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﹃竹取物語﹄﹁竜の頸の珠﹂難題語の構造

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﹃竹取物語﹄﹁竜の頸の珠﹂難題語の構造

︑ぞ

はじめに

 ﹃竹取物語﹄において︑かぐや姫に求婚する貴公子たちを主人公

とするいわゆる求婚難題謹は︑姫によって課された難題に挑み失敗

する五人の求婚者をめぐるそれぞれの小話によって構成されている︒

本稿では︑大納言大伴御行を求婚者とし︑﹁竜の頸の珠﹂を難題と

する第四番目の小話を考察の対象とする︒

 求婚難題謹全体の構成を取り上げる研究の多くは︑先行三者︵石

作皇子・庫持皇子・右大臣阿部御主人︶の物語と︑後二者︵大納言

大伴御行・中納言石上麻呂足︶の物語の間に断層が存することを指

  ハ ピ摘する︒つまり︑﹁竜の頸の珠﹂︵及び﹁燕の子安貝﹂︶難題潭は︑

先行三者の物語とは一線を画すとみなされているのである︒確かに

先行求婚者たちが贋物であるとはいえ難題物を手に入れているのに

対し︑御行︵及び麻呂足︶は贋物すら入手できずに終わる︒また本 話に限って言えば︑かぐや姫も登場せず︑贈答歌もない︒これだけ明らかな差異がありながら︑それでも前三話との間に︑物語構造上の連続性を見出すことは︑果たして可能であろうか︒ 本話に関する詳細な考察に︑奥津春雄氏の﹁大伴御行の家臣団の   ハヱ 人間喜劇﹂がある︒その構造と特徴について奥津氏は以下のように述べている︒  大伴御行の段は︑求婚五話の申で︑形式と内容とが︑実に見事  な達成を示している一段である︒それは完壁に整った起承転結  の構造を持ち︑大伴の大納言とその家臣たちという︑二種類の  人々の性格・行動の対比を通して︑形骸化した武門の権威の実  態を描いている︒実に当を得た指摘であり︑大筋において異論はない︒しかしながら︑これまでの研究において本話を中心に据えて論じるものはそれほど

多くはなく︑また大体が求婚難題語全体を論じるために︑その過程

一110一

愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇−第二八号 二〇〇三・三 一ー一六

(2)

愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇ー 第二八号

において︑本話に触れるといった程度であって︑﹁竜の頸の珠﹂難

題謹に対する議論は未だ十分とは言い難いのが現状である︒

 そこで本稿は︑﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造上の特質をさらに明

らかにすることを目的とする︒

先行三話との類似と相違

  ︵1︶先行三話の﹁型﹂と差異

 本話と先行三話との間に断層が指摘されていることは先に述べた︒

では︑先行する求婚者の物語とはどのようなものであったのか︒断

表1 先行三話

層とは具体的になにを指すのか︒これまでに指摘されていることを

整理しておきたい︒表1は求婚課五話を︑求婚者ごとに︑その性格

規定・難題物︵形状と所在︶・入手までの経緯・難題物の持参の有

無・贋物の発覚理由についてまとめたものである︒

︵なお︑本稿においては便宜的に五つの難題謹を順に第一話〜第五

話と称する︒以下︑﹁仏の御石の鉢﹂難題謹を第一話として︑﹁蓬莱

の珠の枝﹂難題語を第二話︑﹁火鼠の皮衣﹂難題課を第三話︑﹁竜の

頸の珠﹂難題譜を第四話︑﹁燕の子安貝﹂難題謂を第五話と呼ぶこ

とにする︒︶

後二話

石作の皇子庫持の皇子右大臣阿部御主人大納言大伴御行中納言石上麻呂足

性格規定心の支度ある人心たばかりある人財豊かに︑家広き人

・仏の御石の鉢・蓬莱の珠の枝・火鼠の皮衣・竜の頸の珠・燕の子安貝︵形状・所在形状−根11銀所在ー唐土形状ー五色に光る所在ー燕が持つ難題物記載なし︶茎‖金所在−竜の頸形状と所在実11白い珠所在ー東海蓬莱山中

入手までの経緯 ・旅立を報告し︑偽装出発︵天竺に行かない︶・大和国十市郡で髪頭庫前の鉢を取り難題物と偽る・旅立を報告し︑偽装出発 ︵蓬莱に行かない︶・家に籠もり難題物を偽造・人を唐に派遣 ︵唐に行かない︶・商人に注文・難題物︵贋物︶を購入

(・

lを派遣←失敗・船出︵自ら難題物の入手に挑む︶・暴風雨に遭遇︶

(⌒

入手断念  ↑入手断念  ↑

一109一

(3)

発贋

覚物

理の

持参

かぐ 姫 ○

が (見 贋破る

愁訴

焼失

 この表から分かる通り︑まず先行三話には︑各冒頭に求婚者それ

ぞれについての性格規定があるのに対し︑後二話にはない︒また︑

先行三話は難題物︵贋物︶を持参し求婚するが︑事実が発覚して失

敗するのに対し︑後二話のそれは贋物すら入手できず︑したがって      ヘ   へ求婚もない︒さらに︑難題物についてもすでに﹁先行三者は﹃ある

        ヘ   ヘ      へ場所に存在する︑あるもの﹄という形であるのに対し︑後二者は﹃あ

ヘ      ヘ へ       ヨ る動物にかかわる︑あるもの﹄という形になっている﹂との指摘が

なされているように︑両者の懸隔は著しい︒    ユ 片山剛氏は︑難題謹全体について﹁﹃難題解決への工夫〜難題の

擬似解決〜事実の露見〜破滅﹄を基本的パターンとする五人の貴公

子による求婚謂﹂と把握しながらも︑その自注において︑﹁ただし︑

大伴大納言と石上中納言の求婚潭は﹃擬似解決﹄に至らないまま︵そ

れゆえ﹃事実の露見﹄もない︶﹃破滅﹄する︒﹂と言う︒これを整理

するなら︑先行三話は﹁難題解決への工夫〜難題の擬似解決〜事実

の露見〜破滅﹂型であるのに対し︑後二話は﹁難題解決への工夫〜

   ハらソ破滅﹂型であるといえることになる︒物語の大枠ともいうべき﹁型﹂

が異なっている以上︑先行三話と後続二話は同じものとして扱うこ

とはできない︒両者の間に断層をみるゆえんである︒

 さて︑同一型として見ることのできる先行三話ではあるが︑当然

﹁竹取物語一﹁竜の頸の珠﹂難題課の構造︵伊澤 美緒︶ のこととしてそれらは細部において明確に差異化が図られているのである︒今︑その様相について︑各話の主人公の難題解決の方法という視点からみることにする︒○第一話︵﹁仏の御石の鉢﹂難題謹︶  石作の皇子は︑心の支度ある人にて︑天竺に二つとなき鉢を︑  百千万里のほどを行きたりとも︑いかで取るべきと思ひて︑か

