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在 を 忘 れることはできません 先 のロンドンオリンピック 大 会 で 日 本 水 泳 チームは 古 橋 さんの 思 いを 胸 に 刻 み センターポールに 日 の 丸 を をスローガンとして 臨 みました 1964 年 の 自 国 開 催 を 実 体 験 として 記 憶 されている 方 も 大

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Academic year: 2022

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オリンピックの現状と課題

本日は「東京オリンピック・パラリンピックに向けて」ということでお話をさせてい ただきます。今回、開催権を得たということで色んな期待が芽生えているかと思います が、その期待に応えていくために、国や地域、教育機関、あるいは競技連盟といったと ころが、いかに前へ進めるかが鍵だと思います。

オリンピックに参加する国は年々多くなっており、現在の参加国は 200 カ国以上、参 加選手数は 1 万 2000 人規模、観客数は 1 日 50 万〜90 万人となっています。2020 年の 東京大会は、おそらく 1 千万人規模の来場者があるでしょう。その中には観客はもちろ ん、選手や役員、スタッフなどの関係者もいます。テレビの視聴者は 40 億人規模にな り、インターネットではそれ以上の人が東京オリンピックを観戦することでしょう。

オリンピックは、これまでにも様々な危機に直面してきました。1972 年のミュンヘ ンオリンピックのテロ、1976 年のモントリオールオリンピックの財政破綻、ドーピン グやスキャンダル問題など、最近では過大な財政負担のため開催候補地が辞退するとい うこともありました。そういう状況に IOC は危機感を持って、「オリンピックアジェン ダ 2020」という提言で、1 都市開催の規定を緩めたり、開催国に種目提案の権利を与え るなどの改革案を提示したりしました。

日本とオリンピックとの出会い

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日本とオリンピックの関わりは、ほぼ 100 年を過ぎたところです。1911 年に大日本 体育協会が設立され、オリンピック参加活動が始まりました。この時、嘉納治五郎によ って書かれた趣意書には「オリンピック競技大会は、世界の文化の発展と平和に貢献す るものである」とあります。その世界観は 100 年を経た今も充分活きています。1928 年のアムステルダム大会で 800m 銀メダルを取った人見絹枝氏もまた、オリンピックで の日本の立ち位置を明確にされた方だと思います。こういった先達がいたことを頭に刻 むべきでしょう。

1936 年に、日本は 1940 年オリンピックの開催権を獲得しました。しかし、戦時下の 日本は 1938 年の国会で開催権を返上して、幻のオリンピックとなりました。次に開か れたロンドンオリンピックでは、敗戦国の日本は参加を認められませんでした。ロンド ン大会と同じ日に水泳の日本選手権を開催し、世界新記録を樹立した古橋広之進氏の存

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在を忘れることはできません。先のロンドンオリンピック大会で日本水泳チームは、古 橋さんの思いを胸に刻み「センターポールに日の丸を」をスローガンとして臨みました。

1964 年の自国開催を、実体験として記憶されている方も大勢いらっしゃると思いま す。元都知事の石原慎太郎氏は「東京オリンピック大会から勇気をもらった。」と述べ ています。あの時代にオリンピックを開催したことで、日本全体がひとつの方向に向か って行ったことは確かだと思います。新幹線の開通やテレビの初の衛生中継など、日本 人のエネルギーがスポーツ界の外にも波及していきました。

スポーツと政治の関わりについて

1980 年のモスクワオリンピックと 1984 年のロサンゼルスオリンピックは、両方とも 片肺でした。この時代の日本の大学関係者は、「スポーツは政治に関与すべきではない。」

という声が強かったように思います。これは意見が分かれるところではありますが、個 人的には日本のスポーツ界は政治に対する影響力が弱いような気がします。スポーツを しっかりと国民に展開していくには、政策も政治家の協力も必要です。

1996 年のアトランタオリンピックでの日本選手の成績不振を受けて、色々な政策が 進行しました。国立スポーツ振興基本計画が作られ、スポーツ科学センターやナショナ ルトレーニングセンターが完成しました。最近は、メディアも含めアスリートへの関心 が非常に高いと言えます。その中でも体育系大学は、「競技スポーツとは何か?」とい うことを明確にしておく必要があるでしょう。少なくとも「参加することに意義がある。」

という言葉が「弱くても参加すればいい。」ということではないと説明できなくてはな りません。

開催国として考えておかなければならないのは、世界中で戦争や紛争が起きていると いうことです。最近は ISIS による人質事件などで緊張が高まっていますが、参加する 選手や役員はそういった地域からも来るということを、開催国としてしっかりと認識し ておくべきだと思います。エボラ出血熱、SARS ウイルスなどの感染症に対しても同様 です。

険しかった招致の道のり

2016 年からの再チャレンジの決定で、最大の功労者は元都知事の石原慎太郎さんだ

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と思います。これは 3.11 東日本大震災という国難に際して、石原氏ご本人が「スポー ツに力がある」と信じられていたからだと思います。招致活動を再開するに当たって、

2016 年の時の反省からグローバルな戦略を立てました。嘉納治五郎センターや IOC オ リンピック研究センターの創設、JADA によるアンチドーピングへの貢献、日本スポー ツ振興センターの海外展開など、目に見える国際貢献活動を行ってきました。

