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蓮 井 良 償  

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(1)

蛸媚㌍わゆる﹁コオポ︶ィション﹂の概念H  

卜その法人性と関連して −  

蓮 井 良 償  

わが商法にお小ては︑会社ほすべて営利社団法人である︑とされているがh︵商五ニ・五四︑/有こ︑法が共同の  

目的を看する複数人取結合体︑すなわち人の団体私法人格を附与するのは︑這これらの団体の法律関係を簡明匿  

処理するための法技術上の配慮に基づくことは︑今更ぜい言を要しないところである︒ところて会社に法人格が  

附与されれば︑会社ほここに法主体性を獲得し︑法の世界において権利能力者として取扱われうるようになり︑そ  

の結果として︑会社における各種の権利義務は︑すべて会社のかつ会社のみの権利義務として︑その構成員の権利  

義務とは︑全く切り離されて考えられてくるようになる︒すなわち会社はその構成員から全く別個独立し︑たも 

分離絶縁きれたもの︑として取扱われるのであるが︑こ甲点は︑会社企業ノの三の重要な存在癒由でもあ㌔かか  

る会社の法人性及びその必然の結果としての絶縁作用と構成員の有限資任制度こそ︑会社ことに株式会社制度をし  

て今日あらしめた重要な理由にほかならない︒しかしながら︑米国においてはてのような株式会社の特権は︑それ  

が濫用をともなう場合には︑ときに否認しうるという・ことが︑会社法学者及び裁判所によって指摘されており︑わ  

たくしもこの点と関連して︑いわゆる普通法・衡平法の二元的構造のうえ匿た.つ米国法の弾力性ある解決方法に多  

︵1︶  

少の興味を有したこともある◇本稿は︑かかる会社の法人性とやいうべきものが︑米国法においてどのよう貯考え    第二十大巻 第四号  三四  

(2)

られ取扱われ∫ているか︑ということについて簡単な紹介をこころみたも′のにすぎない︒もっとも︑このような法人  

論は︑欧州大陸におけるほなばなしい論争にもみられるよう檻︑古来幾多の著名な学者が解かんとして企図した法       ︵2︶  

律学上の迷宮ともい・うべき難問であり︑この点についての形而上学髄論議をあまり好まない英米両国においてさ  

ぇ︑等しくそれは﹁果てしない問題﹂とされて小る億であう︑わたくしごときものが︑ここに軽々しくせりあぐべ  

き筋合のものではないのであるが︑と︑にかく手瀞軋あっ允二⊥三の参考蕃をたよりに知りえた範囲内での二心の紹  

介をこころみ︑ることとする︒なお︑この点についての理解のためには︑英米両国における法人格の歴史的考察につ ︵ 3︶  いて町検討をこころみる必要があることは︑いうをまたないととであるが︑ここでは︑この点についての考察を全  

く省略してし㌢つ 

やまりをおかしているかも知れないということを︑とくにおことわりしておかなければならない︒   

認印 拙稿︑﹁米国会社法における法人被衣剥奪の法理﹂法商学部論叢二巻山号⁚二号   

註必恒藤恭︑﹁法的人格者の理論﹂・石埼雅男︑.﹁法人格の理論と歴史﹂・末弘厳太郎︑﹁法人﹂法律学辞典讐松田二郎︑  

蒜式会社の基礎理論﹂︒服部栄三︑T法魔境としての法的人格者の基本構造﹂私法二号等︑なお︑鈴木竹嘩 ﹁共益稚  

の本質﹂法協六二巻三号・同︑﹁会社の社団法人性﹂松本先生古稀記念会社法の諸問題・松田二郎︑﹁社員椎否認論紅  

反対する新税紅ついて﹂法協六二竺首・同︑妄社の組合性と社団性﹂田中先生還歴記念商法の基本問題・審多川  

鴛典﹁社団法人性の再検討−持分ということー﹂法協七〇巻三号・川島武軍L﹁一企業の法人格﹂田中先生還暦記念商法の  基本問題・服部栄三﹁会社の権利能力・行為能力及び不法行為能力﹂松本先生古稀記念会社法の諸間琴等わが国払おい  ても論議されており︑論文も枚挙にいとまなきぐらいである︒   

註佃戸S・要d00W夏山・A穿1︒ry︒岩ng−is告aw⁚︒L胃・国事華甲︵−や登芸ai−㌻n血1︒日量巾㌻apers︸邑●崗︵−2︶u  

pP・∽−〜声沃土りこ∽デー声望〜芸・⁝£芋蔓上記⁚〇・Gi芝e・吋きica=訂○象○﹃→訂∴挙dd−e Age︸  

米国法紅おけるTコオボレイレヨソ﹂の概念  三五   

(3)

三六  夢二十大巻 欝四号  

t2nS−at乱witF an intr︒d宍tiOnざ﹃小声 Mait㌻nd■ ︵−器00︶ pp・くii〜已く⁚才︒Ck and Eaiユa已︐Hist︒rぺ︒f En筈sh  

訂w−言−・︵−諾∽︶pp⁚告畝〜畏00⁚Daくis・C︒Hp︒r巳i︒n・A立已y︒叫the︒ri乳n and d彗号pm昌t︒︻粥reatぎsin認SeOmど・  

ロatiOnS昌乱○︻t訂ir邑註昌tO t訂a5FOrit当0叫t訂 stateV 言︸−Iu苧︵−害∽︶⁝B㌻ckstO莞﹀ C︒mmenta計s O巨 丁訂  

訂ws Of Englamd﹀ 召l●−リ ︵−∞柏小︶pp−莞やく患訪 等料︑この点についての理解の撃としている︒  

なお︑大隅健二郎︑﹁英国における株式会社の発展﹂法学論叢嘉二巻±酉・三号・同﹁株式会社法変遷論﹂・大塚久雄︑  

﹁株式会社発生史論﹂上・下巻・八木弘︑﹁英国会社法発展史序説﹂法学論叢三五啓二号  

  