ぐや姫のもとには︑﹁今日なむ︑天竺へ石の鉢取りにまかる﹂

  と聞かせて︑三年ばかり︑大和の国十市の郡にある山寺に︑賓

  頭盧の前なる鉢の︑ひた里⁝に墨つきたるを取りて︑錦の袋に入        れて︑作り花の枝につけて⁝︵略︶       三七頁﹈

 石作の皇子は︑難題物がきわめて希少なものであるために︑実際

に﹁天竺﹂に行ったとしてもその入手は困難と考える︒かぐや姫に

対して﹁天竺﹂へ出発すると伝えた後の皇子の行方はようとして知

れない︒彼は三年後に︑﹁天竺﹂ではなく﹁大和の国﹂から︑難題

の贋物を手に入れる︒髪頭盧の前にあった墨のついた鉢である︒そ

れに何か手を加えるということもない︒実に安易に入手した品物を

持参したといえる︒その方法は次の三点にまとめられよう︒

  ①偽りの旅に出発︒

  ②行方不明︒

一108一

(4)

愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号

  ③人も金も使わず国内で贋物を入手する︒

○第二話︵﹁蓬莱の珠の枝﹂難題譜︶

  庫持の皇子は︑心たばかりある人にて︑朝廷には︑﹁筑紫の国

  に湯浴みにまからむ﹂とて︑暇申して︑かぐや姫の家には︑﹁珠

の枝取りになむまかる﹂と言はせて︑︵略︶おはしましぬと人

  に見え給ひて︑三日ばかりありて︑漕ぎ帰り給ひぬ︒

  かねて︑事みな仰せたりければ︑その時︑一の宝なりける鍛冶  工匠六人を召し取りて︑弼‖︑寄駕磁劉ぽ家劃  罐を日壷囮四㎏割パ出﹂給ぴ閂R︑違蚕劃麟

  鞠川給漂・︑知らせ給ひたるかぎり十六所を︑かみにくどをあ

  けて︑珠の枝を作り給ふ︒       ﹇一八頁﹈

 庫持の皇子も︑かぐや姫に対しては﹁珠の枝を取りにゆく﹂と偽っ

ている︒しかしながら︑実際に難波から船出していて︑その偽装工

作は周到なものである︒第二話では︑出発した後の皇子の行動も明

らかにされている︒﹇⁝︑山によって示したとおり︑彼は﹁たはやす

く人寄り来まじき家﹂に﹁工匠﹂たちと共に﹁籠もり﹂て︑難題物

を偽造している︒

 ﹁旅立ちを偽る﹂という点は一話目といささか重複するが︑その

方法は︑やはり次の三点に集約される︒

  ④偽りの旅に出発︒

  ⑤家に籠もる︒

  ⑥金と人を使って国内で贋物を作製する︒

○第三話︵﹁火鼠の皮衣﹂難題諦︶

  右大臣阿部御主人は︑財豊かに︑家広き人にておはしけり︒そ

  の年来たりける唐土船の王慶といふ人のもとに︑文を書きて︑

火鼠の皮といふなる物︑買いておこせよ︒

  とて︑仕うまつる人の中に︑心確かなるを選びて︑小野房守と

  いふ人をつけて遣はす︒      ﹇二七頁﹈

 阿部御主人は︑自らは難題物入手に乗り出すことはない︒彼は︑

商人王慶に信頼できる家臣を遣わし︑﹁火鼠の皮衣﹂を注文した︒

この後︑御主人は大金を費やし﹁火鼠の皮衣﹂を購入してかぐや姫

のもとに持参するが︑結局は贋物であることが判明する︒その方法

は︑やはり次の三点にまとめられる︒

  ⑦自らは旅立たず︑代わりに家臣を派遣する︒

  ⑧家にあって注文の文を書く︒

  ⑨金と人を使って贋物とは知らず国外︵唐︶より購入する︒

 このように︑各話は主人公の性格規定︵⁝⁝・⁝線部︶に起因する

難題解決の方法をとっているのである︒﹁竜の頸の珠﹂難題潭に先

行する三話は︑﹁難題解決への工夫〜難題の擬似解決〜事実の露見〜

破滅﹂型という点において確かに同一である︒しかしながら︑同時

に主人公の性格規定に基づく独自性が新たに付与されることによっ

て︑それぞれが差異性を有する﹁石作の皇子物語﹂﹁庫持の皇子物

語﹂﹁阿部御主人物語﹂という独立した小話を形成しているのであっ

た︒

一107一

(5)

   ︵2︶繰り返されるモチーフと物語展開

 第四話目﹁竜の頸の珠﹂難題謹には︑先行三話のモチーフが襲用

されている︒本話から︑各求婚者の物語と共通する類似要素と︑そ

の反転とみられる対照要素を抽出してみることにする︒

 まず類似要素であるが︑御行と家臣たちの﹁竜の頸の珠﹂入手に

向けた行動に注目したい︒

A.竜の頸の珠取りにとて︑出だし立て給ふ︒この人々の道の糧︑

  食ひ物に︑殿の内の絹・綿・銭など︑あるかぎり取り出でて︑

  添へて遣はす︒﹁この人々ども帰るまで︑斎ひをして︑われは

  をらむ︒この珠取り得では︑家に帰り来な﹂とのたまはせけり︒

  おのおの仰せ承りてまかりぬ︒﹁﹃竜の頸の珠取り得ずは︑帰り

  来な﹄とのたまへば︑いつちもいつちも︑足の向きたらむ方へ

  往なむず﹂﹁かかるすき事をし給ふこと﹂とそしりあへり︒賜      ア  はせたる物︑おのおの分けつつ取る︒あるいはおのが家に籠り 居︑あるいはおのが行かまほしき所へ往ぬ︒

