中央大学犯罪学研究会
(代表 只 木 誠)*
今回は,次の 2 本の研究成果を収録する。
「アメリカ少年司法制度の新動向 ─ 厳罰化からの転換 ─ 」(藤田尚)は,
1980年代以降,アメリカの少年司法制度において進んだ厳罰化の傾向に歯 止めがかかり,多くの州が法改正を始めたことに注目し,現在,厳罰化の 傾向にあるとされる日本の少年司法制度の今後を考察したものである。
また「被害者政策としての修復的司法の必要条件は何か? ─ 修復的司 法に対する法律学,被害者学及び社会学的視角からする理論的再検討 ─ 」
(野村貴光)は,被害者政策としての修復的司法の必要条件について,法 律学,被害者学,社会学的視座から考察したものである。
(只 木 誠)
* 所員・中央大学法科大学院教授・法学部教授
アメリカ少年司法制度の新動向
──厳罰化からの転換──
New Trends of the Juvenile Justice System in America : Conversion from Punitiveness
藤 田 尚**
I は じ め に
近年,我が国では,少年法が頻繁に改正され,本年は国会に少年院法案 及び少年鑑別所法案が提出された。我が国の少年法は,第 1 条において,
少年法の目的と少年審判の基本的性格を規定しており,少年審判と刑事裁 判は異なるとの解釈が導き出される。しかし,2000年の少年法改正以降,
裁定合議制,検察官関与及び国選付添人制度等,少年法の理念を忘れて少 年審判の刑事裁判化が進んでいるように思われる。また,被害者感情を尊 重した少年審判の公開についても,運用状況を見る限り,傍聴の申出があっ た事件に対して約 9 割の事件に許可がなされており,「少年の健全育成を 妨げるおそれがなく相当と認めるとき」という文言にかからない場合に許 可されるとしても,少年法は審判に関して原則非公開としているため,そ の理念に反していると解すことができ,少年側から見れば,刑事裁判化し ているといえる1)。
この状況は,1980年代から90年代にかけて,少年司法の刑事裁判化や審 判手続の公開が盛んに議論され,厳罰主義が顕著になったアメリカの状況 と類似している。しかしながら,現在のアメリカでは,少年司法における 厳罰主義に歯止めがかかり,その厳罰化からの転換は,特に諸州における
** 中央大学大学院法学研究科博士後期課程在学中
1) 最高裁判所事務総局家庭局『平成20年改正少年法の運用の概況(平成20年12 最高裁判所事務総局家庭局『平成20年改正少年法の運用の概況(平成20年1220年改正少年法の運用の概況(平成20年12年改正少年法の運用の概況(平成20年1220年12年1212 月15日から平成23年12月31日)』 2 頁(http://www.courts.go.jp/vcms_lf/240326 gaikyou.pdf)。
州法の改正という形で現れている。そこで,アメリカが実施してきた厳罰 化政策の 1 つであり,少年を成人として扱う移送法(Transfer Law)の検証,
及び,2005年より活発化している成人として少年を扱う移送法への反対運 動,すなわち,1980年代より盛んであった “get tough” または “tough on crime” から “smart on crime” への転換2)について検証することは,今後の 日本の少年矯正にとって有益であると考えられる。
以下,本稿では,アメリカ少年司法制度の経緯を概観し,この新動向に ついて主に各州の傾向を詳細に検討した上で,日本との比較検討を試み,
今後の日本の少年司法制度の在り方を模索したいと思う。
II アメリカにおける少年司法制度の厳罰化
アメリカの少年司法制度は,1899年に設置されたイリノイ少年裁判所を 起源としている。当時の少年司法制度は,国家が親の代わりに保護・教育 をするという国親思想(パレンス・パトリエ)を基礎理念とし,少年の犯 罪に対しては,処罰ではなく,少年の保護と更生を目的とする処遇が重視 され,犯罪少年だけでなく,虞犯少年及び要保護少年に対して管轄権を持 ち,少年審判の手続は,非形式的で柔軟な手続によって行われ,刑事裁判 における対審構造,証拠法則などの厳格な手続は重視されないという職権 主義的な少年審判手続が行われていた3)。
しかし,1960年代に入ると,少年犯罪の増加や少年に対する適正手続に 関する批判がなされ始め,連邦最高裁判所において,少年司法手続に関す る憲法判断が判示された後,少年司法制度の改正が実施された。その契機 となった事件として,1966年の「Kent事件判決」がある。この事件は,
連邦最高裁判所が,少年裁判所は少年事件の管轄権を放棄し,事件を通常 2) 2005年以降,州法の改革が促進され, 2005年以降,州法の改革が促進され,2005年以降,州法の改革が促進され,年以降,州法の改革が促進され,5 年間で15州が何らかの改革を実行し,
現在, 9 州が改革を進行中とのことである。
3) G.Larry Mays and Rick Ruddell, G.Larry Mays and Rick Ruddell, G.Larry Mays and Rick Ruddell, Do the Crime, Do the Time. California:Praeger, 2012, p. 24, pp. 117-122.
の刑事事件として刑事裁判所で審判させるためには,少年に弁護人選任権 を保障し,弁護人に当該少年の社会記録やプロベーション記録などを閲覧 する機会を与え,終局判決の理由を明らかにしなければならないとし,こ の手続は,刑事事件の審理や通常の行政聴聞と全く同様である必要はない が,適正手続と公正な処遇の本質に適合するものでなくてはならないと判 示したものである。そして,1967年の「Gault事件判決」では,少年手続 においても,刑事裁判同様,被疑事実の告知,弁護人選任権,証人との対 質権・反対尋問権,黙秘権等が保障されるべきであると判示し,1970年の
「ウィンシップ事件判決」では,少年の非行事実認定に関しても,成人の 刑事事件同様,「合理的な疑いを超える証明」が必要であると判示した。
そのため,少年裁判所の犯罪少年,虞犯少年及び要保護少年に対する管轄 権の点は維持されつつも,その後,各州で,少年司法の非形式性が廃止さ れて,少年事件に適正手続の保障が認められることとなった4)。
他方,1980年代後半から1990年代初期にかけて少年の重大犯罪が増加し,
少年裁判所制度に対して,現行の制度は少年の保護が強調されすぎて治安 維持が軽視されているため,少年の保護よりも制裁の強化を重視すべきで あるという批判がなされるようになった。これを受け,各州において,重 大犯罪の統制に主眼を置く強圧政策(get tough policy)への転換が起こり,
連邦政府も呼応し,各州議会は少年に対する制裁の強化を目的とする法改 正を進めることとなった5)。その少年に対する制裁強化の一環として制定 されたのが,移送法である。
移送法は,大別すると, 3 つのカテゴリーに分類される。まず第 1 に,
4) 法務省法務総合研究所編『平成 法務省法務総合研究所編『平成 2 年版 犯罪白書 第 3 編/第 6 章/第 6 節/ 2 』(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/31/nfm/n_31_2_3_6_6_2.html)参照。
5) Neelum Arya ,“State Trends: Legislative Victories from 2005 to 2010 Removing Neelum Arya ,“State Trends: Legislative Victories from 2005 to 2010 Removing Neelum Arya ,“State Trends: Legislative Victories from 2005 to 2010 Removing Youth from the Adult Criminal Justice System ”, Campaign for Youth Justice, 2011, p. 3.
