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(1)

企業犯罪捜査における協議合意制度の 機能と限界

―二つの適用事例を素材として―

小 川 勝 己

* 73 期司法修習予定者,中央大学法科大学院 2019 年 3 月修了

Ⅰ は じ め に

Ⅱ 協議合意制度の機能

Ⅲ 協議合意制度の問題点

Ⅳ 2 つの適用事例の検討

Ⅴ お わ り に

Ⅰ は じ め に

  1 .平成 28 年 5 月に刑事訴訟法等の一部を改正する法律が成立し,その中に証拠収 集等への協力及び訴追に関する合意制度が導入された。同制度は,特定の財政経済犯罪 と薬物銃器犯罪について,検察官と被疑者・被告人とが,弁護人の同意がある場合に,

被疑者・被告人が他人の刑事事件について証拠収集等への協力をし,検察官が,その協 力行為を考慮して,被疑者・被告人の事件につき不起訴処分や特定の求刑等をすること を内容とする合意をすることができるというものであり,「協議合意制度」や「日本版 司法取引」などと呼ばれる。

 「司法取引」とは,「検察官の訴追裁量権の行使が,被告人との合意に基づき,訴追協

(2)

力の見返りとして取引的に行われること」

1)

と定義されている。そして,「司法取引」は,

被告人自身に対する訴追協力をする場合と,共犯者その他第三者の訴追に協力する場合 とに区別して議論されることが多い

2)

。前者は「自己負罪型」,後者は「捜査・訴追協 力型」と呼ばれているが,今回制度として導入されたものは後者のみであり,自己負罪 型の「司法取引」は導入されていない。

 マスコミを含めた世間一般では,本制度を単に「司法取引」と呼ぶことが多い。本制 度は利害関係を異にする検察官と被疑者・被告人とが,他人の刑事事件を材料として,

互いに有利な結果を得ようとする点で取引的要素を含んでいるのは確かである

3)

。しか し,本稿では,法律では一切「司法取引」の用語が用いられていないことや,当事者が

「協議」の結果,他人の刑事事件について一定の「合意」をするという実態を重視して,

本制度のことを「協議合意制度」と呼ぶこととする。

  2 .日本の刑事司法においては,本制度が導入される以前から,隠れた取引がされて いたとの指摘がある

4)

。このようないわば「非公式の取引」の存在を前提とするならば,

本制度の導入は,このような非公式の取引の一部を正面から認める一方で,手続的規制 を加えようとするものであると評価できる。

 他方で,企業犯罪,経済犯罪,贈収賄,選挙違反等のホワイトカラー犯罪や,組織的 詐欺,違法薬物の取締法違反,組織犯罪処罰法違反等の組織的犯罪のような集団的に実 行される犯罪の捜査においては,捜査の糸口として共犯者その他の内部者の供述を獲得 し,そこから当該供述の信用性を支える証拠を収集していくことになる。したがって,

組織の内部の者の供述が犯罪の全容解明には必要不可欠であるにもかかわらず,従来は このような供述を引き出す制度が存在しなかったために,取調べの厳格化・長期化を招 き,あるいは被疑者・被告人が黙秘を貫くことで重要な証拠が得られず,犯罪を中心的 に指揮していた人物の訴追が事実上不可能になる事態を招く結果となっていた

5)

。また,

これまでの取調べの比重を下げるという刑事司法改革の方向性からすると,相対的に従 来よりも被疑者・被告人から得られる供述が減ることになるから,ますます取調べにか わる新たな供述証拠獲得の手段を用意する必要が出てくる

6)

。こうした観点からは,本 制度は取調べの過度な依存から脱却しつつ,特に組織的犯罪の全容解明を目的とする制 度であると評価できる。

  3 .本稿では,まず,企業犯罪における協議合意制度の利用の当否を判断する重要な

視点として,同制度の機能を検討する。その後,司法取引

(とりわけ捜査公判協力側の司

(3)

法取引)

の問題点に対するこれまでの議論を踏まえて,協議合意制度の適用や運用にお ける限界について検討したい。その上で,本稿の準備作業にあたっていた同じ時期に,

協議合意制度を適用した 2 件の具体的事案が報道されたので,報道に基づく事実関係の 限りではあるが,企業犯罪捜査における適用を念頭に置きつつ,その適用例に則して,

協議合意制度の限界についていかに考えるべきかを具体的に検討してみたい。

Ⅱ 協議合意制度の機能

1 .制度の目的と運用から導かれる機能

 協議合意制度導入の目的は,組織的犯罪の全容解明と取調べへの過度の依存からの脱 却にあったといえる。現段階では協議合意制度が適用された事例として,Ⅲ 1. にて後 述するように,2 つの事例があるが,ともに犯罪の首謀者的地位にある者として起訴さ れるに至っているし,協議に至るまでに過酷な取調べが行われた事実も確認されていな い。制度の目的に明らかに反するような運用は今のところうかがわれず,検察側は制度 の適用に適した事案を選別しているのではないかと推測される

7)

 同時に注目すべきは,協議合意制度は,これまで捜査側のメリットが強調されてきた が,共犯者や不正を発見した企業側もメリットを感じて同制度の利用に積極的になる場 合がありうるという点である。以下では,協議合意制度に動機づけられた企業の行動か ら導かれる,同制度の機能について検討していきたい。

2 .企業防衛機能

 法制審議会において,松木和道氏は,「今,企業の方としては非常にコンプライアンス,

ガバナンスといったことを,これを自らやっていかなければいけないということを強く

自らに課していますので,そういった流れの中において,こういう制度が新たに導入さ

れるということは,企業にとってのコンプライアンス,ガバナンスを推進していくとい

うところからも意味のある制度ではないかと考えております」と述べているほか

8)

,国

会の審議において郷原信郎氏は,「企業犯罪等について,企業の自主的な内部調査によ

って問題を発見し,事実を解明するインセンティブを与えることに関して,企業の内部

調査の結果に基づいて,他人や他社の刑事事件について情報を提供するという捜査協力

(4)

を刑事事件の捜査,処理において評価することは非常に重要だと思います。そういう意 味で,コンプライアンス対応としての内部調査の一層の促進につながるという意味でも,

司法取引の導入自体は,私は非常に意味のあることだと思います」と述べており

9)

,協 議合意制度は企業のコンプライアンスの向上に資すると考えられていることがわかる。

 このように,企業にとって協議合意制度は,企業内での不正に対処するための一つの 有効な手段として捉えられつつある。すなわち,企業において不祥事が発覚した場合,

企業は協議合意制度を利用して,積極的な捜査協力を行う代わりに刑事処分における一 定のメリットを得ることができると考えられている

10)

。具体的には,企業自体に刑事 責任が及ぶ場合には,企業が起訴を免れたり罰金の額が減額されたりすることが期待され,

役員個人の刑事責任が問われる場合には,当該役員が起訴を免れたり正式裁判を回避し て略式命令になったりすることで,企業に対する行政処分を回避することが期待される。

さらに,企業が内部の不正に対し正直に不正の事実を認めて捜査機関の捜査に協力した 事実は,企業の評判や信頼といった無形価値の毀損を最小限にとどめることにつながる。

このような協議合意制度の機能は,「企業防衛機能」と呼ぶことができる

11),12)

