世間的な神々の曼荼羅と成就法
衽衲『ヴァジュラダーカ・タントラ』第 19 章試訳衽衲杉木 恒彦 This paper presents an annotated Japanese translation of the Sanskrit text of the Vajrad
̇ākatantra Chapter 19. In 2016, I have published a critical edition of the Sanskrit text of that chapter in mypaper titled ʻA Man
̇ḋala and Sādhana Practices of Mundane Deities in the Vajrad
̇ākatantra衾A Critical Edition of the Vajraḋ āka-tantra Chapter 19ʼ in Journal of Chisan Studies 65. I have used that text for the translation. はじめに 本稿は、10 世紀頃編纂のインド密教経典『ヴァジュラダーカ・マハータント ラ』(Vajrad ̇ākamahātantra: 以下、『ヴァジュラダーカ・タントラ』)の第 19 章(「全てのブータ とグラハ1)を生じる成就法」Sarvabhūtagrahotpattisādhana)のサンスクリット校訂テキス トの試訳2)である。サンスクリット語校訂テキストは、筆者が、2016 年に智山勧 学会編『小峰彌彦先生 小山典勇先生 古稀記念論文集 転法輪の歩み』(智山学報 65)[杉木 2016]において、A Man
̇ḋala and Sādhana Practices of Mundane Deities in the Vajrad
̇ākatantra衾A Critical Edition of the Vajraḋākatantra Chapter 19 とい うタイトルで刊行したものである。 『ヴァジュラダーカ・タントラ』第 19 章の内容、タイトルの問題、他文献との 関係については、杉木 2016 において詳細な分析を行っているので、本稿では繰 り返さない。日本語訳に付された番号は、校訂テキストに付された文章番号に対 応している。たとえば、【19.1-2】は、「第 19 章の文章 1 から文章 2 まで」という 意味である。各注には、該当箇所に対するバヴァバドラ(Bhavabhadra)の注釈
(rGyud kyi rgyal po chen po dpal rdo rje mkhaʼ ʼgro zhes bya baʼi rnam par bshad pa [*Śrīvajrad
̇ākanāmamahātantrarājasya vivṙtti]:以下、『ヴァジュラダーカ釈』)による説明
(ならびに筆者自身のコメント)を必要に応じて記した。各説明の出典箇所は、デルゲ
カ釈』を参考にしつつ、筆者の解釈に基づき、第 19 章全体をいくつかに分けて それぞれにサブタイトルを付けている。各サブタイトルの名称は、筆者による。 テキストには韻律合わせのためと思われる定型語句(tathā や eva ca など)が多用 されている。それらの語句うち、虚辞と見なせるものは、訳していない。また、 √sādh や√sidh やそれらに由来する語については、本章が成就法(sādhana)であ ることを考慮し、超常現象の達成という意味で使用されていれば「成就」(成就す る等)という訳語を、単に手順を成し遂げるという意味で使用されていれば「完 成する」「成し遂げる」等の文脈に応じた訳語を用いている。 第 19 章 全てのブータとグラハを生じる成就法 19.1. 序 さて3)、次に4)、私は説明しよう。母たちの麗しい曼荼羅(mātr
̇¯ṅāṁ maṅḋalaṁ śub-ham)を。[それは]とりわけ全ての[世間的な]神(deva)々と女使者(dūtī)たちを成
就させる(sādhana)5)。ブータ(bhūta)6)とグラハ(graha)7)の大明呪(mahāvidyā)8)と、