安藤美和子 = 松田美智子 = 立谷隆司「アメリカにおける少年非行の動向と少 年司法制度」『法務総合研究所研究部報告─諸外国における少年非行の動向と少 年法制に関する研究』第 5 号(1999年)11頁。
少年裁判所裁判官がその管轄権を放棄して,刑事裁判所への移送を行うか 否かを決定する管轄権放棄(judicial waiver)がある6)。第 2 の分類としては,
一定の種類の事件につき,少年裁判所と刑事裁判所との競合管轄権を認め て,検察官がいずれの裁判所に訴追するかを決定する検察官裁量(prose-prose- cutorial discretion)7),または,競合管轄(concurrent jurisdiction)と呼ば れているものがある8)。第 3 の分類とは,一定の種類の少年や犯罪を少年 裁判所の管轄から除外し,成人と同様に刑事裁判所の管轄とする立法によ る少年裁判所管轄権からの排除,すなわち,制定法上の排除(statutory
exclusion)と呼ばれるものである9)。すべての州が, 3 つの分類のうち,
少なくとも 1 つは採用しており, 3 つの形態を組み合わせて採用している 州もある10)。
6) この管轄権放棄は,刑事訴追に始まり,少年裁判所が管轄権を放棄すること この管轄権放棄は,刑事訴追に始まり,少年裁判所が管轄権を放棄すること を許すものであり,聴聞を経た上で,少年裁判所裁判官の承認を得て行われる。
たとえ,すべての州が最小限の基準を設定していても,通常,管轄権放棄の決 定は,少年裁判所裁判官の裁量でなされる。この管轄権放棄については,さら に①裁量によって実施されるもの(Discretionary),②推定により実施される もの(Presumptive),③強制的に実施するもの(Mandatory)がある。
Patrick Griffi n, Sean Addie, Benjamin Adams, and Kathy Firestine, “Trying Ju-Patrick Griffin, Sean Addie, Benjamin Adams, and Kathy Firestine, “Trying Ju- veniles as adults: An Analysis of State Transfer Laws and Reporting”, Juvenile Of- fenders and Victims:National Report Series, NCJ232434, 2011, p. 2.
安藤美和子 = 松田美智子 = 立谷隆司・前掲書・11頁。
7) 法務総合研究所編・前掲書・399頁によると,prosecutorial discretion 法務総合研究所編・前掲書・399頁によると,prosecutorial discretion399頁によると,prosecutorial discretion頁によると,prosecutorial discretionprosecutorial discretionを検察を検察を検察を検察を検察を検察 官先議(direct file)と翻訳している。
8) これは,少年裁判所あるいは刑事裁判所のいずれかに訴追するかを決定する これは,少年裁判所あるいは刑事裁判所のいずれかに訴追するかを決定する ものであり,第 1 の管轄権放棄とは異なり,聴聞は開かれず,検察官にその決 定が委ねられている。
9) 制定法上の排除とは,刑事裁判所に一定の種類(年齢を含む)の少年や犯罪 制定法上の排除とは,刑事裁判所に一定の種類(年齢を含む)の少年や犯罪 を超えた専属的管轄権を与えることである。したがって,もし,事件が,制定 法上の排除の範囲内にあるならば,刑事裁判所へ移送されなければならないの である。
10) また,多くの州は, また,多くの州は, 3 つの移送法以外にも①刑事裁判所から少年裁判所に少 年を移送する制度(reverse waiver),②少年裁判所が少年に刑罰を科すことが
このように,少年裁判所が少年を刑事裁判所へ移送する制度が成立して 以来,少年を成人として扱う半面,徐々にその内容が多様化し,刑事裁判 所が刑罰ではなく,保護処分を科す等の境界線が曖昧な制度へと変貌した のである。
その後,移送法に関する効果の検証が全米中で実施された結果,成人裁 判所に少年を起訴する州法は,犯罪防止と再犯減少に効果がないとの結論 に至った11)。移送法は,厳罰化の要請により需要が高まった法律であり,
少年を成人として審理する制度であった。しかし,移送法は,犯罪者とい うレッテル貼り,刑事裁判所に付されたという不公平感の増大,悪風感染,
社会復帰のためのサポートの形骸化,家族関係の希薄化,雇用の機会の喪 失及びコミュニティへの再統合が困難という理由から,抑止効果がなかっ たと結論付けられている。
その結果,州議会は少年司法政策を再検証し,少年犯罪と非行への取り 組みを再び図り,少年犯罪の原因が,神経生物学的要因や心理社会的要因 及び青年期の発達や能力に関係があるとの研究結果が報告されたため,近 時の制定法は,少年と成人の犯罪者を区別し,少年裁判所の法域を元に戻 す傾向にある。
以上のように,成人の刑事司法制度で少年を扱うことの弊害が立証され できる(juvenile blended sentencing),あるいは,刑事裁判所が少年にしか科 することのできない処分を科すことができる制度(criminal blended sentenc-criminal blended sentenc- ing),③今回の犯罪の重大性は関係なく,過去において起訴された少年の刑事 訴追の要求を排除する制度(once adult/always adult)がある。
Charles Puzzanchera, “Juvenile Arrests 2008”,OJJDP JUVENILE JUSTICE BUL- LETIN, NCJ228479, 2009, pp. 6-7.
