キーワード:カウボーイ、神話、象徴
Ⅰ 問題の所在と研究目的
「自由に西部の原野を駆け回り、多くの困難や 危険を克服したカウボーイはアメリカ人の理想の 男性である」と英文学者の鶴谷は論じる(鶴谷 , 1989, p.264)(引用 24)。
カウボーイがアメリカの理想像だということは、
9.11 直後に、当時のブッシュ大統領による、テロ リストたちへの、「rogue(ならず者)」「dead or alive(死んでようが生きてようが捕まえる)」と いう言葉に端的に表されていると考えられる。そ れはこの発言に対する賛同の拍手や歓声、そして その後の、アメリカ世論調査におけるブッシュの 驚異的な支持率から裏付けられよう。この発言は アメリカ社会においてはカウボーイが発すると見 なされているものである。ここからアメリカの理 想像の一つとして、カウボーイが認められると判 断される。
しかし、以上にも関わらず、2008 年の映画「グ ラントリノ」(引用 32)において、大事件が起き る。カウボーイの代名詞クリント・イーストウッ ド1)が、製作・監督・主演するその映画で、無 抵抗のまま丸腰で撃たれて死ぬという、カウボー イらしからぬ死を遂げているのだ。これはカウボ ーイが理想像として失墜してしまったことを意味 しているのか。アメリカ社会は変容したのか。
この論文において、アメリカ社会が何を理想と し追い求めてきたのかを、大衆文化である映画 の中でのカウボーイ像の変遷を通じ論じてみた い。その際比較されるのは、最も西部劇映画が製 作され、典型的なカウボーイが活躍した 50 年代 と、冷戦後文化が多様化し、典型的なカウボーイ 映画が製作されなくなった 00 年代である。その 二つの時代を中心として比較分析する。大衆文化 は社会を反映しており、映画という大衆文化によ り、我々はアメリカの精神性を読み解くことが可 能になるであろう2)。娯楽作品を研究することが、
一見不可解なアメリカ人の行動原理を読み解く一 助となることを期待する。
Ⅱ 研究方法
本研究では過去と現代、主に 50 年代と 00 年代 の西部劇およびそれに類いしたジャンル映画にお けるカウボーイ的なヒーロー像の比較を試みる。
そしてその時代のアメリカ社会の変容に焦点を当 て論じる。
Ⅲ アメリカ人と西部のイメージ
アメリカのリーダー達は、様々な場面で西部劇 のイメージを多用してきた。例えば、ケネデイ は、彼の時代のアメリカ人たちが立ち向かう困難 について、「ニューフロンテイア」という言葉を
―アメリカ社会の中でのカウボーイ像の変容―
中 橋 友 子
Is the cowboy extinct?
The changes of the heroes with the changes of American societ
NAKAHASHI Tomoko
用いた。Hofstadter は、「アイゼンハワーは、西 部劇の愛読者であった」(Hofstadter, 2003, p.4)
(引用 11)と報じた。ニクソン時代の補佐官・国 務長官を務めたキッシンジャーの態度は、一見す るとハト派のような力の均衡を考えた外交であり ながら、「その対決姿勢は西部劇のそれであった」
(大嶽 , 2013, p.30)(引用 18)とジャーナリスト の大嶽は報じる。また英文学者の鶴谷は、大統領 選挙戦中に候補者が、あるいは当選後の大統領が、
カウボーイハットをかぶることも多く目撃される と述べる(鶴谷 , 1989, p.265)(引用 24)。リーダ ー達がそのように繰り返しカウボーイ的な振る舞 いをしてきたのは、カウボーイという象徴が、送 り手のアメリカの指導者達にとっても、また受け 手の国民にとって重要なものだからであろうと想 像できる。
ではアメリカ人にとって西部とは何か。これに ついて考察するため、森岡のこの発言、「アメリ カ人の国民性を作った二大要因はピューリタンと フロンテイア体験である」(森岡 , 2014, p.54)(引 用 27)に手がかりを求めてみよう。現在のアメ リカ合衆国を作ったのはイギリスから宗教迫害を 逃れてきたピューリタンと呼ばれるカルヴァン派 の人々であると言われている。彼らは新大陸こ そ神が与えた約束の地であると考え、そして聖 書の再現のように、そこに住み着いた。宗教社 会学者の橋爪によれば、このアメリカへの入植 は、神聖な、宗教的行為であり、この国が成功す るのは自分たちが救われる証であると、アメリ カ人たちは信じているということである(橋爪 , 2005, p.47)(引用 25)。この西に向かう領土拡張 運動は、1845 年、「The Democratic Review」の 記者 O'Sullivan によって、「明白な運命(Manifest Destiny)」と名付けられ大義を得た。これは、ア メリカが荒野を開拓していくことは神意であると いう言説であり、アメリカの政治的な膨張主義は、
これにより宗教的使命ということで正当化された のである。国民の大きな支持を得たこの言説につ いて、森岡は、「「荒野への使命」こそピューリタ ンの駆動力」(森岡 , p.60)と解釈する。
その西部開拓がアメリカ人の国民性の形成にも 関わっていくのである。1890 年、アメリカ国勢 局はフロンテイアの消滅を宣言するが、その後 の 1893 年、アメリカ歴史協会年次大会において Wisconsin 大学歴史学教授 Frederic Jackson Turner はフロンテイアに関する論文を発表する。
それは多くの賛同を得ることになるのだが、その 一部にフロンテイアがアメリカ人の国民性形成に 影響を及ぼしたことを示す記述がある。以下がそ の Turner の論文の一部である。
「フロンテイアは個人主義を生み出す。複雑 な社会は、未開の荒野によって、家族に基礎 を置く一種原始的な構造へと急激に移行させ られる。その趨勢は反社会的なものである。
