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女は家庭が嫌い?

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女は家庭が嫌い?

平 林 美都子

Does the Woman Hate the Family?

Mitoko Hirabayashi

1 役割からの脱出一十九世紀の家・家族・家庭と女性

 英国の十九世紀が女性崇拝と家庭賛美の時代であったのは周知のことである。家庭は国家の 核であり,道徳や社会進歩の基として大切なものとされた。当時の社会批評家,美術史家のジョ ン・ラスキンは「女王の庭」(『胡麻と百合』)の中で家庭について,「家庭は「平和」の場所で ある」といい,さらに「真実の妻の來るところには必ずその周囲にこういう家庭がある」(122)

と,家庭と女を賛美している。現実の女や家庭の状況は別にして,神聖な女と平和な家庭とい う社会的概念は定着していたのである。しかし実のところこれは,産業革命以降,男は仕事,

女は家庭という男女の役割を区分するために作り出されたものであり,女を社会から切り離し 家に閉じ込めておくことを正当化する,男にとって都合のよいジェンダー・イデオロギーで あった(ニード 32−39)。

 当時のジェンダー・イデオロギーからすれば,「家庭」とは正常な女の「場」であった。家 庭の中で娘・妻・母の役割を果たすことこそ,女にとって最高の幸せだと教えられてきた。女 性は性の欲望を持たないとする父権社会のイデオロギーに従えば,こうした無性の女の役割に 従えないような女性は,異常者扱いを受けた。幸せな女の役割に順応できないのは,娼婦か狂 人でしかなかったのだ。正常な女が家庭に閉じ込められたように,屋根裏部屋か精神病院が狂 女の「場」であり,そこに「幽閉」されたのである。一方,娼婦の「場」はいかがわしい街の 安宿ときまっていた。

 自分たちには許されない外の世界に憧れる女もいたであろうが,その境界は簡単に越えられ るものではなく,現実には不可能だった。十九世紀にその境界をあえて越えようとしたのは,

特別な才能を持った,ごく小数の女だった。女が外に出ようとすること,家の中の妻・母でな く,自らの才能を用いて自己充足を求めようとすることは,女の「本性」に反することであり,

精神に何か異常が生じていると考えられていた。

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 十九世紀のジェンダー・イデオロギーのもとで,アメリカのフェミニズム作家,シャーロッ ト・パーキンス・ギルマンはそのイデオロギーの誤りを短編「黄色の壁紙」(1892)に描いて いる。彼女自身も1887年にうつ病にかかり,医師,ウィア・ミッチェルの診察を受けた。彼は 読書は二時間,著述はやめること,一ヶ月安静にし,家庭中心の生活を送るように彼女に治療 を施した。こうした生活を三ヶ月送るうちに,彼女は精神荒廃ぎりぎりにいたり,仕事に戻っ て「黄色の壁紙」を書いたのである。

 この短編は「ジェイン・エア』に似た狂女がテーマになっている。語り手は産後うつ病にな り,医者である夫から治療を受ける。人里離れた田舎の古い屋敷を借り,忙しい夫に代わって,

夫の姉ジェインが語り手の看護をすることになる。彼女が暮らす「最上階の部屋」はかつて子 供部屋として使われていた。この部屋を勧めた夫(医者)の心に,無意識にしろ,彼女を幼児 扱いする気持ちがあったことは確かだろう。しかも,窓格子,拘束用のごとき壁の輪,ところ どころ破られた壁紙釘付けのベッド,かじられた跡のある支柱など,この部屋の道具だては,

まさしく狂人収容所のそれである。部屋が物語るように,語り手は幼児のごとき,狂人のごと き扱いをうけるのである。

 この短編には語り手と対照的な,「本性」に忠実な女が二人登場する。一人は主婦として有 能な義理の姉ジェインで,もう一人は育児の専門家の乳母メアリーである。ジェインはものを