       ﹇三三〜三四頁﹈

 御行自身が旅立つこともなく︑家臣︵団︶を派遣するという点に

おいて︑第三話⑦に共通し︑また金と人とを使うという点において︑

第二話⑥と第三話⑨に共通する︒ただし︑その規模と形態において

水準が違うので︑ここでは類似要素としておくことにする︒次に家

臣たちの行動に視線を移してみるなら︑それは︑﹁竜の頸の珠﹂探

しに旅立つと偽る点において第一・二話に共通するが︑それからの

態度は二分する︒一方は﹁行きたいところに行った﹂︑もう一方は

﹁自分の家に籠った﹂というものであった︒前者は第一話①︑②と︑

後者は第二話④︑⑤と共通するのである︒

 対照的要素については︑次に表nとしてあげるように︑﹁音信の

有無﹂﹁行動の虚実﹂﹁心身の虚実﹂という点においてそれが認めら

れよう︒なお︑上段は全て第四話の本文である︒

一 106 一

表n

音信の有無

・遣はしし人は︑夜昼待ち給ふに︑年越ゆるまで音もせず︒

        ﹇三四頁﹈ 第三話︵﹁火鼠の皮衣﹂難題謹︶・王慶︑文をひろげて見て返事書く︒⁝中略⁝と言へり︒

・かの唐土船来けり︒小野房守まうで来て︑まう上るといふこと

を聞きて⁝       ﹇二七〜二八頁﹈

﹁竹取物語﹂﹁竜の頸の珠﹂難題諏の構造︵伊澤 美緒︶

(6)

愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇− 第二八号

ノ、

第二話︵﹁蓬莱の珠の枝﹂難題譜︶

実虚の動行・﹁わが弓の力は︑竜あらば︑ふと射殺して︑頸の珠は取りてむ︒・おはしましぬと人に見え給ひて︑三日ばかりありて︑漕ぎ帰り

遅く来る奴ばらを待じ﹂とのたまひて︑船に乗りて︑海ごとに歩き給ふに⁝      ﹇三五頁﹈給ひぬ︒      三八頁﹈

第一話︵﹁仏の御石の鉢﹂難題謂︶・鉢の中に文あり︒ひろげて見れば︑

実虚の身心

・海ごとに歩き給ふに︑いと遠くて︑筑紫の方の海に漕ぎ出で給1ひぬ︒       ﹇三五頁﹈

海山の道に心を尽くし果てないしの鉢の涙流れき      三七頁﹈

 第四話︵御行︶と第三話︵阿部御主人︶には︑難題物の入手に人

を使うという共通性があった︒しかし︑御主人には王慶からの手紙

や唐土船到着の情報が届くにも関わらず︑御行にはそれがない︒こ

こに﹁音信の有無﹂という対照性が読み取れる︒

 次に第四話︵御行︶と第二話︵庫持の皇子︶は共に難波の浜から

船出している︒庫持の皇子は︑難題物入手のために旅立ったことを

偽装する船出である︒しかし︑御行は違う︒難波の浜より船出した

御行は︑実際に﹁海ごとに歩﹂いており︑両者の船出は﹁行動の虚

実﹂という点で対照的であるといえる︒

 さらに﹁つくし﹂という語に着目してみるならば︑第一話︵石作

の皇子︶との対照関係が指摘できよう︒石作の皇子はかぐや姫への

       ヘ   ヘ   へ贈歌に︑難題物入手に﹁心を尽くし﹂た︑と詠み込んでいるのだが︑       ヘ   へそれに対し︑御行は難題物入手のために﹁筑紫の方の海﹂にまで遠

征している︒第一話が﹁心を尽くし﹂︵虚︶ているのに対して︑第 四話では対照的に﹁︵身を︶つくし︵筑紫︶﹂︵実︶ているのである︒ 以上に指摘した類似・対照要素が︑本話前半部︵嵐との遭遇以前︶に集中して用いられることから︑﹁竜の頸の珠﹂難題謹の前半部は︑三話の各要素を摂取・襲用することによって成立しているとみることができる︒既出のモチーフに変化を与えた再使用︑いわば既出条件の変奏によって︑物語展開が導かれているのである︒ さらに言うなら︑本話には先行求婚謂の類似要素が冒頭にまとまってあり︑それに続いて対照要素が置かれているのである︒類似要素を記すことは︑先行求婚謂を再度語り直す行為である︒しかし︑語り直された要素は︑それ以上の展開を呼び込めない︒なぜなら︑それらはいずれも難題物入手の失敗要素であるからだ︒そこで︑今度はそれとは対照的な要素が用いられることになる︒それによって︑求婚者自身の行動が開始されて︑難題物を求めての真実の旅が実行に移される︒それらの﹁身を尽くす﹂行為が︑ついに導き出された

一 105一

(7)

