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漂泊する華僑・華人新世代の越境

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漂泊する華僑・華人新世代の越境

著者 陳 天璽

ページ 297‑324

発行年 2008‑12‑25

URL http://hdl.handle.net/10502/4302

(2)

第12章

漂 泊 す る華僑 ・華人 新 世 代 の越 境 陳 天 璽

は じめ に

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華僑 ・華 人 を論 じる際 に、 戴 国 揮1)が 「 落 葉 帰 根 か ら落 地 生 根 へ 」 と喩 え た こ とは よ く知 られ て い る。 「 華 僑 」 の 僑 は仮 住 ま い を意 味 し、 海 外 に 一 時 的 に滞 在 す る 中 国 国籍 保 持 者 を指 し、 一 方 「 華 人 」 は 、 居 住 地 な ど中 国 以 外 の 国籍 を取得 した 中 国 系 の 人 を指 して い る。 中 国 国籍 を有 す る 華僑 は 、 海 外 に 移 住 し て も い ず れ は ル ー ツ の あ る故 郷 に帰 る と考 え られ 、 「落 葉 帰 根(葉 が落 ちて根 に帰 る)」 と表 され た。 しか し戴 は、 華僑 は い ず れ 居 住 地 の 国籍 を 取 得 し 「 華 人 」 と な り、 移 住 先 の 環 境 に 適 応 し、 そ し て ア イ デ ン テ ィ テ ィ も、 中国 に対 す る一 元 的 な もの で は な く移 住 先 の 文 化 に 融合 同 化 す る で あ ろ う と 「 落 地 生 根(葉 が落 ちて その地 に根 を生 や す)」 を唱 え た。 多 くの 華 僑 ・ 華 人 研 究 者 は こ れ に 賛 同 し、 ま た 華 僑 ・華 人 た ち に も受 け 入 れ られ て き た2)。

事 実 、 現 在 多 くの 中 国 系 移 民 は移 住 先 の 国 籍 を取 得 し、 「 落 地 生 根 」 して い る よ うに 見 え る。 筆 者 が 調 査 して きた ア メ リカや 日本 、 そ して マ レー シア な どの 中 国 系移 民 も しか りで あ る。 しか し、最 近 の動 向 を注 意 深 く観 察 して い る と、 彼 らの 越 境 の ダ イ ナ ミズ ム は 、 「落 葉 帰 根 か ら落 地 生 根 へ 」 が 表 す 中 国 か ら移 住 先 へ の 適 応 とい う一 方 向 的 か つ 単 純 な構 図 で は、 もは や その 真 相 をつ か む こ とが で きな くな っ て い る よ うに 思 う。 「 落 地 生 根 」 した か に 見

hechushiwujia

え る 華 僑 ・華 人 の 新 世 代 た ち が 、 「WhereisHome?何 処 是 吾 家 」3)と問 い

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298第Ⅳ 部 人 の越 境

か け、 自分 の ア イ デ ン テ ィ テ ィ の拠 り所 を模 索 して い る。 ま た、 一 方 で は 中 国 の 急 速 な 成 長 が 外 的要 因 と して、 彼 らの トラ ン スナ シ ョナ ル な活 動 を活 発 化 させ て い る。 こ う し た動 き を捉 え る た め に は、 「 落 葉 帰 根 か ら落 地 生 根 」 に代 わ る、 新 しい視 点 が 必 要 に な っ て い る と思 わ れ る。

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筆 者 は 、 そ ん な現 在 の 華 僑 ・華 人 の 越 境 を 「 漂 泊 尋 根 か ら処 々 孔根 へ 」 と 表 現 す る こ とに よ って 、 そ の真 相 を よ り適 切 か つ わ か りや す くす る こ とが で

きる の で は な いか と考 え る。

世 界 中 に 点 在 す る華僑 ・華 人 た ち は 、 複 数 の 国家 や 文 化 の 影 響 を受 け て い る た め 、 多元 的 な ア イデ ン テ ィ テ ィ を有 して お り、 所 属 の 曖 昧 性 ゆ え、 ル ー

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ツ探 し(「尋 根」)を した い とい う思 い に 駆 られ る こ とが あ る。 一 方 で は 、 複 数 の 言 語 を話 す な ど、 多文 化 を 身 に つ け て い る た め 、複 数 の 環 境 を往 来 す る 機 会 が 多 い なか 、 ど こ に い て もマ イ ノ リテ ィ で あ る こ とか ら、 社 会 に お け る 自分 の 居 場 所 を探 し求 め る こ とが あ る。 そ う した 、様 子 を 「 漂 泊尋 根 」 と表 して い る。

一 方 、 「 処 々 孔 根 」 は 、 直 訳 す れ ば 「各 地 に 根 を は る」 とい う意 味 で あ る。

華僑 ・華 人 が ルー ツ探 しや 居 場 所 探 しの ため に越 境 を続 け る な か 、 各 地 に分 散 して い る家 族 や 知 人 とのつ な が りが 形 成 さ れ 、 そ う したつ な が りか ら派 生 した ビ ジネ スや 様 々 な活 動 の結 果 、 各 地 に拠 点 を築 き 国境 を越 え た 複 数 の 基 盤 を持 つ よ うに な る こ とを表 して い る。 彼 らは 、 結 局 、 一 つ の 強靱 不 抜 な ル ー ツ を見 つ け る とい うよ り も、国境 を越 えたネ ッ トワー ク型の ビジネ ス形態 や 家 族 形 態 を形 成 す る よ うに な り、 トラ ン ス ボー ダー な生 活 空 間 で 生 き て い

る。

先 に触 れ た 「落 葉 帰 根 か ら落 地 生 根 へ 」 とい う比 喩 に 対 して、 「 漂 泊 尋 根

か ら処 々 孔 根 へ 」 は 、 華 僑 ・華 人 を葉 に 喩 え 、 葉 が 落 ち着 くと こ ろ を探 す か

の よ うに あ ち こ ちに 漂 泊 して い た の が 、 し まい に は、 落 ち た その 先 々 に 根 を

は る とい うイ メー ジ で あ る。 前 者 が 故 郷 に 帰 るか 、 も し くは 、 移 住 先 に 根 を

生 や す か と、 目的 地 が 単 一 、 か つ 明 確 で あ るの に 対 し、 筆 者 が 新 た に提 起 す

る後 者 は、 拠 り所 とす る先 は 明確 で は な く、 む し ろ い くつ か 縁 の あ る地 を行

き来 し して い る う ち に 、 各 地 に 居 場 所 を見 つ け て い く様 子 を表 して い る。 そ

の 姿 は浮 遊 す る落 葉 の よ うに 曖 昧 でつ か み に くい もの で もあ る。

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そん な 自分 探 しをす る漂 泊 の 旅 路 は、 デ ィア ス ポ ラ を経 験 した移 民 の宿 命 で あ る よ うに思 わ れ る。 しか し、 彼 ら は旅 を経 て 、 結 局 一 つ の ル ー ツ に こだ わ るの で は な く、 む しろ 多文 化 を 内包 して い る 自 己の 特 徴 に 気づ き、 そ れ を 生 か した 生 き方 が 一 番 自分 ち し く、 ま た 自然 な あ り方 で あ る と認 識 す る よ う

に な る。

本 章 で は 、 華 僑 ・華 人 の2世3世 な どの 新 世 代 に 注 目 し、 彼 らが 漂 泊 しな が ら 自分 探 しす る こ と を通 し、 そ の 越 境 の 旅 や 経 験 か ら人 的 ネ ッ トワ ー ク を 築 き、 トラ ン スナ シ ョナ ル な活 動 を展 開 して い る実 態 を、 イ ン タ ビュ ー や 参 与 観 察 に よ って 収 集 した具 体 的 な ケ ー ス を通 して 明 らか に した い 。 まず 、 第 1節 で は 、 華 僑 ・華 人 の越 境 の 歴 史 的変 遷 を概 観 す る。 そ して デ ィ ア ス ポ ラ 論 に よ る 華僑 ・華 人 研 究 の 意義 を考 え る。 次 に第II節 で は 、 個 々 の 華僑 ・華 人 に 注 目 し、 「 漂 泊 尋 根 か ら処 々 孔 根 へ 」 と変 わ っ て い く彼 らの 越 境 形 態 を 具 体 例 よ り明 らか に す る。 第III節で は、 華僑 ・華 人 組 織 の動 き に注 目す る。

具 体 的 に は世 界 華 商 大 会 を例 に あ げ 、 華 人組 織 が 、 各 地 に す で に あ る華 人 コ ミュ ニ テ ィ を利 用 し、 よ り空 間 的 に 自由 で、 柔 軟 性 の あ る ネ ッ トワー ク を築 こ う と して い る様 子 を見 て ゆ く。 最 後 に、 第IV節 で は 、 華 僑 ・華 人 の 越 境 形 態 が い か に変 容 して い る のか 、 そ して 、 彼 らは なぜ 再 び 越 境 す るの か を分 析 す る。

1越 境 を続 け る華僑 ・華 人 たち

1華 僑 ・華 人 の越 境 の歴 史 と変 遷

華 僑 ・華 人 を 「 越 境 の 民 」 と喩 え て もお か し くな い ほ ど、 彼 らの 国 境 を越 え る移 住 の 歴 史 は綿 々 と続 い て い る。 現 在 まで の 歴 史 を大 まか に分 け る と、

4つ の 時 期 に分 類 す る こ とが で き る。 第1期 は 、19世 紀 半 ば ま で の 長 い歴 史 。 第2期 は 、19世 紀 後 半 か ら1945年 ま で。 第3期 は 、1945年 か ら1970年 代 後 半 、 第4期 は 、1970年 代 後 半 か ら現 在 まで で あ る。

華 僑 ・華 人 の 越 境 は 古 く ま で 遡 る こ とが で き る が 、 こ こ で は 宋 代('・1

1127年)や 明 の末 期 に触 れ た い 。 宋 代 に 造 船 業 が 発 達 し、 船 に 乗 せ て 運 ぶ こ

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300第Ⅳ 部 人 の 越 境

とが で き る商 品経 済 も飛 躍 的 に発 展 し、 民 衆 は 海 外 に 出 て 貿易 す る こ とが 奨 励 され た。 そ の た め 、 当 時 多 くの 中 国 商 人 た ちが 東 南 ア ジア に 渡 っ て貿 易 を

