• 検索結果がありません。

  東京国立 近代美術館 ︵ 以下 ︑ 近美 ︶ は 二 〇〇 五年以来 ︑

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "  東京国立 近代美術館 ︵ 以下 ︑ 近美 ︶ は 二 〇〇 五年以来 ︑"

Copied!
2
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

5 │ Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Oct.-Nov. 2013]

  アー テ ィ ス ト ・ トー ク の 記録映像 を 企画展 のメ イ ン に 据 える ︒ これ は 日本 の 美術館 で

は 初 めての 試 みでは な いだろ う か ︒

  東京国立 近代美術館 ︵ 以下 ︑ 近美 ︶ は 二 〇〇 五年以来 ︑

コ レ

ク シ

ョ ン

展 に 展示 された 作

品 につい て 作家自身 が 語 るア ー テ ィ ス ト ・ トー ク を こ れ ま で 三十回 開 催 して き た という ︒

それらを 映像 に 記録 したなか からとくに 絵画 に 絞 り ︑ トー ク の ダイ ジ ェ ス ト 映像 とそ こ

で 語 られる 所蔵作品 を 組 み 合 わせ て 見 せたの が 本展 だ ︒

  本展 に 登場 する のは ︑ 生年 で 言 えば 一九 四 六 年 生 まれ の 鈴木省 三 を 筆頭 に ︑ 一九 六

四年生 まれ の 丸山直文 らま で の 十二名 の 作家 である ︒ 出品作品 ︵ 近美 の 所蔵品 ︶ 四十三

点 の 制作年 は 一九 九 〇 年代 を 中心 として ︑ ほとんどは 八 〇 年代後半 から 二 〇〇〇 年代

前半 までの 二十 数 年 のス パ ン に ま た が る ︒

展覧会

意図

につい て ︑ 企画 者 の

大谷省吾氏

が ﹃

現代

の 眼 ﹄ 六 〇〇 号 に 書 いた

文章

﹇ 註

1 ﹈ を 参照 すると ︑ 近美 では ﹁ 形象 のは ざまに

﹂ ︵ 一九 九 二 年

︶ ︑ ﹁

絵画 ︑ 唯一 なるもの

﹂ ︵ 一

九九五年 ︶ 以来 ︑ 現代絵画 の 動向 を 検証 する 展覧会 を 開催 していない ︒ 一方 ︑ それ 以降

アー ト シ ー ン は 大 きく 様変 わりし て しま っ た

︒ ﹁ その 当時 ︵ 九 〇 年代半 ば ︶ はグ リ ン バ ー グ

の 美術批評 にもと づ く モ ダ ニ ズ ム 絵画 の 問題 があ ら た めて 論 じられ ︑ 絵画 が 自律的 であ

りなが ら な お か つ い か に 豊 かな 表現 を 成立 させること が で き るのかが 模索 されて い た の

ではない か

﹂ ︒ こう した パ ラ ダ イ ム ︑ ある い は 問題意識 を 作家 たち が そ の のちど のように

乗 り 越 え ︑ 展開 して き た かを 検証 した い ︒

  そし て ︑ この よ う な

絵画

問題

を 考 える う えで あ る

世代

の 人 たち ︑ すな わち 一九 七 〇 年代 から 八 〇 年代 にかけ て 発表活動 をはじめ ︑

