国 民 性 と 代 議 制
︱ ︱
ウォ ルタ ー・ バジ ョッ トの ウィ ッギ ズム 論︱
︱
遠 山 隆 淑
は じ め に 第一 節 ウィ ッギ ズム の政 治学
︱︱ バジ ョッ トの 政治 的妥 協論
︱︱ 第二 節 政治 秩序 と﹁ 性格
﹂ 第三 節 代議 政治 とウ ィッ ギズ ム む す び
︱︱ バジ ョッ ト﹁ 性格
﹂論 にお ける
﹁均 衡﹂
︱︱ は
じ め に 本稿 の目 的は
、W
・バ ジョ ット
︵W al te rB ag eh ot ,1 82 6- 77
︶の
﹁性 格︵ ch ar ac te r︶
﹂概 念な らび に﹁ 国民
︵の
︶性
︵格
︶︵ na ti on al ch ar ac te r︶
﹂概 念に 焦点 を当 て、 ウィ ッグ やウ ィッ ギズ ム︵ wh ig gi sm に︶ 関す る彼 の理 解を 明ら かに する こと にあ る。 バジ ョッ トが
、政 治に 関す る論 考を 初め て世 に問 うた のは
、彼 が二 五歳 の時 に、 フラ ンス 旅行 中 に遭 遇し たル イ・ ボナ パル トに よる クー デタ につ いて 書簡 形式 で論 じた
﹁一 八五 一年 のフ ラン ス・ クー デタ に関 す る書 簡﹂︵ 18 52 ,以 下﹁ クー デタ 書簡
﹂と 略称 で︶ ある
。こ のク ーデ タを 目の 当た りに した バジ ョッ トは
、一 八四 八年
にヨ ーロ ッパ 大陸 を席 巻し た一 連の 革命 を念 頭に
、次 のよ うに 論じ た。 この
﹇一 八四 八年 の﹈ 諸事 件に よっ て私 は次 のよ うに 述べ るこ とが 可能 にな りま した
。つ まり
、す べて の環 境の 中で
、非 常に 影響 のあ る政 治的 問題
、断 然、 確実 にも っと も重 要な 問題 は﹁ 国民 性﹂ だと いう こと です
。こ の年
﹇一 八四 八年
﹈に は同 じ経 験…
…が
、ヨ ーロ ッパ のあ らゆ る国 々で 試み られ まし た。 しか し、 なん と多 様な 未来 であ り、 異な った 結末 にな った こと でし ょう
!…
…ど れほ ど素 晴ら しい 性質 をい くつ も持 って いて も、
…… 本質 的な 必要 条件 が備 わら なけ れば
、非 常に 卓越 した 国民 性も
、単 に際 限な く絶 望的 な破 産へ の原 因や 起源 とな るで しょ う﹇ LF C, p. 49
﹈。 この
議論 に看 取で きる よう に、 バジ ョッ トが
、ヨ ーロ ッパ 各国 の政 治状 況に とっ て﹁ 断然 もっ とも 重要 な問 題﹂ に 位置 づけ たの が、
﹁国 民の 性格
﹂で あっ た。 特に
、バ ジョ ット は、 各国 の国 民性 が代 議政 治の 運営 に適 して いる か 否か とい う問 題に 強い 関心 を寄 せた
。 近年 のイ ギリ ス政 治思 想史 研究 にお いて は、 イギ リス の﹁ ナシ ョナ ル・ アイ デン ティ ティ ー﹂ ある いは
﹁ナ ショ ナリ ティ ー﹂ に関 する 研究 が盛 んに 行わ れて
( )
きた
。そ うし た研 究の 関心 は、 文明
︵c iv il is at io n︶ の発 展段 階に おけ
1
るイ ギリ ス﹁ 国民
﹂の 位置 づけ 方に 向け られ てい る。 P・ マン ドラ ーは
、ヴ ィク トリ ア時 代中 葉に おい て、 国民 を 人種 論か ら説 明す るド イツ 型の 有機 的国 民観 がほ とん ど語 られ なか った ため
、イ ギリ スで は、 ヨー ロッ パ大 陸諸 国 に比 べて
﹁国 民﹂ 意識 が例 外的 に希 薄で あっ たと 結論 づけ て
( )
いる
。他 方、 H・ S・ ジョ ンズ やG