した と言 われ て い る。 ま た、 明 代(1368‑1644年)の 初 期 は 一 時 鎖 国令 が しか れ 、 海 外 との 接 触 は な くな るが 、 末 期 に な る と再 び 中 国 の 沿 海 を 中心 に外 国 人 との 貿 易 が展 開 され た。19世 紀半 ば に 至 る ま で の 歴 史 に お い て、 す で に 華 僑 ・華 人 は越 境 を行 い海 外 に居 住 して お り、 しか もア ジア に お い て グ ロー バ

ル な通 商 ネ ッ トワ ー ク を有 して い た 。

第2期 、 ア ヘ ン 戦 争(1840‑1842年)を 機 に 中 国 人 の 大 量 移 住 が 本 格 化 し た。 そ の 背景 に は 、 中 国 内部 の 政 治 的 混 乱 と経 済 的 貧 困が 人 々 を国外 へ と押 しだ す プ ッシ ュ 要 因 とな っ た。 一 方 、 移 出 を促 す プ ル 要 因 と して は 、 西 洋 諸

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国 の奴 隷 制 廃 止 と植 民 地 に お け る労働 力 の 需要 とい う事 情 が あ った。 「 苦 力」

と も呼 ば れ た 中国 系 労 働 者 が 大 量 に発 生 し、彼 らは 後 に東 南 ア ジアや ア メ リ カ な どの 地 に お いて 華 僑 ・華 人社 会 を形 成 して い っ た。

第3期 、 第 二 次 世 界大 戦 の 終 結 を境 に 、 国 際 情 勢 は大 き く変 化 し、 新 興 国 民 国家 の 誕 生 と国家 主 義 の 台 頭 に と もな っ て 、 華 僑 ・華 人 の ア イデ ン テ ィ テ ィ が 中 国 か ら居 住 国へ と転 化 して い っ た。 多 くの 華 僑 た ち は 、 中国 の 共 産 化 に よ り、 故 郷 へ 戻 る こ と を 断 念 し、 居 住 国 籍 を取 得 す る な ど華 人 化 が 進 ん だ。

第4期 の1970年 代 後 半 に 入 る と、 国 際 情 勢 の 緊 迫 状 態 は 緩 和 され 、 国家 間 関係 は 緊 密 に な り、相 互 依 存 の 時代 に 入 っ た 。 「 独 立 自主 」 外 交 を掲 げ て い た 中 国 も、1979年 か ら改 革 開 放 政 策 を推 進 した。 一 方 、 ア ジ ア で は経 済 の 高 度 成 長 を背 景 に、 華僑 ・華 人 資本 が新 しい 展 開 を見 せ 、 グ ロー バ ル な ネ ッ ト ワ ー ク を構 築 し注 目 を集 め る よ うに な った 。

歴 史 を概 観 して も、 華 僑 ・華 人 の 越 境 を促 進 す る力 に は時 代 ご とに そ れ ぞ

れ プ ル 要 因 とプ ッ シュ 要 因が あ っ た こ とは 言 う まで も な い。 な お 、 プ ッ シ ュ

要 因 と して は、 大 き く分 け て3つ の 原 因 を あ げ る こ とが で き る。 第1に 、 政

治 的 な原 因 に よ る海 外 移 住 。 つ ま り歴 代 王 朝 に よ る迫 害 、 中 国 国 内 に お け る

政 治 的 混 乱 、 そ して 民 主 化 の要 求 な ど、 統 治 者 との 政 治 的 イ デ オ ロ ギー の 不

一 致 に よ り海 外 に移 住 した ケ ー ス 。 第2に 、 経 済 的 困窮 や 自然 環 境 の 悪 条 件

に よ り生 活 が 困 難 に な り、 出稼 ぎ を余 儀 な くされ た者 に よ る海 外 移 住 。 第3

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表1華 僑 ・華 人 の 越 境 と ア イ デ ン テ ィ テ ィの 歴 史 的 変 遷

轟.}¶,8

畿灘 嚇醐iil灘 造 船 技術 の発 達 モ ノの 交換

貧 困 ・混 乱 労 働 力 の 需要

中国の共産化 新興 国家の成立

改 革 開放 グ ローバ ル化

   通商

出稼 ぎ 移 民 ・同 化 一 時 的 ・契約 的

    中華思想

愛騨 r♂照物靭w陥

中国 出身地

居住 国へ の 同 化

ト ラ ン ス ナ シ ョ ナ ル

落葉帰根 落地生根 漂泊尋根

処々孔根

(注)≦ ≧窪i者イ乍成

に 、 商 人 な どが事 業 拡 大 や 投 資 の た め に海 外 へ 出 て 行 っ た ケ ー ス で あ る。 一 方 、 プ ル 要 因 と して は 、 外 国 に お け る労 働 力 の 需 要 。 そ して 、 海 外 に い る親 戚 や 知 人 な どに よ る 情 報 の 提 供 や 移 民 の勧 誘 な ど もあ げ られ よ う。

今 日、 華 僑 ・華 人 は世 界 各 国 に分 散 し、 そ の 人 口 は 、3千 万 と も4千 万 と も言 わ れ て い る。 居 住 国 の 国籍 を取得 す る者 や 現 地 の 人 との 通 婚 が 増 え て お り、 華 僑 ・華 人 の正 確 な 人 ロ を把 握 す る こ とは き わ め て 困難 で あ る。 一 例 と して 、 台 湾 の 僑 務 委 員 会 が 編 集 した 『 華 僑 経 済 年 鑑 』4)の 統 計 デ ー タ に よ る と、 華 僑 ・華 人 の総 人 口 は3487万 人 で あ り、 世 界 約150力 国 に 居 住 して い る。

あ くま で も推 計 で あ るが 、 目安 と し て 人 口 と分 布 に つ い て は 同統 計 デ ー タ を も とに 図1に 表 して み た。 な お 、 世 界 の 華 僑 ・華 人 の8割 近 くは ア ジ ア に 集 中 して お り、 つ い で ア メ リカ に1割 、 そ して ヨー ロ ッパ や ア フ リカ、 オ セ ア ニ ア な どに分 布 して い る。

2デ ィア ス ポ ラ論 と華 僑 ・華 人 研 究

図1か ら も 一 目 瞭 然 で あ る よ う に 、 華 僑 ・華 人 は 世 界 各 地 に 分 布 し て い る 。 そ し て 、 チ ャ イ ナ タ ウ ン に 代 表 さ れ る よ う に 、 彼 ら は 各 地 に コ ミュ ニ テ ィ を築 い て い る 。 ま た 、 地 縁 や 血 縁 な ど エ ス ニ ッ ク な つ な が り に よ る 求 心 力 を 有 し て い る こ と か ら、 デ ィ ア ス ポ ラ と 呼 ば れ る よ う に な っ て い る 。

デ ィ ア ス ポ ラ(diaspora)と い う 語 は 、 研 究 社 新 英 和 辞 典 に よ る と、 「離 散 ユ ダ ヤ 人 」 や 「ユ ダ ヤ 人 の パ レ ス チ ナ か ら の 離 散 」 と解 釈 さ れ て い る 。 他

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単位:万 人(数 字 は 目安)

(出典)『 華 僑経 済年鑑1999年 版』 台北:僑 務委 員会 、2000年 を もとに作成 。

図1世 界 の 華 僑 ・華 人 人 口

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の辞 典 で もデ ィ ア ス ポ ラは 「 散 ら され た者 」 や 「 離 散 して 故 郷 パ レス チ ナ 以 外 の地 に住 む ユ ダヤ 人。 ま た、 そ の共 同体 」 と記 さ れ て い る。 こ の よ うに 、 デ ィ ア ス ポ ラ と い う言 葉 は 、 従 来 、 ユ ダ ヤ 人 の 離 散 を表 す 際 に使 わ れ て き た。 しか し、 近 年 で は 、 グ ロー バ ル化 に と も な っ て 人 口の 移 動 が よ り頻 繁 に な る と、 ユ ダ ヤ 人 の み で は な く、 「ブ ラ ッ ク ・デ ィ ア ス ポ ラ」 や 「コ リア ン ・デ ィ ア ス ポ ラ」 な ど、様 々 な民 族 が移 住 し各 地 に点 在 して い る状 態 を表 す 際 に も使 わ れ る よ うに な っ て きて い る。

デ ィア ス ポ ラの 語 源 を た ど る と、 これ は ギ リシ ャ語 の 「 広 め る、 蒔 く、 散 らす 」 とい う動 詞speiroと 前 置 詞dia(over)か ら形 成 さ れ て い る。 ギ リ シ ャ語 で この 語 を人 に 用 い る場 合 、 そ れ は移 民や 植 民 地 化 とい う意 味 を指 す も の と して考 え られ て き た そ うだ。 ユ ダ ヤ 人 や ア フ リカ人 、 パ レス チ ナ 人 、 ア ル メ ニ ア 人 な どに と って 、 デ ィ ア ス ポ ラは 不 吉 で残 酷 な意 味 合 い を持 っ た言 葉 で あ る。 それ は、 追放 され て故 郷 や 祖 国 の 外 で生 活 を し、 帰 りた い とこ ろ に帰 れ な い と い う精 神 的 外 傷 を 共 有 して い る集 団 を指 し て い る。 これ に 対 し、 近 年 は 、 国 外 追 放 や 迫 害 を受 け て い な く と も、 海外 に移 住 し長 い 年 月 を 経 て も比較 的 強 い集 団 的 ア イデ ン テ ィ テ ィ を継 続 的 に保 持 して い る分 散 し た 民 族 集 団 をデ ィ ア ス ポ ラ と呼 ぶ よ うに な って い る。 こ う した用 法 に は 、 悲 哀 や 感 傷 的 な 意 味 合 い は含 まれ て い な い。

華 僑 ・華 人 に デ ィ ア ス ポ ラ と い う用 語 が使 わ れ る こ とに つ い て は、 さ ま ざ

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ま な意 見 が あ る。 例 え ば 、 華 僑 ・華 人 の 移 民 史 に 精 通 して い る 王 贋 武 は、