「書くこと」が語り手を病気にし,女の「本性」を歪めていると考え,そのために語り手の監 視を怠らない。「書く」という創造的行為は女にとり異常なことであり,正常な女性をだめに すると当時の人は信じていたのである。

 屋敷から出たい,少なくとも最上階の部屋を替えてほしいという語り手の願いを,夫は聞い てくれない。それどころか,皮肉にも独立記念日の7月4日のパーティーの後,夫はもし病気 が長引くようなら,ウィア・ミッチェル(!)のところへ連れていく,とまでいうのだ。アメ

リカ人の自由は,女の自由を意味しないのである。

 やがて彼女の関心は部屋の黄色の壁紙に集中していく。はじめは壁紙の臭いが鼻についてな らなかったが,次第に壁紙の模様の中に閉じ込められている女の姿をみるようになる。女はそ の模様から逃げようと必死になっている。とうとう狂気に陥った語り手は,自分の分身でもあ る女をその壁紙から解き放そうと,壁紙をすべて引き剥してしまった。最後に彼女は驚く夫に 向かって「わたしはとうとう出た。あなたやジェインが閉じ込めようとしたけれどね。壁紙は ほとんど破ってしまったから,もうわたしをあの中へ閉じ込めることはできないわ」(36)と,

狂気による勝利を宣言するのである。

 黄色の壁紙の模様は,「家」,「部屋」,「格子窓」とならんで,結婚・妻・母親の役割から生 じる文化的な女の幽閉のメタファーである。「黄色の壁紙」の語り手は狂気によってしか自己 達成できなかったが,作者ギルマンはこの作品の創作により,自己達成することができたので

ある。

 七年後,ケイト・ショパンの『目覚め』(1889)の主人公エドナ・ポンテリアは,年下の男

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性との恋愛から,妻・母という押しつけられた役割の欺踊性に気づき,家・家族・家庭を捨て,

絵描きとして自立する。作品の冒頭,「ドアの外の鳥かごの中の緑と黄色のオウム」(43)とは,

エドナの結婚生活の幽閉を暗示している。事実彼女の家は牢獄のように描写されている。

 彼らの家のドアや窓には鉄格子がついていて,外からは牢獄のように見えた。鉄格子は 管理が厳しかった昔の名残であったが,それを取り払おうと考える者は誰もいなかった。

高い柵が庭を取り囲んでいた。通りに面した門や玄関には鍵がかかっていた。(110)

結婚生活は女を家庭内の役割に縛るだけでなく,文字どおり家にも縛り付けるのである。しか し夫の方はこの家をとても気に入っていた。家具などすべて彼が自分で吟味して手にいれたも のであり,彼の経済的,社会的地位を象徴しているからである。制度としての家も建物として の家も,父権社会の男にとっては地位の証なのだ。

 この小説にもエドナと対照的な女が二人登場する。その一人は変わり者の独身のピアニスト,

ライッ嬢である。彼女の住まいであるアパートの最上階は,ソーンフィールドの屋根裏の窓か ら外の世界に思いをはせたジェイン・エア(141)や,回りの美しい風景を眺めた「黄色の壁紙」

の語り手(15−16)同様,家の中で女の「本性」に甘んじることのできない女にふさわしい場 所だといえよう。後に,エドナが芸術家として自己を達成していく手助けをするのは,ライッ 嬢であった。もう一人,ラティニョール夫人は二年毎に三人の子どもを生み,いまも四人目を 身ごもっている。暑い夏のさなかに子どもたちのために冬着を作り,いわば母性を体現したよ

うな女である。かつてエドナは子どものためにでも自分を犠牲にしたくない,といってラティ ニョール夫人を驚かせたことがあった。夫人に理解してもらえないと思ったエドナは,言葉を 代えて説明した。

 「私は本質ではないことなら捨てられるわ。お金だって命だって子どものために捨てら れる。でも自分自身を捨てることはできないの。」(97)

