• 検索結果がありません。

File Information Type Doc URL Issue Date Citation Author(s) Title

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "File Information Type Doc URL Issue Date Citation Author(s) Title"

Copied!
96
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Instructions for use

Title 中国珠江デルタの「基塘農業」の経営実態と多面的機能からみる今後の可能性 : 順徳区杏壇鎮青田村を事例

地として

Author(s) 伍, 家慧

Citation 北海道大学. 修士(文学) 第51946号

Issue Date 2020-03-25

Doc URL http://hdl.handle.net/2115/77072

Type theses (master)

File Information thesis̲file.pdf

Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

(2)

I

令和元年度修士論文

中国珠江デルタの「基塘農業」の経営実態と多 面的機能からみる今後の可能性

順徳区杏壇鎮青田村を事例地として

文 学 研 究 科 人間システム科学専攻 指 導 教 員 笹岡 正俊

学 生 番 号

05183069

家慧

(3)

II

目次

1 研究背景と目的 ... 1 1-1. 背景 ... 1 1-1-1. 基塘農業... 1 1-1-2. 基塘農業をめぐる土地利用と関連政策 ... 3 1-1-3. 基塘農業に関する先行研究と問題点... 5 1-2. 目的 ... 2 研究方法 ... 9 2-1. 研究対象地 ... 9 2-2. 研究方法 ... 14 2-2-1. インタビュー調査... 14 2-2-2. 観察調査... 16 3 「基塘農業」の経営実態と多面的機能 ... 18 3-1. 生業の実態 ... 18 3-1-1. 養魚の実態 ... 18 3-1-2. 作業の内容 ... 20 3-1-3. 基面栽培の現状 ... 33 3-1-4. 基塘を中心とした生活様式... 38 3-1-5. 小括... 40 3-2. 水管理の実態と在来知 ... 41 3-2-1. 水環境の現状と管理 ... 41 3-2-2. 水管理の在来知とその変化... 46 3-2-3. 小括... 49 3-3. コミュニティの維持 ... 50 3-3-1. 作業での互助・協同労働 ... 51 3-3-2. 情報交換による相互扶助 ... 55 3-3-3. 飼料代の後払い ... 59 3-3-4. 基面における「半開放的な土地利用」 ... 60 3-3-5. 小括... 66 3-4. 「基塘農業」を続けることの意味 ... 67 3-4-1. 生業パターンの変遷 ... 67 3-4-2. 基塘農業に参入したきっかけ ... 69 3-4-3. 「基塘農業」の課題 ... 69

(4)

III

3-4-4. 基塘農業に対して農家が見出している意味 ... 71 3-4-5. 小括... 73 4 考察 ... 74 4-1.「基塘農業」の多面的な役割 ... 74 4-2.今後の展望:「基塘農業」の持続的発展に向けた課題 ... 76 4-2.今後の研究課題 ... 77 謝辞 ... 74 参考文献 ... 80 付録① 青田村の基塘農業経営に関する世帯調査質問票 面接式 ...1 付録② 情報交換活動の観察記録 ...3

(5)

1 章 研究背景と目的

1-1.

背景

1-1-1.

基塘農業

「基塘」は広東省の中で地域的色彩にあふれる土地利用形態で、主に珠江デルタ及び沿海 の干拓低地に広がっている。基塘という土地利用方法は、熱帯・亜熱帯平野部や河川の発達 している地位に卓越する。古来より、水害防止と農業生産を両立させるため、人々は窪地や 低地で池を掘り、掘り出した土を池の畔に積む。そして、池で淡水魚を育てながら、畔で果 物の木、桑の木、サトウキビなどを栽培する。現地では、池のことを「塘」(魚塘)、畔のこ とを「基」という。基で栽培する作物によって、「桑基魚塘」「菜基魚塘」(野菜栽培)「花 基魚塘」、「果基魚塘」、「蔗基魚塘」(サトウキビ栽培)という種類に分けられている。その 中で、順徳の「桑基魚塘」は最も広く知られている。

基塘農業は日照・温度・水などの自然条件および土地の特徴を十分に利用して、塘と基と を組み合わせた土地利用形態をとり、塘では養殖漁業、基では桑・サトウキビ・果樹などの 経済作物の栽培を行い、塘と基の間で植物・動物・微生物を利用した効率の良い生態系を作 り出している。基塘システムは土地空間を合理的に利用しており、高い経済効果を生み出し た。

写真 1 珠江デルタの基塘農業1 1基塘農業のイメージ図2

古来より、珠江デルタは広い水域と豊富な魚資源に恵まれ、「越人農耕、魚猟相兼」3と「飯

1 出所:https://k.sina.com.cn/article_2090512390_7c9ab00602000v6bw.html(最終閲覧日2019/01/04)

2 出所:http://www.pep.com.cn/czdl/rjbczdl/rjczdlwd/201203/t20120323_1444569.html(最終閲覧2019/01/04)

3 「越人農耕、魚猟相兼」:越の人が農耕と魚捕りを生業としているという意味である。越は古代で広東 地域を指していた。

(6)

稲羹魚」4などと表現されるように、伝統的な食材として魚が重要な位置を占めてきた。魚 養殖の起源は唐代にまで遡る。鯉も元々中国の伝統的な養殖品種であったが、唐代の皇帝の 苗字「李」5を忌避するため、青、草、鰱、鳙が「四大家魚」(養殖される4種の主要な魚種)

とされてきた。

宋代と元代になると、南に移住してきた北の人々が地元の住民と共に、くぼ地の改造経験 を活かし、「堵河筑堰而養魚」(堤を築き、掘ったくぼ地を魚塘に作り上げ、または小川を遮 断して魚塘に囲たんでいた)という。