国内でも、メインスタジアムや選手村の問題、「おもてなし」の発想、スポーツ基本 法の制定など、色々なことを行ってきました。そして、ブエノスアイレスで最後の決戦 に臨んだわけです。日本はオールジャパン体制で見事なプレゼンテーションをしました。

特に、女性を前面に出したことが好評でした。しかし実際のところは、縦割り組織への 対応や汚染水の問題、熾烈なロビー活動など、綱渡りであり危機的な局面もありました。

最も頭が痛かったのは汚染水の問題で、多くの人に「東京は危ないのではないか?」

と思われていたことです。このような時、ロンドンオリンピック後の日本選手のパレー ドで室伏広治さんが「被災地復活」と書かれたボードを持っていたのを見て「これだ!」

と思いました。プレゼンのトップバッターを被災地出身のパラリンピックアスリートで ある、佐藤真海さんに頼んだのです。まさに「災い転じて福となす。」でした。

開催までの展望

日本に対しては世界中の期待があります。これを機にスポーツの力を再考し、国際的 な品格を高め、国内の活性化を図らなくてはいけません。そのためには、スポーツ基本 法を推進していくこと、さらにはスポーツ庁の創設とするべきことはたくさんあります。

成功への期待だけではなく、失敗要因も頭に入れておかねばなりません。

「スポーツ立国ニッポン」という言葉を最初に使ったのは、現東京オリンピック・パラ リンピック組織委員会理事の遠藤利明さんです。遠藤さんが文部科学副大臣の時に「ス ポーツ立国は国家戦略である。」と訴えて、7 年後にスポーツ基本法ができました。ス ポーツ基本法には「スポーツは、世界共通の人類の文化である。」「国家戦略としてスポ ーツに取り組んでいく。」ということがはっきり書かれています。

この時に、スポーツ振興法の「(色々な種目の)スポーツの振興」“Development of Sports”から、スポーツ基本法の「(上位概念としての)スポーツを通じた開発」

“Development through Sport”へと、重要なコンセプトチェンジがありました。これ

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には国連も目を向けていて、現在国連には 8 つのミレニアム開発目標があると言われて います。国際オリンピック委員会(IOC)は国連にスポーツの力の活用を提案するオブ ザーバー・ステータスという位置を得ています。まさにスポーツの持つ開発力は、世界 的に認められたものと言えます。

体育大学に期待されること

体育系大学に求められることは、まずは人材養成でしょう。ただ人材養成は、日本の 成長戦略も関係してきます。政府が今、成長戦略における大学の役割として課題にして いるのは、「少子化の中で国際競争力をどう保つか」ということです。海外留学や海外 拠点の活用、入試や卒業認定に TOEFL の活用などがあげられ、教育関係者もグローバル な視点を持つ必要があります。同時に政府が示そうとしているのは「KPI(数値化され た目標)」ということであり、人材養成も「何人どういう人を出すか」を明確にするこ とが求められています。

地域の活性化で大学に求められているのは、「センター・オブ・コミュニティー(COC)」

になるということです。大学は地域に根ざさなければ活動ができません。スポーツによ る地域活性化推進事業は、既に政策課題に入っています。厚生労働省との連携で「健康 長寿社会」ということも視野に入っています。日本スポーツ振興センターが展開してい る「ジャパンスポーツネットワーク」は、スポーツの力による地域との共同戦略で、現 在 567 の自治体と提携しています。その一例として、北海道の美深町のエアリアルがあ ります。

タレントの発掘も、体育系大学には是非ご協力をお願いしたいと思います。現在 JOC が発掘する地域タレントは 34 人ぐらい、ナショナルレベルでは 60 人ぐらい出てきてい ます。そういったプログラムを展開することで 10 年という時間をかけることによって 競技力に結びつくと思います。体育系大学は 1 アスリートに最高のステージを用意する ことも必要です。重要なのはバラバラにやるのではなく、国あるいは JOC が展開してい くサポート事業、競技団体とも連携していくことです。トレセンの拡充も東京都の協力 も得ながら計画をしているところです。

さらに、スポーツキャリアサポートも様々な展開がなされていくと思います。特に体 育系大学の場合は、職業の細分化という意味で大きな課題になると思います。オリンピ ック競技は、基本的には人材育成だということを踏まえて前へ進んでいくことが重要か と思います。

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体育系大学に是非お願いをしたいのは、スポーツの価値を再考していただきたいとい うことです。2011 年の日本オリンピック委員会創立 100 周年の際に、森喜朗実行委員 長が「スポーツ宣言ニッポン」を発表されました。スポーツを取り巻く環境は、この 100 年間に大きく変貌し、同時に社会も大きく変化しています。グローバル化は最初は いい言葉でしたが、最近はグローバルな課題は決していい意味で使われなくなっていま す。そんな社会の変貌も踏まえ、21 世紀のスポーツに、「何が出来るのか」を再考する 必要があります。

最後に、マンデラさんが述べた「スポーツには力がある」いう言葉を、スポーツに関 係する人間として改めて噛み締めて、スポーツの力を良い方向に向けることが我々スポ ーツ関係者としての責務であり、その良い機会が 2020 年東京オリンピック・パラリン ピックであると思います。

参照

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問題集については P28 をご参照ください。 (P28 以外は発行されておりませんので、ご了承く ださい。)

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