図 1 電子相転移を利用した酸化物デバイス概念図.
1.はじめに
温度によって水が氷、或いは水蒸気へと分子のつ ながり方によって 相 を変化させる現象(相転移)
は、物質界においてよく見られ、今日のエレクトロ ニクスでも活用されている。例えば、ブルーレイデ ィスク、DVD では結晶・非晶質の 2 相間をビット として用い相転移を利用して情報を記録している。
また、電気伝導を担う電子においても、電子が局在 し、いわば固まった相(電子固体状態)、相互作用 しながらも固体中を動き回る、溶けた相(電子液体 状態)、或いは気体のようにお互いに相互作用をし ない相(電子気体状態)などの 電子相 として存 在しており、電子の高速で巨大な物性変化を伴う状 態間転移が注目され、次世代エレクトロニクス応用 への期待が高まっている
[1]。特に遷移金属酸化物は、
適度に強い電子間の相互作用力によって電子が動け ない絶縁体、いわゆるモット絶縁体となっており、
温度や電場、磁場、光などの外部刺激により、電子 が融解し金属状態へと転移を起こす材料として知ら
れており
[2-6]、電流・電圧源をトリガーとする物性
制 御 が 可 能 な た め 、 電 子 相 変 化 メ モ リ や 巨 大 On/Off 比を持つ高速スイッチング、或いは超高感 度センシングデバイス創出に向けた有望な材料群で ある
[7](図 1)。
この物質の相転移点近傍をナノスケールで眺めて みると、絶縁体状態と金属状態の電子集団が入り混 じった相混合状態となっていることが知られている
[8,9]
。最近では、酸化物のナノ微細加工技術の進展
により、デバイスサイズを小さくすることによって、
個々の電子集団の個性が観測できるようになってき た。その結果の一端として、一つの電子集団は、協 調的に一次相転移を起こす空間最小単位を構成する ドメインであることが示唆されている
[10,11]。相混 合状態を、自然発生したアドレス空間とみなし個々 のドメインの相転移制御が可能になれば、ナノ電子 相ドメインをビットとする情報記憶、電子相配列を 制御した電子相サーキット等、新規エレクトロニク Functional oxide nano-electronics using electronic phase transition
Key Words:Oxide electronics, strongly correlated electron system, electronic phase transition, nanotechnology
** Hidekazu TANAKA 1970年5月生
大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専 攻後期課程中途退学
現在、大阪大学 産業科学ナノテクノロ ジーセンター ナノ機能材料デバイス研 究分野 教授 博士(理学) ナノ機能材 料化学、酸化物エレクトロニクス TEL:06-6879-4280
FAX:06-6879-4283
E-mail:[email protected]
単一電子相集団の相転移を利用した 酸化物ナノエレクトロニクス
* Teruo KANKI 1973年12月生
大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専 攻後期課程
現在、大阪大学 産業科学ナノテクノロ ジーセンター ナノ機能材料デバイス研 究分野 准教授 博士(理学) 酸化物エ レクトロニクス
TEL:06-6879-4281 FAX:06-6879-4283
E-mail:[email protected]
神 吉 輝 夫
*,田 中 秀 和
**研究ノート
図 3 (a) ドメイン挙動と電気伝導特性の同時評価システムセットアップ.
(b) 金属ドメインの生成の様子を観察した光学顕微鏡像.
図 2 VO2薄膜の抵抗の温度依存性.
スへの展開が開けるであろう。しかしながら、従来 のマクロサイズの試料における電気伝導測定では、
個々のドメインの個性は埋没し、全体を平均化した 情報しか得ることができず、本来持つ電子相転移の 最大の特徴を引き出すには至っていない。また、電 子相ドメインの相転移・配置と電気伝導特性との対 応関係は未だに分かっていない。
本稿では、酸化物エレクトロニクス展開のキーと なる電子相ドメインの振る舞いに焦点を当て、典型 的な遷移金属酸化物である二酸化バナジウム(VO
2) での研究を通して得られた知見を紹介する
[12-16]。
2.マイクロスケール電子相ドメインの挙動と電 気伝導特性の同時観測
VO
2は室温近傍で、金属 - 絶縁体相転移により数 桁にも及ぶ抵抗変化を起こす材料であり(図 2)、
外場(熱、電気、光等)によって相転移を制御でき ることから、室温エレクトロニクス応用に向けた取 り組みが多くの研究者によってなされている。これ までの報告で、ナノスケール電子相ドメインの配置・
相転移をキャプチャーするためのナノ物性計測
[8,9]と個々のドメイン相転移を評価する電気伝導特性
[10,11]
は個別に行われてきた。両者の関係を完全対
応付けるには、同時に両測定を行う必要があるが、
装置開発とナノデバイス作製という大きなハー ドルが待ち受けている。一方で、最近、我々は、
TiO
2(001) 基板上に作製した VO
2薄膜において、ド
メインサイズがマイクロスケールにも及ぶことを発
見した
[12]。金属相と絶縁体相の可視帯域で反射率
が異なる
[17]ことから光学顕微鏡を用いて簡便にリ
アルタイム観測ができ、顕微鏡下に配線済みのサン
プルを置くことによって個々のドメインの振る舞い
と電気伝導特性の同時観測が容易に行なえる(図 3
(a))。図 3(b) には、温度上昇とともに金属ドメイ
図 4 (a) 一次元ドメイン直列・並列配置の様子を観察した 光学顕微鏡像と同時測定した 3 パターンドメイン 配置(二次元:緑丸、一次元直列:青丸、一次元 並列:赤丸)の電気伝導特性の温度依存性.