明代初期には、商品化された魚塘経営がすでに珠江デルタに出現した。川沿いに堤が次々 に築かれた。潮の影響により、増水期間に川の水が排出されにくいため、人々は洪水が発生 しやすいくぼ地に池を掘り、魚養殖を始めるようになった。洪武10年(1377年)南海県に 322畝の魚塘があった。地元の人々が川沿いの堤と魚塘の畔でライチや竜眼6などの果樹 を栽培した。それは最初の「果基魚塘」だった。堤で果樹を栽培することによって、堤を固 めると同時に、住民の生計向上にも寄与した。このように、くぼ地を基塘に改変することは、

水害を防ぎ、土地資源を十分に利用することを意味した。

比較的に大規模的な商品性養魚事業ができたのは明朝の中期以降であった。養魚業が最 も繁盛したのは順徳の南海郡にある九江郷であった。九江郷の人の多くは子魚の捕獲を生 業としていた。

明代の中期以降、基塘システムが初めて順徳の龍江、龍山と高鶴などに現れた。地元の 人々は浸水しやすい土地で深く下げ、掘り出した泥を周囲に積み、凹んだところを池にした。

池で魚の養殖を、基面で果樹やサトウキビ、桑などの経済性作物の栽培を行っていた。

万歴9年(1591年)の土地測量の結果によると、順徳龍山郷の田と塘が 44947畝、この うち塘が8124畝あり、耕地の総面積の18%を占めていたという。明朝末期の一時期には、

九江の基塘面積は耕地の総面積の80%に達していた。

基塘という生産方法が明朝中期に生み出されたのは偶然ではなかった。これは、宋代と元 代以来、くぼ地と低地への管理経験の活用と発展であり、また明朝中期以降の人口増加が高 密労働力型の基塘生産にとって有利な一要素でもあったためだ。

乾隆22年(1757年)に、広州が中国と西洋の貿易都会に確立されたことによって、蚕桑 業は珠江デルタに独占されるようになった。それをきっかけに、「棄田筑塘,廃稻樹桑」7 ピークを迎え、珠江デルタは有名な糸の産地になった。清代末期、太平天国の乱により、江 南地区の糸の輸出が困難になったため、糸の価格が上昇し、珠江デルタが再び「廃稻树桑」

のピークを迎え、蚕桑区が拡張していった。

4 「飯稲羹魚」:前漢時代の歴史家である司馬遷が執筆した『史記 貨殖列伝』からの言葉。米を主食に、

魚をおかずにという意味である。

5 中国語では、「李」と「鯉」の発音が同じである。

6 竜眼:リュウガン。東南アジアから中国南部原産の常緑樹である。果肉(仮種皮)はライチに似た白く

果汁の多いゼリー状で、中央に中に大きな種子がある。この種を竜の目に例えて竜眼の名が付けられた。

果実は生食だけでなく、乾燥したものも広く利用される。

7 「棄田筑塘,廃稻樹桑」:畑を塘に変え、稲作をやめて桑を栽培するという意味である。

(7)

1920 年代に、珠江デルタの主要な蚕桑生産地域は本来の南海、順徳、中山のほかに、新 会、三水、番愚、鶴山、東莞などの十数県へ拡張していた。桑畑が100008(≒667km2 にも達し、従業者が200万人余りであった。蚕の年産量は340万担9で、総生産額が6千万 元あまりだった。この時期の蚕桑業が僑汇10と並んで、珠江デルタの経済の二つの柱になっ た。

1930 年代に、戦争と世界的経済危機の影響で、蚕桑業が激しく衰退するようなった。同 時に順徳で砂糖工場の発足により、「蔗基魚塘」が繁盛するようになった。改革開放の後、

「桑基魚塘」と「蔗基魚塘」が基塘農業の主な形態として発展しいった。とはいえ、市場経 済の導入や環境汚染、また砂糖工場の倒壊など一連の影響を受け、20世紀末に、「桑基魚塘」

と「蔗基魚塘」がほぼ順徳から消えた。その後、市場の需要に応じて、基塘農業は高収益を もたらす養魚に特化するか、高い経済価値を持つ作物(花と野菜)の栽培と養魚を並行する 経営形態に変化した。

1-1-2.

基塘農業をめぐる土地利用と関連政策

単一化へ衰退していく伝統の基塘農業を活気づけ、新しい時代の需要に応じて、経済生産 や観光、環境保全などの多機能な複合農業システムとして基塘農業をよみがえらせるため、

政府は基塘の改修計画と農業保護区などの政策を続々と立案した。そして、インフラ整備と 生産環境の改善を通じて基塘農業の持続的発展を支援してきた。

基塘の改修

基塘は現在でも順徳区の農業景観と生態景観を形作る上で重要な役割を果たしている。

2000年以来、「青山、碧水、藍天」(緑の山、きれいな水、青い空)という環境改善工事の一 環として、順徳区の政府は衰退している基塘を広範囲にわたり改造する計画を立てた。2005 年まで、面積 27 万亩の古い基塘の総合的な改修が行われた11。改修された基塘は塘の深さ 2.5m以上になり、容積が大いに増えた。さらに、基塘用地は、碁盤の目状のように整え られ、排水路が拡大し水質が改善された。また交通や水道や電気の整備によって生産条件が 一気に改善された。(黎ほか 2005)

8 頃(けい):中国の伝統的な面積の単位である。100畝(ほ、ムー)が1頃にあたる。

9 担(たん):中国の伝統的な質量の単位である。1担は100斤と定義されているが、1斤の定義が国によ って異なるため、1担の大きさもそれによって異なる。中国大陸の市制ではちょうど50 kgである。

10 海外の華僑から中国国内の家族などに為替によって送られた金。

11 佛山市順徳区人民政府.「左涛強同志在全区環保25周年記念大会上的講話(摘要)(左涛強が順徳区の 環境保全活動25周年記念大会での講演(摘要))。

http://www.shunde.gov.cn/data/main.php?id=14313-10073(閲覧日 20170217日)

(8)

表 1 佛山12市の土地利用現状統計(2015年)

