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変 体 漢 文 副 詞 断 片

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146

国語研究資料として︑変体漢文を高く評価するということは︑これ

までにあまりなかったことのようである︒しかるに国語副詞を研究す

る場合には︑この変体漢文が欠くことのできない資料となるように思

われる︒とは言うものの︑草仮名文学作品や訓点資料などとは雲泥の

差があり︑おのずから資料としての限界はあるのであるが︑特に情態

副詞が陳述副詞へと移行していく過程などは︑変体漢文の援用を仰が

なければその実体を把握することは困難であろう︒

注1注2

ここに︑﹁日本往生極楽記﹂と﹁大日本法華験記﹂の二書をとりあ

げ︑副詞について検討を試みようと思う︒﹁日本往生極楽記﹂は寛和

年間︵九八五頃︶に慶滋保胤によって似の説話が収められたものであ

り︑﹁大日本法華験記﹂は長久年間︵一○四一頃︶に沙門鎮源によっ

て棚の説話が集められたものである︒両書共に仏教説話という点で類

似しており︑しかも今昔物語集の原典でもある︒しかして約半世紀の

時代的径庭は両書の差異に結び付くであろう︒

﹁往生極楽記﹂﹁法華験記﹂共に変体漢文として見られるべきもの

変体漢文副詞断片︵原栄一︶ 変体漢文副詞断片

l﹁日本往生極楽記﹂﹁大日本法華験記﹂についてI

であり︑それは和化した漢字の用法︑すなわち純漢文本来の用法から

外れたものにおいて顕著である︒

﹁若﹂について見るならば︑本来の仮定用法に加えて疑問用法が混

在しており︑﹁往生極楽記﹂は7例中2例が︑﹁法華験記﹂は船例中

川例が疑問用法である︒

㈹若有難義者夢有金人常教之︵極Ⅳ︶

*︵極Ⅳ︶は︑可日本往生極楽記第十七Lをあらわす︒以下同じ︒

の如き仮定用法に対して︑

㈲是何光乎若天火歎︵極別︶

的若以此歎︵極師︶

㈲思念若復有人宿歎︵験蝸︶

*︵験B︶は︑﹁大日本法華験記第十三Lをあらわす︒以下同じ︒

㈱守問住僧若此伽藍有下書畢妙法華経︵験Ⅲ︶

の如く︑疑問用法の﹁若﹂には疑問の助字﹁歎﹂が結び付いている例

も多く見られるのである︒

また﹁況・何況﹂についても︑﹁往生極楽記﹂の1例中1例が︑﹁法

華験記﹂の別例中2例が︑次のように︑反語を導く機能を完全に失

一九

(2)

145

一一

ここに﹁敢﹂﹁預﹂﹁兼﹂﹁更﹂﹁曽︵都︶﹂﹁極﹂をとりあげて

検討する︒

﹁敢﹂について︒

往生極楽記では︑

仰念仏之外誰敢救者︵極旧︶

伺尼自性柔和慈悲為心蚊虻儀身利瑚剥創︵極帥︶

の用例例によって知られるように︑情態副詞として用いられたものが

見られる︒因に今昔物語集では︑﹁敢テ﹂の全用例脇のうち別例まで 注3 が否定表現であり︑殆ど陳述副詞となりきっているのである︒日本霊 注4 異記では情態副詞としての意識のもとに用いられているのであるが︑

