〈資 料》
イタリア競争・市場保護法
吉田省三
1992年のEC市場統合を目前にして,イタリアでは,1990年9月,反トラ スト法律=法律287号1990年10月10日・競争及び市場の保護に関する規則(以 下,競争・市場保護法)が議会を通過し施行された.同法は,全6章33条か ら構成されており,EC条約第85条・第86条による規制をモデルとしたカル テル規制,市場支配的地位の濫用規制および企業集中規制を含むその概要は,
(1)
すでに公正取引委員会事務局により解説されている.この法律によってイタ リアはEC諸国では,反トラスト法を最も早く制定した国よりも30年以上遅 れて,最後に反トラスト法を有する国となった.
− 競争・市場保護法制定の背景
イタリアにおける競争・市場保護法の制定には,国内的要因よりも,1992 年のEC市場統合という対外的要因が最も強く作用している.それは,反ト ラスト法の立法作業が,1986年2月の単一ヨーロッパ議定書調印以降に急速
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にすすめられたことを見ても明らかである・但し,歴史的にみてイタリア国 内に,反トラスト政策を実施しようとする試みがまったく無かったわけでは ない.
イタリアにおける反トラスト立法の法制化の提案は1950年代から始まって
(3)
いる.最も早い時期の法案は,1950年に当時の商工大臣によって提案されて
いる.しかしこの提案は,制度の必要性に関する議論よりも,監視機関の設
置が有する問題点のために成功しなかった.
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1 9 6 0 年代にも 1 9 6 0 年および1 9 6 4 年に 2 度に渡って政府提案が行われるが,
それらは主として固有・公共部門の企業の反対のために,すべて失敗に終わ っている.立法提案者は,固有・公共部門の反対という点を考慮して,例え ば 1 9 6 4 年のメディチ商工大臣の法案は,公共サービス部門の企業,信用機関,
保険企業等を適用除外にしていた.
その後,反トラスト法が国会で議論されるのは約 2 0 年後のことである. 2 0 年間の経済・政治環境の変化,とりわけ 1 9 8 6 年の E C 単一ヨーロッパ議定書 調印が反トラストの法制化に大きなインパクトを与えた. 1 8 8 6 年当時の商工 大臣ウ。ァレリオ・ザノーネは,反トラスト法制の調査・研究に,フランコ・
ロマーニ教授を委員長とする研究委員会を任命した.ロマーニ委員会は「企 業の国際化と産業の集中」に関する調査の中で,他の西側諸国に比べて遅れ たイタリア大企業の経済モデルの問題点を指摘した.
その内容を要約すると,イタリアのこの遅れたモデルは,一部はイタリア の資本主議の歴史的性格に帰せられるが,他の部分はこの 2 0 年間の経済・産 業政策に責任があること,イタリアにおける競争秩序の侵害に対する危険は 企業の集中からではなく,公共部門の過剰がもたらすこと,公共部門の過剰 が企業家の活力を抑制し,効率・競争・技術革新を抑制していること,公共 部門と国家との関係が私企業を競争上不利な条件においていること等であ る.このような文脈において競争を中心においた反トラスト法制が提案され ることになった.イタリア経団連 ( C o n f e d e r a z i o n eG e n e r a l e d e l l ' I n d u s ‑ t r i a l t a l i a n a ; C o n f i n d u s t r i a ) は , E C をモデルにした反トラスト原則の法制 化については,上記の公共部門に対しての私企業の競争条件の平等という観 点から積極的であった.
ここで,公共部門の過剰として語られている国家参加企業 ( P a t e c i p a ‑
n i o n i s t a t a l i ) は,イタリア経済復興や南部開発などある歴史的時点におい
てイタリア経済の発展に果たした経済的役割は別にしても,反トラストの面
からも一定の役割を果たすものとして期待されたことがあった.一つは,企
業の大半が中小企業であるというイタリア経済の中で,国家参加企業が民間 大企業の独占に対する対抗力としての役割であり,他の一つは国家参加企業 を利用した「経済計画」の推進による経済民主主義の実現の役割である.競 争・市場保護法の制定は,競争政策の採用だけでなく,国家参加企業を中心 としたいわゆる「混合経済 J ( e c o n o m i a m i s t a ) 体制の見直しとして行われ た.
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イタリア共和国憲法と競争・市場保護法
競争・市場保護法第 1 条は,その制定の目的を,憲法第 4 1 条に規定する経 済行為の権利 ( d i r i t t od i i n i z i a t i v a e c o n o m i a ) の擁護及び保障と定めている.