他にカタプータナ(kat ̇apūtana)たち9)と、マントラの輪も、女神よ、同じく説明さ れる。さあ、聞きなさい。【19.1-2】 19.2. 曼荼羅 19.2.1. 概要 四角形で、四門[を具え]、門衛がおり、成就という功徳を全て内蔵している (sarvasiddhigun ̇ālayam)、喜ばしい曼荼羅を、彼は描くべきである。5 つの感覚的な 楽しみ(pañcakāmagun ̇a)で満ち、5 種類の供物で飾られた[その曼荼羅]を、誓約を 保持する(samayin)最上の実践者(sādhaka)は、絵師の助力を得てでも、描くべきで ある。とりわけ、死体を覆った布、あるいは刀で殺された[者がまとっていた]布、 あるいは出産[の時に使用した]布、牛の皮など10)に。黒分の 8 日と 14 日に、彼 はブータの曼荼羅(bhūtaman ̇ḋala)11)を完成するべきである。続いて 10 万[回]念誦 するならば12) 、[その曼荼羅が]目の前にはっきりと現れ出るはずである。【19.3-6】 ブラフマーニー(Brahmān
̇ī)と、シャンカリー(Śaṁkarī)と、カウマーリー(Kaumārī)
と、ヴァーラーヒー(Vārāhī)と、インドリー(Indrī)と、チャームンディー(Cāmun ̇ -d
(put
̇a)にいる。【19.7】
インドラ(Indra)と、ヤマ(Yama)と、ヴァルナ(Varun
̇a)と、クベーラ(Kubera)と、
プレーテーシャ(Preteśa)と、フターシャナ(Hutāśana)と、南西[の神ニルリティ *Nirr
̇ti]と、同じくヴァーユ(Vāyu)を、彼は第 3 層に配置するべきである。【19.8】 アーディティヤ(Āditya)と、ソーマ(Soma)と、アンガーラカ(Aṅgāraka)と、ブダ
(Budha)と、ブリハスパティ(Br ̇haspati)と、シュクラ(Śukra)と、シャナイシュチャ ラ(Śanaiścara)と、ラーフ(Rāhu)という[神々が]、第 4 層にいる。【19.9】 門に、ブラフマン(Brahman)と、同じく、ヴィシュヌ(Vis ̇ṅu)と、ルドラ(Rudra) と、スカンダ(Skanda)がいる。【19.10】 地・水・火・風の四大元素すなわち界であるダーキニー(D ̇ākinī)とディーピニ ー(Dīpinī)とチューシニー(Cūs ̇iṅī)とカンボージー(Kambojī)と、同じく[この曼荼羅 の]主が[、第 1 層に]いる。元素から生じた姿で(bhūtato bhūtarūpen ̇a)14)、[彼女た ちを、]ヨーギン(yogin)は規定の通りに完成するべきである。【19.11-12b】 偉大な曼荼羅のヨーガによって、外的な曼荼羅を彼は描くべきである。中央に、 円形で、線で囲まれた、とても麗しい、中心に秘密の座所のある、八花弁の蓮華 を描くべきである。【19.12c-13】 19.2.2. 第 1 層 その中央に、大いに怒れる者15)を[描くべきである]。[彼は]一面四臂で、口か ら牙を少し見せ、怒りと微笑の顔をしており、濃い青色で大いに恐ろしく、髑髏 の輪で飾られ、死人の上の日[輪]に立ち、踊っており、三十三天を恐れさせ、虎 の皮の衣をまとい、三眼で、神々しい姿をしており、夜にさすらう者であり、ト リパターカー印(tripatākā)16)で炎のような金剛杵を、髑髏杯を、同様に、弓と矢 も、右と左の手に掲げる。【19.14-19.17ab】 東[の花弁]にはダーキニーを描くべきである。南にはカンボージーがいる。西 には チューシニーという女神がいる。北にはディーピニーを配置するべきであ る17)。[以上、第 1 層。]【19.17c-18b】 19.2.3. 第 2 層 Hrīh ̇ 字から生じる女神であるヴァーラーヒー18)は、四臂であり、弓と矢を[持 ち]、同様に幢と髑髏杯を[持つ]。[彼女の身体は]濃い青色で、大いに恐ろしい。
[彼女は]猪の顔をもつ恐ろしい女である。Phe 字により、シヴァー(Śivā、つまり シャンカリー)19)を描くべきである。[彼女は、]赤色で、大いに輝き、髑髏杯と鉤を [持ち]、同様にカトヴァーンガ杖とダマル太鼓を[持つ]。一方、Hī 字から[生じ る]カウマーリー20)は、黄色で、四臂で、三叉戟とトリパターカー印を[結び]、 同様に弓と矢を[持つ]。また、Hoh ̇ 字から[生じる]チャームンディー21)は、黒色 で、四臂で、カトヴァーンガ杖と髑髏杯を[持ち]、ダマル太鼓と酒杯を[持つ]。 Bam ̇ [字]から生じるブラフマーニー22)は、白色で、四臂で、蓮華と髑髏杯を[持 ち]、同様に他に弓と矢を[持つ]。対して、Gam ̇ 字により、ガネーシャ23)を[描 くべきである]。[彼は、]黒ずんだ色で、四臂で、三叉戟と髑髏杯を[持ち]、数珠 と糖菓を[持つ]。