のである︒

 愚直なまでに誠実に︑身を尽くして︑難題物入手に奔走する求婚

者︒この求婚者像が紡ぎ出されることによって初めて︑大伴御行の

物語が始まるのである︒

 ﹁竜の頸の珠﹂難題謹は︑先行三話との緊密な関係︑もしくは有

機的な結びつきによって生み出されているのであった︒

二 ﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造

 ﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造について︑奥津氏は﹁起承転結の構

造﹂と﹁二種類の人々︵御行と家臣︶の性格・行動の対比﹂の二点 ︵7︶を指摘していたが︑それ以外ではどうであろう︒

  ︵1︶登場時の大伴御行

 ﹁竜の頸の珠﹂難題課は︑主人公・大伴御行の行動から始まる︒

登場時の御行がどのように語られているのか確認する︒

B.大伴御行の大納言は︑わが家にありとある人集めて︑のたまは

  く︑﹁竜の頸に五色の光ある珠あなり︒それを取りて奉りたら

  む人には︑願はむことかなへむ﹂とのたまふ︒男ども︑仰せの

  ことを承りて申さく︑﹁仰せのことは︑いとも尊し︒ただし︑

  この珠︑たはやすくえ取らじを︒いはむや︑竜の頸に︑珠はい

  かが取らむ﹂と申しあへり︒大納言のたまふ︒﹁園噛といは

  む者は︑命を捨てても︑おのが君の仰せ言をばかなへむとこそ

﹃竹取物語﹂﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造︵伊澤 美緒︶ 思ふべけれ︒この国になき︑天竺・唐土の物にもあらず︒この国の海山より︑竜は下り上るものなり︒いかに思ひてか︑汝ら︑難きものと申すべき﹂︒男ども申すやう︑﹁さらば︑いかがはせむ︒難きものなりとも︑仰せ言に従ひて︑求めにまからむ﹂と申すに︑大納言︑見笑ひて︑﹁汝らが国圃と︑名を流しつ︒君の仰せ言をば︑いかがは背くべき﹂とのたまひて︑竜の頸の珠取りにとて︑出だし立    ①て給ふ︒この人々の道の糧︑食ひ物に︑殿の内の絹・綿・銭な

  ど︑あるかぎり取り出でて︑添へて遣はす︒﹁この人々ども帰

  るまで︑斎ひをして︑われはをらむ︒この珠取り得では︑家に

  帰り来な﹂とのたまはせけり︒      ﹇三二〜三三頁﹈

 家臣を集め︑﹁竜の頸の珠﹂の入手を要求する御行の姿は︑かぐ

や姫が五人の求婚者に難題物を提示した姿に重なる︒

C.かぐや姫﹁石作の皇子には︑仏の御石の鉢といふ物あり︒それ

  を取りて賜へ﹂と言ふ︒﹁庫持の皇子には︑東の海に蓬莱とい

  ふ山あるなり︒それに銀を根とし︑黄金を茎とし︑白き珠を実

  として立てる木あり︒それ一枝︑折りて賜はらむ﹂と言ふ︒﹁い

  ま一人には︑唐土にある火鼠の皮衣を賜へ︒大伴の大納言には︑

  竜の頸に五色に光る珠あり︒それを取りて賜へ︒石上の中納言

  には︑燕の持たる子安の貝︑取りて賜へ﹂と言ふ︒翁︑﹁難き

  ことにこそあなれ︒この国にある物にあらず︒かく難きことを

  ば︑いかに申さむ﹂と言ふ︒かぐや姫︑﹁何か難からむ﹂と言

一104一

(8)

   愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号

  へば︑翁︑﹁とまれかくまれ︑申さむ﹂とて︑出でて︑﹁かくな

  む︒聞こゆるやうに見せ給へ﹂と言へば︑皇子たち・上達部聞

  きて︑﹁おいらかに︑﹃あたりよりだに︑な歩きそ﹄とやはのた

  まはぬ﹂と言ひて︑倦んじて︑みな帰りぬ︒  ﹇一五〜六頁﹈

 求婚者の願いを叶えられる存在であり︑﹁何か難からむ﹂︵本文C

ー線部︶と翁の言葉を跳ね除けるかぐや姫︒同様に︑家臣の﹁願

はむことかなへ﹂られる存在であり︑家臣の意見を一蹴する御行︵本

文B   線部︶︒.ここでは︑かぐや姫︵出題者︶と求婚者︵挑戦

者︶の構図が︑そのまま御行︵出題者︶と家臣たち︵挑戦者︶にス

ライドされ︑再現されている︒登場時の御行は︑指示を受ける側か

ら見れば︑難題の出題者として︵それが二次的な出題であっても︶︑

かぐや姫と変わらぬ位置づけがなされているといえる︒

 次に︑本文B口部︑﹁君の使﹂という語を御行が二度繰り返し

発言する意味を考えたい︒その発言内容から︑﹁君の使﹂とは﹁主

君の命令に対し︑命を賭して遂行しようとする主君の命令に絶

対服従する家臣﹂であると理解される︒御行は︑家臣を﹁君の使﹂

と繰り返し呼ぶことで︑主従の強固さを強調し服従を強制する︒強

固な主従関係は︑すなわち武門の誉れ高い大伴氏の特質といえる︒

その強調は﹁武門の棟梁﹂という御行の大いなる自負の表明にほか

ならない︒

 登場時の大伴御行は︑﹁統率力﹂と﹁財力﹂を二本柱とする権

力を有し︑家臣の﹁願はむことをかなへ﹂られる絶対的な存在で

あった︒彼は武門の棟梁として︑また支配者として絶対の

自信に満ち溢れ︑他者の意見を聞き入れない︑独断専行的な人物と

して造形されているといえる︒

  ︵2︶転落する御行

 本話には御行の﹁転落﹂が三つ描かれている︒

 第一のそれは﹁出題者から挑戦者への転落﹂︑第二は﹁支配者か

ら非支配者への転落﹂︑第三は﹁笑う人物から笑われる人物への転

落﹂といえる︒以下︑﹁転落﹂という視点で本話を整理してみる︒

   ︵i︶出題者から挑戦者へ

 本章第一節﹁登場時の大伴御行﹂で︑御行が難題の出題者として

登場していることを指摘した︒ところが︑家臣たちが﹁竜の頸の珠﹂

探しを承諾した後の御行はどうか︒

 本文B傍線部①﹁この人々の道の糧︑食ひ物に︑殿の内の絹・綿・

銭など︑あるかぎり取り出でて︑添へて遣はす︒﹂とあるように︑

御行は家臣を派遣し難題物入手を図っている︒その態度は︑難題を

受けた挑戦者のものでしかない︒ここで早くも御行は出題者の座を

降りているといえる︒これは︑出題者から挑戦者への転落である︒

 しかしながら︑五人の求婚者中︑一瞬であるとはいえ難題出題者

として据えられた人物は御行以外にない︒本話冒頭における御行の

位置づけは非常に高く設定されているといえる︒

一103一

(9)