。  もちろん,協議合意制度が導入される前にも,事実的な刑事処分上の恩典が付与され ることや企業の無形価値の毀損の防止を期待して,企業が内部の不正を捜査機関に明ら かにする対応があったことは想定できる。しかし,どのような種類・程度の恩典が付与 されるかは明らかではなかったため,企業側が捜査機関に情報を提供した際のリスクを 適正に考慮することができなかった。協議合意制度は,捜査機関にとって有益な情報を 企業が提供することのリスクを企業側が正確に把握できるようにするとともに,企業側 が利益を得られることを確実にする点で新たな意義があるといえる。

3 .刑事告発促進機能

 もう一つ,協議合意制度の重要な機能として,「刑事告発促進機能」と呼べるものが

ある。すなわち,企業は従来,内部の不正行為についての刑事手続に巻き込まれること

を嫌って,不正の事実をできる限り隠蔽しようとしてきた

13)

が,協議合意制度の導入

によって,企業は刑事処分上の恩典を得ることを期待して,積極的に捜査機関に有益な

情報を提供するように促される。これは,協議合意制度によって企業側の受けるメリッ

トが確実かつ予測可能なものになったことで,企業が不正を明らかにするメリットが大

きくなるとともに,そのようなリスクの大きさが適正に評価されるようになったことに

よるものといえるだろう。

(5)

 協議合意制度のこのような機能は,企業犯罪の捜査に以下のような影響をもたらすと 思われる。まず,協議をする企業と捜査機関は協力関係に立つようになる。捜査機関と 企業とが敵対関係にあると,捜査機関側は企業側による証拠隠滅をおそれる結果,捜査 は水面下で慎重に行われることが多い。そのため,迅速な捜査ができず,企業に証拠隠 滅の余地を与えてきた結果,企業内部の主要な者の処罰を実現することが不可能となる こともあった。しかし,協議合意制度の導入によって企業が自発的に捜査機関の捜査に 協力するようになった

14)

ことで,捜査機関は迅速に捜査に着手できるほか,企業内部 の重要な証拠を確実に入手することができるようになる。

 次に,企業と不正を行った役員とは明確に敵対関係に立つようになる。協議合意制度 を導入する以前は,企業と不正を行った者がともに隠蔽を行おうとする関係に立つ場合 や,企業が不正を行った者との決別を図ろうとする関係に立つ場合など,企業と不正を 行った役員との関係性は事案によって異なっていた。しかし,協議合意制度の導入によ って,企業が不正行為を行った者の不正を積極的に明らかにする立場に立つように促さ れるから,不正を行った者が犯罪の事実を否認する場合には,敵対関係に立つことにな る。さらに,企業と不正を行った役員は互いに相手の刑事事件についての合意主体とな りうる点においても,対立が生じうる

15)

Ⅲ 協議合意制度の問題点

1 .問題点の整理

 取引的捜査手法の当否をめぐっては,その導入を慎重視する見解も強固に存在し た

16)

。しかし,取調べに依存しない新たな証拠収集方法の必要性という議論の中でそ れは導入されるに至った。とりわけ,組織的な犯罪において,首謀者の関与状況等を含 めた事案の解明を図るためには,組織内部の者から供述を得ることが必要不可欠である が,近時,取調べによってこのような供述を得ることが困難になっていることをも踏ま え,組織的な犯罪等の事案の解明に資する供述等を得ることを可能とする新たな証拠収 集方法として,協議合意制度が導入されることとなったのである。では,なぜこれまで わが国では取引的捜査手法の立法化が実現しなかったのだろうか。

 その理由は以下の 4 つに整理される

17)

。第一に,裁判の基礎となる事実や被告人に

科される刑罰は客観的に定められるべきであって,それが当事者の取引によって定めら

(6)

れてはならないから,取引それ自体が刑事事件の処理の性質上相容れないというもので ある。第二に,捜査への協力という事実それ自体を,公訴提起ないし刑の決定にあたっ て直接に考慮することは,犯罪事実に応じた処罰という基本原則に反するというもので ある。第三に,他人の犯罪の捜査ないし訴追に役立つ情報を提供することにより,情報 を提供した当人は自らの処罰を免れるか,あるいはそれが軽減されるのは公正でないと いうものである

18)

。第四に,捜査協力的取引の下で得られた供述の信用性が疑わしい というものである。

 以下では,4 つの問題点に関する議論を中心に,協議合意制度の限界について検討し ていきたい。

2 .第一の問題点 (取引を刑罰に反映させることの当否) について

 ⑴ たしかに,裁判の基礎となる事実は真実発見の要請から,真実に則したものでな ければならないことはいうまでもないが,そこから直ちに事実又は事実の認定の基礎と なる証拠の収集過程において取引を用いることが排除されることにはならないであろう。

取引によって得られた事実が真実であるかどうかは,その内容の信用性が慎重に吟味さ れることによってはじめて明らかになるからである。

 ⑵ 被告人に科される刑罰は客観的事実に基づかなければならないという批判は,刑 罰の内容や程度を当事者間の合意で処分するようなことがあってはならず,これらを刑 罰の判断に用いるべきではないというものである

19)

 しかし,当事者主義を前提とする現行の刑事訴訟制度においても,刑罰の内容や程度 についての当事者による合意に,裁判所は拘束されることはない

20)

から,当事者に刑 罰について完全な処分権が与えられているわけではない。

 また,取引的な要素を量刑に反映させることを肯定する立場は,当事者の交渉によっ て得られた証拠が他の犯罪の解明に役立った結果を,被告人の反省・悔悟又は刑事政策 的な要素として刑罰に反映させることを許容するのであって,当事者の交渉や合意それ 自体を独立した事情としてとらえているわけではない。特に,当事者の交渉によって得 られた証拠が他の犯罪の解明に役立った結果を,刑事政策的な要素として刑罰に反映さ せることにつき許容する立場は,被告人の捜査協力がどの程度真実解明に役立ったのか の判断を離れて量刑事情として考慮することはできないと考えているのではないだろう か

21)

 したがって,上で述べたような批判は,現在の実務における考え方とはややかみ合わ

(7)

ない批判である。

3 .第二の問題点 (捜査協力に対する検察官の裁量) について

 ⑴ 協議合意制度等の取引的捜査手法によって,公訴提起・追行や審判の形式が被疑 者・被告人にとって有利なものにできる理論的根拠は,検察官の訴追裁量権

(刑事訴訟 法 248 条)

に求められる

22)

。捜査に協力した被疑者・被告人の行為を「犯罪後の情況」

として有利に考慮し,訴追裁量権の行使に反映させることができるからである。また,

今回の協議合意制度の導入は,捜査への協力行為が実体的真実発見に寄与し,国家刑罰 権の行使を簡易・迅速に行うことを可能にしたならば,政策的見地から,かかる行為を 被疑者・被告人に有利に考慮することを許容し,その法的根拠を明らかにしたとも考え られる。したがって,捜査への協力を被疑者・被告人に有利に考慮することは,検察官 の訴追裁量権の範囲内にある限りでは,否定されるべきものではない。もっとも,理論 的にこのようにいえても,実際の制度の運用にあたっては,本制度が設けられた経緯や 目的を踏まえると,被疑者・被告人に有利に考慮してもなお,他人の刑事事件の捜査・

