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はじめにでは,た

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(1)

膏森累のイタヤ細工

‑膏森県輯職民俗語査から‑

EB

I

は じ め に

では,

a

。 こ れ は , 本 県 の 人 々 仁したりする技術者(職人)

ら平成え年

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農の

2

カ年にわたり唱

る た め に 使 用 し て き た 伝 統 的 な 「 も の

j

を したものである。この調査の ~t1

あ た 徴 し 特

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と し て 「 イ タ ヤ 縮 工 J を 取 り 上 げ て み た い

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日 本 の 庶 民 の 生 活 に 使 鳴 き れ て き た 様 々 な カ ゴ 類 は 竹 で 編 ま れ た も の カ

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多くみられるが,

は 編 む の に 遣 し た 竹 の 種 類 が 少 な し そ の た め

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以 外 の 材 料 で も i Jブが作られたの

内でよ世竹といえば根曲り竹(和名チシマザサ)であり,組くて司王いのが持識である。県 内 の 竹 細 工 は 中 津 軽 郡 岩 木 町 愛 宕 地 豆 を 中 心 に こ の 根 由 り 竹 を 用 い て 主 と し て リ ン ゴ の 手 カ ブ を 作っている。

台以外の材料としてアケビ,ヤ?ブドウ, ク ズ な ど の 蔓 が よ く 用 い ら れ て い る つ 特 に , ア ケ ビ ( 大 正 時 代 が ピ ー ク ) 県 の 有 力 な 産 業 の ひ と つ と い え る ほ ど 生 産 が 搾 び ¥ 製 品 は 海 外 に ま で 輸 出 さ れ て い た

蔓 の は か に は イ タ ヤ が 用 い ら れ た

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イタヤカエテ、、という木をテーブニ

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えに削

1)

, こ れ で カ ゴ な ど を 撮 む と し け 独 特 な 技 能 が 本 県 に は

2

カ所現存した

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11 生

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宵震災主要。〉産主主上f.!.J.

タ ヤ 総 γ

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ア ケ ピ 細 工

(2)

生産地のひとつは南部地方の三戸郡南郷村の社増(よまさり)地主;で,もうひとつ辻津軽地方 の 弘 前 市 東 日 屋 地 区 で £ る 。 調 査 は こ の

2

カ訴についてもおこなわれた

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鋭 村 世t { 1は新井部 J I I沿 い に 山 に 入 っ た 岩 手 県 境 近 く に あ る 戸 数27戸,人口 116人 (

あ る 。 し か し , 世 増 は 隣 の 知 内 地 区 在 び 治 手 県 軽 米 町 本 古 地 区 と と も に 佐 野 j タムに本没するため,

現 在 全 て の 家 が 取 1 ) 壊され,ここに居{主して L ミた人達は既に怯の地区に移転している。

世増にイタヤ細工会主いつごろから始まったのかは不明である n 二二の三件、家詣である には次のような言伝えがある

O

もともと旅人 る宿であった。

7

代目の当 の持っていた蔓のコ

, こ れ は い い も の だ と い う こ と で ; …

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免のうちに作

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} jを教わ勺た。そ の後,当主が議で作ってみたがうまくいかない。苦心の末今イタヤカエテ、でカゴを作うてみる

う ま く い っ た 。 す る と , い い も の を 作 っ た と い う 二 と で 部 落 の 人 々 が 髭 う よ う に な リ ー 部 落 全 体 に広がった

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あまり l こも良いものだから地へは知らせたくないと L 寸部落の話合いがなされ,i!t 増 だ け の 技 術 と し て 現 在 ま で 続 い て き た

世 増 で は . か つ て 冬 期 間 に イ タ ヤ 総 工 を 副 業 と し て 輩 ん に 行 っ た 。 そ し て , 作 っ た 物 を 符 終 っ て 遠 方 ま で 行

i

議 し て 歩 い た も の で あ っ た 。 そ の た め 宅 世 増 で は l f なの部落と違って

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接ぎに行かな

くてもよかったという

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自 現せず,交通機関もま った頃はカ を背負」

¥j'.!:

在 は も ち ろ ん ー 県 内 の五戸, 本 木 { 現 十 和 田 市 ) 句 七 戸 , 乙 熱 ( 現 東 北 町

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百を行った 中には北海道の函館まで行った人もあうたというつ

