大学生における自己変容に対する志向性の諸側面
――人格発達,心理的適応との関連に着目して――
千島 雄太
1Aspects of Intention for Self-change in University Students: Focusing on the Relations with Personality Development and Psychological Adjustment
Yuta CHISHIMA1
The first purpose of this study was to identify the aspects of intention for self-change among university students, and the second purpose was to investigate how these aspects are related to personality development and psychological adjustment. In study 1, a questionnaire survey regarding the relationship between intention for self-change and ego identity statuses was administered to 304 university students. In study 2, a questionnaire survey pertaining to the relationship with intention for self-change and self-esteem was administered to 264 university students. The results were as follows: a) intention for self-change could be decomposed into nine aspects, b) the scores of these aspects for participants with Achievement and Moratorium statuses were higher than were those for participants with Foreclosure and Diffusion statuses, and c) the aspects salient for participants with the Moratorium status were related to low self-esteem. From these results, characteristics of intention for self-change were discussed from the viewpoint of personality development and psychological adjustment. Key words: Self, Intention for self-change, Personality development, Psychological adjustment, University students 問題と目的 青年期と主体的な自己変容 青年期は,子どもから大人への過渡期であり, 自己が大きく変容する時期である(桂,1977)。 これまで,青年の自己変容を主題とした研究で は,ストレスフルなイベントや臨床的介入といっ た環境や他者などの外的要因によって生じる自己 変容(橋本,1999;日潟・谷・上長・則定・石 本・ 齊 藤・ 城,2008; Prochaska, DiClemente, & Norcross, 1992; 佐 久 間・ 無 藤,2003; 宅, 2010;吉原,2008),または自己に関する語りや 過去の回想などの内的要因によって生じる自己変 容( 榎 本,2000; 杉 浦,2004; 徳 永・ 田 中, 2004)について数多く検討が行われてきた。 これらの研究は自己変容の契機や過程に焦点が 1 筑 波 大 学 大 学 院 人 間 総 合 科 学 研 究 科(Graduate
school of comprehensive human sciences, University of Tsukuba)
当てられており,青年が主体的に現在の自己の変 容を求めるといった意図的かつ未来志向的な観点 か ら 自 己 変 容 を 捉 え る 研 究 は 少 な い。Kiecolt (1994)が,意図せずに生じる自己変容と意図的 に起こす自己変容を区別する必要があることを指 摘していることも踏まえ,本研究では青年が主体 的に自己変容を求める気持ちに着目して研究を行 う。 青年期には今とは違う新しい自分を求める気持 ちや嫌な自分を主体的に克服しようとする姿勢が 顕著に表れ,そのような積極的な姿勢が自己形成 に重要な役割を果たしていることが指摘されてい る(畠瀬,2000;久世,1970;水間,2003)。本 研究では,以上のような「今の自分を変えたい」, 「変わりたい」という言葉で表現される気持ちを, 「 自 己 変 容 に 対 す る 志 向 性2(intention for
self-change)」と名付け,主体的に現在の自己の変容 を志す気持ちと定義した。 自己変容に対する志向性の多面性 鈴木(1998)は,“優れた先輩や友人に憧れたり, アイドルに夢中になったりする反面,自分を嫌悪 し劣等感に苛まれるといった青年期の心性には, 自分の否定的側面に気づき,自分を変えたいと望 む 心 が さ ま ざ ま に う ご め い て い る の で あ る (p.131)”と述べており,自己変容に対する志向 性には多様な側面が存在することを示唆してい る。ここでは,先行研究において散見される自己 変容に対する志向性の諸側面に関連する知見を整 理し,包括的な検討の必要性について論じる。 現在の自己の参照 自己変容に対する志向性の 一つの側面として,現在の自己を参照したものが ある。水間(2003)は,自己嫌悪を感じる場面に おいて生じる否定的な自己の変容を志向する態度 2 志向性という用語は現象学において,主に「意識と いうものは常に何かの対象に向かっており,そのよ うな意識の性質」を表す用語として使用される。し かし,本研究はより狭義の「ある目標を意図し追求 するという意識のあり方」を表す用語として用いて いる(c.f. 水間,2004)。 を「否定性変容志向」と呼び,大学生を対象に実 証的な研究を行っている。また,臨床的な事例研 究では成田(2006)において,「自分をガラリと 変えたい」と訴え続け,どう変わりたいかという 問いに対して,「全部」としか答えられずに自己 の大幅な変容を望んだ女子大学生の臨床事例が報 告されている。これらは,現在の自己に焦点が当 てられ,その否定性を改善しようとする気持ち や,現在の自分とはまったく違う自分になりたい という気持ちが表れていると考えられる。 将来や過去の自己の参照 前述の現在の自己に 対する否定的な認識のみならず,時間的な要因に ついても考慮する必要がある。自己の諸特性を向 上 さ せ た い と い う「 自 己 向 上 動 機 」(Taylor, Neter, & Wayment, 1995)は,未来の自分をより よくするための動機づけの装置として捉えられて いること(Sedikides, 1999)や,将来を想像する こ と が 自 己 向 上 動 機 と 関 連 し て い る こ と (Oettingen, Mayer, Thorpe, Janetzke, & Lorenz,
2005)が示されている。また,理想自己や可能自 己が,現在の自己を変容させる重要な役割を担う こ と が 指 摘 さ れ(Boyatzis & Akrivou, 2006; Markus & Nurius, 1986),本邦においても,なり たい自分になろうとする気持ちを意味する「理想 自己志向性」について検討が行われている(水間, 2002b;山田,2004)。これらは,いずれも将来の 自己を参照した自己変容に対する志向性であると 考えられる。 加えて,並川(2009)は,過去の自己と現在の 自己の比較である継時的比較を行う動機の一つと して「自己向上」を見出していることから,自己 変容に対する志向性は,将来だけでなく,過去の 自己を参照する場合も考えられる。 その他 その他として,青年期は友人が自我理 想 の 形 成 に 大 き く 影 響 し て い る こ と( 岡 田, 1987)や,他者との比較によって,自己向上を望 む 気 持 ち が 生 じ る こ と( 高 田,1993; Taylor & Lobel, 1989)から,他者を参照するような側面が 存在すると考えられる。また,宮原(1999)は変 身願望を,「成りたい願望」と「変わりたい願望」