面積(ha) 総面積での割合

耕地 37286.02 9.82%

園地 11247.11 19.01%

草地 5562.49 1.46%

町と工鉱用地 123209.90 32.44%

交通運輸用地 15223.62 4.01%

水域と水利施設 109248.60 28.77%

他の土地 5803.37 1.53%

出所:『佛山市土地整治規划(2016-2020年)(佛山市の土地利用計画)から引用。

佛山市2015年土地利用変更の調査データによると、市内土地の総面積は379772.38 ha ある。佛山市の水域面積は総面積の1/4を占めている。珠江デルタのなかでも、多くの基塘 が分布しているのは佛山市である。網目状に河川が伸びる土地に築かれた古跡、村落、古建 築及び基塘が、嶺南水郷文化13を生み出した土台である。

今後、科学発展観を徹底し、耕地保護と土地の有効利用をめぐる措置を着実に展開するた めに、佛山市は実際の状況に応じて『佛山市土地整治規劃(2016-2020年)(佛山市の土地 整備計画)という指導書類を作成した。書類の中で、市内の土地整備戦略、五年以内の土地 改修の目的と任務、土地整備の重点地域と重点項目及び関連措置が打ち出された。

土地改修計画については、基塘を最適化するという目標が取り上げられた。さらに、「保 護、改良、協調、発展、景観づくり」を原則に、三つの方針が立てられた。まず、原始状態 である(改修されていない)基塘に対し、嶺南水郷の色彩を帯びた「桑基魚塘」に復元させ ること。そして、集約化生産に転じた魚塘に対し、高い基準のもとで、「効率が高い、生産 性が高い、質がいい、環境にやさしい」という現代化・標準化の基塘を構築すること。また、

半集約化の基塘に対しては、レジャーと農業生産を結合した「菜基魚塘」「花基魚塘」「果基 魚塘」「蔗基魚塘」など景観型の基塘に改造すること。

さらに、以上に述べた整備の方針に基づき、実際には観光の要素も入れ、元の基塘農業用 地を多面的な機能をもつ空間に作り変える。多様な機能によって、土地を平たんにしたり、

灌漑と排水などの用水路の整備を行ったり、基塘の間でつながる道路の整備を行ったりし て嶺南水郷文化を代表する基塘を最適化する。プロジェクト期間中、4180.00haの基塘の整

12 中華人民共和国の広東省にある地級市。広東省のほぼ中央に位置し、禅城区・南海区・順徳区・三水

区・高明区というつつの市轄区に分けられている。

13 水郷は大河川の下流域に形成された低地で、多くの水路網や湖沼群などが分布する広い地域という。嶺 南水郷は特に広東省にある珠江デルタ地域のことを指す。魚と米が豊かである地域で、そこから生み出さ れた景観、建築、風俗風習、食生活、芸術などを総じて嶺南水郷文化という。

(9)

備を展開する予定である。

表 2 佛山市の基塘改修計画の重点対象地域(単位:ha)

改修の類型 行政区域 鎮(街道) 面積

基塘整備の重点区域

南海区 丹灶鎮 643.17

順徳区 杏壇鎮 1337.29

三水区 楽平鎮 1200.72

小計 3181.17

出所:『佛山市土地整治規劃(2016-2020年)(佛山市の土地整備計画)佛山市国土資源と城郷規劃局 20184月により。

基塘農業保護区

さらに、『佛山市土地整治規劃(2016-2020年)(佛山市の土地利用計画)によると、佛山 市では、基塘農業が生産機能にとどまらず、文化の伝承や環境保全など多面的な機能を発揮 するように推進するため、地域内の五つの区割りにおいて、基塘農業保護区を設置したとい う。基塘農業保護区は、順徳区の杏壇鎮(研究対象地域)、均安鎮、勒流鎮、龍江鎮と南海 区の西樵鎮や九江鎮を中心に、魚塘生産を礎とし、基塘農業を広めることによって、杏壇鎮 または均安鎮で基塘農業に基づく生態型農業文化と食費安全の模範区を築くことを目指す という。特に順徳区のタウナギ(Monopteros albus)14、スッポン(Pelodiscus sinensis)15とオ オクチバス(Micropterus salmoides)16養殖を重要な生産対象として取り上げられた。また、

本研究の対象地域である杏壇鎮の青田村を含めて杏壇鎮全体は西部湿地環境保全地域に編 入され、「基塘農業の保全を重点に、生態農業をより一層の発展へ」という方向が示された。

一時的には衰退していった基塘農業は基塘農業保全と基塘用地の再建に関するプロジェ クトによって、規模の縮小に歯止めをかけたが、それはあくまで保護という階段にとどまっ ている。これから新しい時代に、どのように基塘農業の特徴を生かしてその持続的発展を実 現していけるかが注目されるようになった。

1-1-3.

基塘農業に関する先行研究と問題点

1950年代に、鐘功甫教授が『地理学報』で公表した「桑基魚塘」を論ずる文章の中で、桑

14 タウナギは中国語では「鱔魚」(シャンユー)「鱔」「黄鱔」(ホワンシャン)などと称す。主に沼や水 路、水田などの温暖な淡水に生息する。東南アジアから東アジア南部に広く分布し、インド、マレー半 島、フィリピン、中国(東部、南部、四川省)朝鮮半島、西日本に見られる。

15 スッポンは他のカメと異なり、甲羅表面は角質化していないので軟らかく、英訳のSoft-shelled turtle

(柔らかい甲羅を持つカメ)の由来にもなっている。中国・日本・台湾・韓国・北朝鮮・ロシア南東部・

東南アジア。食性は動物食の強い雑食で魚類、両生類、甲殻類、貝類、稀に水草等を食べる。

16 オオクチバスは原産地アメリカ合衆国の淡水魚で、食性は肉食性で、水生昆虫・魚類・甲殻類・節足動 物などを捕食する。自分の体長の半分程度の大きさの魚まで捕食する。成熟齢は2年から5年といわれ、