ユ ダヤ 人 に使 用 され た デ ィ ア ス ポ ラ とい う用 語 を華 僑 ・華 人 に あ て はめ る こ とに 賛 成 して い な い。 しか し、 彼 は デ ィ ア ス ポ リ ッ ク(diasporic)な 視 点 、 つ ま り、 民 族 が散 在 して い る現 象 や 状 態 を研 究 す る こ とは、 時代 の 趨 勢 か ら

も大 変 重 要 で あ る と考 え て い る。

1998年 末 、 ハ ー バ ー ド大 学 で行 わ れ た 「チ ャ イニ ー ズ ・デ ィ ア ス ポ ラ」 と

題 す る シ ン ポ ジ ウム で も、 華 僑 ・華 人 を デ ィ ア ス ポ ラ と表 す こ とに つ いて 、

激 し く議 論 が 交 わ され た 。 反 対 派 の 意 見 と して は 、 離 散 したユ ダ ヤ 人 を指 す

こ とに 成 り立 ち を有 す る こ の 言葉 は 、 聖 書 に 出 て くる よ うに、 迫 害 され 聖 な

る 地 か ら追 い 出 さ れ た 民 族 を指 し て お り、 悲 哀 の イ メー ジが 強 い こ と。 ま

た、 そ れ は一 元 的 な 点 か ら民 族 が 離 れ て 散 らば る こ と を 意 味 す る の で、 華

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304第Ⅳ 部 人 の 越 境

僑 ・華 人 に は 不 適 切 だ とい う も の で あ っ た。

そ の理 由 と して、 第1に 、 華 僑 ・華 人 の 海 外 へ の 移 住 は 、 必 ず し も追 放 で は な く、 多 くの場 合 、 よ り良 い生 活 を求 め て 移 住 す る こ と を 自 ら選 択 して い る。 つ ま り、 華 僑 ・華 人 の 移 住 は受 動 的 で は な く能 動 的 な もの で あ る とい う 点 が あ げ られ る。

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第2に 、 デ ィ ア ス ポ ラ は 「 離 散 」 と訳 され て い るが 、 分 散 す る とい う遠 心 力 だ け で は な く、 共 通 の ア イ デ ン テ ィ テ ィに よ っ て繋 が る と い う求 心 力 も持

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って い る ため 、 そ の 訳 語 は 「 離 散 」 で は な く 「 聚 散 」 な どの よ うに、 集 ま る 意 味 合 い を含 め て 表 現 され るべ きで は な い か とい う意 見 で あ る。 ま た 、近 年 の 華 僑 ・華 人 は故 郷 と移 住 先 を往 復 した り、 第 三 国 な どへ の 移 動 を続 け 、最

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終 目的 地 が な い ま ま移 住 を続 け る傾 向 も あ る た め 、 「 漂 泊 」 と表 す の が 適 切 で あ る とい う意見 も あ っ た。

一 方 、 賛 成 派 の 意 見 と して は 、 用 語 の 起 源 が 華 僑 ・華 人 の 移 住 に適 して い ない の は理 解 す るが 、 世 界各 地 に 拡 散 した移 民 の 現 象 とそ の ネ ッ トワ ー ク を デ ィア ス ポ ラ と して 分 析 す る とい う視 点 は、 華 僑 ・華 人 研 究 に と って 重 要 で あ る とい う もの で あ っ た。 そ うす る こ とに よ って 、 各 居 住 国 の ケー ス ス タデ ィに と ど ま らず 、 比 較 研 究 や よ りマ ク ロ な視 点 で の研 究 を行 うこ とが で き、

華 僑 ・華 人研 究 の 発 展 に繋 が る とい う もの で あ った 。

筆 者 もデ ィア ス ポ ラ の 用 語 を華 僑 ・華 人 に使 う こ とに は賛 成 して い るが 、 ユ ダヤ 入 を指 し た悲 哀 な イ メー ジ とは切 り離 し、 華 僑 ・華 人 が 点在 して い る

「現 象 」 や 「 状 態 」 を表 す に は適 し て い る と考 え る。 そ して 、 華 僑 ・華 人 が 故 郷 の 内乱 や よ り良 い生 活 を求 め る な どの理 由 で 、 様 々 な地 域 に 押 し だ され 分 散 す る とい うプ ッシ ュ の 力 学 と と もに、 共 通 す る ア イ デ ン テ ィテ ィ に よっ て求 心 力 を有 す る プ ル の 力 学 を持 っ た 集 団 を イ メー ジ して い る。 ま た、 華 僑 ・華 人 の 越 境 を考 え る際 、 その 真 相 を よ り正確 に捉 え るた め に は 、 「 漂 泊 」 が デ ィ ア ス ポ ラ の訳 語 と して 最 も適 して い る と考 え て い る。 な ぜ な ら、 近 年

の 華 僑 ・華 人 た ち は 、最 終 目的 地 を定 め な い ま ま、 複 数 の 拠 点 を渡 りあ る

き、 時 代 の 趨 勢 に合 わせ て 移 動 を続 け て い る。 そ う した 浮 遊 し た性 格 を表 す

の に 「 漂 泊 」 は適 して い る。 ま た、 後 に ケ ー ス ス タ デ ィ で も紹 介 す るが 、 ア

イ デ ン テ ィ テ ィ さ が し をす る新 世 代 の移 動 を表 す に も 「 漂 泊 」 が 適 し て い

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る。

経 済 の グ ロー バ ル化 の 進 展 に お い て 、 デ ィ ア ス ポ ラは 一 定 の影 響 力 を有 し て い る。 ま た経 済 だ け で は な く、 現 代 社 会 を考 え る上 で も、 大 切 な視 点 で あ る と思 わ れ る。 トイ ン ビー(ArnoldToynbee)は 、 将 来 の 潮 流 と して 、 局 地 的 な国 民 国 家 よ りは む し ろ、 世 界 に拡 が っ たデ ィ ア ス ポ ラが 重 要 に な るで あ ろ う と主 張 し、 早 い 頃 か ら彼 の 著 書 に お い て デ ィ ア ス ポ ラの 重 要 性 を予 期 し て い た5)。20世 紀 が 国家 を主 体 と した 歴 史 で あ っ た だ け に 、 わ れ わ れ は 国 家 の枠 組 み で物 事 を見 る こ とに慣 れ 親 しん で きた 。 世 界 シ ス テ ム に お け る国 家 の枠 組 み の 重 要 性 を否 定 す るつ も りは な いが 、 そ れ とは 異 な っ た レベ ル や 視 点 で世 界 を認 識 す る こ と も重 要 で あ る。 その 際 、 デ ィ ア ス ポ ラは 国 家 の 前 提 で あ っ た 地 理 的 な要 因 を超 え て 、世 界 に 散 在 した 民 族 が 類 似 した 歴 史 的 経 験 の 共 有 に よ って つ な が りを形 成 す る とい う、 空 間 的 に よ り柔 軟 で ダ イ ナ ミ ッ ク な存 在 で あ り、 グmバ ル 化 して い る現 代 社 会 と今 後 の 歴 史 的趨 勢 を捉 え る上 で も大 切 な視 点 で あ る と思 わ れ る。

華 僑 ・華 人 を分 析 す る際 に 多用 さ れ て きた 「 落 葉 帰 根 」 や 「 落 地 生 根 」 と い う比 喩 も、 中 国 に帰 るか 、 それ と も居 住 国 に 根 付 くか 、 と国 家 の枠 組 み に と ら わ れ て きた よ うに 思 う。 現 在 の 華 僑 ・華 人 の 実 態 をつ か む に は 、 「 漂 泊 尋 根 か ら処 々 孔 根 へ 」 とい う トラ ン スナ シ ョナ ル な世 界 観 に立 っ た視 点 が求 め られ て い る。

IIデ ィ ァ ス ポ リ ッ ク な 家 族 形 態

こ こで は、 フ ィ ー ル ドワー クや 参 与観 察 に お い て 、個 々 の 華 僑 ・華 人 に 注 目 し た ケ ー ス ス タデ ィ を通 し、 「 漂 泊 尋 根 か ら処 々 孔 根 へ 」 と変 わ っ て い く 彼 らの 越 境 形 態 を 見 て ゆ き た い。

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1「 ホ ン ク ー バ ー 」 の 「太 空 人 」

頻 繁 な 越 境 に よ り華 僑 ・華 人 の 家 族 形 態 は デ ィ ア ス ポ リ ッ クに な っ て い

る。 代 表 的 な例 で は 、 香 港 返 還 が 実 施 され る1997年 を ひ か え 、 香 港 に居 住 す

る多 くの 華 僑 ・華 人 が 移 住 した こ とで あ る。 当 時 、 返 還 後 の 生 活 が いか な る

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306第Ⅳ 部 人 の 越 境

もの に な るの か が予 測 不 可 能 な た め 、 家 族 の 将 来 や リス ク 回避 を考 慮 して 、 ア メ リカや カナ ダ 、 オ ー ス トラ リア な ど移 民 の受 け 入 れ に比 較 的寛 容 な 国 を 目指 し香 港 の 人 々 は 再 移 民 した 。特 に 、 バ ン クー バ ー で は、1980年 代 よ り、

香 港 か ら の 移 民 が 一 気 に 増 加 し、 「ホ ン ク ー バ ー(HongKongとVan・

couver、 それ ぞれの語 頭 と語尾 をつ なげ て)」 とい わ れ る ほ どで あ っ た 。 家 族 や 将 来 の安 全 を考 え て 、 バ ン クー バ ー へ 移 住 した 華僑 ・華 人 の なか に は 、 新 しい ビ ジネ ス を築 くこ とに 成 功 した 者 もい る。 しか し、 実 際 成 功 した ケ ー ス は む し ろ稀 で あ り、 や は りビ ジネ ス の 拠 点 は香 港 や ア ジア に 置 き、 ア ジア で の蓄 えや 収 益 を カ ナ ダ で の 新 ビ ジ ネ スや 生 活 の 資金 源 と して い る こ と が 多 い。 そ の た め 、 家 族 は カ ナ ダ で生 活 をす るが 、 稼 ぎ頭 は 仕 事 の ため に ア ジア に戻 る必要 が あ り、 家 族 は 離 れ て 暮 らす こ とが 多 くな っ た 。 こ う した華 僑 ・華 人 た ちは 、 移 住 先 と ビ ジネ ス の拠 点 で あ る ア ジ ア を頻 繁 に移 動 す るた