11) 少年裁判所の少年と比較したところ,刑事裁判所において暴力犯罪で有罪判 少年裁判所の少年と比較したところ,刑事裁判所において暴力犯罪で有罪判 決を下された少年間の再犯率がより高いことが判明し,移送法に特別予防的効 果はないと結論付けられた。その根拠となる研究の主なものとしては,刑事裁 判で強盗として審理された少年の再逮捕率は91%であったのに対して,少年裁 判所で強盗とされた者の再逮捕率は73%であったという研究や,OJJDPの研 究(本稿419頁参照)がある。
Patrick Griffin, Sean Addie, Benjamin Adams, and Kathy Firestine,ibid.,p. 10.
たため,2000年以降,各州は,急速に成人として少年を扱うことを回避す べく,代替策を打ち出し始めた。そして,2005年以降,「Campaign for Youth Justice」なる組織が,成人の刑事司法制度において18歳未満の少年 を扱うことに反対する運動を開始し,この運動が功を奏し,2000年より州 単位で少年司法制度の改革がなされていたが,さらにその改革に拍車をか けたようである。上記で触れた「Campaign for Youth Justice」とは,成人 の刑事司法制度における18歳未満の少年への起訴,判決の言い渡し及び拘 禁の訴訟手続を終わらせることに従事した全国組織である12)。
次章では,少年司法制度の新動向へ至った経緯を探るべく,成人の司法 制度における少年の現状を分析し,その弊害を言及した後,連邦及び州の 新動向について論じることとする。
III 少年司法制度の厳罰化の弊害
1.成人の司法制度における少年の現状
2008年の統計によると,アメリカでは,約211万人にも及ぶ18歳未満の 少年が逮捕されている。最近の傾向としては,逮捕率は全体的に減少傾向 にあり,罪名別にみると,殺人,強姦,加重暴行,自動車窃盗,放火は減 少傾向にあるが,強盗,住居侵入窃盗,窃盗等の財産犯は,2004年頃から 緩やかに上昇している13)。しかし,2009年の統計を見る限り,殺人,強姦,
強盗あるいは加重暴行で逮捕された少年は全体のわずか 5 %に過ぎない。
つまり,重大犯罪を犯している少年はごくわずかであり,成人のシステム における大半の少年は,軽微な犯罪で有罪判決を受けているのである。し かしながら,成人の司法制度における少年に対しては 3 つの誤解があると のことである。すなわち,①新聞やテレビの報道によって歪められた少年 12) 「Campaign for Youth Justice」の詳細については,HP(http://www.campaig 「Campaign for Youth Justice」の詳細については,HP(http://www.campaig Campaign for Youth Justice」の詳細については,HP(http://www.campaig 」の詳細については,HP(http://www.campaig HP(http://www.campaig (http://www.campaig http://www.campaig
nforyouthjustice.org/)参照。
13) Charles Puzzanchera, Charles Puzzanchera, Charles Puzzanchera, “Juvenile Arrests 2008”, “Juvenile Arrests 2008”, “Juvenile Arrests 2008”, OJJDP JUVENILE JUSTICE BULLETIN, NCJ228479, 2009, pp. 6-7.
犯罪の性質,②少年犯罪は増加しているとの認識,③少年が国家における 犯罪の大多数を犯しているとの認識,という誤解が生じているのである。
つまり,①に関しては,重大犯罪は全体の 5 %にすぎないが,メディアが 殺人やギャングに焦点を当てて報道するため,少年犯罪が凶悪化している ように見え,少年犯罪の性質が歪められているというものであり,②につ いては,実際の統計では少年犯罪は増加しておらず,減少傾向にあるとい うこと,③の場合には,実際は成人の犯罪が大多数を占めているため,少 年が犯罪の大多数を占めている訳ではないとのことである。したがって,
このような誤解が厳罰化傾向を生み出し,少年に対して成人の司法制度を 適用したとのことである。いわゆる,ペナル・ポピュリズムとの関連が指 摘できる。実際には,成人刑務所へ送られた大多数の少年は,仮釈放のな い終身刑のような極刑は与えられず,少年の95%が25歳の誕生日前に釈放 されているのが現状である。しかし,成人のシステムで起訴された少年は,
教育や技能訓練が受けられず,仕事を得ることすら困難な状況にあるとの ことである14)。
次に,成人のジェイル及び刑務所へ収容された少年に関してであるが,
アメリカでは, 1 万人の子供たちが成人のジェイル及び刑務所に収容され ている。成人のジェイルにいる少年の半分は,少年司法制度へ戻されるか,
有罪判決は受けないだろうが,これらの少年の多くは,成人のジェイルで 少なくとも 1 か月は費やし,これらの少年の 5 人に 1 人は 6 か月以上を成 人のジェイルで費やす。成人のジェイル及び刑務所にいる間,多くの少年 は,発達段階に必要な教育的及び社会復帰のためのサービスを与えられて いない。その内訳は,ジェイルにいる40%が全く教育的サービスが与えら れておらず,11%のみが特別な教育サービスを与えられ, 7 %が職業訓練 を与えられたにすぎない。このような教育の不足は,少年達がコミュニ ティへ戻ることを困難にする。また,成人施設への収容は,少年にとって,
身体的あるいは性的虐待の危険があり,他方,虐待等から少年を保護する 14) Neelum Arya, ibid., pp. 12 Neelum Arya, ibid., pp. 12Neelum Arya, ibid., pp. 12-14.
ために隔離すれば,孤独感がメンタルヘルスの問題を引き起こすというジ レンマが存在する15)。
最後に,釈放後の状況についてであるが,少年裁判所制度から成人の刑 事制度へ移送された少年は,少年裁判所制度にいた少年よりも暴力あるい はその他の犯罪で再逮捕される割合が約34%も高くなっている。また,OJJDP の研究では,①少年裁判所で審理された少年による再犯率は35%であった のに対して,移送された犯罪者の49%が再犯を犯していた,②暴力犯罪に 関して,移送された者の24%が再犯を犯したのに対し,少年裁判所の者は 16%であった,③薬物犯罪については,移送された者の再犯率は11%,少 年裁判所の者は 9 %,④財産犯罪に関しては,移送された犯罪者の再犯率 は14%,少年裁判所の犯罪者は10%という結果が導き出されている16)。
2.成人の司法制度における少年の弊害
上述した通り,成人の司法制度内で少年を扱うことの弊害は,集約すれ ば,犯罪者というレッテル貼り,刑事裁判所に付されたという不公平感の 増大,悪風感染,社会復帰のためのサポートの形骸化,家族関係の希薄化,
コストの増大,雇用の機会の喪失及びコミュニティへの再統合が困難とい う点にあり,これらの弊害により抑止効果がないため,法改正が行われる ようになったと考えられる。以下,いくつかの弊害について,具体的な内 容を見ていくこととする。まず,成人の司法制度へ移送された場合,教育 等のサービスがほとんどなく,犯罪歴が生涯付きまとうため,コミュニティ へ戻る際の仕事の確保が困難になるとの弊害がある。つまり,少年司法制 度であれば,犯罪歴が残らないため,成人の司法制度へ移送された者より は,就職が容易となるのである。次に,コスト面については,厳罰主義に より長期間拘禁することは,結果として再犯者となる確率が高くなるとい う研究結果があり,長期的にみれば,教育を行うことによって再犯者を防
15) Neelum Arya, ibid., pp. 15 Neelum Arya, ibid., pp. 15Neelum Arya, ibid., pp. 15-16.
