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企業年金を取り巻くリスクとその管理 政策

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企業年金を取り巻くリスクとその管理 政策

高 崎 亨

■アブストラクト

本稿は,酒販組合年金事件を素材に,企業年金のリスク管理について,そ の問題点と規制の必要性を論じたものである。

検討素材として,東京地判平成19年9月28日判タ1288号298頁(酒販組合 年金事件)をとりあげ,根拠法のない企業年金はどのようなリスクにさらさ れているか,を確認した。一般的には,積立不足等の財政リスクが論じられ るが,本件の検討を通じて,財政リスクの損失を消却するためのハイリスク な投資を受容したり,管理者の思惑によって解散すべき年金を継続して損失 を大きくしたりという,いわゆる受託者リスクの管理が必要なのではないか との示唆を得た。

企業年金を老後の生活保障の柱として位置付けるならば,企業年金は公共 性を帯びる。この公共性を維持するための公的規制も必要とされる。実効性 ある公的規制を行うために,リスク管理手法を応用した規制政策が求められ よう。

■キーワード

企業年金,保険規制,リスク管理

131

*平成22年9月25日の日本保険学会関西部会報告による。

/平成23年9月24日原稿受領。

欧文のやり方 Laws,.-欧文の中の数字11.,‑ “”

(2)

1.企業年金の健全性維持のためのリスク管理の必要性

企業年金は被用者にとって公的年金とならぶ老後保障の支えである。とく に近年,公的年金(国民年金,厚生年金)はその支給開始年齢が引き上げら れ,給付額も頭打ちとなっている。この公的年金機能の補完・代替機能が企 業年金には期待されている。

しかしバブル崩壊以降の市場環境の悪化により,当初予定利率5.5%を割 りこむ企業年金が続出し,結果,母体企業が多額の追加拠出を余儀なくされ た。企業年金の代表格である厚生年金基金の代行返上が続出し,本業を圧迫 するほどの膨大な年金コスト負担に耐え切れなくなる企業も散見されるよう になった。

こうした状況に対応することを目的として,平成14(2002)年に確定給付 企業年金法が制定された(確定拠出企業年金法はその前年から施行)。この 法律は,年金受給権の保護を目的としたものであり,代行返上後の旧厚生年 金基金や,すでに廃止が確定している税制適格年金(以下,単に 適年 と のみ称する)の移行受け皿として利用されている。

この法律は企業年金給付保護のための措置として,事前積立義務⎜法律上 は,責任準備金保有義務(基金令 39の2②,確給 60①)⎜を採用してい る。くわえて,資金積立については厚生労働省による財政検証の対象となさ れている(基金財政運営基準3‑1,4‑1⑶オ,確給 61)( 非継続基準 によ る財政検証義務についても同様の規定がある(基金令 39の3,確給 60

③)。)。

企業年金受給権の保護に関する当初の検討事項のうち,同法に明記された ものは事前積立のみであり,受給権の付与と支払保証制度の創設については 見送られることとなった。その結果,退職被用者の生活保障の一助としての 企業年金受給権の保護については,もっぱら事前積立に依存することとなり,

これを 自衛 するための方策として受託者責任の明記と年金情報の従業 員・加入者等への開示が盛り込まれた。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

(3)

企業年金の性格をかんがみるに,被用者と使用者との間の交渉・契約によ って設立・運営する,という方針についてなんら異を唱えるものではないが,

他方で前述のとおり,企業年金の生活保障への期待,換言すれば公共性,を 考えると,当事者同士の話し合いにのみ,それを任せておいてもよいものか との疑問がある。この疑問は,一般民間企業は,その設立・運営に特段の公 的規制を受けないが,一部の公共性ある企業については民間企業であっても 公的規制を甘受しなければならない場合や,私人間の契約についても契約自 由の原則が修正され,公的規制に服する場合があることを想起すると,あな がち見当外れの指摘ではあるまい。企業年金にも公的規制の必要なところは 当然ありえよう。

すでに法制度としては,前述のとおり確定給付企業年金法の中に厚生年金 基金同様の規定が設けられ,整備されている。問題は,根拠法なき共済と同 様に,企業年金にも 確定給付企業年金法の規制に服さない確定給付企業年 金(基金) が少なからず存在することである。いわば上乗せ年金であり,

労使自治の原則に従うならば,こうした企業年金を禁止するいわれはないと ころではあるが,他方で前述のとおり,確定給付企業年金法の制定趣旨を考 慮するならば,このような企業年金を放置しておくことは生活保障あるいは 公共性の観点から,望ましいものではない。