 まもなくエドナは,実業家の夫の仕事が円滑に行くようにと毎週催している午後のパーティ を,突然やめた。押し付けられた妻の役割への反逆であった。その晩の夕食事に,夫は妻に不 満をもらし,さらに料理人のささいなミスに文句をいいながら,クラブで食事をするために出 て行った。このときいつになくエドナは夫の身勝手さに腹を立てた。夫への腹立たしさは結婚 そのものへの怒りに変わり,彼女は結婚指輪を踏みつけるのである。

 いったん彼女は立ち止まり,結婚指輪を取り外し,絨毬の上に投げた。指輪がそこにこ ろがっているのを見ると,彼女はそれを踏みつけつぶそうとした。(107)

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それ以後エドナはしたいことを好きなようにするようになる。火曜のパーティーは完全に廃止 し,家政を完壁にとりおこなうこともやめた。かわって彼女は前から好きだった絵筆をとりは じめた。夫の方は,どうして妻が家庭内の義務を放棄してしまったのか,見当もつかなかった。

 ギルバートとグーバーは『屋根裏の狂女』(1979)の中で,またE.ショーウォーターは『女 の病い』(1985)の中で,女の精神的不自由さが食欲不振を引き起こすことを指摘しているが,

それと同じ理由から,エドナは自立心への欲求が高まり自由を感じるにつれ,食欲も増していっ た。とくに自分の立場や人目を考えないで,部屋着のまま食事するときはとても心地よかった

(126)。ハイキャンプ夫人のところで夕食を終えたあとも,一人になった彼女は,また空腹感 を覚えるのである。

エドナは疲れてもいなかったし眠くもなかった。彼女はまた空腹感を覚えた。ハイキャ ンズ夫人の夕食は,豪華なものではあったが量が足りなかった。彼女は食料棚を探りグ リェールチーズとクラッカーを持ってきた。彼女は冷蔵庫にあったビール瓶も聞けた。

(129)

 夫がニューヨークへ出張に出かけ,子どもたちが義母のところへ行っている間に,エドナは ついに家・家族・家庭を捨てる決心をした。「鳩小屋」と呼ぶ彼女の新しい住まいは,それま での彼女の社会的階級よりはランクが下がったが,家を出ることを自分一人で決断し行動した という,自己充足感に満たしてくれた。「彼女の進む一歩一歩が,義務から彼女を解放し,彼 女に人間としての強さと広がりを与えてくれた」(151)。彼女は自分の目でものごとを見て,

人生の深い意味を理解するようになった。もはや人の意見に盲従するだけでは我慢できなく なったのである。

 しかし最後にはエドナは,恋人ロバートと子どもたちへの思いに引き裂かれていく。彼女は

「自分のやりたいようなこと以外したくない」のだが,同時に「子どもたちを無視するような ことはしたくない」(171)のである。「自分の本質は子どものためでも犠牲にしたくない」彼 女のとるべき道は,結局制約のない世界,境界のない世界へと,海へ入って行くことだった。

小説の最後は,エドナの自殺なのか,あるいは彼女の新しい門出になるのか暖昧のまま終わっ ている。

ll 役割からの脱出一二十世紀の家・家族・家庭と女性

 二十世紀も半ばをすぎると,特別な才能を持った一部の女だけでなく,普通の女たちも家・

家庭に「閉じ込められている」ことに不満を抱き始めた。しかし表向きの制度では男女平等主 義が浸透したために,「強制」ではなく女たちの「意志」で家庭の生活を選択したのだと,女 の「閉じ込め」が正当化されることになる。いわばジェンダー・イデオロギーが外から見えな

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くなり,個々人に内在化されてしまったのである。

 ベティー・フリーダンは,アメリカの主婦たちの説明できない不満の声の中に,現代版「家 庭崇拝」の神話の落し穴を見抜いた(The Feminine Mystique,1963;邦訳『新しい女性の創造』)。

