越 えた海水が,アフリカとアジアの高原に逆流した。洪水は砂にし みこみ,墳墓やピラミッドにあふれた。四十日の間一腹の神秘的 を箱舟が新た夜天地創造への希望を抱いて海上をさまよった。

エロヒムの一族の三人はアフリカの山々の最高峰に避難した。

それから彼らの間に戦いが交えられたのだが,ここで記憶が混濁 してしまい,私には雌雄を決するこの争いがどのような結末に終 ったのかはわからない。ただ私の眼には,水が洗う尖峰に立つひ とりの女性の婆が見える。エロヒムたちに見捨てられた彼女は,

髪をふり乱し,悲鳴をあげをがら,死に遭ってもがき苦しんでい る。その叫び声の訴えるような悲しい調子が水のざわめきを圧し ていた… 彼女は助け出されただろうか? 私にはわからない。

彼女の兄弟にあたる神々が罰を加えたのだった。だが彼女の頭上 には「夕べの星」がきらめき,炎ともえる光をそのひたいにふり そそいでいた。》(Ⅰ,Viii)32)

突然襲い来る大洪水はまさに,《いかをる災書にもまして大きな災寺》で あるが,同時に《世界を延らせ救う》ものであり,《新たな天地創造への希 望》を抱かせるものとしてうけとめられている。そしてアフリカの尖峰に とり残されて,なげき悲しむびとりの女性は,おそらく「南国の女王」

Reine du Midiとよばれたシバの女王Reine de Sadaを念頭において えがかれたものと思われる。ということは,やがて亡き母,恋人,聖処女

20

ネルヴ丁ルの終末思想 をはじめ,永遠の愛の象徴であるすべての女性を女神イシスのすがたのも

とに融合してえられる救済の女性が,ここに予示されていることを意味す る。「夕べの星」がそれを暗示している。

ノアの方舟 大洪水の幻影の素材の筆頭は何といってもやはり『旧約聖 書・創世記』中のノアの方舟と大洪水の伝承であろう。念のために当該個 所を引用してみよう。

うか

《17洪水四十日地にありき是において水増し方舟を浮めて方舟

はびこ

地の上に高くあがれり18而して水滴渡りて大に地に増しぬ方舟はなはだ は水の面に凛へり19水甚大に地に舗漫りければ天下の高山皆お

のIf

ほはれたり 20水はびこりて十五キュビトに上りければ山々おほ

すべて もの

はれたり 21凡そ地に動く肉をる者鳥家畜獣地に葡ふ諸の昆虫お

しね      いき        くが

よび人骨死り 22即ち凡そ其鼻に生命の気息のかよふ者都て乾土

かく  おもて  あらゆるもの   けものはふものそら

にある者は死り 23新地の表面にある万有を人より家畜昆虫天空

ことごと

の鳥にいたるまで塞く拭去たまへり是等は地より拭去れたり唯

のこ

ノアおよび彼とともに方舟にありし者のみ存れり 24水百五十日 のあひだ地にはびこりぬ

おも

1神ノアおよび彼とともに方舟にある諸の家畜を窄念ひたまひナなは       ふか      わだ

て神乃ち風を地の上に吹しめたまひければ水減りたり 2亦淵の

とぢふ卓が      ヤみ

源と天の戸閉塞りて天よりの雨止ぬ 3是に於て水次第に地より

しりぞ

退き百五十日を経てのちに水減り l方舟は七月に至り其月の十

とどま

七日にアララテの山に止りぬ S水次第に減て十月に至りしが十

ついたち   いただき

月の月朔に山々の嶺現れたり》(『創世記』ⅤⅠⅠ,17−別;ⅤⅠⅠⅠ,ト5)

前掲の『オーレリア』(Ⅰ,Viii)に措かれた情景と『創世記』のこの叙述 を対比するのも面白い。

ディオラマ1e Diorama(1糾4)大洪水の幻が古くからネルヴァルの胸 裡にヤきつき,一種の固定観念と化していたことは,1843年の東方旅行の 際に携行した手帖の中などにもうかがえる。たとえば,その13ページ目を みると,

《(‥・)サバ 朝。暁の女王。/(‥うサバの森林… 水。/エル・

アリムの大洪水(116)。/ドゥアブシャンの治世下の洪水。/西 暦紀元前850年。/(…)》33)

参照

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