もうひとつ,現行の確定給付企業年金法の規制に服する企業年金の存在を 前提としても問題がないわけではない。先述のとおり,適年から確定給付企 業年金に切り替えられたものは4,475件にのぼる(平成20(2008)年12月31 日現在) 。他方で,これを財政検証すなわち規制監督する厚生労働省の人 的・物的リソースがそれに見合う形で増加したとの報はない。平成17(2005) 年度時点で687件の厚生年金基金 のみを監督していた厚生労働省(正確に

1) 厚生労働省年金局企業年金国民年金基金課第1回企業年金政策研究会(平成 21年 2 月18日)配 布 資 料 5 参 考 資 料(事 務 局 資 料) (http://www.mhlw.

go.jp/shingi/2009/02/dl/s0218‑8e./pdf),2009年,1頁。

2) ただし,平成8(1996)年度時点で,厚生労働省が所管する厚生年金基金は,

全国で1878件も存在していた。

(4)

は,各地方厚生局)が,それに数倍する新基金に対して実効性ある規制監督 をなしうるであろうか。

ところで厚生労働省は,2007年4月に公表した 企業年金のリスク管理に ついて (同日付第8回企業年金研究会資料5)という資料中に,企業年金 の給付継続を危うくするリスクとして,①受託者リスク,②事業主の経営リ スク,③財政リスクを挙げている 。これらのリスクは別個独立に存在する ものではなく密接に関連しているが,とくに給付原資の管理と運用について は省令の形式でガイドラインを定め(厚年 136の4,確給令 45①),分散 投資(基金令 139の15,確給令 146①)を求めている。給付原資の積立不 足の理由として,事業主=母体企業の拠出不足と並んで,投資運用の失敗

(過度に高利率の運用目標を設定する)が危惧される点を考えたものであろ う。

このように,現在のわが国の企業年金はその生活保障=公共性における重 大な責任に比して,非常にリスクの高い仕組みになってしまっている。公的 規制が及びにくい(その実効性が危惧される)場合,いわば 自己責任 と して加入者・受給者が企業年金の管理・運営を監視・監督する必要があるが,

これもどの程度,達成されるかは期待できない。かりに年金情報を開示した として,加入者等が,その情報に基づく判断(と行動)をなしうるであろう か。

本稿は,前述の問題意識に基づいて企業年金が給付持続性を不確実にする,

加入者・受給者の側から見れば受給権が保護されえないような場合に,なに が起こり,どのような結末を迎えるか,それを防止するためには,なにが必 要とされるか,を検討することを目的とする。

本稿では,検討の素材として,東京地判平成19年9月28日判タ1288号298 頁,いわゆる酒販組合年金事件を採り上げることとする。すでに新聞報道等 で人口に膾炙している事件であるが,①私的年金であるために公的規制が及

3) 厚生労働省年金局 企業年金のリスク管理について 平成19年4月27日公表,

3頁。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

(5)

ばず,②受託者(本件では理事)等の利害関係者らが前述年金リスクの管理 に失敗した事件として,長く記憶されることとなろう。

2.企業年金の健全性とリスクの管理〜酒販組合年金基金背任事件 (東京地判平成19年9月28日判タ1288号298頁)

日本紡績業基金事件を契機として,企業年金に関する裁判例が増え続けて いる。その中身も多岐にわたっているが,目に付く特徴としては,いわゆる 斜陽産業とよばれる部類の同業事業者らが集まって設立した 総合型 と呼 ばれる年金形態である。本件もそれに類する形態で運営されていた企業年金 であり,多くの年金で直面するであろう問題を抱えていたものである。

本件は,全国小売酒販組合中央会(以下, 中央会 と略称する)の事務 局長であった被告人が同会の年金資産の運用の一環として, チャンセリー 債 なる金融商品の購入を推進したことについて,背任罪に問われた事件で ある。なお,別に当該年金加入者から民事訴訟(損害賠償請求)が提起され ている。

本件において,被告人は中央会の年金資産の運用に関する企画の立案及び その実行等を含む年金共済事業を統括する地位及び実質的な権限を有してい たものであり,他人のために事務処理をする者にあたるとし,また,被告人 が投資対象の分散を図るべき任務に違反したこと及びその旨の認識が被告人 にあったことは明らかであるとし,年金資産の運用対象として,商品の仕組 みやリスク等を把握していない金融商品を組み入れ,なおかつ,その単一の 金融商品の組入比率を年金資産の7割以上とすることは,経済的見地から評 価した場合に全体として年金資産の財産的価値を棄損するものといわねばな らず,これを財産上の損害と評価できる等として被告人を有罪とした。なお,

