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南アジア研究 第29号 012書評・谷口 晉吉「神田さやこ『塩とインド―市場・商人・イギリス東インド会社―』」

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Academic year: 2021

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(1)書評. 書評. 神田さやこ『塩とインド. 神田さやこ『塩とインド ス東インド会社 』. 市場・商人・イギリス東インド会社. 』. 市場・商人・イギリ. 名古屋:名古屋大学出版会 2017年 viii+371頁 5,800円+税、ISBN 978-4-81580859-4. 谷口晉吉 I はじめに 神田さやこ氏の著書が刊行された。神田氏は、慶応大学経済学部の学 部学生であった頃に植民地支配期ベンガル地方の商業史に興味をもち、 その後、製塩業にテーマを絞り、2005年に本書の骨格をなす博士論文を ロンドン大学に提出した。更に十余年の彫琢を経て、本書が成ったこと になる。長年の弛みない研鑽に敬意を表し、本書の刊行を慶びたい。 本書の構成を示そう。 序章. 市場・商人・植民地統治. 第I部. 東インド会社の専売制度と市場. 第1章. インド財政と東部インドにおける塩専売. 第2章. 東部インド塩市場の再編. 第3章. 専売制度の動揺. 第4章. 専売制度の終焉. 第Ⅱ部. ベンガル商家の世界. 第5章. 塩長者の誕生から「塩バブル」へ. 第6章. 「塩バブル」の崩壊とカルカッタ金融危機. 第7章. 変化は地方市場から. 第8章. 市場の機能と商人、国家. 第9章. 塩商家の経営. 終章. 地方商人の台頭. 塩市場の変容からみる移行期の東部インド. 以下においては、I で本書の全般的な特色を幾つか指摘し、II で、本書 の内容を、1.東部インド製塩業に関わる分析と、2. 「長期の18世紀」に 関わる議論とに分けて紹介し、最後に、III で若干の意見を述べたい。 本書の第1の特色は極めて多彩な内容構成にある。神田氏は植民地期 ベンガルの製塩業の盛衰を、東部インド社会経済の内部構造の変容との 関わりにおいて解明するという壮大な構図を描き、その難問に敢然と挑 207.

(2) 南アジア研究第29号(2017年). 戦している。そして、そこに近世から近代への移行という東部インドの 歴史段階の回転というもう一つのストーリーを読み込もうとしている。 第2の特色は、歴史展開の動態とメカニズムを把握しようとする意図 にある。歴史展開の弁証法、経路依存的発展 path dependent development、誘発的発展 induced development などと呼び得る分析視角が採 り入れられている。その事例として、コロマンデル沿岸における水運業 と天日塩製造業が、ベンガル(東部インド)市場に出現した巨大な需要 によって誘発的発展を遂げ、そのことが、ベンガル製塩業における高価 格政策と専売制度に止めの一撃を与えたという分析を挙げることができ る。 第3の特色は、史料の博捜である。神田氏は London 大学 SOAS にお いて博士論文を書き、本書の基本的部分を完成させたが、その間に British Library の India Office Records(IOR)所蔵の膨大な行政文書群を自 家薬篭中のものとしている。その一端は、本書のあちこちに散りばめら れた統計表、図表に示されている。例えば、本書第1章では、東インド会 社政府の財政状況が簡潔な12枚の図に纏めているが、それらは会社政府 の原資料から作成している。最も筋の良いデータを当然の如くに利用し ているのだが、これなどは IOR の史資料群を熟知していないと、なかな か難しいことである。本書のもう一つの重要史料となっているのは、カ ルカッタ高等裁判所の裁判記録である。この史料の存在は夙に知られて いたが、アクセスが困難であった。神田氏はこの困難を克服し、カル カッタ商人、大買付商人たちの商家経営に関する貴重なファイルを探し 当てている。 第4の特色として挙げなくてはならないのは、神田氏の問題把握にお ける経済学と修正史観派(Revisionist) 、そして、大英帝国史研究の流れ からの強い影響であろう。経済学の素養は、製塩を巡る市場問題メカニ ズムの把握における貴重な武器となっている。だが、修正史観派や大英 帝国史研究の視角には、バザール経済論などインド伝統社会の内側から の経済発展への動きという視角を提示した積極的な面と、インド近代化、 英国によるインド植民地支配の評価などにおける宗主国的なバイアスと があり、後に議論する様に、神田氏の議論にもこの影響がみられる。. 208.