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め 、 空 を飛 ん で い る 時 間 が 長 い こ とか ら 、 「太 空 人 」 と比 喩 さ れ て い る6)。

taikong

「太 空 」 とは 、 中 国語 で 宇 宙 を意 味 す る。 飛 行 機 で 空 の上 を頻 繁 に 行 き来 して い るデ ィ ア ス ポ リッ ク な家 族 は、 国 境 を も無 化 に し、 宇 宙 飛 行 士 の よ う な未 来 感 覚 を持 っ て い る と い う意 味 が 込 め ちれ て い る。 ま た 、 こ う し た 華 僑 ・華 人 家 族 を 「 太 空 」 と表 す 際 、 そ の 隠 喩 も見 逃 せ な い 。 そ れ は 、家 族 の 生 活 や 子 孫 の 将 来 の た め 、 頻 繁 に越 境 す る とい う生 活 ス タ イル が と られ て い る が 、皮 肉 な こ とに 、 家 族 が 離 れ て生 活 す る こ とが 長期 化 す る こ とに よ って 摩 擦 や 誤解 が 生 じ家 族 崩 壊 が 発 生 して い る。 こ う した 家 族 を 「 太 空 」 と表 す の は 、 世 界 を飛 び 回 る とい う意 味 以 外 に 、稼 ぎ手(し ば しば夫)が 常 に 家 を

taitai

留 守 に す る ため 家 が 空 っぽ で 、 妻(中 国語 では妻 を太太 とい う)の 心 が 空 虚 、 つ ま り 「太 空 」 な状 態 だ とい う隠 喩 が あ る。

2家 族5人4力 国5カ 所 に 帰 る q)台 湾 生 まれ 日本 育 ち

在 日華 人2世 の 黄 さん 一 家7)は 、 デ ィ ア ス ポ リッ クな 家 族 の 一 ケ ー ス で あ

る。 台 湾 に生 ま れ た 黄 さん は、 幼 少期 に両 親 の移 住 に と もな っ て 来 日 し、 横

浜 中 華 街 で育 っ た 。 小 学 校 、 中 学校 は横 浜 中 華 学 院 で教 育 を受 け 、 日本 の 高

等 学 校 を卒 業 後 、 台 湾 の 大 学 に 進 学 した 。 台 湾 生 まれ で あ る黄 さ ん に と っ

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て、 台 湾 で の大 学 生 活 は故 郷 に戻 っ た よ うな懐 か し い思 い を と もな う もの で あ っ た 。 なぜ な ら、 彼 女 は そ れ まで 日本 にお い て常 に 「 外 国 人 で あ る」 とい う意 識 が あ っ た か らで あ る。 しか し、 台 湾 に戻 っ た 後 、 彼 女 の 日本 との 関 係 が 生 まれ 故 郷 で あ る台 湾 に劣 らな い もの で あ る こ とが 明 らか とな っ た 。 大 学 に お い て 、 彼 女 は 多 くの 人 間 関 係 が あ る なか 、 日本 か ら留 学 生 と して 台 湾 で 学 ん で い た小 川 さ ん と知 り合 い交 際 す る こ とに な った 。 黄 さ ん に と って 、 生 ま れ故 郷 で あ る 台 湾 は 日本 よ り も安 心 す る とこ ろ で あ っ た は ず だ か 、 そ ん な 台湾 に戻 って 、 彼 女 が も っ と も打 ち解 け られ た相 手 は 、 日本 に 関 す る共 通 の 話 題 を豊 富 に持 つ 日本 人 の 小 川 さ ん だ っ たの で あ る。2人 は8年 の 交 際 を経 て 結 婚 す る こ と とな った 。

(2)日 本 に帰 る、 台 湾 に も帰 る

小 川 さ ん と黄 さ ん は、 結 婚 当 初 日本 で 家 庭 を築 き3人 の 子 ど もに 恵 まれ た。 小 川 さん は 台湾 に 留 学 して い た こ と も あ り、 流 暢 な 中国 語 を話 し、 台 湾 の こ とに も精 通 して い た 。 日本 の 企 業 で しば ら く働 い た が 、 台湾 で培 っ た 語 学 力 とネ ッ トワー ク を生 か そ う と、 い くらか 資 金 をた め る と、 台湾 と 日本 を 行 き来 し貿易 を始 め た 。 一 方 、 妻 の黄 さん は 日本 で料 理 店 を営 む実 家 の 手 伝 い を しな が ら子 育 て を して い た。80年 代 に な る と、 台 湾 で 日本 語 が 流行 し た た め 、 小 川 さん は 日本 語 学校 を開 校 した 。 この 頃 か ら、小 川 さ ん の生 活 は 、 ビ ジ ネ ス の 基 盤 が 台湾 で 、 家 族 は 日本 とい う形 態 が 定 着 す る。 小 川 さん は 、 2週 間 に 一 度 日本 に い る 家 族 の も と に戻 り、 そ して 、 黄 さん と子 ど も た ち は 、 子 ど もの 学 校 が 休 み に な る と小 川 さん が い る 台湾 に 帰 る とい う トラ ンス ナ シ ョナ ル な 家 族 生 活 を して い た。 小 川 さん に とっ て、 日本 は 帰 る とこ ろ な

huiRiben

の で 、 台 湾 か ら 家 族 の い る 日 本 に 戻 る 際 は 「回 日本(日 本 に 帰 る)」 と 言 っ て い る 。 一 方 、 黄 さ ん も、 子 ど も を つ れ て 小 川 さ ん に 会 い に 台 湾 に 渡 る と き も

huiTaiwan

「回 台 湾(台 湾 に帰 る)」 とい う。 長 期 生 活 を して い るの は あ くま で も 日本 な

quTaiwan

の で 、 「去 台 湾(台 湾 に行 く)」 で は な い の か?と い う私 の 質 問 に 対 し 、 黄 さ ん は 、 「家 族 や 家 が あ る の で 、 回 台 湾 と い う の は 当 然 だ 」 と い い 、 む し ろ 私 の 質 問 に 違 和 感 を 持 っ た よ う だ っ た 。

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308第Ⅳ 部 人 の 越 境

(3)次 世 代 は 国 際 的 な 舞 台 へ

国 際 結 婚 を し た小 川 さ ん と黄 さん に とっ て、 家 族 が 離 れ 離 れ で暮 らす こ と は、 寂 しい もの で もあ っ た が 、 自分 た ち の生 まれ 育 っ た環 境 や 経 歴 が 国 を跨 ぐゆ え に仕 方 な い こ とで あ る とも思 って い る。 また 、 子 ど もた ち に は 、 日中 両 方 の 言葉 や 文 化 を 身 に つ け て 欲 しい、 そ して 国 際 的 に活 躍 して欲 しい と思 っ て い るた め 、春 休 みや 夏休 み に 台 湾 に帰 る度 に 中国 語 を学 ばせ 、 また 家 族 が 一 緒 に過 ごせ る と きは 海外 旅 行 をす る こ と も多 か っ た。

そ の影 響 も あ っ てか 、3人 の 子 ど もた ち は 高校 や 大 学 に な る とそ れ ぞ れ 留 学 を希 望 した 。 長 女 は 英語 と 中国 語 両 方 を習得 で き る シ ン ガ ポ ー ル へ 、 そ し て長 男 は 高校 時 代 か らカ ナ ダに 留 学 した。 長 女 と長 男 が そ れ ぞ れ 留 学 して い た時 期 、 黄 さ ん一 家 は5人5カ 所 で暮 ら して い た そ うだ。 次 男 は 黄 さん と と もに 日本 で 暮 ら して い た が 、 パ イ ロ ッ トを 目指 し航 空 学 校 で 学 ん で い た た め 、 家 を離 れ 金 沢 で寄 宿 生 活 を して い た。

家 族5人4力 国5カ 所 に 散 らば っ て い た た め 、 毎 日顔 を合 わ せ る こ とこ そ なか っ た が 、 それ ぞ れ 国 際 電 話 で頻 繁 に連 絡 を と り合 っ て い た 。 ま た、 子 ど もた ち は、 「 休 み に な る と、 台 湾 に 帰 っ た り、 日本 に 帰 っ た り して い た」 と い う。

現 在 、 長 女 と長 男 は 留 学 を経 て 日本 の大 学 で学 ん で い るが 、2人 と入 れ か わ っ て 、今 は次 男 が カ ナ ダ に 留 学 して い る。 そ して、 長 男 も 大 学 の 交 換 留 学 生 と して、2007年 夏 か ら ア メ リカへ 再 び 留 学 して い る。 「 夏 か ら1年 間 ア メ リカ に 留 学 した後 、 今 度 は 中国 に留 学 し中 国 語 も ブ ラ ッ シュ ア ップ した い」

と語 る。 そ し て 「将 来 は 、 国 際 金 融 の仕 事 に就 きた い 」 とい う 目標 を持 っ て い る。 一 方 、 長 女 に 家 族 の こ と を尋 ね る と、 「 小 さ い こ ろ は 父 が家 を留 守 に す る こ とが 多 く寂 しい と思 うこ と もあ っ たけ ど、 自分 も留 学 を経 験 して感 じ た の は 、 物 理 的 に 一 緒 で な く と も家 族 は ど こか で繋 が っ て い る とい うこ と。

そ して 、 家 族 そ れ ぞ れ が 自分 の した い こ と を して い るの で 、 こ うい う家 族 形

態 もい いの で は な い か と思 う。 む し ろ、 ど こ に で も帰 れ る家 が あ っ て い い 面

もあ る」 とい う。 そ して 、 「自分 は 、 シ ン グ ル カ ル チ ャー(単 一 の文 化)の な

か で 育 っ て い な い の で 、 言 葉 や 文 化 な ど を複 数 身 に つ け 、 そ れ を生 か して 国

際 的 な舞 台 で活 躍 した い と思 う」 と語 っ た。 実 際、 英 語 、 日本 語 、 中 国語 を

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習得 し た彼 女 は 、 日本 の大 学 で学 び な が ら イ ギ リス の フ ァ ッ シ ョン雑 誌社 の 東 京 支 社 で イ ン ター ン と して研 修 を受 け て お り、 大 学 卒 業 後 は フ ァ ッ シ ョ ン 関連 の仕 事 に就 き、 世 界 各 地 で 取 材 す る将 来 像 を描 い て い る。