それは支配に対する反感、とりわけあらゆ る直接的な支配に関する反感を生む。…フロ ンテイアの個人主義は最初から民主主義を促 進してきたのである。…フロンテイア生活の 諸条件から、きわめて重要な知的特性が生じ た。…鋭敏さと好奇心の強さに結びついたあ のがさつさと力強さ、便法を素早く発見する あの実際的で独創的な気質、芸術的志向には 欠けるが偉大な目的を達成する力にあふれ た、具体的な物事に対するあの優れた把握 力、あの休むことを知らぬたくましいエネル ギー、目的の善悪を問わず発揮されるあの強 力な個人主義、そして自由に付随したあの快 活さと溢れるばかりの気力。
これらがフロンテイアの特性であり、さらに フロンテイアが存在するためにほかの場所で も生じる諸特性なのである。」(Turner:The significance of the Frontier in American History「アメリカ史におけるフロンテイア の意義」引用 森岡 , p.65)(引用 27)
Turner は、広大な自由地が絶えず西にあるこ とが強力な駆動装置となり、その西部開拓こそが アメリカの発展をもたらした。そして、その結果 生まれたのがアメリカ人という新しい人間である
る。そして、この神話および神話的なカウボーイ 像は、西部のみならず、それ以外にも領土を広げ てきたアメリカの大義の強化に手を貸し、冷戦時 代のアメリカのイデオロギーの浸透にも、利用さ れることとなる。これについても後述する。
Ⅳ 実際のカウボーイの歴史
一方、アメリカの現実はどのようなものだった のか。まずアメリカを建国したとされるピュー リタンについて見てみよう。歴史研究者の川北 は、ピューリタンが信仰を求めアメリカに渡り、
合衆国を建国したということは支配体制である WASP の建国神話であるとし、実際は植民地時 代にアメリカに渡ったイギリス(ヨーロッパ)人 の少なくとも3分の2は、白人債務奴隷ともいえ る「年季奉公人」だったと当時の資料を用いて論 じる。また、恩赦になった犯罪者の流刑地でもあ ったのがアメリカ植民地であり、当地ではそうい った犯罪者は、自由移民と等しく「労働力」とし て扱われたということである(川北 , 1999, p.87- 94)(引用 20)。川北によれば、ピューリタンがア メリカを作ったということは WASP がでっちあ げた神話にすぎないというのである。
以上のことは、カウボーイにもあてはまる。英 文学者の鶴谷は Kansas 大の David Dary 教授の
「Cowboy Culture」(引用2)に、コロンブスの 二回目の航海の時に牛のような家畜動物が持ち込 まれたとの記述を紹介する。牛馬はまず西インド 諸島にもたらされ、その後、プエルトリコ、ジャ マイカ、キューバを経て、メキシコで多く繁殖し た。そこで修道士達がインデイオ達に乗馬や牛の 世話を教えた。それがカウボーイの始まりである。
当初のカウボーイは、スペイン人はおろか、メキ シコ人達からも、馬に乗って仕事をする賤しい労 働者と見なされていた(鶴谷 , 1989, p.14-18)(引 用 24)。
アメリカでのカウボーイの印象も良いものでは なかった。1819 年に恐慌が始まり、多くの銀行 が破産し、土地が抵当で流れた後、政府は西部の という。勿論、アメリカの国民性を形成したもの
には、他の要素も存在する。しかしこの西部開拓 がその一翼を担ってきたことには、この論文が多 くの支持を集めてきたことからも否定できるもの ではない。
しかし、Turner が論じていることは現実と乖 離してる「神話」にすぎないとも考えられうる。
Giannetti は、「神話は一つの文化の共通する理想 や願望を形象化」(Giannetti, p.80)(引用9)し たものと論じ、歴史家、Richard Slotkin は、神 話は、現体制を都合良く説明するために利用され ると論じる。「神話は、現在の文化のイデオロギ ーを強化するためにある。すなわち過去の出来事 や人物を、その文化にとって理想化・英雄化し、
それが現在や未来の出来事や人と結びつけられる 為に存在する」(Slotkin, 1994, p.19)(引用 14)3)。 だとすれば、神話とは、支配層にとって都合のい い考えの集積と結論づけることが出来る。
以上のことから西部開拓の神話の作用は、アメ リカの当時の支配体制(キリスト教信奉者の白人 男性社会)の規範のイメージ形成に働いてるので はないかという考えが導き出される。そうして、
西部神話で活躍する人物が神話ヒーローとなって いく。その代表格がカウボーイである4)。社会学 者 Robert Bellah は、「アメリカは、最も神話的 な個人主義ヒーローを生み出した。カウボーイで ある」(Bellah, 1996, p.145)(引用 16)と定義づ ける。アメリカ文化を象徴する神話的ヒーローと してのカウボーイが具体的にどのように生まれた かについては後述する。
そうしたカウボーイ像の典型は、ジョン・ウエ インなどによって演じられる、以下のような性質 を持ったものである。「美徳を携え、善良で正し く、男らしく、誇り高く、独立心があり、強く、
頑固で、銃や暴力の扱いに長けた、白人男性」
(Slotkin, 1998, p.243,250,251)(引用 15)。Slotkin の描写するカウボーイの象徴的イメージは、まさ に Turner の論じる、荒野を切り開いていく人々 の像と重なる。
しかし、これらの像はあくまで神話の象徴であ
土地を安価で売却する方策を出す。その土地すら 手に入れられない多くの人々は、ただ同然であっ たテキサス(当時はメキシコ領)へ移住し、農業 や牧畜に従事することになる。彼らの多くは、南 部で馬に乗って牛を飼育していた、奴隷を擁する 農園主達であり、この奴隷達が 1820 年代からテ キサスに移動させられカウボーイとなった。それ 故、当初黒人カウボーイが多かったし、奴隷労働 者の仕事であったカウボーイ業は夢の職業とはほ ど遠かったのである。またアメリカ独立戦争の折 に、農夫から牛を盗んでイギリスに売り、独立派 の開拓者達を森におびき寄せ殺傷した親英派のゲ リラも「カウボーイ」と呼ばれていたりもした。
以上のことから、実際のカウボーイの評判は良い ものではなかったと鶴谷は報じる(鶴谷 , p.52)
(引用 24)。
Ⅴ カウボーイのイメージ化