日 英米法上︑﹁コオボレイレ冨ン﹂ ︵CO膏ratiOn︶の定義をくだすことはノ﹁コオボレインヨソ﹂とぃう語で示  

される程々の類型の団体が︑別段の区別なくしで取扱われているという事実のために︑非常に困難なことである︑  

︵1︶  

といわれている︒しかも︑このような種々の類型の団体が︑法的取扱における相連というよりは︑むしろ事実の相  

違に基礎をおいて︑多少の例外を除いて︑恰も同じ原則が︑これらのすべてに等しく適用されるかのように取扱わ  

︵2︶  

れ七きており今もなお取扱われている点に︑︑この語の定義づけの困難性が指摘せられている︒   

元来︑定義というものは︑二疋の概念の実体を絶対的に固定させる︵ことを必要とする︶という考え方 −いわ  

ばそれは事物の本質を表示するものー1から離れることはむつかしい︑といわれる︒もっとも人は︑定義は︑二疋  

の目的従ってぉこるその使用方法のために相応しいもかであれば足り︑範噂を異にした他の領域の目的迄考える必  

要はない︑とも考ぇる︒すなわち定義ほある目的︑例えば︑法律家の目的にとって必要ぬしてかつ十分なる概念  

は︑定義として十分使用しうるし︑それが例えば論理学者の目的にとっては︑なお不十分かつ不適当であったとし  

鴇︑を1ぞしとの故常別腰の文停を来すものでも籠い︑老ぃう名目上の定義も十分認識しうる︒女事物の本質を示   

(4)

す意味の其の意味の定義すらも︑結局のこころ︑その定義が効果的で.ありさえすれば︑何等かの目的に関係しなけ  

れぼならないことも十分に認識することができる︒ともあれ︑ここ竺渡定義というものが︑一般的日劇のため軋  

確定されさえすれば︑それが山南において事物の本質を示すこと紅よって︑われわれほ︑十分に目的達成の手段.・  

︵3︶  

便法をうることになるであろう︒ここに︑﹁コオボレインヨソ﹂とは何か︑という七とkついて考えなければなら  

ない理由があるように思われる︒   

﹁コオボレインヨン﹂は権利義務の主体として︑﹁コオボレインヨソ﹂に属せしめられた種々の権利を有し義務  てい⁚  を負う︑という理念︑又国王の勅許にょってのみ︑人々の団体は﹁コオボレイジョン﹂となりうるという原理は︑  

たと上それが名目上のものにすぎなかったとしても︑︑英国におい七も︑又米国においても等しく普通法上の公式理       ︵5︶  

論の根底をなすものとして考えられていることは多言を要しないことであるが︑しかしながら些細軋これを検討し  

てみるならば︑必ずしも的確かつ十分虹定義づけられたものとはいいがたく︑科学的研究の目的のために︑その任  

を果しているとは考えられない︒これを定義づけるためには︑その本質的性格ほ如何なるものであるか︑又一﹁コオ  

ボレインヨン﹂となるためにほ︑最少限如何なる権利が存在しなければならないか︑ということが見出されなけれ  

ばならない︒たしかに︑﹁コオボレインヨン﹂の定義づけのためには︑﹃﹁コオボレイジョン﹂という事案の存否  

ほ︑﹁コオボレインヨン﹂というものの本質についての権能の存否に依存する︒単なる名称にのみ拘流するの必要  

︵6︶  

はないむその探究は深く︑′その解決は本質的なものに迫らなければならない︒﹄  

︵7︶   

ところで﹁コオボレイレヨン﹂の定義は︑いわゆる﹁オーソドックス﹂の立場でほ︑古く﹁コーク﹂︵S・句小COke†  

へ8︶   

︵−∽∽N〜−缶£︶ によって樹立せられ︑﹁ブラックストーン﹂ ︵声B︻琶粁stOne︐︵−㌶∽〜−遥○︶︶に七って普通法      す︶  にとりいれられたが︑﹁コトク﹂ によれば︑﹁財産を取得しうる人にほ二つの類型がある︒すなわち1一は神によ  

三七   米国法における﹁コオボレイジョン﹂の概念  

(5)

ぅて創られる自然人であり︑他ほ﹁ポオデイ・コオボレイ上 ︵ぎdycOrpぎ1且として法の政策によってつくら  

れ突である︒この節この法の政策によって創造せられたものが法人︵b各pO寮c︶ である︒これほ︑それを構  

成する人が団体をなしているからb与cOrp蔓e︸COrpOra−ぎといわれる︒=・社団法人︵集合法人︑A 

茸p︒r邑︒⁝ggregPteO叶崇ny︶は︑見えざる︑触知しえざる︑不死の︑法の企図においてのみ存在するもので ︵10︶  

ぁる﹂とされ︑Lの立場をうけついだ﹁ブラックストーン﹂は︑その著︑﹁英法釈義﹂覧いで︑﹁コ票レイン  ヨン﹂の設立紅は国王の勅許・を要すると強調するなど︑大略同じような表現をなしつっ︑極々﹁コオボレインヨ  ン﹂の種別について論じたのち︑その特質として︑︑黎久継続性・団体として酔え又は訴えられ︑抗弁をなし抗弁を  ぅけ・土地を保有し・共通印章を有し・また白治法を制定しうる権利の五つをかかげ︑この雪の要素ほ︑すべて  

の﹁言ポレイ雲ン﹂に必要にしてかつ不可分に附随したものであり︑それが正当に設立されさえすれば︑暗空 ︵ 11︶  裡中に附加されているものである︑とのべている︒この流をくむ米国の﹁マーレヤル﹂裁判長も UartmO邑  

COueg2く・W00dw邑ムW訂aニC・S・︶器忘1・由d・彗︵−00ー¢︶事件において︑同じように﹃﹁コオボレイ雲  ン﹂とほ法技術上のものであり︑目に見えざる︑⊥干牲触知しえざる︑単に法の企図において法′の敵念としてのみ存  

在するものである︒﹁コオボレインJコソ﹂ほ法の単なる創造物等ぎず︑その成立のときの定款がそれ軋附与した 一  財産のみを所有しうる乾すぎない︒このことほ︑﹁コオボレイ雲ン﹂が設立せられた目的を達成するために最も  適したるもあと思われるが︑とりわけ星要なことほ︑不死ということであり︑より明白にいうならば︑その構成員  から全く独立し︑単一体として行為し︑多くの人▲々の間断︑のない承継によっても同じ財産を所持しうることであ  

る︒言オボレインヨン﹂が考案せられ使用せられるということは︑主として︑かような能力をもって継続してゆ      ︵ 12︶  く人々の団体の個助のためである︒﹄とのべ一ている︒   

♂  

第二十大巻 第四号  三八  

(6)

