新しい博物館像 琵琶湖博物館
著者 西森 正晃
雑誌名 金大考古
巻 37
ページ 2‑3
発行年 2001‑12‑21
URL http://hdl.handle.net/2297/2876
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田 文 雄 さ ん 、 西 邦 和 さ ん に 案 内 を し て い た だ い た 。 発 掘 調 査 の 解 説 と と も に 周 囲 の 歴 史 環 境などについても詳細な説明をしていただき、
非常に興味深い見学となった。
最 後 の 見 学 地 、 滋 賀 県 立 安 土 城 考 古 博 物 館
(蒲生郡安土町)に着いたのは 16 時であった。
大 中 の 湖 南 遺 跡 、 安 土 瓢 箪 山 古 墳 、 観 音 寺 城 跡 、 安 土 城 跡 よ り な る 近 江 風 土 記 の 丘 の 中 心 施 設 で あ る 。 学 芸 員 の 北 村 圭 弘 さ ん に 博 物 館 の 概 要 を 解 説 し て い た だ き 、 そ の 後 「 大 中 の
」、
湖南遺跡と弥生時代・瓢箪山古墳と古墳時代
「 中 世 の 城 づ く り と 近 江 の 戦 国 時 代 ・ 安 土 城
」 、
と織田信長 という つの常設展示室をはじめ 2 回廊展示、ロビー展示などを見学した。
多 く の 人 に と っ て 、 滋 賀 県 に 行 く 機 会 と い うのはあまり無いことかもしれない。しかし、
今回の見学実習を通じて 「滋賀県も結構いい 、 所 じ ゃ な い か 」 と 感 じ て く れ た 人 が 一 人 で も い た ら 、 滋 賀 県 出 身 の 私 と し て は 非 常 に う れ し い こ と で あ る 。 ま た 、 今 年 度 修 士 論 文 を 提 出 す る 予 定 の 私 に と っ て 、 大 学 生 活 の 最 後 に い い 思 い 出 が 作 れ た こ と は 非 常 に 幸 運 で あ っ た。
最 後 に な り ま し た が 、 こ の 見 学 実 習 を 実 行 す る に あ た っ て 協 力 を し て く だ さ っ た 方 々 に 厚く御礼申し上げます。
新しい博物館像 琵琶湖博物館
西森 正晃
修士 年1
去る 11 月 29 日木曜日早朝、我々考古学研究室 一 同 は 、 考 古 学 実 習 の 一 環 と し て 見 学 実 習 に 出 か け た 。 滋 賀 県 立 琵 琶 湖 博 物 館 、 安 土 城 考 古博物館、神郷亀塚古墳がその目的地である。
中 で も 日 本 最 大 の 湖 で あ る 琵 琶 湖 を 様 々 な 視 点からとらえ 「人間と琵琶湖とのよりよい共 、 存 関 係 を 築 く た め の 入 り 口 」 を モ ッ ト ー と す る 琵 琶 湖 博 物 館 は 強 く 印 象 に 残 っ た 。 こ の 博
滋賀県立琵琶湖博物館 全景
物館は、 つの展示室、ディスカバリールーム 4 と い わ れ る 体 験 学 習 の 場 と 、 屋 外 展 示 が 主 な 内 容 で あ る 。 最 初 の 展 示 室 で は 、 お よ そ 億 A 2 万年前からの自然環境の変遷を琵琶湖の生 5000
い 立 ち を 中 心 に 、 人 類 が 住 み 着 く 以 前 の 森 林 や 古 琵 琶 湖 が 復 元 さ れ て い て 、 身 近 な 自 然 環 境の変遷を追うことが出来る。 展示室では、 B 有 名 な 粟 津 湖 底 遺 跡 の 土 層 は ぎ 取 り や 、 か つ て湖上輸送の中心であった丸子船の実物展示、