往生極楽記の﹁敢﹂もまた情態副詞であるということになる︒例に

ついても︑﹁不敢l﹂のように措辞法が正格である点に着目すれば︑ 変体漢文副詞断片︵原栄一︶

い︑ただ単に﹁いうまでもなく﹂というくらいの意になってしまって

いる︒

㈹道場聚落修念仏三昧希有也何況小人愚女多忌之上人来後自唱令

他唱之爾後挙世念仏為事︵極Ⅳ︶

佃亦有道心常念後世被引事縁錐廻世路心在山林専思隠居何況昼夜

読一乗経以此善根廻向菩提︵験︶

例於非常草木猶生恭敬心測有情類作真仏想︵験閥︶

右の﹁若﹂﹁況・何況﹂についての和文的用法は︑﹁往生極楽記﹂

と﹁法華験記﹂とに共通して見られる和化現象であるが︑両者間には

和化現象に関して明らかな差異もまた見出すことができるのである︒

これらについて触れてみたいと思う︒ 二○

この﹁敢﹂は情態副詞と見るべきで︑陳述副詞とすることはできな

い︒というのは︑法華験記において次のような事実を指摘できるから

である︒法華験記の﹁敢﹂は︑

⑩初得病素所修念仏読経利剥訓鬮先死三日其病忽平︵験Ⅲ︶

働即天変地異瑚利訓割天下老少如突愛子如喪父母哀泣之声満於道

路︵験1︶

例沙門安勝其色極黒猶女掃墨又似炭灰恥歎色黒瑚利剣制︵験空

㈲山門深閉跡⁝⁝静調法華敢無聞人深望極楽誰量所期実︵験朋︶

同各出難問試此尼一々能答敢無難者爾時諸人敬重礼拝︵験鮒︶

例諸僧見大鐘為蝿毒所焼炎火熾燃瑚利訓週︵験棚︶

のように︑用例的の﹁不敢I﹂を除く他の5例がすべて﹁敢不l﹂﹁

敢無l﹂となっている︒純漢文においては︑﹁不敢l﹂は普通文であ

り︑﹁敢不l﹂﹁敢無l﹂とあれば︑これはいわゆる反問文で反語表

現である︒しかるに︑働例㈲同例はいずれも反語表現ではなく︑純漢

文の﹁不敢l﹂と全く同様の意識で作文されており︑破格の措辞法で

あるということにすぎない︒用例⑤に例をとるならば︑今昔物語集の

相当部︵十四別︶が﹁人二交ル事モ不為ズ﹂としているように︑﹁敢

不交衆﹂は﹁敢て衆に交はらず﹂とでも訓み︑安勝という沙門が色の

黒いことを恥じ歎いて全然人々と交わらなかった︑というように解釈

しなければならない︒これを﹁敢て衆に交はらざらむや﹂と読解した

ならば︑却って誤解したことになるのである︒㈲の﹁敢無聞人﹂は︑

山門深く跡を閉じて静かに法華を詞すので全然聞く人はないのであ

り︑同の﹁敢無難者﹂は︑出される難問をこの尼が一々能く答えたの

で全然難ずる者がなかったのであり︑例の﹁敢不可近﹂も︑炎火熾燃

していたために全然近づくことができなかったのである︒このような

(3)

1

破格の措辞法と﹁敢﹂の陳述副詞化とは無関係なことであろうか︒こ

のことについては︑平安中期から後期にかけての変体漢文資料を数多

く調査した上で答をなすべきであるが︑ここで︑関係があるのではな

いか︑という仮定を一応しておきたい︒法華験記の﹁敢﹂の破格用法

は︑﹁敢﹂が情態副詞としてではなく︑陳述副詞として意識されるこ

とによって生じた用法ではないかと見るのである︒﹁敢不交衆﹂の場

合︑﹁不交衆﹂を修飾するためにこの直上に﹁敢﹂を置いたのであり︑

仮に情態副詞としての意識があったならば︑被修飾語﹁交﹂の上に直

接させたはずである︒

﹁敢﹂についての往生極楽記と法華験記との間の差異は措辞法にあ

り︑これが情態副詞の陳述副詞化という通時的差異と関連しているこ

とを知るのである︒

﹁預﹂と﹁兼﹂とについて︒

﹁前もって﹂の意をあらわすのに︑往生極楽記では﹁預﹂を用い︑

法華験記では﹁兼﹂を用いる︒﹁預﹂がアラカジメ︑﹁兼﹂がカネテ の訓をもつことは訓点資料の訓や古辞書によって知られるのである

が︑アラカジメが訓読語として︑カネテが和文語として︑相対立して

用いられる同義の異語であることも周知の通りである︒往生極楽記に

は孤例であるが︑

㈱玄海得蘇弥読調真言経典後三年而遷化預知死期実︵極邪︶

のように﹁預﹂の例が見られ︑﹁前もって﹂の意の﹁兼﹂は全く見ら

れない︒これに反して法華験記では︑

M乃至臨終兼知死期︵験船︶

例能知人心説其所念兼見世相示其吉凶︵験別︶

㈱大師七歳深悟法門兼達一切︵験3︶

変体漢文副詞断片︵原栄一︶ 扮後臨命終期十余日已前兼知其時︵験肌︶ ㈲猪鹿不怖舐足裏蓋兼自示命終期︵験似︶ 脚乃至最後兼知死時入室坐禅寂静安穏︵験妬︶ ㈲修行年老読謂齢積兼知終時手執香呂︵験鮒︶

