大学生の適応の研究
―過剰適応、不合理な信念および抑うつに着目して―
Research of University Students’ Adaptation
Focusing on Over‐Adaptation, Irrational Beliefs, and the Depression
文学研究科教育学専攻博士前期課程修了 楠 瀬 拓 紀 Hiroki Kusunose
Ⅰ. 問題と目的
青年期は子どもから大人への移行期として位置づけられており、そのような青年期独自の多様かつ 著しい変化は、個人の発達を促すと同時に、学童期以前の安定と平衡を破り、その個人に不安と動揺 をもたらすと言われている(風間、2015)。そのため、青年期は様々な不適応問題が生じやすい時期と されてきたが、特に近年、青年期後期に当たる大学生の不適応について関心が高まってきている(及 川・坂本、2008)。また、大学生の時期は、環境の変化に伴うストレスやアイデンティティの確立とい う発達課題を抱え、抑うつを経験することも多い(西河・坂本、2005)。
風間(2015)は、青年期の不適応問題の一つである過剰適応は抑うつとの関連があると明らかにし ている。また、渡辺(2001)は、様々な出来事を「~でなければならない」といった認知として捉え てしまう不合理な信念が、抑うつとの関連があると明らかにしている。これら、過剰適応および、不 合理な信念の先行研究を概観し、本研究の目的を記述する。
1. 問題
(1)過剰適応に関する研究
北村(1965)は、適応は心理的適応(内的適応)と社会的適応(外的適応)の2つに分類されると している。心理的適応とは、幸福感や満足感を経験し心的状態が安定していることを意味し、一方社 会的適応とは、個人が所属する文化や社会的環境に対する適応を意味している。また、石津・安保(2007)
によれば、前者は、自分自身の心理について主に感覚レベルで判断される主観的適応であり、後者は、
外部から主に行動レベルで判断ができる客観的適応であると考えられている。
上記から、外的適応と内的適応のバランスの取れた状態が望ましいものであると考えられる。しか し、一見良好な対人関係を築き、社会に適応しているように見える人の中には、円滑な人間関係を築
こうとするあまり、心理的には適応しているとは言い難い人が存在すると考えられる。このような状 態は、過剰適応という概念で検討されており、石津・安保(2008)は、過剰適応は「環境からの期待 や要求に個人が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な 期待や要求に応える努力を行うこと」と定義している。本研究では、石津・安保(2008)に依拠し、
過剰適応を定義する。
また、発達の観点から、桑山(2003)は、児童期には外的適応のほうに重きが置かれるが、青年期 には内的適応の重要性が高まってくるとし、児童期には過剰な適応をして「素直なよい子」「模範生」
と言われながら一見何の問題もなく過ごしてきた子どもが、青年期に至って問題を表面化するという 現象も理解することができるであろう、と述べている。それゆえに、青年期にはそれ以前の時期にも 増して過剰適応が問題となる可能性がある。浅井(2012)が指摘するように、近年実証的な検討も少 しずつではあるが行われているが、まだまだわずかな研究でしかなされていない。
(2)不合理な信念に関する研究
不合理な信念(イラショナル・ビリーフ)とは、Ellis(1962)が提唱した論理療法における中心概念の 一つであり、さまざまな出来事を「~でなければならない」、「~であるのが当然だ」といった教条主 義的・絶対論的にとらえてしまう認知的評価を意味する(金築、2010)。この不合理な信念には、①事 実に基づいていない、②論理的必然性がない、③気分をみじめにさせるといった特徴が挙げられる(森・
長谷川・石隈・嶋田・坂野、1994)。
不合理な信念の強さを測定する尺度の開発はJones(1968)をはじめ、長年にわたって開発されてきて おり、日本でも松村(1991)によって日本人向けの不合理な信念の測定尺度(Japanese Irrational Belief
Test)が開発された。松村が作成したJIBTは、合計70項目という項目数の多さから、臨床現場で用い
るにはかなり煩雑であり、また被調査者に不必要な負担を強いることにもなると考えられ、その短縮 版として、森ら(1994)によって、不合理な信念測定尺度(JIBT-20)が作成された。
森ら(1994)が作成した、JIBT‐20は、下位尺度が「自己期待」「依存」「倫理的非難」「問題回避」
「無力感」の合計5つから構成されている。このうち、本研究では特に「自己期待」に注目をしたい。
自己期待は、例えば「私は欠点のない、人間でなければならない」、「物事は完全無欠に成し遂げなけ ればならない」などのように、自分の行為や能力に対する高い期待を課す不合理な信念である。本研 究では、過剰適応との関連も検討していくが、過剰適応の定義は、「環境からの期待や要求に個人が完 全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な期待や要求に応え る努力を行うこと」とされており(石津・安保、2008)、この定義に中にある「完全に近い形で従おう とする」という部分で、自己期待と関連があるのではないだろうかと筆者は推察をした。そのため、
本研究では、不合理な信念の中でも特に「自己期待」に注目をしたいと考えている。
2. 目的
以上を踏まえ、本研究では、青年期である大学生に焦点を当て、行き過ぎた適応である過剰適応お よび不合理な信念と抑うつとの関連性を考える。先行研究として、金築(2010)は、向社会的行動と 過剰適応の組み合わせにおける不合理な信念および精神的健康度の違いについて研究をしている。し かし、過剰適応と不合理な信念に相関があり、抑うつにどのような関連があるのかといった研究はま だない。そのため本研究では、過剰適応、不合理な信念と抑うつとの間に関連があるのかという点に ついて、質問紙調査を通して明らかにしたい。また、過剰適応及び不合理な信念が高い傾向にありな がらも、現在適応的に日常を過ごしている学生に対しインタビュー調査を実施し、大学入学前から現 在に至るまでの内的適応及び外的適応についての聞き取りを行い、その内容を質的に検討する。