本件について被告人は控訴している。

2.1. 認定された事実

中央会は,酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律に基づき昭和28年に

(6)

設立された法人である。中央会は酒販組合 および酒販組合連合会 を会員 として,酒税の保全への協力や酒販業者の利益増進を図ることなどを目的と する団体であった。中央会は,その会員である酒販組合の組合員 等の老後 の生活の安定を図るため,国民年金等の公的年金制度を補完する私的年金制 度(以下, 本件年金制度 と略称する。)として,昭和58年から年金共済事 業を行っていた。

中央会には法令 および定款に基づき,最高意思決定機関として総会が置 かれているほか,理事及び監事が置かれており,理事全員で構成する理事会 の互選により会長等が選任されて中央会を代表し,業務執行に関する必要な 事項は理事会の決議によるとされていた。中央会には事務局が置かれ,年金 制度の運用や資産の管理については事務局の最高責任者である事務局長が,

これらの業務を統括しており,これとは別に理事会の諮問機関として 年金 委員会 が設置されていた。本件被告人は中央会の事務局長を務めていた。

中央会は,M信託銀行株式会社(以下,単に M信託銀行 という。)を 同会の年金幹事会社として年金資産を信託し,年金管理事務や年金資産の運 用等を委託していた。また,I投信投資顧問株式会社(以下, I とい う。)等の投資顧問会社との間で投資一任契約を締結し,年金資産の運用を 委託していた。なお中央会は,同会の年金運用に関する助言や,I等の運用 実績の評価を主たる目的として,R株式会社格付投資情報センター(以下,

R社 と略称する。)との間でコンサルティング契約を締結していた。

本件で問題となったハイリスクの金融商品は, チャンセリー債 と称さ れている。認定事実によると,この商品はイギリス国内の弁護士事務所に対 して裁判費用 を融資する事業を営んでいるインバロ社の事業資金を投資家 から調達するために,平成14年10月に設立された特別目的会社(SPC)で

4) 税務署の管轄ごとに酒類小売事業者が組織するものをいう。

5) 都道府県を区域として酒販組合が組織するものをいう。

6) 酒屋さんのオーナーとその従業員が主な対象である。

7) 根拠法は,酒税の保全及び酒類業組合等に関する法律第3条以下である。

8) 認定事実においては,敗訴保険の保険料が例として挙げられている。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

(7)

あるチャンセリー社の発行した無担保普通社債である。このチャンセリー債 の利率は年利6.25%又は6.75%,満期日は18か月後又は36か月後と定められ ていた。ただ,チャンセリー債は,格付機関による格付を取得しておらず,

運用実績(トラックレコード)のない商品であった。

中央会の年金共済事業は,バブル崩壊以後,収支が悪化して事業継続が次 第に困難になっていた 。年金資産の時価換算額は,すでに平成6年度の時 点で将来給付に必要(とされる)責任準備金を下回っており,以降毎年,計 算上の準備金額を下回っていた。さらに,平成13年12月時点では,掛金元本 をも下回る状態に陥った。

中央会は,平成14年2月ころ,M信託銀行から,このまま年金制度を維持 していくことは極めて困難で,解散を含めて検討するしかないという見通し を伝えられ,もし中央会が年金制度を解散しない場合には,総幹事会社を下 りる申入れを受けた。

中央会では年金共済事業の運営を検討するため,年金委員会の委員,被告 人ら事務局職員,M信託銀行の担当者,R社の担当者,その他の有識者(投 資の専門家)によって構成される 年金懇談会 を設置して,平成14年8月 から10月に2カ月かけて集中的に議論がなされた。その席上,M信託銀行が,

解散するのが最良の選択肢であり,他に現実的な方策は見出し難い旨を強く 主張したが,被告人ら は,解散を最良の選択肢とするM信託銀行の提案 を 無責任である として反発し, (年金制度を)元本割れの状態で廃止す れば,…中央会自体の崩壊につながりかねない として,掛金元本が回復す るまでは年金制度を存続させることを前提に,運用方法等を根本的に見直す 旨を主張した。

被告人らはM信託銀行等とは別に,年金資産の回復を図る有効な運用方法 9) その理由として,不景気に伴う運用収益の減少,中途脱退者の増加と新規加 入者の減少,加入者の高齢化に伴う支給額の増加などを挙げている(認定事実 より)。