・ヴ ァロ クサ キス
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らは
、﹁ 国民
﹂意 識に は、 人種 主義 的内 容は 必ず しも 必要 では なく
、ま た、 そう した 意識 は有 機的 国民 観に のみ 限 定さ れな い、 さら には
、﹁ 国民
﹂と は、 人類 が普 遍的 に向 かう 状態 をめ ざす 文明 の階 梯に おけ る、 現状 でも っと も 普遍 的な 集団 であ ると いう 認識 は、 イギ リス のみ なら ず大 陸諸 国に も共 有さ れて いた ため
、イ ギリ ス例 外説 は誤 り
だと 主張
( )
する
。た だし
、こ うし た議 論の 対立 があ るに もか かわ らず
、こ れら の諸 研究 は、 ヴィ クト リア 時代 中葉 の
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知識 人た ちが
、イ ギリ ス国 民を
、文 明の 階梯 のあ る段 階に 位置 する 集団 とい う観 点か ら認 識し てい たと いう 理解 に つい ては 共通 して いる
。 ヴィ クト リア 時代 中葉 の知 識人 は、 イギ リス 国民 がこ うし た文 明の 階梯 の最 上方 に位 置し てい る理 由を
、イ ギリ スの 国民 性に 求め るこ とが
、も っと も一 般的 であ った
。国 民性 に関 する 近年 の研 究が 共通 して 論じ てい るよ うに
、 文明 化の 成功 をも たら した 国民 性の 中核 的要 素に
、当 時の 知識 人た ちが 見い だし たの が、
﹁政 治的 能力 ある いは 適 性﹂ であ った
。国 民性 概念 に関 する 研究 を発 表し てい るマ ンド ラー やヴ ァロ クサ キス
、R
・ロ マー 二ら も言 及し て いる よう に、 上述 した バジ ョッ トの 議論 も、 こう した 潮流 の中 に位 置づ けら れる もの で
( )
ある
。
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ロマ ーニ は、 近代 英仏 政治 思想 史に おけ る国 民性 概念 の変 遷を 丹念 にた どっ た著 作の 中で
、国 民性 と政 治的 能力 との 関係 をめ ぐる 議論 をも っと も明 確に 前面 に押 し出 した
。ロ マー ニは
、﹁ 国民 性﹂ とい う概 念は
、個 別の 政治 的 文脈 の中 で様 々な 意味 をな すも ので あっ たた め、 一義 的に 意味 を確 定す るこ とは 不可 能だ と論 じて いる
。そ うし た 政治 的文 脈と して
、ロ マー ニは
、﹁ 自由 な統 治︵ fr ee go ve rn me nt
﹂︶ ある いは
﹁善 き統 治︵ go od go ve rn me nt
﹂︶ を実 現す る﹁ 市民
︵c it iz en
︶﹂ の﹁ 公共 心︵ pu bl ic sp ir it
︶﹂ ある いは
﹁シ ティ ズン シッ プ﹂ に着 目し てい る。 すな わち
、 ロマ ーニ によ れば
、﹁ 国民 性﹂ 概念 の歴 史は
、﹁ 市民
﹂の 政治 的資 質と の密 接不 可分 の関 係を 保ち なが ら展 開し たの で
( )
ある
。 し 5
かし なが ら、 国民 性と
﹁市 民﹂ の資 質を 同一 視す るロ マー ニの 枠組 みを
、バ ジョ ット に適 用す るこ とに は留 保 が必 要で ある
。ロ マー ニは
、バ ジョ ット がイ ギリ ス国 民性 につ いて 論じ る際 に念 頭に 置い てい た﹁ 国民
﹂と は、
﹁市 民﹂ とし ての 政治 的能 力を 持ち