註山Ba=anlin㌘OnCOrp蔓喜︼︵−豊pp・担Ⅵ巾1茎盲ange・C︒r2竃i昌訂wど冨ice諾iDi邑︒諾︵首鼠虐   

pr−ntin耶︶pp・忘l00もっとも今日竃国では︑訂語は︑主として︑冨nessC︒rp蔓i音︑︵事業会社︶の忠に使用さ  

れている︒なお︑西島弥太郎﹁改正会社法改訂版﹂ニT五東  

証㈹宅iH旨ヂ要︒T︸乞1Fela⁝⁝邑nessC3︑邑1︒nSb旨e重言a買L・R翠邑・・ド︵叫00登ノp・−0ごGrang︒・   

這⁝−・:・ご慧kざ冒s⁝盲C昌Ce号⁝=訂1温En音︿−竃︶羞・きu蒜﹁コオボレインコソ﹂なる  

譜は現象の型に関するのではなくして異った﹁グループ﹂の多様性に関する上のべている︒  

註㈲1a−−y二訂COrpO鳶En音as㌃号已︒=egal冨b−ems﹀去ic音nL・R巾ヂ旦窒︿忘餌∽£予pp・票串〜全盲  

註㈱︑もっとも︑この点は錘則主警と/昔日でほ多少の変化を豊ている︒米国では︑法人格の特権の警は︑主粍者︵州・  

州立法府︶の行為であると考えられており︑その手戯も︑直拝的賦与かち間接的賦与の方向に進展してい驚倒えば︑  

Bal−ant⁝¢Op・C−−・V p・屡pp・岩elseや⁚慧kざ02・Cテpp・3〜苫  

註㈲も壱もわが国の財琵人覧たる法人ほ存慧ず︑湯誓にほ︑信託の法理によって樺しょぅとしているが︑本稿  

でほ︑この信託法理についてはふれないことにする︒尭お︑この点については︑家−訂d︸C︒H邑乳苫屋︒p・♀ご  

pp・買主盲家ニandもerk≡喜ca=h各軍︒ニ訂芝d打者︒p・Cチp・註わが国での文献は︑高柳再三一︑  

﹁英国における信託法理の歴史的発展﹂現代法辞思恩の研究七五嘉以下・兼予て ﹁破産財団の主体性﹂民事法研濁四  

■   二三男以下︑川島武宜︑﹁所有権法の理論﹂完四頁以→等︒又︑単独法人︵C︒r2蔓−昌S︒−e︶も省略することとした︒  

この点については︑家ニanJC︒亡ec−cd富男︒p・卓p2・巴さ〜申岩わが国で貢献は︑高柳昏≒﹁単独法人論﹂英国  

公法の理論二大五1一大四頁参照  

註㈲ AndrewsBr︒茎Y⁝g叫−㌢ncO打eC①J義U・S・Ap2ea−s藍︵−00運 ′  

註m C︒rp⁝−i︒nの語源は︑﹁サンス・クJット﹂の団体えの統合︵1︒㌻ヲ已⁝b︒dこを意味すると同じ語源である﹁ラデ  ﹂克   米国法に・おける﹁コオボレインコン﹂の概念 

(7)

第二十六巻 第四号  

四〇   

シ﹂冨琶盗る喜れる︒芦空軍C︒rp蔓害毒号音Americana・ぎこ苦ら=寮Enc喜告   ○ご訂S邑Scienee⁝○−・pp・芸〜琵⁚E・﹃re旦→hこegalぎre⁝音ra−iOき盲ぎ・ごCl鼻  H 

andb言打吉1訂La⁝妄邑eC︒膏ti三富︶享なお︑今日でほ︑この語ほ英国でほ︑地雷治琵を︑米   国でほ革菜会社 

を︑意味して使用&れていることが多い︒  

悪COkeな⁝nH︒Spi邑Caseさ・Rep・三・望盲︶・で︑法人誓いての中世的原則を警して近代的法則を樹立∴   した︒要d 

芸三才02・ei−・互1ii・pp・竃よヨ︐邑・雷り訟〜会   

註制 空ac首︒富もp:it..ppミーI上応  

証㈹C貫Op・Ci−・こ・⁝かざ︒2・Cl−・こ・芦−盲誉喜OpCi−・:0昌p.芸  

註旭∵望aek冨ne⁚p・ei−・こり告﹂怠∽  

註㈹C−a言草p・冨季︒p・¢it・こ・芸判決はもとより﹁法人﹂妃ついてのもので告が︑この嘉づけは︑層々温  代置怠のそれ紅 

引用葺こ中将許主歪若説ほ︑彼の樹雷た契約琴1ともに︑藁会社の中に這警れて   ゆ 

くのである︒宣−am−ine・〇p・ei−:pp︐き畏冨.  

⇔しか←ながら︑これ計憲賢って雪れた﹁コカボレイ⁝ン﹂品質ほ︑碑窓﹁コオ紆レイ冨ン﹂ の一面の性格を示してほいるが︑必ずしも凡ての﹁コ漂レインヨシ﹂に適当した姦的性格の探究となっている と違われな 

い︒いわば︑そこ荒された属性ほ任意的なものであるとしか考えられない︒今試み紅﹁ブラックス  

トーン﹂賢って菜され例警れた﹁凡ての﹁コオボレイ買ン﹂鱒必要正してぞべか登る属性jといわれ       ︵1︶ た五つの要素せ とりあげ分析してみよう︒  

甲永久継続性︵perpet巨岩eSSiOn﹀︑亨フックス㌻ン﹂は︑﹁コポオレインヨン﹂ほ﹁インコオボレ  ィ雲ソ﹂なくして永続する老いうことほありえない︑従言こ嘉一の属性であ孟久継続性は︑∴↓インコオポ   

(8)

