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保険法における遺言による保険金 受取人の変更

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保険法における遺言による保険金 受取人の変更

岡 田 豊 基

■アブストラクト

保険法における遺言による保険金受取人の変更(保険法42条〜45条,71条

〜74条)について,いくつかの局面を想定して検討する。

■キーワード

第三者のためにする保険契約,保険金受取人の変更,遺言

1.はじめに

保険法では,保険契約者(以下 契約者 という。)と保険金受取人(以 下 受取人 という。)とが異なる生命保険契約につき,第三者のためにす る生命保険契約(傷害疾病定額保険契約)と表現されるとともに(保険法42 条〜45条(71条〜74条)(以下 保険法 を省略する。)) ,遺言による受取 人変更の規定が新たに定められている(44条1項)。その立法理由は,法案 作成者によれば,生前の意思表示による方法だけでなく,遺言によって受取

*平成21年10月25日の日本保険学会大会(龍谷大学)報告による /平成21年11月4日原稿受領。

1) 他人のためにする保険契約が民法537条以下に定める第三者のためにする契 約の典型的な一形態であること(山下友信 保険金受取人の指定・変更 同 現代の生命・傷害保険法 2頁(弘文堂・1999年))を明確にするために,保 険法では,第三者のためにする保険契約とされている。法務省民事局参事官室 保険法の見直しに関する中間説明の補足説明 19頁(2007年)を参照。なお,

本稿では,生命保険契約に視座を定めて検討する。

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人を変更したいという契約者の意思を尊重するためである 。

保険法において遺言による受取人変更が定められたことにより,これを巡 る解釈論上の疑義のかなりの部分が解決されることになると思われるが,依 然として解釈に委ねられる部分が存在しているようであり,また,この立法 が実務に及ぼす影響も小さくないようである。たとえば,遺言による受取人 変更の効力につき,その解釈上の理由を明らかにする必要があろうし ,ま た,実務上,遺言による受取人変更といえるか否かが明確でない事案も生じ うるであろうから,それに対応する解釈が求められていると考える 。

2.保険法における受取人変更

保険法では,第三者のためにする生命保険契約における受取人変更に関す る規律が全面的に見直されている。すなわち,受取人は当然に当該保険契約 の利益を享受する(42条),契約者は,契約締結時に受取人変更権を留保し た場合に限らず,保険事故が発生するまでは,受取人を変更することができ る(43条1項),受取人変更は保険者に対する意思表示によってする(43条 2項),受取人変更の意思表示の通知が保険者に到達したときは,当該通知 の発信時に遡って効力が生ずる(43条3項),受取人変更は遺言によっても することができる(44条1項),遺言による受取人変更は,その遺言が効力 を生じた後,契約者の相続人がその旨を保険者に通知しなければ,これをも って保険者に対抗することができない(44条2項),死亡保険契約の受取人 変更は,被保険者の同意がなければ,効力を生じない(45条)などと定めら

2) 萩本修編著 一問一答・保険法 185頁(商事法務・2009年)。

3) 長谷川仁彦 保険金受取人の変更の意思表示と効力の発生 竹濵修=木下孝 治=新井修司編 保険法改正の論点 249頁(法律文化社・2009年)を参照。

4) 矢野慎治郎 遺言による受取人変更 落合誠一=山下典孝編 新しい保険法 の理論と実務 126頁(経済法令研究会・2008年),落合誠一監修 保険法コン メンタール 135頁(損害保険事業総合研究所・2009年)(山野嘉朗筆),村田 敏一 新保険法における保険金受取人に関する規律について 生保論集166号 29頁(2009年),長谷川(仁)・前掲注⑶249頁,山下典孝 保険法における保険 金受取人変更に関する一考察 生保論集167号134頁(2009年)等を参照。

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れている。

このように,保険法で遺言による受取人変更について定められることとな ったゆえに,遺言による受取人変更は民法上の遺言規整を受けることになる ので,民法の規定と関連付けながら,この変更について検討する必要がある。

3.遺言による受取人変更

⑴ 遺言による受取人変更の理論的根拠

遺言による受取人変更について解釈する場合,商法を巡っては,最高裁昭 和62年10月29日判決 の立場が基礎とされる。それによると,受取人変更の 意思表示は契約者の一方的意思表示によってその効力を生ずるものであり,

意思表示の相手方は必ずしも保険者であることを要せず,新旧受取人のいず れに対して行ってもよく,この場合,保険者への通知を必要とせず,意思表 示によってただちに受取人変更の効力が生ずる。また,多数説は,受取人変 更の意思表示は相手方のない意思表示と解する 。

遺言による受取人変更の効力について,商法上,これを肯定する見解が多 数説であり ,これには,①受取人変更の意思表示を相手方のないそれと解

5) 最一小判昭和62年10月29日民集41巻7号1527頁。

6) 大森忠夫 保険金受取人指定・変更・撤回行為の法的性質 大森忠夫=三宅 一夫 生命保険契約法の諸問題 89頁(有斐閣・1958年),田中誠二=原茂太 一 新版保険法(全訂版) 299頁(千倉書房・1988年),服部榮三=星野長七 編 基本法コンメンタール・商法総則・商行為法(第4版) 285頁(日本評論 社・1996年)(金澤理筆),石田満 商法Ⅳ(保険法)(改訂版) 290頁(青林 書 院・1997年),西 嶋 梅 治 保 険 法(第 3 版) 334頁〜335頁(悠々社・1998 年),山下(友)・前掲注⑴9頁,山下孝之 生命保険の財産法的側面 29頁