(3) 書評. 神田さやこ『塩とインド. 市場・商人・イギリス東インド会社. 』. II 本書の2つの主要テーマについて 本書の最も重要な貢献は、ベンガル製塩業における専売制度の存在意 義が高塩価維持政策にあることを明確に示し、かつ、高塩価を維持/崩 壊させたメカニズムを可能な限り具体的に考察したことにある。もう一 つの本書の焦点は、いわゆる「長期の18世紀」論に関連させて塩の専売 を位置付けようとする試みである。 II-1 東部インド製塩業と専売制度に関わる分析 ① 高塩価政策の基本は、政府が生産を管理し、専売制度によって市場 への塩供給量を抑制することにある。高塩価格を維持させるもう一つの メカニズムは、塩の買付人が、競売で仕入れた塩の販売量を在庫調整に よって操作し、市場価格を吊り上げることである。 だが、ベンガル産の塩の生産と供給が制限され、ベンガル域内市場と 域外市場の塩の価格差が拡大すれば、密輸(域外からの密輸)と密売(域 内の製塩業者が不法に生産を拡大し、契約を上回る剰余部分を密かに市 場に流すこと)が拡大し、その結果、市場への供給が需要を上回り、価格 が低下する。これを回避するには、密輸入を関所によって阻止し、また 域内製塩業者への密売の監視を強化するなどの物理的措置が必要になる。 これは管理コストを引き上げ、塩販売による政府歳入を縮小させる。 ところで、買付人が塩の市場価格を調整するには、政府競売に参加す る塩商人の間に寡占状態(sub-monopoly)が発生することが好都合であ る。従って、政府は寡占状態を実現させる為に競売における販売の基本 単位を引き上げ、十分な資金力を持たない中小商人を排除した。これに より、塩商人の間にカルカッタの競売に参加する大商人から地方市場の 中小商人に至る階層構造が出現した。そして、この階層構造によって東 部インド各地の地方市場の塩価格に強い連動性が生まれた。 ②この様にして形成された東部インド塩市場の秩序には、それを乱す幾 つかの攪乱要素が存在し、それが、時と共に拡大した。神田氏よれば、攪 乱要素は少なくとも4つある。 (1)塩は、農作物と同様に天候によって 産出量が大きく増減する。塩は生活必需品であり、供給量が不足すると 大きな社会的混乱を招く恐れがあり、不作年には、政府は塩を緊急輸入 しなくてはならない。 (2)東部インド塩市場の官製秩序を支える大買付 人は、競売で落札した塩の支払いを在来金融業者(シュロッフ)からの 209.