レイン呵コソ﹂の究極の目的となるべきものである︑とのべ︑この永久継続性は他の小ずれの属性紅もまして︑より ︵ 

9︼︶  

﹁コオボレイン⊥コソ﹂としての特質を示すものである︑と考えている︒しかしなが旦いわゆる永久継続性とは︑ 

いかなる意味であろうか︒これは決して︑この語が示すような﹁コオボレイγヨツ﹂の不死︑すなわちその永遠の  

存在を示すものではなく︑ぞdのいうように︑﹁この﹁コオボレイ⁝ン﹂の不死ということは︑単竺定の期  

︵3︶  

由︑﹁コオボレイ雲ン﹂として行為しうる能力がある点いうことを示す﹂にとどまるものであるて従って永久継続  

性はヾた・といその期間の伸長はありえても︑その﹁コオボレインヨシ﹂の存続期間中を特質づける要素たるにとど  

︵4︶  

まるのでぁって︑事零その存続期間を数年に限定したものも霊する︒又彼に近い時代においても︑例えば︑一  

︵5︶  

六〇〇聖二望二日の特許状による宋印度会社・二ハ九四年の設立にかかる英蘭鉄行・云二年の堅造かか  

︵6︶  

る南洋会社なども︑当初はすべてその存続期間の定めがなされていたのであり︑してみればこ野点ほ︑﹁コオボレ  

ィ雲ン﹂の本質を正確にのぺたふのではない︑ということができる︒ただ︑ここで︑いいえられることは︑法聖息  

味において︑﹁永久継続性を有するむのほ︑それが存在する限り︑全く同じ権利の主体︑いあほ同じieg已e註ty 

︵7︶  

畑 lとしてとどまる紅すぎない﹂ということだけである︒それ以外に別の他のものがあるのでほない︒逆にいえば︑﹁  

占オボレインヨン﹂ほ同じ 厨已2n昔である︑という見地から︑直ちに永久継続性なる要素が決定されるもの  

でほない︑と思われる︒一膏薬をかえていえば︑永久継続性は︑それ自体においで︑1ega−㌢i−yのためのある特別  

の権利又ほ最少の権利を要求するものでほない︒従って︑永久継続性が真に﹁コオボレイジョン﹂の本質 ﹁ブラ  

ックス・トーン﹂の用語によれば︑その究棲の目的︵責yendOfi−ニncO膏r註On︶となるべきもの.であれば︑そ 

のとき﹁コオボレイジョン﹂に必要なもの︑ほ︑夷ほーe琶eu−ityたる﹁もるもの﹂でなければならない︒というこ  

とになりほしないであろうか︒  

米国法における﹁ユオボレインョン﹂の概念   

(9)

㈱︑訴え訴えちれること︵tOS克◇r訂sued∵冒p−e乳雪beimp−e邑ed︶   

第二の例証ほ︑訴え又は訴えられること︑すなわち訴訟の当事者となりうることである︒﹁ブラックスーーン﹂  

のこの掟実は︑自然人以外の種々︑のentityの中にあって︑その権利の保護†−訴訟をなしうること−トを要求しう  

るものほ︑ひとり↓コオボレインヨン﹂のみである︑ということを示唆しているが︑しかし︑この訴訟をなしうべ  

き権利は︑いわば救済的権利にすぎないのであって︑本源的いわば主要な第一義的権利の保護・強化のために附ヰ  

︵8︶  

せられたもの︑とみるぺきであろう︒従って問題は︑むしろ﹁コオボレインヨン﹂ほ常にentity としてのみ存在  

するものであれば︑かような救済権は︑むしろ牒tit声に起因するものでなければならない︒entityに附与せられ  

た主要な第﹂義的権利が存在する場合にほ︑その蔓tityが﹁コオボレインヨン﹂ とよばれようと否と︑又﹁コオ  

ボレイ㌢ヨン﹂たると否とを問わず︑常にこの種の救済権は︑その組織のなかにあらわれるものとみ竃のが︑事の  

本質に適したみかたではないであろうか︒事実﹃﹁コオボレイト・ネーム﹂の下で訴訟をなしうべき能力あり︑と  

小うことは︑﹁コオボレインヨソ﹂の理念に本質的なものでほない︒﹁コオボレイジョン﹂にほ︑﹁ニュー昌−ク﹂  

銀行法︵Zのw YOrkb針計ing−aw.rP宅∽Of−∞富︑C・崇○︶ の下における判例と同じように︑その役員中の一人の  

名前で訴えうる権限がある︑﹄という米国の判例 ︵音drews哲︒∽・く・ハY︒un賢︒WnC︒keト∽00已・S・Appe已切・  

料告︵−∞運︶ンによってもうかがわれうる㌢うに︑訴訟をなしうる権利が他の異ったentityに所属する︑というよ  

うな﹁コオボレインヨン﹂も存在するし︑このために︑その﹁コオポ︒レイジヨン﹂としての特色が見失われるもので  

ほない川又﹁コオボレインヨソ﹂の理論によって考えられない entity軋さえ︑この教済権が ー ﹁コオボレイン  

ヨンしそれ白身又はその焼成貞の主要な男山の権利の保讃のときも仁一直療転附音せられていることほ︑担ydの指         す︶      ︵ 

で  

10︶  するとおりであるし1 かつ又︑∵葵米の立法.・判例泳︑この点を如実覧ボ心ている︒・従って﹂ このょうに考えてく    第二十六替 界四号  四二  

(10)

れば︑訴え又は訴えらるべき権利は︑決して﹁コオボレイレヨソ﹂ の本質的特色を示すものとはいいえないことが  

ゑがい知りえられる︒この本質軋持場は︑もしそれが存在するとすれば︑この訴え又は訴えらるべ姦利のうち  

に︑というよりは︑むしろ︑それか由来する﹁コオボレイゾヨン﹂めもて この第山義的主要権のうちにこそ︑証  

明づけられるペきものでなければならない︒この第一義的主要権のうち︑′﹁コオボレインヨソ﹂に本質的な特質を  

﹁プライクスーーン﹂ほ︑﹁その名前で財産を取得し︑∴冒然人と同じ行為をなしうる磯利﹂ ︵tOgr岩戸Or reCei諾  

ぎitscO壱○rPt牛namや.賀ddOa−−○昏erac㌫psP旨tura一persOnmPy︶とのべているが︑これは﹁コオボレイ  

レ亨シ﹂ほteg已e星沫yであり︑このentityという見地から︑ある権利が存在しなければならないという自明の  

理を示したにすぎない︒従って︑この点は︑﹁コオボレイ.ジョン﹂のみに本質的なものとしての〟つの特別な権利  

を︑特に選抜したものということはできない︒このような列挙を出発点とする限り︑一方でほ︑﹁コオボレインヨ  

ン﹂ のもつ想像しうるすべての権利ほ︑﹁コオポレ′ィレヨン﹂とみなされない団体 ︵grOup︶ に属することもある  

し︑又他方では︑いわゆる﹁コオボレインヨン﹂といわれる主義を︑すべての形態の団体に必要がくべからざるも      ︵ 11︶  のとレて属せしめるような権利は︑これを見出しえないということも知りうる︒   