のように︑専ら﹁兼﹂を用いている︒例外としてあらわれる法華験記

の﹁預﹂1例

㈱玄海得蘇弥読調経典真言後三年而遷化測知死期実︵験胞︶

は︑往生極楽記の孤例肋と同文であり︑ただ﹁真言経典﹂が﹁経典真

言﹂のように入れ換わっているにすぎない︒この法華験記第十二奥州

小松寺玄海法師の説話は︑日本往生極楽記︵船︶と同原もしくはこれ

注5 を踏襲したものと思われ︑両者間に見られる異同についても︑言い換

えあるいは誤写かと疑われるような語に限られている︒従って︑㈱を

法華験記の用例とすることはできない︒

このように︑﹁前もって﹂を意味する和文的用法の﹁兼﹂が往生極

楽記に見られず︑法華験記に見られることは︑両者の差異を示してい

ることであるが︑この差異は通時的差異とは言えない︒既に日本霊異

記においても︑﹁兼﹂は6例すべてが和文的用法となっており︑往生

極楽記撰者も日常用語としては勿論使用していたはずである︒このこ

とは次の事例によって想像される︒

例今検国史及諸人別伝等有異相往生者兼亦訪於故老都盧得四十余

人︵極序︶

鮒便属中書大王令加入記中兼亦待潤色大王不辞饗応下筆︵極2︶

例折華相加兼亦以塩米菓菜等分施諸僧︵極狐︶

右3例の﹁兼﹂は︑﹁井也﹂︵説文︶﹁あわせて︑ともに︑一方で﹂

の如き意を表わす漢文本来の用法であるが︑往生極楽記における﹁兼﹂

一一一

(4)