一般には23cm前後で成熟する。

(国立環境研究所https://www.nies.go.jp/biodiversity/invasive/DB/detail/50330.html 最終閲覧日 20201 8日)

(10)

の栽培と蚕の養殖、魚の養殖の間にある循環型生産の特徴を指摘し、その原理を分析した。

しかし、生態学の視点から「桑基魚塘」が人工的生態システムとして議論されはじめたのは 1980年代のことであった。鐘功甫がその代表作である『珠江デルタ基塘系統研究』(科学出

版社 1987)の中で、基塘システムの形成及びその変遷、システムの構造や機能、システム

内のエネルギー交換や物質循環、各種の基塘システムの経済性と優化に関して議論を展開 している。特に、先行研究を踏まえて、歴史学の視点を取り入れ、この農業生産の歴史的変 遷を、沙田の開発や商人資本の繁盛、国際糸市場の衰退との関係性に結びつけて論じた。さ らに、『基塘系統的特徴及其実践意義(基塘システムの特徴及びその実践的意義)』(1988)

の中で、農業生産の向上と生態環境の保全という視点から基塘農業の多面的な機能をまと めた(①水分と養分の調整 ②水害と渇水への緩和 ③農業生産の安定性と高収穫を保つ 簡易で効率的な生産方法 ⑤ゼロ汚染 ⑥有機性廃棄物と排泄物を十分に利用し、環境に優 しい)。21世紀に入って以降、陸ほか(2003)は、当時新たにできた生産システムの持続可 能性を評価する指標(EISD)を使い、「養魚」「牧畜」「栽培」という三つのサブシステムを 比較した結果、持続可能性が最も高いのは「養魚」サブシステムという結論を導き出した。

同時に、基塘農業は気候や自然環境への依存性が低く、基本的に人の管理によって成り立た っていたため、地域への適応性と普及性が高いというところから、持続可能な農業として評 価している。さらに、農村経済の発展や、環境保全、土地資源の持続的な利用からみても、

基塘農業は珠江デルタの自然条件の下で、持続可能な生態農業として最適であると考えら れる。魏ほか(2011)は農業文化遺産という視点から、基塘農業は生産の多様性、生物の多 様性と文化の多様性を抱え、養殖と栽培のような分離と単一化の生産形態を打ち破り、ダイ ナミックに組み合わせることによって、複合的な農業生産システムを生み出したと述べた。

同時に、土地資源への利用を最大化することによって、地域の発展と地元コミュニティの維 持と強化に莫大な貢献を果たしてきたと称賛した。

Amy Wong Chor Yee(1999)によると、1980年代後半、基塘農業は在来種である四大家魚

の養殖数が減ると同時に、栄養物質と化学薬品の使用に頼る単一化養殖、また集約化の三高 水産業17に転ずるようになったという。こうした変化につながった主な社会経済背景につ いて、趙(2001)は改革開放政策の実施による迅速的な工業化と都市化が主な原因として取 り上げた。また1990年代以降、生産責任制に関して三つの改革が施された。「分配から入札 へ、入札数は個人の能力(資金、技術、労働力)により;分散的な経営から集中的な経営へ;

長期の請負から短期の請負(3~5年)へ」という農業生産における 3つの改革によって、

基塘経営はさらなる大規模化と集約化になると同時に、請負費用も大幅に上昇するように なった。結局、高価格・高利益な経済性養殖(タウナギとスッポンなど)がより広がり、魚 塘の面積が拡大され、基面がより狭くされるように、環境を犠牲に、社会経済利益を優先す

17 三高水産業:三高とは「高効率、高質、高収穫」という水産業発展の目標である。

(11)

る新たな基塘の経営形態が現れるようになってきたのであるとAmy Wong Chor Yee(1999)

の研究で明らかになった。

劉(2008)は1988年~2006年の土地利用の変化と漁業生産額を分析した結果、実際に基 塘の総面積にほぼ変化はなかったが、2000 年の順徳区における養殖魚種の種類と面積の分 布状況、及び栽培業の生産状況に関する統計結果によると、基塘農業の内部構造では大きな 変化が起きたことが分かった。その具体的な変化に関して、趙(2001)は2000年順徳区に おける主要な養殖魚種と栽培品種の面積・分布状況を調べている。その結果、養魚は淡水魚 の養殖(特に肉食の魚種)に特化したことで、経済性作物と糧食作物の比重が大幅に下がっ たことが明らかになったと述べている。こうした変化が起きたのは肉食魚の養殖では高い 水質と養殖技術が求められ、伝統の生産方法が適さなくなったため、経営者がより養魚を重 要視するようになり、基面栽培を徐々に放棄するようになったからである(趙 2001)

さらに、速やかな工業化と都市化、産業構造の改革という背景に、基塘農業は人口の激増、

人口と土地の矛盾、工業汚水や生活汚水、及び化学肥料の多用による水汚染(魏ほか 2011)

という外部環境の問題に囲まれている一方、基塘の萎縮、農産物の品質低下、産業化の遅れ、

生産効率と収益の低下という経営側の問題も著しくなってきた(黎ほか 2005)

以上の先行研究では基塘農業の現状及びその社会経済や政策の背景について十分な分析 が行われた。これらの厳しい課題を目の前に、多様な視点から基塘農業の持続的可能な発展 に関する研究が次々と成果を見せた。そうした研究の中で最も強調されたのは以下の三つ である。まずは合理的な土地利用の計画と基塘農業の保護区を作り、総合的な管理を行うこ とを重点に置くべきであること。そして、生産と経営の現代化を推進し、市場の需要に応じ て養殖と栽培品種を改善し、生産の多様性による複合生産方法を再建すること。また、技術 革新による生産条件の向上を目指し、生産と流通の情報化によって生産効率と情報収集の 向上を求めること(何ほか 1998;魏ほか 2011;黎ほか 2005)