㈲︑土地の保有︵︑t︒pu邑ase訂nd加PndbO−dthem︶︒﹁ブラックストーン﹂は︑儲三Q列挙として﹁コオボ  

レインヨン﹂の本質的特色は︑物的財産に対する権利を有する︑という点をあげているが︑これは既にの︑べたよう  

な︑﹁コオボレインヨシ﹂に本質的な第小義的主要権を明確化した一例でしかない︒既に︑﹁コーク﹂はこの権利に  

っいて︑童名な︑Su−旨HOSp1−a⁝牒e︵−OC〇・Rep・ビュのなかで︑﹃﹁コオボレインヨソ﹂はそれを欠くと  

きでも完全な﹁コオボレインヨン﹂となりうるから︑この物的財産への権利ほ︑﹁コオボレインヨソ﹂︑に本質的な  

︵12︶  

ものであるといいえない﹄とのぺているし︑又このような権利せ﹁コオボレ車レヨン﹂に附与してい︑ない 

四三   米国法紅おける﹁コオボレイジョン﹂の概念  

(11)

り︑−な︑ サわちすべての﹁コオボレイ雲ン﹂紅適用せられる表的規定によって︑﹁コ票レイ雲ンしは  

普通法上の権利・土地又は他の財産を購入する権利が︑剥奪され︑制限されるように︑その間じ権利が︑その定款 ︵ 13︶  又はそれ白身蒜殊な法律によって剥警れ︑制警れている場合もある︒1又﹁コ蛋レイ〃ヨン﹂ではない      ︵摘︶  団隋で土地を保有しうるものも存在する︒   

㈲共通印章舌haくeC眉mO芦Se豊 ﹁ブラックストーン﹂は︑﹁コオボレイ雲ン﹂は目にみえざるもの︑  手ノに触知しえぎるものであるれら︑そ宝ハ通印章によってのみ行為し語りうる︑とのべているが︑共通印象が純粋  

軋形式的なものか否か︑という事実より全く離れで考えてみても︑確にこれほ︑﹁コオボレインヨソ﹂の本質・特 ︵ lS︶  放となりうるし︑﹁ポロック﹂や﹁メイ上アンド﹂も﹁コオボレイ冨ン﹂の最大公約数は︑共通印章である︑と    ︵ 16 

︵17︶  

のぺている︒東国における株式会社法の発展の事実紅敬しても︑このこ︑とは十分払うかがい知ることができる︒し  かしながら︑かっての﹁コオボレイ誓ン︺は共通印章をもって︑その本質としていたとしても︑既に相当ふるく  

から︑この共通印章は︑﹁コオボレインJコソ﹂の行為紅ほ︑必ずしも絶対的に必象なものであるとはされていなかっ  

たようである︒英国でほ︑﹁コオボレイン豆ソ﹂は︑そ宝ハ通印象の使用なくして︑欄利をえ義務を負う︑という ︵ 18︶  ことが古くから樹立されており︑又会社法上も二駁的原則として︑印章を使用せずして契約をなしうる︑というこ     ︵望  

︵紳︶ とを認めている︒又共通印章を有するが未だ﹁コオボレイ⁝ン﹂とはされていない団体も存在する︒ところが︑  

米国においては︑一般的にみて︑この原則ほ全く根底からくつがえされているように思われる︒すなわち﹁会社は  

共通印章による捺印証書によるのでなければ何事をもなしえない︑という原則は︑′多くの条件をもって理解されな  ければならない︒共通印章は︑本来的には︑普通法における会社に適用せられ︑表的に印章阻もとで証明づけら  

れるような厳粛な手続紅潮限せられ︑   第二十大巻 第四骨  

共通印留の保管をなし︑それによら七会社を拘束する権限を隙  せられた人   

(12)

によってなされたと思われる︒しかし︑米国で樹立せられた原則は︑叉啓によると否とを問わず︑磯粟によって証  

明づけむれた会社の行為は︑会社を完全転拘束するものとしてであり︑会社の代理人に対する完全な権限としてで  

あり︑会社の印章の下になされた︑もっとも厳粛な行為としてである︒いわば︑会社は︑会社の授権せられた代理  

人を通しての明文の約束によって︑→匿印帝のもと匿おける証薯転よる場合と全く同じように拘束せられ︑しかも  

その明文の約束は︑恰も会社が個人であるかの′よう監最の行為ならび監最の代理人の行為から暗々裡中紅明と  

︵21︶  

なる﹂ノかちである︒  

鱒自億法の制定︵tOm路eby・Fws︶この最后の例証賢いて︑・既に﹁手ク﹂ほ︑これは﹁コオボレイ雲  

ン﹂に本質的な要素ではない︑ということを示しているが︵−OC〇・声ep・望∴エ﹈か鼠も︑ほぼ同じような立場から       ︵22︶〟  

これは﹁コオボレイヨン﹂には本質的なものでない︑ということを指摘している︒確に︑ノこの点は﹁コオボレイ㌢      ︵器 

︵24︶  

︶  ヨ  ソ﹂  

註Ⅲ  註倒  

註㈱  註㈲  

註㈲  

註問   

註の  註細   

注㈲  

米国法における﹁コオボレイジョン﹂の概念    に本質的なものでもなく︑又独得のものでもな・い︒  Bla¢kst昌e.〇p.Citこp.彗?∵穿−dsw邑h■︒p>邑:邑・錦pp・訟〜いかいDa卦・︒p・Cit・︸邑・韓pp・誓−まseヂ  望㌢kst昌巾.ibid.なお︑巳01ds喜rtア Op● Cit・1■ 言l・困p・彗−  ぞd﹀AT邑ise昌−Fe Law︒叫C︒rpbrati◇nS︵−遥¥ム︶ワニcit⁚慧kぎ−Op・Cit・p・−○−n・−−  可雲l−.and−ゴct.¢.遥︵−詠ゴ 拐Nや⁝5a已畠5ct・C・いか︵−霊£ ともに存続期間の限定がある︒  大塚久雄︒﹁前掲啓﹂下巻二大三頁  2かk針mⅦ Op・Ci−⁚ワー◇−nL∽  

ibidu p●−○柏   ibid一  

声yd.首−邑・u p・−○邑・︸ 2かk旨︐  Op・Ci−: pJO∽n・N◇  

(13)

、   

第二十大巻 

襖  

四六  

註㈹︵英︶岩Ge孟・・C・怠︵−寧ヱ←ふ呂dⅧ毒害・声c・若︵Ⅰ00登1萱・警nニぎ・C・声讐︵−00讐︶ ︵米︶  

ぎY鼻−00皐c・㍑摩陥∽−ヤⅠ⁝C︒d♪−告冨苫⁝OhぶC︒de冒害い⁝raska C︒畳i乳Stat言ゆ︐   

−琵芸当妄言e旨S−a−ules−⁝竃ヨ⁝ぎed買莞ぎ訂rsく・C︒r⁝d︒C︒:望⁝∽監︵︻運︶  

ci誉 ibid.  