(b) 金属電子相の割合(PM)と電気伝導率との関係.
実線はそれぞれの理論曲線を示す.
ンが生成する様子を示した。ドメイン以上の大きな 薄膜サイズでは、金属ドメインは、二次元的にラン ダムに出現するが、試料幅をドメインサイズ以下に したマイクロワイヤー構造では、一次元的に出現す る
[14]。これらのドメイン配列は、電気伝導特性を 大きく左右する要素であることが、同時計測によっ てわかってきた。図 4(a) において、一次元配列し た金属ドメインの発生の仕方に対する電気伝導特性 の振る舞いを見ていきたいと思う。一次元ドメイン 配列においては、金属ドメインの配列パターンは、
電極と平行に生成する場合(直列抵抗接続)と電極 間を跨ぐ場合(並列抵抗接続)とが考えられる。直
列抵抗接続における金属相ドメインの発生に対して、
電気抵抗率は、温度上昇とともに徐々に階段的に減 少していく。最後のボトルネックとなっている絶縁 体ドメインの金属相転移に応じて一桁以上にも及ぶ 急峻な相転移が起こっていることが確認できる。一 方で、並列抵抗接続では、最初の金属ドメインが電 極間を跨いだ瞬間に急峻で変化が大きい抵抗率の減 少が起こっている。図 4(b) は、光学顕微鏡像から 見積もった金属相が占める割合(P
M)を横軸に、
電気伝導度を縦軸にデータをプロットしたものであ る。同じ値の P
Mにおいても、ドメインの配置・次 元性によって電気伝導特性が大きく異なっているこ とが分かって頂けるだろう。P
Mと電気伝導度との 関係は、二次元薄膜においては、二次元サイトパー コレーションモデルに帰着できる。パーコレーショ ンモデルは、ドメインの集合・分散状態を統計的に 取り扱い、マクロな視点での機能性を評価できる理 論である。電気伝導率評価においては、P
Mの関数 として、σ( PM) ∝ ( PM− PC) t で表すことができる。
− PC) t で表すことができる。
P
Cは臨界浸透確率と呼ばれ、非浸透と浸透状態(金 属ドメインの集合クラスターが電極間に跨いだ状態)
の境界点における金属ドメインの割合を表し、臨界 指数 t は相転移点近傍の伝導率の振る舞いを示す。
二次元のサイトパーコレーションモデルでは、数値 解析的に、P
C=0.59
[18]、t=1.4
[19]と求められてお り、理論曲線(緑線)はP
Cを超えてからの実験値(緑 丸)とほぼ完全に一致していることが確認できる。
上記の 2 パターン(並列抵抗接続、直列抵抗接続)
の一次元ドメイン配列における電気伝導率は、σ
M、 σ
Iをそれぞれ、金属相、絶縁体相の電気伝導率と すると、並列抵抗モデル:σ
p=σ
MP
M+σ
I(1 − PM )、
直列抵抗モデル: 、で記述される シンプルな抵抗器の等価回路で説明できる。実験値
(赤丸、青丸)は、理論曲線(赤線、青線)と良い 一致をしていることが分かる
[13]。
ここまで、温度変化を通じて、金属ドメインの配 置・相転移と電気伝導特性との関係を見てきたが、
電気的にドメイン相転移を制御することは、エレク トロニクス応用に向けて重要なことである。次に、
その発端の実験として、電極間にバイアス電流を印 加したときに発生する金属ドメインの挙動と抵抗率 変化を見てみたいと思う。
1− PM
P
M1 = + σ
Mσ
Iσ
s図 6 (a) ナノインプリントリソグラフィー法で作製した 450nm 〜 1200nm 幅の VO2ワイヤー構造の電子 顕微鏡像 .
(b) Al2O3(0001) 基板上の VO2薄膜、及びナノワイ ヤー(幅 200nm、電極間距離 400nm)の抵抗率 温度依存性 . 青破線、及び赤破線はそれぞれ
n×m
= 30 × 30、及び 2 × 4 のドメインマトリ
ックス(右下図)のランダムレジスターネット
ワークシミュレーションによる電気伝導率曲線.
右上図:着色合成した VO2ナノワイヤーの電子 顕微鏡像.
図 5 室温でのパルス電流印加における多値メモリ効果 . 上図:パルス電流印加の時間依存性 . パルス幅は、
1.2 秒 .
下図:抵抗変化(青丸)と金属ドメインの割合(PM) の変化(赤丸).光学顕微鏡像は、金属ドメ イン生成の様子を示す.