アメリカの女たちの夢は,完全無欠の妻となり,母となることであり,郊外の一戸建ての家の 専業主婦になることだった。ところが,幸せであるはずのこの女性たちが,妙な動揺と不安を 感じはじめたのである。彼女たちは「常に子どもの母であるか,美の妻であり,自分ではない」

という得体のしれない悩みを打ち明けはじめた。

 第二次世界大戦後,アメリカでは郊外へと都会の人々が移動した。彼らは高等教育を受けた 都会の女性で,一人目か二人目の子どもが生まれたとき仕事をやめ,庭付きの家を求めて郊外 に移るのである。彼女たちの生活は,買物,車による子どもたちの送迎,庭の手入れ,掃除,

子どもの宿題の手伝いなどで多忙である。ところが郊外のこの広い家に,主婦が一人になれる 場所がなかった。主婦にはプライヴァシーがないかのようだった。それにたとえ自分の時間や 場所を持てたとしても,彼女たちはそれをどう使っていいのかわからなかった。主婦たちを縛 り付けている鎖は,自分自身の精神なのであった。彼女たちは育児や家事は大切な仕事だから,

と夫にそれを手伝うようにいい,夫も家にいる妻に悪いと思って,手伝うのである。しかしい くら家事が大切だといっても,主婦は家の外の広い世界から締め出されているのである。

 彼女たちは「することがたくさんあるのに,本当にやらねばならないことが何もないように 思える」と間食を食べて太りすぎたり,キッチンドリンカーになったり,鎮静剤を常用したり するようになる。こうした主婦の虚ろな気持ち(空の巣症候群)を満たすために,多くの料理 の本や育児の本,家族生活の本が書店にあらわれた。主婦は経済学,育児,家族生活について

「物知り」になり,家の中で家族を支配するようになった。

 日本語の「家庭」が「家」と「庭」からなりたっているように,庭付きの一戸建ての家は現 在でも幸福と豊かさの象徴といえよう。しかしそこには個々の人間より集合体としての「家族」

が強調されている。しかも「書斎」,「子ども部屋」は,そしてかろうじて「主婦の部屋」はあっ ても,女性の「自分だけの部屋」はない。ヴァージニア・ウルフがその著書『自分だけの部屋』

(1929)の中で,女性たちに,年500ポンドの収入とともに鍵のかかる部屋を持つように訴え たのは,経済的な自立とともに精神的自立,つまり一個の人間としての自分が重要であると語っ ているのである。妻・母・主婦は集合体としての家族の名称である。夫・父が仕事に出て「個 人」となり,子どもが学校で「個人」となるのに対し,妻・母・主婦は家庭の役割以外に「個 人」がないのだ。

 フリーダンが『新しい女性の創造』を発表した同じ年(1963),イギリスではドリス・レッ シングが,妻・母・主婦の役割におしつぶされる女性を「十九号室へ」という短編の中で描い ている。この物語の主人公スーザン・ローリングズは精神的自由を得るため,家庭内の役割か らの脱出のため,「自分だけの部屋」を求め続け失敗する。スーザンは,ロンドンの大きな新 聞社に勤める夫,マッシューと四人の子どもとともに,リッチモンドに庭付きの家を持ち,人

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も羨む幸福な家庭生活を営んでいた。分別ある夫婦にはすでに結婚生活の青写真ができあがっ ていた。夫は理解があり,収入も多く,まじめな家政婦も雇い,はた目にはなにも不自由のな い生活であった。ところが下の双子が学校に通うようになり,自由な時間を手に入れたときか ら,スーザンに異変が起こった。長年家庭の役割に縛られているうちに,その役割から一時的 に解放されることは,自分の存在を失ったような気がして,不安になってしまう。子どもがい ない間は,服をつくったりケーキを焼いたり主婦業に専念するが,子どもが休暇になると逆に,