(4) 南アジア研究第29号(2017年). 融資に頼っていた。従って、戦争、農業不振、藍などの投資失敗などは在 来金融市場を縮小させると、買付人が融資を得られず塩代金を払えない 事態が生じ、破産の危機に陥る。 (3)塩の供給を中央の買付人に握られ てきた地方商人が、地方住民の経済状態および特定の塩に対する選好な どの市場情報を蓄積し、マーケティング力を培い徐々に力をつけ、やが て、カルカッタの塩競売に参加する様になった。彼らは、中央の買付人 の影響から離れ、地方の零細商人に対して影響力を行使し、塩価格の決 定においても、各地方で独自の動きを示す様になった。 (4)燃料の高騰 や労賃の上昇などによってベンガル製塩業が高コスト化し、域外市場か ら流入する輸入塩に対して競争力を失った。こうして、ベンガル政府に よる塩の生産・販売独占は機能不全に陥り、1836年にベンガル政府は競 売制度を放棄し、東部インドの塩需要を域外からの輸入塩によって満た し、政府は輸入塩の専売によって財政収入を確保する道を選択せざるを 得なくなった。そして、この方法も1863年の専売制度・製塩区制度の廃 止によって終焉した。 ③東部インド塩市場を巡って、域外でも新たな展開が見られた。一つは、 東部インドへの塩の大量輸出に誘発されてコロマンデル沿岸部の製塩業 が急拡大し、また品質も向上した結果、ベンガル州政府の財政問題に よって左右されない重要性を獲得したことであり、もう一つは、安価で 良質な英国リヴァプール塩の輸入が拡大を続け、1845年頃までに圧倒的 なシェアを東部インドで獲得し、更に、オッリサ塩、アラカン塩などの 輸入も無視しえなくなったことである。 ④もう一つ、神田氏が明らかにした興味深い問題は、塩の製法による市 場の差別化である。輸入塩には天日塩(コロマンデル、オリッサ南部)と 煎熬(煮沸)塩(ベンガル、オリッサ北部、リヴァプール、アラカン)が あり、東部インド塩市場の中に、天日塩に拒絶反応を示す東部地域と、 天日塩を受容する西部地域とがあり、その流通経路に分離が生じたので ある。 II-2 「長期の18世紀」に関わる議論 神田氏によれば、インド近世は、軍事財政主義の下、国家と貴族の「軍 事支出と旺盛な奢侈品消費が商工業・農業の発展を促進し、租税として 農村から吸い上げられた富が、商工業・農業の発展を通じて再び農村に 還元されるというシステム」が形成された時代であり、そのシステム下 210.

(5) 書評. 神田さやこ『塩とインド. 市場・商人・イギリス東インド会社. 』. で市場経済が発展した時代であった。そして、このような近世国家の一 つとして出発した会社政府は、統治者と商社という2面を持ち、商業活 動(塩専売など)を通して商業・貿易を活発化させ、経済発展に一定の 貢献をした。だが、1830年代までにこの様な EIC のシステムは機能不全 に陥り、脱商業化することによって近代的統治組織に移行した。 近代の成立について、神田氏は、Jon E. Wilson の「法やルールで「異 人」を統治する」が如くに国民を統治する近代国家統治の議論や、Peter Robb の2重統治論の枠組みを援用しつつ、 「合理的かつ効率的な統治 形態は現地における必要性から生み出された」 、あるいは、 「市場の変化 は、EIC の市場統制を通じた徴税政策の限界と国家の脆弱さを露呈させ、 国家のあり方そのものの方向性を「近代」に向かわせた」という理解を 示す。神田氏は、この移行を EIC の塩政策に則して考察し、ベンガル政 府が脱商業化を図り、近代的統治組織を構築した要因の一つとして、塩 政策における挫折があったとする。だが、神田氏は、 「EIC の政策は、イ ンドの社会経済を近代的国家として発展させることを目的とするもので はなかった。このことは、その後のインドの近代を規定した」ことをも 指摘する。 なお、修正史観の旗手 C. A. Bayly は、1830年代をもって「長期の18 世紀」 (=「近世」 )が終わり、その後 2∼30年間の「空隙の時代」を経て、 新次元に突入したとする。. III 若干のコメント III-1 東部インド製塩業と専売制度に関わる分析について 神田氏の分析は、植民地支配期ベンガルにおける塩の生産独占および 専売制度の盛衰とその論理を、しっかりした数量データを駆使して、見 事に描いている。また、植民地ベンガルにおける製塩業の開始から終焉 までの全過程を初めて克明に描き、かつその視野の広さにおいても、こ れまでベンガル製塩業に関する唯一の専門書であった Balai Barui 教授 の The Salt Industry of Bengal, 1757∼1800(1985)を凌いでおり、ベン ガル製塩史研究において必ず参照されるべき業績である。本書の英語版 を刊行し、海外の読者にも、Balai Barui 教授が扱っていない19世紀以降 の時代の製塩業と専売に関する神田氏の考察を届けることが期待される。 しかし、注文がない訳ではない。本書では、神田氏の目指す「全体史」 211.