小さいコシカブだ、と

50

描くらい,普通のカゴだと

10‑201

礼 長って行うた また, [足時に簡単な 道 具 を 持 丸

会 , を行う農家によく宿をとったもわで,

た。普通の旅館:こ出

j

与することもあった 代とな/ノた。 1二~U也 1i だと 5

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かけて

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同るのが普通であった

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行商は

なくなうた

まもなくまでよくわプフtLたが,

市へ売1)に行くこともあづた

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三戸まで;ま

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型紅であうたので,

に 少

食べてから

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を普負ゥて出かけ,三戸近くになると寝て干支の明けるのを時うたもの

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ごというゐカ ゴを

201

固くらいつけて自転車で三戸まで行ヮた入もいた

今~j:, 1;ブ類の需用金 i 少なくなり,あまり存られなくなったが,

50

オ す ぎ の 太 部 分 の 人 速 は そ の技術を有している。幼いじ長から父やき[)落の人達のイタヤ縮工を見ょう昆まねで覚えていった

も う ー カ 所 の 主 産 地 で あ る 弘 前 車 東 自 星 地 区 は 弘 前 出 街 地 か ら 告 木

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沿 い に 闘 に 入 う た 出 問 地 に あ る 。 昭 和30 年に弘前市と合詳し 現#.

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ちの飛地になっでいる地ぼである。

ここのイタヤ細工もは りした来歴は揺られていない。

f 窃力して

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ミただい (弘前市r::

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) は イ タ ヤ 細 工 を 伝 え て き た 昌 代 弓 に あ た

1)

, 初 代 秋 田 方 面 の 人 か ら 技 術 を と伝えられている。現在でも秋田桑北部の角館で:二千タヤ細

‑81 

(3)

~~が行われているハ二のあたりから

た も の と も 号 え ら れ るc

III 

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イタヤカエテずの木{土付近グ)山でもよくとiL。 山 林 地j:の 許 可 を 吋 て 伐 掠 し 、 地 後 で 製 作 し た カ ゴ を 2‑ 3 

f同車内灼るくらいのものであったり社増グ)~::-ドで盛んし 千タヤ線工をやったニろ{土、秋に岩手県の種市.大野,伊保内などに~

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年 分 の 材 料 を 買 い 、 馬 車 を 頼 ん で 運 ん だ 合

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ヤグ〕

あまりf心 、 と よ く 裂 け な い (

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に よ っ て 異 な っ たr 大 引 の カ ブ だ と ら

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j¥小売Yグ)コシカ

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すくらしミであゥア二。

こ れ を 十 タ と チ ヲ ウ 十 で8等分くらい:二割

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り 鈴 村 に す る か . 二 の 紺 も カ ゴ の 種 類 に よ づ て lt

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1¥  5分 の も の そ 用 意 し て お いたc 角にし ら な い よ う 火 十 明 の 上 に あ げ 、 て 水 気 を ど 勺 た っ る と 6要くなう、 にくく な る と い う

東 日 垣 内 士 土 . イ タ ヤ カ エ テ ー を き ら に 現 地 の 酉 日 垣 内

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か ん 購 入Lている

イタヤカエ子、以外の付ど Lて零カゴの縁:二取り 1

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十 る ミ ス 十 う そ め { 患 の 禄 札 買 の 縁 に 取 り 付 け る 出 出 リ 竹 ! チ シ ? ザ ザ ホ ウ / キtf乞 支 を 作 る と き イ タ ヤ ど 寸 告 に 持j

j

主むブシーがある亡

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手:増におけるカ 次めようである。

カ ゴ を 編 む 前 : ニ , 角 材 に 小 刀 で 切 れ 目 を 人tL. Uで 裂 い て 組1

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作 る 二 二u ラモノとれf¥υ {土木目に沿って行うが司 日 の 荒 い f1  いトもの:土ノj、万で

表:哀を削1), 仕 上 げ を か け る ご 仕 上 げ を か け る こ と を ン ラ ゲ ル リf¥こ 午 前 " バ コ ど

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i:L を か け 司 午 後 に カ ブ そ

; 3 fl~îl くらいあむというのが樫準的合 1 L I  

イ タ ヤ 網 仁 の

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大きくなる毎:二 8

編むための材料ヤソラモノ)の本数であんわすコ設ノトヵ・42; 総本・・・というよう;三〉じまゥている

告を増でのブ7 グ〉分委長からいうとま同ft(アシ臼)制みになるつこれを二二では:‑

本 ハ ネJ と長子んでいる。 から徐マ;二編l:I..J6.l:I.. [1縁 部 ま で く る

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して入i,L,丈夫に世上げ

tH:増で;土, 箕:土現 とん れ て い な いJ 箕 の 大 き き 江 口 前 の も の ば ち 勺 ど 大 き く 42、「であ〆J ‑J;ゴ頚と;土瓶ろ.h, 

るか, U

1 )  

, 構 に イ タ ヤ を 入h 縦 に ブ ジ を 入 れ て 編 むp 故 に は コ ン ブ ノ キ ( 和 名 不 明 ) や ホ ウ ノ

でほこれに桜曲がり竹{千日名 チ シ ッ ザ ザ : そ 弔 い る の 告 の 材 料 .