共和国憲法第 4 1 条には,第 l 項に, I 私的経済行為Ci n i z i a t i v aeconomia p r i v a t a ) は自由である. J という規定があり,競争・市場保護法の規定は,
「私的」という形容調がないが,直接にはこの第 l項の規定を受けたもので あることは明らかである.
共和国憲法第 4 1 条の規定は,第 1 項よりも,その部分的修正である第 3 項 の規定が, I 経済計画」あるいは,旧イタリア共産党のいわゆる「構造的諸 改良」との関係で論じられてきたという性格をもっ.第 3 項は「公的及び私 的経済活動が社会目的に向けられ,調整されるよう適切に計画化 ( p r o g r a m ‑ ma) し,統制する ( c o n t r o l l o ) ことは,法律で定める. J というものである.
第 1 項が保障する経済的自由に対する制限を「経済の計画化 J ( p r o g r a m m a ‑ z i o n e e c o n o m i c a ) ないしは「統制」という言葉で表現しているが,この規 定が,競争過程を調整するものとしての「経済計画」による経済過程への介 入,あるいは憲法第4 3条の固有・公有化の規定と並んで,国家持株会社によ る経済過程への介入の根拠となってきた.
競争・市場保護法が,引用している憲法第 4 1 条は「経済行為の自由」に関
する第 1 項の規定であるが,反トラスト政策は,むしろ第 3 項の「調整」な
いし「統制」としての性格をもっ.しかし反トラスト政策を,経済行為の主
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体が,大企業と中小企業に分裂した経済発展の現段階において, I 経済行為 の自由」を大企業および中小企業に平等に保護するための国家の経済過程に 対する調整とみればそれは,憲法第 4 1 条第 l 項の「経済行為の自由」の保障 とみることもできる.反トラスト法にそのような位置づけを行ったとしても,
経済民主主義の視点からすれば,固有・国営が直ちに,反トラスト政策と対 立するものではないように, I 計画」ないし「統制」と反トラスト政策は,
相互に補完するものであり,対立するものではない.
日本の独占禁止法が,その憲法的保障を明示的には,有していないために,
後退的改正を受けたことと比較すると,イタリアの競争・市場保護法が,憲 法の規範との関係を規定したことは,反トラスト政策が,憲法的保障を受け たものとして注目してよい.
三 国家持株会社の解体と競争・市場保護法
反トラストと国有が対立するものであるという,上記の反トラスト法制定 時の議会および委員会での議論の進め方を前提にすると,反トラスト法の制 定は,必然的に公共部門の解体,国営企業の再私有化に繋がることになる.
もちろん現実の国営企業の民営化の理由は,反トラスト政策を真に有効にす るためにというよりも, 8 0 年代には回復はしたが,民間企業と比較して非効 率な企業の合理化,最も直接的には,国営企業の株式売却による財政赤字の 補填などの一環として行われているものである.
イタリアでは, 1 9 9 1 年 7 月には国営会社の資産売却の手続きを簡素化する
ため,株式を含む資産売却の法律を制定し,また 1 9 9 2 年 1 月に国営企業民営
化法が成立し,国家持株会社の子会社の株式売却,国営である電力,保険法
人の株式会社化を決定した.現在イタリアで進められている国家参加事業省
( M i n i s t e r o d i P a r t e c i p a c i o n i S t a t a li)の廃止を含む国家参加企業民営化の計
画は次のようなものである.アマート内閣が,本年 7 月に決定した国家持株
会社の「民営化」計画は,国営企業を大きく産業分野と金融分野に分け,そ
れぞれを支配するこつの持株会社を新設する.産業分野の新持株会社は,
I R I (産業復興公社), ENI (炭化水素会社), ENEL (国営電力会社)等,
現存の産業部門の持株会社を子会社として有する.現在 I R I が所有してい る銀行部門については,金融分野の新持株会社に移転する.金融分野の新持 株会社には, INA (国営保険会社), BNL (国営労働銀行)等を子会社とし て所有する.その後,株式売却による財政赤字補填のために,新持株会社は,
子会社の株式を売却する.従来国営企業ク。ループを監督してきた国家参加事 業省を廃止する,というものである.
但しこのアマート内閣による国家参加企業「民営化」は,新しい持株会社 の新設も含んでいる点では,国家参加企業の「再編」という方が適切であり,
この「民営化」によって「第 2 次世界大戦後続いた民間企業と国営企業の共 存というイタリア特有の混合経済体制は,欧州共同体 (EC) 市場統合前に 終止符が打たれる j } ことになるかどうかは疑問が残るが,反トラスト政策を 導入した「混合経済」の国での新しい実験として注目される.