   ︵⁚11︶支配者から非支配者へ

 家臣の帰りを待ちきれず︑難波より船出した御行は大嵐に遭遇す

る︒本文Dは便宜的に︑御行の船出まで︵陸上時︶をω︑船出以降

︵海上時︶を②と呼ぶことにする︒

D.ω遣はしし人は︑夜昼待ち給ふに︑年越ゆるまで音もせず︒心

   もとながりて︑いと忍びて︑ただ舎人二人︑召継として︑や

   つれ給ひて︑難波の辺におはしまして︑問ひ給ふことは︑﹁大

   伴の大納言の人や︑船に乗りて︑竜殺して︑そが頸の珠取れ      ①   るとや聞く﹂と問はするに︑船人︑答へていはく︑﹁あやし

き言かな﹂と笑ひて︑﹁さるわざする船もなし﹂と答ふるに︑

をちなき事する船人にもあるかな︒え知らで︑かく言ふと思し  アて︑﹁わが弓の力は︑竜あらば︑ふと射殺して︑頸の珠は取り

 てむ︒遅く来る奴ばらを待たじ﹂とのたまひて︑

②海ごとに歩き給ふに︑いと遠くて︑筑紫の方の海に漕ぎ出で

 給ひぬ︒

 いかがしけむ︒疾き風吹きて︑世界暗がりて︑船を吹きもて

 歩く︒いつれの方とも知らず︑船を海中にまかり入りぬべく

 吹き廻して︑浪は船に打ちかけつつ巻き入れ︑雷は落ちかか

 るやうにひらめきかかるに︑大納言は惑ひて︑﹁まだかかる       わびしき目見ず︒いかならむとするぞ﹂とのたまふ︒揖取︑

 答へて申す︒﹁ここら船に乗りてまかり歩くに︑まだかかる

 ﹁竹取物語﹂﹁竜の頸の珠﹂難題諏の構造︵伊澤 美緒︶ わびしき目を見ず︒御船海の底に入らずは︑雷落ちかかりぬべし︒もし幸ひに神の助けあらば︑南海に吹かれおはしぬべし︒うたてある主の御許に仕うまつりて︑すずうなる死にをすべかめるかな﹂と︑揖取泣く︒      ③大納言︑これを聞きてのたまはく︑﹁船に乗りては︑揖取の

   申すことをこそ︑高き山と頼め︒などかく頼もしげなく申す

   そ﹂と︑青反吐をつきてのたまふ︒揖取︑答へて申す︒﹁神

   ならねば︑何わざをか仕うまつらむ︒風吹き浪激しけれども︑

   雷さへ頂に落ちかかるやうなるは︑竜を殺さむと求め給へば︑       ④   あるなり︒疾風も竜の吹かするなり︒はや︑神に祈り給へ﹂

   と言ふ︒    ⑤   ﹁よき事なり﹂とて︑﹁揖取の御神︑聞こしめせ︒をちなく︑       イ   心幼く︑竜を殺さむと思ひけり︒今より後は︑毛の一筋をだ

   に動かし奉らじ﹂と︑寿詞を放ちて︑立ち居︑泣く泣く呼ば

   ひ給ふこと︑千度ばかり申し給ふけにやあらむ︑やうやう雷

   鳴りやみぬ︒        ・    ﹇三四〜三六頁﹈

 ここでは︑本文Dωと②における﹁登場人物の位置づけ﹂の変化

に注目する︒

 本文Dω︵陸上時︶においては︑御行を頂点とするヒエラルキー.

が形成されている︒   線部﹁問はするに﹂とあるように︑御行

と船人は召継の仲介によってはじめて会話が成立しており︑両者間

の距離・階級差の大きさを物語る︒

      九

一 102一

(10)

愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号

 ところがD②で︑その位置づけは一転する︒御行は陸上では絶対

者であったが︑海上ではそうはいかない︒傍線部③﹁船に乗りては︑

揖取の申すことをこそ︑高き山と頼め﹂とあるように︑海上︵船内︶

における︑最上位人物は揖取なのである︒︿船人﹀と︿揖取﹀は必

ずしも同一人物とは言い切れないが︑本来なら直接︑御行と口を利

くことなど許されない人物といえる︒しかし︑海上では違う︒大納

言といえども︑海上︵船内︶では揖取の下位に位置づけられるので

ある︒陸上時と海上時の登場人物の位置を図式化すると左図の通り

になる︒●陸上時

大伴御行﹇川▽召継︵二人︶﹇口▽船人・揖取

●海上時

船人・揖取﹇口﹀大伴御行

 陸上で絶対者として君臨していた御行を︑海上の論理は容赦なく

陸上最下層の船人・揖取の︑さらに下位へ突き落す︒それは頂点に

立つ支配者から︑底辺の被支配者への劇的な転落である︒前半部で

語られた御行と船人の階級差は︑御行の身に起こった転落の激しさ

を語るための演出であったのだ︒ 一〇

   ︵⁝m︶笑う人物から笑われる人物へ       ピ 笑いは︑本話に集中的に表れる特徴的な行為であり︑見逃せ

ないモチーフといえる︒﹁竜の頸の珠﹂難題譜に記される笑い

は全四例︒左に該当本文を列挙しておく︒

      1.大納言︑回圏山﹁汝らが君の使と名を流しつ︒⁝﹂

n.船人︑答えていはく︑﹁あやしき言かな﹂と團圏山︑﹁さ

  るわざする船もなし﹂と答ふるに⁝

田.これを見奉りてぞ︑国の司も閨︒

  これを聞きて離れ給ひしもとの上は︑腹を切りて笑ひ給W.

  園︒

 笑いは︑1.御行の自邸︵都︶︑H.難波の浜︑m.明石の

浜︑W.御行の自邸︵都︶で発生しており︑御行の移動に付随して

﹁竜の頸の珠﹂難題謹全体に置かれていることがわかる︒さて︑1〜

Wの﹁笑いの動作主体﹂と﹁笑いの対象﹂とを整理すると︑次のよ

うになる︒

﹁笑いの動作主体﹂

1.﹃

皿H播磨の国司 船人

﹁笑いの対象﹂

家臣たち

一101一

(11)