趙(2001)は基面栽培が衰える根本的な原因を、栽培の収益低下と人件費コスト向上に帰 結した。栽培を振興するには、収益が高い作物(果物、野菜と花など)を栽培することによ って基面栽培の経済利益を上げること、そして、サブシステムのつながりを活用し、基面を 貸しだすこと、また園芸産業と牧畜産業を連携し、基塘資源の循環利用を回復するなどの方 向を提案した。

一方、何(1998)と郭・司徒(2010)は、部分的に「桑基魚塘」を復興させ、第三次産業 と連携し、その伝統農業の文化価値と基塘農業に基づく水郷文化の魅力を社会に広く伝え ると同時に、観光や飲食、リゾート、展示、体験学習など多様なサービスを提供する観光産 業クラスターを構築するという基塘農業の新しいあり方を取り上げた。

これらの対策では主に、政府側の主導による土地利用における合理的な開発と管理、技術 革新と現代化管理の支援による経営の改善を促すこと、また経営者側による市場の需要に 応じて養殖品種と栽培品種の組み合わせを調整すること、第三次産業との連携で、収益向上 と伝統文化の伝承の両立を図ることなどがまとめられた。

(12)

しかし、それらはいずれも政府側の主導が必要な措置、また農業技術や生産方法、経営方 法など、基塘農業を単独に取り上げて議論している研究であり、経営者つまり農家の視点か らの研究はいまだに足りないと言える。

基塘農業が地域社会の産物であると同時に、地元の社会と個人にも影響を与えていると 思われる。よって、これからは基塘農業の今後の可能性について議論するには、基塘農業と と農家、および地元のコミュニティとの深いつながりに目を向けることが大事だでろう。特 に基塘農業と深くかかわっている農家、要するに「人」に関する研究、及び基塘農業に関す る地元のコミュニティとのつながりへの注目が必要だと考えられる。

1-2.

目的

以上を踏まえて、本研究では、古くから基塘農業が盛んに行われてきた広東省佛山市順徳 区青田村を研究対象地として、先行研究が取り上げてこなかった農家の生活様式や基塘農 業に見出している意味に着目しながら、基塘農業の多面的な役割を明らかにする。そのうえ で、基塘農業の持続的発展のための課題と展望について考察する。

(13)

2 章 研究方法

2-1.

研究対象地

広東省順徳区は珠江デルタの中部に位置している総面積806.15km2の行政地域である。北 側は広州と隣接していて、香港とも地縁が深いところである。大部分の地域は沖積平原にあ り、西部と南部にいくつかの丘がある以外は平坦な地勢である。

川が網のように流れている順徳区は、主要な河川を 16 本抱えていて、多くの川は深く、

通航と灌漑、養殖に有利である。各種の農業の中で、基塘農業が最も広く分布していて、主 に西北部、西南部と中部に集中している。西南部と中部は地勢が低く、酸性土壌が広く分布 しているとともに、有名な「塘魚」18と「塘蔗」19「蚕の子」の産地と称されていた。「塘 魚」の産量は全国のトップでありながら、塘蔗、バナナ、花卉も広東省において重要な位置 を占めている。

図 2杏壇鎮の位置20

18 基塘で生産された魚。

19 基塘で生産されたサトウキビ。

20 中国まるごと百科事典. https://www.allchinainfo.com/ により作成。

(14)

10 図 3 青田村の位置21

青田村の概況

杏壇鎮は順徳区の一つの行政町であり、古来より独自な水郷文化を生み出してきた有名 な水郷として広く知られている。図 3 のように、本研究の対象地である青田村(東経113°

北緯20°50’)はこのような水郷に属している自然村である。村の総面積は約690畝(≒0.46

km、そのうち、農用地は約580畝(≒0.39 km)、住宅用地は約50畝(≒0.03 km)を 占めている。

青田村は、亜熱帯・熱帯モンスーン気候区域に属している、一年を通して温暖多湿で、年 間の平均気温が10度を上回り、最低気温は0度に下回らないという気候上の特徴を持って いる。

400年前(明代万暦)に杏壇鎮安教大社分支出身の劉瑶泉と劉卓霞がこの土地で新しい 村を開拓し、池を掘り、掘り出した土を池のほとりに積み上げることによって、村内で基塘 農業の礎を固めた。

2016年の統計によると、青田村は700人余の総人口と170余の世帯を抱え、劉氏の世帯 は総世帯数の90%を占めている。40年前に陳氏の1世帯が村に定着してから現在まで、す でに3世帯の 10数人まで発展している。人口が最も多かった時期は 2000人余に達したこ ともあった。その後、戦争や飢餓、病気などの原因で、人口が一度100人余に減った時期も あった。解放後は徐々に人口が増え、700人まで回復した。現在、若者の流出による過疎化 と高齢化の現象が進んでいる。

21 ①村民委員会とは、中華人民共和国において、都市地域社会(社区)に設置された居民委員会と同様 に、正式な行政組織には含まれない末端レベルにおける大衆住民組織である。中華人民共和国憲法は、居 民委員会と並んでこの村民委員会を住民自治の基層組織と定める。(Weblio辞書により)

②httpwww.baike.comwiki%E6%9D%8F%E5%9D%9B%E9%95%87により作成。

(15)

11

写真 2 青田村の「蓮の池」(2019214 撮影)

村の南側には約4000m2の「蓮の池」があり、もともとは魚塘だと言われている。開村さ れたときにすでにできたこの池は最初、稲の育苗として使われて(育てた苗は農家の世帯に 分配される)、その後魚塘に戻され四大家魚の養殖に使われていた。約15年前から、村民の 合意のもとで、池はハスを育てる場として使われるようになり、観賞と環境づくりの役割を 果たしてきた。青田村は深さ2.3 m、広さ8 m、長さ1000 mの小川に囲まれている。「玉の 帯」と呼ばれているこの川は風水22による設計の一つであり、数百年前には帆船まで通れて いたと言われているが、現在では小船しか通れなくなった。