に分類し,後者は何かになりたいというのではな く,とにかく「変わってみたい」という変身その ものへの願望であることを論究している。これ は,これまで挙げた側面とは異なり,自己変容そ のものを追求するような志向性である。 以上のように,先行研究において議論されてい る概念に共通する要因として,自己変容に対する 志向性があると考えられるが,様々な側面の存在 が考えられるため,それらを弁別して特徴を把握 する必要がある。田中(2011)は,自分が変わる 必要があることを肯定的に捉えている場合と否定 的に捉えている場合では,向上心や自己肯定に大 きな違いが現れることを実証している。そこで本 研究では,大学生における自己変容に対する志向 性の諸側面について明らかにすることを第 1 の目 的とする3。 自己変容に対する志向性と人格発達,心理的適応 の関連 自己変容に対する志向性と関連する要因として は,これまで内省(水間,2003;佐々木・藤里・ 杉江,2009),時間的展望(水間,2003;山本, 2006;田中,2011),自尊感情や自己評価(Kiecolt & Mabry,2000;中間,2007;佐々木他,2009; 谷澤,1996),向上心(田中,2011),自己効力感 (佐藤・金築,2011;田中,2011),自己変容への 期待(Polivy & Herman, 2002)などが主に検討さ れてきた。 しかし,本研究は青年期における人格形成過程 に焦点を当てているため,個人の人格発達状態を 考慮する必要がある。そこで,本研究では,自己 変容に対する志向性と自我同一性の関連を取り上 げる。大学生において,自我同一性の形成は発達 3 青年期の中でも大学生を対象とする理由は,先行研 究において主に大学生が対象とされており,大学生 にとって自己変容に対する志向性が重要なテーマで あ る こ と が 示 唆 さ れ て い る た め で あ る( 畠 瀬, 2000;水間,2003)。田中(2011)の調査では,「私は, いろいろと変わる必要がある」という教示に「あて はまる」と回答した大学生は87.5%に上っている。 上の主題であり,水間(2002a; 2003)が,自己形 成過程を考えていく上で,個人の現在のあり方や 自我同一性の問題について考慮することの重要性 を指摘していることからも,検討の必要性が高い といえる。 自己変容に対する志向性と自我同一性の関連に ついては,これまでほとんど検討されていない が,外山・平出(1995)の事例研究において部分 的に論じられている。外山・平出(1995)は,自 己変容の希求や自分には何もないのではないかと いう不安から,散髪,アルバイトへの挑戦, 1 か 月間の海外旅行の申し込みなどの性急な行動が 次々と生じた女子大学生の事例を報告している。 この女子大学生は,「変わりたい気持ちが強くて, 一大決心した」と語り,後に「自分がぱっと変わ れるんじゃないかと思って旅行に申し込んだの に,全然変われない」と落胆の色を滲ませたとい う。外山・平出(1995)は Marcia(1966)の自 我同一性地位の理論に基づいて,この時の女子大 学生を同一性拡散の状態にあったと位置づけてい る。そして面接を経るにつれて自分についての見 方が変わり,モラトリアム地位へ移行し,同一性 達成地位への兆しを表したことを述べている。し かし,これは一名を対象とした事例研究であると ともに,自我同一性地位の判定が半構造化された 自我同一性地位面接(無藤,1979)などによるも のではなく,面接者による主観的な解釈であるた め,知見を一般化するには早急であろう。また, モラトリアム地位の青年は,「いくつかの選択肢 について迷っているところで,その不確かさを克 服しようと一生懸命努力している(無藤,1979)」 とされており,自己変容に対する志向性を強く持 つことが考えられる。ここから,自我同一性地位 によって自己変容に対する志向性に違いが表れる ことが推察される。そこで,本研究は,複数の一 般の大学生に対して,同一性地位判定尺度(加藤, 1983)を用いて同一性地位の判定を行い,同一性 地位による自己変容に対する志向性の違いについ て検討を行う。また,自己変容に対する志向性の 多面性を考慮して,同一性地位との関連を諸側面
ごとに検討を行う。 ところで,自己変容に対する志向性と自尊感情 や自己評価の関連については,必ずしも一貫した 知見が得られているわけではない。黒沢(1993) によって作成された自尊心尺度では,「自分は 色々な点で,もっと変わる必要がある」という項 目が低い自尊心として得点化される。同様に,溝 上(1999)の自己評価尺度では「私は自分自身の 中に変えたい部分がたくさんあります」や「私は, 今のままの自分ではいけないと思うことがありま す」という項目が自己評価の低さとして得点化さ れる。つまり,これは自己変容に対する志向性自 体が自尊感情や自己評価の低さとして捉えられて いることを意味している。一方,中間(2007)で は否定性変容志向と理想自己志向が,ともに自尊 感 情 と 正 の 関 連 を 示 し て い る( 順 に r=.15, p<.01;r=.20, p<.01)。これらの知見の不一致 は,自己変容に対する志向性の諸側面を考慮に入 れることによって解決されうると考えられる。先 行研究では,Kiecolt & Mabry(2000)が変容を望 む自己概念の側面を尋ね,自尊感情との関連につ いて検討を行っている。その結果,より良くより 親切な自分に変えたいという気持ちは自尊感情と 正の相関を示す一方で,自信を持った楽観的な自 分に変えたいという気持ちは自尊感情と負の相関 を示している。また,谷澤(1996)は,自尊感情 と自己変容に対する志向性について,大学生17名 と社会人13名を対象に質問紙調査と面接調査を 行った。その結果,自尊感情の得点が低い者は, 自分を変えたいと考えているのにそのために何か しているように見えなかったが,自尊感情の得点 が高い者は,自分を高めるために実際に何かをし ていたことを示唆している。これは,面接者の主 観的な解釈の部分が大きいが,自尊感情の高低に よって,自己変容に対する志向性やその側面が異 なることを裏付ける結果であると考えられる。以 上のことから,自尊感情との関連から,自己変容 に対する志向性の諸側面の特徴を検討することは 適当であるといえる。 以上の議論を踏まえ,自我同一性地位と自尊感 情の関連から,自己変容に対する志向性の諸側面 の特徴を明らかにすることを,第 2 の目的とす る。人格発達と心理的適応の双方の観点からの検 討を行うことで,自己変容に対する志向性の理解 が一層深まることが期待される。 本研究では,まず予備調査において大学生の持 つ自己変容に対する志向性の諸側面を自由記述の 結果と先行研究の知見に基づいて分類する。次に 研究 1 で,自己変容に対する志向性の諸側面を実 証的に分類し,自我同一性地位との関連を検討す る。さらに研究 2 において,自尊感情との関連を 検討し,自己変容に対する志向性の諸側面の特徴 について明らかにする。 本研究の意義 青年研究や臨床研究の観点から,主体的に自己 を形成しようとする志向性(梶田,1988;水間, 2002a)や,自己変容へ向けた意欲を表す言葉 (change talk)(Miller & Rollnick, 2002 松島・後 藤訳,2007)の重要性が説かれており,自分自身 が変わることで自分の問題を解決しようと思うメ カニズムについて,調査研究が不足していること (Klingemann, Sobell, & Sobell, 2010)が指摘され ている。自己変容に対する志向性の特徴を明らか にすることは,青年の人格形成や心理的適応を考 える上で重要な知見となりうると予測される。ま た,志向性の諸側面の関連要因を検討すること で,同一性地位ごとの特徴(cf.外山・平出, 1995)や,知見が一貫していない自尊感情との関 連を実証的に明らかにし,理解可能なものとする ことが期待される。 また,青年期における自己変容に対する志向性 について検討することのもう一つの意義として, 青年理解に貢献する点が挙げられる。今の自分を 変えたいという気持ちの特徴を明らかにすること は,変われずに悩む青年(榎本,2002; Polivy & Herman, 2000)に関して,人格発達や適応の観点 からの理解が促進されると考えられる。