その後鉄道が普及し、鉄道による牛の移動が可 能となり、また移送地である北部においても放牧 が可能になったことから、現実のカウボーイの数 は著しく減少していく(鶴谷 , p.57, 175, 176)(引 用 24)。
しかし、小説や演劇によるイメージとしてのカ ウボーイは、そうした現実のカウボーイが減少 し、フロンテイアが消滅する少し前から、人気を 博していく。作家の小鷹は、カウボーイが、物語 のヒーローとなったのは南北戦争後、主に東部出 身の作家達によってである事を報じる。彼らの手 による、19 世紀アメリカの大衆に人気を博した
「ダイムノヴェルズ(三文小説)」においてヒーロ ーの多くは、「冒険とロマンスの新天地<西部>
で野牛を追い、インデイアンを倒し、颯爽と単身、
荒野を駆ける西部の正義の騎士だった」(小鷹 , 2000, p.46)(引用 23)。それは南北戦争で心身と もに疲弊し、かつ東部の都会で退屈な生活を送る 人々にとっては、好奇心をそそられる夢物語のヒ ーローだったのだ。
虚構化されたこれらのヒーロー達は、大抵ほら
話から生まれている。小鷹は、ダイムノヴェルや その他の週刊誌に掲載された人気小説の多くは、
素性の怪しい作家たちの放浪中の聞き書きによる、
語り手自身をヒーローに据えた、自慢話の類いで あった事を報じる。有名なバッファロー・ビルや デイビー・クロケットもこの類いである。彼らは、
自然の中での自由な生活や放浪の旅、すなわち、
自分たちの生き方を美化し誇張して、保守的な生 活をする人々に吹聴したのである。つまり、ドロ ップアウトが、自らの個人主義の優越性を、定住 者への侮蔑を込めながら語ったものが、ドラマチ ックな夢物語として世に送り出されたのだ。それ がカウボーイがヒーロー化した発端である。しか し、後のフロンテイアの消滅とともに人気は下火 になっていく。(小鷹 , p.58, 59)(引用 23)。
Ⅵ ハリウッドとカウボーイ
ハリウッドは最初期から西部劇を製作した。短 編の西部劇映画「大列車強盗」は 1903 年に製作 されており、西部劇は興行的にも成功を納め、ジ ャンルとして定着し、徐々に西部劇そのものがア メリカ人にとって重要な位置を占めるようになる。
1950 年代はハリウッドにおいて、最も数多く 西部劇が作られた時代だった。「西部劇の黄金時 代」(Slotkin, 1998, p.347)(引用 15)とよばれる この時代は、朝鮮戦争や、冷戦のはじまりの時代 である。
この時期、アメリカ国民の間には共産主義への 敵対心が高まりつつあった。アメリカ文化研究者 の Maidment と Mitchell は、アメリカ国民のこ の共産主義への脅威は、ハリウッドの宣伝活動に よってもたらされたことを指摘する(Maidment
& Mitchell, 2000, p118, 119)(引用 12)。すなわ ち映画はイデオロギーのツールであったのである。
Slotkin も同様のことを指摘する。「冷戦時の、政 治的・イデオロギー的な問題の解決のため、映 画が利用された」(Slotkin, 1998, p.347, 356)(引 用 15)。資本主義国であるアメリカは、西部劇映 画を、対共産主義との戦争において勝利する為の、
国内外の宣伝に利用したのである。
国内においては、愛国心を高める、いわゆる国 威発揚が目標とされた。1930 年代から「駅馬車」
などの作品でスターとなっていた熱烈な愛国者ジ ョン・ウエインがこの時期ヒーローとして多用さ れる。熱烈な愛国者として知られた彼はあるイン タビューに以下のように答えている。彼は、実際 の戦争に臨むことを当初希望していた。しかし、
戦争に行くより映画出演の方が国民の士気が上が ると説得された。それ故、「俺がアメリカなんだ」
(MOVIE, 2007, p.31)(引用 35)という強い愛国 心を持ち、映画製作に臨んだということである。
国外においては、アメリカ文化の優位性を広く 世界に知らしめるための「文化戦略」として映画 が利用された。映画史研究者の北村は、これらの 宣伝は「白人の「開拓精神」を崇め、この優越 感に満ちたアメリカ史の解釈を「真実」として」
(北村 , 2014,p. 186)(引用 22)広報するためで あったと論じる。
50 年代の西部劇映画は、対共産主義と戦いに おいて自陣営を広げるため、すなわちアメリカ 資本主義の正当性を訴えかける道具として、一 定の効果を上げた。それは西部劇以外のジャン ルの映画においても同様であった。Maidment と Mitchell は「西部劇以外のジャンルの作品にお いても、例えば SF や犯罪ものでも、そこで例え られている敵は共産主義か非アメリカ的なもの だった」と論じる(Maidment & Mitchell, 2000, p.120)(引用 12)。国民感情もそれにつれて、共 産主義や非アメリカ的なものを悪とする方向へと 舵を切っていく。そしてそれを反映し、映画もそ ういったものが主流となっていく。映画と民衆感 情は影響し合い、この時期、このアメリカの国策 に反すると指名された映画製作者達は、映画界を 追放されることとなる。こうして「冷戦時に映画 で強化されたイデオロギーは現実社会に影響を与 えた」(Slotkin, 1998, p.365)(引用 15)のである。
Slotkin は、アメリカ文化の神話やイデオロギ ーを体現する西部劇映画は、それ自体が「神話 の場所」となり、「偽の歴史」となっていったと
論じる。「西部劇映画は、アメリカ国民の神話・
イデオロギーを伝える道具となった」(Slotkin, 1998, p.232, 234, 254)(引用 15)。こうしてハリ ウッドという装置を使い、国民の支持を得て、カ ウボーイは神話となっていったのである。
この 50 年代を代表する作品として「シェーン」
(引用 30)があげられる。1949 年に小説が発表さ れ、1953 年に映画化されたこの作品は、古典的 西部劇の代表作で、そのスタイルや精神の多くが、
繰り返し模倣され、映画化されている。