これらの調査により、心理援助職として大学生への支援をするための方策を探索的に検討すること に寄与したい。
Ⅱ. 研究Ⅰ:質問紙調査 1. 方法
(1)調査協力者・調査手続き
<調査協力者>
X大学の学生410名。
<調査時期>
2017年5月~8月
<調査手続き>
X大学の教員に質問紙調査の協力を依頼し、同意を得られた教員の授業内で質問紙調査を実施した。
実施日当日に調査に関する注意事項などを説明の上、調査協力者の同意を得て、配布・回収を行った。
所要時間は15分である。324名の回答を得て、記入漏れの回答を除いた結果、有効回答数は285名で 有効回答率は87.96%であった。
ただ、研究Ⅱで必要な協力者が十分に得られなかったため、追加で調査を行った。追加の調査では、
86名の回答を得て、記入漏れの回答を除いた結果、有効回答数は83名で有効回答率は96.51%であっ た。全て合わせて、410名の回答を得て、記入漏れの回答を除いた結果、有効回答数は368(男性157 名、女性211名)となり、有効回答率は89.76%であった。
(2)調査内容
本調査用紙は、フェイスシートと「大学生用過剰適応尺度」、「不合理な信念測定尺度短縮版」と「自 己評価式抑うつ性尺度(SDS)」の3つの尺度から構成されている。以下に使用した尺度の内容につい て述べる。
1.フェイスシート
所属学部・学科、学年、年齢、性別、部活・サークルまたは学内組織の役職についている(ついて いた)、寮で後輩のサポートをしている(していた)の計7項目の記入を求めた。また、面接調査への 参加を承諾する協力者には、氏名と連絡先の記入を求めた。
2.大学生用過剰適応尺度
石津・齊藤(2011)で作成された31項目を使用した。この尺度の信頼性は内的一貫性によって確認 され、妥当性は公的自意識得点との関連性から確認されている。この尺度は、「他者配慮」、「期待に沿 う努力」、「人からよく思われたい欲求」、「自己抑制」、「自己不全感」の5因子構造であり、過剰適応 の外的側面に関する3因子(「他者配慮」、「期待に沿う努力」、「人からよく思われたい欲求」)と、内 的側面に関する2因子(「自己抑制」、「自己不全感」)からなっている。各項目について、5件法で回 答を求めた。
3.不合理な信念測定尺度短縮版(JIBT-20)
森・長谷川・石隈・嶋田・坂野(1994)で作成された20項目を使用した。エリス(1962)の合理情 動療法の中心概念である不合理な信念(イラショナル・ビリーフ)を測定するための尺度である。森 ら(1994)によって信頼性・妥当性ともに検討され、確認されている。
この尺度は「自己期待」、「依存」、「倫理的避難」、「問題回避」、「無力感」の5因子構造である。各 項目について、5件法で回答を求めた。
4.自己評価式抑うつ性尺度(SDS)
W.K.Zungの原著で、福田・小林(1983)によって日本版に標準化されている。全20項目で、各項
目について4件法で回答を求めた。なお、第19項目の「自分が死んだほうが他の者は楽に暮らせると 思う」という希死念慮頻度を問うものについては、指導教員との検討結果、侵襲性が高く精神的に負 荷がかかると考えられるため今回の調査では取り除いた。
(3)仮説
ⅰ. 過剰適応、不合理な信念には相関関係があるのではないか。
ⅱ. 過剰適応が高く、かつ不合理な信念も高いほど抑うつが高いのではないか。
ⅲ. クラブやサークルで中心的役割を担っている大学2年生および3年生は他学年と過剰適応得点に おいて有意な差があるのではないか。
2. 結果
統計処理は、SPSS(Statistical Package for Social Science)ver.22 を用いた。
(1) 記述統計
各尺度・因子の記述統計量を以下に記す。
表1 各尺度および因子の記述統計量
n=368 最小値 最大値 平均値 標準 偏差
過剰適応得点 62 150 105.84 14.85
自己抑制 7 35 20.43 5.81
人からよく思われたい欲求 10 35 26.91 4.93
他者配慮 16 35 26.40 3.90
期待に沿う努力 7 30 18.71 4.74
自己不全感 4 20 13.39 3.68
不合理な信念得点 27 87 61.99 9.29
自己期待 4 20 10.73 3.33
依存 4 20 12.22 3.27
倫理的非難 4 20 14.14 2.93
問題回避 4 20 11.00 2.98
無力感 4 20 13.89 2.99
抑うつ得点 24 67 42.33 7.35
(2)各尺度・因子の信頼性分析
尺度の信頼性を検討するため、尺度の因子についてクロンバックのα係数を求めた。 各尺度の信 頼係数は、α係数=.70以上であり、使用した尺度の信頼性はおおむね確保できたこととし、分析を進 めた。
(3)仮説の検討 1.仮説ⅰの検証
過剰適応と不合理な信念の関連、またこれらと抑うつとの関連を検討するため、Pearsonの積率相関 係数を算出した。以下が結果である。
表2 過剰適応、不合理な信念及び抑うつの相関
過剰適応得点 不合理な信念得点 抑うつ得点 過剰適応得点 ― 0.467*** 0.412***
不合理な信念得点 ― 0.272***
抑うつ得点 ―
*** p < .001
その結果、過剰適応得点と不合理な信念得点、抑うつ得点との間に、それぞれ正の相関がみられた。
そして、不合理な信念得点と抑うつ得点との間に低い正の相関がみられた。さらに、過剰適応の下位 尺度と不合理な信念の下位尺度の関連も検討するため、Pearsonの積率相関係数を算出した。以下が結 果である。