予備調査 目的 予備調査の目的は,大学生における自己変容に 対する志向性の諸側面を分類することである。 方法 調査協力者 関東圏内の大学生71名(男性23 名, 女 性 47 名, 不 明 1 名; 平 均 年 齢 19.30 (SD=0.82)歳)であった。 実施手続きと倫理的配慮 調査は,2011年 2 月 に行われた。大学の講義時間を利用して,調査対 象者に一斉に質問紙を配布し,その場で回収し た。調査は無記名であり,回答は任意であること, 回答を拒否したり中断したりすることができるこ と,回答を拒否したり中断しても調査協力者に不 利益は生じないことなどを紙面に明記し,口頭で も伝えた。 調査内容 ( 1 )自己変容に対する志向性の有 無:「あなたは,『今の自分を変えたい』と思いま すか」という教示に対して,「変えたい」,「変え たくない」の 2 件法で回答を求めた。 ( 2 )自己変容を志向する理由4:溝上(1995) の WHY 答法を援用し,( 1 )の質問に「変えたい」 と回答した調査協力者に対して,「あなたは,な ぜ『今の自分を変えたい』と思うのですか。その 理由を,思いつく限り書いてください」と教示し, 4 自己変容に対する志向性の諸側面は,以下の 3 つの 観点から整理することが可能であると考えられた。 第 1 に,変容を志向する自己の領域に着目し,「ど のような自分を」変えたいかを問う方法である (Crystal, Kato, Olson, & Watanabe, 1995; Kiecolt &
Mabry, 2000;茂木,1988)。第 2 に,自己変容が実 現された状態に着目し,「どのような自分に」変え たいかを問う方法である。この方法は,多くの理想 自己の研究で採用されている(松岡,2006;水間, 1988; 2004)。第 3 に,自己変容を志向する理由に着 目し,「なぜ」自分を変えたいかを問う方法である (田中,2011)。本論文では,何を参照して,どのよ うな気持ちから自分を変えたいと思っているのかに ついて理解することが主要な目的であったため,第 3 の方法を採用した。 理由について最大 5 つまで回答を求めた。「変え たくない」と回答した調査協力者にも同様に,理 由について回答を求めた。 結果と考察 自己変容に対する志向性の有無の割合 今の自 分について,「変えたい」と回答した者は62名 (87.3%)であり,「変えたくない」と回答した者 は 9 名(12.7%)であった。これは,田中(2011) の「私は,いろいろと変わる必要がある」という 教示に「あてはまる」と回答した割合とも整合す る結果であり, 8 割以上の大学生が,今の自分を 変えたいという気持ちを持つことが示された。 自己変容に対する志向性の諸側面 自己変容を 志向する理由の自由記述について分類を行った。 分類には,「変えたい」と回答した者の記述のみ を使用した。記述の分類は,著者が内容の類似性 を基準として KJ 法を援用して行った。得られた 記述数は125個であったが,自己変容を志向する 理由として適当でないと判断された 6 個の記述を 除外し,119個の記述を分類に使用した。分類の 結果,「A 部分変容志向」(記述数57個),「B 向上 志向」(記述数19個),「C 全面変容志向」(記述数 17個),「D 展望志向」(記述数12個),「E 享楽志向」 (記述数 5 個),「F 一新志向」(記述数 3 個),「G 懐古志向」(記述数 2 個),「H 確立志向」(記述数 2 個),「I 憧憬志向」(記述数 1 個),「J 模倣志向」 (記述数 1 個)の10カテゴリーが得られた。さら に,大学生の記述からは得られなかったが,宮原 (1999)の指摘に基づいて,自己変容そのものを 追求する志向性である「K 変容追求志向」を自己 変容に対する志向性のカテゴリーに付け加えた。 その結果,自己変容に対する志向性は11カテゴ リーで構成された。次に,得られたカテゴリーが 何を参照しているかという点に着目して,さらな る分類を行ったところ,「現在の自己」,「将来の 自己」,「過去の自己」,「他者」,「その他」の大カ テゴリーが得られた(Table 1)。 記述数が少ないカテゴリーもあるが,自己変容 に対する志向性の側面を幅広く把握することに重
点を置いたため,内容が異なると判断されたカテ ゴリーは別々に扱った。特に「I 憧憬志向」と「J 模倣志向」は,ともに記述数が少なかったが,他 者の視点が含まれるという点から,他のカテゴ リーとは異なると判断した。また,「I 憧憬志向」 は,自分の憧れる人のようになることで自己を変 容させようとする志向性であり,「J 模倣志向」は, 周りの他者への模倣や同調を行うことで自己を変 容させようとする志向性であるため,別のカテゴ リーとして区別した。 以上の結果から,自己変容に対する志向性は, 自由記述の分類や先行研究の知見に基づいて,最 終的に11カテゴリーで構成された。予備調査に よって,先行研究で指摘されていた自己変容に対 する志向性の諸側面が幅広く収集された。 研 究 1 目的 研究 1 の目的は,大学生における自己変容に対 する志向性の具体的な側面を実証的に明らかに し,同一性地位との関連から諸側面の特徴を把握 することである。 方法 調査協力者 関東圏内の 2 校の国立大学に在籍 している大学生304名(男性142名,女性160名, 不明 2 名;平均年齢19.32(SD=1.27)歳)であっ た。 実施手続きと倫理的配慮 調査は,2011年 6 月 から 7 月に行われた。大学の講義時間を利用し て,調査対象者に一斉に質問紙を配布し,その場 で回収した。調査は無記名式であり,回答は任意 であること,回答を拒否したり中断したりするこ とができること,回答を拒否したり中断しても調 査協力者に不利益は生じないことなどを紙面に明 記し,口頭でも伝えた。 調査内容 ( 1 )自己変容に対する志向性項 目:予備調査の結果から得られた自己変容に対す る志向性の11カテゴリーについて,著者が 1 つの カテゴリーにつき 8―10項目を作成した。作成し た項目が各カテゴリーを表す項目として妥当かど Table 1 自己変容を志向する理由の記述の分類 大カテ ゴリー 自己変容に 対する志向性: 11カテゴリー カテゴリーの定義 記述数 (割合) 記述例 現在の自己 A 部分変容志向 今の自分を部分的に変えたいという気持ち 57(47.9%)社交性が低いから C 全面変容志向 今の自分を全面的に変えたいという気持ち 17(14.3%)自分が大嫌いだから H 確立志向 確かな自分を確立したいという気持ち 2(1.7%) 自分には「これ」があるという何かがないから 将来の自己 B 向上志向 もっと自分を高めたいという気持ち 19(16.0%)もっと自分を磨きたいから D 展望志向 将来も今の自分のままではいたくないという気持ち 12(10.1%)今のままだと将来社会に受け入れられる気がしないから 過去の自己 F 一新志向 過去から続く自分を一新したいという気持ち 3(2.5%) 何事も成し遂げられたことがないから G 懐古志向 過去の自分を取り戻したいという気持ち 2(1.7%) 昔から気に入っていた自分の長所が潰れてきている気がするから 他者 I 憧憬志向 憧れている人のようになりたいという気持ち 1(0.8%) 周りの素晴らしい人に近づきたいから J 模倣志向 周りの他者に合わせて自分を変えたいという気持ち 1(0.8%) かわいいと思う子のまねをしたいから その他 E 享楽志向 変化を楽しみたいという気持ち 5(4.2%) 同じまんまはつまらないから K 変容追求志向 常に変化していたいという気持ち − 先 行 研 究 の 知 見 よ り 抽 出( 宮 原,1999) 合計 119