伝統漁法であるエリ漁のしくみ等を通して、 2 万 年 近 い 琵 琶 湖 と 人 類 の 結 び つ き の 深 ま り が 感じられた。 展示室では、昭和 C 30 年代から始 ま る 水 利 用 の 変 化 に 伴 う 生 活 観 と 生 態 系 の 変 化 を 辿 り 、 環 境 と は 何 か 、 琵 琶 湖 と 人 類 と の よ り よ い 関 係 と は ど の よ う な も の か を 考 え さ せ ら れ た 。 続 く 水 族 展 示 で は 、 様 々 な 生 き 物 を 観 察 す る こ と に よ り 、 琵 琶 湖 の 環 境 が 多 様 性 に 富 む こ と が 理 解 出 来 た 。 デ ィ ス カ バ リ ー ル ー ム で は 、 五 感 を 使 う 体 験 学 習 を 経 験 し 、 屋 外 展 示 で は 、 身 近 な 自 然 を 見 つ め た 。 ど の 展 示 も と て も ユ ニ ー ク で あ り 、 興 味 深 い も の であった。 時間半という短い時間しかなく、 1 ゆ っ く り と 見 学 す る こ と は で き な か っ た に は 残 念 だ っ た 。 し か し 、 琵 琶 湖 の 魅 力 に 富 む 姿 と 自 分 の 中 で 琵 琶 湖 に 対 す る 興 味 が 抗 し が た い も の に な っ て い る こ と に 驚 い た 。 そ こ で 新 た な 博 物 館 像 と い え る 琵 琶 湖 博 物 館 に つ い て 少し考えてみたい。
博 物 館 は 、 現 在 日 本 国 内 に 小 さ な 館 も 入 れ ると優に 万は超えるとされており、博物館の 1 多 様 性 が 進 ん で き て い る 。 人 に よ っ て も 、 扱 う 資 料 に よ っ て も 博 物 館 の 定 義 は 違 っ て く る が 、 始 ま り は 、 色 々 な 物 を 集 め 観 察 し 、 人 々 に 公 表 し た こ と か ら 起 こ っ た と 思 わ れ る 。 次 に 珍 し い 物 を 集 め る こ と が 、 富 と 権 力 の 象 徴 に な り 、 そ れ を 公 開 す る こ と は 、 力 を 誇 示 す る こ と に な る た め 、 収 集 す る 場 所 と し て の 博 物館が建てられることとなった。近代になり、
博 物 館 の 持 つ 教 育 的 な 面 が 強 調 さ れ 、 博 物 館 の 目 的 は 「 資 料 の 収 集 ・ 保 管 、 展 示 、 教 育 ・ 普及、研究・調査」であるとされたのである。
前 述 し た よ う な 博 物 館 の 多 様 性 が 進 ん で き た
の は 、 そ れ ほ ど 古 い 話 で は な い 。 そ の 証 拠 に
皆 さ ん が 持 っ て い る 博 物 館 の イ メ ー ジ は と 聞
け ば 、 お そ ら く お も し ろ く な い 、 退 屈 だ 、 等
々 あ ま り 肯 定 的 で な い 答 え が 返 っ て く る こ と
が 予 想 さ れ る 。 博 物 館 行 き と い う 言 葉 が 存 在
す る こ と か ら も 分 か る よ う に 、 役 に 立 た な い
物 と い う イ メ ー ジ も 強 い 。 し か し 、 琵 琶 湖 博
物 館 は 、 そ れ ま で の 博 物 館 像 を 覆 す も の で あ
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る 。 何 と 言 っ て も 、 楽 し い の だ 。 展 示 室 を 回 る た び に 次 々 と 新 し い 発 見 が あ り 、 利 用 者 を 全 く 飽 き さ せ な い 。 ま ず 、 展 示 物 と 利 用 者 と を 隔 て る ガ ラ ス が ほ と ん ど 見 あ た ら ず 、 自 分 の手で触れることができるようになっている。