、有 権者 層の 中で 最大 数を なし てい た下 層中 流階 級で あっ たと 解釈 して いる
。 その 当然 の帰 結と して
、バ ジョ ット が論 じた イギ リス 国民 性と は、 この 階級 の﹁ 性格
﹂だ とさ
( )
れる
。し かし
、バ ジ
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ョッ トに よれ ば、 この 下層 中流 階級 とは
、有 権者 とし ての 最低 限の 資格 を有 して はい るも のの 政治 的知 性に 乏し い 階級 であ った
。そ のた め、 バジ ョッ トは
、こ の階 級が
、地 主階 級を 中心 とす る政 治支 配者 層に
﹁信 従︵ de fe r︶
﹂し てい る現 状を 好ま しい 状況 と考 えて
( )
いた
。バ ジョ ット のこ のよ うな 下層 中流 階級 観か ら判 断す れば
、彼 が﹁ 自由 な
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統治
﹂と して の代 議政 治の 究極 的な 担い 手と して 下層 中流 階級 を想 定し てい たと 解釈 する こと には 無理 があ る。 本 稿で 明ら かに する よう に、 バジ ョッ トが 想定 して いた 国民 の﹁ 性格
﹂と は、 選挙 権の 単な る保 持と いう 意味 にお け るシ ティ ズン シッ プに では なく
、代 議政 治を 主導 的に 運営 する 政治 支配 者層 に帰 属す る資 質、 すな わち リー ダー シ ップ の資 質と 密接 不可 分の 関係 にあ った ので ある
。 管見 のか ぎり
、バ ジョ ット 国民 性概 念に 関す る従 来の 解釈 は、 総じ て十 全に なさ れた とは 言え ない
。そ うし た不 十分 さあ るい は誤 解の 最大 の原 因は
、﹁ 国民 の︵ na ti on al
﹂︶
﹁性 格︵ ch ar ac te r︶
﹂と いう 二つ の単 語の うち
、前 者す な わち
﹁国 民﹂ 的な るも のの 研究 に比 重が 置か れて いる こと にあ る。 その 結果 とし て、 一九 世紀 後半 のベ スト セラ ー の一 つ﹃ 自助 論︵ Se lf -H el p: Wi th Il lu st ra ti on of Ch ar ac te r, Co nd uc t, an dP er se ve ra nc e︶
﹄︵ 18 59 の︶ 最終 章﹁ 性格
︱︱ 真 のジ ェン トル マン
﹂に おい て、 S・ スマ イル ズが
、﹁ 人間 のも っと も尊 い所 有物
﹂で あり
、﹁ 国家 の最 良の 動力 源で ある
﹂と 論じ るほ ど、 当時 の思 潮の 中で 重要 な位 置を 占め た﹁ 性格
﹂と いう 概念 に対 する 相応 の注 意が 払わ れて こ なか
( )
った
。こ うし て、
﹁国 民性
﹂を 対象 とす る一 連の 研究 にお いて は、
﹁性 格﹂ とい う言 葉に 対し ては
、d is po si ti on
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や te mp er am en tと 互換 可能 な単 語と して
、本 来有 する 意味 より もよ り曖 昧に
、多 様な 人々 の性 質を 羅列 的に 記述 する もの とい う理 解に とど まっ てし まっ てい る。 しか し、 政治 的能 力と 国民 の﹁ 性格
﹂と の間 に緊 密な 関係 を指 摘 する ので あれ ば、 その 政治 的能 力が
、思 想家 各人 にと って なに を意 味す るの か、 とい う問 題を 正確 に把 握す るた め には