うかについて,心理学を専攻とする大学院生 8 名 を対象に以下の調査を行った。「あなたは以下の 項目がそれぞれのカテゴリーを測定する項目とし て妥当だと思いますか。カテゴリーの定義を参考 にして,それぞれの項目の 1 ∼ 5 に一つだけ○を 付けて下さい」という教示のもと,「非常に妥当 である」( 5 点),「やや妥当である」( 4 点),「ど ちらともいえない」( 3 点),「あまり妥当でない」 ( 2 点),「まったく妥当でない」( 1 点)の 5 件法 で回答を求めた。カテゴリーの定義は Table1に示 されたものと同様であった。その結果,平均得点 が3.50以上であった項目を,自己変容に対する志 向性項目として採用した。さらに,青年心理学を 専門とする大学教員 1 名に項目内容の確認を求 め,内容的妥当性を確認した。以上の手続きを経 て,最終的に 1 カテゴリーにつき 7―8 項目から なる計80項目の自己変容に対する志向性項目を作 成した。作成した項目について,「現在のあなた にどの程度あてはまりますか」という教示のも と,「とてもよくあてはまる」( 5 点),「ややあて はまる」( 4 点),「どちらともいえない」( 3 点), 「あまりあてはまらない」( 2 点),「まったくあて はまらない」( 1 点)の 5 件法で回答を求めた。 ( 2 )同一性地位判定尺度:加藤(1983)で作 成された12項目を使用した。「将来の自己投入希 求」( 4 項目),「現在の自己投入」( 4 項目),「過 去の危機」( 4 項目)の 3 つの下位尺度から構成 されている。「現在のあなたにどの程度あてはま りますか」という教示のもと,加藤(1983)にな らって「まったくそのとおりだ」( 6 点),「かな りそうだ」( 5 点),「どちらかといえばそうだ」( 4 点),「どちらかといえばそうではない」( 3 点), 「そうではない」( 2 点),「全然そうではない」( 1 点)の 6 件法で回答を求めた。 結果 自己変容に対する志向性項目の因子分析 自己 変容に対する志向性80項目について,最尤法によ る因子分析を行った。固有値1.0以上を基準に因 子を抽出したところ,13因子が抽出された。そこ で,因子数を13から順に減らしながら,最尤法・ プロマックス回転による因子分析を続けた結果, 因子の解釈可能性から 9 因子が最適解であると判 断した。予備調査で得られた11カテゴリーのう ち,「A 部分変容志向」,「B 向上志向」の項目と, 「E 享楽志向」,「K 変容追求志向」の項目がそれ ぞれ同じ因子に集約された。 9 因子での説明可能 な分散の総和の割合は,60.4%であった。 続いて,研究 2 の調査で他の指標とのバッテ リーを組む上で,自己変容に対する志向性の項目 数の多さと項目内容の類似性がもたらす回答者へ の負担を軽減するために,項目の選定を行った。 各因子から,因子負荷量が高いことと項目表現が 重複していないことを基準として 4 項目ずつ選定 し,計36項目の自己変容に対する志向性項目につ いて,再度最尤法・プロマックス回転による因子 分析を行った。その結果,因子の解釈可能性から 9 因子が最適解であると判断し,80項目の場合と 同様の因子構造が得られた5。得られた因子パ ターンを Table 2に示す6。 9 因子での説明可能な 分散の総和の割合は,65.9%であった。各因子は 以下のように解釈された。 第 1 因子は,「G 懐古志向」の項目である「今 の自分を以前のような自分に変えたい」などが高 い負荷量を示したため,「懐古志向」と命名した。 第 2 因子は,「K 変容追求志向」の項目である「い つも変化していたい」などが高い負荷量を示した ため,「変容追求志向」と命名した。第 3 因子は, 5 確 認 的 因 子 分 析 を 行 っ た と こ ろ, 適 合 度 は, χ2 = 1155.74,df = 558,GFI = .83,AGFI = .80, CFI = .92,RMSEA = .06となった。36個の観測変数 が存在しており適合度の値は必然的に低くなるた め,値がやや十分ないことはモデルを棄却する理由 にならないものと判断した(cf.豊田,1998)。 6 自己変容に対する志向性80項目の因子分析によって 得られた 9 得点の平均値と,各因子から 4 項目ずつ 選別した場合の 9 得点の平均値の差は,すべて絶対 値0.20以下であり,相関係数を算出したところ, r = .91から .98(全て p < .001)となった。そこで, 各因子 4 項目ずつの計36項目によって自己変容に対 する志向性を測定することが可能であると判断し, 以降の分析は36項目を使用した。
Table 2 自己変容に対する志向性項目(36項目)の因子分析結果(最尤法・プロマックス回転後) F1 F2 F3 F4 F5 F6 F7 F8 F9 h2平均値(SD) 懐古志向(α = .₉1) G68 今の自分を以前のような自分に変えたい .91−.05 .00−.10 .00 .02 .02 .10−.03 .90 2.10 (1.03) G67 以前の自分に戻れるように自分を変えたい .88 .03 .01 .01 .02 .03−.04 .09−.08 .83 2.09 (0.98) G10 今の自分を変えて,昔の自分のようになりたい .80−.03 .00 .05−.02−.06 .03−.02 .02 .62 2.17 (1.10) G6 今の自分を変えて,以前の自分を取り戻したいと思う .79 .06−.03 .03−.03 .01 .00−.16 .12 .60 2.43 (1.13) 変容追求志向(α = .₈₇) K42 いつも変化していたい .04 .88 .10−.07−.01−.04 .01 .03 .01 .83 2.35 (1.03) K58 変わり続ける自分でいたい .05 .83 .01 .00 .06−.05 .07 .00 .05 .77 2.38 (1.07) E16 変化自体が楽しいので自分を変え続けたい −.14 .72−.08 .01−.11 .08 .11 .02 .02 .59 2.17 (1.04) E3 日々自分が変わっていないとつまらない .06 .69−.01 .12 .05 .05−.09 .00−.10 .50 2.71 (1.10) 一新志向(α = .₈₉) F22 以前から成長していない自分を変えたいと思う .06 .02 .84−.02 .02 .04−.01−.07 .05 .74 3.65 (1.06) F20 いつまでも進歩のない自分を変えたい .05−.01 .81−.02 .02 .12−.06−.10 .06 .72 3.66 (1.11) F46 昔と変わっていない自分をどうにかしたい −.06 .00 .74 .03 .02−.01 .00 .13−.03 .67 3.14 (1.15) F51 過去と同じままの自分を変えなければと思う −.08 .00 .70 .13−.08−.10 .10 .12−.01 .62 3.18 (1.13) 改善志向(α = .₇₉) A50 自分の悪いところを直したい .03−.01 .15 .80−.03−.02 .03−.12−.06 .62 4.26 (0.71) B39 自分をもっと良くしていけるように自分を変えたい .00 .02−.04 .67−.05 .01 .01 .03 .11 .53 4.14 (0.78) B78 今よりももっと自分を高めていきたい −.09 .11−.11 .66 .06 .06−.13−.02 .05 .49 4.24 (0.80) A1 自分の中の嫌なところを変えたい .06−.04 .09 .61 .12−.02−.04 .09−.12 .43 4.39 (0.79) 憧憬志向(α = .₈6) I5 自分があこがれている人を見本にして自分を変えたい −.04 .06 .02 .06 .94−.10−.09−.01−.07 .76 3.58 (1.15) I9 理想としている人に合わせて自分を変えたい .01 .00 .01−.10 .76−.04 .10 .05 .03 .64 2.86 (1.22) I63 少しでも尊敬している人に近い自分になりたい .01−.05−.01 .05 .72 .08 .00 .03 .01 .61 3.29 (1.12) I48 自分より優れた人を目標にして自分を変えたいと思う .01−.05−.05 .07 .60 .15 .11−.07 .08 .54 3.40 (1.11) 確立志向(α = .₈₈) H80 真の自分に出会えるように変わりたい −.02 .04 .02 .01 .06 .88−.07 .00−.11 .75 3.07 (1.19) H49 確かな自分をつかめるように変わりたい −.04 .00 .07 .01−.07 .79−.03 .01 .05 .66 3.28 (1.12) H59 確かな自分を見つけられるように今の自分を変えたい .00 .12 .00−.03 .06 .76−.04−.06 .11 .71 3.15 (1.13) H37 自分を変えて,真の自分になりたい .07−.12−.05 .05−.06 .68 .17 .14−.06 .57 2.77 (1.14) 模倣志向(α = .