10) 認定事実によれば,被告人以外の同席した中央会の関係者も,解散には反対 の意向であったようである。

(8)

について,L証券へ具体的提案を依頼していた。L証券は,(現行制度を前 提にすると)3年ないし5年で元本回復するには4%台の利回りが必要とな り,ハイリスク・ハイリターンの運用を行なわざるを得ない ,と回答した。

R社とM信託銀行は,この提案に慎重な姿勢を示したが,被告人らは 現状 の元本割れの状態で解散すれば中央会の存在そのものが否定され,現状より も更に状況が悪化した段階で解散に追い込まれようと,現状で解散しようと 元本割れという状況に変わりはなく,当面の目標を元本回復に置き,元本が 回復できる状況になればその段階で解散するか否かを判断する こととし,

平成14年12月に予定されている総会では,解約が急増し破綻することを防ぐ ために,既得権を損なわない程度での制度変更と運用のてこ入れを行なうこ とを報告することとした 。

同年12月5日に開催された中央会臨時総会において, 実績配当制 (へ の移行 等を内容とする年金制度の変更と, オルタナティブ を組み入れ る事等により,3〜5年で資産状況の回復を目指した運用とする ことが承 認された。

平成14年12月31日,被告人は,スイスの金融機関であるC社との間で,

“Trust Agreement”と,“Important Subscriber Information”を そ れ ぞ

れ交付し,契約を締結した。本件契約書においては,C社は中央会が購入を 決めた金融商品の購入手続や保管業務等の保護預かり業務を行うにすぎず,

どの商品をどれだけ購入するかという投資判断は中央会が行うことになって いた。

被告人は,C社に開設した中央会名義の口座に3回にわたって合計144億

11) 認定事実からは オルタナティブ資産を入れざるをえない との提案がなさ れたとのことである。

12) ただし,中央会の監事は,M信託銀行に同調し,早期の解散に言及していた。

13) 予定利率を固定するのではなく,配当利率を運用実績に連動させる制度のこ と。

14) 代替投資と呼ばれ,従来型の内外の債券・株式4資産と相関の低い運用手法 のこと。

その管理政策 年金を取り巻くリスクと

角 指 示 が 入 っ た た め、

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後 に 任 意 空 白 で ア キ を と っ て い ま す。

イ レ ジ ュ ラ ー 処 理 な の で、普 段 は 欧 文 4 分 ア キ で 処 理 す ること

に 字 幅 変 更32/32を か け て、段 落 を か け て

(9)

7981万円を送金し,C社を通じて額面合計143億9000万円分のチャンセリー 債を購入し,本件投資にかかるリベートとして平成15年1月から5月にかけ て合計1億3842万1468円を受け取った。

チャンセリー債は,利息等として平成15年9月に1億7566万8750円が,平 成16年3月に4億3537万5000円が,同年4月に3億172万5000円が,同年11 月に4500万円,同年12月に5000万円が,それぞれ支払われたのみで,その他 には利息や遅延損害金の支払はもとより元本の償還は一切なされなかった。

なお,チャンセリー社が調達した資金の運用先は平成16年6月に清算手続に 入っている。

2.2. 判旨の要約

被告人を懲役7年に処する。理由は以下のとおり。

被告人は,(年金投資において)その投資内容や危険性の程度を調査し,

その結果を踏まえて,投資の是非や適切な規模を検討した上,危険性を分散 した資産配分となるような運用額及び運用割合とするべき任務を有していた にもかかわらず,被告人は,…私募債であるチャンセリー債を中央会として 購入…(し),同私募債の購入を仲介した…(者)から,購入に関する謝礼 金を受領しようと企て,自己の利益を図る目的で,上記任務に背き,…十分 な調査検討等を行うことなく,従前の運用形態を変更して運用可能資産の大 半を同私募債の購入に充てることとし,…合計144億7981万円を送金し,…

(中央会に)チャンセリー債を購入させ,よって中央会の年金資産の運用対 象としてその仕組みやリスク等を把握していない商品で,かつ,リスク性の 高い商品を組入れ,しかも,その組入比率を年金資産の7割以上とし,もっ て中央会の年金資産構成上の危険性を著しく高め,中央会に通常の年金資産 運用上許容される限度を超えたリスクを負わせる財産上の損害を加えたもの である。

(10)