シェーンの物語は以下のようなものである。流 れ者であるシェーンが、西部のある開拓地にたど り着く。素性はよくわからない。カウボーイの格 好をしているが、実際に牛追いをしていたかどう かは定かでは無い。一匹狼(loner)である。け んかも強く、銃の腕もたつ彼は、定住しているス ターレット一家に世話になり、一時はその場所へ の定住も考えるのだが、受けた恩を返すため、ス ターレット一家の敵であるライカー一味のもとに 乗り込み、敵を殺して、その町を去って行く。
このシェーンと、ここで善玉とされている開 拓農民スターレットの行動や言動に、前述の Slotkin によって論じられた古典的カウボーイ像、
「美徳を携え、善良で正しく、男らしく、誇り高 く、独立心があり、強く、頑固で、銃や暴力の扱 いに長けた、白人男性」という特徴が見られる。
この像に従って分析を試みる。
まずは男らしさ、強さ、誇り高さについてであ るが、以下のような場面がある。最初にシェーン がスターレットに呼び止められ、その土地を出て 行くように指示された際、「命令されるのはいや だ」という誇り高さを示す。また、シェーンは、
敵を大勢相手にした時も、「逃げれば臆病者だ」
と立ち向かっていく。またライカー一味と一戦交 えに行こうとするスターレットは、妻と子に向か って言う。「お前達のために俺は行くんだ。臆病 者の汚名を着て、君と暮らせない。」また彼はこ うも言う。「ヤワな男なら、この年まで生きてた かどうか!」西部の荒れ地を開拓してきた男の言 説は、強さ、男らしさと暴力性に満ちている5)。
スターレットの妻が再三言う。「銃なんか必要 ないわ。」「暴力でしか解決しないの?」「他の方 法があるはず。」絶対的平和主義者の発言と考え られうるこれらの発言は、現実主義者と見られる、
スターレットとシェ-ンによって無視される。そ して男性側の主張が通る。映画の最後にシェーン が息子ジョーイに言う。「お母さんに言ってやっ てくれ。これで銃は消えたとね。」しかしそれは、
現実に、銃や武器を使用した後の台詞である。好 戦的な男性の言説を中心に物語は進められていく。
次の特徴として、その暴力や銃の扱いに長けて いることがあげられる。大勢の敵を相手に何度も 暴力で戦うシェーンは頻繁に暴力を使用する。ス ターレットの身を案じて戦いに行くのを阻止する 際にも、シェーンはスターレットを殴り気絶させ る。彼は暴力の扱いに長けている。また暴力を反 対する妻に対してスターレットは、相手を「必要 なら殺す」とまで言い放つ。
銃についても、白人男性達側は、荒れ野を開拓 する時に、具体的には、野生動物や先住民との争 いやならず者から身を守る為、銃は必要だったと 言うであろう。しかし、この舞台は南北戦争後 で、すでにフロンテイアが終わったとされる時代 である。そこでも、シェーン達は銃を手放さな い。条件付きでその存在を肯定もする。「銃はた だの道具に過ぎない。斧やシャベルと同じだ。使 い方次第で良くも悪くもなる。」彼のこの言説は 現代でも使用されることが多い。大統領選挙の度 に銃の所持が選挙の争点となるが、保守派の代表 格、NRA(全米ライフル協会)は未だにこの言 説を繰り返し、一定数の票を確保している。文明 が発達した現在の大都会においても、銃は肯定さ れる事が多い。勿論、心の底から銃を愛し肯定す るかと問われば、否定する者も多いであろう。必 要に迫られ、自らや自らの家族を守るためやむに やまれず使用するとする者も少なからずいるはず である。こういった現実主義者達にとっては、銃 は今でも不可欠な道具として存在する。いずれに せよこういった思想のもとに、この映画は製作さ れている。又、銃の所持はアメリカ人達が、自分
たちは民兵としての地位を合衆国憲法により保証 されている権利だとする説もある。それは「独立 心」の表れ、自衛意識の表れでもある。
この独立心がある、頑固であるという特徴は
「個人主義」と言い換えが可能であろう。シェー ンも流れ者であり、一旦は開拓者として定住も考 えるが、その町には定着せず消えていく。そして、
徹底的に個人で考え、戦う。
アメリカ人の個人主義については、Turner が
「フロンテイアが個人主義を生んだ」と論じたこ とは前述した(Turner, 引用森岡 , p.65)(引用 27)。一方、18 世紀に建国当初のアメリカ合衆国 を訪れた Alexis de Tocqueville は「アメリカの ように平等な社会になれば、彼らは自分自身の 力で立っていると、全ての運命が彼ら自身の手 の中にあると思うのである。」(Tocqueville,2000,
p.622)(引用1)と、それは民主主義の賜である と論じる。
そしてその個人主義の思想的源泉の一つとして、
アメリカの思想家、Henry David Thoreau の存 在も考えられる。森岡は、マサチューセッツ州の 湖畔で二年間独居生活を送り、開拓精神を持って 自然と対峙し、その環境に触発され、形而上学的 思惟を編んだ Thoreau はアメリカ知識人の代表 で、彼の不屈の精神6)や孤立を恐れない孤高の 人格は、アメリカ人に多く影響を与えているとい う(森岡 , 169,p. 170)。個人主義がどこから来 たのかについては諸説が考えられるがどの説も妥 当性がある。
重要なことは、アメリカの物語においては、正 義を追求するためには、カウボーイは個人主義 で、タフな一匹狼(loner)でなければならない ということである。ヒーローはコミュニティの外 にいて、そのコミュニテイを守ってくれなけれ ばならないのだと Bellah は論じる(Bellah, 1996,
p.146)。ヒーローの粗野な行動は文明化された社 会にはなじまないが、社会を外から守ってくれる ことにその存在意義があるのだ。Bellah はしか し、「こうした個人主義は、差別や抑圧につなが りかねない」(同 , 144)と懸念もする。個人で考
え、行動するということは、得てして独善的で暴 走する危険性をはらんでいるということになる。
ではその個人主義崇拝の基盤となっているもの は何か。橋爪は、個人主義であることは個人が神 と直接契約をしている、背景のキリスト教思想の 影響であると指摘する。ピューリタニズムの個人 主義は、隣人愛を実践するにしてもすべて神のた め、神に救われるであろう自分のためと考察され うると橋爪は論じる(橋爪 , 2005,p.44,45)。