₈3) J28 周りにいる人に合わせて自分を変えたい .02 .01 .03−.07 .01 .05 .90−.14−.08 .73 2.29 (0.98) J86 周りに合わせながら変わっていきたい .08 .06 .00−.03−.03−.10 .78 .01−.04 .62 2.12 (1.06) J30 身近な人のまねをすることで自分を変えたい −.06 .08−.08 .06−.01 .04 .70 .11−.05 .59 2.13 (0.93) J26 自分の近くにいる人のようになりたい −.06−.08 .09−.06 .19 .00 .55 .02 .15 .52 2.53 (1.02) 全面変容志向(α = .₈₈) C47 自分という人間をガラリと変えたいと思う −.02−.02 .06−.02 .00 .01−.10 .94−.03 .81 2.30 (1.11) C52 今とはまったく別の自分に変わりたい .03 .09−.05−.12 .03 .03−.05 .81 .05 .70 2.15 (1.10) C31 生まれ変わったと思えるくらい自分を変えたい .05 .00−.04 .21−.06 .03 .10 .68 .00 .65 2.46 (1.23) C40 自分を全面的に変えたい −.06−.01 .07−.04 .04−.01 .06 .66 .08 .57 2.54 (1.11) 展望志向(α = .₈₉) D43 将来のことを考えると,このままの自分ではいけないと思う .03 .02−.02 .01 .09−.11−.08 .02 .90 .76 4.01 (0.93) D70 将来のために,今の自分を変える必要がある .05 .01−.02 .17−.01−.01 .03−.06 .79 .75 3.84 (0.96) D44 将来も今の自分のままであり続けるわけにはいかないと思う −.05−.01 .14−.20−.05 .09−.08 .09 .73 .60 3.72 (1.03) D75 これからのことを考えると,今の自分を変えなければと思う .03−.07 .03 .29−.08 .02 .09 .04 .62 .74 3.72 (1.02) 因子間相関 F1 F2 F3 F4 F5 F6 F7 F8 F9 F1懐古志向 .22 .10 .01 .13 .25 .29 .33 .07 F2変容追求志向 .21 .12 .19 .42 .41 .47 .19 F3一新志向 .50 .41 .52 .34 .57 .66 F4改善志向 .40 .45 .13 .29 .63 F5憧憬志向 .44 .43 .39 .37 F6確立志向 .34 .56 .50 F7模倣志向 .54 .25 F8全面変容志向 .42 F9展望志向 注 1 )因子負荷量が .40以上のものを網掛けした。 注 2 )α係数は因子負荷量が .40以上の項目のみで算出した。 注 3 ) 項目番号の前のアルファベットは,予備調査で得られたカテゴリーを表す:A は「部分変容志向」,B は「向上志向」, Cは「全面変容志向」,D は「展望志向」,E は「享楽志向」,F は「一新志向」,G は「懐古志向」,H は「確立志向」, Iは「憧憬志向」,J は「模倣志向」,K は「変容追求志向」である。
「F 一新志向」の項目である「以前から成長して いない自分を変えたいと思う」などが高い負荷量 を示したため,「一新志向」と命名した。第 4 因 子は,「A 部分変容志向」の項目である「自分の 悪いところを直したい」や,「B 向上志向」の項 目である「自分をもっと良くしていけるように自 分を変えたい」などが高い負荷量を示した。その ため,第 4 因子は今の自分を改善したいという志 向性であると判断し,「改善志向」と命名した。 第 5 因子は,「I 憧憬志向」の項目である「自分 があこがれている人を見本にして自分を変えた い」などが高い負荷量を示したため,「憧憬志向」 と命名した。第 6 因子は,「H 確立志向」の項目 である「真の自分に出会えるように変わりたい」 などが高い負荷量を示したため,「確立志向」と 命名した。第 7 因子は,「J 模倣志向」の項目で ある「周りにいる人に合わせて自分を変えたい」 などが高い負荷量を示したため,「模倣志向」と 命名した。第 8 因子は,「C 全面変容志向」の項 目である「自分という人間をガラリと変えたいと 思う」などが高い負荷量を示したため,「全面変 容志向」と命名した。第 9 因子は,「D 展望志向」 の項目である「将来のことを考えると,このまま の自分ではいけないと思う」などが高い負荷量を 示したため,「展望志向」と命名した。 各因子に .40以上の負荷量を示した項目を加算 した場合のα係数を算出したところ .79から .91と なり,いずれにおいても十分な内的一貫性が確認 された。そこで,各因子に .40以上の負荷量を示 した項目の得点の平均値を算出し,得点化の手続 きを行った(第 1 因子の「懐古志向」の得点を「懐 古志向」得点と呼ぶこととし,第 2 因子以降も同 様とした)。 同一性地位の判定 同一性地位判定尺度につい て,加藤(1983)の基準を用いて判定を行ったと ころ「同一性達成地位(A)」が22名(7.2%),「A-F 中間地位(A-F)」が25名(8.2%),「権威受容地 位(F)」が 3 名(1.0%),「積極的モラトリアム 地位(M)」が12名(4.0%),「D-M 中間地位(D-M)」 が204名(67.1%),「同一性拡散地位(D)」38名 (12.5%)となり,人数に大きな偏りが生じた。 加藤(1983)の独自の概念である中間地位の解釈 の難しさや,結果の煩雑さが懸念されたため,人 数に偏りが少なく,中間地位を除外できるという 利点から,髙坂(2010)の判定方法を採用した。 これは,関与と危機の 2 得点について高群と低群 を組み合わせることによって,操作的に 4 つの同 一性地位を判定する Balistreri, Busch-Rossnagel, & Geisinger(1995)の判定方法に基づいたもの である。 同一性地位判定尺度について 2 成分を指定し, 主成分分析を行った。その結果,「私は今,自分 の目標をなしとげるために努力している(成分負 荷量−.71)」,「私は,『こんなことがしたい』と いう確かなイメージを持っていない(.69)」など, 主に「現在の自己投入」の項目が絶対値で高い負 荷量を示したため,第 1 成分を「関与のなさ」と 命名した。第 2 成分には,「私は以前,自分のそ れまでの生き方に自信が持てなくなったことがあ る(.79)」,「私は,自分がどんな人間なのか,何 をしたいのかということを,かつて真剣に迷い考 えたことがある(.67)」などの「過去の危機」の 項目が絶対値で高い負荷量を示したため,第 2 成 分を「危機の経験」と命名した。第 1 成分と第 2 成分に高い負荷量を示した項目が,髙坂(2010) とほぼ同様の項目となったため,成分の命名も同 一のものとした。 次に,抽出された 2 成分について回帰式によっ て主成分得点を算出した(第 1 成分の「関与のな さ」の得点を「関与のなさ」得点と呼び,第 2 成 分の「危機の経験」の得点を「危機の経験」得点 と呼ぶこととする)。 2 つの主成分得点の平均値 (0.00)を基準に同一性地位の判定を行った。「関 与のなさ」得点が平均以上で,「危機の経験」得 点も平均以上であった回答者を「モラトリアム地 位(M)」,「関与のなさ」得点が平均以上で,「危 機の経験」得点が平均以下の回答者を「同一性拡 散地位(D)」,「関与のなさ」得点が平均以下で, 「危機の経験」得点が平均以上の回答者を「同一 性達成地位(A)」,「関与のなさ」得点が平均以