(商事法務・2003年)等。相手方のある単独行為とする見解:藤田友敬 判批 法協107巻4号708頁(1990年),田辺康平 新版現代保険法 243頁(文眞堂・

1995年)等。東京地判平成9年9月30日金判1029号28頁・金法1498号45頁,東 京高判平成10年3月25日判タ965号129頁・金判1040号64頁・金法1521号64頁,

神戸地判平成15年9月4日事例研レポ188号15頁・193号1頁等を参照。

7) 否定する見解として, 平成4年10月6日日本公証人連合会法規委員会協議 公証102号224頁(1993年),中西正明 追加説明 事例研レポ137号8頁(1998

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しつつ,これを肯定する見解 ,②受取人変更の意思表示を相手方のないそ れと解しながらも,遺言による受取人変更の意思表示を遺言事項としてでは なく,遺言の場を借りた変更と解する見解 ,③受取人変更の意思表示を相 手方のある意思表示と解しつつ,受取人変更を保険契約の財産処分行為に類 似するとし,遺言による財産処分は認められることから(民法964条),遺言 の効力として受取人変更が認められるとする見解 がある。これに対して,

下級審の裁判例では,受取人変更の意思表示を相手方のないそれと解しつつ,

年),同・事例研レポ188号23頁(2004年)等がある。否定する理由付けとして,

受取人変更権を行使できるのは被保険者死亡の時までであり,遺言の効力発生 時期は遺言者の死亡の時であることから(民法985条),契約者(=被保険者)

が遺言で受取人変更の旨を記載しても,それが効力を生ずる時点では,すなわ ち,それ以後は,受取人の変更ができないこととなる時点だからであるとする 見解(中西・事例研レポ188号23頁)が有力に唱えられている。

8) 水口吉蔵 生命保険契約後の受取人の指定と変更 法律論叢20巻3号28頁

(1941年),石田満 判批 ジュリ903号55頁(1988年),栗田和彦 判批 リマ ークス17号114頁(1998年),遠藤一浩 判批 ほうむ46号160頁(1998年),山 本哲生 判批 平成10年度重判113頁(1999年),山下(友)・前掲注⑴29頁,拙 稿 遺言による保険金受取人変更の可否 同志社法学55巻7号341頁(2004年),

長谷川仁彦 遺言による保険金受取人変更 ひろば2007年4月号76頁(2007 年)等。

9) 大塚英明 判批 生保判百(増補版)217頁(1988年),服部=星野・前掲注

⑹288頁(金澤筆),山下典孝 遺言による保険金受取人の指定・変更につい て 文研論集124号160頁(1998年),右田修三 判批 事 例 研 レ ポ139号14頁

(1998年),原田策司 保険金受取人の指定と変更 塩崎勤編 現代裁判法大系 25生命保険損害保険 101頁(新日本法規・1998年),肥塚肇雄 不明確な遺言 による保険金受取人変更に関する若干の考察 奥島孝康=宮島司編 商法の歴 史と論理 263頁(新青出版・2005年),鈴木達次 遺言による保険金受取人指 定・変更の可否 同617頁等。

10) 中村敏夫 遺言による保険金受取人の指定 同 生命保険契約法の理論と実 務 284頁(保険毎日新聞社・1997年)。山下孝之 生命保険の財産法的側面

NBL

255号34頁(1982年)を参照。

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遺言による受取人変更を認めるもの と,これを認めないもの とがある 。 保険法で遺言による受取人変更が定められることの(44条1項)解釈上の 理由について,商法上のそれのように,遺言による受取人変更の意思表示を 相手方のないそれと解して,その効力を認めることはできないのではないか と考える。というのは,保険法では,受取人変更は保険者に対する意思表示 によってすると定められているので(43条2項),受取人変更の意思表示を 相手方のないそれと解することはできないと考えるからである。それゆえに,

前述の見解①②によることはできない。

そうであるとすれば,受取人変更の意思表示を相手方のある意思表示と解 しつつ,受取人変更を保険契約の財産処分行為に類似するものと解する前述 の見解③によることはできるであろうか。見解③は次のように細分される。

すなわち,(③a)受取人変更権は契約者の保険金請求権の処分行為であり,

遺言における財産処分を類推して遺言による受取人変更を認めるべきである とする見解 ,(③b)遺言は相手方のない単独行為として権利変更を生じ させることのできる要式行為であり,受取人変更権の留保制度は保険金請求 権について処分権を契約者が有する制度と解するべきであり,契約者が処分 権の行使の一形態として受取人変更との形式で処分することが可能であると して,遺言による受取人変更を肯定する見解 ,(③c)保険金は契約者の 出捐による保険料の対価として生ずるものであるから,その実質は,契約者 による受取人に対する自己の金融資産の贈与と同視できるものであり,遺言

11) 東京高判平成10年3月25日判タ968号129頁,神戸地判平成15年9月4日判タ 1162号108頁,京都地判平成18年7月18日金判1250号43頁等。

12) 東京高判昭和60年9月26日金法1138号37頁,同高判平成13年4月25日金判 1131号31頁,名古屋高判平成13年7月18日事例研レポ173号8頁等。最判平成 40年2月2日民集19巻1号1頁を参照。