また、Vīm ̇ 字から[生じる]ヴァイシュナヴィー(Vaiṡṅavī: フター シャニーを指す)24)は、暗い青色で、四臂で、酒[の入った髑髏杯]と水の[入った] 髑髏杯を[持ち]、同様に他に索とカドガ剣を[持つ]。I 字から生じるインドリ ー25)は、黄色で、四臂で、金剛刀(vajraśakti: あるいは金剛杵と刀)と髑髏杯を[持ち]、 タルジャニー印[を結び]索を[持つ]。[彼女たち]全員、燃え上がる髪の毛を逆立 たせ、様々な資具で装飾され、死体に乗り、三眼であり、腰は虎の皮が巻かれて いる。【19.18cd-27】 19.2.4. 四門 東門にブラフマンを描くべきである。[彼は]白色で、四臂で、髑髏杯と数珠を [持ち]、水瓶と蓮華を[持つ]。同様に、北[門]にヴィシュヌを[描くべきである]。 [彼は]黒色で、四臂で、法螺貝と輪を[持ち]、髑髏杯と杖を[持つ]。南[門]にル ドラを描くべきである。[彼は]煙色で、四臂で、三叉戟と髑髏杯を[持ち]、同様 に索と数珠を[持つ]。西[門]にスカンダを描くべきである。[彼は]黄色で、四臂 で、刀と杖を持ち、同様に勇髑髏杯と数珠を[持つ]勇者である26)。【19.28-31】 19.2.5. 第 3 層27) 北東[の方位]に関しては、(つまり、プレーテーシャは、)牛に乗り、白色で、四臂 であり、髑髏杯と三叉戟を持ち、同様に[残りの手で]合掌に専念している。東 (インドラ)は、象に乗り、黄色で、四臂で、金剛杵と髑髏杯を[持ち]、[残りの手 で]合掌する、最高の者である。東南(フターシャナ)は、羊に乗り、赤色で、四臂 で、火炉と髑髏杯を[持ち]、同様に[残りの手で]合掌に専念している。南(ヤマ)
は、水牛に乗り、黒色で、四臂で、杖と髑髏杯を持ち、同様に[残りの手で]恐ろ しげな合掌に専念している。南西(ニルリティ)は、犬に乗り、緑色で、四臂で、 剣と髑髏杯を持ち、[残りの手で]恐ろしげな合掌に専念している。西(ヴァルナ) に関しては、マカラ魚に乗り、白色で、四臂で、索と髑髏杯を[持ち]、同様に [残りの手で]合掌に専念している。西北(ヴァーユ)は、鹿に乗り、煙色で、四臂 で、幟と髑髏杯を持ち、同様に[残りの手で]合掌に専念している。北(クベーラ) は、財宝に乗り、黄色で、四臂で、宝と髑髏杯を[持ち]、同様に[残りの手で]合 掌に専念している。【19.32-39】 19.2.6. 第 4 層 かの全ての星・惑星(naks ̇atragraha)たちは、各自の輪に乗っていると瞑想され るべきである28)。[彼らは]各自の誓約29)から生じ、神通力をもつ30)、強力な者た ちである。【19.40】 19.3. 成就法 19.3.1. 序 [あなたは]母たちにとって全ての母であり、ブータの明妃(bhūtavidyā)であり、 同様に、最高の女である31)。女神よ、大いに幸運なる女よ、1 つ 1 つ、力を鎮め て(balanigraha)、聞きなさい。女使者たちの成就法を私は説明しよう。[それによ り実践者は]全ての儀礼を成し遂げる。享楽(bhoga: つまり、世間的な成就)を望むヨ ーギン32)は、つねに女使者の儀礼を企てるべきである。【19.41-42】 19.3.2. 準備 月[輪]と金剛杵の儀軌33)により、彼は[自分自身を]、生じるままにヴァジュラ サットヴァ(Vajrasattva)とする。全ての者たち34)は、[彼が唱える]マントラ王に より、奴隷のように動かされる。【19.43】 尸林や木が 1 本だけある所で、東・北・西・南において、曼荼羅を企てるべき である35)。続いて、彼は供養を企てるべきである。六時、なされるべきである36)。 24 のピータなどを順々に巡らせるべきである37)。香と花と燈火と香水を[捧げる べきである]。水で満たされ、様々な布で飾られた数々の瓶によって[供養するべ きである]38)。日夜[まる 1 日]とどまり、1 夜、よく自己制御する。続いて、ピ
ータなど[の尊格たち]に繰り返し礼拝した後、許しを願うべきである。【19.44-19.47】 まず始めに阿闍梨を喜ばせ、勇者たちへの食事の提供を同様に[行うべきであ る]。このように行ってから、次にマントラ保持者は儀礼を始めるべきである。 そうしなければ、時外れの死を迎え、間違いなく地獄で焼かれる。実に、地獄に おいて、障礙魔(vighna)たちにより苦しめられる。疑いはない。【19.48-49】 誓約を保持する者は、絵師の助力を得てでも、成就対象[である女神]の曼荼羅 を描くべきである39)。ブータの日に、出産[に使用した]布を、得られるがままに [用いるべきである]。