コ ン

セ プ

チ ュ

ア ル

・ アー ト や ミ ニ マ ル ・

アー ト と い っ た 動向 の 後 の 世代 の 話 と 作品 をもう 一度 まとめ て 聞 き 直 し ︑ 見直 すことは

ひじ ょうに 有意義 なのでは ない かと 考 えて 本展 を 構想 したと いう ︒

  この 主旨 ︑ つま り 抽象表現主 義 に 影響 を 受 け ︑ 八 〇 │ 九 〇 年代 の 日本 で 開花 した ペ

イ ン タ リ ー な 絵画群 がそ ろ そ ろ 歴史 として 検証 される 領域 に 入 って き た こ と ︑ その 素材

として 作家 の 生 の 声 を 生 かすことには 筆者 もま っ た く 同感 である ︒

  最近 ︑ 国内外 の 美術館 のホ ー ム ペ ー ジで ︑ 所蔵作品 につい て ア ー テ ィ ス ト 自身 の 解説

やイ ン タ ビ ュ ー を

掲載

・ 配信

する のをよくみ か けるようにな っ た ︒ また ︑ 企画展 のカ タ

ログ で も ︑ 学芸員 や 批評家 の 文章 だけではな く ︑ 作家 への 丹念 なイ ン タ ビ ュ ー を 載 せる

ケー ス が 増 えてい る よ う に 思 う ︒ いく つ か 思 いつ く な か で ﹁ 菊畑茂久馬 戦後 / 絵画 ﹂ 展

︵ 福岡市 美 術館 ・ 長崎県美術館 ︑ 二 〇 一一 年 ︶ はとくに 記憶 に 残 る ︒

  だから

本展

概要

を 聞 いた と き ︑

作品

ア ー テ ィ ス ト の 生 の 声 が 加

わ っ

︑ 制作現場 に

立 ち 合 うような ︑ スリ リン グ な

展示会場

が 生

まれる こ とを 期待 していたの だ が ︑ そこはや や

期待 しす ぎたよう だ ︒ かえ っ て ︑ 作家 の 言葉 と

作品 のあ いだ で 破綻 なく 自足 して ︑ きれ い す ぎ

るもの 足 りな さ も 感 じてし ま っ た ︒

  まず ︑

ト ー

ク の

映像 はそれ ぞ れ 約十 五 分 の 長

さに 簡潔 にまとめられて い て 安定感 があ っ た ︒

作家 が 自作 につい て 語 る 具体的 なエ ピ ソ ー ド │ たとえ ば ︑ 堂本 右 美 の ︽ Kanashi- 11 ︾ に 現

れる ︑ 黒 い 線 による 形象 は 萎 れた チ ュ ー リ ッ プ

だ っ

た 等 │ はどれも 興味深 く ︑ 率直 な 言葉

をと お し て 彼 らが 探究 して いた こと ︑ 関心 の 対

象 ︑ これ まで 経 てきた ス テ ッ プ が 伝

わ っ

て く

  にもか か わ ら ず ︑ なぜ も の 足 りな く 感 じてし

ま っ

た か

と い

え ば

︑ ひと つ に は ︑

ト ー

ク の

ひ ろ

りに 較 べて 実際 の 作品数 が 少 なめ だ っ たた め

かと 思 う ︒ また ︑ トー ク 映像 をすべ て 見 ようと ﹁ プレ アー スト

トーク

〝 声 〟 を 積 み 重 ねる

意義

坂 元 暁 美

会期二〇一三年六月十四日│八月四日 会場美術館企画展ギャラリー﹇一階﹈

展示風景 撮影:木奥惠三

(2)