善良な人格についてであるが、シェーンは好意 を寄せるスターレットの妻にも何ら個人的な感情 を吐露するでもなく、不正をはたらくでもなく、
ピューリタン的な勤勉な態度を貫き、隣人に恩 を返し去っていった。「善良さ」はヒーローの条 件であることを Bellah も指摘する(Bellah, 1996,
p.144)(引用 16)。アウトローであってもピュー リタン的な高潔な人格を持ち合わせていることは、
キリスト教精神を基盤とするアメリカ社会の規範 には矛盾しない。
またここで展開されるのは、Slotkin の分析の ように白人中心主義である。この土地を巡る争い に、所有権者としての先住民は最初から含まれて いない。先のライカーの言動でも「先住民…を追 い払って」と言われ、スターレットの言動でも、
最初にこの土地に来たのは、「猟師と先住民相手 の商人」とあり、先住民そのものは権利を有する 者から予め除外されている。また劇中、冷酷な殺 し屋として登場する悪玉は元シャイアン族で、善 玉は白人側である。ここまでの特徴は、Slotkin の論じるカウボーイ像の通りである。
これに加え、Turner や Tocqueville、Hofstadter の描写するアメリカ人の国民性がシェーンの持つ 特性に合致するところがある。それについて論じ る。
彼は実利に即して、素早く考え、行動する。現 実的な事態には対処するのであるが、登場するシ ーンで、じっくり時間をかけて抽象的な思索を行 うものは存在しない。実際は行っていた可能性 も否定はできないが、それに重きを置かれてい る語り口の映画とは思えない。これは前述した
Turner の描写する西部の人間像の具現化でもあ る。「便法を素早く発見するあの実際的で独創的 な気質、芸術的志向には欠けるが偉大な目的を達 成する力にあふれた、具体的な物事に対するあの 優れた把握力」(Turner, 引用 森岡 , p.65)(引用 27)と Turner に言わせたこのアメリカ人像、こ れは Tocqueville によれば、アメリカ人は、学問 については「現実にすぐに応用できるものだけを 取り入れる」(Tocqueville, 2000,p.58)(引用1)
というプラグマテイックな知性の持ち主というこ とになろう。
アメリカの歴史家 Hofstadter は、そういった プラグマテックな思想の傾向を「反知性主義」的 傾向とする。彼はアメリカ人は「思想は第一義的 に実用的であるべき」と考え、「思想を説くこと を蔑視」する傾向があると説く。そういった傾向 は、アメリカのプロテスタンテイズムの遺産であ ると論じる(Hofstadter, 2006,p.49)(引用 11)。
彼はさらに、実学重視の傾向、教養を重視しない 傾向は、アメリカンドリームとして存在するたた き上げの成功神話「立身出世物語」の根底にある
「自助の精神」の影響であると論じる(同 , 223)
(引用 11)。知性というものが本来、どういうも のかということについては大いに議論の余地があ るだろうが、アメリカ人が実学重視で、自助の精 神を持ち、考えたらすぐに行動に移す傾向がある という指摘は、Turner と Tocqueville とも共通 する。
また西部の神話では、以下のようなヒーローの 特徴も見いだされることを Slotkin は論じる。そ れはヒーローにおいて、正義は法より優先する ということである。「保安官を呼ぶのに3日かか る!」そう言って保安官を待たずに飛び出してい くスターレット。自ら乗り込んでいって敵を成敗 するシェーン。社会の外にいるアウトローにとっ ては、法を破ることは多々あることだが、それが 社会の中に存在する善玉やヒーローにおいて行わ れるのはどういうことか。Slotkin は、「アメリカ の天才は民主主義に反する立場をとる」(Slotkin, 1998,p.175)(引用 15)と論じる。これは古典的
小説「Virginian」の作者、Wister の言葉であり、
これを引用して彼は、さらに「生まれながらに資 格を有する支配階級の前では、民主主義は価値を 成さない」(同 , p.178)とある種の選民思想的な イデオロギーの存在について説明する。民主主義 が法を作ったのであるが、西部の神話では、立派 な人物の行う「正義は、法に優先する」(Slotkin, 1998,p.147)(引用 15)事態は往々にして生じる のである。
この考えはどこから来るのか。新約聖書のロ ーマ書 13 章1~4節のところに「この世の権威 はすべて神が作った。正義の為に政治権力はあ る」という記載がある。法も制度も政治権力であ る。橋爪は、法や制度よりも正義を重んじる背景 にはこのようなキリスト教の思想があると考えら れ、例え法が守れずとも、キリストを信仰すれば 救われるという教えを信じる者が多数存在すると 指摘する(橋爪 , 2005,p.40,41)(引用 25)。そ ういった信仰心が、彼らの考える「正義」の心を 後押ししているのかもしれない。
また、西部劇において、先住民達との「土地」
の争いが、戦争の火種になったことが多いのは周 知の事実だが、この映画では、アメリカ資本主義 を進める時代を反映し、白人同士であっても「土 地」の所有権・財産所有について争いが生じるこ とに、物語の多くの部分がさかれる。
シェーンの恩人であるスターレットは開拓農民 であり、その開拓した土地には、もともと牧畜業 を営むライカーがいた。ここでは善玉がスターレ ット、悪玉がライカーとなっている。開拓民は善 であり、放牧の時代が終わりを告げるこの時期に おいて、土地を囲っただけの牧場主は悪なのだ。
この二人のやりとりの中に、所有権、即ち財産所 有の自由に関するアメリカ人の考え方を端的に表 している箇所がある。
ライカー「先住民とならず者を追い払って、
先にこの土地に来たのは俺だ。お前は俺の土 地を囲って奪った!」
スターレット「それは政府の見解と違うよう
だな。牧童以外は土地を持ったらいかんの か?この土地を築いた(find)のは、猟師や 先住民相手の商人達、そして開拓民だ。ここ は誰もが自由に暮らせる開拓農地なのだ!」