16) Richard E. Redding, Richard E. Redding, Richard E. Redding, “Juvenile Transfer Laws: An Effective Deterrent to Delin-“Juvenile Transfer Laws: An Effective Deterrent to Delin-“Juvenile Transfer Laws: An Effective Deterrent to Delin- quency?”, OJJDP JUVENILE JUSTICE BULLETIN, NCJ220595, 2010, pp. 4-5.
止すれば,1 ドル費やすごとに 3 ドルの利益を生むとのことである。また,
成人の施設へ移送された場合,身体的及び性的虐待の危険性が高くなると いう弊害がある。さらに,上述した虐待等の弊害を避けるため,少年を隔 離した場合,孤独感に苛まれ,不安,パラノイア,精神障害,自殺のよう なメンタルヘルスの問題を引き起こすという弊害もある。特に自殺率に関 しては,少年施設に収容された少年より,成人施設へ収容された少年の自 殺率は36倍も高くなるため,深刻な問題である。最後に最も大きな弊害と しては,厳罰化により再犯防止を図る意図があったにもかかわらず,実際 には再犯率が少年裁判所制度から成人の刑事制度へ移送された少年の方が 高いということが挙げられる。
以上,少年司法制度から成人の司法制度へ移送した際に生じた弊害につ いて触れたが,これらを受けて,新しい潮流が生まれたといっても過言で はない。表 1 は,こうした弊害を見るために,少年司法制度と成人の司法 制度へ移送された少年を比較したものである。
表 1 ノース・カロライナにおける成人システムと少年システムの 必要条件に関する比較
少年システム 成人システム
親の関与 ・ 親または保護者が関与しなけれ ばならない。
・ 少年は,拘置センターから親ま たは保護者にのみ釈放される。
公判前の釈放や保釈金による釈 放の権利はない。
・ 親または保護者に知らせる必要 はない。
・ 少年は保釈金を用意することが で き, 自 ら 誓 約 し て カ ウ ン ティ・ジェイルを離れることが できる
教育 少年は,通学するか,GEDを受
けなければならない。 ・教育は必要ない。
年齢に適 切なサー ビ ス, 処 遇及び刑 罰
・ 少年はアセスメントを受け,裁 判所のカウンセラーと頻繁にコ ンタクトを取り,定期的に社会 復帰サービスについて報告す る。
・ 少年と家族はしばしば裁判所命 令による証拠に基づいたセラ ピー(カウンセリング,訓練,
メンタリング(mentoring),個 別指導及び子育ての技能)を受 ける。
・ メンタル・ヘルスや薬物中毒の 問題を持つ少年は集中的なサー ビ ス(intensive services) を 受 ける。
・ 裁判所カウンセラーとの定期的 接触。
・ サービスを受けることは必要と されず,しばしば提供すらされ ない。
・ 提示されたサービスは成人を対 象としたものであり,したがっ て,少年にとっては発達上適切 ではない。
資料源:Action for Children North Carolina(quote from a paper by Neelum Arya ,“State Trends:
Legislative Victories from 2005 to 2010 Removing Youth from the Adult Criminal Justice System ”, Campaign for Youth Justice, 2011, p. 11.).
III アメリカにおける少年司法制度の新動向
1.連邦における新動向
連邦レベルにおける新動向としては,2005年のRoper v. Simmonsに起 源を見出せる。合衆国最高裁判所は,Roper v. Simmonsにおいて,少年が 18歳に達する前に犯した犯罪に対して死刑を言い渡すことは,残虐で異常 な刑罰を規定した憲法修正第 8 条17)に違反するとして,18歳未満の少年に 対する死刑を禁じた。裁判所は,その理由として,マッカーサー財団研究 ネットワークの研究を証拠として引用している。その証拠とは,青年期の
17) アメリカ合衆国憲法修正第 アメリカ合衆国憲法修正第 8 条[残酷で異常な刑罰の禁止]
「過大な額の保釈金を要求し,過大な罰金を科し,または残酷で異常な刑罰 を科してはならない」
脳は十分に発達しておらず18),自己統制のような知能,すなわち,自己の 行為に対する責任を取るための能力に影響を与えるというものである。さ らに裁判所は,少年には自分の犯罪に対する必要不可欠な有責性(culpa-culpa- bility)が欠けているという社会のコンセンサスがあるため,州議会の 47%もすでに1980年代及び1990年代に少年の死刑執行を禁止しているとい う事実の存在も理由の 1 つとしている。
その後,2010年に裁判所は,Roperに適用された理由をもとに,Gra-
ham v. Floridaにおいて,殺人ではない犯罪で有罪判決が下された少年に
対して仮釈放のない終身刑を言い渡すことも禁じた19)。
そして,2012年 6 月25日,裁判所は,Miller v. Alabamaにおいて,少年 に仮釈放の可能性がない強制的な終身刑を科すことは,修正第 8 条に違反 すると判示した20)。
現在,12州(アラスカ,コロラド,カンザス,ケンタッキー,メーン,
モンタナ,ニュージャージー,ニューメキシコ,ニューヨーク,オレゴン,
バーモント及びウェストバージニア)及びコロンビア特別地区は,少年に 仮釈放のない終身刑を禁じている,あるいは,その刑に服している少年犯 罪者がいない。2011年に,ネヴァダ州は,grahamの決定に応じて,殺人 ではない犯罪に対して仮釈放なしの終身刑を科すことをやめた21)。
以上,連邦レベルの新動向は,裁判所が,合衆国憲法修正第 8 条に違反 18) Neelum Arya, ibid., p. 9. Neelum Arya, ibid., p. 9.Neelum Arya, ibid., p. 9.