W.離縁した妻たち ーーー←閃㈱蜘胞

 口︑川口で示したように︑笑いは常に御行に密着している︒笑

いの場において︑必ず御行はどちらかの当事者となっているのだ︒

御行は物語の展開に即して﹁動作主体﹂から﹁対象﹂へ︑つまり﹁笑

う人物﹂から﹁笑われる人物﹂へ︑転落している︒しかも︑その転

落は急激で徹底的なものだ︒

 本話冒頭︑絶対的な支配者であった﹁御行﹂は︑被支配者の﹁家

臣たち﹂を笑った︒ところが︑明石の浜において︑彼は被支配者︵し

かも︑その最下層である︶﹁船人﹂に笑われてしまう︒二番目に御

行を笑った︑﹁播磨の国司﹂は地方官であり︑田舎者といえる︒都

人である御行が︑ここで鄙人に笑われてしまうのだ︒御行の失敗に

抱腹絶倒する﹁離縁した妻たち﹂とは︑かぐや姫を婆るために御行

が切り捨てた者たちである︒自分が捨てた者に︑御行は笑われてい

るのである︒

 さらに︑語源謂における︑﹁世界の人﹂の﹁あなたべがた︵あな

たへがた︶﹂という評語に笑いを認めるのであれば︑その転落

      ヘ  ヘ   ヘ  ヘ  への構図はより鮮明になろう︒冒頭部においてたった一人笑っていた

       ヘ  ヘ   ヘ  へ御行が︑結末では世界中の人に︑たった一人笑われる︒御行の﹁転

落﹂は︑効果的に強調されているといえる︒

﹃竹取物語﹄﹁竜の頸の珠﹂難題諌の構造︵伊澤 美緒︶   ︵3︶御行の﹁喪失﹂ ﹁竜の頸の珠﹂難題謹において御行が得たものは何もない︒かぐや姫はおろか難題物の贋物さえ︑手にすることはなかった︒皮肉にも︑本話における御行は所有するものを失うばかりであるといえる︒具体的に御行が﹁喪失﹂したもの︵将来﹁喪失﹂が予想されるもの︶は次の四つに整理される︒     イ.統率力     ロ.財力     ハ.婚姻関係︵子孫・姻族︶     二.自信 以下︑御行の﹁喪失﹂を順に確認する︒   ︵i︶統率力の喪失 本文Bにおいて御行の命令に従い︑﹁竜の頸の珠﹂探しを承諾した家臣たちではあったが︑誰一人として実際に命令を果たそうとする者はいなかった︒本文A傍線部①﹁あるいはおのが家に籠り居︑あるいはおのが行かまほしき所へ往ぬ︒﹂とあるように︑彼らはみな御行から離反してしまう︒それは本話冒頭に強調された﹁君の使﹂       ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   へ︵本文B口部︶の︑つまり大伴氏の強固なはずの主従関係の実

態の暴露といえる︒

 家臣の離反は︑御行にとって﹁統率力の喪失﹂にあたる︒御行を

絶対者たらしめていた権力の一方が︑ここで失われてしまった

一100一

(12)

愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇− 第二八号

といえる︒

   ︵⁚11︶財力の喪失

 嵐のために難題物入手を断念した御行が家に帰り着くと︑家臣た

ちも御行の許に帰参する︒

E.大納言︑起き居てのたまはく︑﹁汝ら︑よく持て来ずなりぬ︒

  竜は鳴る雷の類にこそありけれ︒それが珠を取らむとて︑そ

  こらの人々の害せられむとしけり︒まして竜を捕へたらまし

  かば︑また事もなく︑われは害せられなまし︒よく捕へずな

  りにけり︒かぐや姫てふ大盗人の奴が︑人を殺さむとするな

  りけり︒家のあたりだに︑今は通らじ︒男どももな歩きそ﹂     ①      竜の珠を取らぬ者どとて︑家に少し残りたりける物どもは︑

もに賜びつ︒      ア       @これを聞きて離れ給ひしもとの上は︑腹を切りて笑ひ給ふ︒糸

  を葺かせ造りし屋は鳶・烏の巣に︑みな喰ひもて往にけり︒

      ﹇三八頁﹈

 この家臣の帰参は︑﹁統率力﹂の回復とみてよい︒しかし︑それ

は無条件には行われない︒本文E傍線部①にあるとおり︑御行は﹁竜

の頸の珠を取らなかった﹂家臣を褒め︑﹁家に少し残りたりける物

ども﹂を褒美として分け与えている︒これは﹁竜の頸の珠﹂を入手

    ヘ  へした者︵一人︶にのみに与える筈であった褒賞を︑入手しなかった

  ヘ   へ者︵全員︶に与えるという逆転の皮肉である︒ 一二

 さらに︑それは同時に御行の﹁統率力﹂回復の代償が﹁財力﹂で

あることを語るのである︒代償は﹁家に少し残りたりける物ども﹂

だけでは済まなかった︒傍線部②には﹁糸を葺かせ造りし屋﹂︑す

なわち御行の﹁財力﹂の証明とも言うべき豪邸が荒れ果てたことが

記される︒豪邸造営は︑財力を顕在化させる行為であった︒つまり

﹁糸を葺かせ造りし屋﹂とは︑イコール御行の﹁財力﹂そのものと

いえる︒それが︑荒れて損なわれたということは︑御行の保有する

財が失われたことを意味する︒ここに財力の一切を御行は﹁喪失﹂

してしまうのだった︒

 さて︑この﹁財力の喪失﹂は︑実は再びの﹁統率力の喪失﹂へと

つながる︒なぜなら主従関係の継続には︑﹁財力﹂が不可欠である

からだ︒いまや︑与えるものを何ひとつもたない御行に︑主従関係

の維持は不可能である︒したがって﹁財力の喪失﹂は︑将来的な﹁統

率力の喪失﹂の暗示︑もしくは示唆といえる︒

 御行は︑自らの権力を支える二本柱を失ってしまうのである︒

   ︵⁝m︶婚姻関係の喪失       ハリリ 本話半ば御行は︑既往の婚姻関係を破棄する︒それは︑かぐや姫

と新たな婚姻関係を結ぶ準備としてであった︒しかし結局︑御行は

かぐや姫を得られず婚姻関係は失われたまま本話は閉じられること

になる︒自ら破棄したとはいえ︑それに代わるものを得られなかっ

たのだから︑これは﹁婚姻関係の喪失﹂といえる︒

一99一

(13)