自分に自由がまったくないことを恨むのだった。

 妻に自由を与えるために,マッシューは最上階(!)の予備室を「母の部屋」にする。母が そこにいるときは,子どもたちは決して邪魔をしてはならないことになっていた。しかしこの 部屋にこもることは,子どもたちに他人のプライヴァシーを尊重するという訓練機会を提供し

ただけで,文字どおり「母の部屋」の役目を果たしただけだった。

 次にスーザンはウェールズに一人旅に出かけた。しかし旅に出ても,子どもや家政婦のパー クスさんと,毎晩定期的な電話のやり取りをすることになり,母・主婦の役割から逃れられな かった。彼女は家族から遠く離れたウェールズの片田舎でも,自由な時間はなかったのだ。

 最後にスーザンが選んだ道は,ドイツ人学生のソフィを住み込ませ,主婦の代わりをしても らい,自分は週三回いかがわしい場末の「ブレッドのホテル」の一室を借りることだった。彼 女はその十九号室で何かするわけではなかった。ただ汚い部屋に腰をおろし,数時間・妻・母・

主婦の役割からの解放感を味わうのだった。この部屋にいる限り,彼女はもはやりっぱな庭付 きの一戸建ての女主人でも四人の子どもの母でも,魅力的な夫マッシューの妻でもなく,ただ ひとりの女になれるのだった。しかし十時から六時まで1ポンドという賃貸の部屋で得た自由 は,スーザンの精神的自由も時間ぎめでしかないことを物語っている。偽りの自由であれ,スー ザンは週三回,朝十九号室へ通い,夕刻家に戻ってふたたび役割を演じる生活を一年間続けた。

 しかし十九号室通いが週五日に増えると,夫は妻を疑り,行き場所をつきとめてしまう。そ してホテル通いは浮気のためだと信じる夫に話を合わせてしまう。安ホテルの経営者ブレッド ですら,十九号室でスーザンがなにもしていないことがわかると,非難の目を投げかけていた。

結局浮気だけが,唯一夫の納得のいくホテル通いの理由だった。

 女の役割から自分を解放し,自由を取り戻すためにスーザンが通った十九号室は,まさしく,

娼婦の利用するたぐいのホテルであった。二十世紀になっても,女の役割を拒絶するためには,

娼婦(スーザンの場合は浮気する妻)か,神経症などの異常者にならなければならなかった。

精神的自由が欲しい,「自分だけの部屋」が欲しいという女の叫びは,男たちには届かない。スー ザンは,「浮気をする妻」という虚偽の役割を演じることを強いられ,・十九号室でガス自殺を する。十九号室の「堕落した女の死」のモチーフの二十世紀版として。

 もしスーザンに何も起こらずそのまま十年がすぎたらどうなったか一レッシィングは十年 後,『暮れる前の夏』(1973)で再度この問題を取り上げている。中流家庭の中年の主婦ケイト・

ブラウンは,有名な神経科の医者である夫マイケルに尽くし,郊外に庭付きの家を手にいれ,

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四人の子どもを育て上げ,四十歳過ぎるまで平凡に生きてきた。夫婦は結婚生活のどんな問題 についても話合い,人も羨む家庭を築いてきた。しかし完壁な妻・母・主婦の役割を二十数年 間果たしてきたケイトの心は,なぜだか満たされてはいなかった。

 満たされない心をはっきりと意識したのは三年前の夕食での出来事がきっかけだった。十六 歳になった末っ子のティムがケイトに向かって,「お母さんのせいで僕は窒息しそうだ」と腹 から絞り出すような声で叫んだのであった(84)。それまで彼女は「四人の小さな子どもたち を抱えて,彼女の語彙にはなかったような性質を身につけ」てきた。「忍耐,修養,克己,自 己否定,つつましやかさ,他人にたいする順応性」(89)一しかしある時これらの美徳は悪 徳に変わってしまった。子どもの側から「母親」役への抵抗はケイトにショックだった。完壁 な母になろうと努めてきたケイトが,その母として存在を否定されたのだ。ティムのこの叫び は,役割から構成されている伝統的「家庭」のあり方への,普遍的な問いかけと考えられるだ