同様に、[塗料を入れる容器として]冠など上に生じるも の40)に、塗料とともに血41)を入れるべきである42)。死体の赤色樹脂による燈火を [用意し]、人肉で薫ずるべきである。塗香、薫香、同様に、他に死人に咲いた花 (pretapus ̇pa)を[捧げるべきである]。これが供養である。偉大なる女神よ!【19. 50-52c】 19.3.3. ディーピニーの成就法 ディーピニーは、最高の利益である。1 本の木の根元で、正しく 10 万回念誦 する。彼女は初々しい若さで満ち溢れ、全ての[良き]装飾で飾られている。[彼 女の姿を、]プシヤ(pus ̇ya)星宿にかかわる時間帯をはじめとする[適切な]時に、 師は、布[絵]という形などで描く。[彼女は]親指 12 本分の身体で、黄色の衣服 をまとっている。彼女は二臂で、上方に合掌をかざしてアグニ(Agni)の炎のよう である。[実践者は、このような彼女が描かれた布を]実践者の面前に広げ、既定 の通りに供養に専念する。赤い花などと香などを[捧げ]、乾燥肉などを薫ずるべ きである。魚と肉などや、玉ねぎ類とともに、バリ供物を捧げるべきである。5 種の供物を[捧げるべきである]。[以上のような]供養と、同じく 10 万[回唱え る]儀軌が[行われるべきである]。第 1 に音が発せられ、第 2 に肉の香りが漂い、 第 3 に木の揺れなどがあり、第 4 に[ディーピニーが実践者の]面前に立つ。彼女 に対し、誓約の印(samayamudrā)を示し、マントラを唱えるべきである衽衲「オ ーン ディーペーシュヴァリー フーン プフ プフ(om
̇ dīpeśvarī hūṁ phuḣ phuḣ)」。
両手を合掌し頭上に置いて、唱えるべきである。誓約の印とマントラである。五 甘露で充満させてから、誓約水(samayodaka)を[彼女に]捧げる。誓約[水]を熱心 に捧げると、[それは]左手で受け取られる。「私にとって、あなたは完成しまし
た。不二により加持されたヨーギニー(yoginī)よ!」[と実践者は述べるべきであ る]。美しく可愛らしく愛らしい[彼女]は、固いものや柔らかいものなど[食べ 物]と飲み物を[与えてくれる]。黄金が 1 カルシャ分与えられるはずである。デ ィーピニーは性交を好む。【19.52d-19.62】 もし 10 万[回の念誦]で成就しない(つまり、彼女が出現しない)ならば、ヨーギン はさらに 10 万回念誦し、ゴーリー(Ghorī)の種字43)を[布に描かれた彼女に 10 万 回]押しつけるべきである。さらに、種字を押しつける時に、ディーピニーの頭 の上で[その種字を]破裂させるならば、ディーピニーは、有情利益の行為に専念 する(つまり、実践者に尽くす)、妻として成就するはずである。【19.63-19.64】 19.3.4. ダーキニーの成就法 他に、とても知的な女神よ、ダーキニーに関する教えを聞きなさい。布を 2 ハ スタにするべきである。供養のために加持されたバリ供物を捧げるべきである。 続いて、[ダーキニーの]絵を描くべきである。[彼女の姿は]白みがかった赤色で とても麗しく、一面二臂で、とても麗しい衣服をまとい、手にタルジャニー印で 鉤を持ち、髪の毛を振り乱して美しく、アグニの炎の輝きを持ち、神々しく、大 声で笑い、斜視である。実践者は、大地という容器に乗った布を広げ(つまり、布 を大地の上に広げ)、集めた血で塗[り](つまり、血でダーキニーを描いた後)、赤い花な どで供養[し]、とりわけバリ供物や香や焼香で充満させ、魚と肉と玉ねぎととも に五甘露で充満させ、10 万回もの[以下のマントラの]念誦と観想のヨーガを行 うならば、成就する。両手で合掌した後、[その合掌を]口に投じ、笑う衽衲「オ ーン ダーキニー フーン プフ プフ(om
̇ ḋākinī hūṁ phuḣ phuḣ)」。成就させる印とマ
ントラである。[ダーキニーは]第 1 に大地を揺らし、第 2 に面前で笑い声を生じ、 第 3 に面前に姿を見せ、第 4 に面前で命令を[待つ]。誓約[食]を、とりわけ五甘 露を以って熱心に捧げてから、もし望むならば、命令することができる。ダーキ ニーは、女奴隷として成就する。敵たちを傷つけたり殺したりすることや、肢体 に苦痛を与えることは、望むままである。この儀礼類は、全て[の望み]に対して のものである。女奴隷の儀礼などが成し遂げられる。【19.65-19.74】 もし疑いがあれば(つまり、ダーキニーが出現しないならば)、ヴァジュリー(Vajrī)の 種字44)を 10 万回[ダーキニーの絵に]押しつけるべきである。前述の儀軌のマン トラを賢者は唱えるべきである。【19.75】