註囲 慧kぎーOp−¢it: p.−○か  

狂的=苧ld㌢呈ざ︒P・Ci−・︸星.韓p.朝∽  

鼓個 崇打帥ヨー︒p・1︵き−pp.−定i︼○ひP帖∽  

誌︿英︶言d芸iニ⁚苧二2澄︿−∞筐︶⁝⁝芦蜃a已′Ⅰぎc・遥︵蒜彗︶法人格を宥しない自治告たる法学院  

︵Ⅰ⁝00︒りC︒urt︶も財産を保有しうる︒   

︵米︶要Y㌃ぎ⁝=箋︵c・悪薫﹀⁚ほジョイン・ト・スー・ツク︒カンパニイー及びアソニインコンにこの旛利をみ  

とめ︑L⁝Of′字音dこ芸c﹂試筆芸︶もパー鼻−シップで土地を保有しうると定めている︒なおS邑Or  

斉pl真弓⁝0=・穿声諾票nde三芦Y・−00告︶写−○㌘−恵も同旨︒0芋ib声  

註個 H︒︼ds一⁝1ざ︒p.邑..邑∴iip.彗柏  

註姻 苫−訂ka已Maitla阜Op.cit.︸pも∞↓  

註㈹大隅健壷﹁前掲﹂法学散華五二巻二号﹂巽以下・三号四貝以下  

薩細 H︒−dsw︒ユh︸\︒p・Cit・:︒L密p.念書邑表p.岩戸ひ£  

許凋C書写eSAcl去男S・∽↓︶︵壷こ・学=墓VSふや﹀∵扁亘m筈云︒mpaBylaw二−冨︶思念  

註鋤例えば︑前記の法学院︵Inns︒=冨r−・︶・r2mmi彗竃Siロ1膏Oy等  

はい川ヱ∴・Lき=1⁚・1−⁚=⁚コい1⁝⁚■∴ゞ  

(14)

註圏 内yd∴︵竜・C−t・︼ p・悪c芦 ibi㌣  

註鍋 2かk賢一ibid−n・ノ旨なお米国普通法上は古くから会社に固有乃至基本的なものとされている︒ 

註餌 iFd﹀ n▼ 誓︵やGeP 甲 c・ゴ︸仏誓ぃ ジョイント・ストック・カンパニイ一法再三二・四三二条参照︶  

⇔︑ところで︑﹁ブラックスー﹂−﹁ン﹂によって﹁コ牙ボレインョン﹂の存在の指針として︑それに不可分離にむす  

ぴつく属性として提案された上記の特質ほ︑何がーeg巴 entity紆あるか︑という事実のみを示すためのものであ  

ろうか︑戎ほ又︑それらは︑必ずしもすべての﹁コオボレインヨソ﹂の存在に本質的なものでもなく︑又ある意味に  

おいては︑特殊なものでも庵く︑ある権利を明細化しているだけのものである︑ということを示すためのものであ  

ろうか︒勿論︑﹁ブラックスートン﹂の提案は︑﹁コオボレインヨン﹂の属性︵特質︶を示すものとして︑極めて  

有意義なものであっ竹ご﹂とは︑十分観められるところで参り︑又その事自身間違っているわけでもないし︑このこ  

とは︑﹁このように明細化された諸権限のうちあ牒ものは︑それ以外のものが全く非本質的なものであったとして  

も︑その重要性が失われ各ことはありえない︑﹂といぅ判例︵ThOmPSく.Oakin︸NNWendeuや㌔○︵芦ぺL∞省︶  

㌧   

︵1︶  

によっても︑又法人格附与の特許状によって︑会社ほこのような権限を獲得tたという事実によっても︑更には︑  

多くの学者も︑この′﹁ブラックス﹂i﹁ソ﹂の掟案に従って︑或はこれを補足し∴或疫これらの諸点に代る他の特質  

を選抜して︑﹁コオボレインヨン﹂を定義づけるために利用している︑ということによっても︑十分紅首骨するこ  

︵2︶  

とができ戊例えは︑事業会社︵賢sぎessC︒rp︒r註︒n︶が︑﹁コオボレインヨン﹂のうち重要な地位をしめる点  

かりして︑株式の自由譲渡性をもって∵﹁コオボレイン甲ツ﹂の本質としようとする試みもなされているが︑しか  

︵3︶  

しながら︑﹁コオボレインヨン﹂には︑事業会社以外の多くの性格をもったものも存在するのであり︑又ここにいわ  

︵4︶  

ゆる株式の自由譲渡性ほ︑むしろ定款 ︵9.P旨こ に依存するものではないかと滝いわれ︑この意味において妥  

四七  米国法における﹁フォボレイショγ﹂の概念  

(15)

第−事六巻 第四号  四八  

当したものということができがたい︒更に又︑このような属性︵特質︶による定義づけを改めて︑その判断の準拠       ︵ 5︶  

︵6︶  

を構成員Q有限責任に求めようともされており︑又こ富川は判例の認めるところでもある︒しかしながら︑ここに  

いう有限責任なるものは︑﹁コオボレイレヨン﹂とみなされる団体のうち︑あるものにのみ適用せられる特質であ    ︵7︶       ︵ 8︶  るとともに︑全く﹁コオボレインヨン﹂でもない団体の多くにも適用せられており︑従って︑この意味においても  