産業発展

1978 年の中国共産党第十一期中央委員会第三回全体会議以降、青田村で承包责任制が実 施されはじめ、農民は村の生産小隊から生産を請負うようになったが、農民は一定数量の農 作物を国家に上納し、それ以外の余った農作物については農民が自由に処分してよいこと となり、自由市場に農作物を販売してよいようになった。そのため、村民が益々積極性を示 すようになり、各世帯には木船と泥の運搬器具が配置された。さらに、村民たちが自由に経 済性作物を栽培できるようになったため、収入が大幅に増加した。

村の中で、村民の収入を上げるために、貝灰工場を建て、机帆船を購入した。育てた作物 を机帆船で各地に販売・発送していた。これらの措置によって、人口の増加と土地の制限に よる就業問題を解決できた。伝統的な農耕生産に科学的な生産要素を加え、一歩先にオオク

22 風水とは、古代中国の思想で、都市、住居、建物、墓などの位置の吉凶禍福を決定するために用いられ てきた、気の流れを物の位置で制御する思想。

(16)

12

チバスやケツギョ(Siniperca chuatsi)23、カムルチー(Channa argus)24、スッポンなど経済 性養殖品種を導入し、養殖の多様化によって生活向上を図ってきた。

表 3 青田村の年表 明代の万

歴年間 開村

1940年代 戦争時期に、隣村の人からの盗難と略奪を受け、漁獲ができず、餓死や病死 に至った人が多かった。

1950 青田村が解放され、龍潭村に編入された。

1951 貧農協会25が発足。

1955 農業生産合作社26が成立、3つの生産小隊に分かれて、安教片に編入された。

1958 大躍進政策と人民公社化運動に巻き込まれ、夜にも農業生産を強いられた。

1968 3つの生産小隊が1つに合併された。

1972 青田総合商店が開業、村民の生活に便利をもたらした。

1974 サトウキビ栽培が空前な繁盛を迎え、順徳の農業示範地域に称された。

1974 貝灰工場が発足。

1975 青田文化室が発足。

1975 機動船を導入、初めて機動船を所有する村。

1975 生産小隊の新しい事務所が落成、最も大きい生産小隊になった。

1979 赤レンガ工場が発足。

1982 「万元戸」27ができた。

1990 道路が通車。

2002 村の基塘が「広東省万畝農田示範地域」28に編入された。

2016 政府からソーシャルワーカーが派遣されてきて、振興活動が発足。

出所:劉瑞慶、劉允平、劉兆基、劉錫亮(2016)『青田村村誌』より。

調査地として選んだ理由

20189月の頃、筆者がインターネットで「基塘農業」に関する情報を検索すると、青

23 ケツギョ(鱖魚、桂魚)は、スズキ目に分類される魚類。大河川の中流域、ダム湖などの淡水域に生息 する。中国大陸東部沿岸の黒竜江省(アムール川)から広東省にかけての各水系に分布するが、華南より も華北に多い。現在は、また、広東省を中心に大規模な養殖が行われている。食性は捕食性の肉食で、魚 類・水生昆虫・甲殻類等を食べる。白身で癖がなく、食感もぷりっとしていて良く、小骨がないため、中 国では高級食材として扱われている。

24 カムルチー:東アジアに分布する肉食性の大型淡水魚である。中国語で「黒魚」(ヘイユー)と呼ばれ ることが多いが、広東語では「生魚」(サーンユー)と呼ばれている。

25 農民組織として土地革命期(1927‐37)には貧農団や雇農工会,抗日戦争期(1937‐45)には農民救国会がそれ ぞれできている。また下って63‐65年の農村社会主義教育運動期,文化大革命期には貧農・下層中農協会 が組織された。これは農村で階級闘争を進め,人民公社幹部を監督・援助し,集団経済を強化・発展させる うえで役割を発揮したとされる。

26 日本の協同組合にあたる中国の組織。互助組、初級合作社、」高級合作社という形態をとって順次発展 していった。互助組は個人経営の基礎のうえで集団的に労働し、一部の役畜や農具を共同使用するのが特 徴。初級合作社では土地、役畜などの生産手段はまだ農民の私有である。高級合作社では土地は集団所有 となり、役畜,農具も合作社が買取り、おもな生産手段の集団的所有制が実現。

27 改革と開放政策が実行された1980年代なかばの中国で、年間収入が一万元以上になった家族をいう。

収入の高い家庭・世帯を指す。

28 珠江デルタを核心的な地域にある面積約300万畝(2000㎢)の基塘保護地域を指している。

(17)

13

田村の記事29が目に入った。古村落保護の対象としての青田村では、20169月に、過疎化 の現状を改善し、歴史的風景の保全と地域の振興を目指す「青田行動」という村民の参加に よる古村落の振興プロジェクトが政府側に率いて始められた。その中で、「基塘農業」の代 表である「桑基魚塘」は、典型的な循環型生態農業として、伝統文化の継承に欠かせないと され、注目が寄せられている。

古くから基塘農業で繁盛を極めた青田村は、農業を主な生業としていた。現在でも基塘農 業が主な生業として営まれていて、農用地が工業用地からの影響が少ない。さらに、清代か らの村の構造や建築、また多様な伝統的文化や風俗も保存されている。こうした背景を調べ る中、基塘農業にどのような可能性が潜んでいるのかという漠然とした疑問が頭の中で浮 かんだ。そして、古くから基塘農業を受け継いできた青田村では、新しい時代に、基塘農業 との新しい付き合い方が見つかるかもしれないであろう。

29 http://www.shundecity.com/a/travel/2017/0209/192871.html?1487132043(最終閲覧日:2019/7/20 http://www.foshannews.net/sd/sdtt/201808/t20180827_185964.html(最終閲覧日:2019/7/20)

(18)

14

2-2.