19.3.5. チューシニーの成就法 山羊の皮でできた布を熱心に広げ、赤色でとても麗しいヨーガチューシニー (Yogacūs ̇iṅī、つまりチューシニー)が描かれる。身体には全ての[良き]装飾が施され、 とても麗しい衣服をまとっている。左[手]にタルジャニー[印]と索を、右[手]に は斧を置くべきである。喜ばしい四辻において、賢者は[彼女を]成就するべきで ある。牛糞で塗り、様々な花を撒[き]、花・焼香などと、数々の燈火と、全ての ブータたちへのバリ供物を、捧げるべきである。血・魚・肉や、玉ねぎといった 様々な食物とともに、五甘露が捧げられるべきである。[彼は]念誦と禅定などに 専念する衽衲「オーン 引き寄せて下さい フーン プン パト(om ̇ ākarṡaya hūṁ phum ̇ phaṫ)」。両手を平らにし、索の形に踊らせるべきである。心髄(hṙdaya)の印 とマントラである。ヨーギンが 10 万回念誦すれば、チューシニーも成就する。 第 1 に犬が45)吠える。第 2 に彼女がはっきりと笑う。第 3 に彼女は攻撃のために 武器を手に持つ。第 4 に[実践者の]面前で命令を求め、「私は何を[するべきか]」 と[実践者に]尋ねる。誓約[食]として、とりわけ五甘露が捧げられるべきである。 「有情利益から、あなたは、貧しい私を喜びに満ちた者へと仕上げて下さい」[と 実践者は言うべきである]。すると、[彼女は]毎日半パラの黄金を与える。【19. 76-85b】 だが、成就しないならば、[チューシニーの絵は、]10 万回、ヴェーターリー (Vetālī)の種字46)を押しつけられる。この種字で押しつけられる。チューシニー の頭の上で破裂される。【19.85c-86b】 19.3.6. カンボージーの成就法 川岸のところで、実践者はカンボージーを[成就する]。カンボージーの姿が描 かれた牛の皮などを広げてから。[カンボージーの姿は、]身体に蛇の装飾を飾り、 暗青色に燃え輝き、髪を振り乱し、赤い衣などを着、二臂で、輝いている。女神 は、刀と索を持ち、大声で笑っている。赤い曼荼羅(raktaman ̇ḋalā: おそらく、血を指 す)によって[彼女の絵を]制作した後、香と花などを[捧げ]、焼香するべきであ る。魚・肉・玉ねぎとともにバリ供物を捧げるべきである。以前と同じく、五甘 露とともに、ダイティヤ(daitya)たちへのバリ供物[の施食]まで[行われるべきで ある]。10 万回の観想と念誦のヨーガを行うならば、成就する。第 1 に[川の]水 を震わせ、第 2 に豪雨[を降らせ]、第 3 に落雷[させ]、第 4 に[彼女は実践者の]
面前に立つ。それから、とりわけ五甘露を以って、誓約[食]を熱心に捧げ、「オ ーン クリン クルン プン プ パト(om
̇ kriṁ kruṁ phuṁ phu phaṫ)」と、両手を拳に
して彼女のマントラを唱えるべきである。心髄の印とマントラである。[カンボ ージーは]合掌しながら面前に立ち、今や「何をしようか」と[語る]。「カイラー サ山全体の頂上において私が戯れることができますように!王家の娘をはじめそ の他同様[の娘]を私にお授け下さい。飲食物とともに金銀銅や衣服などを[お授 け下さい]」[と実践者は述べるべきである]。すると、もし彼が望むならば、神の 娘など[良い]女性がもたらされる。望むならば、彼はカイラーサ山の頂上に導か れるはずである。【19.86c-96】 上述の儀礼で[カンボージーが]成就しないならば、別の儀礼を行うべきである。 賢者は自分をジュニャーナダーキニー(Jñānad ̇ākinī)であると思うべきである。そ の姿(つまりカンボージーの絵姿)を左足で踏み、押しつけるべきである。ヨーギンが 500 回念誦すれば、成就する。ここに疑いはない。【19.97-98】 上述の儀礼によって成就しなければ、[女神を]勇者47)の中に入れる[と観想す る]べきである。[すなわち、まず、]まさしく Krim ̇ 字と破壊[の文字]48)によって、 [彼女を]ばらばらに引き裂くべきである。[彼女の破片の]全てに対する、Hūm ̇ 字という種字の度重なる観想により、[彼女の破片の]全てを食べるべきである。 もし完成しなければ、その時は[彼女は]死ぬ。成就対象であるヨーギニーの姿を とった、全ての中央の女主宰者49)がいる。【19.99-100】 上述の儀礼で成就しなければ、火の中央に[献供]するべきである。