公判への協力を得ることについて国民の理解を得られることが前提となると思われ る

23)

。この観点を踏まえた運用の在り方については,後述する。

 ⑵ 被疑者・被告人の刑事処分は,責任の程度と一般予防・特別予防の観点から決定 すべきであって,被疑者・被告人の捜査協力という事情は,これらのいずれにも直接的 に関わらないから考慮すべきではないという見解がありうる。これが,第二の問題点の 根底にある考え方であるように思われる

24)

 しかし,捜査への協力を被告人に有利に量刑上反映することについては,実務的には 肯定する意見が多い

25)

。ただし,実務上採られている幅の理論においては,まず犯行 そのものの違法性や責任の程度としての犯情事実から責任刑の幅が決定され,次にその 幅の中で犯行後の被告人の態度などの一般情状を考慮して具体的量刑が決定されるが,

被疑者・被告人の捜査協力は一般情状における事情として考慮されるに過ぎない。つま り,被疑者・被告人の捜査協力という事情を量刑上考慮しようとしても,責任刑の幅を 逸脱することはできないという限界があるとされている

26)

 地下鉄サリン事件等に関与したオウム真理教幹部が被告人となった裁判で,最判平成

21 年 12 月 10 日裁判集刑事 299 号 565 頁は,被告人らの関与した各犯行の罪質は極め

て反社会的で,人命軽視も甚だしいこと,特に地下鉄サリン事件は残虐で非人道的な犯

行態様と結果の重大性は比類のないものであること,殺害された被害者の遺族及び負傷

(8)

者らの被害感情は極めて厳しく,社会に与えた衝撃や不安も甚大であったこと,

(教団 幹部の立場で各犯行に関与し,地下鉄サリン事件では,実行犯らのために逃走用の自動車を調達し,

実行前に集合待機するマンションの一室を提供するなどした上,実行犯らが一堂に会する場でそ の中心となって犯行計画の具体的内容を指示説明した)

被告人は犯行全体の円滑な実行のた めに不可欠で重要な役割を積極的に果たしており,その刑事責任は極めて重大であるこ とからすれば,「より上位の教団幹部の指示を受けて各犯行を行ったこと,事実関係に ついて率直に供述し,事案の解明に貢献したこと,真しな反省悔悟の情を示しているこ となど,被告人のために酌むべき事情を十分考慮しても,無期懲役の第 1 審判決を破棄 して被告人を死刑に処した原判断は,やむを得ないものとして当裁判所もこれを是認せ ざるを得ない」として,無期懲役を言い渡した第一審判決

(東京地判平成 12 年 6 月 6 日 判タ 1091 号 127 頁)

を破棄して死刑を言い渡した控訴審判決

(東京高判平成 16 年 5 月 28 日判タ 1170 号 109 頁)

を維持した。

 他方,地下鉄サリン事件の実行犯であるオウム真理教幹部の裁判では,東京地判平成 10 年 5 月 26 日判タ 985 号 104 頁は,「本件はあまりにも重大であり,被告人の行った 犯罪事態に着目するならば,極刑以外の結論はあろうはずがないが,他方,被告人の真 摯な反省の態度,地下鉄サリン事件に関する自首,その後の供述態度,供述内容,教団 の行った犯罪の解明に対する貢献度,教団による将来の犯罪の防止に対する貢献その他 叙上の諸事情が存在し,これらの事情に鑑みると,死刑だけが本件における正当な結論 とは言い難く,無期懲役をもって臨むことも刑事司法の一つの在り方として許されない わけではない」と述べ,無期懲役刑を言い渡した

(一審確定)

。しかし,この例では自首 減軽が成立し,しかも極めて凶悪な組織犯罪の捜査がほとんど進んでいない時期に,教 団の圧力に抗して犯行を自白

(自首)

し,その後も一貫して事件の全容解明と迅速な裁 判の実現に寄与・貢献しているという,当該被告人のみに認められる「特段の事情」を 最大限強調した異例というべき検察官の論告の下,無期懲役の求刑が行われていた

27)

という事情があったのだから,例外的判断というべきであろう

28)

 このように,実務においては捜査に協力し事案解明に貢献したとしても,責任刑によ って定められる幅を超える事情にはならないのが原則であって,その例外は極めて特殊 な場合に限って認められるにすぎない。

 ⑶ 協議合意制度の下では,検察官が合意できる処分の範囲,さらには当事者の合意 が認められる範囲やこれが実現される範囲に限界はないのだろうか。

 以下では,①当事者が合意できる処分の内容に限界があるのか,あるとすればどのよ

うな合意は許されないのか,②裁判所によって当事者の合意がどの程度尊重されるか,

(9)

及び③求刑合意がされた場合を前提に,責任刑の枠を下回る裁判所の量刑判断の範囲に ついて検討をしてみたい。

 ①の問題

(合意内容の限界の問題)

については,協議合意制度の理論的根拠が検察官の 訴追裁量権にあることを出発点として考えることができる。そして,最判昭和 55 年 12 月 17 日刑集 34 巻 7 号 672 頁

(以下,「昭和 55 年判例」という)

は,「検察官の裁量権の逸 脱が公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが,そ れはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」と 述べる。この判例を参考にすれば,検察官の処分が「職務犯罪を構成するような極限的 な場合」には,訴追裁量権の濫用として,起訴が無効となるとともに,起訴に直結する ような合意も違法となるといえよう。具体的には,検察官が,無実の標的者を有罪に陥 れることを認識しながら協力者である被疑者・被告人と合意をする場合

(検察官に虚偽 供述等処罰罪(刑事訴訟法 350 条の 15)の共犯が成立するような場合)

を挙げることができる。

そして,訴追裁量権を逸脱濫用するような合意がされた場合,協力者にその内容を履行 させるわけにはいかないため,合意は無効となると考えられるだろう。

 では,合意の内容が「職務犯罪を構成するような極限的な場合」とはいえないが,著 しく不相当な場合

(例えば,通常の取り扱いでは起訴猶予になるような軽微な犯罪を行った被 疑者に対して,長期間の身体拘束等の不利益を与えようと意図する協力者とともに,警察官や検 察官がその意図を知った上で被疑者を逮捕・勾留し,起訴した場合)

は,合意の効力はどうな るだろうか。昭和 55 年判例を前提にすれば起訴は無効にはならない。他方,合意の適 法性・有効性については,事案の重大性,合意の目的や経緯,合意によって得られる証 拠の重要性等を総合して判断すべきと考えられるから,一概にいうことはできない。し かし,ほとんどの場合,合意と起訴とが直結し,両者は密接不可分の関係にあるといえ るから,起訴が有効とされる以上,合意についてもその有効性を否定すべき理由は見出 しがたい。