下で,「危機の経験」得点も平均以下の回答者を 「フォークロージャー地位(F)」に分類した7。 人数は「同一性達成地位(A)」が69名(22.7%), 「フォークロージャー地位(F)」が83名(27.3%), 「モラトリアム地位(M)」が81名(26.6%),「同 一性拡散地位(D)」が71名(23.4%)となり,あ る程度均等に分割された。 同一性地位による自己変容に対する志向性の各 得点の比較 次に,同一性地位による自己変容に 対する志向性の各得点を比較するために,同一性 地位の 4 群を要因とした一要因分散分析を行った (Table 3)。その結果,有意差が見られたのは,「一 新志向」得点(F(3,300)=10.93, p<.001),「改善志 向 」 得 点(F(3,300)=7.01, p<.001),「 憧 憬 志 向 」 得 点(F(3,300)=4.10, p<.01),「 確 立 志 向 」 得 点 (F(3,300)=9.39, p<.001),「 模 倣 志 向 」 得 点 (F(3,300)=6.15, p<.001),「 全 面 変 容 志 向 」 得 点 (F(3,300)=14.24, p<.001),「 展 望 志 向 」 得 点 (F(3,300)=9.42, p<.001)であった。Tukey の HSD 法( 5 %水準)による多重比較の結果,「一新志向」 得点と「全面変容志向」得点は,「モラトリアム 地位(M)」が「同一性達成地位(A)」と「フォー クロージャー地位(F)」と「同一性拡散地位(D)」 よりも高かった。「改善志向」得点は,「同一性達 7 髙坂(2010)では,自我同一性地位について,地位 ではなく「型」という表記を使用しているが,本論 文では全て「地位」という表記に統一した。 成地位(A)」と「モラトリアム地位(M)」が「同 一性拡散地位(D)」よりも高く,「同一性達成地 位(A)」が「フォークロージャー地位(F)」よ りも高かった。「憧憬志向」得点では,「モラトリ アム地位(M)」が「フォークロージャー地位(F)」 と「同一性拡散地位(D)」よりも得点が高かった。 「確立志向」得点と「展望志向」得点は,「同一性 達成地位(A)」と「モラトリアム地位(M)」が 「フォークロージャー地位(F)」と「同一性拡散 地位(D)」よりも高かった。模倣志向」得点は, 「モラトリアム地位(M)」が「同一性達成地位 (A)」と「フォークロージャー地位(F)」よりも 高く,「同一性拡散地位(D)」が「フォークロー ジャー地位(F)」よりも高かった。 考察 研究 1 の目的は,自己変容に対する志向性の具 体的な側面を実証的に明らかにし,同一性地位と の関連から諸側面の特徴を把握することであっ た。 自己変容に対する志向性の諸側面 自己変容に 対する志向性の諸側面は,予備調査では11カテゴ リーに分類されたが,自己変容に対する志向性項 目の因子分析の結果, 9 因子が抽出された。ここ から,先行研究において議論された自己変容に対 する志向性の諸側面は, 9 つに整理されることが 確認された。 今の自分を改善したいという気持ちである「改 Table 3 同一性地位を要因とした自己変容に対する志向性の各得点の一要因分散分析結果 同一性達成地位(A) ジャー地位(F)フォークロー モラトリアム地位(M) 同一性拡散地位(D) F値 df=3,300 η2 多重比較 人数 69(22.7%) 83(27.3%) 81(26.6%) 71(23.4%) 懐古志向 2.09(1.10) 2.20(0.83) 2.24(0.96) 2.25(0.89) 0.43 .00 n.s. 変容追求志向 2.55(1.02) 2.30(0.85) 2.44(0.82) 2.33(0.93) 1.21 .01 n.s. 一新志向 3.43(1.01) 3.05(0.95) 3.85(0.87) 3.29(0.85) 10.93 *** .10 A,F,D<M 改善志向 4.46(0.59) 4.19(0.52) 4.34(0.65) 4.04(0.58) 7.01 *** .07 D<A,M; F<A 憧憬志向 3.40(1.06) 3.11(0.91) 3.53(0.91) 3.09(0.94) 4.10 ** .04 F,D<M 確立志向 3.37(1.06) 2.79(0.81) 3.34(0.98) 2.77(0.90) 9.39 *** .09 F,D<A,M 模倣志向 2.13(0.78) 2.04(0.73) 2.52(0.89) 2.37(0.77) 6.15 *** .06 A,F<M; F<D 全面変容志向 2.33(0.99) 2.01(0.77) 2.90(1.03) 2.19(0.87) 14.24 *** .12 A,F,D<M 展望志向 4.06(0.80) 3.55(0.83) 4.09(0.82) 3.60(0.83) 9.42 *** .09 F,D<A,M 注)**p<.01, ***p<.001
善志向」は,予備調査で得られた「A 部分変容志 向」と「B 向上志向」のカテゴリーから構成され ていた。中間(2007)では,嫌な自分を変えたい という「否定性変容志向」と,理想の自分になり たいという「理想自己志向」の間には高い相関 (r=.54, p<.01)が得られているため,これらが 一つの「F1改善志向」として結合したことは妥 当な結果であろう。 今の自分を変え続けていないとつまらないとい う気持ちである「変容追求志向」は,予備調査で 得られた「K 変容追求志向」と「E 享楽志向」の カテゴリーから構成されていた。宮原(1999)で 論じられている「変わってみたい」という自己変 容そのものを追求する姿勢は,自己変容の楽しさ を追求する姿勢であるとも考えられ,いろいろな 自分に変容することを楽しもうとする気持ちと直 結すると解釈できる。 自己変容に対する志向性の各得点のうち最も平 均値が上位にあるものは「改善志向」得点(平均 値=4.26)であり,今の自分の否定性を克服し, さらに向上させていきたいという気持ちは,多く の大学生が持っていることが示唆された。また, 最も平均値が下位にあるものは「懐古志向」得点 (平均値=2.20)であり,過去の自分を取り戻し たいという気持ちは大学生には,あまり見られな いことが推察された。過去の良かったときの自分 はあまり継時的比較の対象として選択されないこ と(吉川・久保,1991)や,過去志向的な青年は 比較的少ないこと(都筑,1984)からも,妥当な 結果であると考えられる。 自己変容に対する志向性の諸側面と同一性地位 の関連 自己変容に対する志向性の各得点は,全 体的に同一性達成地位とモラトリアム地位で高 く,フォークロージャー地位と同一性拡散地位で 低かった。同一性達成地位とモラトリアム地位で は,「危機の経験」得点が高いことが共通してい る。水間(2003)と佐々木他(2009)が,嫌な自 分を変えたいという気持ちと,内省の機会の多さ の間に有意な正の関連を示していることから,自 分の生き方に悩み,やりたいことなどを模索する 経験が,自分を変えたいという気持ちと関連して いることが考えられる。 外山・平出(1995)では,同一性拡散の状態に あった大学生が,自分を変えたい気持ちを強く 持っていた事例が報告されているが,本研究の結 果では,同一性拡散地位において自己変容に対す る志向性が有意に高くなることはなかった。これ は,同一性地位の判定の仕方に大きな原因がある と推察される。外山・平出(1995)は,事例の大 学生が起こした様々な行動を「アクティングアウ ト」として取り上げているが,自我同一性の観点 から見れば,それらの行動は「役割実験」の試み であると解釈することが可能である。役割実験は モラトリアム地位の特徴とされているため,その ように解釈をするならば,知見の不一致は理解可 能なものとなる。 次に,同一性達成地位とモラトリアム地位にお ける自己変容に対する志向性の相違点について述 べる。モラトリアム地位は同一性達成地位より も,「一新志向」得点,「全面変容志向」得点が有 意に高かった。先行研究において,モラトリアム 地位は,未来志向的ではあるものの,同一性達成 地位よりも過去・現在・未来の統合度が低いこと (都筑,1993),自己の否定的な側面についての記 述が多く,やりたいことを脈絡もなくあげる傾向 が強いこと(川畑・今林,2003),数多くの可能 自己が統合されず,ネガティブな可能自己の数が 多いこと(Dunkel, 2000)などが示されている。 そのために,今の自分をさらに向上させていくよ りも,とにかくこれまでの否定的な自分を全面的 に変えたいという気持ちが強くなるのではないか と考えられる。これは,田中(2011)の自分が変 わる必要性について否定的な理由を挙げる者は, 肯定的な理由を挙げる者よりも自己肯定感が低い という結果とも整合している。また,同一性達成 地位はモラトリアム地位よりも,「模倣志向」得 点が有意に低かった。これは,同一性達成地位は 自分のあり方についての悩みを自分自身で解決 し,それに基づいて行動している状態であり(無 藤,1979),他者に同調するのではなく,独自の