マッカーサー財団研究ネットワークによれば,青年と大人との間には発達に 違いがあり,青年期に脳が成長の最終段階に入り,20代初めまで発達し続け,
25歳頃に発達を終えるとのことである。
19) G.Larry Mays and Rick Ruddell, ibid., pp. 126 G.Larry Mays and Rick Ruddell, ibid., pp. 126G.Larry Mays and Rick Ruddell, ibid., pp. 126-134.
渡部信吾「米国ネブラスカ州の少年司法について(下)」『家庭裁判所月報』
第62巻第 6 号(2010年)40-42頁。
20) Miller v. Alabama, 567 U. S. ____ (2012).
21) National Conference of State Legislatures, “Juvenile Justice Guide Book for Legis- National Conference of State Legislatures, “Juvenile Justice Guide Book for Legis-National Conference of State Legislatures, “Juvenile Justice Guide Book for Legis- lators”, 2011, p. 4.(http://www.ncsl.org/documents/cj/jjguidebook-complete.pdf)
参照。
するとして,18歳未満への死刑廃止及び殺人ではない犯罪に対して仮釈放 のない終身刑を科すことへの廃止を決定した点に見られる。
2.各州における新動向
「Campaign for Youth Justice」によると,2005年から2010年の 5 年間で 15州が州法を変え,少なくともさらに 9 州が積極的な政策の改革を進行中 とのことである22)。各州の新動向は, 4 つのカテゴリーに分類できる。第 1 のカテゴリーは,州と地方の法域は,少年を成人のジェイル及び刑務所 から除去する,第 2 のカテゴリーは,州が少年裁判所管轄権の年齢を引き 上げる,第 3 のカテゴリーは,州は,より多くの少年を少年裁判所にキー プするために移送法を変更する,第 4 のカテゴリーは,州が少年のために 量刑法を再考するものである23)。
第 1 のカテゴリーは,成人のジェイル及び刑務所に少年を収容するため の能力を制限する法律を制定するものである。この法律は,コロラド州,
メーン州,ヴァージニア州及びペンシルヴェニア州において通過している。
内容は州毎に異なるが,コロラド州では,成人の施設で収容されている少 年を減らすための法律が制定され,未だ成人施設に収容されている少年に 対しては教育的サービスを受けることを保障した。次いで,メーン州は,
成人刑務所で刑に服する子どもでも16歳未満の者はすべて少年矯正施設で 刑に服さなければならないとし,ヴァージニア州は,成人として審理され る少年を成人のジェイルから少年施設に収容するとし,ペンシルヴェニア 州は,成人として起訴された少年を少年施設で留置することを許可し た24)。
第 2 のカテゴリーは,自動的に成人として扱われるであろう年齢の高い 少年が成人の刑事裁判所に起訴されないために,少年裁判所の法域を拡大 したものである。これを採用しているのは,コネチカット州,イリノイ州
22) Neelum Arya, ibid., p. 3. Neelum Arya, ibid., p. 3.Neelum Arya, ibid., p. 3.
23) National Conference of State Legislatures, ibid., pp. 4 National Conference of State Legislatures, ibid., pp. 4National Conference of State Legislatures, ibid., pp. 4-5.
24) Neelum Arya, ibid., pp. 24 Neelum Arya, ibid., pp. 24Neelum Arya, ibid., pp. 24-26.
及びミシシッピ州の 3 州である。まず,コネチカット州は,成人システム に18歳未満の少年が最も多い州であったが,2007年に少年裁判所の法域を 16歳から18歳へ引き上げることが承認された。段階的に年齢を引き上げる 予定であり,2012年に17歳から18歳へ引き上げる予定である。イリノイ州 については,軽罪で有罪判決を言い渡された17歳の少年は,もはや自動的 に成人司法システムへ移送されることがなくなり,ミシシッピ州でも新し い法律の下では,以前は重罪で起訴されたすべての17歳が自動的に成人裁 判所へ送られていたが,放火,薬物事犯,強盗及び児童虐待を含む重罪で 起訴された少年は,少年司法制度に止まるであろうとされている。その他,
将来的には,ノースカロライナ州が16歳から17歳へ管轄を引き上げ,マサ チューセッツ州も17歳を加えることを考えており,ニューヨーク州は年齢 を引き上げるためのキャンペーンを行う予定である25)。
第 3 のカテゴリーは,少年が少年司法制度に残れるように移送法を変更 したものである。これに関しては,アリゾナ州,コロラド州,コネチカッ ト州,デラウェア州,イリノイ州,インディアナ州,ネヴァダ州,ユタ州,
ヴァージニア州及びワシントン州の10州が実施している。移送法の変更点 は各州によって異なり,①刑事裁判所から少年裁判所に少年を移送する制 度(reverse waiver)において,少年裁判所へ戻すための聴聞を得ること が容易になった,②少年が成人として審理されうる年齢資格を変更,③過 去において起訴された少年の刑事訴追の要求を排除する制度(once an adult, always an adult)の変更,④犯罪の種類を限定,⑤現在,州法への 変更を予定している,に分けられる26)。
最後に第 4 のカテゴリーとして,少年と成人間の発達の差異を考慮して 量刑を最小限にするよう変更したものがある。これは,コロラド州,ジョー ジア州,テキサス州及びワシントン州が採用しており,コロラド州とテキ サス州は,最高裁判所と同様,少年に対して仮釈放なしの終身刑を廃止し,
ジョージア州は,少年の性犯罪者に対する不均衡な量刑の問題を改善し,
25) Neelum Arya, ibid., pp. 29 Neelum Arya, ibid., pp. 29Neelum Arya, ibid., pp. 29-32.
26) Neelum Arya, ibid., p. 33. Neelum Arya, ibid., p. 33.Neelum Arya, ibid., p. 33.