Newsletter of the National Museum of Modern Art, Tokyo [Oct.-Nov. 2013] │ 6

すれ ば 三時 間 以 上要 する の だ が ︑ 映像 が 三人 一 組 ︑ 四 ヵ 所 のス ク リ ー ン で 上映 されて い る

ため ︑ 聞 きた い 作家 だけ を 選 んで 聞 くの が 難 しい ︒ 結局 ︑ 見 る 側 が 最後 に 展示室 で 向 き

合 いた い の は 作品 であ っ て ︑ ないもの ね だ り か も し れ な い が ︑ 作家数 を 絞

っ て

も ︑

も っ

と 一

人一 人 の 作品 を 多 く 見 たか っ た 気 がす る ︒

  とは いえ ︑ 小林正 人 ︑ 辰野登恵子 などは 制作時期 やタ イ プ の 異 なる 作品 が 複数並 べら

れ ︑ トー ク で 回顧 された 内容 と 実作品 が 展開 していく ス テ ッ プ が 照応 して 説得力 があ っ

た ︒ とくに 辰野 の 場合 は 七 〇 年代 のミ ニ マ ルな ︑ 描 かれ た 跡 がわ ず か に 残 るシ ル ク ス ク

リー ン の 作品 から

︑ ﹁ イリ ュ ー ジ ョ ン の 復権 ﹂ の 機運 に 乗 って し だ い に 豊穣 さを 増 してい

く 八 〇 年代 ︑ 九 〇 年代 の 絵画 まで 作品 の 幅 が 広 く ︑ 本展 の 中心 である 八 〇 │ 九 〇 年代

の 現代美術 と ︑ それ 以前 の 美術 を 取 り 巻 く 状況 の 違 いを も 鮮明 に 表 していた ︒

  逆 に ︑ 児玉靖枝 は 九 〇 年代 の 抽象作品 と ︑ その あ と モ チ ー フ が 具象的 にな っ た 二 〇

〇〇 年代 の 絵画 が 並 べら れ て い た が ︑ もし こ こ に 彼女 の 最初期 ︑ モラン デ ィ ふ う の 静 か

なリ ア リ ズ ム の 静物画 ︵ 会期中 にお こな わ れ た 谷新氏 の 講演会 で 画像 が 紹介 された ︶ が 加 われ

ば ︑ ト ー ク で 語 られた ︑ 抽象 から ふたたび 具象 へと い う 変遷 の 過程 がよ り ヴ ィ ヴ ィ ッ ド に

な っ

た か

も し

れ な

い ︒

  もの 足 りな さ の 出 どころ を も う ひ と つ 挙 げれ ば ︑ 本展 は 個々 の 作家 の 証言 をまと め て

聞 く 良 い 機会

だ っ

た と

思 うも の の ︑ その 先 の 目的 がも っ と 全体的 な 現代絵画 の 動向 を

検証 する こ と にあるなら ば ︑ それが 浮 き 上

が っ

て こ

な か

っ た

た め

で は

な い

か と

思 う ︒

  あらた め て 言 うま で も なく ︑ 九 〇 年代半 ばには ︑ 本展 の 作家 たちとま っ た く 同年代 の

小林孝亘 ︑ 村瀬恭子 らによる 新 しい タ イ プ の 具象絵画 が 現 れて 共感 を 呼 び ︑ つい で 奈

良美智 や 村上隆 が 国際的 な 評価 と 人気 を 得 てその 後 の 絵画 に 大 きな 影響 を 与 え ︑ 二 〇

〇〇 年代 には 次 の 世代 による

︑ ﹁ モダ ニ ズ ム ﹂ の 考 え 方 や 欧米 の 美術史 の 文脈 のみに 依

拠 しな い ︑ 自由 で 多様 な 絵画 がつ ぎ つ ぎ と 登場 した ﹇ 註

2 ﹈ ︒

  こう した 九 〇 年代半 ば 以降 に 勢 いを も っ た 作家 の 絵画 が 本展 では ︵ 近美 のコ レ ク シ ョ ン か

らも ? ︶ 欠落 して い る ために ︑

こ の

二十 年 でア ー ト シ ー ン に 大 きな 変動 があ っ た こと 自体 が

感 じられ ず ︑ こ こ で 選 ばれて い る 作家 ︵ とい っ て も ︑ その 方向性 は 一様 では な い が ︶ と ︑ それ 以

降 の 作家 の 作品 が ど う つ な が っ て い く の か が 見 えな い ︑

モ ノ

ラ ル

な 声 に 聞 こえた の で あ る ︒

  さきほどの 大谷氏 の 文章 には ︑ 九 〇 年代後半 あたりか ら モ ダ ニ ズ ム 絵画 の 問題 があ ま

り 論 じられなくなり

︑ ﹁ この あ た り に パ ラ ダ イ ム の 断絶 があ っ た のか ︑ それともやはり あ る

視点 に 立 てば 批判的展開 を 確認 する こ と が で きる の か ﹂ とい う 問 いかけ が あ る が ︑ それは 保留 のまま 残 された 感 がある ︒