13) 遺言による受取人変更の効力に関する判例・学説については,山下典孝 保 険金受取人の指定・変更 金判1135号76頁(2002年),溝渕彰 判批 事例研 レポ221号13頁(2008年)等を参照。

14) 中村・前掲注 290頁。

15) 山下(孝)・前掲注 34頁注 。

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による受取人変更の実質を遺贈による財産処分行為ととらえ,遺言事項に含 めて解釈することは可能であるとする見解 がある。

遺言による受取人変更が法定されたことで,この変更の意思表示は遺言事 項となるゆえに,民法の規定との関連において,その効力を明らかにしなけ ればならない。遺言を行うことのできる事項は,遺言者の真意確保等のため,

法的に意味のある事柄でなければならず,それゆえに,民法では具体的に法 定されている。遺言によっても生前行為によってもなしうる行為として財産 処分があり,この中に遺贈(民法964条)が含まれる 。保険法では,契約 者が契約締結時に受取人変更権を留保していた場合に限らず,契約者に受取 人変更権が認められている(43条1項) 。受取人変更とは,生命保険契約 において保険金請求権の帰属者である受取人を変更する行為である。それゆ えに,受取人変更の意思表示を行う契約者の意思は,旧受取人が契約者自身 であると否とを問わず,旧受取人に属する受取人(=保険金請求権者)とい う財産上の地位を新受取人に取得させようとするものであるといえる 。ま た,受取人は自己固有の権利として保険金請求権を取得するが ,この権利 は絶対的な権利ではなく,受取人変更権は契約者に帰属することから,保険

16) 蕪山巌編 遺言法体系 247頁(西神田編集室・1995年)(田中永司筆),時 岡泰 遺言による生命保険金受取人の変更 公証法学30号299頁(2001年)。

17) 島津一郎=松川正毅編 基本法コンメンタール・相続(第4版) 161頁(日 本評論社・2002年)(千藤洋三筆),中川善之助=加藤栄一編 新版注釈民法 相続⑶補訂版 46頁〜49頁(有斐閣・2004年)(中川善之助=加藤栄一筆),内 田貴 民法Ⅳ(補訂版)親族・相続 462頁〜463頁(東京大学出版会・2004 年)。

18) 萩本・前掲注⑵179頁(一問一答)。

19) 蕪山・前掲注 246頁(田中筆)を参照。

20) 山下(友)・前掲注⑴21頁。最判昭和40年2月2日民集19巻1号1頁では,

保険金受取人として請求権発生当時の相続人たるべく個人を特に指定した場合 には,請求権は,保険契約の効力発生と同時に相続人の固有財産となり,被保 険者(兼保険契約者)の遺産より離脱しているといわねばならないと判示され ている。保険金請求権の帰属を争う訴訟において,遺言による受取人変更とさ れる範囲を明らかにする場合,この立場はその拠り所となる。

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金請求権の帰属は契約者の意思に左右される。それゆえに,民法上,遺言者 の意思が明白である限り,他人に属する権利を遺贈の目的とすることが可能 であることから(民法996条但書),たとえ契約者と受取人とが異なる第三者 のためにする生命保険契約であっても,遺言による受取人変更を行う場合,

遺言による受取人変更を他人に属する権利の遺贈と解することができると考 えられなくもない 。ただ,このように,遺言による受取人変更を遺贈と同 視することができるかもしれないが,民法996条の解釈として,同条におけ る原則(本文)と例外(但書)との関係を逆転させることはただちに認める わけにはいかないから,また,相続財産に属しない権利の遺贈をむやみに認 めることは政策的にも妥当とはいいにくいから,同条但書の意思の認定はで きる限り厳格に解すべきであり,遺贈の目的とする旨の意思が明白に認めら れる場合に限って同条但書の適用を肯定するべきであるとされていることか らして ,遺言による受取人変更を遺贈と同視することは慎重に行わなけれ ばならないのではなかろうか。また,遺贈と同視するというレベルに至るま でもなく,少なくとも,それに類するものとして,または,遺贈を包含する 行為概念である財産処分として,すなわち,契約者が処分権行使の一形態と して遺言による受取人変更を行うことは可能であると解することで十分では ないかと考える。その限りにおいて,(③b)の立場を支持する。

⑵ 遺言による受取人変更の効力

保険法の定める遺言による受取人変更の理論的根拠について前述のように 考えると,遺言による受取人変更は民法に定められた遺言事項ではないが,

民法の定める遺言の要件(民法960条以下)を備えていれば,その効力が生 ずることとなり ,民法960条以下の規定が適用ないし準用される 。

21) 蕪山・前掲注 247頁(田中筆)。

22) 中川=加藤・前掲注 246頁〜248頁(阿部徹筆)。

23) 萩本・前掲注⑵185頁。

24) 長谷川(仁)・前掲注⑶256頁を参照。

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効力発生時期

遺言の効力発生時期は遺言者の死亡時である(民法985条1項)。それゆえ に,自己の生命の保険契約の場合,遺言による受取人変更の効力は遺言者で ある契約者(=被保険者)の死亡時に発生すると解される。

保険法では,受取人変更の意思表示の相手方を保険者とする旨が定められ ていることから(43条2項),意思表示の通知が保険者に到達したと認めら れれば,これによって受取人変更の効力が生じる 。この規定は,強行規定 とされる 。このような規定の内容からすると,自己の生命の保険契約にお いて,遺言による受取人変更の意思表示がなされており,遺言者である契約 者(=被保険者)が死亡した場合,その時点で変更の意思表示は遺言事項と して効力を生ずるが,これは相手方のない意思表示としての効力にすぎず,