ワシントン州は,成人として審理された少年に対して強制的に科される最 小限の量刑を除去した27)。
以上が,各州における新動向である。今現在も様々な州で州法の改革が 進行中であり,今後もこの動きは拡大すると考えられる。
V お わ り に
現在,アメリカ少年司法制度における厳罰主義に歯止めがかかり,新た な法改正がなされ始めている。それに引き換え,日本の少年司法制度は,
厳罰化傾向にあるため,少年の刑事裁判化が進んでおり,20年前のアメリ カと同じ状況にあるように思われる。少年法の制定理由を考えれば,成人 の法律と区別するのが妥当であるが,昨今の少年法はその理念を忘れてし まったかのような法改正を度々行っているのである。アメリカのように厳 罰化に走れば,①再犯率の増加,②雇用の機会の喪失,③コミュニティへ の再統合が困難,④コストの増大,⑤成人受刑者による虐待の危険性,⑥ 孤独感が引き起こすメンタルヘルスの問題といった問題点が生じるおそれ がある。
日本は,出院年を含む 5 年間に再入院した者の比率が15%前後で推移し ており,出院年を含む 5 年間に刑事施設に入所した者の比率は,10%前後 である28)。これは,諸外国と比較すれば,相当低い数値であり,厳罰化へ 移行し,上記のような問題点を抱え込むよりは,現在の少年司法制度を維 持し,処遇方法を充実させるべきではないだろうか。
27) Neelum Arya, ibid., pp. 41 Neelum Arya, ibid., pp. 41Neelum Arya, ibid., pp. 41-42.
28) 法務省法務総合研究所編『平成23年版 犯罪白書 第 法務省法務総合研究所編『平成23年版 犯罪白書 第23年版 犯罪白書 第年版 犯罪白書 第 犯罪白書 第犯罪白書 第 第第 7 編/第 2 章/第 5 節/3 』
(http://hakusyo1.moj.go.jp/jp/58/nfm/n_58_2_7_2_5_3.html)参照。
被害者政策としての修復的司法の必要条件は何か?
──修復的司法に対する法律学,被害者学及び社会学的視角からする 理論的再検討──
What are Necessary Conditions of the Restorative Justice as the Victim Policy? :
A Theoretical Review to the Restorative Justice from the Standpoints of Jurisprudence, Victimology and Sociology
野 村 貴 光*
I. 被害者政策としての修復的司法に,いま必要とされている ものは一体何か?
現在,世界的に,約半世紀にわたって理論的進化を遂げた独立科学たる 被害者学の進展に伴い,被害者政策が長足の進歩を遂げていることは,法 律学,被害者学及び社会学の学際的領域において,コンセンサスが存在す るように思われる1)。そして,その被害者政策において,学際的視角から 焦点となってきた施策の 1 つとして,修復的司法を挙げることが許される であろう。
ここで,この修復的司法は,現在において,欧米諸国で本格的に展開さ れるに至っているが,その起源は,ニュージーランドの先住民マオリ族や,
オーストラリアの先住民アボリジニーの間で行われていた慣習的司法であ り,西サモアの伝統的司法やアイルランドのケルト民族のブリーホン法
(Brehon Law)においてもその淵源が見られるとされている2)が,カナダ
* 嘱託研究所員・法務省矯正研修所東京支所講師
1) 諸澤英道 = G・F・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学 諸澤英道 = G・F・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学 G・F・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学・F・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学F・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学・キルヒホッフ「理論被害者学の確立と今後の課題」法学 新報第117巻第7・8号(2011年)839-840頁。
2) 藤本哲也『犯罪学者のひとりごと』日本加除出版株式会社(2001年)169頁。 藤本哲也『犯罪学者のひとりごと』日本加除出版株式会社(2001年)169頁。2001年)169頁。年)169頁。169頁。頁。
北部の先住民社会もまた,修復的司法の起源に数えることができるように 思われる。そして,被害者に焦点を当てることをその眼目とする被害者政 策としての修復的司法が国家制度的に明確に意識された端緒となったの が,1974年,カナダのオンタリオ州のエルミラにおける,被害者と加害者 とが面会し,賠償(compensation)について交渉し,被害者が蒙った損害 の報告書を加害者に提出することを裁判官が命令した試みであったように 思われる3)。なぜならば,この裁判官による試みが,現在,カナダをはじ めとする欧米諸国において被害者政策の一環として用いられている,被害 者・加害者調停(victim-offender mediation)の原型となっているからで ある。
こうして,修復的司法は誕生し,被害者政策として制度的に発展してき たことについては,ほとんど異論をさしはさむ余地はないように思われる。
ただ,近年,修復的司法が過去に達成した偉業,修復的司法の現在の状態,
そして,将来において修復的司法が那辺に向かおうとしているのかについ て,欧米において問題提起がなされるに至った。すなわち,古くは世界各 3) Tomporowski, Barbara, Manon Buck, Catherine Bargen and Valarie Binder, Tomporowski, Barbara, Manon Buck, Catherine Bargen and Valarie Binder,Tomporowski, Barbara, Manon Buck, Catherine Bargen and Valarie Binder,
“Reflections on the Past, Present, and Future of Restorative Justice in Canada,”Al- berta Law Review, Volume48, No.4, 2011, p. 816.なお,この試みを敷衍すると,
1974年,オンタリオ州エルミラで,飲酒し,22個の器物損壊を行った 2 人の少 年達の事件が,その契機であった。事件後,これら 2 人の少年達は逮捕され,
有罪と決定された。そして,本件において,判決前調査報告書を準備する責任 を負ったのが,プロベイション・オフィサーたるマーク・ヤンツィ(Mark Yantzi)であった。ヤンツィは,革新的な量刑の示唆を得る目的から,地方の 刑事司法のボランティア及び専門家で構成される非公式のグループに本件を打 診した。そこで,集会が開かれ,ヤンツィは,コミュニティにとっての最良の 道は,加害者を被害者に面会させることである,との自分の意思を表示した。
そして,集会に参加していたデイヴ・ワース(Dave Worth)がその信念に賛 同し,ヤンツィの信念と情熱を裁判官に示すことを激励し,その結果,裁判官 が, 2 人の少年達に対し,ヤンツィ及びワースと一緒に被害者に面会に行き,
賠償につき交渉し,被害者の損害についての報告書の提出を命令するに至った というのが,被害者・加害者間調停の誕生の経緯である。
国における先住民の文化及び宗教的伝統に起源をもつ和解及び紛争解決の 実践から生まれ,その後,欧米諸国においては1970年代から草の根運動と して始まり,2012年現在,さまざまな諸原理及び諸政策を内包する社会運 動にまで進化を遂げた修復的司法の軌跡に対する再検討を通じて,修復的 司法をさらに発展的に進化させていくための必要条件を模索し,探求しよ うという動向が,欧米において,現在,発生するに至っている。
思うに,被害者政策としての修復的司法の必要条件を探求することは,
被害者政策の手段としての修復的司法の将来的発展に寄与し,それ故に,
被害者の人権の保障につながる結果となるものと思われることから,本稿 において,修復的司法の必要条件を探求することには,意義が認められる であろう。そこで,本稿においては,究極的に,被害者の人権保障の貫徹 を目指すという動機から,修復的司法の必要条件を探求することを目的と し,いま,被害者政策としての修復的司法に必要とされているものは何か,
