主 論 文 要 旨
報告番号
甲 乙 第 号 氏 名 田中 淳子
主 論 文 題 目:
少数種のアミノ酸からなる人工タンパク質の構造と機能に関する研究
(内容の要旨)
近年、タンパク質の進化過程を実験的に検証する構成的生物学が注目されている。タンパク質の進化過程 を理解することは、新しい構造や機能をもつ有用なタンパク質を創出する工学的応用にもつながることが期 待されている。しかし、生命誕生時にさまざまな機能をもつタンパク質がどのように創出されたか、その原 理はまだ不明である。現在の天然タンパク質は 20 種類のアミノ酸から構成されているが、生物進化の初期の 遺伝暗号は、化学進化の初期段階で豊富に存在した少数種の「原始的」アミノ酸からなり、その後、次第に
「新しい」アミノ酸が加わり現在の 20 種類に達したという仮説が提案されている。本研究では、少数種の異 なる組み合わせのアミノ酸からなる人工タンパク質の構造形成能と機能出現頻度を比較することにより、こ の仮説を実験的に検証することを目的とした。
第 1 章では、タンパク質と遺伝暗号の起源と初期進化に関する仮説について概観している。
第 2 章では、進化分子工学の手法、特に本研究で用いた mRNA ディスプレイ法について述べている。
第 3 章では、少数種のアミノ酸で構成されるランダム配列タンパク質の構造形成能を解析した結果につい て述べている。すなわち、アミノ酸の種類を 5 および 12 種に限定した原始的と考えられているアミノ酸を多 く含むランダム配列ライブラリーは、天然のアミノ酸 20 種すべてを含むランダム配列ライブラリーよりも高 い溶解度を示す配列の割合が高いことを示した。一方、それらのランダム配列タンパク質の二次構造や三次 構造などの構造形成能は同程度であった。タンパク質の溶解度は、球状タンパク質が機能を発現する上で重 要な要素であることから、原始的なアミノ酸を多く含むタンパク質は天然の 20 種すべてを含むものより機能 出現頻度が高い可能性を示した。
第 4 章では、少数種のアミノ酸からなる人工タンパク質の機能出現頻度を比較した結果について述べてい る。既存の SH3 ドメインの約半分を原始的アミノ酸を多く含む 12 種に限定したランダム配列に置き換えたラ イブラリーからは SH3 リガンド結合活性をもつ配列が得られたが、比較的新しいアミノ酸 10 種を含むライブ ラリーからは得られなかった。これらの結果は、原始タンパク質がこれらの原始的と考えられているアミノ 酸で構成されていたという仮説を支持する最初の実験的証拠と言える。また、原始的アミノ酸を多く含む配 列空間は、20 種類のアミノ酸の場合よりも、実際に多くの SH3 リガンド結合活性をもつ配列を含んでいるこ とを示した。
第 5 章では、以上の結果について考察し、将来の展望としてこのような少数種の原始的アミノ酸を利用し た新規タンパク質の創出方法について述べ、本論文を総括した。