(4)さ ら に広 が る家 族 の 活 動 空 間

一 方 、 小 川 さ ん は 、 台 湾 で新 た に 始 め た コン ピュ ー ター ソ フ ト会 社 の 製 品 開 発 を中 国 で行 っ て い る ため 、 近 年 は 台 湾 と 日本 の 間 だ け で は な く、 中 国 に も頻 繁 に行 くよ うに な って い る。 小 川 さん の活 動 範 囲 が 広 が っ て い るば か り か 、 そ ん な 家 族 の な か で 育 っ た子 ど もた ちの 生 活 空 間 は さ ら に拡 大 す る傾 向 に あ る。 子 ど もた ち の世 代 で特 徴 的 な の は 、 日本 や 中 国 な ど民 族 的 出 自や 国 の 枠 組 み に しば ら れ る こ とな く、 よ り グ ロー バ ル な舞 台 で トラ ン ス ナ シ ョナ ル な 活 動 をす る こ とを選 択 して い る こ とで あ る。 彼 らは そ れ が 可 能 な知 識 と 能 力 を身 につ け る家 族 形 態 と基 盤 を有 して い る。 黄 さ ん 一 家 に見 られ る よ う に 、 華 僑 ・華 人 の デ ィ ア ス ポ リッ ク な家 族 形 態 は、 新 世 代 の 更 な る越 境 に よ っ て 、 ます ま す拡 散 し て い きそ うだ 。

3契 約 社 員 か ら トラ ンスナ シ ョナル な企 業 家 へ

giaosheng

(1) 「僑 生 」 そ して 「 外 国人 」 と して の 壁

日本 で 貿 易 会 社 を経 営 す る華 僑2世 で あ る徐 さ ん8)は 「 帰 化 の 申請 を し よ う と思 っ て 計 算 して み た ら、 去 年1年 の う ち、200日 は 日本 に い なか っ た 」 そ うだ 。

徐 さん は、 中 国本 土 出 身の 両 親 の も と、1950年 代 に 台 湾 で 生 ま れ た。4歳 の と き に 両 親 と と もに 来 日 した 。 日本 の 中 学 、 高 校 を卒 業 し た後 、 大 学 は

giaosheng

「僑 生 」(い わゆ る帰 国 生)と して 台 湾 の 大 学 に 進 学 した。 中 国 語 は 家 で 話 して い た し、 小 学 校 時代 は 両 親 と離 れ 、祖 父 と台湾 で過 ご して い た ため 、 言 葉 の 問 題 は な か っ た。 しか し、 中国 語 に よ る高 等 教 育 は この と きが 初 め て だ っ た う え、 台 湾 の 大 学 の授 業 内容 は 思 い の ほ か 難 しか っ た。 難 関 の 受 験 戦 争

bendisheng

を勝 ち抜 い て き た 「本 地 生(現 地 出身の 学生)」 と仲 良 くな りノー トを借 りた

り、勉 強 を教 え て も らっ た り し た。 「自分 のべ 一 ス は 本 地 生 と違 うの で 、 い

く ら勉 強 して も理 解 で きな い科 目 も あ っ た。 そ の か わ り、 カ ンニ ン グ の腕 は

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310第Ⅳ 部 人 の越 境

誰 に も負 け なか っ た ね 」 と大 学 時 代 を振 り返 る。

勉 強 で は と うて い 「 本 地 生 」 にか な うは ず が な か っ た が 、 部 活 で はバ ス ケ ッ ト部 の キ ャプ テ ン を務 め た。 マ ー ジ ャ ンの 腕 の ほ うで も名 が 通 っ て い た。

ノー ト借 りや 単 位 の と りや す い授 業 の 情 報 集 め を して い た お か げ で、 大 学 内 で の 人 的 ネ ッ トワ ー クは 人 一 倍 強 か っ た。 そ の た め 、 徐 さ んが 主 催 す る ダ ン ス パ ー テ ィー な どの イベ ン トに は 人 が た くさん 集 ま り人 気 も高 か っ た。 「 卒 業 単 位 取 得 に は苦 労 し た し留 年 も し た。 で も、楽 しい 大 学 生 活 だ った 。 あ の

頃 の仲 間 とい ま も一 緒 に 商 売 して い る」 そ うだ。

1980年 代 初 め 、 台 湾 で の大 学 生 活 を終 え 日本 に戻 っ た。 日本 は バ ブ ル経 済 が 成 長 して い た 頃 で あ る。 当 時 の 日本 の 大 手 企 業 は 、4月 に一 斉 に新 入 社 員 を採 用 す る とい う制 度 が 定 着 して お り、6月 に卒 業 して 日本 に戻 って き た徐 さん は タ イ ミン グ を逃 して い た 。 しか も、 履 歴 書 の 段 階 で名 前や 本 籍 の 欄 か ら 「 外 国人 」 で あ る こ とが 一 目瞭 然 で あ る徐 さ ん は 、 当時 国籍 条 項 が依 然 残 って い た な か 、 日本 の 大 手 企 業 へ の 就 職 は 容 易 で は な か っ た。 「日本 に 暮 ら し、 日本 で 育 っ たが 、 日本 に い る とき は、 外 国 人 で あ り 日本 人 とは 違 うの だ と い う意 識 は 当 然 あ る」 とい う。 就 職 で違 う扱 い を受 け て も 「 仕 方 が な い」

と思 っ て い た 。

(2)日 本 と中 国 の 橋 渡 し役

なか な か就 職 も決 ま らな い ま ま実 家 の 貿易 会 社 を手 伝 って い る と、 知 り合 いの 紹 介 で 、 車 の パ ー ツ を製 造 して い る某 大 手 企 業 へ の就 職 の 話 が 舞 い込 ん で き た。 そ の会 社 は 中 国市 場 へ の 進 出 を計 画 して お り、 中 国 語 の で き る人材 を探 して い た の だ 。 当 時 、 経 済 が 自由化 した ば か りの 中国 と 日本 の 問 で は 、 言 葉 は もち ろん ビ ジ ネ ス 習 慣 な ど様 々 な 面 で 違 い が あ っ た。 相 互 理 解 をは か りビ ジ ネ ス を成 功 させ るた め に は、 双 方 の 文 化 習 慣 や 価 値 観 を 熟知 す る人 に よ る橋 渡 しが 欠 か せ な か った 。 日本 で育 っ た 華 僑 で あ る徐 さん は会 社 に と っ て、 うっ て つ け の 存 在 だ った 。 面 接 で即 採 用 が 決 ま った 。 し か し、正 社 員 で は な く契約 社 員 と して で あ っ た。

徐 さん は 、 中 国進 出 の プ ロ ジ ェ ク トを担 当 し、 通 訳 な どの ため 中 国へ 出 張

す る こ とが 増 え た。 両 親 は 中国 大 陸 出 身 とは い え、 中 国 の 共 産 化 に よ り故郷

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を後 に してか ち一 度 も 中 国へ は戻 っ て お らず、 家族 の なか で徐 さん が 最 初 に 新 中 国 を訪 れ る こ とに な っ た。 徐 さん は 台 湾 出 身 で あ り、 家 族 は 台 湾 政 府 が 発 行 す る 中 華 民 国 パ ス ポ ー トを 持 っ て い た。 中 国 へ 渡 航 す る た め に は、

「台胞証 」 とい う 台湾 同 胞 に 与 え ら れ る特 別 の 渡 航 証 明 と ビザ を取 得 す る必 要 が あ っ た 。

日本 に い る間 は、 名 前 な どか ら明 らか に外 国 人 と見 られ て き た。 徐 さん 自 身 も、 台湾 出 身 とは い え 中 国 人 と して の ア イ デ ン テ ィ テ ィが あ っ た。 一 方 、 中 国 で は、 中 国 語 に 長 け 中 国名 で あ る の で 同 じ中 国 人 と して親 近 感 を持 た れ る が 、 「台 胞 証 」 を もつ 華 僑 で あ る徐 さん は、 や は り 「 海 外 か ら来 た 人 」 と して 、 様 々 な面 で待 遇 が 違 っ た そ うだ 。 彼 が 中 国 に 行 き始 め た1980年 頃 は 、 旅 費や ホ テル 代 、 そ して 貨 幣 に い た る ま で 国 内 の 人 と海 外 か ら来 た 人 で は は っ き り区別 さ れ た 。 ま た彼 自 身 も、 「同 じ 中 国 人 で あ るの で、 中 国 本 土 の 人 が 考 え て い る こ とは 、 あ る程 度 理 解 で き るが 、 や は り海 外 で育 っ た 自分 た ち とは価 値 観 が 違 う」 とい う。 ま た、 彼 に と っ て 日本 と中 国 、 ど ち ら も身 近 で あ り理 解 す る こ とは で き るが 、 そ れ とは裏 腹 に 、 どち ら も完 全 な 自分 の居 場 所 で は な い とい う思 い が あ るの も否 め な い事 実 で あ っ た 。

(3)漂 泊 か ら生 まれ る ネ ッ トワー ク

そ ん な思 い を持 ち なが ら も、 頻 繁 に 中 国へ 出 張 して い た徐 さん は 、 長 年 両 親 が 連 絡 を取 れ ず に い た親 戚 に会 う こ とが で きた 。 ま た度 を重 ね る ご とに友 人 や 知 り合 い も増 え て い っ た。 数 年 が 過 ぎ る と、 中 国 の 友 人 か ら独 立 して 新 た に ビ ジネ ス を しな い か とい う誘 い が 舞 い込 ん で きた 。 ビ ジ ネ ス 内容 は 、 電 子 機 器 の パ ー ツ を 中 国 の 四 川 省 に輸 出 す る とい う もの で あ っ た。 日本 の会 社 の サ ラ リー マ ン、 しか も契 約 社 員 と して働 き続 け る こ とに 少 なか らず 不 満 と 不 安 を感 じて い た徐 さ ん は、 い ろ い ろ悩 ん だ 末 そ の 誘 い を 受 け る こ と に し た。 オ フ ィ ス も な い ま ま、 家 の 電 話 とフ ァ ッ ク ス を使 っ て の ス ター トだ っ た。 「 中 国 大 陸 の 人 との ビ ジネ ス は、 ど う して も会 っ て 食 事 し た りお 酒 を飲 ん だ り して 交 流 を深 め 、信 用 を築 き上 げ な い と ビ ジ ネ ス に繋 が ら な い 。 」 そ の た め 徐 さ ん は 、 中 国 と 日本 を頻 繁 に行 き来 し、 月 の半 分 は 中 国 で ホ テ ル住