このスターレットの言説に John Locke の精神 が見える。アメリカは John Locke の精神の国 であると、アメリカの政治思想学者 Louis Hartz は、その著書「アメリカ自由主義の伝統」の中で 繰り返し論じた(Hartz, 2001,p.21,26)(引用 8)。Locke の精神とは、身体による労働が「私 有財産」を拡張するための基礎であるとする説で ある。つまり人間は自分自身の身体に対する固有 権(プロパテイ)を持ち、自然が供給したもの に、人間が労働を混合し、彼自身のものである何 物かを加えたものが彼の所有物になるということ だ(Locke, 2010,p.326)(引用6)。人間は身 体による労働によって、共有の自然から何物かを 取り出し、共有である自然に労働を加えて、何物 かを作り出す。この何物かこそすなわち生産物で、
労働する人間の私有財産であるとするものであ る。Locke は自由主義の元祖であり、「私有財産 の擁護をもって国家の第一の任務」(大井・寺沢 , 2014,p.342,343)(引用 19)とした思想家であ る。アメリカ合衆国はこの考えをもとにモラルや 法律を構築している。橋爪の解釈では、アメリカ においては、ここで述べる「労働」に狩猟採集は 含まれておらず、従って狩猟採集を主業とする先 住民達に所有権は生まれないという。所有権がな いから、よその土地に移住させることや、居留地 に閉じ込めることも可能である。狩猟採集は農業 ではなく、自然の成果をただで手にしているだけ だからである。しかし、農業をしている場合には 土地に対する所有権が生まれ、その成果を排他的 に所有することを正当化すると橋爪は論じる(橋 爪 , 2013,p.118)(引用 26)。これが労働価値説 に基づき Locke が主張している言説である。自 らの開墾した土地に対するスターレットの主張は まさに Locke の精神の発露であり、勤勉に働い ていれば報酬がある、神からの祝福があるとする、
きわめてピューリタン的な発想でもある。
実際にアメリカでは、1862 年に「自営農地法」
が定められている。この法の下では、土地を 5 年 間耕作し、規定された改良を行い、少額の登記料 を払えば、160 エーカーの公有地がもらえる。そ の後、1エーカーにつき、1ドル 25 セント払え ば、半年後には所有権が得られるというものであ る。鶴谷は、「この法律によって農民の西部への 移住や開拓が奨励された」(鶴谷、1989,p.189)
(引用 24)と論じる。Campbell&Kean は、「西部 において、所有という資本主義がイデオロギー 的に完璧なまでの発露をみいだす」(Campbell &
Kean, 2006,p.156)(引用 10)と論じるが、そ の具体例がこの二人のやりとりに表れる。
先に論じたように、これらシェーンの人物像は、
この映画の製作された 50 年代という時代のアメ リカの精神性や価値観を示す言動や行動が多く表 れる。北村は「この時期に公開されたアメリカ映 画は、概して女性よりも男性、有色人種よりも白 人、ヨーロッパの民族よりアングロサクソン、ま た「野蛮」よりも「文明」を「優れた」ものとし た。当時のアメリカ社会の支配的価値観を反映・
形成していたといえる」(北村 , 2014,p.108)(引 用 22)と論じる。牛を追うカウボーイとしてで は無く、アメリカ人が大事にする「開墾した土 地」という「文明」をスターレット一家にプレゼ ントして去って行くヒーローは、John Locke を 基盤とする、アメリカ型資本主義の守り神でもあ った。それこそがこの時期のヒーローの最も重要 な使命だったのかもしれない。
Ⅶ 1960 年代からの社会の変化
ベトナムへの介入も、そういったアメリカの WASP 男性を中心とする資本主義社会の世界観 の延長と見られる。それを一つの顕著な例から論 じる。
この時期に製作されたベトナムと戦う戦争映画 において、劇中アメリカ兵は、ベトナム兵を「イ ンデイアン」、「恐怖」、「野蛮人」(Slotkin, 1998,
p.493,522,527,531)(引用 15)と呼び、ベト ナムの地をアメリカ・インデイアンの地になぞら えていた。これは実際に戦地ベトナムで行われて いた事を反映しているのである。映画と現実は互 いに影響し合い、拡張主義は進められていく。
しかし、そういった動きへの異議が、公民権運 動によって生まれる。そして、ベトナム反戦運動 において活発化していく。具体的には 1960 年代、
ベトナム戦争が泥沼化し、そこで何が起こってい るかを普及し始めた TV の映像で知ることとなっ た人々は、主流の価値観が現実にそぐわないこと に気づき出す。すなわち、民主主義の国アメリカ を善、共産主義の国ソ連を悪とする考え方である。
有賀は、「アメリカ的価値観や生活様式」(有賀 , 109,p.85)(引用 17)を批判する人々が、反対運 動へと進んでいったと論じる。公民権運動の広が りとともに、白人中心に作られたアメリカ文化の あり方に、自らの文化に目覚めた黒人やマイノリ テイ達が異議を唱え始め、単一の神話も、かつて ほどの効力は成さなくなりつつあった。そして拡 張主義の背後にあった、それまでの「自民族中心 主 義 」(Campbell & Kean, 2006,p.242)( 引 用 10)、すなわち 50 年代までの国家のあり方を 修正する動きが出てきた。有賀はこの、「異なる 人種・民族の独自性を守りながらアメリカ社会を 作る文化多元主義の考え」(有賀 , 91)(引用 17)
は徐々にアメリカ社会に取り入れられていったと 論じる。
その中で、冷戦のイデオロギーの強化に利用さ れた映画やそれを取り巻く状況も変容を遂げてく る。Slotkin は、冷戦の激化とともに、かつての 神話的な映画は、たとえスターを起用しても興 行的にも失敗したと報じる(Slotkin, 1998,p.522,
531)(引用 15)。
さらにアメリカは戦費の支出や、戦死者の増 加により疲弊していく。70 年代にはウオーター ゲート事件も重なり、大統領や政府への信頼は 失墜する。Slotkin は、「冷戦とともに、西部劇は それを映す鏡ともなっていった」(Slotkin, 1998,