 本文E⁝線部ア﹁離れ給ひしもとの上は︑腹を切りて笑ひ給

ふ︒﹂とあるように︑御行の零落に容赦のない笑いを浴びせる妻た

ちの姿からは︑復縁の可能性は読み取れない︒むしろ︑それは捨て

られた妻側の反撃とみることができ︑復縁の拒絶とも解されるもの

だ︒ また﹁婚姻関係の喪失﹂は︑単に︽妻を失う︾ことにとどまらな

い︒それは婚姻に連なるものに影響をもたらし︑﹁喪失﹂の連鎖を

生じさせるのである︒﹁婚姻関係の喪失﹂によって御行は﹁婚姻に

よって結ばれた姻族﹂︑﹁後継者となるべき子孫﹂をも失ったといえ

る︒姻族の喪失は︑御行が孤立無援となったこと︑他者からの救済

の道が絶たれたことを意味する︒後継者の喪失は︑言うまでもなく

大伴家の断絶を暗示するものだ︒どちらの﹁喪失﹂も︑御行だけで

なく︑大伴家にとって致命的な損失となるものといえる︒

   ︵V●−︶自信の喪失

 先に登場時の御行が﹁自信に満ち溢れ︑他者の意見を聞き入れな

い︑独断専行的な人物﹂であったこと確認した︒それは本文Dωで

も同じである︒

 御行の問い︵﹁大伴の大納言の人や︑船に乗りて︑竜殺して︑そ

が頸の珠取れるとや聞く﹂︶に対し船人は︑本文Dω傍線部①のよ

うに答える︒﹁あやしき言かな﹂﹁さるわざする船もなし﹂との返答

は︑御行の命令が遂行されていないことを伺わせる重要な情報であ

﹃竹取物語﹂﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造︵伊澤美緒︶ る︒しかし︑御行はそれを全く受付けない︒この態度は︑登場時︵本文B   線部︶︑家臣の意見を一蹴した時と同様といえ︑一貫したものだ︒ ところが︑本文D②において御行はまさしく豹変する︒ それは︑D②における御行の第一声︵傍線部②︶にすでに現れて

いる︒独断的な人物である御行が︑﹁いかならむとするぞ﹂と他者

︵揖取︶に意見を求めているのだ︒さらに︑傍線部④⑤では︑揖取

の意見︵﹁竜を殺さむと求め給へば︑あるなり﹂︶と︑提案︵﹁はや︑

神に祈り給へ﹂︶に素直に従っている︒それだけではない︒御行は︑

Dωア﹁わが弓の力は︑竜あらば︑ふと射殺して︑頸の珠は取りて

む﹂︵  線部︶と高らかに竜退治を宣言していた︒それは︑勇

猛果敢な﹁武門の棟梁﹂らしく︑自信に満ち溢れた姿であった︒し

かし︑D②イ﹁今より後は︑毛の一筋をだに動かし奉らじ﹂︵⁝

〜線部︶と︑泣く泣く神に呼びかけ誓言する御行に︑その面影は微

塵もない︒揖取に対しては一度しか使われていない﹁泣く﹂という

表現が二度繰り返されていることを加味すると︑揖取以上の脆弱ぶ

りを晒しているといえる︒

 ﹁他者の意見を聞き入れない﹂﹁独断専行﹂という御行の根幹に

あるもの︑それは絶対の自信である︒しかし︑本文D②におい

て御行は大嵐に翻弄され︑その自信は無残にも打ち砕かれてしまう︒

﹁自信の喪失﹂︑それこそが御行豹変の理由といえる︒

一三

一98一

(14)

愛知淑徳大学論集ー文学部・文学研究科篇ー.第二八号

  ︵4︶﹁転落﹂と﹁喪失﹂の構造

 御行の具体的な﹁転落﹂と﹁喪失﹂は以上に確認した通りである

が︑それらは当初御行に与えられていた属性の全てといえる︒

 登場時の御行は﹁﹃統率力﹄と﹃財力﹄を二本柱とする権力

を有する絶対者﹂であり︑﹁自信に満ち溢れ︑他者の意見を聞き入

れない︑独断専行的な人物﹂として造形されていた︒しかしながら︑

本話末尾の御行はどうか︒

 これまでに確認したとおり︑彼は﹁転落﹂というかたちで﹁絶対

者﹂﹁支配者﹂の座を追われている︒また︑その権力を支えた﹁統

率力﹂と﹁財力﹂︑そして精神の拠り所というべき﹁自信﹂をも﹁喪

失﹂してしまっている︒

 ここに︑﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構⁝造上の特質として︑﹁転落﹂と

﹁喪失﹂が新たに指摘できるのであった︒

 光が強ければ︑それによって生み出される影がより濃くなるよう

に︑冒頭に語られる御行の存在が大きければ大きいほど︑結末にお

ける零落ぶりが際立つことになる︒五人の求婚者中︑なぜ御行だけ

が難題出題者として据えられたのかという疑問の解答は︑ここに見

出すことができる︒御行を高位に位置づければ︑それだけ﹁転落﹂

の幅︵落差︶を大きくとることができるのである︒つまり本話は︑

冒頭と結末を対照的に呼応にさせることによって︑﹁転落﹂と﹁喪

失﹂の構造を鮮やかに浮かび上がらせているのであった︒

おわりに ー﹁燕の子安貝﹂難題謹との緊密性ー

 本稿の目的は︑従来以上に﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構⁝造上の特質

を明らかにすることであった︒いま︑結論として﹁転落﹂と﹁喪失﹂

という新たな構造を指摘し︑冒頭と結末との対照的呼応関係によっ

て︑それが鮮明となっていることを明らかにした︒また本話が先行

求婚謹のモチーフと物語展開を襲用して成立しており︑先行三話と

緊密な関係にあったことをここで再度指摘しておく︒これまで︑求

婚難題謹を論じる場合︑先行三話と後二話との間の断層が様々に取

り沙汰されてきた︒事実︑断層は厳然と存在するが︑それによって

両者︵先行三話と第四話である本話︶が隔絶されているとは言い難

いのである︒

 さて︑最後に本話と第五話目である﹁燕の子安貝﹂難題課との関

係について私見を述べて本稿の結びとする︒

 ﹁燕の子安貝﹂難題謹も︑﹁難題解決への工夫〜破滅﹂型であり︑

本話で造形された難題物入手に奔走する求婚者像を用いている︒つ

まり︑先行三話が同型物語であったのと同様に︑後二者も﹁難題解

決への工夫〜破滅﹂という同型物語のバリエーションであるといえ

る︒ 先行研究においては︑第四話と第五話が対照的構造をもつことが      ヘロ 指摘され︑特に主人公の人物像が対照的であることが言われている︒

しかし︑対照はそれだけではない︒﹁竜の頸の珠﹂難題謹と同様に︑

一97一

(15)