まい をす る生 活 を送 る よ うに な る。

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312第Ⅳ 部 人 の越 境

数 年 後 、 ビ ジネ スが 軌 道 に 乗 る と、 日本 で も オ フ ィ ス を構 え従 業 員 を雇 う よ うに な った 。 しか し、 商 談 は ど う して も 自 ら 中 国 の顧 客 の と こ ろ に 出 向 か ね ば な らな か っ た。 また 、 ビ ジネ ス で 中 国 と 日本 を行 き来 す る途 中、 フ ラ イ ト経 路 の 関 係 もあ り台 湾や 香 港 を経 由 す る こ とが 多か っ た 。 大 学 時 代 の 友 人 や 親 戚 が 多 い こ と、 そ して 彼 が 所 属 して い た社 会 団体 の 活 動 に 参 加 す る とい う 目的 もあ っ た。 頻 繁 に ア ジ ア を飛 び 回 る こ とに よっ て 、 彼 の 人 的 ネ ッ トワ ー クは 自然 に広 が り 、 それ に よ っ て ビ ジネ スチ ャ ン ス が 舞 い込 ん で くる こ と は 多 か っ た。 例 え ば 、 台 湾 で参 加 して い た団 体 で知 り合 っ た人 との ネ ッ トワ ー クが き っか け で 、 徐 さん は 台湾 の化 粧 品 ブ ラ ン ドの 日本 代 理 店 を引 き受 け る こ とに な っ た。 か つ て は 電 子 機 器 の パ ー ツ だ け を 扱 っ て い た 会 社 の 片 隅 に 、化 粧 品 担 当 の ス タ ッ フ を配 置 す る よ うに な っ た 。

一 方 、 も と も と手 が け て い た 電 子機 器 の パ ー ツ の 輸 出 の 事 業 に 関 して は 、 中 国 の 急 速 な経 済 成 長 に と もな い 注 文 量 が 増 え 、 日本 か らの輸 出 だ け で は追 い つ か な くな り、徐 さ ん は 中 国 に 工 場 を建 設す る こ と とな っ た。 日本 か ら技 術 者 を送 りこ み 、 中 国 で も生 産 を行 い需 要 に応 え て い る。 ビ ジネ ス が 拡 大 し た現 在 では 、 日本 と四 川 、 双 方 に家 を有 し、 また社会 団体 の 活 動 を通 して知 り 合 っ た台 湾 出 身の 女性 と結 婚 した こ とで台 湾 に も家 を持 つ よ うに な っ てい る。

(4)国 籍 や 国 家 と の ドラ イ な 関 係

徐 さ ん は 、 自分 の居 場 所 が 日本 な の か 、 台 湾 なの か 、 そ して 中 国 な の か 、 いつ も中途 半 端 に感 じて い た 。 しか し、 彼 の そ ん な 「ど っ ちつ か ず 」 の 立場 ゆ え、 国境 を越 え て 活動 す る こ とが 増 え た の も事 実 で あ る。 そ して、 彼 は い つ しか 日本 、 中 国、 台 湾 い ず れ に も家 を持 ち 、 それ ぞ れ に 自分 の 拠 点 を有 し て い る。 ま さ に 、 「 漂 泊 尋 根 か ら処 々 孔 根 へ 」 の 具 体 的 な ケー ス と言 え る。

それ が 、 彼 の今 の トラ ン ス ナ シ ョナ ル な ビ ジネ ス の 成 功 に も繋 が っ て い る。

徐 さん は 、2007年2月 に 日本 の 国i籍を取得 した。 幼 少 期 に 日本 に移 り住 み

40数 年 経 過 し て、 よ うや く手 に した 日本 の パ ス ポー ト。 彼 に 日本 国籍 取 得 の

理 由 を聞 く と、 「 便 利 だ か ら」 と素 っ気 な く答 え た。 トラ ン ス ナ シ ョナ ル に

活 動 す る徐 さ ん に とっ て 、 国 家 との 関係 は き わめ て ドラ イ だ。 国籍 や パ ス ポ

ー トは 、 あ くま で も越 境 の ため の道 具 と考 え て お り、 ア イ デ ン テ ィテ ィの 証

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明 で な い の は 、 彼 の 言 動 か ら も 明 ら か で あ る 。

IIIト ラ ン ス ナ シ ョ ナ ル な 華 僑 ・華 人 コ ミ ュ ニ テ ィ

こ こ で は、 華僑 ・華 人組 織 の 動 き に 注 目す る。 具 体 的 に は 世 界 華 商 大 会 を 例 に あ げ 、 華 人 組 織 が 、 各 地 に す で に あ る 華 人 コ ミュ ニ テ ィ を利 用 し、 トラ ン ス ナ シ ョナ ル な ネ ッ トワー ク を築 こ う と して い る様 子 を見 て ゆ く。 な お 、 こ こ に あ げ る コ ミュ ニ テ ィ とは 、移 住 先 で 形 成 され 同 じエ ス ニ ッ ク グ ルー プ 同士 で 組 織 した地 域 社 会 を指 す 。 しか し、 華 僑 ・華 人 の場 合 、移 動 が 多 い こ と、 そ して 多元 的 な ア イ デ ン テ ィテ ィ を有 して い る こ とか ら、所 属 す る コ ミ ュ ニ テ ィは 、 エ ス ニ ッ ク な そ れ に 限 らず 多種 多様 で あ り、 場 合 に よ っ て は 地 域 や エ ス ニ シ テ ィ に さ え も縛 られ な い コ ミュ ニ テ ィ を形 成 す る こ とが あ る。

世 界 華 商 大 会 は、 「 華 商 」 と い う名 が つ け られ て い る ため 、 ど う して もエ ス ニ ッ クな 排他 性 を有 して い る よ うに 見 られ が ち で あ るが 、 以 下 に 紹 介 す る実 態 を見 て ゆ く と、 実 は きわ め て柔 軟 で 開 放 的 な もの で あ る こ とが わ か る。 な ぜ な ら、 彼 らが 求 め て い るの は、 エ ス ニ ッ ク なつ な が りよ り も経 済 的 利 潤 で

あ るか らだ 。

1世 界華 商 大 会 の トラ ンス ナ シ ョナ ル戦 略

デ ィ ア ス ポ ラ な基 盤 を利 用 し、 トラ ン ス ナ シ ョナ ル な 活 動 に 生 か して い る の は、 家族 や 個 人 の企 業 家 レベ ル に と ど ま らな い 。 華 僑 ・華 人 コ ミュ ニ テ ィ の代 表 的 な 団体 で あ る 中 華総 商会 も、 世 界 各 地 に 点 在 す る既 存 の 団 体 を利 用 し、 ネ ッ トワ ー ク を築 き世 界大 会 を開 催 す る よ うに な っ て い る。

華 僑 ・華 人 の 多 くが 、 海 外 に お い て商 業 に従 事 して い る こ とか ら、 コ ミュ

ニ テ ィ に お い て様 々 な商 会 が結 成 され 、 華 僑 ・華 人 た ち は、 定 期 的 に 会 合 を

開 き ビ ジ ネ ス情 報 を交 換 した り相 互補 助 を行 っ て き た。 同郷 会 、 宗親 会 な ど

は 華 僑 ・華 人 ネ ッ トワー クの基 幹 組 織 と して知 られ て い る。 一 方 、 商会 は 企

業 家 の集 ま りで あ る こ とか ら、 資金 調達 力 が 高 い だ け で な く、 共 同 の 利 益 を

追 求 す る組 織 で あ る た め 、 華 僑 ・華 人社 会 に お い て 共 同事 業 の 開 発 や 様 々 な

問 題 の処 理 を仲 介 す るな ど重 要 な役 割 を演 じて きた 。 なか で も、 中 華 総 商 会

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314第IV部 人 の越 境

表2こ れ までの 世界 華商 大会 の開 催 実績

第1回

1991年8月 シ ン ガ ポ ー ル

叢欝 饗園難 糠灘 蛋騰 騰 。̲一.徽 一 號 膿 覇 碁灘

30力 国 ・地 域 よ り 750人

リー ・ク ア ン ユ ー 首 相

第2回

1993年11月 香港 22力 国 ・地 域 よ り

850入

パ ッテ ン総 督

第3回

1995年12月 バ ン コ ク 24力 国 ・地 域 よ り 1,500人

バ ン バ ン ・シ ラ バ ツ イ 首 相

第4回

1997年8月 バ ン クー バ ー 30力 国 ・地 域 よ り 1,400入

ク レイ デ ィ ア ン首相

第5圏

1999年10月 メ ル ボ ル ン 20力 国 ・地 域 よ り 800人

ハ ワ ー ド首 相

第6回

2001年9月 南京 77力 国 ・地 域 よ り

4,goo人

朱鋸基国務院総理

第7回

2003年7月

クア ラル ンプ ー ル

21力 国 ・地 域 よ り

3,500人

マ ハ テ ィ ー ル 首 相

第8回

2005年10月

ソ ウル

32力 国 ・地 域 よ り 3,000人

r武 鉱 大 統 領

第9回

2007年9月

神 戸 ・大 阪

33力 国 ・地 域 よ り 3,600人

冬柴鉄三国土交通相

(注)世 界華 商大会 の報告 書 な どをも とに筆 者作成 。

は 、 各 組 織 の 傘 型 組 織 と して 、 現 地 の 華 僑 ・華 人 コ ミュ ニ テ ィ を統 合 す る機 能 を持 ち、 ま た ビ ジ ネ ス 以 外 の 需 要 に も応 え 、 コ ミュ ニ テ ィ の代 弁 者 と して の 役 割 も演 じて きた。