自 分 の 手 で 触 れ て 、 自 分 の 頭 で 考 え る 、 こ れ ま で の 博 物 館 に 多 く 見 ら れ た 知 識 の 一 方 的
な押しつけ は全く感じられず 、 学ぶことの
楽 し さ を 味 わ う こ と が で き た 。 さ ら に 展 示 室 の 至 る 所 に 専 門 分 野 毎 に 展 示 交 流 員 な る 人 達 が お り 、 気 軽 に 声 を か け て 下 さ っ た 。 一 日 に 何 度 も 聞 か れ る よ う な 質 問 に 対 し て も 、 熱 心 に 受 け 答 え さ れ て い る 姿 か ら は 、 展 示 に 対 する情熱と誇りが感じられた。
と 、 こ こ ま で 琵 琶 湖 博 物 館 の 優 れ た 点 ば か り を 強 調 し て き た わ け だ が 、 い く つ か 気 に な る点もあった。まず、自分は 年前にもここを 2 訪 れ た こ と が あ る の だ が 、 当 時 と 展 示 内 容 に 変化が見られないように感じられた。やはり、
個 性 的 な 展 示 内 容 の た め 、 模 様 替 え に は 困 難 が 伴 う の で は な い だ ろ う か 。 さ ら に 自 分 の 手 で 触 れ て 考 え る と い う こ と が 、 展 示 物 の 磨 耗 と 破 損 を 招 い て し ま う こ と は 避 け ら れ な い で あ ろ う 。 そ の た め 、 貴 重 な 資 料 は 展 示 し に く い と い う 欠 点 が あ る 。 今 後 、 琵 琶 湖 博 物 館 の よ う な 所 謂 ハ ン ズ = オ ン 展 示 と 呼 ば れ る 博 物 館 は さ ら に 増 加 し て い く と 思 わ れ る が 、 埋 蔵 文 化 財 に 代 表 さ れ る 壊 れ や す い 資 料 の 展 示 方 法 に つ い て は 、 ま だ ま だ 議 論 の 余 地 が あ ると思われる。
今 回 の 見 学 実 習 で は 、 こ れ か ら の 博 物 館 の あ り 方 に つ い て 非 常 に 参 考 に な る い い 経 験 が で き た 。 そ し て 是 非 も う 一 度 琵 琶 湖 博 物 館 を 訪れてみたいと思う。
神郷亀塚古墳を見学して
湯尾 和広
修士 年1
神郷亀塚古墳は滋賀県神崎郡能登川町神郷に 所在する。昨年度の調査によって初期の前方後 方墳と判明し、一躍有名になった。今回、見学 実習の一環で発掘調査現場を見学する機会を得 ることができた。調査進行中であるにもかかわ らず快く見学を承諾し、懇切丁寧に説明して頂 いた能登川町埋蔵文化財センターの植田文雄・
西邦和両氏に感謝申し上げたい。
能登川町は滋賀県の湖東地方に属する。北に 愛知川が流れ、琵琶湖へと注いでいる。西は内 湖である大中の湖干拓地に面し、南境には安土 城がそびえるなど交通の要衝でもある。神郷亀
塚古墳(以下亀塚古墳と略す)は町の東端部に 位置し、西側には 200 m隔てて弥生時代後期か ら鎌倉時代に至るまで栄えた湖東地域の中心的 な集落、斗西(とのにし)遺跡・中沢遺跡が広 がっている。中でも斗西遺跡は庄内式〜布留式 古段階に東海・北陸など他地域の土器が多量に 出土しており、古墳との関係を考える上で興味 深い。また古墳の東側には小川を挟んで式内社 の乎加(おか)神社が近接している。この神社 は、時代は新しいそうだが本殿に独立棟持柱を 採用している。独立棟持柱をもつ建物は池上曽 根遺跡などで最近注目されており、実物を目の あたりにすることができる。また鳥居の前にそ びえる巨大な岩の燈篭や鬱蒼と生い茂る木々に よって、神秘的な空間を作り出しており、どこ となく気品を感じさせてくれる。
神郷亀塚古墳での説明風景