バッラータ カ樹(bhallātaka)と黒い樹木50)を、芥子粒と血とともに、Hūm ̇ 字[を唱え]ながら、 正午に 100 回献供すれば51)、全ての荼枳尼たちは死ぬ52)。成就する。ここに疑い はない。【19.101-102】 19.3.7. シャンカラの成就法 女神よ、大いに幸運な女よ、聞きなさい。シャンカラ(Śam ̇kara)53)の成就法を。 木が 1 本だけある所、尸林、川岸、あるいは四辻で、勇者の布に、14 アングラ の大きさで、麗しい、三角形の曼荼羅を描くべきである。曼荼羅は、円の外観を もつ。誓約を保持する者は、絵師の助力を得てでも、絵曼荼羅を描くべきである。 牛に乗り、大いに暗い青色で、身体に灰が塗られ、ペニスを隆々とさせ、とても 穏やかそうで、槍の標識の付いた頂髻を具え、四面四臂で、髑髏の輪で飾られ、
カトヴァーンガ杖と、髑髏杯と、他に同じく酒杯も[持つシャンカラ]を[描くべ きである]。糞尿で供養するべきである。バリ供物を、全てのブータたちに捧げ るべきである。10 万回の念誦により[シャンカラを]成就するべきである。この マントラにより[シャンカラを]お招きするべきである。「オーン 頭を髑髏の輪 で飾るお方よ フーン フーン 来て下さい 来て下さい ルドラよ アハ スヴァー ハー(om
̇ kapālamālālaṁkṙtaśira hūṁ hūṁ āgacchāgaccha rudra aḣ svāhā)」衽衲招きのマ
ントラである。「オーン アーハ ルドラよ フーン フーン スバーハー(om ̇ āḣ rudra hūm ̇ hūṁ svāhā)」衽衲10 万回の念誦により成就する。【19.103-109】 もし完成しなければ、護摩をするべきである。成就した時、[シャンカラは]な されるべきことを実に完全に行う。だが他の方法では決して適わない。【19.110】 19.3.8. ヴァースデーヴァの成就法 さて次に、ヴァースデーヴァ(Vāsudeva)54)の成就法を私は説明しよう。前述の 方法で最高の曼荼羅を完成するべきである。山の麓、海[岸]、あるいは川の合流 点において、とりわけ 12 アングラの大きさで、完成されるべきである。大便と 小便と経血と精液により[曼荼羅を]供養するべきである。成就をもたらす[曼荼 羅]を、人肉で薫香するべきである。黒色で、とても穏やかそうで、一面四臂で、 輪と杖を持ち、髑髏杯と蓮華[を持ち]、宝冠により麗しく、全ての[良き]装飾で 飾られている。「オーン アーハ 金剛なるナーラーヤナよ フーン フーン アハ スヴァーハー(om ̇ āḣ vajranārāyaṅa hūṁ hūṁ aḣ svāhā)」衽衲招きのマントラである。 「オーン 幻の輪を成し遂げて下さい 全てのアスラたちを調伏するお方よ フーン スヴァーハー(om
̇ māyācakraṁ sādhaya sarvāsuradamana hūṁ svāhā)」衽衲10 万回念誦
すれば、彼は全てのアスラ(asura)たちを裂け目に入れることができる。そして、 あらゆる幻影を見せる(つまり、自在に幻術を行使できる)。全ての敵を調伏すること ができる。そして、王位を手に入れる。【19.111-117】 19.3.9. ブラフマンの成就法 この次第の実践により、さらに、彼はブラフマンを成就するべきである。自分 の好み[で選んだ場所]、とりわけ、川岸や蓮華の遊園において、最上の実践者は 布を用いて熱心に成し遂げるべきである。サフランと白檀といった様々な喜ばし い香り良いものと香水により、修習するべきである。これが供養儀軌の次第であ
る。バガ(bhaga)55)の中央に捧げるべきである。恒常なるもの(nityakālam ̇、つまりブ ラフマン)を修習するべきである。[ブラフマンは]黄色で、四面四臂で、頂髻を具 え、穏やかそうで、梵紐をまとい、とりわけ蓮華と数珠と杖と髑髏杯を[持つ]。 「オーン ブラフマンよ 来て下さい フーン アハ スヴァーハー(om ̇ brahmāgaccha hūm ̇ aḣ svāhā)」衽衲招きのマントラである。「オーン ブール ブヴァハ スヴァハ サヴィトリ(太陽)神の最高の恩寵であるあの光を私たちは瞑想しましょう 彼が 私たちの瞑想を活性化してくれますように(om
̇ bhūr bhuvaḣ svaḣ tat savitur vareṅyaṁ bhargo devasya dhīmahi dhiyo yo nah
