浅田實先生のご退職に際して
石神
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本年度をもって︑人文学科創設以来︑多大な貢献をなされてこられた浅田實先生がご退職されることとなった︒
まさしく人文学科の槌音とともに歩まれた先生であった︒学科の創設にあたって準備の段階から尽力され︑
カリキュラムの作成をはじめ︑さまざまな面でのご苦労は計り知れないものがあったと思う︒教職課程の申
請︑人文学専攻の大学院の開設なども︑かなりの繁務であったはずである︒そして学科の開設後も︑長きに
わたって学科コーディネーターという中心的な立場を務められ︑人事面・事務面さらには学生指導の面で︑
多大なご苦労を自ら進んでなされてこられた︒こうした"生みの苦しみ"をあえて一身に引き受けてこられ
た先生を思うとき︑私どもは大きな感謝の念を抱かずにはいられない︒
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しかしまた︑先生のご退職はたいへんに寂しいことである︒人文学科の歴史の来し方を思うと︑それは偉大な諸先生方が去られた歴史でもあった︒和田博徳︑加藤九酢︑中山浩二郎︑森岡敬一郎︑大江晃の各先生
方︑そして昨年の藤村潤一郎先生についでのご退職であり︑一九八八(昭和六十三)年の学科創設以後︑七
人の侍ともいうべき個性豊かな先生方が去られたことになる︒
先生は京都人としての気品を備えておられたが︑普段はきわめて気さくな先生であった︒また︑考えられ
たことについて決断されたときは︑すぐに実行されたように思う︒先生の実践力は︑深い経験と配慮に裏付
けられ︑したがって︑先生が発せられる言葉や指示は︑つねに的を射たものであった︒そうした先生の心の
中には︑つねに︑強い責任感と深い学生への愛情が住んでいたのである︒
私も他の先生方よりもすこし早く大学に来ていたことから︑学科創設の当初は︑先生と仕事をともにさせ
ていただき︑たいへん幸せであった︒先生のリードがあったからこそ︑人文学科の学生の仲の良さ︑勉学へ
の厳しい姿勢がよき伝統となったのだと思う︒とりわけ先生の︑つぼを心得た学生指導のみごとさ︑学生へ
の思いやりの深さを感嘆の念をもって仰いだものであった︒学生もまた︑先生を信頼し︑先生の研究室には
学生が絶えなかった︒人間教育をうたう創価大学の教育者として︑先生は範を示されたのだといえよう︒私
自身︑困ったことが起こったときには︑しばしば先生のところへ相談に伺い︑的確なアドバイスをいただい
たことは数知ない︒私にとって先生は︑心から頼りうる大先輩であった︒
先生のご研究の面に関しては︑残念ながら私は述べる資格はない︒ただ︑多忙にもかかわらずしばしば研
究学会へ出席され︑着々と研究を進めておられた︒そうした学究としての真摯な姿勢と情熱は︑後輩の私た
ちにとっても刺激であった︒先生は︑東インド会社の研究を通して数々の著作を公にされ︑西洋史学会にも
大きな寄与をされたのである︒
平成十五年から特任教授に移られて以来︑ご家庭の事情もあったようであるが︑遠路︑京都から大学へ通
われることとなった︒先生の馨咳に接することが少なくなり︑寂しく思っていた矢先︑あと任期一年を残し
て特任をやめられるとのこと︒いずれ来ることであったとはいえ︑先生が大学からおられなくなることを思
うと︑寂實の念いはつのるばかりである︒しかし︑今はただ深き感謝の心をもって︑先生と奥様の今後のご
健勝を祈りつつ︑先生の残されたよき学風をさらに発展させていくことをお誓いする以外に︑もはや方法は
ないのである︒
(いしがみゆたか/人文学科教授・文学部長)