(6) 南アジア研究第29号(2017年). への筋道を示す事が優先され、マクロ的考察に重点が置かれているが、 伝統的製塩業について、よりミクロ的な分析が望まれる。例えば、製塩 師モランギの経営分析、製塩労働者の労働市場構造と彼らのライフ・ヒ ストリー、ザミンダールとの関係、資金供給源などを、時系変化を踏ま えつつ各製塩区毎に描くことを是非試みて頂きたい。同様に塩買付商家 についても、地方の商家経営のより具体的な考察が欲しい。例えば、商 人各層について、使用人数、市場と商品の情報入手方法、費用と収益、資 金の獲得、地所経営と商業活動の関係、ポートフォリオなどを知りたい。 神田氏のバザール経済論の一端は、地方商人たちの活動や彼らの栄枯 盛衰の中に示唆されているが、より明示的な考察が欲しい。これと関連 するが、Anand A. Yang がビハール州を事例として詳細に考察した豪 農(商業を兼業する富農)論は、ベンガルにも適応できるのだろうか? もしそうであれば、農業部門と商業部門を繋ぐ重要な環として豪農が位 置づけられることになり、バザール経済論と農業社会史研究とを接合す る道が開けると思われる。 III-2 「長期の18世紀」に関わる議論について 製塩業においては、本書が明らかにした諸々の攪乱要素が働いた結果、 植民地政府による生産・販売への介入は終焉(脱商業化)した。だが、植 民地初期ベンガルの過酷な農業課税(地租)は、ムガル時代の税率を上 回るものであり、資本主義的農業の発展などありうる筈もなかった。ま た、藍の栽培・製造、ヒマラヤ山麓の茶園、鉄道建設などにおいては、 ! ! ! ! ! ! ! !. 「近代」に移行した後も、政府はヨーロッパ系企業に極めて異例な支援を 与えたし、アヘン栽培ではより直接的な生産統制が続けられた。20世紀 に入っても、綿業、鉄鋼業、製糖業などにおいて、政府は保護関税の導入 を極力回避しようとした。植民地政府の税収の一部が、本国費の名目で 本国に流出した事、英国に有利なルピーとポンドの為替率が設定された 事なども周知の事実である。近代的労働者を育成する為の初等教育は殆 ど無視されたし、ましてや、インド大衆に国民としてのアイデンティ ティを育むや国民教育・社会教育などは行われるべくもなかった。こう して、神田氏も認めるように、政府の諸政策は、インドの社会経済を近 代的国家として発展させることを目的とするものではなかったのだ。 近代の定義について、Wilson は統治形態を指標として近代国家 mod! ! ! !. ern state の成立を論じるが、それは統治形態の次元の議論であり、イン 212.

(7) 書評. !. !. !. 神田さやこ『塩とインド. 市場・商人・イギリス東インド会社. 』. !. ドの社会経済が近代を迎えたことを意味しない。彼は植民地国家 colo!. !. !. !. !. !. nial state という概念も使用している。上述の如き植 民 地 的 現 実 を無視 した近代国家論に陥らない為には、Wilson 自身は使っていないが、例え !. !. ! ! ! !!!. ば近 代 植民地国家 modern colonial state という様な視角を打ち出すべ きではないだろうか。. 参照文献 Barui, Balai, The Salt Industry of Bengal, 1757-1800, K. P. Bagchi, Calcutta, 1985. Bayly, C. A., Rulers, Townsmen and Bazaars. North Indian Society in the Age of British Expansion, 1770-1870, Cambridge University Press, 1983. Peter Robb, Ancient Rights and Future Comfort. Bihar, The Bengal Tenancy Act of 1885, and British Rule in India, Curzon, Richmond, Surrey, 1997. Wilson, Jon E., The Domination of Strangers. Modern Governance in Eastern India, 17801835, Cambridge Imperial and Post-colonial Studies Series, Palgrave Macmillan, Hampshire, 2008. Yang, Anand A., Bazaar India. Markets, Society, and the Colonial State in Bihar, University of California Press, Ltd., London, 1998.. たにぐち しんきち ●一橋大学名誉教授. 213.

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