その後,相続人がその旨を保険者に通知しなければ,受取人変更としての効 力は生じないと解される。それゆえに,遺言による受取人変更に関する保険 者への通知は効力要件であり,かつ,対抗要件となる(44条2項)。保険法 上,受取人変更の意思表示の通知を定める規定(43条2項)が遺言による受 取人変更を定める規定(44条)に先行することからも,このことは理解でき る。しかしながら,受取人変更が遺言でなされた場合,受取人変更の意思表 示は民法に明示されたものではないが遺言事項となると解されることから,

その効力については民法の規整に服するゆえに,前述のような解釈がなされ るべきである。その限りにおいて,被保険者死亡後になされる受取人変更に 関する通知は,保険者への対抗要件にとどまると解される。

これに対して,契約者と被保険者とが異なる他人の生命の保険契約におい ては,固有の解釈を必要とする。まず,他人を被保険者とする死亡保険契約

(38条)において遺言による受取人変更をする場合には,被保険者の同意が 効力要件となる(45条)。同意の時期は,遺言の効力発生時,つまり,契約 者の死亡時(民法985条)までに限る必要はなく,保険事故が発生するまで,

25) 萩本・前掲注⑵181頁〜182頁。

26) 萩本・前掲注⑵181頁。

(9)

つまり,被保険者が死亡するまでに,保険者または契約者に対して同意がな されていればよいと解される 。つぎに,契約者が遺言による受取人変更を 行った後,契約者が死亡する前に被保険者が死亡する場合が考えられる。遺 言による受取人変更の効力は遺言者である契約者の死亡時に発生することか ら(民法985条1項),この場合,遺言の効力が発生する前に保険事故が発生 したことになるので,受取人変更の効力は発生しないと解される 。

生存保険

契約者が,自己を被保険者とする生存保険において遺言による受取人変更 を行った場合,契約者(=被保険者)の死亡という遺言の効力が発生する前 に,生存保険金の支払事由が発生するか,遺言の効力が発生することなどに よって生存保険金の支払が不能となる。それゆえに,生存保険の場合,契約 者が他人を被保険者とする場合に限り,遺言による受取人変更が認められる と考えられる 。

遺言の効力との関連

遺言による受取人変更は民法の遺言規整に服することになることから,遺 言の方式に違背等の瑕疵がある場合には,当該遺言は無効となるので(民法 960条),当該遺言書に記載された受取人変更も否定される。それゆえに,受 取人は,遺言による受取人変更の前になされた受取人変更の意思表示に従っ て決められることとなる。さらに,保険法では,遺言による受取人変更がな された場合,遺言が効力を生じた後,その旨を保険者に通知しなければ,保 険者に対抗できないと定められていることから(44条2項),遺言が無効の 場合には,かかる対抗要件を充足できないこととなる 。

27) 矢野・前掲注⑷127頁。

28) 矢野・前掲注⑷127頁。

29) 矢野・前掲注⑷127頁〜128頁。

30) 矢野・前掲注⑷129頁。

(10)

⑶ 遺言後における新たな受取人変更

遺言後に新たな受取人変更の意思表示がなされることがある。別の遺言に より新たに変更することは,民法1022条に基づき可能であると解される 。 さらに,遺言以外の方法で遺言書に記載された受取人を変更することについ て,高裁の裁判例であるが,民法上,遺言と異なる生前処分その他の法律行 為をした場合には,遺言の撤回がなされたものとして取り扱うことができる ことから,受取人変更についても同様に扱うべきであるとするものがある 。

すなわち,民法によれば,遺言と遺言後の生前処分その他の法律行為とが 抵触する場合には,抵触する部分については,遺言後の生前処分その他の法 律行為で遺言を取り消したものとみなされると定められており(民法1023条 2項),抵触する生前処分その他の法律行為による撤回が擬制される。これ は,遺言者が前の遺言と抵触する生前処分その他の法律行為をしようと思え ば,前の遺言を撤回する遺言をして(民法1022条),前の遺言を失効させ,

ついで生前処分その他の法律行為をなすべきであるが,遺言者がいきなり前 の遺言と抵触する行為をした場合にも,そこに撤回の効力を擬制するもので ある。そして,前の遺言の存在ないしその内容を忘却して行為をした場合で も撤回が擬制され,意思を変更したものとみなされるべきであるとされる 。

このような撤回を擬制するための要件として,次の3つが求められる。① 撤回の擬制が遺言者の意思の推測を主たる理由としていることから,遺言者 による生前処分その他の法律行為が撤回権を有する遺言者自身によってなさ れたことが必要とされる。②遺言に抵触する生前処分その他の法律行為がな されることが必要とされる。生前処分とは,遺贈の目的である特定の権利ま たは物についての生前行為たる処分行為をいい,有償たると無償たるとを問 わない。その他の法律行為とは,遺贈の目的物に関する生前の処分行為でな い法律行為および財産に関係のない一切の法律行為をいう。③前の遺言と生