表3 過剰適応の下位尺度と不合理な信念の下位尺度
過 剰 適 応
不合理な信念
自己期待 依存 倫理的非難 問題回避 無力感 自己抑制 0.140** 0.100 0.005 0.408*** 0.163**
人からよく思われたい欲求 0.271*** 0.253*** 0.188*** 0.172** 0.225***
他者配慮 0.279*** -0.035 0.053 -0.024 -0.035 期待に沿う努力 0.566*** 0.229*** 0.118* 0.157** 0.119* 自己不全感 0.233*** 0.218*** 0.062 0.309*** 0.186***
*** p < .001 , ** p < .01 , * p < .05
その結果、不合理の信念の下位尺度の「自己期待」が過剰適応のそれぞれの下位尺度と正の相関が みられた。特に、過剰適応の下位尺度である「期待に沿う努力」と、不合理な信念の下位尺度である
「自己期待」の相関が最も高いことが明らかとなった。
過剰適応得点、不合理な信念得点、抑うつ得点のそれぞれの間に正の相関が見られたため、仮説ⅰ は支持される結果となった。
2.仮説ⅱの検証①
抑うつに対し、過剰適応および不合理な信念がその影響を説明ができるか確認するため、抑うつを 従属変数とし、過剰適応と不合理な信念を説明変数として重回帰分析を行った。結果は以下のとおり である。
表4 過剰適応および不合理な信念と抑うつ(重回帰分析)
B SE B β
説明変数
過剰適応 0.18 0.03 0.36***
不合理な信念 0.08 0.04 0.10
R2 0.18***
従属変数:抑うつ
***p < .001
重回帰分析の結果、R2(決定係数)は.18, 0.1%水準で有意であるため、当てはまりの良さはあった。
また標準回帰係数を見ると、過剰適応が正の有意な値(β=.36, p<.001)となっている。一方、不合理 な信念(β=.10)についてもp=0.58であり、有意傾向となった。したがって、過剰適応が高い人ほど 抑うつは高くなり、不合理な信念についても有意傾向があることが明らかになった。
3.仮説ⅱの検証②
抑うつに影響を与える要因を考察するために、過剰適応および不合理な信念のそれぞれの得点を、
全調査協力者の平均点を基準にしてより高いものをH群、低いものをL群とし、それぞれ組み合わせ て4群に分けた(HH群は過剰適応高群かつ不合理な信念高群、HL群は過剰適応高群かつ不合理な信 念低群、LH群は過剰適応低群かつ不合理な信念高群、LL群は、過剰適応低群かつ不合理な信念低群 とする)。そして4群と抑うつとの関連を検討するため、4群を独立変数、抑うつを説明変数として1 要因の分散分析を行った。結果は以下のとおりである。
表5 過剰適応および不合理な信念と抑うつ(1要因分散分析)
HH群(N=117) HL群(N=60) LH群(N=80) LL群(N=111)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 F値
抑うつ 45.29 6.74 42.38 7.29 42.40 6.98 39.13 7.00 14.89***
*** p < .001
図1:過剰適応と不合理な信念の組み合わせの 4群の平均値のプロット
まず分散分析の結果としては、抑うつの効果は有意であった(F(3,364) = 14.89, p < .001)。また、Tukey 法を用いた多重比較によれば、4群の度数に若干のばらつきはあるものの、HH群は他の3群に比べ有 意に高いことが判明した。また、HL群、LH群は共にLL群と比べ有意に高かった。これらから、過 剰適応及び不合理な信念の両方とも高いものは、抑うつも高くなることが明らかになった。よって、
仮説ⅱは支持される結果となった。
4.仮説ⅲの検証①
学年と過剰適応との関連を検討するために、学年を独立変数、過剰適応を説明変数とした1要因の 分散分析を行った。結果は以下のとおりである。
表6 学年と過剰適応(1要因分散分析)
1年生(N=103) 2年生(N=120) 3年生(N=86) 4年生(N=59)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 平均 標準偏差 F値 過剰適応 103.96 14.65 107.90 14.40 105.97 16.14 104.73 13.95 1.44n.s.
分散分析の結果、どの学年においても、有意な値は出なかったため、今回の調査協力者は等質集団
であることがわかった(F(3,364)=1.44, n.s.)。また、Tukey法を用いた多重比較においても、各学年間 で有意な値は見られなかった。
図2:学年別の過剰適応得点の平均値のプロット
5.仮説ⅲの検証②
2・3年生と1・4年生の2群にわけ、それぞれの平均値に違いがあるのか確認をするため、t検定を 行った。結果は以下のとおりである。
表7 2・3年生および1・4年生と過剰適応 (t検定)
2・3年生(N=206) 1・4年生(N=162)
平均 標準偏差 平均 標準偏差 t値 過剰適応 107.09 15.14 104.24 14.36 1.83
2・3年生と1・4年生の2群に分け、それぞれの平均値の差を確認すると違いが出ると予想していた が、結果としては有意差は見られなかった(t(366)=1.83 , p=0.67 n.s.)。しかし、p=0.67と有意傾向は見 られた。よって、仮説ⅲは支持されない結果となった。
Ⅲ. 研究Ⅱ:面接調査 1. 目的
過剰適応、および不合理な信念が大学生の生活にどのようなありようで表れているのかを探索的に 探り、分析する。また、どのようにして過剰適応や不合理な信念との折り合いをつけて、適応的に日 常を過ごしているのかについても探索的に分析する。
2. 調査方法
(1) 調査協力者・調査手続き
<調査協力者>
X大学の学生5名(男性3名、女性2名)。
<調査時期>