固有な自己の形成に重きを置く自律的な同一性形 成を歩んでいる(Adams, Ryan, Hoffman, Dobson, & Nielsen, 1984;石谷,1994)ためであろう。以 上のように,モラトリアム地位と同一性達成地位 は,いずれも自己変容に対する志向性を比較的強 く持っているものの,自己肯定的かどうかという 点や,自律的かどうかという点で様相が異なるこ とが示唆された。 続いて,自己変容に対する志向性の得点が全体 的に低かったフォークロージャー地位と同一性拡 散地位について考察を行う。フォークロージャー 地位は,従来,親の生き方を無批判に自分のもの として受け入れ,現在の自分のあり方などに疑問 を抱かないこと(Marcia, 1966)や,一貫性を重 視 し, 新 た な 経 験 に 開 か れ て い な い こ と (Stephen, Fraser, & Marcia, 1992)が特徴であると されてきた。本研究の結果からも,フォークロー ジャー地位は他の同一性地位と比べて,自己の変 容を望むことが少なく,現在の自分を維持しよう とすることが確認された。フォークロージャー地 位は,「関与のなさ」得点が低く,すでに特定の 事柄に関与していることからも,敢えて今の自分 を変える必要性を感じていないと推察される。一 方で,唯一「模倣志向」が,同一性拡散地位が フォークロージャー地位の得点を上回ったが,同 一性が拡散している者は他者視点の影響を受けや すいため(荒井,2001;金子,1995),自己変容 志向を持つとしても他者視点の外発的なものであ ることが考えられる。また,同一性拡散地位は危 機を経験しておらず,未来について否定的なイ メージを持っている(都筑,1993; 1994)ため, 自分のあり方を考える機会が少なく,自分が変 わっていくイメージを持ちにくいことが推察され る。 研 究 2 目的 研究 2 の目的は,大学生における自己変容に対 する志向性の諸側面について自尊感情との関連か ら明らかにすることである。 方法 調査協力者 関東圏内の 1 校の国立大学と 2 校 の私立大学に在籍している大学生264名(男性95 名,女性169名;平均年齢20.28(SD=2.48)歳) であった。 実施手続きと倫理的配慮 調査は,2011年 9 月 から10月に行われた。大学の講義時間を利用し て,調査対象者に一斉に質問紙を配布し,その場 で回収した。調査は無記名式であり,回答は任意 であること,回答を拒否したり中断したりするこ とができること,回答を拒否したり中断しても調 査協力者に不利益は生じないことなどを紙面に明 記し,口頭でも伝えた。 調査内容 ( 1 )自己変容に対する志向性項 目:研究 1 で作成,選定した36項目を使用した。 研究 1 と同様の 5 件法で回答を求めた。 ( 2 )自尊感情尺度:山本・松井・山成(1982) で作成された10項目を使用した。「現在のあなた にどの程度あてはまりますか」という教示のも と,山本他(1982)にならって「あてはまる」( 5 点),「ややあてはまる」( 4 点),「どちらともい えない」( 3 点),「ややあてはまらない」( 2 点), 「あてはまらない」( 1 点)の 5 件法で回答を求め た。 質問紙にはその他の項目も含まれていたが,本 研究では使用しなかった。 結果 自己変容に対する志向性項目の因子分析 自己 変容に対する志向性36項目について,最尤法・プ ロマックス回転による因子分析を行った。因子の 解釈可能性から,研究 1 における自己変容に対す る志向性項目の因子分析の結果と同様の 9 因子が 最適解であると判断した。 9 因子での説明可能な 分散の総和の割合は,61.8%であった。各因子に は,研究 1 の自己変容に対する志向性項目の因子 名に合わせて同一の因子名を当てた。各因子 に .40以上の負荷量を示している項目を加算した
場合のα係数を算出したところ,.76から .90とな り,十分な内的一貫性が確認された。そこで,各 因子に .40以上の負荷量を示している項目の平均 値を算出し,得点化の手続きを行った。負荷量 が .40未満となった項目は,「確立志向」の「確か な自分をつかめるように変わりたい」(負荷量 .33) と「模倣志向」の「自分の近くにいる人のように なりたい」(負荷量 .28)の 2 項目であった。 自己変容に対する志向性の各得点と自尊感情得 点の相関分析 自尊感情10項目について主成分分 析を行った結果,1 次元構造が認められた。「もっ と自分自身を尊敬できるようになりたい」以外の 9 項目が第 1 主成分に .40以上の負荷量を示し, α係数が .90と十分な内的一貫性が確認されたた め,この 9 項目の得点の平均値を算出し,自尊感 情得点とした。 自己変容に対する志向性の各得点と自尊感情得 点の関連を検討するために,両者の相関係数を算 出した(Table 4)。その結果,「改善志向」得点以 外の相関係数が有意であり,そのうち「変容追求 志向」得点以外は,すべて負の相関を示した。自 己変容に対する志向性の各得点の因子間相関の高 さが自尊感情得点との相関係数に影響を与えてい る可能性を取り除き,各得点と自尊感情得点の関 連をより限定的にするため,自己変容に対する志 向性の各得点を統制して偏相関係数を算出した。 その結果,自尊感情得点との偏相関係数が有意で あ っ た の は,「 変 容 追 求 志 向 」 得 点(r=.25, p<.001),「一新志向」得点(r=−.21, p<.01),「全 面変容志向」得点(r=−.29, p<.001),「展望志向」 得点(r=−.14, p<.05)であった。 考察 研究 2 の目的は,大学生における自己変容に対 する志向性の諸側面について自尊感情との関連か ら明らかにすることであった。 自己変容に対する志向性の諸側面と自尊感情の 関連 自己変容に対する志向性項目の因子分析結 果から,異なるサンプルにおいても研究 1 と同様 の 9 因子が得られたため,この 9 因子は安定した 構造であることが確認された。 自己変容に対する志向性のほとんどの得点が自 尊感情と負の相関係数を示したことから,全体的 に自己変容に対する志向性は自尊感情の低さと関 連することが見て取れる8。自分の価値が見出せ ないことや,自分に満足できていないことが,今 の自分を変えたいという思いを強めていることが 示された。 次に,自己変容に対する志向性の各得点と自尊 感情得点の偏相関分析の結果について考察を行 う。自己変容に対する志向性の側面ごとに自尊感 情 と の 関 連 に 違 い が 見 ら れ,Kiecolt & Mabry (2000)や谷澤(1996)の指摘通り,自尊感情の 観点から自己変容に対する志向性の諸側面を検討 することの有効性が示された。有意水準 5 %の負 の偏相関係数を示したのは,「一新志向」,「全面 変容志向」,「展望志向」であった。「展望志向」は, 現在の自己が将来も継続していくことを回避しよ うとする気持ちであり,現在の自己を肯定できて 8 自己変容に対する志向性項目の因子分析の結果,因 子負荷量が .40以上となった34項目の合計得点(平 均値3.20, SD = 0.54;α = .91)と,自尊感情得点と の相関係数を算出した結果,r = −.39(p < .001)と なった。そのため,全体的に見ても自己変容に対す る志向性は,自尊感情と負の関連があることが示さ れた。 Table 4 自己変容に対する志向性の各得点と自尊感情 得点の相関係数と偏相関係数 相関係数 偏相関係数 懐古志向 −.25 *** −.10 変容追求志向 .10 .25 *** 一新志向 −.48 *** −.21 ** 改善志向 −.08 .01 憧憬志向 −.14 * .00 確立志向 −.18 ** .07 模倣志向 −.22 *** −.04 全面変容志向 −.42 *** −.29 *** 展望志向 −.36 *** −.14 * 注 1 )*p<.05, **p<.01,***p<.001 注 2 ) 偏相関係数は,自己変容に対する志向性の各得点 を統制して算出した。 注 3 ) 因子の順序は,研究 1 の因子分析の結果に従って 並び替えた。