という問題提起を行った上で,その問題について,法律学,被害者学及び 社会学的視角から考察し,修復的司法の必要条件に対する理論的帰結を導 出することにしたい。
II. 修復的司法とは何か?
まず,オペレイショナル・デフィニションの観点から,本稿における考 察の対象たる修復的司法とは何かについて,その定義及び概念を検討する 必要があるであろう。
この点,修復的司法の概念及び定義についての欧米諸国における研究の 状況に鑑みるとき,修復的司法の概念は,一般的には,刑事司法制度にお ける犯罪被害者の地位・役割を向上させ,被害者本人や被害を蒙ったコ ミュニティに対して直接説明する責任を加害者に課することに焦点を合わ せたものであり,被害者と加害者の直接的な対話,加害者による被害者へ の被害弁償,犯罪予防,加害者との協働,被害者支援,より安全なコミュ ニティの創造等への,コミュニティの積極的参加の重要性を強調するもの
として把握されているように思われる4)。そして,この概念から,修復的 司法は,ミクロ・レヴェルにおいては,犯罪遂行時に惹起される法益侵害 について,被害者への賠償を最優先事項として考慮し,そして,マクロ・
レヴェルにおいては,より安全な地域社会を構築するという必要性を考慮 して,犯罪対策を模索するものであり,そのためには,政府若しくは刑事 司法が法秩序維持の責任を負い,コミュニティが平和の修復・維持の責任 を負うことによって,政府とコミュニティが協働的・相補的役割を果たさ ねばならないとの帰結が導出されることになる5)。ここで,このような一 般的理解においては, 3 つの基本的命題が存することが指摘されている。
すなわち,第 1 に,司法は,我々に,犯罪によって損害を蒙った被害者,
加害者及びコミュニティを修復するために働きかけることを要求するとい う命題,第 2 に,被害者,加害者及びコミュニティは,可能な限り早くか つ充分に,修復的司法システムに積極的に関与する機会を持つべきである という命題,第 3 に,司法を促進するにあたって,政府は秩序を維持する 責任を有し,地域社会は平和を確立する責任を有するという命題である。
そして,欧米諸国においても,刑事司法制度における修復的司法に焦点が 当てられる場合には,ニュアンスの差は多少はあれ,このような修復的司 法概念の一般的理解が前提となって,議論が進められているものと思われ る。
ここにおいて,ジョン・ブレイスウェイト(John Braithwaite)によれば,
このような修復的司法の中核をなすのが,修復的協議会(restorative con-restorative con- ference)である。そこにおいて,加害者と被害者の双方が,それぞれの 家族・知人等信頼する人々とともに顔を合わせ,それぞれの悲しみ,苦痛,
現在の気持ち等を語り合い,その中で加害者の更生と傷つけられた正義の 回復への道を模索する。この点,ブレイスウェイトは,この修復的協議会 は,必ずしも常に成功するとは限らないが,被害者の満足度も,加害者の 更生の蓋然性も,通常の刑事司法制度による対処と比較すれば,高まると
4) 藤本哲也『犯罪学原論』日本加除出版(2003年)318頁。 藤本哲也『犯罪学原論』日本加除出版(2003年)318頁。2003年)318頁。年)318頁。318頁。頁。
5) 藤本・前掲書・319頁。 藤本・前掲書・319頁。319頁。頁。
解している6)。
なお,修復的司法においては「司法」という用語が使用されているが,
憲法学的視角からすれば,「司法」とは,具体的な争訟について,法を適 用し,宣言することによって,これを裁定する国家の作用であると考えら れてきた。この点,これをより厳密に定義すれば,当事者間に,具体的事 件に関する紛争がある場合において,当事者からの争訟の提起を前提とし て,独立の裁判所が統治権に基づき,一定の争訟手続によって,紛争解決 のために,何が法であるかの判断をなし,正しい法の適用を保障する作用 と解されてきたのである7)。しかるに,修復的司法という用語において「司 法」という訳語があてられてはいるものの,憲法学的意味における「司法」
の意味ではないように思われる8)。すなわち,修復的司法においては,一 般法の適用によって個別の事件を解決するという意味での「司法」は問題 とされてはおらず,被害者,加害者,コミュニティを中心として,対話に よって人間関係を修復し,コミュニティの平和を構築するということを問 題としているものと解される。つまり,修復的司法の「司法」の意味は,
被害者と加害者の双方が,それぞれの家族や知人等信頼する人々とともに 顔を合わせ,それぞれの悲しみ,苦痛,現在の気持ち等を語り合い,その 中において,被害者に対するエンパワーメント,加害者の更生,及び傷つ けられた正義の回復への道を模索することであると思われる9)。したがっ て,憲法学的意味における「司法」概念と,修復的司法における「司法」
概念とは,その内容が異なっており,修復的司法における「司法」は,法 哲学的意味における正義を実現することを探求することこそが,その意味 内容となっているのではないかと解される。
6) Braithwaite, John, Braithwaite, John, Braithwaite, John, Restorative Justice and Responsive Regulation, Oxford Univer- sity Press, 2002.