﹁燕の子安貝﹂難題謂も﹁転落﹂と﹁喪失﹂の構造を有しており︑

さらに両者の﹁転落﹂と﹁喪失﹂に対照性が見出せる︒具体的に言

えば︑御行の﹁転落﹂が絶対者からの凋落であったのに対し︑麻呂

足は物理的に上から下へまさしく転げ落ちている︒また︑麻呂足の

       ヘ  ヘ  ヘ   ヘ  ヘ  ヘ   ヘ  へ﹁喪失﹂は生命であるが︑御行の﹁喪失﹂は生命以外の全

てであった︒

 ここでも︑本話同様に先行求婚謹の摂取・襲用が物語展開を導い

ているとみられるのである︒

 注︵1︶求婚難題諏全体の構成については︑﹁二+一+二話﹂説︑﹁二+三

  話﹂説︑﹁三+二話﹂説︑﹁移行﹂説などがある︒これらのうち︑

   ﹁二+三話﹂説︵坂井幸夫﹁竹取物語における求婚諌の構成﹂﹃国

  文学論考﹂第七号一九七〇年︶を除けば︑すべて第四・五話を

  一連のものと把握している︒代表的な例を挙げるなら︑日本古典

  文学全集・新編日本古典文学全集﹃竹取物語﹄︵片桐洋一校注︶︑

  新潮日本古典集成﹁竹取物語﹂︵野口元大校注︶︑新日本古典文学

  大系﹃竹取物語﹂︵堀内秀晃校注︶は全て﹁三+二話説﹂を採る︒

   ﹁三+二話説﹂は︑主に後二者︵御行・麻呂足︶を増補ととらえ

  るが︑同じ立場をとる上坂信男は﹁表現や叙述方法が単調に流れ

  るのを避けるための意識的変化﹂︵﹃竹取物語全評釈︵本文解釈編︶﹄

  右文書院一九九〇年︶と理解していてやや様相を異にする︒ま

  た︑第三話の右大臣を対称軸に姦計組︵皇子二人︶と愚鈍組︵納

﹁竹取物語﹂﹁竜の頸の珠﹂難題謹の構造︵伊澤 美緒︶   言二人︶に分類する﹁二+一+二話説﹂︵三谷栄一﹃物語文学史  論 新訂版﹂有精堂 一九五二年・奥津春雄﹁竹取物語の研究−  達成と変容ー﹂翰林書房二〇〇〇年︶︑および求婚難題諌が求婚  謹的なものから難題諏的なものへの段階的に移行しているととら  える﹁移行﹂説︵西本香子﹁﹁竹取物語﹂論−求婚難題謹を通じ  てー﹂﹁明治大学大学院紀要﹄第27集一九九〇年︶においても︑  第四・五話はひとつのグループとして扱われており︑第一・二話  のグループ及び第三話との差異を認めている︒

︵2︶﹃竹取物語の研究ー達成と変容ー﹄翰林書房二〇〇〇年所収*初

  出﹁﹃竹取物語﹂求婚謹の構造と主題﹂︵﹃日本文学﹂39−5 一九

  九〇年︶

︵3︶片山剛﹁﹁竹取物語﹂求婚諏ノート﹂︵﹁金蘭国文﹄4号 二〇〇〇

  年︶︵4︶注︵3︶におなじ︒

︵5︶本稿における用語﹁型﹂は﹁パターン﹂と同意︒話型ではない︒

  求婚難題課の話型については島内景二﹁竹取物語の発生基盤1そ

  の話型的研究ー﹂︵﹃電気通信大学学報﹄3512 一九八五年︶ほ

  かの詳細な研究があり︑島内は﹁竜の頸の珠﹂難題謹についても

   ﹁失敗におわる竜退治の話型に基づく﹂︵﹁竹取物語をよむ﹂難題

  謂﹃竹取物語伊勢物語必携﹂鈴木日出男編學燈社 一九八八年︶

  とする︒

︵6︶引用は︑すべて角川ソフィア文庫﹁新版 竹取物語﹄︵室伏信助訳

  注二〇〇一年︶による︒なお引用文には私に傍線等を付し︑末尾

  にはソフィア文庫における頁数を記した︒

一五

一96 一

(16)

  愛知淑徳大学論集−文学部・文学研究科篇ー 第二八号

︵7︶ 注︵2︶におなじ︒

︵8︶﹃竹取物語﹄における﹁笑い﹂は﹁ほほ笑む﹂一例︑﹁見笑ふ﹂一

  例︑﹁笑ふ﹂二例︑﹁笑ひ栄ゆ﹂一例の計五例が確認できるが︑﹁蓬

  莱の珠の枝﹂難題語で用いられる﹁笑ひ栄ゆ﹂以外は︑本難題課

  に集中している︒

︵9︶前掲 角川ソフィア文庫﹃新版 竹取物語﹂脚注=説に﹁御は

  らゐて﹂の本文より︑﹁腹居る︵n機嫌ガ直ル︶﹂と解する︒﹂

︵10︶参考本文﹇三四頁﹈

     ﹁かぐや姫据ゑむには︑例やうには見にくし﹂とのたまひて︑

    麗しき屋を作りたまひて︑漆を塗り︑蒔絵して壁し給ひて︑

    屋の上には糸を染めて色々葺かせて︑内々のしつらひには︑

    言ふべくもあらぬ綾織物に絵を描きて︑間ごと貼りたり︒も

    との妻どもは︑かぐや姫を必ず婚はむ設けして︑ひとり明か

    し暮らし給ふ︒

︵11︶奥津春雄﹁求婚謹の対称構造﹂︵﹁竹取物語の研究−達成と変容ー﹄

  翰林書房二〇〇〇年︶

      ︵博士後期課程二年︶ 一六

一95一

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