移 住 先 に お い て政 府 の保 護 に頼 る こ とが で き なか っ た 華 僑 ・華 人 た ち に と っ て 中 華 総 商 会 は コ ミュ ニ テ ィ の 支 柱 で あ っ た と も言 え る。 ・:1年代 頃 ま で 、 中華 総 商 会 は、 各 居 住 地 の華 僑 ・華 人 コ ミュニ テ ィの 安 定 と発 展 の た め に 寄 与 して き たが 、1990年 代 以 降 は 、 グ ロ ー バ ル 化 に と も な い、 総 商 会 の活 動 は トラ ン ス ナ シ ョナ ル な ス ケー ル で 大 々 的 に行 われ る よ う に な っ た 。 特 に 注 目 を浴 び る よ うに な っ た動 きは 、 世 界 華 商 大 会 の開 催 で あ る。

世 界 華 商 大 会 は、 各 国 に あ る中 華 総 商 会 の世 界 レベ ル の傘 型 組 織 と して、

そ れ ぞ れ の 地 域 の 中華 総 商 会 を組 織 し、2年 に1度 国 際会 議 を 開 くと い う も

の で あ る。 国 際 会 議 に は 、 世 界 各 地 か らの代 表 団 が 参 加 し、 中華 総 商 会 の メ

ンバ ー や そ の 関 連 の ビ ジネ スマ ン な ど毎 回数 千 人 ほ どが 国 境 を越 え て 一 堂 に

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会 し、 ビ ジ ネ ス 情 報 を 交 換 し ネ ッ トワ ー ク を 築 く場 で あ る 。1991年 に 、 第1 回 大 会 が シ ン ガ ポ ー ル で 開 催 さ れ た の を皮 切 り に 、 香 港 、 バ ン コ ク、 バ ン ク ー バ ー、 メ ル ボ ル ン 、 南 京 、 ク ア ラ ル ン プ ー ル 、 ソ ウ ル で 開 か れ 、2007年9 月 は 神 戸 ・大 阪 で 第9回 大 会 が 開 催 さ れ た 。

2広 が る ビ ジ ネ ス チ ャ ン ス

1990年 代 初 め 、 世 界 華 商 大 会 の 旗 揚 げ を し た シ ン ガ ポ ー ル 前 首 相 の リー ・ ク ア ン ユ ー は 、 世 界 に 散 在 し て い る マ イ ノ リ テ ィ の 例 を あ げ 、 「か つ て マ イ ノ リ テ ィ で あ る こ と は ハ ン デ ィ キ ャ ッ プ で あ っ た が 、 こ の グ ロ ー バ ル 経 済 で は む し ろ 有 利 な 条 件 で あ る 」9)と述 べ て い る 。 そ の 裏 づ け と し て 、 ジ ョ エ ル ・ コ ト キ ン(JoelKotkin)の 『ト ラ イ ブ ス 』10)の分 析 を あ げ 、 海 外 に 流 出 し た マ イ ノ リ テ ィ は 強 固 な 民 族 的 ア イ デ ン テ ィ テ ィ 、 互 助 、 勤 勉 、 倹 約 、 教 育 や 家 族 を 重 ん じ る な ど 、 共 通 の 価 値 観 を 有 し て い る こ と 。 そ う し た 信 念 に 基 づ い た ネ ッ ト ワ ー クや 活 動 が 、 グ ロ ー バ ル 経 済 の な か で 成 功 に 導 い て い る

guanxi

と述 べ た。 そ して 、 華 商 も 「 関 係 」11)など独 特 な価 値 観 を 活 用 し、 中 国 投 資 な どビ ジ ネ ス の 拡 大 を 図 るべ きだ と力 説 した 。 彼 の 発 言 に は 、 マ イ ノ リテ ィ と して生 きて き た華 人 デ ィ ア ス ポ ラが トラ ンス ナ シ ョナ ル な ビ ジ ネ ス戦 略 の き っか け作 りの 場 と して、 世 界 華 商 大 会 を大 い に 活 用 して ほ しい と い う思 い が こめ られ て い た12)。

実 際 、 世 界 華 商 大 会 で の情 報 交 換 を き っ か け に 、 話 が 進 め られ た ビ ジ ネ ス は 多 く存 在 す る。 例 えば 、 ユ999年の メル ボ ル ン大 会 で 韓 国 の代 表 団 に よ っ て

「 仁 川 チ ャ イ ナ タ ウ ン 構 想 」 が 宣 伝 さ れ た が 、 そ の 後 、各 国 か ら人 や カ ネ が 実 際 に イ ゴi1に 流 れ13)、ま た 、 チ ャ イナ タ ウ ン の再 建 や 観 光 地 化 が 進 ん だ と報 道 され て い る14)。

ま た、2001年 南 京 で開 催 さ れ た 大会 で は 、5千 人近 い参 加 者 が 集 ま っ た。

イ ン ドネ シ ア か ら参 加 し て い た 華 人3世 で あ る謝 氏 は 、 「この 会 議 の ため 道

路 や 町 な ど を綺 麗 に整 備 して お り、 中 国 の 経 済 発 展 の潜 在 力 を感 じさせ られ

た。 中 国 の 人 た ち と協 力 した い と い う意 欲 が 高 ま っ た 」15)と 語 っ た 。 そ の数

カ 月後 、 謝 氏 は 実 際 、 中 国 で 不 動 産 投 資 を行 っ た。 そ れ まで は 、 イ ン ドネ シ

ア を拠 点 に対 ヨー ロ ッパ の 貿 易 を手 が け て い たが 、 こ の 頃 か ら上 海 に も拠 点

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316第Ⅳ 部 人 の越 境

を作 り、 中国 へ の投 資 を始 め る よ うに な った 。

仁 川 チ ャ イナ タ ウ ンや 謝 氏 の ケー ス な ど、世 界 華 商 大 会 の トラ ン スナ シ ョ ナ ル な 活 動 が 、 さ らな る華 僑 ・華 人 の越 境 、 特 に ア ジ ア 間 の 越 境 を促 進 して

い るの が 見 逃 せ な い。

3日 本 で の 展 開

近 年 の 世 界 華 商大 会 で は 、1970年 代 後 半 以 降 、 中 国 か ら海 外 に渡 っ た い わ ゆ る新 華 僑 の活 躍 が 目立 って い る。 彼 らは 当然 な が ら、 中国 国 内 の事 情 に精 通 して お り、 各 界 との パ イプ も太 い。2007年 の世 界 華 商 大 会 の 日本 誘 致 に 成 功 した の も、 老 華 僑 だ け で は な く新 華僑 が 果 た した役 割 が 大 き い と見 られ て

い る。

日本 で開 か れ た 第9回 世 界 華 商 大 会 で は 、 日本 の 各 省 庁 な どの協 力 をは じ め 、 全 日空 や トヨ タ な ど 多 くの 企 業 が オ フ ィ シ ャ ル ス ポ ンサ ー とな っ て い る。 日本 の経 済 界 が 、 成 長 す る中 国 とネ ッ トワー ク を持 つ 華 人 資本 家 との つ な が りを求 め て い るの が わ か る。 しか し、 日本 の 華 僑 ・華 人 は 人数 の 面 で も 経 済 力 の 面 で も他 の 国 の 華 僑 ・華 人 と比 較 す る と小 規 模 で あ る。 そ れ は 日本 の 管 理 と同化 を主 と した外 国 人政 策 と無 縁 で は な い 。 今 後 、 中 国 市 場 を背 景 に 、 トラ ン ス ナ シ ョナ ル な ビ ジネ ス ネ ッ トワー ク を有 す る華 僑 ・華 人 ビ ジネ スマ ン た ち と、 日本 が ど う付 き合 っ て い くの か 、 注 目が 集 まっ た 。 当初 、 出 席 を予 定 して い た安 倍 晋 三 首 相(当 時)の 突 然 の 辞 任 が 大 会 と重 な り、 代 わ っ て 当 時 首 相 最 有 力候 補 と言 わ れ て い た福 田康 夫 よ り ビデ オ レ ター が 贈 ら れ 、 大 会 に お い て 放 映 さ れ た 。安 倍 首 相 の代 理 と して冬 柴 国 土 交 通 相 が 出席 し、 在 日の 華僑 ・華 人 が 長 年 に わ た り 日本 経 済 の 発 展 に大 き く貢 献 した と指 摘 し、 日本 民 族 と中 華 民 族 が と もに、 「 和 」 の精 神 を発 揮 し、 この 大 会 が 全 世 界 の 華僑 ・華 人 と 日本 人 の相 互 理 解 と協 力 を促 進 す る よ う期 待 す る と述 べ た。

こ こに 見 ら れ る よ う に世 界 華 商 大 会 は 、 華 僑 ・華 人 コ ミュ ニ テ ィ を利 用

し、 各 地 で大 会 を 開 催 す る こ とに よ り、 地 域 的 に よ り広 い 範 囲 で の 情 報 収

集 、 ネ ッ トワー クの構 築 を可 能 に して い る。 ま た、 そ れ だ け で は な く、 各 地

の 華 僑 ・華 人 が 現 地 国 の 人 々 との 間 で 培 っ て き た ネ ッ トワ ー ク を も取 り入

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れ 、 エ ス ニ ッ ク な 壁 を 超 え た 繋 が り を 築 き 、 ビ ジ ネ ス に つ な げ る こ と を歓 迎 し て い る 。 こ の よ う に 、 組 織 レ ベ ル に お い て も 、 各 地 に 拠 点 を 作 る 動 き が 見 ら れ る 。 ま さ に 、 「処 々 孔 根 」 の 一 例 と い え よ う。

Ⅳ 変容 す る華僑 ・華人 の越 境形 態

技 術 の 進 歩 や 情 報 の 流 通 に よ り、 人 々 の 越 境 は よ り多様 化 し、 活 発 に な っ て い る。 地 理 的 に も分 散 し、 ま た 、 人 々 と国 家 や 国境 の 関 係 が 多様 化 して い る よ うに 思 わ れ る。 こ こ で は、 そ う した 華 僑 ・華 人 た ちの 越 境 形 態 の 変 容 と その 特 徴 を ま とめ て み た い 。