2017年7月~8月
<調査手続き>
研究Ⅰにおいて、面接調査を承諾した調査協力者に対し、面接調査への協力を依頼した。面接調査 を行うにあたり、本研究の目的に合わせ、抑うつ得点が全調査協力者の平均点以下である者を、現在 適応的に日常を過ごしている者と考えた。そして抑うつ得点が平均点以下であり、かつ過剰適応得点、
不合理な信念得点が平均点以上である者を抽出し、面接調査への協力を依頼した。
面接調査への協力を承諾したX大学の学生5名(男性3名、女性2名)に45分程度の半構造化面接 を実施した。場所はプライバシーを保つことのできる静穏な個室で行った。面接協力者の許可を得て、
面接の内容をICレコーダーで録音し、後日逐語記録を作成した。
表8 インタビュー協力者の内訳
過剰適応 不合理な信念 抑うつ
A 文系2年 19歳 132 80 39
B 文系3年 20歳 116 80 39
C 文系4年 22歳 119 60 41
D 文系4年 22歳 130 73 34
E 理系3年 20歳 129 75 40
(2)質問項目
質問項目の作成に当たっては、予備調査として大学院生2名に事前に面接を行い、その結果をもと に、指導教員と検討し作成をした。
3. 結果
(1)分析方法
大谷(2008、2011)が考案した質的データ分析手法のSCAT(Steps for Coding and Theorization)を用 いた。本研究では指導教員、そして臨床心理学専修の大学院生複数名と協働して分析を行い、妥当性 と信頼性の確保に努めた。
SCATについては、大谷(2008)を参考に、以下に説明を加える。
〔コーディングの手順〕
<1>データの中の注目すべき語句
<2>それを言い換えるためのデータ外の語句
<3>それを説明するための語句
<4>そこから浮き上がるテーマ・構成概念
このように、4 つのステップからなる。このステップを踏むことで面接記録の抽象度を高め、コー ディングを行う。最終的には、<4>で浮上したテーマ・構成概念を紡いで、ストーリーラインを記 述する。
(2)個人の分析結果
研究Ⅱでは、SCAT 分析の4つのステップを経て、研究協力者5名それぞれのストーリーラインを 作成した。本稿では、紙幅の関係から5名のストーリーラインのみ記載をする。なお、下線部は抽出 されたテーマおよび構成概念を指す。
A 文系2年 19歳
<過剰適応及び不合理な信念のありようについて>
Aは、周囲の期待には基本的に応えようとし、そして周囲の期待に完全に応えなければならないと 幼い頃から考えてきた。周囲からの期待に対し、Aは期待されていると自分で勝手に思っている。一 方で、自己期待が高く、自己期待の高さによる目標設定をし、達成できず現実の自己をみて落ち込む ことなどもあった。達成したい目標のための労苦は惜しまず、目標を達成した場合は、喜び以上の安 心感を抱く。目標に向け努力をするが、自分の考えとは異なる場合でも、周囲からの要求に合わせて 自分に納得をさせようとしたり、また自己の理想のために感情を抑えたりすることで、目標を達成す ることもあった。
独自の価値観とは相容れないものに対する嫌悪感を抱き、日常生活に支障をきたしていた。また、
そういった嫌悪感に関わることを常に考え、考え込みの常態化による落ち込みも見られた。
<折り合いの付け方>
人から冷たくされたくないという思いから、自己防衛的な他者への関わりをしてきた。また、自己 期待が高く、理想の自己を持つAだが、過剰適応による自己不一致での違和感を抱くこともあったが、
自己一致の重要性に気づくことで自分の気持ちとの折り合いをつけてきた。様々な目標を達成しよう とする中で、仲間との出会いがあり、仲間がいることが支えとなってきた。また、周囲の人に愚痴を 漏らすことでストレス解消をするなど、話すことで気を晴らしていた。
B 文系3年 20歳
<過剰適応及び不合理な信念のありようについて>
Bは、周囲の期待を強く意識するわけではないが、周囲の期待に応えられず指摘されることがあり、
落ち込むことがあった。相手への迷惑を考慮し相談できず、失敗してしまったことから失敗への恐怖 心を抱いた。
また、周囲からの期待に対し、がっかりさせたくないと思い、自分の評価を保持するために不本意 な行動をとることがしばしばあり、頼まれることなどはあまり断らない。そして自分より他者を優先 すべきと考え、そのような不合理な思い込みをすることもあった。
大学進学に伴い実家を離れたが、離れることで自分の立場への責任感をもつようになり、立場への プレッシャーを勝手に感じていた。一方で、自分の立場を自分の良いように使うことで、立場を利用 していた面もある。
<折り合いの付け方>
普段から、気楽に何でも話せる相手がいることで自分の思いを口にすることはできている。それは、
幼い頃に相談することによってすっきりする経験をしたことに端を発している。この相手のことをB は、自分の心の支えとなり、居なくなっては困る存在であると感じている。また、期待されているこ とに応えることで努力に対するごほうびがあり、それが嬉しいとも感じている。
C 文系4年 22歳
<過剰適応及び不合理な信念のありようについて>
Cは、大学入学以降、責任を担う立場をとることが多くあり、期待されていると自分で勝手に感じ、
その役割を全うしてきた。“自分がやらなければいけない”という思いが強く、その過剰な責任感によ
って「やりたい」から「やるべき」への転換もしばしばあった。そのようにして、過度に仕事を引き 受けてしまい、仕事の増加に伴い、負担が増加していった。一度引き受けた仕事は、たとえ予期せぬ 出来事が起きたとしても、自分一人で解決しなければならないと思い、自分よりも他者を優先すべき と考え、物事を遂行してきた。このようにとても責任感が強いことから、独自の価値観とは相容れな いものに対する嫌悪感を抱くことがあったが、非難などはせず、自他を分け考えるようにしていた。