 もっとも,標的事件の審理において,協力者の供述や協力者の協力によって得られた

証拠の証拠能力を肯定すべきかどうかについては慎重な検討が必要である。この点を検

討するのに参考になる判例が,最判平成 7 年 6 月 20 日刑集 49 巻 6 号 741 頁

(以下,「平 成 7 年判例」という)

である。本判例は,「

(刑事訴訟法 321 条 1 項 2 号前段が)

同法 320 条

の伝聞証拠禁止の例外を定めたものであり,憲法 37 条 2 項が被告人に証人審問権を保

障している趣旨にもかんがみると,検察官面前調書が作成され証拠請求されるに至った

事情や,供述者が国外にいることになった事由のいかんによっては,その検察官面前調

書を常に右規定により証拠能力があるものとして事実認定の証拠とすることができると

(10)

することには疑問の余地がある」として,本件では,「当該外国人の検察官面前調書を 証拠とすることが手続的正義の観点から公正さを欠くと認められるときには,これを事 実認定の証拠とすることが許容されないこともあり得るといわなければならない」と述 べた。本判例のいう「手続的正義の観点から公正さを欠くと認められる」ことを,一般 的に証拠が許容されない場合の一つとして位置づける見解がある

29),30)

。この見解に立 てば,不当な合意に基づいて得られた証拠は,その収集手続に公正さを欠くところがあ るとして,本判例を援用することにより,その証拠能力を排除することができよう

31)

。  次に,②の問題

(裁判所による合意の尊重の問題)

について,求刑合意がなされた場合 を念頭に置いて検討する。量刑実務においては,検察官の求刑が量刑の上限を画すると いう事実上の機能があるとされる。そして,検察官の求刑は単なる意見にすぎず,裁判 所を法律的に拘束するものではないが,裁判所は求刑を超える量刑を考えていた場合で あっても,求刑内容が自らの量刑判断の許容限度に入っている場合には求刑止まりの量 刑にすることが多い

32),33)

。このように見ると,検察官が量刑相場に従った適切な求刑 をする限り,求刑と量刑の対立は顕在化しない。

 しかし,協議合意制度の場合はやや事情が異なる。検察官が協力者である被告人との 合意によって,裁判所の想定していた量刑と大きく異なる求刑がなされる場合がありう るからである。そして,裁判所がどの程度当事者間の合意を尊重するかは,従来の量刑 相場の維持と,協議合意制度を利用することで重大犯罪が解明されるという刑事政策的 考慮のどちらを重視するかにかかっている

34)

 裁判所の量刑判断においては,量刑判断の公平さ

(他の同種の事件との比較における公 平さと,共犯者間の公平さとがある。)

と事案ごとの個別事情をすべて拾い上げた上での妥 当性が確保されることによって,被告人や被害者に対する説得力をもつかという点が重 視される

35)

。また,被告人や被害者だけではなく,社会一般や国民の納得が得られる かという観点も同様に重要であると思われる。

 したがって,協議合意制度の下では,当事者が合意し,検察官によってなされた求刑

が,同種事案や他の共犯者との均衡がとれているか,及び協力者の刑責を軽くしなけれ

ばならない不正義がその見返りである犯罪事実の解明への協力という実体的正義の実現

の必要性を上回るか,といった観点から当事者の求刑合意の内容が検証されることにな

る。その結果,裁判所がなお当事者の求刑合意の内容を相当とする限りで,検察官の求

刑通りの刑が言い渡されることになるだろう。裏を返せば,当事者としては,裁判所に

よるこのような検証に耐えうるだけの根拠・理由を十分に準備しておかなければならな

いことになる。

(11)

 最後に,③の問題

(責任刑を下回る合意の問題)

について検討する。量刑実務において は前述した幅の理論に従った運用により,量刑に関する事情として,犯情と一般情状と が明確に区別され,被告人の捜査協力は専ら後者における事情として理解されてきた。

例えば,前掲最判平成 21 年 12 月 10 日裁判集刑事 299 号 565 頁は,被告人が検察側証 人として事実関係を証言して事案解明に協力していること等をもってしても,各犯行の 罪質,動機,態様,結果の悪質性・重大性,遺族の被害感情及び甚大な社会的影響を全 体として考慮すれば,死刑が相当であるとの結論に至っている。

 では,協議合意制度の下でも,かかる態度は貫かれるべきだろうか。この点につき,

捜査公判協力型司法取引においては自己負罪型と異なり,被疑者・被告人が黙秘・否認 した場合との対比を考える必要がないため,仮に事案の真相解明に役立ったことを理由 に刑罰軽減が認められるとすれば,自己負罪型以上に軽減を認めることも可能であって,

その分責任刑を下回る刑を許容する余地があるとの指摘がある

36)

。たしかに,自己負 罪型との比較のみを踏まえればかかる結論を導きうるが,問題はこれだけではない。加 えて,刑罰による一般予防及び同種事案との刑罰の平等の問題を検討しなければならな い

37)

 この点について,幅の理論において責任刑の幅を下回ることが認められないのは,最 低限の一般予防による法的安定性の要請と平等な処罰の確保という目的を達成するため であることを前提に,広範な起訴猶予を認めていることとの均衡から,明らかに再犯の おそれがなく,刑事施設への収容が被告人にマイナスの効果をもたらすことが必然であ るような場合には,責任刑の幅を下回る刑も許される場合があるとする見解がある

38)

。 このような立場を前提に,例外的に特別予防を強調して,責任刑の下限を下回る刑の合 意を許容することも決して不当ではない。特に,協議合意制度が対象としている組織犯 罪の対策としては,銃器の没収やその資金源を断つなど,組織そのものの活動能力を制 限する方向の対策が行われてきた 。このように,組織犯罪に対する制裁は,過去の違 法行為への応報というよりも,将来の犯罪抑止の要請が前面化するといえるのであって,

刑罰の内容・程度の合意又は判断において,犯罪の予防を重視することも不当とはいえ ないだろう。

 また,そもそも協議合意制度は,首謀者的地位にある者の関与状況等を含めた組織的

な犯罪の全容解明のために,政策的に協力者に恩典を与え,重要な証拠の収集を行うこ

とを可能にするものである。協力者による協力によって,従来では解決困難であった犯

罪が解明され,これによって社会的にみて望ましい結果がもたらされたのであれば

(例 えば,犯罪組織内の首謀者が従属的な立場にある協力者の協力行為によって処罰され,当該組織

(12)

が壊滅した場合や,首謀者的な立場で違法行為を行った企業の役職員が,従属的な立場にある協 力者の協力行為によって処罰され,企業内のコンプライアンス体制が整備・改善されたような場 合等が挙げられる。)

,責任刑を下回る刑を言い渡すことにも十分な合理性が認められる だろう。そして,このような場合の協力者の協力行為は,政策的に裏付けられ,しかも 社会の秩序維持に大きく貢献しているという点で,⑵で述べたような捜査協力とは明ら かに異なる。

 したがって,責任刑の幅を下回る求刑合意は否定されるべきではなく,むしろ,積極 的な協議合意制度の利用によって違法行為を行っている中心的人物が組織の中から排除 される等によって将来の違法行為の防止が実現されるのであれば,協議合意制度が導入 された政策的意義も踏まえ,このような合意も許容すべきことになるだろう。ただし,