必ずしも妥当したものということができがたい︒とにかく︑﹁コオボレインヨン﹂における属性をもって︑﹁コオ  

ボレイジョン﹂を特色づけ︑標準づけるものは︑これを見出すことができない︑ということができるであろう︒﹁  

コオボレインヨン﹂の属性は任意のものであり︑便宜のための歴史的・感情的考慮がはらわれているもの軋とどま  

へcこ  

るのであって︑いわばこの属性は仮定の要求えの均衡を保たしめようとするものにすぎない︒これは︑恐らく法人  

格の灘与そのものと関係があるのではなかろうか︒‖もし︑国王なり︑州主権なり︑議会なりが︑﹁コオボレインヨ  

ン﹂となるぺき︑な人らかの準則又は類型を定めて︑それを宣言しさえすれば︑そのいわゆる﹁なんらかのもの﹂  

が﹁コオボレイジョン﹂となるのであって︑その特質なる一・ニの権利などほ︑さしたる問題とはならなか?たほ  

ずである︒あまつさえ︑法律がある権利のみを団体に与えることほ︑立法の自由たまつだけのことであって︑別段  

由体に︑そのために︑法人格を附与したか否かということは関係のないものとして考えられるからである︒いわば  

廃米の﹁オーソド′ツクス﹂の立場におけるいわゆる法人擁制説とむすびついた特許思想︵理論︶が︑法人格附与の       ︵ 10︶  権限に︑ある種の制限を設定しなかったところに︑理解えの園難性がひそむ︑とも考えられる︒   

てのように考えてくれば︑﹁コ.オボレイレヨン﹂の独占的特質︑又その基本的な権利や特質︑いわは属性につい  

て語ることほ︑全く無意味なこと・になってくる︒従って︑言オボレイ㌢ヨン﹂は︑結局のところ︑ごく表的紅  

心か定義.つ・けられない︑  ということ庵知りえられ′るし∵又かくすることが∵反駁をより少くする方法.ではないだろ   

(16)

︵11︶  

ぅかゝとも思われる︒ぞdは﹃﹁コオボレイ冨ン﹂はpO−1甘言er寧qロであつてノ︑自然人と同じような能力を  

もち∵種々の特権を革有しうる権利をもつ︒﹁コオボレインヨン﹂は︑∨その本質がその属性に対するよう紅︑特権  

︵昔anchi笛︶に対する︒﹁コオボレインヨン﹂ほ多くの属性が属せしめられた何ものかである︒しかし﹁コオボレ  

インヨソ﹂それ白身は︑このような属性とは別個のものである﹄と定義づけており︑sen賢Or岩畳呂Ckも﹁ニ  

㌻・デグ﹂の判例︵Wprner孟eer払畏W邑e㌢享⁝00呈・声・怠︶で︑﹁株式の譲渡性・株主の有限  

責任・物的保有権・構成員︵株主︶′の死亡又ほ無能力による永久継続性など︑一般に﹁コオボレインョン﹂①本質  

と考えられている︑これらの特性を回顧し批評し﹂たのちに︑﹁これらの諸特質又は諸権限のうち︑何れも一般的  

には︑われわれのmOniedcOrp§tiOnの概念の範囲内に属す\るけれども︑﹁コオボレインヨン﹂主しての適法性  

転は︑必ずしも本質的なものでほなくして︑これらほbOd甘cO巧pOr芝2の仮面の存しないところでも見出されうる  

t︑又も←それらすべての属性が法的単一体の本質的特質の存在の埼外で結合されるとしても再それらはb息y  

︒︒rp︒r⁝語となることほないであろう︒⁝⁝⁝ 法の企図においてc︒rpO㌻ebOdyを ﹁コオボレイレヨン﹂たら  

しめ︑他のものたらしめないcO琶r旨bOdyの︑︑もつとも特別なかつ厳密な本質的特性は︑集合体︵叢greg言  

ぎdy︶を組成する個々人の;のa量岩.i已1eg已e鼓tenceえの併合である◇これが︑ノ﹁コオボレイ一ション﹂の  

本質についての見解でをる﹂︵iぎー登とのべてお町又連邦裁判所虻判決︵Andrews浮○仇・く・YOungS誉n  

CO軒2一C〇・態亡・S・Appe訝墓︵−選︶でも︑裁判所房=仇朕に与えられた種芸定義を却下したのち︑大賢じ  

ような表現でもって︑﹁最後の分析において︑﹁コオボレイ雲ン﹂の絶対的♪っ本質的特質ほ︑その構成員たる  

個人又は個スとは全く別個の訂gp㌃nlityとレて与えられた権限の範囲内賢いて実在しかつ行為しうべき能  

力である︑﹂とのべている︒﹁ハラ/ンタイン﹂姦ども大略周じょうな表現でもって︑﹃﹁コオボレイン呵コソ﹂は想  米国法における﹁コオボレイレチン﹂の概念  四九   

(17)

五〇  第二十大巻 欝四号  

像上の名称のもとにおける別個の=訂g已en告yをもった個人の集合である﹄七し︑﹁より正確にほーeg已−ヨi什で  

︵13︶  

ある﹂′とのべている︒し▼かし村がら︑このように一般化せられた定義づけは︑むしろ単なる官a︻g告yの定義に  

すぎないのであって︑もしわれわれが︑︼すべての 訂g已e邑tyが﹁コオボレイジョン﹂であるという場合にのみ  

↓コオボレイ⁚ひヨン﹂の定義となってくる︒すなわち︑問題は︑むしろ訂g巴entity という点に重点が指向され∴  

ているのでほないかとも考れられる︒   

確かに︑属性による定義づけという立場にたてほ︑﹁コオボレイレヨン﹂としての属性の存在するところ軋は︑  

よしやそれが劇時的であったとしても︑それを﹁フォボレインヨソ﹂として認めなければならない︑ということに  

なるであろうし︑又ある団体に特許せられた権限が︑偶々僅かであったとしても︑たとい唯山つであったとしても  

それは特許によってーeg已ent草としてその範囲内で行為し︑存在しうる能力をもちうるちと軋なるであろうし  

このようにしては結局︑﹁コオボレノイジヨン﹂に正しい定義を与える︑ことは困難なこととならざる亨えない︒むし  

ろ︑﹁コオボレイジョン﹂という語は︑単劃な十分に確められた概念ではなくして︑逆軋それ白身は何もない団体  

に与えられた単なる名称を表示するもの粧すぎず︑従ってそれだけ忙弾力性があるもの︑といってよいのではなか   

︵14︶  

ノ  ろうか:jく一一般的にみて︑﹁コオボレナシ▲ヨン﹂︑に対して︑その本質的な特質を明かならしめようとする許カは 

法再現象の科学的な観察・類別によって試みられ曙革もなく︑又何人もこれを提供していない︑と思われるし︑又      ︵ 15︶  現冥のすべての問題を解くの虹︑それ自身十分であると思われるようなものも存在しない︒英米の学者は︑心の中  