2.3. 本件の含意;なにが問題か

本件は,年金を運営していた中央会の事務局長を務めていた被告人の背任 罪(刑 247)を争った事件 である。刑法上の論点としては,本件財産が 背任罪の構成要件に該当するか,また上位者の決済を得たうえで(本件被告 人は中央会の事務局長に過ぎず,別に理事長等がいる)おこなった本件行為 についても背任罪が成立するか,が問われているが,リスク管理の観点から は,また異なった評価があり得よう。

認定事実によれば,本件年金はすでに平成6年度の時点で将来の給付に

(計算上)必要な金額,いわゆる責任準備金を割り込んでいたとされる。本 来であればM信託銀行がすすめるように早々に解散するか,もし継続するの であれば年金収支を相当させ,給付と反対給付を均等にするために,大幅な 資金の追加拠出が必要であったはずであるが,そのどちらもなされた様子は ない 。かわりに,高利率の金融商品に集中投資することで悪化した収支を 改善しようと図っている。既述の年金リスクに則して考えるならば,事業主 の経営リスクが顕在化することによって財政リスクが大きくなり,これをカ バーしようとして受託者リスクが大きな損失を発生させてしまった,といえ る。

これもすでに前述したところであるが,厚生年金基金や確定給付企業年金 においては法令で分散投資を求めている。本件年金は,いわば根拠法なき共 済であり,これらの法律の規制を受けるものではないが,認定事実から明ら かなように,この年金も …組合員等の老後の生活の安定を図るため,国民 年金等の公的年金制度を補完する… ことを目的として設立されたものであ ることを考えれば ,規範的あるいは倫理的にも不適切なものであったと言 わざるを得ない。本件年金も厚生年金基金等に準じた公共性を帯びており,

ゆえに同様の慎重さをもって分散投資されねばならなかったはずだからであ

15) 背任罪は上限5年であるが,余罪との併合罪で7年とされた。

16) 議論そのものはされていたようである。

17) 認定事実による。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

(11)

る 。

もちろん分散投資すれば,その利益は集中投資したときに比して小さなも のにならざるを得ず,チャンセリー債購入の動機である 責任準備金不足額 の一掃 には及ばないであろう。つまり,解散するにしても責任準備金をま ともに充足するための 正常な 判断がなされるならば,遅かれ早かれ,追 加拠出を決しなければならなかったはずである。事業主の経営リスクがそも そもの原因であるから,これを解消しない限りは解決しないはずだからであ る。

おそらく,本件で最大のリスクは受託者リスク,それも年金管理者らの (年金が)元本割れの状態で廃止すれば,…中央会自体の崩壊につながりか ねない という,メンツにこだわった,あるいは自己保身による意思決定を 許してしまった点にあるであろう。そうであればこそ裁判所は,本件投資を 不適切なものとして評価し,このような年金に不向きの投資をあえて行った 被告人はリベートが目的であったと判じたのである。

3.企業年金の健全性維持のために,誰がどのリスクを,どのように 管理するか

以上,簡単に酒販組合年金事件を概観し,そこから導かれる年金リスクを 確認した。前記厚生労働省の3リスクに則して整理し,本件から明らかにな ったことをいくつか確認しておく。

まず,いわゆる年金リスクのうちで財政リスクが顕在化した場合,すなわ ち企業年金に積立不足が発生した場合,事業主(母体企業,使用者)が追加 拠出に応じることは難しい,という点である。これは昨今の経済状況を考え れば無理からぬところである。業種等によっては少数の現役世代が多数の退 職世代を支えねばならぬことにもなりかねず,世代間の公平を損ないかねな いおそれもある。他方で,いわゆる賃金に能力給としてだけでなく生活給と

18) なにをもって適切な投資といえるかは難しい判断であるが,おそらく裁判所 は法令上の投資ガイドラインに従うことを念頭に置いているのであろう。

(12)

しての性格があることを考えると,企業年金も同様に当初の見込みどおりに 収支が相当しないので給付を減額する,というのも公平を欠くであろう。責 任準備金分については,極力,母体企業に拠出させ,それでも不足分がでそ うなときには速やかに給付減額や解散の話し合いができるようにしておく必 要がある。 傷が浅いうちに撤退する のもリスク管理のひとつであろう 。

つぎに前述との関連で,財政リスクが顕在化したときにハイリスク・ハイ リターンの運用でこれを清算しよう,という誘因が年金利害関係者らに共有 されやすい,という点がある。本件の認定事実からは不明なところもあるが,