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喝して;ま;ま

(4)

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イタヤ細 ~I二の製品:二宅堤 ú: では j 主 丈 が あ う ? ゆだけ,サク ボを採取すると の

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ゴやリシゴもき,キノコとり い

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ゴを主;こ作ヮていら;調先日与)二しかしー弘前に :ょ水没ん弔7)パケヅ司針カブ今、ゾヅラ 箕.エンツコ司 き ら に は う ン セ ノ し ま で

1i:

ったという。

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同では箕どショウブだけをf'

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り て き た よ う で 忘 る

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ジョウコ、:土{夫;二本などを入れる レきに

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安心である。製品:土山:地と!討とく農閑期の各;二 i 乍 り だ め て お い た も の を 津 軽 地 己 売 り 歩 い た ご 当 時 は よ く 売 れ た の で ー 冬 だ け で は 生 産 シ

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二 介 わ ず , 支 期 に 夜 な べ

f

乍業もして 作 勺 た も の だ と い わ

j

じて~ ,るュ現在は世増同様,告からの i主丈がありたときにだけ 0: 勺'ゴ~ ) る コ

東日躍でカゴが{乍られなかった理由は明確で、ないが,付近の若本町愛山(あたご);ニリ

子i;ゴを主とした竹製 i 接 語 り 竹 ) の カ ゴ の 産 地 が あ る の と 関 わ り か あ る と も

J

皆、われるごワま

1)

,  カゴに関

L

て(土岩本底T,箕は東日屍という

お,世増の付近に辻;有力な竹力

色 分 け が な さ れ て い た と い もなさtLるニ た ら な い

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ゴは か ら 入

」いるようである。

まだ, 品 に 共 通

L

で み ら れ る 箕 は 農 業 に 欠 か せ な い 農 具 で , ど ん な た も の で あ る 今 変 グ ) 調 査 で 南 部 地 方 一 円

東 日 屋 産 の も の だ っ た と い う こ と が 謀 付 け ら れ た と い

ー も ー か

J↓ → &  

ノぉ品グ〉

グ 〉 も

、匂町

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青森県における伝統的なイタヤ細工(土現(‑t

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立 減 し か か ゥ て い る と い う て も 過

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で は な い ご 札

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生 産 地 の‑}jであった世器地区はの移転;二伴い司技術者会主離??支の

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態にお

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1)

, 技 何 わ て

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品難な状沼にある。東日崖に必いても需用の目減りによリ,見通しは

11

奇いといえよう

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・増の場合。 岳らの地域内に注吾に領する伝統技があるのに,行政の1Il1Jから;土なん

なかったこと る。近年,欝

1

・村おこし に

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i ̲ ているが,

し L 、 イ ベ シ 仁 工 か り で な し も う と な 文 化 に け を [ I 1 J け る べ き で は な か ろ う か

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の諸鞍』 立郷土館編・

ル ﹂

きれている合

(2).

二 の 頃 の ア ケ

t

青森県・

海外向けのバスケット等がよく作られ,散米へ輸出きれた。~青森県

昭和14

年 ) に よ る と , 大 正

10

年 に 生 産 の ピ ー ク を 溜 え , 生 産 額 方 i

20

, き

837

円に昇ーっている

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ぼ 青 森 県 諸 織 民 計 調 査 に あ ,出郷村世増:ま 弘氏に. 日屋(ま者義紀氏にそ

83 

(5)

れぞれ調査を依頼した

。本稿はこの二人の報告,並びに筆者の聞き取リ調査(昭和62

年)をもと にまとめたものである

(4).

穀物の選別など広い用途を有する農具 で,農家の必需 品であ った。そのため,民俗の各種儀 礼に使用きれていた

また,箕はかつて山野を漂泊する山詩

(

サ ンカ)もしくはそれに 類似の人 達によって供給されたときれ,民俗学的に極めて注目される民具のひとつである。

", 

かつて世増で製作された 箕

世増で製作されている イタヤの筒

参照

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