犯罪の収益を不当に確保するための協議合意など,法の趣旨を逸脱するような利用は決 して許されるべきではないから,検察側における適用事件の選別が重要であることはい うまでもない

39)

 もっとも,不起訴や公訴の取消し,一部起訴といった合意がなされず,あえて量刑合 意にとどまっているのならば,それは協力者の責任を協力行為によって完全に不問とす ることが相当でない事案であると考えられる。したがって,前記の場合のような協力者 の貢献が著しいような場合でない限り,責任刑の下限を下回る合意は実効性を欠くこと になると思われる。

 ⑷ 協議合意制度の下で捜査協力がなされた場合,被告人の当該行為は反省悔悟に基 づくものである必要があるだろうか。

 これまでの議論の中には,被告人の犯行後の真実解明への協力を,被告人の反省悔悟 の一事情とすべきであり独自の量刑事情として考慮することを慎重視する見解

40)

や規 範的意識の確認・強化の必要性という観点から必ずしも道徳的な悔悟に基づくことは要 求されないが,功利的・打算的な理由では十分ではないとする見解

41)

もあった。

 しかし,協議合意制度を定めた法の規定をみても,被疑者・被告人の反省悔悟は特別 の要件とはされていないし,合意の決定をする際の検察官の考慮事項

(刑事訴訟法 350 条の 2 第 1 項柱書)

にも明示的に掲げられていない。そうすると,協議合意制度は,被 疑者・被告人の捜査協力それ自体に,重大事件の解明による正義の実現や捜査公判の簡 易迅速化といった,独自の刑事政策的意義を見出し,協力者に有利な刑事処分を可能に するものといえる。また,協議合意制度の下では,法人が協議合意の当事者となること もありうるが,そもそも法人については反省悔悟を観念することができないと思われる。

 したがって,協議合意制度の適用においては,被告人の反省悔悟は必須の要件ではな

(13)

いと考えるべきである。

 ⑸ 第二の問題点で検討された問題,すなわち検察官の起訴裁量権の逸脱濫用による 限界と裁判所の量刑判断による限界の問題については,協議の段階において,当事者が 合意内容を吟味する中で検討されるべき事項である。特に,協力者側の弁護人は,与え られる恩典が協力者にできるだけ有利になるように働きかけるとともに,それが取引内 容としての限界を超えるものでないかについても慎重に検討する必要があるだろう。

 また,協議合意制度が真にその役割を果たす制度になるためには,合意内容の履行の 確実性を担保することも必要であろう。そのための法の規定も設けられているが,それ 以上に合意に関与する検察官と協力者側の弁護人が,誠実に履行されるような合意を形 成し,高い確率で合意内容が実現するような運用を図っていくことが必要であろう。

4 .第三の問題点 (共犯者間の公平) について

 ⑴ 共犯者や対向犯における各行為者

(例えば,贈賄者と収賄者)

の中で,捜査への協 力をした者を刑事処分において有利に取り扱うことは共犯者間の平等に反しないだろう か。これは特に,共犯者や対向関係に立つ行為者の身分や地位,犯行における役割が対 等であるような場合に問題となる。

 被疑者の刑事訴追の平等について,最判昭和 56 年 6 月 26 日刑集 35 巻 4 号 426 頁

(以 下,「昭和 56 年判例」という)

は,町長選挙に立候補して当選した候補者 A の選挙運動に 従事し,かつ同選挙の選挙人であった被告人 X が,A の長男である B から A のための 選挙運動を依頼され,その報酬として供与する趣旨であることを知りながら現金三万円 の供与や酒食の饗応接待を受けたなどの 4 個の公職選挙法違反で起訴された事案におい て,次のように判示した

42)

 「被告人自身に対する警察の捜査が刑訴法にのつとり適正に行われており,被告人が,

その思想,信条,社会的身分又は門地などを理由に,一般の場合に比べ捜査上不当に不 利益に取り扱われたものでないときは,かりに,原判決の認定するように,当該被疑事 実につき被告人と対向的な共犯関係に立つ疑いのある者の一部が,警察段階の捜査にお いて不当に有利な取扱いを受け,事実上刑事訴追を免れるという事実があつたとしても

……

(中略)

……そのために,被告人自身に対する捜査手続が憲法一四条に違反するこ とになるものでない」。

 また,被告人の処罰の平等性についても,最大判昭和 23 年 10 月 6 日刑集 5 巻 10 号

1933 頁は,「犯人の所罰

(ママ)

は,かかる理由に基く差別的処遇ではなく,特別予防

(14)

及び一般予防の要請に基いて各犯罪各犯人毎に妥当な処置を講ずるのであるから,その 処遇の異ることのあるべきは当然である。事実審たる裁判所は,犯人の性格,年齢及び 境遇並に犯罪の情状及び犯罪後の情況等を審査してその犯人に適切妥当な刑罰を量定す るのであるから,犯情の或る面において他の犯人に類似した犯人であつてもこれより重 く処罰せられることのあるのは理の当然であり,これを目して憲法第一四条の規定する 法の平等の原則に違反するということはできない。」と述べている。

 このように判例は,被告人自身に対する警察の捜査が刑事訴訟法に則り適正に行われ,

一般の犯罪者と比べて被告人が特に不利益な取扱いを受けているわけではないと認めら れる限り,共犯者間において刑事手続や処罰に不公平があるとしても,被告人が憲法 14 条に禁止される差別的取扱いを受けたことにはならないという立場をとっていると 考えられる

43)

。共犯者の一部の者が不当に有利な取扱いを受けて訴追を免れたという 瑕疵を理由に,検察官がその余の共犯者の公訴提起の権能を喪失することは,同様の罪 を犯して正当に公訴を提起されている多くの一般的な犯罪者との比較においては,かえ って処分の不均衡を拡大させてしまうことになる

44)

ため,かかる判例の立場は基本的 には妥当といえる。

 ⑵ 協議合意制度の下でも,合意の結果,行為者の刑事処分や刑罰がその者と対等的 立場にある行為者との関係で不平等となったとしても,直ちに公正さを欠くことにはな らないだろう

45)

。協議合意制度は,組織犯罪等において,従来は起訴・処罰が困難で あった上位者の処罰を可能にすることを目的とした制度であるから,組織の内実や犯行 の内容を知り,かつ刑事責任の程度も他の行為者と比べると低い行為者に対して協議や 合意がなされると考えられる

46)

。そのため,行為者間の刑事手続や処罰の不平等とい う問題は生じにくいと思われる。

 もっとも,刑事手続内での処分の不均衡が共犯者間において著しい場合

47)

には,憲 法 14 条違反の問題が生じるとされているように,およそ共犯者間の差別が許されると いうのは相当ではない

48)

。したがって,検察官が合理的な理由なく一部の行為者との 協議や合意を拒否して,そのために刑事処分や刑罰の著しい不均衡が生じた場合は公正 さを欠き,平等原則違反が生じることになろう。