いないことが原因となって生じることが考えられ る。 「一新志向」と「全面変容志向」は特に偏相関 係数が大きかった。「一新志向」については,過 去から進歩が感じられないことは,現在の自己を 肯定することには結びつかないことが推察される ために,自尊感情と負の関連が示されたと解釈で きる。「全面変容志向」については,自尊感情は, 特定の領域を含まない全体的自己についての評価 である(溝上,1999)ため,全体的な自己に対し て否定的に評価していることから,自分を全面的 に変えたいという気持ちが生じていると考えられ る。 一方,自尊感情得点と唯一有意な正の相関を示 したのは「変容追求志向」であった。つまり,現 在の自分を肯定していることが,継続的な自己変 容を求める気持ちと関連していることが示され た。宮原(1999)は,自己変容そのものを追求す る気持ちである「変わりたい願望」は,現在の自 分を捨ててしまうわけではないため,しばしばゆ とりのある願望であることを論じている。した がって,自分を変え続けていたいという気持ち は,ある程度現在の自分に肯定的であるからこそ 生じるのであろう。また,「変容追求志向」は, 中核となる自分を残しつつ,表面的な自己変容を 楽しむような心性とも考えられるため,自己に対 する肯定的評価がなされている可能性も考えられ る。 以上から,進歩のない自分を全面的に変えたい という気持ちと,自分を変え続けていないとつま らないという気持ちは,どちらも自己変容に対す る志向性の側面であるが,両者の心理的適応状態 には大きな相違が見られることが明らかにされ た。 総合考察 本研究で得られた結果の整理 予備調査において, 8 割以上の大学生が自己変 容に対する志向性を持つことが示された。大学生 による自己変容を志向する理由の記述と先行研究 の知見を合わせたところ,自己変容に対する志向 性は11カテゴリーで構成された。研究 1 と研究 2 の結果,a)自己変容に対する志向性は因子分析 によって 9 つの側面に分類され,b)9 つの側面 の得点は,全体的に,同一性達成地位とモラトリ アム地位においてフォークロージャー地位と同一 性拡散地位よりも高く,c)「全面変容志向」や「一 新志向」などのモラトリアム地位で顕著な自己変 容に対する志向性の側面は,特に自尊感情の低さ と関連していることが明らかになった。 ここで,自己変容に対する志向性の諸側面の発 達について考察を行うため,本研究の実証的な知 見について,予測される同一性地位の発達的移行 をもとに整理した(Figure 1)。同一性地位の発達 的移行については,数多くの検討が行われている (Côté & Levine, 1988; Kroger, Martinussen, Marcia,
2010; Al-Owidha, Green, & Kroger, 2009; Marcia, 1980; Meeus, 2011; Stephen, Fraser, & Marcia, 1992; Waterman, 1982)。 そ の 中 で も D → F → M→ A または DF → M → A という発達の順序性 が実証的に支持されていること(Al-Owidha et al., 2009)や,Erikson(1950)で想定される自我同 一性が拡散から危機や役割実験を経て達成へ至る 過程を考慮し,ここでは D → M → A の発達順序 を仮定した。 ここから,同一性拡散地位のような人格発達が フォークロー ジャー地位(F) 同一性拡散地位 (D) モラトリアム地位 (M) 同一性達成地位 (A) 憧憬志向 全面変容志向▲ 一新志向▲ 模倣志向 展望志向▲ 確立志向 改善志向 Figure 1 同一性地位の発達的移行に基づいた結 果の整理 注 1 ) FD → M → A という同一性地位の発達的移 行を仮定し,Table 3の結果を並び替えた。 注 2 ) 多重比較の結果,得点が他の地位よりも有意 に高かった部分に因子名を記載した。 注 3 ) ▲は,研究 2 において自尊感情と負の偏相関 が示されたことを表している。
未熟な状態においては,自己変容志向の参照点と して他者があげられやすく,成熟に伴って現在の 自己,将来の自己へと参照点が移っていくことが 見て取れる。さらに,人格的発達に伴い自尊感情 も向上することで,心理的不適応と関連のない自 己変容に対する志向性を持つことが推察される が,本研究の結果からは断定的に言及できないた め,この点は課題の一つといえよう。 本研究の結果の意義 本研究で得られた知見の意義について,学術的 貢献と青年理解の促進の観点から考察を行う。学 術的貢献は,次の 2 点に集約される。第 1 に,自 己変容に対する志向性の諸側面を実証的に明らか にしたことである。これまでの先行研究では,「今 の自分を変えたいという気持ち」について断片的 に取り上げられていたが,本研究は青年の内在的 視点に基づいたボトムアップ形式で自己変容に対 する志向性の諸側面を明らかにした。これは,今 の自分を変えたいという気持ちの多面性に関し て,包括的な検討を行った初めての論文であり, 新奇性を有していると考えられる。第 2 に,自己 変容に対する志向性の諸側面と人格発達や心理的 適応との関連を明らかにしたことである。つま り,自我同一性地位ごとに志向性の各側面の強さ が異なることが明らかとなり,個人の発達状態や 発達過程との関連から自己変容に対する志向性の 諸側面を検討することの有用性を示したと考えら れる。自尊感情との関連においても,Kiecolt & Marbry(2000)の変容を志向する自己概念の各 側面で自尊感情との関連が異なるという結果を支 持し,それを発展させたといえる。 次に,本研究の青年理解への貢献について述べ る。本研究の知見によって,自己変容に対する志 向性を有する青年に関して理解が深まったと考え られる。その理由について具体的に 2 点述べる。 第 1 に,自己変容に対する志向性を有する青年を 理解するための視点が得られたためである。多く の青年が,自分を変えたいという気持ちを持って いるが,変容を志向する理由や人格発達,心理適 応の状態によって様相が異なるため,それらを踏 まえて青年を捉えることの重要性を示した。第 2 に,青年の持つ自己変容に対する志向性の発達的 意義を示したためである。自己変容に対する志向 性は,自尊感情の低さと関連するものの,モラト リアム地位に示されるように自分のあり方を模索 しているという点で,主体的な人格形成への意識 の表れであると考えられる。畠瀬(2000)は,人 格再構築欲求という概念で,自分がいかなる混乱 に陥っていても,青年は自らの努力によって自己 の成長を求めていることを指摘し,山本(2002) はこれを青年期に顕著な生の活力であり,健康― 不健康という視点を超える枠組みとして位置づけ ている。このように,青年にとって自己変容に対 する志向性は,現在の自分のあり方を否定しつつ も,そこからの脱却を目指して成長しようとする 気持ちなのであろう。そのように捉えるならば, 人格形成の途上にある青年の「今の自分を変えた い」という言葉には,自己を否定しながらもそこ から主体的に自己を形成しようとする意識が表れ ていることが,より深く理解可能となったと考え られる。 今後の課題と展望 今後の課題として,次の 2 点が挙げられる。第 1 に,自己変容に対する志向性の年齢を指標とし た発達的変化について検討されていないことであ る。本研究では大学生を対象に調査を行ったが, 中学生や高校生や成人では,時間的展望や自己認 知の発達などによって,生起される自己変容に対 する志向性の側面が異なることが考えられるた め,今後は大学生以外を調査対象に含めた発達的 変化の検討が必要であると考えられる。 第 2 に,自己変容に対する志向性が実際の自己 の変容に及ぼす影響について検討が行われていな いことである。福井(1980)は,“青年期には, 今までの自己の存在の様式を否定して,自分の力 で新しい自己を再建することを迫られるわけであ るから,否定が行き過ぎて,自力で再構成できな くなって困り果てるのである(p.177)”と述べて
いることから,強い自己否定から生じる自己変容 に対する志向性は,逆に自己変容の実現を困難に させることが推察される。変容の実現のために は,自己変容に非現実的な期待しないこと(Polivy & Herman, 2000),自分は変われるという信念を 持つこと(Kiecolt, 1994),理想自己を獲得するこ と(Boyatzis & Akrivou, 2006)などの重要性が指 摘されている。これらの点について明らかにする ことで,「変わりたいと思うのに,どうしたらい いかわからず悩みを抱える青年(榎本,2002)」 にとって,さらなる有意義な知見が得られること が期待される。 引用文献
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