143

変体漢文副詞断片︵原栄一︶

の用例皿のうちこの3例が﹁兼﹂に﹁亦﹂を補足して﹁兼亦﹂として

いる︒漢文的用法の﹁兼﹂と和文的用法の﹁兼﹂とが変体漢文中に共

に用いられていれば︑両者の意味の判別が不明確になるのは当然であ

る︒このようなことから︑漢文的用法の﹁兼﹂に類義の﹁亦﹂を補強

したものとみられる︒よって︑往生極楽記撰者は和文的用法の﹁兼﹂

は十分承知の上でこれの使用を避け︑﹁預﹂を用いたのであり︑より

漢文らしい漢文を作成しようとした往生極楽記撰者個人の意識が︑往

生極楽記と法華験記との差異となってあらわれたとみるべきであろ

う︒﹁兼﹂に﹁亦﹂を補強することは法華験記にも見られ︑漢文的用

法の﹁兼﹂Ⅳ例中2例ではあるが︑

㈹一日所読三四十部兼復受学三密秘法︵験刎︶

㈲読謂法華経荊刻奉仕不動明王︵験朏︶

のように︑﹁復﹂﹁又﹂を補っている︒

法華験記に和文的用法の﹁兼﹂が7例見られるとはいうものの︑変

体漢文という制約の下では︑漢文的用法の﹁兼﹂もⅣ例見られるので

あり︑この点では片仮名交り文とは大きな隔りがある︒今昔物語集で

の﹁兼テ﹂は︑その大半が﹁前もって﹂の意の和文的用法として用い

られているのであるが︑往生極楽記や法華験記を訳出する際に︑漢文

的用法の﹁兼﹂は︑

㈹素嗜密教兼念弥陀︵極岨︶︹真言ノ密教ヲ受ケ学テ年来山二住

シテ行法ヲ修シテ怠ダル事元カリケリ亦道心有テ日夜二弥陀ノ念

仏ヲ唱ヘテ︵今昔十五Ⅷ︶︺

働読法華経慰重誠深兼持真言︵験帥︶︹幼ヨリ法花経ヲ受習上日

夜二読謂ス亦真言ヲ持テ年来行う間︵今昔十四妬︶︺

のように︑﹁亦﹂に換言してしまい︑そのまま﹁兼テ﹂とすることは 一一一一

ないのである︒

﹁更﹂と﹁曽︵都︶﹂とについて︒

往生極楽記が﹁兼﹂の和文的用法を避けたことを見てきたが︑﹁更﹂

についてもこれと同じことを見ることができる︒

そもそも﹁更﹂には︑漢文本来の用法である情態副詞もしくは程度

副詞︑すなわち﹁復也︑再也﹂﹁愈也︑益也﹂︵詞詮︶の意味に用い

られるものと︑和文的用法の陳述副詞︑すなわち否定表現に用いられ

て﹁全然・少しも︒決して﹂の意をもつものとの二者がある︒

しかるに往生極楽記においては︑情態︵程度︶副詞として用いられ

た2例

口尚有揮交衆更卜娚厳院砂碓岑以隠居︵極吻︶

㈲歴五六日更加沐浴︵極u︶

が見られるのみで︑陳述副詞として用いられた﹁更﹂は全く見あたら

ない︒これに比て法華験記では︑情態︵程度︶副詞肥例に対して陳述

副詞として用いられたものは実に川例にのぼり︑五倍強の使用度を示

している︒なお︑日本霊異記での両者の比は鮒例対皿例で三分の一倍

であり︑同種の変体漢文で三分の一倍から五倍強に倍率が高まってい

ることは︑﹁更﹂の陳述副詞化の過程を示すものとして見てよいであ

ろう︒また︑これが片仮名交り文の今昔物語集になるとほぼ陳述副詞

化しきっており︑Ⅳ例対測例で約三○倍となっている︒

このように見てくると︑往生極楽記撰者が︑陳述副詞化の過程にあ

りながら︑陳述副詞﹁更﹂を全然用いなかったことは︑この和文的用

法を意識的に避けたこととして見ることができる︒

さて︑ここで見逃すことができないのは︑﹁曽︵都︶﹂の存在であ

る︒往生極楽記の﹁曽﹂と法華験記の﹁曽﹂とを対比させてみると︑

(5)

142

ここにも差異が認められる︒

まず法華験記の﹁曽﹂からあげると︑

例是利割割也︵験刎︶

例得未曽有︵験而︶

鋤近隣大小諸人聞此事皆奇未曽有︵験鋤︶

㈱遥見此島未曽来望︵験Ⅲ︶

㈲一心礼拝嘆未曽有実︵Ⅲ︶

例是非小縁未曽有事︵験伽︶

の如く︑㈱を除く他はすべて﹁未曽有﹂の型に填まった用法であっ

て︑否定表現に用いられてはいるが﹁曽﹂を特に陳述副詞として意識

した上で使っているとは見えない︒㈱これに対して︑往生極楽記の用

例4

⑧受戒之後未曽臥寝就智證大師受三部大法︵極6︶

働尼補畢命脾日我師今日可遷化汝早可寶参脾還陳入滅尼曽不驚歎

見者奇之︵極Ⅳ︶

国命弟子僧汝曽不可勧水漿致問訊︵極M︶

個智光怪而問之都無所答︵極蛆︶

の中には︑⑧のように法華験記同様のものもあるが︑用例働個に見ら

れるように︑明らかに陳述副詞として用いられたものがあるのであ

る︒﹁尼曽不驚歎﹂は﹁尼は全然驚歎しない﹂という意であり︑﹁都

無所答﹂は﹁全然答えない﹂という意である︒用例国は﹁曹﹂を﹁曽﹂

注6 に誤ったものと考えられるので用例からは除外すべきであるが︑万一

誤りでないとするならば︑﹁決して⁝してはならない﹂の意で用いて

いることになる︒上代から否定表現に用いられている﹁曽︵都︶﹂は︑

後にその位置を﹁更﹂に譲っているようであるが︑日本霊異記では︑

変体漢文副詞断片︵原栄一︶ 異同ある例を除いても︑﹁曽︵都︶不l﹂3例﹁曽︵都︶無l﹂6例 全部が陳述副詞として用いられ︑同じく陳述副詞︵否定表現︶として 用いられる﹁更﹂皿例と併存している︒このようなことから︑日本霊 異記の頃には既に陳述副詞﹁更﹂が用いられ始めていたこと︑と同時 に﹁曽︵都︶﹂が根強く用い続けられていたことをも知るのである︒