7) 芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法第四版』岩波書店(2007年)320 芦部信喜著・高橋和之補訂『憲法第四版』岩波書店(2007年)3202007年)320年)320320-321頁。
8) 長谷部恭男『憲法の理性』東京大学出版会(2006年)16頁。 長谷部恭男『憲法の理性』東京大学出版会(2006年)16頁。2006年)16頁。年)16頁。16頁。頁。
9) 長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書(2004年)175頁。 長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』ちくま新書(2004年)175頁。2004年)175頁。年)175頁。175頁。頁。
III. 憲法理論における被害者の人権から修復的司法は導出され 得るか?
歴史学的視角からすれば,欧米諸国において,修復的司法は,被害者政 策の一環として進化してきた事実が存することは否定できないように思わ れる。したがって,修復的司法は,被害者の人権保障のための一手段とし て,法律学的には位置づけ得る。それ故に,修復的司法は,被害者の人権 によって,憲法学的に根拠づけることができるのではないかという問題を 提起することができるのではないかと思われる。この問題提起の意義は,
これに対する解を導出することによって,修復的司法の法的根拠が明らか となり,修復的司法の法律学的必要条件が導出される点にあるものと考え る。
そこで,憲法理論における被害者の人権の位置づけを明らかにする必要 性が生じる。この点,被害者の人権が憲法に定められることは,比較憲法 学的視角からは,まれであることが指摘されている10)。なぜならば,伝統 的人権論においては,人権は国家による侵害から個人の権利を守るものと 考えられてきたため,私人たる犯罪者によって被害がもたらされた場合に 人権保障によって救済することがおよそ考えられなかったからである。
しかしながら,犯罪による被害を蒙った被害者に対し,従来は,同情と 憐みをもって見守るにとどまり,人権論上特別の保護を与えるということ はなかったけれども,被害者が置かれている現実の悲惨な状況に鑑み,人 間の尊厳の原理に見合った配慮が必要であるという点に対する法運用者の 認識による受容及び社会的コンセンサスは,諸外国において,現在,現出 しつつあるように思われる11)。
10) 戸波江二「被害者の人権・試論・上」 戸波江二「被害者の人権・試論・上」『法律時報』第71巻第10号(1999年)19頁。『法律時報』第71巻第10号(1999年)19頁。71巻第10号(1999年)19頁。巻第10号(1999年)19頁。10号(1999年)19頁。号(1999年)19頁。1999年)19頁。年)19頁。19頁。頁。
11) Stanbridge, Karen and J.Scott Kenney, “Emotions and the Campaign for Victimʼs Stanbridge, Karen and J.Scott Kenney, “Emotions and the Campaign for Victimʼs Stanbridge, Karen and J.Scott Kenney, “Emotions and the Campaign for Victimʼs Rights in Canada, ”Canadian Journal of Criminology and Criminal Justice, Vol- ume51, No.4, October, 2009, p. 474.この点,アメリカ諸州の憲法,スイス憲法,
韓国憲法においては,被害者の権利が憲法上規定されるに至っている。
このような被害者の人権に対する現状において,被害者の人権の憲法上 の根拠づけにとって有力に主張されているのが,ドイツの判例及び学説に 由来する,国の人権保護義務論である。これは,人権の制約状況を,侵害
者A,被侵害者B,国家という 3 極関係として把握し,国家は被侵害者B
の人権を保護する義務を負い,その義務の履行のために侵害者Aの行為 を規制するという理論である。ここで,国家にこのような保護義務が課さ れるのは,市民に対する安全を保護する任務を国家が負うからである。す なわち,国家が暴力装置を独占した結果,市民の安全は国家によって保護 されなければならず,そうであるならば,市民の生命,身体,財産等の法 益が侵害された場合若しくは侵害されそうな場合,それらの侵害を回復,
予防しなければならないということが,国の人権保護義務の理由である。
そして,侵害の原因としては,災害等のみならず,犯罪の場合も含まれ,
それ故に,国家には,犯罪により市民が被害者となった場合,被害者の受 けた被害を救済し,加害者の行った加害に対して何らかの措置を行う義務 が発生するのである12)。
ここにおいて,本理論からは,具体的な国家的措置の 1 つとして,修復 的司法を刑事司法制度の一環として制度設計するという刑事政策を導出す ることが,理論的に可能であるように思われる。すなわち,修復的司法は,
国の人権保護義務論によって,憲法理論上の根拠が与えられ得るのではな いかと考えられるのである。
それ故に,憲法理論における被害者の人権から,被害者政策の一環とし ての修復的司法は,導出され得るものと考える。そして,被害者の人権が 憲法理論上肯定されることが,修復的司法の法律学的根拠づけのためには 根本的に必要であり,その意味において,被害者の人権の憲法学的承認は,
修復的司法の必要条件ではないかと解される。
12) 高橋則夫『修復的司法の探求』成文堂(2003年) 高橋則夫『修復的司法の探求』成文堂(2003年)2003年)年) 4 頁。
IV. 刑事法理論において修復的司法はどのように位置づけられる のか?
ブレイスウェイトによれば,先述した修復的司法のアイディアは,やは り彼自身が提唱する応答的規制理論と融合させられ得る。ここで,応答的 規制理論とは,事業者規制について提唱された理論であり,事業者は,個 人にせよ企業にせよ,内部に互いに衝突するさまざまな側面を有するとの 認識から出発する。この点,具体的には,事業者においては,法遵守を至 上命題とする側面もあれば,しかるに一方,法や公共の福祉を無視し企業 の社会的責任を顧みず利潤追求のみに血道を上げるという側面もあるとい うことである。ここにおいて,環境や安全の保全等を目指した事業規制を 行うに際して,画一的な法遵守を一方的に課す規制の手法では,むしろ事 業者側の計算高い功利主義的側面を惹起することとなり,執行により多く のコストがかかるとともに,規制機関側の人的・物的資源不足に由来する 選択的法執行あるいは恣意的法執行が帰結され,事業者側の不公平感が増 大する事態が導出されかねなくなる。そこで,まず,説得や行政指導等の ソフトな手法を用いて,公共の福祉に配慮しようとする事業者の側面を引 き出すことに成功すれば,より低廉なコストで,効果的かつ永続的に公益 を実現することができるのである。もちろん,それでも確信犯的な違反者 が現出するであろうが,規制機関としては,そのような確信犯的違反者に 対して,限りある貴重な人的・物的資源を集中投下することが可能となる のである13)。
そして,ブレイスウェイトは,犯罪への対処についても,応答的規制理 論を適用し,まず,修復的司法というソフトな手法による和解と更生の試 みがなされるべきであり,それで効果がなかった場合,はじめて相手方の 功利主義的側面に訴えかけるハードな抑止的処罰を行い,それでもなお犯 罪の抑止を達成できない相手に対しては,刑事施設収用等のよりハードな 13) Ayres, Ian and John Braithwaite, Ayres, Ian and John Braithwaite, Ayres, Ian and John Braithwaite, Responsive Regulation, Oxford University
Press, 1992.なお,この点については,長谷部・前掲書・16頁。