、当 該思 想家 にと って
﹁性 格﹂ とい う言 葉そ れ自 体が
、ど のよ うな 意味 内容 を有 して いた のか とい う問 題に よ り注 意を 向け なけ れば なら ない
。バ ジョ ット 国民 性概 念に 関す る従 来の 議論 は、
﹁性 格﹂ 概念 の探 究不 足と いう 問
題点 を共 有し てい るた めに
、彼 が、
﹁性 格﹂ や﹁ 国民 性﹂ とい う言 葉に
、ど のよ うな 意味 を込 めた のか とい う問 題 を確 定す るこ とが でき ない まま
、バ ジョ ット の扱 いを 終え る結 果に なっ て
( )
いる
。
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S・ コリ ーニ によ る﹁ 性格
﹂論 は、 バジ ョッ トの 議論 を直 接扱 った もの では ない が、 先行 研究 が共 有す る以 上の よう な難 点を 克服 し、 バジ ョッ トの 性格 概念 なら びに 国民 性概 念を より 正確 に検 討す るた めに 不可 欠の 論文 であ る。 コリ ーニ によ れば
、﹁ 性格
﹂と いう 概念 は、
﹁記 述的 な意 味﹂ から
﹁価 値的 な意 味﹂ への 変容 を通 じて
、ヴ ィク トリ ア時 代政 治思 想に おい て、
﹁そ れ以 前に 経験 した こと がな いほ ど﹂ の重 要な 位置 を占 める こと とな った
。彼 は、 特に ヴィ クト リア 時代 中葉 に関 して は、 J・ S・ ミル とM
・ア ーノ ルド の性 格論 を比 較検 討し てい る。 アー ノル ド は、 スマ イル ズに 代表 され る性 格観
、す なわ ち、
﹁克 己﹂ や﹁ 正し い行 為﹂ を過 度に 重視 する 中流 階級 の偏 狭な 性 格観 を批 判し
、﹁ 教養
︵c ul tu re と︶ いう 解毒 剤﹂ によ って
、個 々人 がよ り高 尚な 自己 のあ り方 へ到 達す る必 要性 を 論じ た。 アー ノル ドの この よう な議 論は
、人 間精 神の
﹁完 成形 態﹂ や﹁ 均衡
︵b al an ce
︶﹂ を特 に重 視し たた め、
﹁探 究や 競争 とい う創 造的 経験
﹂を 過度 に軽 視す るも ので あっ た。 他方
、ミ ルも 人間 の社 会的 画一 性へ の恐 怖か ら、 俗流 の中 流階 級的 理想 とし ての 自制 的性 格観 に否 定的 であ った
。と はい え、 ミル は、 アー ノル ドの 静態 的性 格論 に も違 和感 を覚 えた
。す なわ ち、 ミル は、 進歩 を実 現し 維持 する ため に、 人間 精神 の﹁ 全方 向へ の大 胆か つ自 由な 発 展﹂ を重 視す るフ ンボ ルト 的立 場か ら、
﹁相 互の 調和 を保 つた めの 諸能 力よ りも
、偉 大で 強力 かつ 多様 な諸 能力 が より 必要
﹂だ と考 えた ので
( )
ある
。
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本稿 で明 らか にす るよ うに
、バ ジョ ット のイ ギリ ス国 民性 論は
、こ れら 両者 の要 素を 含む もの であ った
。す なわ ち、 彼は
、精 神の
﹁均 衡﹂ を備 えな がら
、な おか つイ ギリ ス政 治社 会を 改善 し発 展さ せる こと がで きる
﹁ウ ィッ ギ ズム
﹂と 呼ば れる 動態 的な
﹁性 格﹂ 論を 展開 した
。第 一節 では
、バ ジョ ット のウ ィッ ギズ ム論 考察 の前 提と して
、 彼が 既存 のウ ィッ グに 対し て行 った 内在 的批 判の 内容 を検 討す る。 バジ ョッ トは
、妥 協の 政策 を中 心に した 従来 の