1国 家 と の 関 係 、 そ して 移 住 形 態

越 境 す る華僑 ・華 人 た ちの 国 家 との 関係 は 、 か つ て の移 民 集 団 と比較 す る と契 約 的 、 一 時 的 な もの に な って い る の が特 徴 で あ る。 一 つ の 目的 地 に移 住 した と して も、 そ れ は暫 時 的 な移 住 で あ り、例 えば 移 民 権 の獲 得 、 短 期 的 な 出稼 ぎや 投 資 な ど、 あ らか じめ 目的 を定 め 、 そ れ に 達 す る と、 ま た故 郷 に戻 っ て 生 活 した り、新 しい 目的 地 へ 移 動 す る とい っ た もの で あ る。 か つ て の よ うに 、移 住 先 で骨 を埋 め る とい う心 構 え で越 境 して い る者 は む しろ稀 で あ る よ うに 思 わ れ る。

移 住 形 態 を見 て も、 労 働 者 や 留 学 生 、 そ して企 業 に よ る派 遣 な ど、 レベ ル も様 々 で あ る。 か つ て の 華 僑 ・華 人 の 移 民 は、 「 苦 力 」 に代 表 され る よ うに、

労働 者 と して 移 住 した 人 々 が 多数 を 占め たが 、 近 年 の 華僑 ・華 人 の移 民 で 目 立 つ の は 留 学 生 な ど高 等 教 育 を受 け る こ と を 目 的 と して 越 境 を し て い る 人 々 、 企 業 の 派 遣 、 も し くは企 業 家 と して ビ ジ ネ ス の た め に 越 境 を して い る 人 々 で あ る。 も ち ろ ん、 今 日で も、 労 働 者 と して 出稼 ぎ を 目的 に した華 僑 ・ 華 人 移 民 が い る こ とは 否 め な い。 しか し、 ほ とん どが 労 働 移 民 で あ っ たか つ て と比 べ 、 現 在 は留 学 、企 業 派 遣 、 投 資 な ど、 越 境 の 方 法 が実 に 多様 化 して い る。

ま た、 留 学 生 は の ち に、 企 業 に よ る派 遣 で さ らに 越 境 を 続 け る人 々 の予 備

軍 と な る。 彼 らに 代 表 さ れ る よ うに 、 近 年 の 越 境 者 た ち は 、 専 門 的 な知 識 や

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318第Ⅳ 部 人 の 越 境

技術 を持 っ て い る こ とが 多 く、 また 高 等教 育 を受 け るに 足 る比 較 的 裕 福 な 家 庭 の 出 身 者 で あ る こ とが 多 い。 そ の ため 、 進 路 に対 す る選 択 肢 や 機 会 に も恵

まれ て い る傾 向 が あ る。 よ っ て 、 越 境 形 態 も多種 多様 で あ る。

24つ の ダ イ ナ ミズ ム

な お 、 近 年 の 華 僑 ・華 人 た ちの 越 境 の ダ イ ナ ミズム を分 類 す る と、 以 下 の 4つ に分 け る こ とが で き る。

第1は 、 激 増 す る新 華 僑 で あ る。 改 革 開放(1979年)を 境 に 、 中 国本 土 か ら 多 くの 人 々 が 留 学 や 労 働 を 目的 に海 外 に 流 れ た 。 彼 ら は 「 新 華僑 」 と称 さ れ 、 そ れ ま で にす で に移 住 し て い た 「 老 華僑 」 と区別 さ れ る。 日本 で も新 華 僑 が 急 増 し、 現 在 で は 日本 に お け る 中 国 人 人 口(約52万 人 『 在 留外 国 人統 計』

平 成18年 度 版)の 大 多 数 を 占め て い る。 か つ て の 老 華 僑 の 越 境 は 、 広 東 か ら ア メ リカ、 上 海 か ら 日本 と い う、 一 つ の 目的 地 の み を 目指 した 単 純 な労 働 移 民 の 形 態 が 主 で あ っ た。 そ して 、 家族 を呼 び 寄 せ 、 居 住 国 に 根 づ くケー ス が 多 か っ た。 しか し近 年 で は、 上 海 か ら 日本 に移 住 し、 よ り良 い 機 会 が あ れ ば 、 さ らに オー ス トラ リア に再 移 住 した り、 場 合 に よっ て は 、 故 郷 で あ る 中 国 に 回流 す る こ と も あ る16)。また 、 留 学 後 日本 で就 職 し定 住 した が 、 単 に 根 づ くの で は な く、 母 語 教 育 の た め 、 子 ど もを 中 国 に 送 り返 し、 親 は仕 事 が あ る 中 国 と 日本 を往 復 す る な ど、 家 族 形 態 は よ りダ イ ナ ミッ ク に な っ て い る。

第2は 、 再 移 民 す る東 南 ア ジア 華 僑 ・華 人 が あ げ られ る。 特 に、 イ ン ドシ ナ は政 情 が不 安 定 で あ っ た こ と も影 響 し、 多 くの 華 僑 ・華 人 が 難 民 と して ア メ リカや フ ラ ン ス を は じめ とす る国 々 に再 移 民 し た。 欧 米 の 国 々 の チ ャ イナ タ ウ ン に お い て 、 ベ トナ ム料 理 店 が 軒 を列 ね て い る こ とや 、 ア メ リカ で イ ン ドシ ナ 出 身 者 向け の華 字 新 聞 『 越 棉 寮 報 』 が発 行 され て い る こ とか ら も、 東 南 ア ジア か ら再 移 民す る華僑 ・華 人 の動 き を窺 う こ とが で き る17)。ま た、 マ レー シア 、 イ ン ドネ シア 、 フ ィ リ ピン な ど東 南 ア ジ ア の 華僑 ・華 人 は、 か つ て居 住 地 に お い て華 人 排 斥 運 動 が あ っ た こ とや 、 「ブ ミプ トラ政 策 」 な ど現 地 の 人 を優 遇 す る政 策 が あ る ため 、 子 弟 を海 外 に 留 学 させ 活動 範 囲 を広 げ る

こ とで差 別 に対 応 した 。 子 弟 は留 学 後 、 現 地 に と ど ま り市 民権 や 国 籍 を取 得

す るな ど、 拠 点 を 増 や す こ とに よっ て リス ク対 策 も行 って い る。 そ れ が 、 フ

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ア ミ リー ビ ジネ ス の拡 大 に繋 が っ て い るケ ー ス も見 られ る。

第3の ダ イナ ミズ ム は 、 中国 へ の 回 帰 で あ る。 これ は 、 第1の グル ー プ で あ る新 華 僑 の み で は な く、 老 華 僑 の新 世 代 に も見 られ る動 き で あ る。 まず 、 新 華 僑 で、 海外 に お け る勉 学 や 貯 金 な どの 目的 を達 成 した 後 、 中 国へ 回 帰 す る人 は 「海亀」 と呼 ば れ て い る.中 国 語で、 「亀」 と「帰 」 が 同 じ 「gui」と い う発 音 で あ る こ とか ら、 海 外 で 留 学 や 出稼 ぎ な ど一 定 の 目的 を達 成 し、 中 国へ 「 帰 る」 人 々 は 「 海 亀 」 と称 され た。

一 方 、 老 華 僑 の新 世 代 の 間 で も、 中 国 に 回 帰 す る現 象 が 起 こ っ て い る。 筆 者 は ア メ リカ の華 僑 ・華 人 の こ う し た グ ルー プ を 「 新 金 山 を も とめ るABC」

jiujinshan

と呼 ん で い る18)。ア メ リカの サ ン フ ラ ン シス コは 中 国 語 で 「旧金 山 」 と呼 ば れ て い る。19世 紀 半 ば ゴー ル ドラ ッ シ ュの 時 期 に 、 多 くの華 僑1世 が 一 穫 千 金 を夢見 て 海 外 に渡 る際 の 目的 地 と して サ ン フ ラ ン シス コは 「 金 の 山」 と名 づ け られ た の だ ろ う。 老 華 僑 た ち は 、 故 郷 に錦 を飾 る こ とを願 って い た人 も 多か っ た が 、2度 の世 界大 戦 、 そ して 地理 的 に遠 か っ た な どの理 由 か ら故 郷 に 戻 る こ と を諦 め 、 ア メ リカ に 根 を下 ろ し た。 そ う した 老 華 僑1世 た ちの 子 弟 で、 ア メ リカ に 生 まれ た 世 代 「ABC(America  Born  Chinese)」 は、 中 国 語 よ り英 語 を得 意 とす る こ とか ら も 「ABC」 と呼 ば れ て い る。 ア メ リカ で 育 ち 高 等 教 育 を受 け た世 代 が 、 ビ ジネ ス チ ャ ン ス を求 め て 、 中国 や ア ジ ア に 逆 流 す る とい う動 きが 出 て い る。 彼 らは祖 父 や 父 た ち が か っ て 一 撰 千 金 を求 め て 「旧金 山(サ ンフ ラン シス コ)」 を 目指 して 西 へ 海 を渡 っ た よ うに 、 一 世 紀 を経 て 、今 度 は 彼 らが 中 国 系 で あ る こ とやMBAな どの 専 門 知 識 を持 つ とい う背 景 を生 か し、 成 長 す る中 国 や ア ジ ア の 市場 で、 よ り良 い ビ ジネ ス チ ャ ン ス とや りが い を求 め て 回 帰 して い る。 彼 らに と っ て、 中 国 は ま さに 「 新 金 山(New  Gold  Mountain)̲19)な の だ 。 中 国 の経 済 が 著 しい発 展 を遂 げ る な か、 中 国 に 回帰 し ビ ジネ ス チ ャ ン ス を求 め 、 頻 繁 に居 住 地 と中 国 を行 き来 す る とい う越 境 形 態 は 、 ア メ リカ の 「ABC」 に 限 らず 、 東 南 ア ジ ア や 日本 、 韓 国 な どの 華 僑 ・華 人 に も共 通 して 見 られ る現 象 で あ る。

最 後 に触 れ た い の は、 組 織 レベ ル で の トラ ン スナ シ ョナ ル な活 動 で あ る。

華 人 デ ィ ア ス ポ ラの 基 盤 を活 用 し、 各 地 に 拠 点 を作 りネ ッ トワー ク を広 げ て

い るケ ー ス で あ る。 個 人 や 企 業 レベ ル で は 、 企 業 家 な どが ビ ジ ネ ス の 拡 大 、

参照

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