̇pracodayāt)」衽衲10 万回の念誦により成就する。 息災と増益と鉤召と敬愛や、実利を生み出すもの56)や調伏などといった、全ての 儀礼を、完全な念誦と護摩により、なすことができる。以上はまさしく事実であ ると、私はあなたに告げる。【19.118-124】 19.3.10. ヴィグナラージャの成就法 女神よ、大いに幸運な女よ、聞きなさい。ヴィグナラージャ(Vighnarāja)57)の成 就法を。母[神]の寺院や、平ら[な場所]や、喜ばしい[場所]において、良い修習 が行われる。賢者は、布を用いて、まず熱心に供養を[行うべきである]。踊る姿 勢で固定する座法で立ち、赤色で、大いに燃え上がり、一面[十二臂]三眼で、頂 髻を具え、赤い炎で満たされ、恐ろしく、牙が 1 本[のヴィグナラージャ]を描く べきである。[ヴィグナラージャは]斧、杵、同様に、弓、矢、カトヴァーンガ杖、 鉤、血で満杯の髑髏杯、金剛杵、カドガ剣、同様に他に人肉の入った髑髏杯を持 ち、ムシュンディ(muśun ̇ḋi)58)とトリパターカー印、刀という 12[の持ち物を持 つ]と理解されている。「オーン ガン ガハ 成就せよ 成就せよ 私に全ての実利 を得させて下さい フーン フーン ジャハ ジャハ スヴァーハー(om ̇ gaṁ gaḣ sidhya sidhya sarvārtham
̇ me prasādhaya hūṁ hūṁ jaḣ jaḣ svāhā)」衽衲招きのマントラで
ある。「オーン アーハ ガハ フーン スヴァーハー(om ̇ āḣ gaḣ hūṁ svāhā)」衽衲念 誦のマントラである。10 万回で成就する。【19.125-131】 続いて彼は儀礼を始めるべきである。マントラの保持者は、1 回念誦した後、 ティラカ(tilaka)を作るならば、幸運と美しい見栄えを[得る]。王宮の門で大いに 供養[するならば]、[ヴィグナラージャは]敵どもを破壊してくれる。障礙魔たち を排除してくれる。実に、全ての望みを叶えてくれる。疑いはない。【19.132-133】
19.3.11. 母たちの成就法 母たち59)の最高の成就法は、全く同様の儀軌規定である。【19.134ab】 19.3.12. 惑星たちの成就法 この次第の実践60)に即して、惑星たちの成就法が理解されている61)。「オーン 全ての太陰日と星宿と惑星の吉慶のために スヴァーハー(om ̇ sarvatithinakṡ atragra-hamaṅgalebhyah ̇ svāhā)」衽衲全ての惑星たちのマントラである。【19.134cd-19. 135】 19.3.13. マントラの説明 [以上のマントラはいずれも、]始めにオーン(om ̇)字が、最後にスヴァーハー (svāhā)字が付いている。【19.136】 19.4. 結語 以上、世尊であり、持金剛であり、ヴァジュラサットヴァであり、如来であり、 全ての荼枳尼たちの等しい結合であるヴァジュラダーカ(Vajrad ̇āka)である、最も 優れた楽は、説いた。【19.137】 以上、『ヴァジュラダーカという偉大なるタントラ』における、全てのブータ とグラハ(bhūtagraha)62)を生じる成就法、第 19 章。 略号 D sDe dge(チベット大蔵経デルゲ版) em. emendation(修正) fn. footnote(脚注) r recto(表面)
Skt ed. Sanskrit edition(サンスクリット語校訂テキスト) Tib. Tibetan(チベット語訳テキスト)
v verso(裏面)
一次資料
『ヴァジュラダーカ釈』 バヴァバドラ(Bha ba bha dra)作 rGyud kyi rgyal po chen po dpal rdo rje mkhaʼ ʼgro zhes bya baʼi rnam par bshad pa(*Śrīvajrad
̇ ākanāmamahātan-trarājasya vivr
̇tti): Tib. 東北大学目録 no. 1415、大谷大学目録 no. 2131。 『ヴァジュラダーカ・タントラ』(Vajrad ̇ākatantra) 第 19 章 Skt ed.: 杉木 2016。 参考文献 杉木恒彦 2004「『ヴァジュラダーカ・タントラ』第 1、7、8、14、18、22、36、38 章 衽衲試訳」『東京大学宗教学年報』XXII 号、pp. 143-166. 杉木恒彦 2010『ヴァジュラダーカ・タントラ』護摩の章(第 44、48 章)衽衲試訳。『こ ころ 在家仏教こころの研究所紀要』5 号、pp. 59-72.