注
( 1 ) 公正取引委員会事務局渉外官房室,イタリア独占禁止法の概要,公正取引, N o . 4 8 2 , 1 9 9 0 年1 2 月 , p p . 1 7 ‑ 1 9 .
( 2 ) F r a n c o L o c a t e l 1 i , I I S o l e 2 4 Ore " d e l 2 8 . 9 . 9 0 .
( 3 ) A d r i n o P r o p e r s i , Maria R i t a A s t o r i n a , A n t i t r u s t , P i r o l a E d i t o r e S . p . A. , 1 9 9 , 1 p p . 1 3 3 ‑ 1 3 6 .
( 4 ) 尾上久雄,経済計画と構造的諸改良一イタリアの場合一,岩波新書, 1 9 6 8 年.
( 5 ) F . G a l g a n o , S , R o d a t a ' , R a p p o r t i e c o n o m i c i , Ar t . 41‑44 , N i c o l a Z a n i c h e l 1 i E d i t o r e , 1 9 8 2 , p p . 5 3 ‑5 7 . この経済の計画化が意味するものは,市場を拘束す る官僚的政府モデルではなく,市場を自由化する民主的政府モデルである.
( 6 ) 日本経済新聞, 1 9 9 1 月1 0 月2 1 日 , 1 9 9 2 年 3 月5 日 , 1 9 9 2 年 7 月2 0 日.
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競争及び市場の擁護に関する規則(法律第 2 8 7 号 1 9 9 0 年 1 0 月1 0 日)
第 1 章協定,支配的地位の濫用及び、集中行為に関する規則 第 l 条【適用範囲並びに EC 条約との関係】
1 . 経済的行為の権利の保護及びそれを保障するための憲法第 4 1 条を実施 するために,本法の規定は,欧州石炭鉄鋼共同体 ( E C S C ) 設立条約第6 5 条及び/又は第 6 6 条,欧州経済共同体 ( E E C ) 設立条約第 8 5 条 及 び / 又は第8 6条 , EEC 規則又はそれと同等の法則効力をもっ EEC 決議の適 用範囲にかからない,協定,支配的地位の濫用,企業集中に適用される.
2 . 第 1 0 条に示す競争・市場保護委員会(以下,委員会とする)は,検討 した案件が第 l項に示す本法の適用範囲外であると思料する場合は,そ れを欧州共同体 ( E C ) 委員会に報告し,所有する全情報を送付する.
3 . 第 1 項に掲げる各規則に基づき EC 委員会において訴訟手続きがすで に開始された案件については,委員会は調査を停止する.但し,国内 外に重要性をもっ例外的な側面については,この限りではない.
4 . 本章の規定の解釈は,競争規則に関する EC 規定の原則に基づいて行 われる.
第 2 条【競争の自由を制限する協定】
1 . 企業聞の合意及び/又は協定行為,並びに,法規に定める規定に従っ て採用された場合であっても,企業体,企業連合,その他同様の組織の 決定は,協定とみなされる.
2 . 国内市場内又はその相当部分において競争のルールを成立させる仕方 を妨げ,制限し,歪める目的でなされるか又はかかる結果を生じさせる 企業聞の協定で,以下に掲げる行為を通じてなされるものも,禁止され る.
a) 購入価格又は販売価格又はその他契約条件を直接又は間接に決定す
ること.
b) 生産,販路又は市場への接近,投資,技術発展又は科学技術の進歩 を妨げるか又は制限すること.
c)市場又は供給源を分割すること
d) 契約の相手方との取引関係において,同ーのものに客観的に異なる 条件を適用することにより,不当に競争上不利な立場に置くこと.
e) 性質上又は用途上本来の契約の対象とは何ら関係のない附属物を契 約の相手方が引き受けることを,契約締結の条件とすること.
3 . 禁止される協定は,無効である.
第 3条【支配的地位の濫用】
1 . 一つ又はそれ以上の企業による圏内市場内又はその相当部分における 支配的地位の濫用は禁止され,さらに,以下の行為も禁止される.
a)不当に厳しい購入価格又は販売価格又はその契約条件を直接又は間 接に課すこと.
b) 生産,販路又は市場への接近,技術発展又は科学技術進歩を妨げる か又は制限することにより,消費者に不利益を与えること.
c) 契約の相手方との取引関係において,同じものに客観的に異なる条 件を適用することにより,不当に競争上不利な地位に置くこと.
d) 性質上又は用途上本来の契約の対象とは何ら関係のない附属物を契 約の相手方が引き受けることを,契約締結の条件とすること.