である痙の実際的な決定を下しーこのような方法ほ科学的見地からは無意味であったとしても︑実際的笹地から  

は極めて有利なもの・であることは十分首骨しうるが︑−しかるのちに︑彼等のとり扱おうとする法現象を︑彼等  

好もっとも有利なユう幣或ほこれを包含せしめ︑或ほ逆にこれを取除いて∵﹁コオボレイVヨン﹂の定義を拡張   

(18)

人16︶  

し制限している︑のではなかろうかと思われる︒ ︵未完︶  

註Ⅲ 大隅健一郎﹁前掲﹂法学論叢五±攣一・三号 大塚久雄﹁前掲宙﹂下巻二五二頁以下等  

註拗 冠kぎ︒P・eit⁚写−ミニ冨 なお︑立法例として例えば会社の権限についての米国統一事業会社法︵一九八年︶  

一山.条等参照  

荘園英国でほ﹁チャトターⅤ・湧ソパ言−ズ・アクト︵完空年︑遠目・蜃and I5c−・C・↓∽︶制定までほ︑議会制定  

法ほ︑法人格なき団体においても︑この株式の諾涯性をみとめていたようである︒例えば︑・﹁アイルランド陀おける錠行  

員の組合規整法﹂ ︵かG芦 牢番︶二二条も︑これを認めている︒  

米国でも︑株式を譲渡しうる任意の団体が普通法上有効とみられており︵望i≡psく・望alc琵︒rd︸−誓Mas仏.S−○︵−00∞票︸  

︵尋a岩¢rヂ野rs∴bid・︶又︑﹁汐ヨインー・︒スーツク・カンパー才⊥に関する加入五四年のニュー・ヨーク瀧︵芳一く  

Y鳶ku Laws︒f−00∽やc・璧㌫︶ 山条・三条もこのことを定めている︒i訂d≠■∽00.∽ご M胃Fen.COりpOrate Pe↓SOna≡y一 

計rく.L.′R買邑.崇︵とごbI∴︶p.試○  

産㈱ ︵L茎きT甘∞Trans許︒:−︒Cki㌔買邑eC︒蔓邑i⁝ニー蓄︶態︶.clt.ibidP誓しか与﹂の考え方には奴がある︒  

無職 H監sw邑1︒p・¢it・∨邑・困p・念ご憎︒−訂c打an乱P訂il︼and﹀︒p・き︐邑・i pp.畠J受犀ム畠∴Gra羞e.〇p.C芦﹀  

pJOMac訂n︶︒p・¢it: pp.誤○﹀ 崇−⁝2かk紗声 音id.諷∵書  

註牌 例えば・︑Pe旦e買=五十計nch邑e:.CO−昌昌こ∽∽芦Y.︵−00運p㌧柏筐  

註の ︵英︶チG軍学︒・¢二−∞ぶ慧こ司iご・蜃and i5c︷・C・㌶︵−00当︶皿隻⁝:已00≦ct・︹◆−−三−00窒︶ 禦試   こ00a已−やぎt⁚c・−諾︵−00いい︶こやand望5cr c・S︵−思薫▼∽∽∵霊一and如か≦ct.C態︵︼∞毘︶讐∴忘and  

Ge肌・くーC態︵−還︶讐ニーand−匝Ge︒・宰甘諾︵−冨︶讐→∴︵米︶誉wYOrkBをj針cO蔓ral;宏1awヾ  

讐こ巨どe蔓︒ニns⁝−喜C2く・家芦−○尋aH.計︵二已.S.−003︶eir ibid.   

+  

米国法払おける﹁コオポγィレjン﹂の概念  筈   

(19)

\  

五二  第二十大巻 第四号 

註㈲ ︵英︶TぎC訂㌃red C︒mpanies A皐∴董芦▼ やごこim計d噌aH冒慧訂℃㌢t−−茎べ■ ハべEdw・声 C・J ︵米︶ 芳一く  

YO寡︵ActO︻A首:べ︸−00匝ぎ ㌘声 ︵Ac⁝=亡ne柏︸−眉ざ∵ぜi︒︵賢t︒︻Apユi芦l0000エetトci叶・iすid・P畠−  

わが国でもこの点ほ株式会社のみの特質とはなしえない︒︵石井照久﹁株式の譲渡﹂松本先生古稀記念︑会社法の諸問題  

三三し一員参照︶  

註㈲ 雲k旨〜 ◇p・CFV pp・苦︸−書  

証鯛 i伊idu pp・岩や十−  

註的 Lind︼ey卿の著﹁会社法論﹂ほ︑何処にも﹁コオボレインコン﹂紅ついての定義をくだしていないし︑又﹁コカボレインョンー  

七﹁アンインコオボレイデッド︒カンパニイー﹂との相違についてもふれらていないし︑又詳miど︒nも︑むしろ︑米国  

における既述の﹁ダアーマウス﹂大学事件をもってへ﹁コオボレインコン﹂の定義つけとしているくらいで為る︒欝︒Fe︒Y  

Op● Cit● pp.党争印認  

許㈹∴ぞd▼Op・CテpL∽Oi−・慧kam⁚p・邑・∵pE戸恵もa昇︒2・Clt⁚邑Ⅰ=p・柏∽  

翠㈹ ︼琶−ant夏﹀︒p・邑・−pp・♪㌫べ已㌧望還 なおG岩n等◇p・邑⁚p・ごClar打一︒つCit⁚pP・♪SいC︒rrV G昌e邑  

2n¢ip訂︒ニ訂Law︒∵C︒rP︒邑喜S︵−貰︶ワ?も︑﹁コオボレイショヱは︑その梼成員とは別個独立の法上の布  

豪をもつもの︑としている︒慧kぎ訂d∴千喜;・芦このような立場は︑いわゆる﹁オーソドックチ﹂の立場たる法  

人擬制説より︑法人実在鋭とでもいうべき方向への健移を示すものでほなかろうかとも考えられる︒  

註紬 買−OCka已M竪and︸︒p・Cテ邑・Ⅰ‖p廿・畠かーふ 

註個 Lat−y︸︒p・Cit:p・告ご慧kぎ√︒ワ ︵iごp・伊   

荘姻 慧打ぎ︸ 名・C・t: 苫・−−ひ﹀か   

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