 協議合意制度による捜査協力という事実に基づいて,刑事処分や処罰を軽減させるこ とが公正かという点も別に問題となる。最大判平成 7 年 2 月 22 日刑集 49 巻 2 号 1 頁は,

刑事免責について,これを必要とする事情の有無,公正な刑事手続からの観点からの当

否,国民の法感情から見て公正観に合致するかどうかの事情を慎重に考慮して採用する

かを決定すべきであり,これを採用するのであれば,その対象範囲,手続要件,効果等

(15)

を明文をもって規定すべきであると述べた。

 協議合意制度の立法化による導入に際しても,取調べに代わる新たな捜査手法の導入 の必要性が承認されるとともに,被害者や国民の感情を考慮して対象犯罪を限定し,虚 偽供述を防止するなどの冤罪を防止するための方策を設けるといった考慮がされている。

このような検討を経て立法化された協議合意制度は,国民の法感情や刑事処分の適正性 に十分配慮された制度といえるだろう。

5 .第四の問題点 (引き込みの危険) について

⑴ 引き込みの危険の防止策について

 司法取引の協力者とされる者は,取引の対象となる事件に少なからず関与した者であ ることが想定されている

49)

。一般に,共犯者の供述は,他の共犯者に重い責任を転嫁 したり,無実の者を引っ張り込んだりする危険が高いため,その信用性判断は慎重に行 われなければならない。また,検察官による利益誘導

(恩典付与)

の下でなされた自白は,

任意になされた自白ではないとして虚偽であるおそれが高いため,その証拠能力は認め られないとした判例

50)

も存在する。協議合意制度の下での協力者の供述は,検察官か ら協力に対する見返りが与えられる点で,引き込みの危険や虚偽供述のおそれが通常の 共犯者の供述よりも高いといえる。

 こうした虚偽供述を防止し,供述の信用性を担保する方策として,刑事訴訟法の条文 に規定があるものとしては,①協議・合意への弁護人の必要的関与

(刑事訴訟法 350 条の 3)

,②合意内容書面

(同条 2 項)

の協力者の公判における取調べ請求

(同 350 条の 7)

,③ 合意内容書面の,解明対象事件の公判における取調べ請求

(同 350 条の 8)

,④協力者の 供述の内容が虚偽であることが明らかとなった場合における検察官による合意からの離 脱

(同 350 条の 10 第 1 項 3 号イ,ロ)

,⑤虚偽供述等の処罰

(同 350 条の 15)

の新設が挙げ られる。

 その他には,⑥公判廷において宣誓した上での偽証を防止する偽証罪

(刑法 169 条)

の規定,⑦協議過程についての一定の記録の確保,⑧対象事件の被告人の弁護人による 反対尋問,⑨供述の信用性を裏付ける客観的証拠の収集が挙げられる

51)

。⑦とは,「自 由な意見交換などの協議の過程機能を阻害しないとの観点も踏まえつつ,日時,場所,

協議の相手方及び協議の概要にかかる記録」を作成し,合意事件・標的事件の公判が終 了するまでは保管するという衆議院での付帯決議で決定された事項である

52)

。⑨とは,

一般に共犯者の供述は信用性が低いとされていることから,検察官は要証事実の証明の

(16)

ため,協力者の供述の信用性を担保する補強証拠を必然的に収集しなければならなくな るということである

53)

 しかし,以上のような現在の制度設計の下でも引き込みの危険はなお払拭できないと いう批判がされている

54)

。このような批判の中で,共犯者の供述について,犯人の同 一性に関する補強証拠を求めればよいという主張が見られる

55)

。しかし,そもそも司 法取引が行われる事件においては,標的事件を立件するだけの証拠の収集が困難なこと が多いと考えられるから,補強証拠を要求すること自体が困難な場合がありうる。また,

共犯者の供述については,一般的に引き込みの危険が類型的に高く,裁判所はその信用 性を慎重に判断することになるから,あえて制度的に補強証拠を要求しなくても,検察 官がかかる供述の信用性を補強する証拠を収集するような動機づけはなされていると考 えることができる。したがって,あえて補強証拠を要求する必要性はないというべきだ ろう。また,自白の補強証拠として,犯人性の補強は不要であると通説的には考えられ てきたことや,複数の共犯者の自白によって被告人を有罪と認定しても憲法 38 条 3 項 に違反しないとした判例

56)

との整合性も問題となろう。

 また,協力者の協議合意段階からの供述の過程を,事後的に検証可能にするために録 音録画すべきとの意見も見られる

57)

。しかし,協議合意の段階は取調べが行われてい るわけではないから,そもそも録音録画がなされることは予定されてはいない

58)

。仮 に協議合意の過程を録音録画されるとすると,捜査側は協力獲得のための働きかけの手 法をさらしたくない等の理由で協議に消極的になるおそれがあるし,協力者側も報復を 恐れて十分な協力をすることに消極的にならざるを得ない場合がある

59)

 もっとも,協議の時期,場所,相手方及び協議の概要を明らかにする前記⑦の記録は,

標的事件の公判での反対尋問による内容吟味のためには重要である。検察庁は,協議の

概要として,「検察官が本人及び弁護人に説明した事項」,「本人又は弁護人が協力行為

として提示した事項」,「本人の供述を聴取した場合には,その旨」,「検察官が処分の軽

減等の内容として提示した事項」,「前記処分の軽減の内容に対する本人及び弁護人の意

(受け入れたか否か)

」,「司法警察職員を立ち合わせた場合は,その旨」を記載するこ

とが考えられるとしている

60)

。特に,「検察官が本人及び弁護人に説明した事項」や「本

人又は弁護人が協力行為として提示した事項」は,できる限り明確に合意することが望

ましいが,少なくとも

(協議合意段階の録音録画の立法化は相当とは思えないが,これに代わ るものとして)

,例えば,「某日に,メールで

(賄賂としての)

金銭を渡すように指示され

た事実を公判廷において供述すること」等,標的事件の公判における立証事項が明確に

される運用に期待したい。

(17)

 引き込みの危険を判断するにあたっては,協力者の取調べの経過が正確に把握できる ことが必要である。現状では,取調べの段階において,裁判員制度対象事件や検察官独 自捜査事件でかつ協力者の身体拘束がされていなければ取調べの録音録画はなされない から,すべての協力者の供述を録音録画することは難しい。とりわけ重要なのは,標的 事件の公判の反対尋問において効果的な検証ができることであるから,録音録画はされ なくても,取調べにおける供述調書において,供述の時期・内容,取調べ全体の経過が 明らかにされるような工夫が求められよう。

 現状の制度設計では,協力者の虚偽供述を防ぐための制度的保障は十分ではないとす ると,虚偽供述を防げるかどうかは,結局,実務家による制度の運用次第であるという ことができる。現行の制度設計の下で協議合意が既に行われている以上,この制度をど のように運用していくべきかが重要な課題であり,積極的に議論されるべきであろう。

 まず,協議合意をしようとする検察官は,協力者に協議を持ちかける段階において,

協力者が虚偽の供述をするおそれがないかにつき,慎重に吟味する必要があろう。具体 的には,協力者と標的事件の被疑者・被告人との関係や,合意成立後の協力の概要を把 握することが求められよう。