幼い頃から、親からの期待を言動から感じているCであったが、反抗するなどあまりその期待には 応えずに育ってきたと思っている。親以外にも、期待されていると自分で勝手に思っていることも多 く、他者の求める自分を理想の自分にすることで自分自身の納得との折り合いを付けていた時期もあ った。そして周囲の期待以上に応えなければならないと考えていたが、なかなか結果が出ず苦しい経 験もした。
また自己期待の高さによる高い理想像をもっており、責任ある立場も“こうあらねばならない”と いう考え方が強くあった。ただ時に、自己期待の高さゆえに、過剰な責任を担い体調を崩すこともあ り、その際は休養をとるようにしていた。高い理想像には先輩というモデルが存在し、その先輩の姿 に感化され、自己期待が強化されるという体験をした。
<折り合いの付け方>
海外に留学したことで、これまでの生活文化とは異なる文化圏で生活をし、自分の価値観を揺さぶ られる体験をした。また、そこで新しい理想像を獲得し、これまでの自分を見つめなおすきっかけと もなった。
責任を担い、活動することが多かったCであるが、すべて終わった後の達成感という喜びを味わう ことで、それまでの努力の報いとなっていた。また、基本的には自分の性格を肯定的に受け止めてい る。
D 文系4年 22歳
<過剰適応及び不合理な信念のありようについて>
Dは、周囲から期待されていると勝手に思っている。これまでに、期待に応えるために自分を酷使 することがあったが、深刻な状態には陥らなかった。また、周囲の期待に対して不本意ながら応える 自分への違和感を抱くこともあり、抱きながらも難なくこなしていた。期待にこたえるべく立てた目 標に対し、目標達成に向け行う努力の辛さを感じることもあったが、効率的な時間の使い方などを再 検討することで折り合いをつけていた。
また、こうなければならないとの考え方が強く、高校時代から頼りたいと頼れないの葛藤を抱きつ つも、結局人に頼ることなく、自分で責任を担うことが多かった。大学に進学してからは、実家を離
れることで家族のありがたみを感じ、これまで以上に自分を律することで人を頼らないようになった とDは思っている。また、責任を自分に帰属させる傾向があるため、人を頼ることはあまりしてこな かった。こういったことは、相談することへの意識の低さとの関連があるかもしれない。
基本的にまじめな性格であるDは、ルールや決まりごとは守ろうとしており、時には決まり事への 過度な縛られ感をもつこともあったが、特に大きく揺さぶられることはなく、自分を保つことができ ていた。
他者との交流は様々な場面でしているが、周囲の人へ過度な気配りをし、疲労してしまう。周囲へ の気遣いの根本には、どう思われているのかという不安や人の反応を考え込む傾向などが考えられる。
また、同調圧力による従属的な考えも上述したことなどを気にしており、そして従属的な行動をとっ ていることに繋がっている可能性がある。
よく人のことを見ており、何かと察することも多いDであるため、周囲の一貫しない態度への不満 も持ち、さらには独自の価値観とは相容れないものに対する嫌悪感をもつこともあるが、周囲に不平 不満を語ることはほとんどない。
<折り合いの付け方>
多忙なDであるが、効率的な時間の使い方を見つめなおすなど、多忙さを周到なスケジュール調整 やマネジメント能力の高さによりこなしてきた。また、周囲のことがよく見えることなど自分の性格 は肯定的受け止めている。
家族、また周囲からの期待を察し、感じているDであるが、その期待は大きな原動力となり、自分 を支えている一因となっている。
相談することについては、これまであまりしてこなかったが、愚痴を漏らすことによるストレス解 消をしており、そこで思っていることを伝えることはできている。
E 理系3年 20歳
<過剰適応及び不合理な信念のありようについて>
E は自分の能力を周囲の人に、高く評価してほしいという気持ちがある。同時に、期待されている と自分で勝手に思っている。そのため、周囲の期待への勝手な先読みをし、周囲の期待以上に応えな ければならないと思い、常に周囲の期待を考え、過剰適応的な行動をとっていた。また常に周囲を気 に掛け、周囲の人への過度な気配りをしていた。これらによる負担の増加に伴い、部活動やサークル 活動等での仕事の優先順位が混乱することがあったが、多忙さを周到なスケジュール調整やマネジメ ント能力の高さによりこなし、タイムマネジメントによる安定した睡眠・食事時間の確保をすること で大きく体調を崩すことなく乗り越えることができた。ただし、複合的な背景による断りづらさなど
から、仕事量が増えあまりにも多忙な場合は、不合理な信念の影響によるマネジメントのつまずきが 生じ、抱えきれない負担となってしまう。他者がもつ自己イメージの保持のため、疲弊した自分を取 り繕い、気を遣わないように人と会わないことで隠し、皆に心配をかけないようにしてきた。
大学の進学に伴い「ねばならぬ感」が強化されたが、それ以前から「甘えない」「迷惑をかけたくな い」という形で定着した自立志向があり、それによる疲労なども感じていた。これらのような不合理 な信念の堅持によるストレスや自己期待の高さによるプレッシャーなどから苦しくなることがある。
高校時代は理想となる先輩がおり、その先輩の姿に感化され、自己期待が強化されていた。と同時に 他者の行動を自分の価値観に当てはめることで、他者を評価していた。また、勝手な推測により自己 評価の低下をもたらしていた。
<折り合いの付け方>
E は基本的に自分で何事も対処しようとする。同時に他者から引き受けた仕事は基本的に引き受け ているため、仕事量があまりにも膨大な時は仕事と距離をとる時間を確保することで、束の間の休息 を取っている。また、自分が苦しかった時に友人に話を聞いてもらうことで受容される体験の重要性 を認知した。そして、ネガティブな感情をつぶやける安心できる存在がいることで、不安などが高ま った時に、その不安を吐き出すことができている。
人から感謝される喜びが大きいことなどからも積極的に周囲の人に声をかけ、自分にできることを 探すようにしている。そうすることによって、新たな自分を発見できるなど自分の性格は肯定的に受 け止めている。