一般論として,こうした危険な方法がとられることはありうるものと想像で きる。また,本件ほど極端でなかったとしても, 景気(株価)が上向くま で様子を見よう として,そのまま適切な清算時期を失してしまうことは十 分に考えられるところである。これなどは受託者リスクが顕在化した事例と いえるであろう。ときとして,政治的思惑(メンツや自己保身)から不適切 な運営判断がなされることもありうる。企業年金管理者には,専門的知識だ けではなく,適切な時期に適切な判断をおこない,それを他の利害関係者に 受容させる能力も求められるのである 。

現行の法制度を与件とするならば,究極的には企業年金が年金3リスクを 適切にマネージし,給付持続性を確保するためには加入者らの不断の監視・

監督が必要である,ということになろう。厚生年金基金等であれば公的規制 が期待できるが,それ以外の私的年金ではそれは期待できない。私的年金で あっても,単独設立型であれば事業主(母体企業,使用者)が労働条件のひ とつとして適切な管理をしてくれるかもしれない 。そうでなければ加入者 らも,確定拠出年金なみに年金についての知識を習得し,手間暇をかける気

19) いわゆる 損切り を想定しているが,実効性は困難を伴うであろう。法的 には,ある程度の幅を許容しなければなるまい。

20) ただし,個々の加入者らの思惑が絡み,合意形成は困難が予想される。ある 程度の目安があれば判断しやすいであろうが,企業年金の規模や性格の多様性 と一律的基準とが適合しうるかも検討されねばならない。

21) 森戸英幸 企業年金の法と政策 (有斐閣,2003年)261頁。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

(13)

構えが必要とされよう。

公的規制が期待できないということは,もろもろの わずらわしい 一切 のリスクを当事者らが解決しなければならない,ということであり,他者に よって損害された自らの利益は裁判を通じて取り返さねばならない,という ことをも意味する。問題は,企業年金の場合それが困難である,というとこ ろにある。本件においても,刑事事件とは別に年金受給者によって民事裁判

(損害賠償請求訴訟)が提起されている(東京地判平成18年4月24日判時 1955号43頁,東京高判平成18年10月25日判時1962号72頁)が,訴えは認めら れなかった。自社年金の破綻減額等の事情について,制度運営者は個別の受 給者に説明義務を尽くす必要はなく,損害賠償債務は存在しない,との判断 であった。かりに損害賠償が認められたとしても,おそらく当該の年金基金 あるいは管理主体は破綻しているであろうから, ない袖は振れない 事態 になるであろう。企業年金は破綻させないか,再保険による救済しかありえ ない のではないだろうか。講学上,リスク管理手法(リスク処理手段)

を論じるにあたっては,便宜的にリスクの事前制御をおこなうリスクコント ロールと,リスクの事後補償を手当てするリスクファイナンシングとに分け られる 。わが国の企業年金法は事前積立や分散投資の形で前者については 意を払うが,後者については企業年金連合会の行う一部の例外を除いておこ なわれていない 。年金リスクの管理を考えるならば片肺である。

また,被用者の生活保障や企業年金の公共性を考えるならば,およそ 年 金 の名称を冠するもので年金規制を受けないもの,というのは望ましいも

22) もっとも,厚生年金等の公的年金を充実させて,企業年金等の私的福祉コス トを下げる方法もあり得る。橘木俊詔=金子能宏編 企業福祉の制度改革 (東洋経済新報社,2003年)。

23) 森宮康 リスク・マネジメント論 (千倉書房,1985年)87頁,近見正彦=堀 田一吉=江澤雅彦編 保険学 (有斐閣,2011年)61頁(羽原敬二執筆)。

24) 再保険についての議論が,立法段階でなされていたが,実現しなかった。な お,翁百合 企業年金の健全性確保手段について 資本市場140号(1997年)

23頁以下。

(14)

のではないではないか。すでに述べたように,年金規制がされないというこ とは加入者らが徹底して監視・監督しなければならない,ということになる。

もしそうなれば,とくに現役の被用者の場合, 年金が気になって,通常業 務に使用をきたす などという本末転倒な事態を生じかねない。被用者等が 退職後の所得を気にすることなく 日常の業務に集中できるよう,企業年 金を包括的・網羅的に規制監督する方法を考える必要 もあろう 。

(筆者は同志社大学大学院総合政策科学研究科博士課程後期課程)

25) もちろん,被用者だけを保護せよと主張しているものではない。

26) 李洪茂 確定給付企業年金における受給権保護とその実効性 早稲田商学 409・410合併号(2006年)75頁。

27) 企業年金基本法 (仮称)のようなものが考えられよう。

企業年金を取り巻くリスクとその管理政策

参照

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