 協力者の弁護人は,協力者である被疑者・被告人の利益のために行動することが職責 であり,それが虚偽の引き込み供述の可能性があると知った場合には,弁護士倫理上の 問題が生じる。しかし,単なる虚偽供述にとどまらず,第三者を引き込む可能性がある し,虚偽供述をすれば偽証罪に加えて新たに処罰されるのであるから,そのような事態 とならないように,合意に至る前に,虚偽供述をした場合のリスクを説明するとともに,

決して虚偽供述を行うことがないように助言することが求められるし,虚偽供述の可能 性がある場合には,そのような供述をしないよう説得すべき義務が生じることもあろ う

61)

 次に,標的事件の検察官は,協力者の供述を補強する証拠を収集することが求められ,

弁護人は協力者の供述を吟味し,有効な反対尋問が行われるようにしなければならない。

その前提として,公判前整理手続においては,類型証拠開示

(刑事訴訟法 316 条の 15 )

や主張関連証拠の開示

(同 316 条の 10 )

を積極的に求めていくことや検察官に対しその 保管証拠の一覧表の交付

(同 316 条の 14 第 2 項)

を請求することが求められよう。

 さらに,標的事件を担当する裁判所は,事前に合意書面が取り調べられ,合意の存在

と内容が明らかにされるのであるから,それを前提にして,協力者の供述の信用性判断

を慎重に行うことが必要である。特に,標的事件の弁護人による反対尋問で,供述の時

期や内容に鑑みて矛盾なく供述が一貫しているか,協議合意と連動して不自然な変遷が

(18)

見られないかなどの点につき,事後的に検証されることが重要であろう。

⑵ 伝聞例外について

 協力者の供述が虚偽かどうかを吟味するために最も重要かつ有効な手段が,標的事件 の被告人の弁護人による反対尋問であることを重視して,協力者の取調べ過程で作成さ れた検面調書を 2 号書面として採用することを制限しようという見解がある。具体的に は,法廷で証言を拒絶することを想定とした合意に基づいて作られた検面調書を伝聞例 外として採用することは手続の公正さを害するので許容すべきではないとするもの

62)

や,

協力者が法廷での証言を拒絶した場合,合意に基づいて作成された検面調書は,信用で きない特別な状況があるとして,刑事訴訟法 321 条 1 項 2 号前段による採用はできない とするもの

63)

がある。

 たしかに,標的事件の被告人の反対尋問の機会を保障することが,協力者の供述の信 用性判断にとっては最も重要といえるから,協力者は公判廷で供述することが,合意内 容としての原則となるべきことは明らかである

64)

。また,合理的な理由なくして,公 判廷で供述をしないことを前提に取調べで供述することだけを合意することは,許され るべきではない。しかし,何らかの事情で協力者が公判廷での供述を拒絶する場合は想 定しうる。この場合には合意からの離脱

(同 350 条の 10 第 1 項 1 号)

が問題となりうる とともに,仮に検察官が 2 号書面として検面調書を請求した場合の対応も問題となりう るだろう。

 共犯者の供述の信用性について,その信用性判断のために反対尋問の機会を十分に保 障すべきことは一般的にいえるのであって,協議合意が成立した協力者の供述に限った ことではない。裁判所は共犯者の供述であることが分かれば,引き込みの危険を考慮し て,その証拠能力や信用性判断を慎重に行うことになるのが通常といえる。共犯者が公 判廷で証言を拒絶した場合であっても,直ちにその検面調書が 2 号書面として採用され るわけではなく,拒絶の程度や拒絶に至る経緯・理由を検討し,場合によっては証拠能 力を否定することもある。また,2 号書面として採用されたとしても,裁判所は反対尋 問を経ていない供述として,その証明力を割り引いて評価することが少なくない。

 とりわけ,協力者と検察官との間に協議合意が成立していることは,標的事件の公判 で明らかにされるので,裁判官は協力者の供述が恩典と引き換えに行われたことを踏ま えた上で,その証拠能力や信用性を慎重に判断することになろう。加えて,協議合意に 反して供述を拒絶する場合といっても,様々な拒絶の理由があり得るのであって

(例えば,

協力者に対する第三者からの圧力など,協力者の責に帰せしめることのできない場合もあろう。)

(19)

協議合意に反して供述拒絶した場合の証拠能力を一律に取扱うことも相当ではない。

 そうすると,協議合意に反して供述を拒絶したことや協議合意の成立の結果得られた 供述調書であることは,従前の運用の中で,当該事案に応じて,2 号書面該当性や信用 性を判断するにあたっての重要な要素として考慮すれば足りると思われる。

Ⅳ 2 つの適用事例の検討

1 .事例の概要

⑴ 事 件 1

 協議合意制度の初の適用事例となったのが,タイ南部の火力発電所建設についての事 業を受注した A 社の社員が現地公務員であるタイ港湾当局に賄賂を渡したとして,同 社の元取締役と元執行役員,元部長の 3 人が不正競争防止法違反で起訴された事件であ る

65)

。同法違反には法人処罰があるが,A 社は東京地検特捜部との間で元役員ら 3 人 に対する捜査に協力することを合意し,起訴を免れた。

⑵ 事 件 2

 協議合意制度の 2 番目の適用事例の概要は以下のようなものである

66)

 横浜市に本社を置き,自動車の製造及び販売等を目的とし,その発行する株券を株式 会社東京証券取引所第一部に上場している B 社の代表取締役会長等であった C,及び 同社の代表取締役等であった D が,共謀の上,B 社の業務に関し,2011 年 3 月期から 2015 年 3 月期までの 5 年間,C の報酬・賞与その他職務執行の対価として B 社及びそ の主要な連結子会社から役員として受ける財産上の利益を,実際よりも約 48 億 7100 万 円過少に報告した有価証券報告書を提出し,もって重要な事項につき虚偽の記載のある 有価証券報告書を提出したとして,C 及び D が金融商品取引法 197 条 1 項 1 号・24 条 1 項 1 号違反の事実で逮捕の上起訴された事件である

(なお,B社は同法 207 条 1 項 1 号違 反の事実に問われている。)

 その後,2016 年 3 月期から 2018 年 3 月期までの 3 年間に C の同様の役員報酬を約

42 億 7100 万円過少に報告した有価証券報告書を提出した事実で,C,D 及び B 社が追

起訴されたほか,B 社の資金を私的に支出するなどして同社に財産上の損害を与えた事

実で,C は特別背任罪

(会社法 960 条 1 項)

でも追起訴されている。

(20)

 本件では,C や D の金融商品取引法違反の事実での逮捕・起訴にあたり,B 社の役 員と検察官の間に協議合意が成立し,B 社側が捜査情報を提供していたとの報道がなさ れている

67)