p.347)(引用 15)と論じる。西部劇も、時代を反
映し、善悪の区別の曖昧な、暴力描写がエスカレ ートしたものが増え、かつてのような、白人男性 が常に正しいヒーローとなる時代は終わりを告げ ていく。
この時期を代表する作品の一つとしてあげられ るのは、女性に人気を得たいが為その扮装だけし ている、白人の垢抜けないヒモを主人公とする 映画、「真夜中のカウボーイ」(引用 34)である。
この作品は 1969 年、アカデミー作品賞を受賞し 興行的にも成功した。、明らかにその中ではカウ ボーイは戯画化され、時代遅れの嘲笑される対象 とされた。しかし人々はそれを受け入れた。娯楽 作品は、まさに時代の批判精神を映す鏡となり、
その時代を反映し映画界はこの時期、「ヒーロー 不在の時代」と呼ばれる。
Ⅷ 2000 年代のヒーロー
1960 年代、急速の変化したアメリカに対して、
古き良きアメリカを取り戻したいとする「伝統回 帰」(有賀 , p.110)(引用 17)の声が、70 年代に 上がる。60 年代の反動から、ニクソンが、「白人 中産階級の利益を擁護」し、レーガンが「強いア メリカの回帰」を主張し、「政治経済的の保守化 が進行」(同 , 147)(引用 17)したと有賀は論じ る。60 年代に民主主義の理念や冷戦のイデオロ ギーは動揺しても、結局アメリカの政治経済体制 は根底から覆ることはなかったのだ。
しかし政治経済における保守派の揺り戻しも、
アメリカ社会や文化に起こっていた革新的な流れ を止めることは出来なかった。
やがて冷戦が終結し、21 世紀となる頃から、
新移民が増加し、アメリカ社会が多様化したこと を背景に、徐々にアメリカの理想像も変貌してい く。かつての、WASP 中心の伝統的価値観から、
文化多元主義への変化の流れである。しかしそこ には、保守派と進歩派の対立する、価値観の違い に根ざした「文化戦争」(同 , 148)(引用 17)が 生まれていたと有賀は述べる。また進歩派の中に も、かつてのマイノリテイの中心だった黒人と、
新移民の間では新たな対立感情が芽生えていた。
そんな中 2008 年、黒人初の大統領であるオバ マが登場する。アフリカ系黒人の父と、アメリカ の白人の母を持つオバマは、幼少時代を他民族が 共生するハワイやアジアで育ち、シカゴや東部で 高等教育を受けた、生まれながらのコスモポリタ ンである。彼は、新しい価値観である文化多元主 義(pluralism)の象徴であった。
映画では、1960 年代から、イタリアに飛び、
そこで製作された西部劇映画に多く出演していた クリント・イーストウッドが 70 年代のアメリカ で、舞台を都会に変えた、アーバンカウボーイと もいえる刑事役を演じるようになる。法の取り 決めを守らず独断で突っ走るヒーロー、「ダーテ イ・ハリー」(引用 31)はこの時期、国家権力に よる暴力に対し、民衆の不信と反発が高まってい る中で、「社会に対する反権力・反権威的な主張」
(渡部 , 2013,p.80,81)(引用 28)をする英雄と して物議を醸しながらも、人気を得た。50 年代 の精神が批判の対象となり、西部劇も製作されず、
かつてのヒーロー、カウボーイも戯画化されて現 代劇に登場していた 70 年代では、むしろ、孤独 な都会の刑事の方が、「法より正義を優先させる」
カウボーイだったのである。
その孤独なアーバンカウボーイの代表、クリン ト・イーストウッドが、2008 年に製作・監督・
主演したのがの「グラントリノ」である。
ストーリーは、以下のようなものである。朝鮮 戦争へ出征経験のある頑固なアメリカの老人が、
隣家に越してきたアジアの少数民族の少年の家族 と交流するようになる。そして、彼らと友情を深 めていく。老人とトラブルのあったチンピラが、
その隣家の少女に、彼の身代わりに復讐する事件 が発生する。暴力の連鎖を止め、かつ相手の息の 根を止めるために考案した戦い方は、老人が自ら の体を的にさせ、チンピラ達に蜂の巣にさせると いう方法であった。そして最後に少年には、宝物 である愛車、グラントリノが残される。
本論文の主旨であるヒーロー像の変化を、50 年代カウボーイ的ヒーローであるシェーンと、こ
の「グラントリノ」の主人公コワルスキーの比較 で試みる。
まず男らしさや強さ、誇り高さであるが、主人 公コワルスキーは、「腰抜け」や「男が庭いじり か!」や「意気地なし!」などの暴言を始終吐き、
自らも男らしく振る舞うとともに、友人となった アジアの少数民族の少年、タオにもそれを強制す る。その姿は実の息子達から、「親父は、今も 50 年代だと思ってる」、「親父が怒り出すと台無しに なる」と揶揄され、その男らしさや誇り高さ故、
周囲と軋轢を生んでいる。50 年代と変わらない 男らしさが、現代ではでは否定的な評価をされて いる。
暴力や銃の扱いにも長けている。従軍経験のあ る彼は銃の扱いにも精通し、当初、強盗に対し銃 で脅しもする。暴力も振るう。しかし、その報復 のため、隣家の少女スーが乱暴されたことから、
暴力と銃の放棄を考える。ここは、シェーンと大 きく違う点である。彼は最後に言う。「人を殺す のはどんな気分かって?最悪だ、今でも毎日思い 出す」と 1952 年、朝鮮戦争で、「自ら進んで」13 人の敵を殺したこと、その中には 17 歳の少年も いたことを今でも悔いている。ここで彼は暴力と 訣別する。50 年代ヒーローと大きく違うところ である。
独立心があり、頑固であること、すなわち「個 人主義」は健在である。いつも一人であることを、
死んだ妻や、牧師にまで心配されてしまうように、
個人主義に対する周囲の評価は現代では必ずしも 肯定的とは言えない。しかし、徹頭徹尾、自分で 考え行動し他人に嫌がられても自分のやり方を貫 き通すところは西部の男と変化はない。
善良な人格も基本的には変わらない。始終誰に 対しても悪態をつくが、平等であり親切である。
最後に自分を犠牲にして隣人に尽くす。そして死 後少年に、アメリカ人のあこがれる愛車「グラン トリノ」を残していく。
白人中心主義については大きな変化があった。