研究方法

2-2-1.

インタビュー調査

本研究は基塘農業を経営している農家の生業活動と生活様式に注目することによって、

基塘農業の現状とその価値づけを明らかにすることを目的にしている。口述のデータが多 いと予想され、筆者がインタビュー調査と観察調査を中心として調査を展開することにし た。

予備調査期間中、偶然に飼料屋のオーナーである徐キ氏と出会い、初めて彼から青田村の 基塘農業についての情報を手に入れられた。手短に話しあった後、徐キ氏が駅まで送ってく ださった。別れる際に、「俺、ベテランの農家何人も知ってるから、次回来るとき、紹介し てあげるぞ」という親切な言葉をいただいた。これをきっかけに、他の対象者と知り合った わけである。

表 4 調査対象者のプロファイル

農家 性別 年齢 出身地 最終学歴 基塘数 経営年数 労働力 養殖種類 栽培 兼業 徐キ 43 龍潭村1 中学校 2 7-8 1 オ・フ・コ2 飼料販売 劉ワ 56 青田村 高校 1 20 1 同上 ×

劉ブン 74 青田村 小学校 1 20 2 同上 ×

劉ゼン 72 青田村 小学校 1 20 1 同上 × ×

劉ヒョウ 65 青田村 小学校 1 10年+ 1 同上 ×

劉キョウ 58 青田村 小学校 1 10年+ 2 同上 ×

劉ハク 37 青田村 高校 2 4 1 同上 ×

劉ホン 63 青田村 2 20 1 同上 ×

ホウ 60 勒流鎮 小学校 6 20 3 同上 ×

劉キ 83 青田村 中学校 0 10年+ 1 × ×

出所:フィールド調査より。

注:表中の記号は以下のように表す:「◯」は有り、「×」は無し、「―」は不明である。

(19)

15

図 4 青田村の基塘範囲と対象者基塘の位置図30 写真 3 龍潭村の基塘分布図31

(2019829 撮影)

表 4 調査対象者のプロファイルのように、本研究は徐キ氏の飼料屋のお客、また毎日そ こで集まる人(ホウ氏、劉ホン氏を除く)を中心として展開した。そのうち、劉キ氏はすで に基塘農業をやめて、今は身内の基面を借りて日常的に野菜を栽培している。その他に、経 営者の劉ハク氏とホウ氏に対しては20192月に、基塘の概況を先調べするために聞き取 り調査を行ったが、本調査の対象には入れなかった。

インタビュー調査の内容(付録①を参照)については主に「世帯の基本情報」「基塘農業 の経営現状」「資源の利用と管理」「労働組織」「人生経歴と個人の考え」「日常生活」と いう6つの大きな区分を設けた。また、「地元の観光業」「昔の基塘農業像」などの内容も インタビューする際に臨機応変に付け加えた。

インタビュー時間に関しては、農家の作業を妨げないように、最も忙しい午前中を避けて、

主に午後に農家が餌やりをしている間に1時間にわたり聞き取りを行うようにした。また、

30 写真3とフィールド調査により。

31 龍潭村の村民委員会のスタッフ・ケン氏により。

3の記号(対象者の基塘位置)

0 梁氏 4 劉ブン氏 8 劉ヒョウ氏 1 劉ゼン氏 5 劉ワ氏 9 劉ハク氏 2 劉ホン氏 6 ホウ氏

3 劉キョウ氏 7 徐キ氏

(20)

16

農家がそれぞれ一人で動くことが多かったため、午後の活動時間と活動場所もより固定的 であると考えて、インタビューをなるべく午後に選定した。さらに、インタビューの回数は 必ず1回に終わったとは限らず、人によっては数回以上にわたる場合もあった。

表 5 インタビュー調査の概況32

対象者 調査日

徐キ 2018214日、2018226日、2019823日、

201995日、201997

劉ワ 2018214日、2018226日、2019829日、

201993日、201994

劉ブン 2018214日、2018215日、2019831日、

2019911 劉ゼン 201997

劉ヒョウ 2018214日、2019828日、201995日、

201997

劉キョウ 2018226日、2019821、201994 劉ハク 2019914

劉ホン 2018215日、2018226 ホウ 2018226

劉キ 201994日、201995日、2019911 2019828

出所:フィールド調査より。

2-2-2.

観察調査

本研究は主に基塘農業の作業実態と農家の生活様式に注目するため、それらのデータを 最大限収集する上で適当なのは、観察・記録という方法だと考えられる。魚捕り作業、餌や り作業、稚魚飼育作業、情報交換活動などというような、インタビューだけでは明らかにで きない内容に対して、インタビュー調査と合わせながら、観察調査も取り入れた。

表 6 観察調査の対象と内容

対象活動 観察日 時間

魚捕り作業 2019215 7:00~11:00 餌やり作業 20198月~9 16:30~18:00 稚魚飼育作業 2018226

情報交換活動

2019823日、2019828日、

201995日、201997日、

201999日、2019914日、

14:00~17:00

出所:フィールド調査より。

32 フィールド調査より。

(21)

17

(22)

18

3 章 「基塘農業」の経営実態と多面的機能

3-1.

生業の実態

基塘農業が養魚に特化した現在、養魚はすでに農家たちの主な収入源となった。そこで、

飼養対象は在来種の「四大家魚」が徐々に高利益のオオクチバス、スッポン、タウナギなど に代わるようになった。こうした養魚を中心とされた背景に、本節では、基塘農業の中心的 な生産システムである養魚に目を向けながら、基面利用の実態を把握する上で、農家の生業 と生活のあり様を明らかにすることによって、基塘農業像を描き出す。

3-1-1.