ろう。

 しかしそうはいっても,ケイトに妻・母・主婦の役割以外の自分の存在など考えられなかっ た。ところが思いがけなくそれを知るチャンスがやってきた。語学に堪能なケイトは,夫の友 人から,夏の間,世界食糧会議でポルトガル語の通訳の仕事を頼まれたのである。折から,夫 は交換教授としてボストンの病院へ行くことが決まり,長女も父に同行してアメリカへ,三人 の息子たちもそれぞれ,長期間外国に出かけることになった。彼らの家は夏の休暇中,人に貸 すことが決まった。ひと夏の間とはいえ,ケイトの唯一の「場」である家を失い,役割から解 放される。しかし役割が内在化した彼女は,自分は不必要になったと寂しい気持ちになるので

ある。

 ケイトはロンドンのフラットに住みながら,世界会議場で働き始めた。仕事場での彼女は,

通訳の仕事もさることながら,他のメンバーの世話をやくという母親らしい気配りをみせる。

家庭を離れても役割は抜けきらないのである。会議終了後,偶然知り合った年下の男性,ジェ フリーとスペイン旅行をすることになるが,そこでも彼女は,一人の女としてよりも,母親と して彼をながめてしまう。彼の体の具合いが悪くなったとき,「この人が私の息子だったら,

明日にでも医者にきてもらうことを考えているところだ」(83)と気遣うのである。

 仕事場でも恋人との浮気旅行でも,ケイトは母親役の自分を捨てることができなかった。ど こへ行っても夫の,子ども,そして主婦の「場」である家庭を恋しがっていた。ケイトにとっ て,ロンドンのフラットも旅先のホテルも「自分だけの部屋」にはなりえなかった。家族から 物理的に解放されても,彼女自身の精神は解放されていない。

 ジiフリーを残してロンドンへ戻ってきたケイトは,休暇中借家にした家がまだ空かないた め,高級ホテルに泊まる。体調を崩してやむをえない状況とはいえ,高級ホテルはマイケルの 妻としてケイトにふさわしい仮の住居だった。病気のケイトはホテルの人たちにしばらく看病 してもらうことになる。ある日彼女は病み上がりの体で芝居を見に行った。そこで変幻自在に 表情,髪型を変える俳優たちをみて,初めて彼女自身がいかにひとつの役割に束縛されていた

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のかを悟る。「彼らはひとつの表情,ひとつの髪型に,ひとつの歩き方あるいは喋り方に自分 を閉じ込めたりはしない,そう,彼らはくるくる変わり,同じ姿であることはけっしてない。

だがわたしは,マイケルの妻であるこのケイト・ブラウンは,三十年間,思いやりのある鳶色 の目をした髪の毛の赤い,うりざね顔でとおってきた」(153)。ケイトを妻・母・主婦の役割に,

ひとつの表情,ひとつの髪型に縛ってきたのは,他でもない彼女自身だったのである。マイケ ルの妻として子どもたちの母としてふさわしい姿,服装を選んだのはケイト自身だった。

 ホテルを出たケイトは若い女モーリーンが管理する,うす汚いフラットへ移る。そこはスー ザンの「十九号室」のように,ケイトにとってもひとりの女になるための場所だった。そこで 彼女は,ミセス・ブラウンではなく,ただのケイトになっていく。モーリーンが日に何度も服 を着替えるのは,自分自身を幾通りにも変える手段だった。たったひとつの役割しか持ち合わ せず,それに執着していたケイトには,モーリーンのそうした行動が新鮮に感じられた。体に ぴったりしたモーリーンの服を着たケイトは,それが男たちの目を引き付けるのを経験し,服 ひとつで他人の目が変わってしまうのも知った。今までの自分に対するていねいな態度は,彼 女が「ミセス・ブラウン」を演じていたからなのだ。このフラットでの体験から,ケイトはそ れまでまとってきた役割を脱ぎ捨てる決心をする。彼女は「ミセス・ブラウン」らしい上等の 服をやめ,髪を染めるのも美容院でセットするのもやめ,個人としての自分,自由を発見して,