当初、人種差別的発言を多く吐くが、イタリア系 に対してもユダヤ系に対しても暴言を吐く。自ら
も WASP ではなく、ポーランド系のカソリック である。悪玉は、アジアの少数民族であるが、同 時に彼が友情をはぐくむ相手の少年も同じアジア 系で、彼らの文化も徐々に受け入れていく。「ア ジア人は頭がいいんだろ」と彼らを尊敬する言葉 も何度か使用する。白人優位とはいえない。ここ は民族や人種で敵味方を分ける考えとは一線を画 す。
また旧来のヒーローと変わらぬ点では、所有 権・財産所有の自由を確保することである。アメ リカを愛し、アメリカ車を愛す主人公には、グラ ントリノが宝物であるが、それを友人に残す。友 人タオにアメリカの財産を残して死ぬのである。
アメリカを愛す彼は日本車を最後まで評価しない 上、日本車のデイーラーである息子のことも最後 まで理解できない。
グラントリノを少年に残すことの意味は、移動 手段、宝物、そして女性とのデートの小道具を同 時に付与しようとする配慮である。しかし、それ は同時に、「アメリカはいいだろう」「アメリカ車 はいいだろう」というアメリカの優越性の誇示に も映る。
現実的で実際的な知性についても変化はない。
当初カウボーイ的に、多くの場面で暴力や銃を振 り回す。しかし、少女が暴行されて以降は、暴力 の使用は、その連鎖につながる事に気づき、「考 える」、「慎重に計画する」という言葉を多く使用 する。そして永遠の平和のために、自らの体を犠 牲にし、公権力に敵を裁かせる事を考案する。そ の実際的な知恵の使い方は前述の Turner の西部 の人間像「便法を素早く発見するあの実際的で独 創的な気質」(Turner, 引用 森岡 p.65)(引用 27)
につながる。
しかし彼が 50 年代ヒーローと大きく違う点は、
ここで法を優先させたことである。彼は独善的な 正義感のせいで少女に辛い目を合わせたこと、そ してさかのぼって 1952 年に、自ら進んで 17 歳の 少年も手にかけていたことを吐露し懺悔する。最 後は法に身を委ね、身勝手な正義をふりかざすこ とを放棄する。暴力を肯定する生き方はここで否
定される。
およそ 50 年にわたってカウボーイを演じてイ ーストウッド製作・監督・主演の、50 年代ヒー ローを彷彿とさせる主人公だが、何より大きな違 いは、主人公の彼は、最後に、丸腰で、蜂の巣状 態で敵に撃たれて亡くなること、そして、撃った 相手達を、前述のように公権力によって裁くよう 準備したことである。暴力を封じ、公権力に身を 任せるヒーローは、きわめて斬新である。この行 動は自己犠牲の発露とも言えるし、別の意味にお いては、自らの体を、相手と戦う「最終兵器」と して差し出した、究極の戦い方とも言える。自ら の銃で相手を殺しまくった、50 年代型ヒーロー にはあり得ない戦術である。
そして、家族の価値を大きく宣伝していた 50 年代のアメリカ映画やドラマと違い、ここでは、
異民族の少年に、自らの宝物グラントリノを譲り 渡すと遺言に残す。異文化交流であり、文化多元 主義の実現である。家族より大事な友情が、かつ て自分が殺したアジア人との中に芽生えた事も特 筆すべきだが、それは死ぬ間に行いたかった、過 去の罪への償いの行為と言えるかもしれない。ア メリカ中心主義からの転換である。
勿論、従来のヒーローと変わらない点は多くあ る。主人公は、男らしさを強調し、孤独ではある が自由を謳歌し、平等に皆に暴言を吐き、実用的 なことに長け、人格は高潔である。しかもアメリ カという国をこよなく愛し、アメリカ資本主義の 象徴である大きな車「グラントリノ」を所持して いることが最上の幸福であること、すなわちアメ リカンドリームであることを少年にほのめかす。
最終的に、死後、その車を少数民族の少年に譲る ことになるが、それすら、ピューリタン的な隣人 愛の賜であると解釈することが可能である。ま た、全身を蜂の巣状になるまで撃たれるという戦 い方は、所謂ヤワな男であればむしろ選べないや り方である。加えて、暴力が当たり前となってい る西部劇やそれに類似するアクション物と比べる と、この暴力を使わないことがむしろ少数派とも いえる。すなわち暴力を使わないことがある種の
「モラルに従わない」こととも言えないこともな い。言い換えれば、個人主義的な伝統的アウトロ ーのやり方ともいえる。
多くのヒーローにとって最も重要なことは、
「勝つこと」である。このヒーローも例外ではな い。暴力の行使はあくまで手段の一つである。ま た、グラントリノを「所有する」こと自体も人生 の目的ではなく、ここでヒーロー的態度として最 も重要なのは、アメリカ人の移動の手段であると ともに、アメリカンドリームの象徴、アメリカの 財産であるグラントリノの所有権を、少数民族の 若者に譲ることである。シェーンが「土地」をス ターレット一家にプレゼントしたように、ここで は旧移民が新移民に、グラントリノをプレゼント したのだ。それは旧来からのキリスト教的隣人愛 でもあり、新しい考えである文化融合の象徴でも ある。高潔な人格の証明にもなる。現代のアメリ カの、英雄的行為の一つの形であるといえよう。
しかし見方を変えれば、この「古いアメリカ車 をプレゼントする」という行為と、かつてのアメ リカの拡張主義的行為とは、背景にある理念は変 わらないと言えるのではないか。いずれも、「キ リスト教はいいだろう?アメリカの資本主義はい いだろう?」という、いわばお節介な理念から生 じたものであり、車を譲る行為はその理念の象徴 的行為である。しかしながら、お節介には、それ を欲しない人間も存在する。
クリント・イーストウッドのようなカウボーイ 的ヒーローは果たして永久に死んだのか、という 問いに対して以下のように答えることが可能であ ると思われる。老カウボーイの体は死んだ。また 社会の変化とともに、文化や正義、暴力に対する 考え方に変化はあった。しかし、アメリカという 国を愛する心と、それが生み出した「もの」への 尊敬の念は死んでいない。イーストウッド自身は この映画を最後に西部劇や暴力を肯定する映画を 製作していない。カウボーイであったクリント・
イーストウッドは、自らの暴力の歴史に、この映 画でとどめを刺したのである。