往生極楽記に陳述副詞﹁更﹂が全く用いられずに︑そこに﹁曽︵

都︶﹂が用いられていることは︑撰者が新しい和文的用法を避けたこ

とによると見られるとともに︑﹁曽︵都︶﹂が往生極楽記の頃にも一

方で確固たる地位を保っていたことを知るのである︒

﹁極﹂について︒

法華験記では︑﹁極令堅固﹂﹁極大精進﹂のように動詞・副詞を修

︑︑

飾するものもあり︑その多くは﹁魚香極臭﹂﹁其音極貴﹂をはじめとし

て﹁高﹂﹁長﹂﹁久﹂﹁近﹂﹁深﹂﹁冷﹂﹁温﹂﹁寒﹂﹁悪﹂﹁香﹂

﹁疾﹂等の形容詞を修飾するものとして用いられている︒このよう

に︑他の程度副詞に比べると比較的頻用されて躯の用例を見るのであ

るが︑これに対して往生極楽記では全く用いられていない︒往生極楽

記では﹁甚﹂﹁太﹂が専ら用いられているところに両者の差異がある

わけである︒

一一一

往生極楽記も法華験記も︑その文体は四六文体の影響でもあろう

か︑四文字単位がその基調となっている︒その関係で︑副詞一文字を

二文字にすることがなされ︑畳語︑それに﹁以﹂字を添加しているも

のなどが見られる︒まず﹁漸々﹂について見ると︑

⑦水瓶踊下漸々進去︵験皿︶

@不見其処潮珊遊行︵験舶︶

一一一一一

(6)