第 4 条【競争の自由を制限する取決めの禁止の特例】
1 . 委員会は,独自の措置により,第 2 条に従い禁止された協定又は協定 の項目を,期間を限定して許可することができる.但し,市場の供給条 件に改善をもたらし,消費者に実質的な利益を与える効果をもつもので,
しかも,国際的に必要な競争力を企業に保証する必要性を考慮し,特に,
生産増加又は生産・流通の品質の改善又は技術,科学技術の進歩に結び
つくものに限る.いかなる場合も,本項に示す目的を達成するために厳
密に必要ではない制限に対して許可することはできず,市場の相当部分
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の競争を排除することもできない.
2 . 委員会は,関係者が許可を濫用したとき,又は許可の必要条件の若干 を欠くとき,警告の後に,第 l項に示す特例としての許可を取り消すこ とができる.
3 . 許可の申請は委員会に提出され,委員会は,第 1 4 条に示す調査権を行 使し,申請提出後 1 2 0 日以内に必要な措置を講ずる.
第 5 条【集中行為】
1 . 集中行為とは次のことを言う.
a) 二つ又はそれ以上の企業が合併に着手すること.
b) 少なくとも一つの企業を支配する地位にある一つ又はそれ以上の主 体又は一つ又はそれ以上の企業が,株式又は資産の取得を通じて,又 は契約その他の手段を通じて,一つ又はそれ以上の企業の全部又は一 部の支配権を直接又は関接に取得すること.
c)二つ又はそれ以上の企業が,新会社の設立により,共通の企業の設 立に着手すること.
2 . 銀行又は金融機関が,企業設立又は増資の時点で,市場で売却する目 的で株式を取得した場合には,企業支配の調査は行われない.但し,前 記株式の所有期間がし、かなる場合でも 2 4 ヵ月を超えず,株式に附属する 投票権を行使しないことを条件とする.
3 . 独立企業の活動の調整を主要な目的又は対象とする行為は,集中行為 としない.
第 6 条【競争の自由を制限する集中行為の禁止】
1 . 第 1 6 条に従い届け出なければならない集中行為に関し,委員会は,そ れらの行為が,競争を実質的かっ継続的に排除又は制限するような国内 市場における支配的地位の設立又は強化をもたらすか否かを判断する.
その際,供給者及び需要者の選択の可能性,関係企業の市場における地
位,それらの企業の供給源又は販路への接近,市場構造,国内産業の競
争状態,競争企業の市場に対する参入障壁並びに当該生産物又はサービ スの需要の動向を考慮に入れて判断を下さなければならない.
2 . 委員会は,その行為が第 1 項に示す結果をもたらすと判断した場合,
第 1 6 条第 4 項に示す調査の終わりに,集中を禁止するか又はかかる結果 を避けるのに必要な措置を講じた上で許可する.
第 7 条【支配】
1 . 本章の目的のため,民法第 2 3 5 9 条の対象となる場合,さらに,単独若 しくは共同して,又は事実及び権利の状態を考慮して,企業の活動を限 定する影響を及ぼす可能性を与える権利,契約,その他の法的関係が存 在する場合,又は以下を通じても,支配とみなされる.
a) 一企業の資産の全体又は一部の所有権文は占有権
b) ー企業の機関の構成又は決定又は意思決定を限定する影響を及ぼす 権利,契約,その他の法的関係.
2 . 支配権は,以下の個人若しくは企業又は個人若しくは企業の集団によ って取得される.
a) 権利の所有者,契約の受益者,その他上記法的関係の主体.
b) 上記の権利の所有者,契約の受益者,その他法的関係の主体でない にもかかわらず,それらから生ずる権利の行使権限をもっ者.
第 8 条【公共企業及び法的独占】
1.前各条に示す規定は,私企業に対しても,公共企業文は国家持株企業に 対しでも適用される.
2 . 前各条に示す規定は,法律の規定に従い,一般的な経済的利益に関す るサービスの運営を行う会社又は付与された特定の任務の履行に厳密に 従い,市場の独占制度内で活動する企業に対しては適用されない.
第 9 条【自家生産】
1 . 市場の独占を行う国又は公共団体に対する法律の留保又は対価を得て
財又はサービスを公共の給付する活動を営む企業に対する法律の留保
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