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温泉都市熱海の盛衰過程とその要因に関する研究

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Academic year: 2021

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― 87 ― 1.  序論

(1)研究の背景と目的

 本論文で取り上げる熱海温泉は,戦後に繁栄を 極めた後,宿泊客の減少が著しく,長年集客に苦 しんでいる温泉地である.40 年以上前から既に 宿泊客が減少傾向であった熱海であるが,その間 に何らかの対策を講じる時間が十分にあったと考 えられる.それにもかかわらず,なぜ現在に至る まで衰退の状況から抜け出すことができないの か.そこで本研究では,熱海における盛衰過程と のその要因を様々な角度から実証的に明らかにす ることを目的とする.

(2)研究方法と手続き

 まず日本を代表する四つの温泉地(水上,飯坂,

鬼怒川,伊香保)の事例を取り上げ,盛衰過程や 現状を把握した後,それらの温泉地で指摘されて いる要因などについての先行研究を整理する.そ の後,熱海における盛衰過程や変遷を住宅地図や 新聞記事,行政資料等の歴史的資料を通して明ら かにする.また,新聞記事からみた熱海のイメー ジの変遷と住宅地図を利用した旅館の土地利用の 変遷をみることで,熱海のまちがどのように変 わっていったかを分析する.最後にそれらを踏ま えた上で,熱海における盛衰の要因を考察する.

2.  熱海における盛衰と変遷

(1)熱海の概要

 熱海の宿泊客数は最盛期が 1969 年の 538 万人 であったが,現在では半分の 260 万人になってい る.宿泊施設数についても過去に 350 軒の記録が

あったが,2011 年では 130 軒と約三分の一まで 減少している.

(2)熱海の盛衰と変遷

 熱海において特徴的な変化がみられた時期を以 下の 6 つに分類し,新聞記事や歴史的資料からま ちの変化や取り組みをまとめた.

・湯治場としての熱海(江戸時代)

・外部による近代化のはじまり(明治〜大正時代)

・戦前の成長期(1920 〜 1940 年)

・戦後の成長期(1945 〜 1972 年)

・オイルショックの不況に耐える熱海(1973 〜 1990 年)

・バブル崩壊からの衰退期(1991 〜 2013 年)

3.  熱海の盛衰要因に関する考察

(1)熱海のイメージと旅館土地利用に関する考察 1)マイナスイメージの分析

  熱海に訪れる人が減少した要因として考えら れる “ マイナスイメージ ” について,1945 年以降 の新聞記事検索を行ない,熱海にどのようなイ メージがあったのか分析を試みた.

・1945 〜 1964 年「自殺」,「心中」

・1975 年〜「暴力団」

・2000 年〜「横領」

・2011 年〜「暴力団」

2)旅館の分布土地利用の変遷

 1979 年と 2012 年の旅館分布図を比較し,1979 年に宿泊施設として利用されていた建物が 2012 年ではどのように利用されているのかを分析し た.土地利用の変遷について『ゼンリン住宅地図』

温泉都市熱海の盛衰過程とその要因に関する研究

A Study on Factors and Wax and Wane Process of Atami Hot Spring

船本 真司

HUNAMOTO Shinji

キーワード:温泉,衰退,熱海 Keywords: Hot Spring, Decline, Atami

立教観光学研究紀要   第 16 号   2014 年 3 月 St. Paul’s Annals of Tourism Research No.15 March ’13 pp.87-88.

修士論文

(2)

― 88 ―

St. Paul’s Annals of Tourism Research (SAT) No.16

を用いて図 1 を作成,構成変化については図 -2 に 示した.

 図 1 と図 2 から,1979 年から存続している旅 館は 33% であり,残りの 67% は旅館が倒産・廃 業し,現在では姿を変えている.

(2)盛衰要因の考察 1)旅館の大規模な投資

 熱海の旅館はこれまでに 3 回の大規模な投資を 行ってきた.1 回目は 1950 年の熱海大火後,2 回 目は 1964 年の東京オリンピックや東海道新幹線 の開通前後,3 回目は 1987 年頃のバブル経済の 時期である.それらの大規模投資のうち,2 回目 3 回目は失敗であったと考えられる.団体旅行か ら個人旅行への旅行形態の変化に気付くことがで きずに大規模投資・開発を進めてしまったことが 大きな要因であると考えられる.

2)まちづくりを無視した旅館経営

 雑誌『月刊ホテル旅館』の記事から,以下の 3 つの立場の人々の発言の比較を行った.

①熱海温泉の旅館経営者

②熱海外の人々

③由布院温泉の旅館経営者

 熱海の旅館経営者は外部の人々の指摘にも耳を 傾けられず,旅館の設備の投資ばかりとなり,結 果的にまちづくりを無視した旅館経営となってし まったと考えられる.

3)短期的・一時的な観光政策

集客の効果が発揮されず,一度や二度の開催だけ で打ち切られたイベントや,目先の利益だけを考 えたようなキャンペーンなど,短期的な観光政策 が多かったことが,これまでに,観光客の減少を 食い止めることができなかったのではないかと考 えた.

4.  結論

 本研究では,熱海の盛衰の要因について以下の 4 点を指摘する.

(1)宿泊施設が三回の大規模投資を行ったこと  宿泊施設の大規模な投資によって,熱海は大き く発展したが,それが逆に合成の誤謬,旅館の共 食い状態となった.

(2)宿泊施設の多くは自らの利益ばかりを求め

“ まち ” に目を向けられなかったこと  旅館経営者の多くが自らの旅館に力を入れてき たあまり,温泉都市に成長したといえるが,まち に目が向いていないために,日本全体の観光動向 の変化にも気付けなかった.

(3)行政による観光政策のほとんどが短期的で あったこと

 行政が行ってきた政策は,旅館産業中心で宿泊 客を一時期に増やすだけの予算の使い方がされて きた.また,ブームの後追いや,駅前や公園など の基本的な部分の整備の遅れについても指摘した.

(4)リゾートマンションの存在

 熱海は温泉観光地としての衰退は続いているも のの,リゾートマンションの普及により過去の単 なる温泉観光地だけではなく,現在では憧れの

“ 温泉居住地 ” に様相が変化してきていることが いえる.■

図 1 1979 年と 2012 年の旅館の分布土地利用図

図 2 1979 年と 2012 年の旅館土地利用の構成変化(軒 数の比率)

参照

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