31) 中川=加藤・前掲注 396頁(山本正憲筆)を参照。

32) 仙台高判平成20年3月27日事例研レポ235号11頁。

33) 中川=加藤・前掲注 404頁(山本筆)。

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前処分その他の法律行為とが抵触することが必要とされる。抵触とは,前の 遺言を失効させなければそれらの行為が有効となりえないことをいい,後の 行為が前の遺言と両立させない趣旨でなされたことが明白であればよいとさ れ,この場合,遺言者の意思を重視して,合理的に判断した上で決せられる べきであるとされる。そして,遺言と生前処分その他の法律行為とが抵触す るときは,撤回の効果として,抵触する範囲において撤回されたものとみな され,抵触する生前処分その他の法律行為が期限付きないし条件付きである 場合は,この期限付きないし条件付き行為と抵触する範囲で前の遺言は撤回 されたとみなされる 。

遺言による受取人変更が遺言事項とされることからして,遺言による受取 人の変更権についても,前述の要件が充足される限り,遺言の撤回が擬制さ れると解するべきであると考える 。

⑷ 遺言による受取人変更とされる範囲 解釈基準

遺言書に 保険金受取人をAからBに変更する などと明示されている場 合は,遺言による受取人変更であることが明白である。これに対して,①遺 言による受取人変更であることが明白ではあるが,変更対象となっている保 険契約や保険金請求権が特定できない場合や,②そもそも遺言による受取人 変更である旨が明確に記載されているとはいえない場合などがある。

このように,遺言者の意思を遺言書の表示から一義的に明らかにできない 場合には,遺言の解釈が必要とされ,この解釈基準は,一般的に次のようで ある。すなわち,遺言は,遺言者が生前に表示しておいた意思に法的効力を 与え,その強制的実現を確保するための制度であるゆえに,遺言の効力は遺

34) 中川=加藤・前掲注 405頁〜411頁(山本筆)。

35) 山下(友)・前掲注⑴37頁。保険者が保険金を支払った後に,遺言が撤回さ れたことが判明した場合等には,保険者は準占有者弁済として保護されると考 えられる(矢野・前掲注⑷133頁)。

(12)

言者の意思表示の内容によって決定され,その内容が法定事項にあたるか否 かは遺言者の意思解釈によって判断されることとなり,その場合,遺言者の 真意を合理的に探求し,できるだけ適法有効なものとして解釈すべきであり,

とりわけ,遺言は相手方のない単独行為であるから,相手方の保護や取引の 安全を考慮する必要はなく,意思主義に従って遺言者の真意を問題にするだ けでよいとされる 。ただ,遺言の解釈上,遺言者の真意を明らかにするた めに,遺言書以外の資料を利用しなければならないが,その際には,文字に 拘泥する必要はないけれども,遺言書の文字からかけ離れた解釈をすること は許されないと解されている 。また,判例では,遺言の解釈にあたっては,

遺言書の文言を形式的に判断するだけでなく,遺言者の真意を探求すべきも のであり,遺言書の特定の条項を解釈するにあたっても,当該条項と遺言書 の全記載との関連,遺言書作成当時の事情および遺言者の置かれていた状況 等を考慮して,当該条項の趣旨を確定すべきであるとされる 。

さて,遺言による受取人変更とされる範囲を明らかにするためには,遺言 の解釈をしなければならない。その場合,民法上の遺言の解釈基準がそのま ま妥当する場合とそれとは異なる解釈を行うべき場合とがあると考える。

遺言による受取人変更について訴訟となるケースは,当事者の違いによっ て分けてみると,新旧受取人間の訴訟と,受取人(と主張する者)・保険会 社間の訴訟とがある。これらのうち,新旧受取人間の訴訟では,民法上の遺 言の解釈基準がそのまま妥当すると考える。というのは,新旧受取人間では,

保険金の帰属について争われるが,その争いは受取人変更の効力発生要件を 中心になされるのであり,保険者に対する受取人変更の対抗要件は争いの対 象にならないこともありうるからである。この場合,遺言は相手方のない単

36) 浦野由紀子 遺言の解釈 久喜忠彦編 遺言と遺留分⑴遺言 221頁〜222頁

(日本評論社・2001年),中川=加藤・前掲注 49頁〜51頁(加藤栄一筆)。

37) 中川=加藤・前掲注 50頁〜51頁(加藤筆)。

38) 最判昭和58年3月18日判時1075号115頁,同平成3年4月19日民集45巻4号 477頁,同平成5年1月19日民集47巻1号1頁,同平成13年3月13日判時1745 号88頁等を参照。

(13)

独行為であるから,意思主義に従って遺言者の真意を問題にすることになる と考える。これに対して,受取人・保険会社間の訴訟では,民法上の遺言の 解釈基準とは異なる解釈を行うべきではないかと考える。この場合,保険者 は,受取人変更につき,保険契約の当事者として,他方当事者である契約者 が行った遺言に関与することとなり,遺言の効力が発生すると,遺言書に記 載された受取人変更に従って所定の要件が充足された後,新受取人に保険金 を支払うこととなる。これはまさしく,遺言の効力によるものであるのみな らず,保険契約という取引に基づいて発生する効果である。遺言の解釈にお いて,意思主義に従って遺言者の真意を問題にするだけでよいとされるのは,

遺言は相手方のない単独行為であるから,相手方の保護や取引の安全を考慮 する必要はないということに基づくものである。また,保険者に遺言者の真 意を知るように要求することは酷であろうし,そもそも真意を知ることは不 可能に近い。そうであれば,受取人・保険会社間の訴訟では,民法上の遺言 の解釈基準とは異なる解釈をするべきであり,契約者が遺言に示した意思表 示の有する客観的な意味に従って保険金を支払えばよいと解するべきであろ う 。というのは,保険者は遺言について直接の当事者ではなく,それゆえ に,遺言書に記載された権利関係の変動の帰属者でもなく,契約者との間で 締結された保険契約という取引の相手方にすぎないからである。