家族のもとへ帰っていく。

 1981年フリーダンは,男性への怒りや反発を示してきた一期の女性運動は終わったとして『セ カンド・ステージ』を著した。『新しい女性の創造』以来,男性の意識も変革が起こってきた。

二期は男女が手をとりあった人間解放運動の時期だと彼女は説明する。この本で彼女はとくに,

「フェミニストの未開拓領域」であった家庭・家族の重要性を説いている。フリーダンのいう 家族とは,母子家族,父子家族,子どものいない家族,子どもが巣立った後の家族,血縁関係 以外の家族,女同士,男同士の家族など,新しい家族のことである。ホワイトハウスの家族に 関する会議でも,家族の定義として「血縁や結婚や法的保護によって結び付けられている」も のと並んで,「財源を分担し,決定の責任を分担し,価値観や目的を分担し,互いに時間を越 えた約束を交わしている二人以上の人間」が採択された。アメリカの現実社会では,もはや伝 統的な古い家庭像に固執するのではなく,あるがままの家庭と向き合うことが重要になってき

た。

 こうした新しい家族像を念頭において,フリーダンは女にとって母親になるかならないかの 選択の権利が重要だという。出産で肉体的な犠牲を払うことはなくなったが,まだ多くの女た

ちが母になることで精神的な犠牲を払っているからである。現実の社会では母親になることの 葛藤はまだ存在するのだ。例えば女の就労の問題がある。従来のような「男の世界」としての 仕事と「女の世界」としての家庭との間の境界線を引き直さなければならないだろう。家庭を 考慮にいれない仕事だけの平等では,女の重荷は二倍になってしまう。人間として社会に生き るために不可欠な家事や育児に,これまで経済的政治的な関心が欠けていた。たとえあったと

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しても,女の問題として扱っていたことに問題があった。古い理想的な家庭をよみがえらせる ことは不可能である。フリーダンは,男女ともに育児の重荷と喜びをわかちあえるような,制 度上,社会上の変革を考えなければならないといっている。

 家の外の職業と家の中の家事という,男性と女性との役割が分離された時から,社会の経済 的政治的枠組に,家庭や家族の視点が欠落した。文学の中で妻・母・主婦である女性を中心と する伝統的な家族観家庭像は内部から崩れていく。二十世紀の変わり目には,才能ある女性 が既成の役割から脱出しようとした。女性の意識が変化した二十世紀の後半になると,普通の 主婦が,女性に押し付けられた家庭内の疑問を持ち始めるようになる。文学は時代を先取りす るものであり,こうした現象は確かに現実の生活でも実際におこっていることなのである。結 婚をしない女性や子どもを持たない女性が増えたり,定年後の離婚が問題になったりするのも,

結局問題の根源は同じであろう。社会の中に,また個人の中に,家庭や家族をとらえる視点が 欠落しているために生じる問題なのである。家庭が常に誰かを犠牲にしている,常に誰かの「お かげ」で成り立っているものなら,それはきっと長続きしないであろう。家庭の成員である前 に,一個の個人であるという認識一子どもに対しても,妻・夫に対しても一家族は個人から成 り立ち,その個人を尊重して家庭をつくること,これは実際には困難なことであるが,それ以 外に家庭の存続はありえないのではないだろうか。「女が家庭が嫌い」かどうかは,そこにかかっ

ている。

      使用文献

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参照

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