Ⅳ. 総合的考察
1. 研究Ⅰについての考察
(1)仮説ⅰについて
分析の結果、「過剰適応」と「不合理な信念」および「抑うつ」との間にそれぞれ正の相関が見られ た。そして、「不合理な信念」と「抑うつ」との間に弱い正の相関が見られた。これらの「過剰適応」、
「不合理な信念」と「抑うつ」の結果は、先行研究と一致し、支持するものとなった。
「過剰適応」と「不合理な信念」についても正の相関が見られた。また、過剰適応と不合理な信念 のそれぞれの下位尺度間での相関を検討した結果、特に「過剰適応」の下位尺度の一つである「期待 に沿う努力」因子と、「不合理な信念」の下位尺度の一つである「自己期待」因子が最も強い正の相関 が見られた(Pearsonの相関係数 .566** , **p < .01)。
また、木村(2004)は、自己への期待が高いものはその期待に対する達成度や他者の評価に敏感に なり、さらにその期待や評価に応えなければならないと考えるために、自分や他人が気になったり、
他人の視線が気になるという悩みが強くなることを指摘している。このことから、自己期待が高いも
のは、他者の評価が気になるという点で「過剰適応」の「期待に沿う努力」因子が強くなる一因とし て考えられる。そのため、「過剰適応」及び「不合理な信念」の傾向が高い者は、他者から期待されて いると感じており、また自分に対して完璧でなければならないといった思考をもち、常にプレッシャ ーを感じていると考えられる。
(2)仮説ⅱについて
はじめに検証①について考察をする。分析の結果、R2(決定係数)は.18, 0.1%水準で有意であるた め、当てはまりの良さはあった。また標準回帰係数を見ると、過剰適応が正の有意な値(β=.36, p<.001)
となっている。一方、不合理な信念(β=.10)についてもp=0.58であり、有意傾向となった。したが って、過剰適応が高い人ほど抑うつは高くなり、不合理な信念についても有意傾向があることが見出 された。つまり、過剰適応、不合理な信念がそれぞれ高くなるほど、抑うつ傾向も高くなるというこ とが示された。風間(2015)は、抑うつの背景要因として「自己抑制」因子、「自己不全感」因子とい った個人の心理的不適応に関わる因子があげられることを確認している。このような先行研究を、支 持する結果となった。
では、これら過剰適応と不合理な信念がともに高い傾向にある者は抑うつ傾向も高くなるのだろう か。まず分散分析の結果としては、抑うつの効果は有意であった(F(3,364) = 14.89, p < .001)。また、
Tukey法を用いた多重比較によれば、4群の度数に若干のばらつきはあるものの、HH群は他の3群に
比べ有意に高いことが判明した。また、HL群、LH群は共にLL群と比べ有意に高かった。これらか ら、過剰適応及び不合理な信念の両方とも高いものは、抑うつも高くなることが分かった。以上の結 果から、仮説ⅱは、支持されたといえる。
仮説ⅰおよび仮説ⅱの結果から、「過剰適応」と「不合理な信念」には正の相関があり、それぞれが 共に高い傾向にある者は、「抑うつ」も高いことが分かった。つまり、「環境からの期待や要求に個人 が完全に近い形で従おうとすることであり、内的な欲求を無理に抑圧してでも、外的な期待や要求に 応える努力を行うこと」と、「さまざまな出来事を「~でなければならない」、「~であるのが当然だ」
といった教条主義的・絶対論的にとらえてしまう認知的評価」には何らかの関連がある。過剰適応の 定義に「完全に近い形で従おうとすること」が含まれている。このことは「不合理な信念」の教条主 義的な認知的評価と関連があり、より過剰適応的な行動を強化している可能性を示すのではないかと 考える。
過剰適応と不合理な信念の両方の傾向が高いと、なぜ抑うつの傾向も高くなるのだろうか。過剰適 応傾向の高さは、自分に対し完璧であることと同時に他者からの期待も感じ応えようとする傾向が強 いことを、また、不合理な信念の高さは「他者からの期待に完璧に応えなければならない」という思 い込みの可能性を示唆し、この二つが相互に強化しあい循環的な思考になっている可能性がある。こ の循環を繰り返すうちに、他者からかけられた期待なのか、自分自身が自分自身に対し抱いている期
待なのかということが、曖昧になってしまい、判別しにくくなってしまっていると考えられる。そし て、期待に応えようとするが、他者からの期待に完璧には応えられないことで、応えられない自分を 不甲斐なく感じ、自己不全感が強くなり、抑うつ的になるといったことが考えられる。このように、
不合理な信念の「~でなければならない」という思考が、過剰適応をより強化している可能性が考え られる。
(3)仮説ⅲについて
仮説ⅲは「クラブやサークルで中心的役割を担っている大学2年生および3年生は他学年と過剰適 応得点において有意な差があるのではないか。」であったが、まず、仮説ⅲ①について考察する。分析 の結果、学年と過剰適応の関連は見られなかった(F(3,364)=1.44, n.s.)。また多重の分析の結果におい ても、各学年間で有意の値は見られなかった。そのため仮説ⅲ①は棄却され、今回の調査協力者は等 質集団であることが明らかとなった。
次に、仮説ⅲ②について考察する。2・3年生と1・4年生の2群に分け、それぞれの平均値の差を確認 すると違いが出ると仮説を立てていたが、結果として有意差は見られなかった(t(366)=1.83 , p=0.67, n.s.)。しかし、p=0.67と有意傾向は見られた。これら仮説ⅲ①および仮説ⅲ②の結果のまとめとして は、学年間での過剰適応の関連および、2・3年生と1・4年生の2群間での平均値に有意な差は見られ なかったため、仮説ⅲは棄却された。有意な差は出なかったものの、学年間での得点順は、2年生が最 も高い得点となっており、ついで3年生、4年生、1年生という順番であった。