かかる解釈は,将来において起こりうるであろう保険実務での錯綜 に対 応するためにも有効であると考える。

変更内容が不明確な場合

遺言書に記載されている受取人変更であることは明確であるが,変更対象

39) 山下・前掲注⑴12頁〜13頁,34頁〜35頁,38頁,同 保険法 492頁〜493頁

(有斐閣・2005年),山野嘉朗 保険金受取人の指定と表示行為の解釈 愛知学 院大学論叢法学研究27巻3=4号75頁(1984年),洲崎博史 保険金受取人の 指定・変更 商事法務1330号20頁(1993年),山下典孝 判批 金判1250号46 頁〜47頁(2006年),矢野・前掲注⑷130頁〜131頁等。

40) 山下友信 保険法制定の総括と重要解釈問題(生保版) 生保論集167号29頁

(2009年)。

(14)

となっている保険契約や保険金請求権の内容等が明確でない場合がある。こ れについては,①1つの保険会社と保険契約を締結していた場合と,②複数 の保険会社と保険契約を締結していた場合に分けて検討するべきであると考 えられ,いずれも受取人に帰属する権利の割合が問題となる。

まず,1つの保険会社と保険契約を締結していた場合において,契約者が 死亡保険金の受取人を被保険者の 相続人 と指定した事案につき,最高裁 は,この場合,特段の事情のない限り,指定には,保険事故発生時の相続人 が保険金を受け取るべき権利の割合を相続分の割合によるとする旨の指定も 含まれており,そのように解するのが契約者の通常の意思に合致し,合理的 であると判示している 。また,1つの保険会社と複数の保険契約を締結し ていた場合については,遺言者の通常の意思解釈としては,別段の意思が表 示されていない限り,複数の保険契約のすべてを対象としていると解するべ きであろう。つぎに,複数社との間で締結された複数の保険契約を巡る事案 につき,遺言書の記載は,遺言者の合理的意思を推測すれば,2つの生命保 険契約について受取人を変更するものであり,各死亡保険金額に応じた按分 額で,受取人および受取額を変更する趣旨の記載とみるのが相当であると判 示する裁判例がある 。このように,変更内容が不明確な場合,判例では,

契約者の通常の意思あるいは合理的意思に基づいて判断しているようであり,

基本的にこの立場を支持したい 。

ところで,保険契約を巡っては,契約当事者や関係者だけでなく,保険契 約の質権者や差押えをした債権者等が保険契約に利害関係を有する場合があ

41) 最判平成6年7月18日民集48巻5号1233頁(受取人対保険者)。

42) 神戸地判平成15年9月4日事例研レポ188号15頁・同193号1頁・判タ1162号 108頁(受取人対受取人)。

43) 山下(友)・前掲注⑴44頁,山野嘉朗 判批 事例研レポ193号8頁〜11頁を 参照。変更対象の特定が困難な場合については,遺言執行者からの請求に基づ き約定の保険金を支払うことにより保険者としての債務の履行が完了すること とし,その後の変更対象を特定して保険金を振り分ける作業は遺言執行者の職 務とする(民法1012条1項)ことも考えられる(矢野・前掲注⑷131頁)。

(15)

り,保険者はこれらの者にも対応をしなければならない。しかし,このよう な場合,前述した遺言の解釈基準によれば,保険者は,前述の判例のような 立場に立って,保険者への対抗要件を充足した者に対して保険金を支払えば よいのではないかと考える。

受取人変更か否か不明確な場合

遺言書の記載内容が受取人変更か否か不明確な場合はいろいろある。とり あえず,契約者Aが受取人をBと指定していたが,その後,受取人を変更す ることなく,遺言書の中に 全財産をCに遺贈する あるいは 保険金請求 権をCに遺贈する などと記載した場合について考えてみる。

判例には,このような記載を受取人変更と認めないものと認めるものとが ある。否定する判例では,受取人の指定がある以上,保険金請求権は契約者

(=被保険者)の相続財産に属さず,遺贈としての効力は生じないと解する もの ,この考え方を基本としながら,生前処分でできないことを遺言によ ってもすることができないのは当然であるとするもの などがある。これに 対して,肯定する裁判例によれば,保険契約に基づく保険金およびその所持 金全部を,従来の受取人と異なる特定人に遺贈する旨の遺言公正証書を作成 し,特定人に公正証書を示した場合には,死亡前に,契約者が受取人を特定 人に変更する旨の意思表示を新受取人たる特定人に対して行ったものと解す ることができるとするもの ,遺言書の付記事項から被相続人を付度し,受 取人変更を認めるもの などがある。これに対して,学説では,これを否定

44) 最判昭和40年2月2日民集19巻1号1頁(受取人対保険者。全財産の遺贈),

大阪地判昭和56年6月26日文研生保判例集3巻87頁(受取人対保険者。全財産 の遺贈),東京高判昭和60年9月26日金法1138号37頁(旧受取人対新受取人。

保険金の一部をAに,その余の財産をBに遺贈),名古屋高判平成13年7月18日 事例研レポ173号8頁(受取人対保険者。全財産の遺贈)等。

45) 東京高判平成10年3月25日判タ968号129頁(受取人対保険者。全財産の遺 贈)。

46) 大阪高判昭和63年12月21日文研生保判例集5巻388頁(原審:神戸地判昭和 62年10月28日同159頁)(受取人対保険者。保険金全部の遺贈)。

47) 京都地判平成18年7月18日金判1250号43頁(受取人対公社。全財産の贈与)。

(16)