141

変体漢文副詞断片︵原栄一︶

④喜値仏法摂持漸々修行実︵験部︶

e逵年之間潮珊生長︵験部︶

④修行仏道漸々学読法華一部︵験刷︶

④音楽普聞潮判西去︵験刊︶

①音楽雨華漸々遠離︵験Ⅲ︶

⑦令人執繩潮珊垂下︵験朋︶

⑨従朱雀大路潮酬歩行︵験馴︶

のように︑法華験記に見られるのであるが︑﹁漸﹂︵6例︶よりも多

く用いている︒これらの﹁漸々﹂は︑被修飾語が﹁進去﹂﹁遊行﹂﹁

修行﹂﹁生長﹂⁝・・・のように︑二字の熟語であるために﹁漸﹂を重複

させたものであるが︑熟語でない場合には︑

︑潮及八月︵験1︶

︑潮及五六箇︵験舩︶

⑦潮留飲食︵験︶

︑潮行去間︵験澗︶

⑰潮近見者︵験Ⅲ︶

a潮近遠辺︵験捌︶

のように︑﹁漸﹂としている︒ここで思われることは︑﹁漸﹂と﹁漸

々﹂とが同訓であったのかということである︒﹁漸々﹂が和文語ヤウ

ャウで訓まれることはなかったのであろうか︒変体漢文における畳語

の副詞と和文語とは全く無関係ではなかったように思われてならな

い︒また︑

②時々往詣処々霊験︵験似︶

@矧刎籠往数々勤行︵験船︶

②如是奇事時々常住︵験川︶ 二四

の如き﹁時々﹂は和文語トキドキで訓まれるものであろうし︑

⑫調法華経御刷神変不可述尽実︵験而︶

③云何奉常施主後々勤修功徳︵験川︶

の如き︑純漢文には決して見られないであろうと思われる﹁後々﹂

は︑ノチノチの訓をもつものであろうが︑これも当然和文語に入れる

べきものであろう︒

四文字単位と関係はないが︑﹁努努︵ユメュメ︶﹂も純漢文に見ら

れないものであるのでここにあげる︒

⑦能相衆生善悪語和尚言努努莫作尽力逼身之勤︵験似︶

⑤誠宅主言努努他人無語是慮外幻化非実事︵験弱︶

のように禁止表現に用いられる︒

更に︑

④留慶祐阿闇梨密々示言︵験朋︶

の如き﹁密々﹂は︑色葉字類抄に﹁密︑ヒッノ︑﹂とあることにより︑

音読されたとも思われるが︑これをヒソヒソとは訓めないかとも考え

られる︒近世の作品にはあらわれるヒソヒソの源泉を︑このようなと

ころに求めることはできないものであろうか︒

畳語以外のものでは﹁手自︵テヅカラ︶﹂がある︒

⑥手自刻彫薬師如来︵験3︶

④荊副書写妙法華経︵験︶

のように︑これも二字の熟語を修飾する場合に用いられている︒

②刊伺捧盃蓋忽訟乱迷悶︵験伽︶

のようなものも見られるが︑﹁乍︑オノッヵラ﹂︵細糊雑桝類︶によって︑

﹁手自﹂に準ずるものとみられる︒

次に︑変体漢文の中には︑﹁忽以﹂のように︑﹁以﹂字を副詞の下

(7)

140

に添えて用いることがある︒このことは既に築島裕博士が﹁変体漢文

注7 の構想﹂で指摘され︑﹁このやうな﹁以﹂の字の意味は︑殆ど無意味

に近く︑ただ語調を整へるだけのやうに見える︒⁝思ふに︑これは︑

変体漢文特有の﹁以﹂字の用法なのではなからうか︒﹂と述べられて

いる︒

往生極楽記にも法華験記にも︑例に洩れずこの事例が見られる︒

③律師臥病言不及銭剖馴即世︵極7︶

及干期日割馴入滅実︵極朋︶

■■■■■■■ママ

︑大師弥以敬重具威儀結定印︵極4︶

大師荊肌敬重一心合掌向西安座︵験4︶

⑦頃年無言語無行法徒以逝去受生之処善悪難知︵極加︶

︑西塔智徳僧劉馴天亡︵極4︶

⑦我十二箇年所修善根今日惣以廻向︵極︶

⑦一生寡婦細川入道︵極別︶

其性劣弱不堪其器悔恥自心遂以還去︵験肥︶

︑道俗慕化追従者訓肌千数︵極2︶

不強力勇健訓例病悩気力鞘劣︵験姻︶

④土中生死誠以可悲︵験別︶

雷電声不聞制別希有︵験別︶

懇切芳言誠以難遁︵験Ⅷ︶

⑦北首右脇剥刎遷化実︵験4︶

總不憶持剥刎忘失︵験別︶

書補二字剥馴奉持︵験訓︶

⑦中関白殿下調別帰依供献衣食︵験壷

⑥男大喜悦捨我財宝可報君恩則叫交通終夜結契︵験哩

変体漢文副詞断片︵原栄一︶ 一任事終即以上京︵験脳︶ 其母受病経日悩乱即以入滅︵験剛︶ 馳宣此語即以還去︵験棚︶

④添開結経封叫転読法華大乗︵験Ⅲ︶

︑②中関白殿北政所掛川帰依日供衣服厚以奉献︵験別︶

⑤有一老僧太以宿徳︵験帥︶

②至於天暁各以相別︵験Ⅲ︶

このように︑副詞に﹁以﹂を添える原因は︑畳語と同じように︑四文

字に整えることにあると思われる︒この場合に︑﹁以﹂字を添加する

のは︑訓点資料においてヒソカニオモヒミレバと訓読される﹁霜以﹂

などに倣ったのであろうか︒法華験記序の文頭にも︑

②窺以法華経者久遠本地之実證︵験序︶

のように見えている︒

なお︑﹁窺以﹂の﹁以﹂が必ずしもモテと訓まれていないように︑

これらの﹁以﹂は語調の上からモテと訓む場合もあったであろうが︑

訓まれない場合もあったであろう︒

⑥道俗慕化追従者動以千数︵極2︶︹道俗化ヲ慕上追上従う者ノ

ヤヤムスレ 動以ハ千数︺

*︹︺内は︑天理図書館蔵可日本往生極楽記L・広浜文雄氏の訓み

下し文による︒︵﹁山辺道L過号︶

のように︑﹁動以﹂にヤャムスレハという付訓があることによっても

推察される︒

以上のように︑﹁往生極楽記﹂と﹁法華験記﹂の副詞もしくは副詞

的機能を果すものについて検討したが︑変体漢文という点において︑

二五

(8)