鶴田(2001)は、大学2~3年生を「学生生活サイクル」の「中間期」とした。学生生活サイクルと は、「学生が学生期の下位時期を移行し、さまざまな課題に直面し、それらを克服したり、克服しなか ったりすることを繰り返しながら成長していく過程」であり、「大学生の学年ごとの心理的課題を明ら かにし、学年が上がるにつれてそれらが変化することに注目して、大学生を理解する視点」である。
学生生活サイクルの視点では、中間期の特徴の1つとして、「クラブやサークルで中心的役割を担うこ とが期待される時期」「集団の中でのリーダーシップが課題」とされている。すなわち、大学2~3年生 の中間期の時期に、クラブやサークルで中心的役割を担って組織を運営したり、後輩と関わってその 世話をする機会が多いということである。本研究では、有意な値は見られなかったが、先行研究同様、
大学 2~3 年生での、中心的役割を求められる時期に、過剰適応傾向が高いということが示唆された。
2 年生が最も過剰適応得点が高くなった理由として考えられるのは、A大学の多くのクラブやサーク ルで2年生が中心的役割を担っている点が挙げられる。そのため、2年生において過剰適応得点が高 くなったのではないだろうか。
2. 研究Ⅱについての考察
研究Ⅱでは、過剰適応、および不合理な信念が大学生の生活にどのようなありようで表れているの かを探索的に探り、また、どのようにして過剰適応や不合理な信念との折り合いをつけて、適応的に 日常を過ごしているのかについても探索的に分析する。分析結果として、調査協力者が5人とデータ 数は少ないが、一人一人の過剰適応と不合理な信念のありようと、その折り合いの付け方について考 察を深め、そして共通する点なども検討し、考察をしていきたい。
(1)研究Ⅱの総合的考察
本研究は5人とデータ数は少ないが、その5人から共通する構成概念も見られた。A,C,D,Eの4人 からは、「期待されていると自分で勝手に思っている」という共通のテーマが見られた。語りのなかで
「勝手に」と協力者が語っていたのが特徴的で、周囲からの期待を直接言葉で感じている場合もある だろうが、本研究のインタビューでは、「期待されていると自分で勝手に思っている」という回答であ った。この事から、今回の調査協力者の多くは、「周囲から期待されていると感じていることが、自分 自身の思い込みの可能性があること」について、気づいており、セルフモニタリングを行っていると いうことができる。セルフモニタリングを行うことによって、「期待されていること」を絶対視し、「必 ず成し遂げなければならない」、「完全に応えなければならない」といった思考に陥ることを防いでい る可能性がある。本研究の調査協力者は、セルフモニタリングを行うことで、自分を客観的に捉え、
今自分がいる状況を冷静に捉えることができた。そのために、「期待されている」という思い込みが多 少なりとも緩和され、抑うつ得点も低かったのではないかと考えられる。
また、Aの「愚痴を漏らすことによるストレス解消」、「話すことによる気の晴らし方」、Bの「気楽 に何でも話せる相手」、Cの「ネガティブな感情をつぶやける安心できる存在」など、人に話すことで 気持ちを整理したり、ストレスを解消したりするという点で共通している者が多く見られた。このよ うに、人に話すことでセルフモニタリングをしているといったような関連も推察された。本研究の調 査対象者は、過剰適応かつ不合理な信念の両方の得点が高いにもかかわらず、抑うつ得点が低いとい う結果であった背景には上記の2点のことが推察される。つまり、セルフモニタリングすることで思 い込みを緩和し、人に話すことでストレスを解消し、自分自身の感情にも目を向けていることが抑う つ得点を抑えている可能性がある。この点は、過剰適応かつ不合理な信念の両方が高い者に対して、
支援する際、有効な示唆といえるだろう。
さらに、抑うつ得点が低くなった結果の背景として、自分自身の性格をポジティブに捉えているこ とが考えられる。C、D、Eの3人は、「自分の性格を肯定的に受け止め」ている。風間(2015)は、過 剰適応の「自己不全感」因子が、抑うつの予測要因として機能していることを指摘している。そのた め、今回の調査協力者の中でもC、D、Eは自分自身の性格を肯定的に捉えているという点において、
抑うつ的になることを防いでいたのではないかと推察される。
また、過剰適応の特徴である他者に配慮したり、期待に沿おうとする心性は、他者との関係を円滑 にするなどの社会適応を促進する機能を果たしている可能性が考えられる。石津・安保(2008)は、
他者志向的行動と学校適応感との関連性を、尾関(2011)は集団アイデンティティとの正の関連性を 報告している。このように、過剰適応的であることがすべて抑うつに繋がることではない。そこで、
悪い面ばかりに着目するのではなく、他者志向的で、周囲のことをよく見ていることなどをポジティ ブに捉えなおしていくことが大事であると考える。このことにより、自分自身の肯定的な面に気付く ことで、自己不全感が高まることを防ぐ可能性があることが示唆された。
3. 予防的支援および介入方法の検討について
研究Ⅱの考察の中でも述べたが、過剰適応かつ不合理な信念が高い傾向にある者で抑うつが低いと いう結果の背景には、セルフモニタリング、他者に話すことで自分の気持ちに気が付くこと、自分の 性格を肯定的に受け止めていることなどが考えられた。これらをもとに、予防的支援および介入方法 を検討したい。
庄田・林田(2003)が、怒りや敵意などネガティブだが人間らしい感情を抑圧し続けることで、自 身の内的欲求に気づきにくくなると指摘しているように、自分の体験している意思や感情を認知でき なくなり、心理的葛藤を抱えることが過剰適応の問題点であると考えられている。それゆえ、過剰適 応傾向の高い者にはまず、自分の感情に目を向けるように、「気づき」を促す関わりをすることが有効 であると示唆されている。本研究の調査協力者は、「期待されていると自分で勝手に思っている」など、