養魚の実態

表 7 「基塘農業」の経営概況

出所:フィールド調査より。

1:「畝」は尺貫法における土地の面積の単位である。中国の伝統的な面積の単位で、現代中国語音で「ム ー」と呼ぶ。現在の市制においては、1畝は 2000/3 m2(約6.67アール)にあたる。15畝が1ヘクタ ールになる。表7では、6畝≒4000m2になる。

2: 労働力が2 名いる場合では、夫婦経営となっている。ホウ氏の場合では、家族経営となっている。

表 7 「基塘農業」の経営概況のように、農家たちが経営している基塘は基本的に 1~2 か所である。ホウ氏と梁氏のように3カ所以上経営している人もいるが、労働力が1~2 である場合、3カ所が経営できる限界である。また、2カ所以上営んでいる場合、経営中の 基塘が全て青田村にあるとは限らず、他の村にあることも珍しくない。

経営する基塘数は、資金はもちろん、労働力と年齢、また個人の体力にもよる。年齢の原 因で基塘数を減らした人もいる。これについて以下のような語りがある。

「若いときは3つやってたが、年取った後、他の2か所をやめて、今は1か所だけ夫 婦で経営してる。

――劉ブン氏[2019831日]

「7、8年前まで2つやってた。だんだんやっていけないと思って、中の1か所は徐 氏に譲った。

――劉ヒョウ氏[2018214日]

「2年前までは2つあったが、だんだん年取ってると実感して、負担だと思って中の 1つをやめた。

ブン ゼン ヒョウ キョウ ハク ホン ホウ 基塘の数 2 1 1 1 1 1 2 2 3 6 基塘の面積(畝1) 6.1 6 6 5+ 6.2+ 6 6 6 ― 6 経営年数(年) 7-8 20 20 20 10 10 4 20 4 20

労働力(人)2 1 1 2 1 1 2 1 2 1 3

(23)

19

――劉ゼン氏[201997日]

「去年までは3つやってたが、今年からは1つになった。仕事もほぼ一人だから、だ んだん体力も追いつかなくなった。

――劉ワ氏[2019829日]

農家の語りのように、現在 1 カ所しか経営していない農家は、最初から 1 か所以上経営 していた。そのうち、劉ゼン氏、劉ワ氏がごく最近になって1か所の経営になった。

以上を踏まえて、基塘経営における労働力には高齢化が伺える。農家の年齢が50歳から 70 歳までに集中している。年を取ると、経営のプレッシャーやリスクも増えてきくると同 時に、体力が追いつかなくなる。労働力不足、高齢化による体力面の衰退とリスク管理の低 下という課題が著しくみられる。

養殖の対象

表 8 養殖種類と数量(匹)

出所:フィールド調査より。

オオクチバスの養殖歴史について、「この村では、オオクチバス養殖は20年以上前からな んだ。オオクチバスの他に、カムルチーとタウナギもある。」と劉ブン氏[2019 8 31 日]が語っている。青田村では、ほぼ 90%以上農家がオオクチバスを主な養殖品種と言わ れる。養殖品種について、「村辺塘33や改修されてない魚塘だけはまだやってるかもしれん が、それ以外はほとんどオオクチバスなんだ。」と劉キョウ氏[2018226日]が語っ ている。

表 8 養殖種類と数量(匹)のように、養殖対象はオオクチバスとフナ(Carassius auratus)

34、コクレン(Hypophthalmichthys nobilis)35であることが分かった。飼養数から見ると、オ オクチバスが最も多く、次はフナとコクレンとなる。

33 「村辺塘」とは、村内の住宅地に極めて近い、または並び接している立て直し工事の対象から排除され ている。それらはほとんどまとまってない小さな魚塘で、それなりに賃料も安い。

34 フナ:ここではアジア系のフナを指す。河川、湖沼、ため池、用水路など、水の流れのゆるい淡水域な どにも生息し、水質環境の悪化にも強い。

35 コクレン:ハクレンと共にレンギョと呼ばれる。中国原産種の淡水魚で、四大家魚のひとつでもある。

中国では華南を中心に一般的であり、主に珠江水系と長江水系に棲息する。中国大陸及び台湾の標準名は

「鱅」(よう)であるが、地方名に「大頭魚」「黒鰱」「胖頭魚」がある。中国においては食用淡水魚と して重要な魚種である。順徳料理などでは頭の皮のぷよぷよした部分を珍重して食べる。

徐キ 劉ワ 劉ブン 劉ゼン 劉ヒョウ 劉キョウ 劉ハク オオクチバス 50 k + 60 k + 40 k + 40 k + 60 k + 60 k + 60 k +

フナ 7 k + 5 k 7 k 5 k 6 k +

コクレン 450 350 500 350 500 用途 販売

自食

販売 自食

販売 自食

販売 自食

販売 自食

販売

自食 販売

参照

Outline

関連したドキュメント

However, these traditional sources are associated with concerns on zoonoses, such as bovine spongiform encephalopathy and swine flu; and thus, cartilage products from fish

また、本研究のさなかに新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ」と称する)が 蔓延し、2020 年 12 月現在においても世界的に大きな影響がある。日本における新型コロ ナの感染者は

32 Davidson 1984 p258, 邦訳 282 頁 グライスは字義通りの意味という言葉を使わないが、グライスの慣習 的意味はここでデイヴィドソンが話題にしている字義通りの意味に対応する。.

We also discuss the possibility to reproduce the Philips curve by making use of what we call ‘mesoscale model’, which is a hybrid modeling by the mixture of our microscopic model

(2003), Land use, the Environment and Development in Post-socialist Mongolia, Oxford Development Studies , Vol. ・Tsogtbaatar J (2004), Deforestation and reforestation needs

Rosenberg(2006) : Rosenberg, Marc Jeffrey(2006) Beyond e-learning: approaches and technologies to enhance organizational knowledge, learning, and performance,

In this research, I would like to focus on the characteristics of WHMs and take Taiwanese WHMs with experiences in Japan in particular as the research object, and try to clarify

This paper represents that “Information Tourist Generation” is going to play a significant role about building up friendly relations between local residents and tourists.