。また,事件 1 とは異なり,今回は B 社も同様に起訴されているから,検 察官と法人との間の合意は行われなかったと思われる。

2 .問題点とその検討

⑴ 法人との協議合意

 事件 1 では自然人とではなく,法人との間で協議合意が成立したところに特徴がある。

法は協議合意の主体としては「第三者」とのみ規定し,法人との協議合意を特に排除し ていないこと,及び法人も両罰規定によって刑事責任追及の危険があり,協議合意の成 立による恩典を受ける利益を有することからすれば,法人との協議合意も可能というべ きである。

 また,法人は企業における情報を直接的に管理・利用することができる立場にあるか ら,法人側の協力を得られることによる捜査側の利益は大きいと思われる。そのため,

当該法人の役員等の中心的な行為者の処罰を容易にするという立法目的を達成するとい う点においては,検察官が法人との間で協議合意をすることは,むしろ合理的な選択と いえる。

 しかし,一方で役員の違法行為によって直接的な利益を受けていた法人が,自らの処 罰と引き換えに違法行為を行った役員の訴追に協力する

(いわば,法人が役員を「トカゲ のしっぽ」として切り捨てる)

のは,国民の法感情にそぐわないとの反論がなされてい る

68)

。このような反論は,法的な不公正というよりはむしろ社会的な不公正感に基づ く反論である。

 以下では,法人との協議合意をめぐる法的限界と,このような不公正感を背景とした 民主的な限界について検討していきたい。

ア 法人との協議合意をめぐる法的限界

 検察官が法人との間に協議合意を成立させ,法人の刑事処分を寛大なものにする代わ りに法人からの捜査協力を得ることは,検察官の訴追裁量権の行使にほかならず,その 限界は訴追裁量権の濫用となる場合であることはⅢ 3.⑶において既に述べた。そのため,

検察官が必要性を認めた上での協議合意であれば,協議合意の相手が法人であっただけ

では,通常は訴追裁量権の濫用にはあたらない。したがって,法人との協議合意は訴追

裁量権の行使が違法となるような場合を除けば,これを否定する法的障害は特に見当た

(21)

らない。

 しかし,合意の内容が違法とまではいえなくても,著しく不当な場合は協力によって 得られた証拠の証拠能力が排除されることもありうるし,協力者が起訴された場合には,

裁判所が当事者の合意を認めないことがありうる

69)

イ 法人との協議合意についての国民の理解

 前記のような国民の法感情から見た不公正感は,検察審査会の起訴相当議決

(検察審 査会法 39 条の 5 第 1 項 1 号)

,不起訴不当議決

(同項 2 号)

,起訴議決

(同法 41 条の 6 第 1 項)70)

といった協議合意の審査を事実上担う機関が当事者の合意を尊重しないことで是 正されることになる。したがって,合意の当事者はこのような民主的コントロールが及 びうることも想定した上で,協議合意をするべきであろう。

 では,前記のような不公正感はどの程度協議合意にあたって考慮されるべきなのだろ うか。それは,法人処罰の必要性と法人の捜査協力によって得られる利益の程度の考量 によって決せられるべきであるように思われる。経済事犯の場合,違法行為を行った行 為者よりもその行為の利益・収益が法人に帰属することが少なくないが,事件 1 では,

不正競争防止法違反により,市場競争の公正さが害されることで第一に利益を得る法人 が起訴を免れる一方,不正に加担した役員のみが起訴・処罰されることになった結果に 不公正さや違和感を覚える人が多いのではないだろうか

71)

 もっとも,この点のみを理由に法人との協議合意を不公正なものと断定することは相 当ではない。不公正さとは,あらゆる事情を総合考量した結果なされる評価だからであ る

72)

。協議合意制度を法の趣旨に沿って運用することが公正であるとの前提に立てば,

協力者に恩典を与えることによる不正義と協力者が刑事訴追され処罰されることによる 真実発見のバランスによって公正さは判断されるべきだろう。具体的には,利益の帰属 先だけでなく,事件の重大性

(行為の違法の重大性)

,捜査の進展状況,法人が提供でき る証拠や捜査資料の重要性,協議合意制度以外の方法による当該証拠や捜査資料の収集 の困難の程度等との相関的判断によって公正さは判断されるべきである。例えば,企業 の場合には,コンプライアンス・マネジメントとリンクさせ,自浄機能を促進させるた めに協議合意制度を利用することが,将来の企業犯罪につながるという考え方もあり得 るし,個別事情としては,不正に関与した旧経営陣と決別するためや,業界に蔓延した 不正から脱却するために,協議合意制度を利用するということもあり得よう

73)

。  これら諸般の事情をも踏まえて,法人との協議合意が社会的に支持される程度に公正 かどうかを判断すべきと考える。

 事件 1 では,利益の帰属先以外の事実が重視された結果として,法人との協議合意が

(22)

なされた可能性がある

(企業側は,内部通報で不正な金銭の支払いの嫌疑を把握し,社内調査 の結果法令違反の疑いがあるとして,検察庁に報告書を提出したとされており,犯罪防止体制の 整備と事件後の全面的な協力が重視されたのかもしれない74)。また,事件 1 では

A

社からの申 告がなければ検察では認知し得なかった犯罪の自主的な申告である上,捜査権限の及ばない外国 に存在する証拠の提供という状況が合意制度の適用にあたって考慮されたのかもしれない75)。)

。  したがって,当事者はこのような多様な事情を考慮して協議合意をするかどうか決す べきであるし,当事者の合意内容の当否を判断する場合もこのような多様な事情にわた る考慮が必要である。

 結局,法人との合意においては,犯罪の直接的な利益が法人に帰属している場合,あ まりにも法人を優遇するような恩典を与えることは国民の理解が得られず,合意内容が 実現に至らない可能性が高いが,前記事情との相関的考慮によっては,協議合意も不公 正なものとはいえず許容されることがあるということになろう。

⑵ 特定の共犯者との協議合意

 事件 2 では,不正に関与していた執行役員らが自発的に協議合意を検察官に提案した わけではなく,C や D の不正を内部通報で把握し,社内調査を進める過程で D から不 正の指示を受けてこれらの執行役員らが不正に関与していたことを知った B 社の働き かけがあったと報道されている

76)

。では,企業内で内紛が生じている場合において,

一方の派閥が他方の派閥の失脚を狙って協議合意を進めることは法的観点からどのよう に評価されるべきなのだろうか。

 ここでは,共犯者の中の一部の共犯者と協議合意を進めることが,共犯者間の平等と いう観点から公正妥当といえるかという点と,共犯者間で内紛が生じている場合に国家 刑罰権の行使を担う検察権力が,一方のみに加担することの当否という二点が問題とな っていると考えることができる。以下では,これらの点について,それぞれ検討してい きたい。

ア 共犯者間の平等をめぐる問題

 昭和 56 年判例の立場を前提にすれば,共犯者間の平等は,共犯者同士の比較ではな く一般の共犯者との比較において判断されることになる。したがって,共犯者の一部と の間に協議合意が成立し,その結果起訴を免れるなど寛大な処分がなされたとしても,

他の共犯者が不平等に取り扱われたとは直ちにいうことはできない。事件 2 では,検察

官と不正に加担した執行役員との間に協議合意が成立したとされるが,このことから当

然に C や D の刑事手続が違法ということはできないだろう。

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