139

変体漢文副詞断片︵原栄一︶

共通するところもあり︑また︑明確に相異するところもあるというこ

とを見た︒

漢文的仮定用法﹁若﹂と和文的疑問用法﹁若﹂の混在︑あるいは︑

和文的平叙用法﹁何況﹂が両者に共通して見られることは︑まず︑両

者ともに変体漢文であるということがいえるのであり︑その上で︑﹁

若﹂﹁何況﹂の和文的用法が︑少くとも九八五年頃から一○四一年頃

にかけては︑用法上動揺することのない安定した用法であったという

ことができる︒これに対して︑﹁往生極楽記﹂と﹁法華験記﹂との間

に見られる用法上の差異の背景には︑用法上の動揺︑すなわち情態副

詞の陳述副詞化ということがあった︑と見なければならない︒

﹁往生極楽記﹂における漢文的用法の﹁敢﹂︵情態副詞︶・﹁更﹂

︵情態・程度副詞︶・﹁預﹂︵訓読語アラカジメ︶を︑法華験記にお

ける和文的用法の﹁敢﹂︵陳述副詞︶・﹁更﹂︵陳述副詞︶・﹁兼﹂

︵和文語カネテ︶に対比させてみると︑﹁往生極楽記﹂は変体漢文と

はいえ︑より漢文的であることがわかる︒撰者保胤は︑和文的用法に

化しつつあるものに対して︑用いることを潔しとしなかったに違いな

い︒和文的新用法﹁更﹂︵陳述副詞︶を避けて伝統的に用いられた和

文的古用法﹁曽﹂︵陳述副詞︶を用いているが︑これも当時の人には

漢文的用法と意識されるくらいに慣用されていたものとみられる︒一

方︑﹁法華験記﹂は率直に記された変体漢文として認められ︑﹁敢﹂

﹁更﹂﹁兼﹂﹁極﹂などはすべて今昔物語集と通用されるものであ

また︑﹁往生極楽記﹂﹁法華験記﹂ともに文体が四文字単位を基調

としていることから︑畳語の型をとる副詞︑あるいは﹁l以﹂型の副

詞を見ることができた︒畳語の副詞と和文語との関係など︑今後の課 り︑そこに年代的懸隔を殆ど感じさせないのである︒ 一一一ハ

題であろうと思われる︒

﹁往生極楽記﹂﹁法華験記﹂という二撰書によって︑ここに使用さ

れた副詞を見たのであるが︑このことは氷山の一角を見たということ

にほかならない︒今後︑多種多様な変体漢文によっても検討が加えら

れなければならないことは無論のことである︒

燭1新校群書類従による︒

2続群書類従による︒

3可今昔物語集における副詞の呼応L金沢大学教養部論集人文科学篇6

4﹁副詞からみた日本霊異記L語文研究蛇

5可光彩隠映L︵極︶とう光彩微妙L︵験︶︑可授受L︵極︶と﹁頂受L

︵験︶︑可三日L︵極︶と可三年﹂︵験︶︑可十万国L︵極︶と﹁千

万国L︵験︶など︒

6可普分諸弟子日汝曹食我食只今日而已︵極Ⅱ︶︹普ク弟子等二此レヲ

分ケテ告テ云ク汝等専二我ガ此ノ備ヲ食セム事只今日許也︵今昔十五

5︶︺Lを参考にすること︑国の可汝曽Lは可汝曹Lであったと思わ

れる︒今昔物語集も可汝等Lと訳出している︒

7詞平安時代の漢文訓読語につきての研究鴎脇ぺ

参照

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