するもの と肯定するもの とがある。

そもそも,保険金請求権は受取人に固有の権利であるが,必ずしも絶対的 な権利ではなく,受取人変更権は契約者が有することから,保険金請求権の 帰属は契約者の意思に左右される。保険金請求権は,たとえこのように弱い 権利であっても,第三者のためにする生命保険契約の場合,契約者以外の他 人の権利であることから,それを遺贈の目的とすることはできないのではな いかと考えられ,これを否定する判例の立場がまさしくそのように解してい るといえる。しかし,民法上,遺言者の意思が明白である限り,他人に属す る権利を遺贈の目的とすることが可能であることから(民法996条但書) , 保険金請求権を含む契約者の財産を遺贈することができると解されなくもな い 。ただし,遺言書の記載が 保険金請求権を遺贈する というときは遺 言者の意思は明白であろうが, 全財産を遺贈する との記載については,

全財産 の中に受取人に帰属する保険金請求権が含まれるか否かについて 議論が分かれるところであり,遺言者の意思は必ずしも明白であるとはいえ ない。確かに,受取人変更について,法律上,十分な理解があり,かつ,遺 言書に 全財産を遺贈する などと記載されている場合には,保険金請求権 はその対象となりえないと認識している者も数多くいるであろう。また,受 取人が変更されたとして遺言書に記載されている者を新受取人と解し,この 者に保険金を支払うとすれば,相続人間において金銭上の均衡が崩れる可能

48) 長谷川宅司 判批 事例研レポ33号3頁(1987年),大塚・前掲注⑼217頁等。

保険法に関する見解として,矢野・前掲注⑷130頁〜131頁,長谷川(仁)・前掲 注⑶257頁等。

49) 中西正明 判批 民商53巻3号435頁〜436頁(1965年),星野英一 判批 法協82巻5号106頁(1966年),大森忠夫 保険金受取人の指定と包括遺贈 同

保険契約法の研究 354頁(有斐閣・1969年),倉澤康一郎 死亡保険金の帰 属 同 保険契約の法理 320頁〜321頁(慶応通信・1975年),洲崎博史 判 保険・海商判例百選(第2版) 77頁(1993年),山下(友)・前掲注

保険法 501頁等。

50) 中川=加藤・前掲注 243頁(阿部筆)を参照。

51) 蕪山・前掲注 247頁(田中筆)を参照。

(17)

性もあろう 。しかしながら,このような記載のある遺言書につき,それを 受取人変更などとみるか否かについて共通した判断を下すためには,契約者 の通常の意思に基づくべきであると考える。すなわち,保険者が遺言に関与 する場合の解釈としては,客観的解釈が望ましいと考えるが,その限度とし ては,契約者の通常の意思に基づいた解釈とするべきであり,個別事情はそ れほど考慮する必要はないと考える。というのは,保険者は個別事情に深く 立ち入ることはできないかである。そうであるとすると,遺言書に 全財産 を遺贈する(ただし,保険金請求権は除く。) などと記載されていない限り,

全財産を遺贈する という記載は, 全財産 の中に,被保険者が死亡すれ ば保険者が保険金受取人に支払うべき保険金も含まれると解しつつ,そして,

この記載は,その趣旨として,受取人変更であると解することにより,その 効力を認めることができるのではないかと考える 。そうであるとすると,

もし旧受取人が新受取人に先だって保険金の支払を請求した場合,保険者が 遺言の内容を知っているときにはこの請求を拒否することができるが,保険 者がこれを知らないときには旧受取人に保険金を支払うこととなり,その後,

新受取人が請求したとすると二重弁済とならざるをえない。この場合には,

保険者は旧受取人に対して不当利得の返還を求めることとなろう(民法703 条)。これに対して,新受取人が旧受取人に先だって保険金の支払を請求し たときは,保険者はこの者に保険金を支払えば免責される。その後,旧受取 人が請求したとしても,保険金請求権の帰属を主張する新旧受取人間の争い において,民法の遺言の原則に従って解決がはかられることとなろう。

受取人不確知による弁済供託の適否

遺言書の記載内容からいずれの者が受取人となるか明らかでない場合につ いては,保険者は,受取人(債権者)不確知として保険金を弁済供託するこ

52) 村田・前掲注⑷48頁。

53) このように解する限りにおいて,拙稿・前掲注⑻336頁〜337頁で,保険金請 求権の遺贈は有効とする立場から遺言による受取人変更を認めているが,ここ で見解を改める。

(18)

とができるのではないかと考える(民法494条後段 )。

この点に関する近時の裁判例によれば,これを肯定するものと否定するも のとがある。肯定する裁判例には,指定された者と旧受取人との双方から保 険金請求を受け,裁判が継続中の場合には,保険者が受取人変更の事実を知 っていた場合には,保険金支払に免責的効力を認められないとする見解もあ ることから,供託を有効とするもの ,受取人変更届が変更後受取人になる 者により署名代理の方式でなされたものであり,被保険者(=契約者)が死 亡するまでの間に保険者が契約者の意思確認をしなかったことが違法でなか ったとして,供託を有効とするもの ,指定された者と被共済者の法定相続 人の双方から共済金請求があったため,受取人が誰であるか知りえないこと から,供託を有効とするもの などがある。これに対して,否定する裁判例 には,保険者としては契約者が受取人変更請求書を作成する際に同席した外 務員に確認する等により比較的容易に正当な受取人を確知できたのに,受取 人確知の調査等を行った旨の主張立証がないので,保険会社に過失がないと はいえないとして,供託の効力を認めないもの がある。