自分の思い込みの可能性に自ら気づいており、セルフモニタリングを行っていることが考えられる。
また、人に話したりすることで自分の感情にも目を向けていることが分かる。
感情を表せるようになる一つの方法として、構成的グループエンカウンターがある。グループエン カウンターとは、健常者を対象にして、自己啓発や自己変革を目的として行われるグループ体験の事 で、その中でも時間やプログラムなど構成された枠の中で行うものを構成的グループエンカウンター という(國分、2004)。構成的グループエンカウンターの基本的流れとして、①インストラクション、
②モデリング、③エクササイズ、④シェアリングがある。この中のシェアリングでは、エクササイズ を通して自分や他者に対して気づいたことや感じた感情を伝えあい、共有することを目的としている。
このような活動を行うことで、適切な方法で自己開示を行えるようになり、また自分自身の感情に気 が付くということが期待される。このように、自分自身の感情に気が付くことで、セルフモニタリン グをし、そして過剰適応を緩和することができるのではないだろうか。
これらの方法は、継続的な取り組みを行うことによって、効果が発揮される。そのため、大学全体の 大きな取り組みとして、1 年生対象の初年次教育の授業に組み込む、クラブ・サークル等で中心的な 役割を担うようになる2年生の年当初に、学生全員に対してガイダンスを行う、などの方法が考えら れる。つまり、自分自身の感情を抑え、気づかなくなることで心理的葛藤を抱える可能性があること
を学生に周知し、また、構成的グループエンカウンターなどの方法を知り、まずは経験することが必 要ではないだろうか。
では、なぜ2年生のはじめのころにガイダンスをする必要があるのだろうか。本研究の研究Ⅰの仮 説ⅲで、有意な差が出なかったものの、2 年生が最も過剰適応得点が高い結果となっている。またX 大学のクラブ・サークルの多くで2年生が中心的役割を担っている。そのため、大学全体として2年 生のはじめに、「話すことで自分自身に目を向ける」ことの重要性をガイダンスすることが大事である と考えられる。また、そこで学生相談室の存在を周知し、困ったことがあればいつでも来て良いこと をアナウンスしておくことで、予防的なアプローチにもなる。つまり、クラブ・サークルで中心的役 割を担い、過剰適応傾向が高い2年生のはじめにストレスマネジメントのガイダンスや、心理教育を することで予防的支援につながると考えられる。また、1 年生の入学時にもこういったガイダンスは 必要であることが考えられる。大学入学によって、学習、対人関係、生活全般において高校とは大き く異なる環境で適応することが求められるなかで、学生の中には、周囲に合わせて適応しようとし、
自分自身の気持ちや意見などを抑えてしまうケースもあると推察される。こうした行動が心身への過 度の負担となりかねない。それゆえ、1,2年生の時点で、ガイダンスをする必要があると考えられる。
本研究ではAの「愚痴を漏らすことによるストレス解消」や「話すことによる気の晴らし方」など、
人と話すことでストレスへの対処をしている者が見られる。一方で、Cの「じぶんがやらなくてはな らない」、Dの「相談することへの意識の低さ」、「頼りたいと頼れないの葛藤」、Eの「甘えないとい う形で定着した自立志向」などといった人に頼ったり、相談したりすることはせず、自分一人で問題 解決を図ろうとする傾向も見られた。牛田(2014)は、自己期待が高い人は、相談をする際に他者へ の負担を懸念する傾向があることを見出しており、このことから、問題解決に対する高い意識があり、
積極的に援助を求めることがあっても、その心情的には懸念や抵抗感を持っている場合があることを 指摘している。これらの事にも関連するが、自分一人で抱え込むのではなく、他者に話を聞いてもら う体験がストレスへの対処行動となり、また自分自身の感情に目を向けるような「気づき」を促す関 わりとなるであろうと考える。不合理な信念の一つである「自己期待」が高い者は、相談する際の他 者への負担を懸念することもあるため、安全に話せる場として学生相談室があることを周知すること も、こういった点からも有効な支援の一つであると考えられる。
4. 今後の課題
今後の課題2点を以下に述べる。まず、サンプルについてである。本研究の対象者の約40%が将来 の職業として対人援助職を目指す学生が多い学部の学生であったため、サンプルに偏りが生じている 可能性がある。また、対人援助職にとって最も重要な性格特性は利他的な奉仕的精神であるが、この ような性格特性はバーンアウトしやすいとも言われている(久保、1999)。バーンアウトとは、燃え尽 き症候群という日本語訳が示すように、何ともなく過ごしていた人が急に意欲を低下させる現象のこ
とを指す(杉田、2014)。Freudenberger(1974)によると、「過度な仕事によって精神的・身体的に疲弊 し、消耗した状態をバーンアウト」と呼んだ。これは長期的なプロセスとして捉えられ、一時的なも のではなく、長時間にわたって勤務中にストレスフルな状態に置かれた結果、バーンアウトに陥ると いう捉えである。対人援助職の領域では、バーンアウトという概念を用いて、看護職や(荻野ら、2005)、 教職のバーンアウトについても研究が進んできた(伊藤、2000)。これらの先行研究のように教師とバ ーンアウトの関連が見られ、またバーンアウトと過剰適応との関連も見られることから、対人援助職 の希望者が多くいると考えられる学部の学生が対象者の中で約40%いたということは、サンプルに偏 りがある可能性が少なくないと考える。今後はより、多様な学部の学生を対象に調査を行うことが必 要と考える。
第二に、質問紙調査、面接調査共に一つの大学を対象に調査を行った。今後他大学の学生も含めて、
調査を行うことでより一般化したデータを得る必要性がある。
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