  レビ ュ ー か ら

脱線

して

勝手

希望

を 言 え

ば ︑ ある

時代

の 支配的 なパ ラ ダ イ ム を 浮 き 上

がらせよ う と す れ ば ︑ それとは 異質 の ︑ ある い

はそれに 反発 した 証言 や 作品 もある と お も し

ろか っ た のでは な い か と 思 う ﹇ 註

3 ﹈ ︒

  本展 はテ ン ポ ラ リ ー の 企画展 とい う よ り は ︑

かた ち を 変 えた コ レ ク シ ョ ン 展 であり ︑ その 成

果 も

今回

だけで

判断

できるものではな い ︒ こ

れま で 収録 された ﹁ トー ク ﹂ には ︑ ほかに 彫刻 ︑

写真 ︑ 映像 の 作家 のも のもあると 聞 く ︒ また ︑

これから も 新 たな

作品

収蔵

されて ︑ ほか の

作家

のト ー クも 積 み 重 ねられ て い く だろう ︒

今回

のよう な 試 みは ︑ ライ ブラリ ー の

活動

並行 して ︑ 十年 ︑ 二十 年 の 期間 の 中 で 継続 し

てこそ 意義 を 増 していく と 思 う ︒ 続 きを 見 た

いと 期待 してい る ︒

  最後 に ︑ 本展 の 作家 のト ー ク を ま と め ︑ 入場者全員 に 無料 で 配 られた 小冊子 が ︑ 見 る 側

への 橋渡 しとして 秀逸

だ っ

た こ

と を

記 しておき た い ︒ これ も ぜ ひ 続編 を 発行 してほしい ︒

︵ 上野 の 森美術館学芸員 ︶

註 1

大谷省吾

﹁ ﹁ プ レ イ バ ッ ク ・ アー テ ィ ス ト ・ トー ク ﹂ 展 を 準備 しながら 考 えた こと

﹂ ﹃ 現代 の 眼 ﹄ 六 〇

〇 号 ︑ 二 〇 一三 年 六 月 ︒

  2 九 〇 年代 から 二 〇〇〇 年代 の 絵画 の 変化 につい て は ︑ 国立 国際美術館 の ﹁ 絵画 の 庭 │

ゼ ロ

代日本 の 地平 から ﹂ 展 ︵ 二

年 ︶ と ︑ 同展 に 際 して 美術館

ニ ュ

ー ス

収 められた 論考 が 参考 になる ︒

とくに ︑ 林洋子

﹁ ﹁ 絵画 の 庭 ﹂ へ の プ レ リ ュ ー ド │ 一九 九 五 年 とい う 分水嶺

国立 国際美術館 ﹂ ︵

ニュ

ス﹄

一七 五 号

〇〇

九年十 二 月

︶ ︑ 福住廉 ﹁ 絵画 のゼ ロ 年代 │

O V A C 展選考所感

の 言説分析 から ﹂

︵ 同一 七 六 号

年二 月

︶ ︒ 3

たとえ ば 会田誠 の ﹁ ある 近作 につい て の も に ゃ も に ゃ し た コ メ ン ト

﹂ ︵

﹃カリコリせんとや

まれけむ﹄

所収

幻冬舎

年 ︶ など ︒

辰野登恵子 展示風景 撮影:木奥惠三

参照

関連したドキュメント

七圭四㍗四四七・犬 八・三 ︒        O        O        O 八〇七〇凸八四 九六︒︒﹇二六〇〇δ80叫〇六〇〇

quarant’annni dopo l’intervento della salvezza Indagini, restauri, riflessioni, Quaderni dell’Ufficio e Laboratorio Restauri di Firenze—Polo Museale della Toscana—, N.1,

Keywords: homology representation, permutation module, Andre permutations, simsun permutation, tangent and Genocchi

The only thing left to observe that (−) ∨ is a functor from the ordinary category of cartesian (respectively, cocartesian) fibrations to the ordinary category of cocartesian

The inclusion of the cell shedding mechanism leads to modification of the boundary conditions employed in the model of Ward and King (199910) and it will be

Answering a question of de la Harpe and Bridson in the Kourovka Notebook, we build the explicit embeddings of the additive group of rational numbers Q in a finitely generated group

In our previous paper [Ban1], we explicitly calculated the p-adic polylogarithm sheaf on the projective line minus three points, and calculated its specializa- tions to the d-th

We have introduced this section in order to suggest how the rather sophis- ticated stability conditions from the linear cases with delay could be used in interaction with