これらのことから,保険金の支払につき債務者である保険者に過失なくし て受取人を確知できない場合には,保険者は保険金を供託することができ,

保険金支払債務から解放され,債務不履行の責任を負わないと解される。

⑸ 保険者への対抗要件

保険法では,遺言による受取人変更は,遺言の効力が生じた後,契約者の 相続人がその旨を保険者に通知しなければ,これをもって保険者に対抗する

54) 磯村哲編 注釈民法 債権⑶ 285頁以下(有斐閣・1981年)(甲斐道太郎 筆),奥田昌道 債権総論(増補版) 561頁以下(悠々社・1992年),潮見佳男

債権総論(第3版)Ⅱ 207頁以下(信山社・2005年)を参照。

55) 大阪地判昭和60年1月29日文研生保判例集4巻146頁。

56) 横浜地裁相模原支判平成9年12月24日生保判例集9巻596頁。

57) 東京地判平成10年11月13日生保判例集10巻447頁。

58) 大阪地判平成2年12月14日文研生保判例集6巻278頁。

(19)

ことができないと定められている(44条2項)。対抗要件を定めるこの規定 は強行規定とされ,相続人が複数存在する場合でも,相続人の1人が通知を 行えばよいとされ,遺言執行者による通知も認められる 。

保険者が相続人から通知を受ける場合,契約者の死亡が確認できる書類や 遺言書の謄本等の提示がなければならないであろうし,他人の死亡を保険事 故とする契約の場合には,被保険者の同意を証明する書面が必要とされよう

(45条) 。また,通知権者であるが,遺言書等を偽造するなどして,受取人 が自分に変更されたと称して通知する者,あるいは,通知権者ではないが,

前述の書類を提示して保険金の支払を請求する者などに対しては,いずれも 保険者のリスクで対応すべきではないかと考える 。

⑹ 受取人の介入権

保険法では,受取人に介入権が認められている(60条2項)。介入権は,

契約者の扶養者の保護を目的とするものであり ,受取人が契約者もしくは 被保険者の親族または被保険者である場合には,効果的に作用する。

ただ,保険法では,介入権行使の効果として,介入権者が契約者の地位を 承継することまでは定めていないことから,たとえ受取人が介入しても,そ の後,契約者が契約を解除したり,受取人変更を行うことがあり,受取人に とって,介入権の行使が必ずしも絶対的な効果をもたらすとは限らない 。 しかし,遺言による受取人変更の場合,介入権者を保護するために,この者

59) 萩本・前掲注⑵185頁〜186頁。

60) 矢野・前掲注⑷132頁,長谷川(仁)・前掲注⑶259頁。

61) 通知権者ではないが,書類を提示して保険金の支払を請求する場合について,

矢野・前掲注⑷133頁。

62) 商法に関連して,大森忠夫 保険契約者の破産と受取人の介入権 大森=三 宅・前掲注⑹133頁〜138頁,山下友信 保険契約の解約返戻金請求権と民事執 行・債権者代位請求 金法1157号11頁(1987年),保険法に関連して,萩本・

前掲注⑵201頁等を参照。

63) 矢野・前掲注⑷134頁,岡野谷知広 保険契約者の破産と介入権 落合=山 下(典)編・前掲注⑷238頁。

(20)

を契約者とするという方策とるべきではないと考える 。というのは,遺言 による受取人変更については,遺言者である契約者の意思を尊重すべきであ り,保険金請求権の帰属は契約者の意思に左右されること,保険法が介入権 者を契約者とする旨の規定を定めていないことなどが理由としてあげられる。

それゆえに,遺言による受取人変更の後,それを知らない旧受取人が介入権 を行使した場合,それ以後に変更がなければ,遺言のとおりになり,変更が あれば,遺言の撤回として,その後の変更に従う,介入後に遺言による受取 人変更があれば,遺言のとおりになると考える。そして,最終的に受取人に ならなかった介入権者は,支払った保険料相当額を受取人に対して求償でき るにとどまると考える。

4.おわりに

以上のように,保険法における遺言による受取人変更に関して若干の考察 を行った。その結論として,その理論的根拠としては,遺言は相手方のない 単独行為として権利変更を生じさせることのできる要式行為であり,受取人 変更権の留保制度を保険金請求権について処分権を契約者が有する制度であ り,契約者が処分権の行使の一形態として受取人変更との形式で処分するこ とが可能であると解する。そして,遺言後において新たな受取人変更がなさ れた場合,遺言の撤回が犠牲されると解する。また,遺言による受取人変更 の解釈基準として,新旧受取人間の訴訟では,民法上の遺言の解釈基準がそ のまま妥当すると解するが,受取人・保険会社間の訴訟では,契約者が遺言 書に示した意思表示の有する客観的な意味に従って保険金を支払えばよいと 解するべきであると解する。

(筆者は神戸学院大学法学部教授)

64) 矢野・前掲注⑷134頁はこれを肯定する。

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