Sugiki, Tsunehiko 2016 ʻA Man
̇ḋala and Sādhana Practices of Mundane Deities in the Vajraḋākatantra衾A Critical Edition of the Vajraḋākatantra chapter 19ʼ 智山 勧学会編『小峰彌彦先生 小山典勇先生 古稀記念論文集 転法輪の歩み』(智 山学報 65)、pp. 283-342。 (本研究は文部科学省科学研究費補助金基盤研究 C 課題番号 24520055 の助成を受けた ものである。) 註 1) 「ブータとグラハ」と音写したのは、本章においてこれら bhūta と graha が指す内 容が関連文献(本章のチベット語訳と『ヴァジュラダーカ釈』)の解釈や文脈によっ て異なるからである。詳細は[杉木 2006: 283-284(fn. 2), 291]を見よ。 2) これまで、筆者は『ヴァジュラダーカ・タントラ』の別章(第 1、7、8、14、18、 22、36、38、44、48 章)の試訳を[杉木 2004][杉木 2010]において発表している。 3) 『ヴァジュラダーカ釈』:前章(18 章)で説かれた、各所にある集会の地においてバ リ供物を捧げた後に、それを成就すべきことを説くために、その成就法の章として、 本章が説かれている[D 125r2]。 4) 『ヴァジュラダーカ釈』:(「次に」(atah ̇)とここで訳した語は、)理由の接続詞[D 125v2]。 5) 『ヴァジュラダーカ釈』:バリ供物を捧げた後に、母の曼荼羅を面前に観想しなけれ ば成就を得ることはできないので、母の良き曼荼羅を説明しよう、というつながり である[D 125r3]。この「成就法(成就させるもの)」は、「母たちの良き曼荼羅」を 修飾する[D 125r4]。
6) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ブータ」とはヴィナーヤカ(*Vināyaka: logʼdren)などを指 す[D 125r3-r4]。 7) 『ヴァジュラダーカ釈』:「グラハ」とはアーディティヤ(*Āditya: ny i ma)など惑星 を指す[D 125r4]。 8) 『ヴァジュラダーカ釈』:「大明呪」とはそれらブータとグラハを成就させるもので ある[D 125r4]。 9) 『ヴァジュラダーカ釈』:「カタプータナたち」とはプレータ(*Preta: y i dags)などを 指す[D 125r4]。 10) 『ヴァジュラダーカ釈』:「など」には、山羊の皮などが含まれる[D 125r5]。 11) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ブータの曼荼羅」とは、ブータを成就する曼荼羅であり、 ブータダーマラ(*Bhūtad
̇āmara:ʼbyung po ʼdul byed kyi dkyil ʼkhor)の曼荼羅である [D 125r5-r6]。
12) 『ヴァジュラダーカ釈』:oṁ āḣ ga hūṁ svāhā のマントラの念誦である[D 125r6]。 13) あるいは Gan
̇eśa の語により、彼の女尊形である Gaṅeśā あるいは Gaṅeśī が暗示 されているかもしれない。だが写本の読みはあくまで男性神 Gan ̇eśa である。この 問題の詳細については、[杉木 2016: 290(fn. 7), 307(fn. 51)]を見よ。なお、『ヴァジ ュラダーカ釈』はこの点について何も述べていない。 14) だが、『ヴァジュラダーカ釈』は、bhūtato bhūtarūpen ̇a を、かの無我の三昧から ブータダーマラの姿を観想することと解説する[D 125r7]。 15) 本稿の注 11 に記したように、『ヴァジュラダーカ釈』は、曼荼羅の中尊であるこ の大憤怒者をブータダーマラと解釈する。 16) 『ヴァジュラダーカ釈』:「トリパターカー印」とは、親指で小指の爪を抑えつけ、 残りの 3 本の指を挙げたもの[D 125v1]。 17) 『ヴァジュラダーカ釈』:ダーキニーは、種字が PHRUM ̇ 字、色が白、両手を合掌 させている。カンボージーは、PHREṀ 字、紺色、タルジャニー印を結び杵(gtun shing)を持っている。チューシニーは、PHREM ̇ 字、色の記載はなし、両手一杯に 血を満たして飲む。ディーピニーは、PHEM ̇ 字、黄色、合掌を頭頂に合わせてい る。全員、髪を解いており、全ての良き装飾で飾られ、死体の上に乗る。[D 125v3-v5] 18) 『ヴァジュラダーカ釈』:ヴァーラーヒーは東に位置する[D 125v5]。 19) 『ヴァジュラダーカ釈』:シヴァーは南に位置する[D 125v5]。 20) 『ヴァジュラダーカ釈』:カウマーリーは西に位置する[D 125v5-v6]。 21) 『ヴァジュラダーカ釈』:チャームンディーは北に位置する[D 125v6]。 22) 『ヴァジュラダーカ釈』:ブラフマーニーは北東に位置する[D 125v6]。
23) 『ヴァジュラダーカ釈』:ガネーシャは東南に位置する[D 125v6]。 24) 『ヴァジュラダーカ釈』:ヴァイシュナヴィーは南西に位置する[D 125v6]。 25) 『ヴァジュラダーカ釈』:インドリーは西北に位置する[D 125v6]。 26) 『ヴァジュラダーカ釈』:それぞれの門と門の間、すなわち四隅には四元素の女神 が置かれる。すなわち、四隅のうち、北東には地の女神(種字は Lam ̇ 字)、東南に は火の女神(Ram ̇ 字)、南西には水の女神(Vaṁ 字)、西北には風の女神(Yaṁ 字) を置く[D 126a5-a6]。 27) この段(19.32-39)は、曼荼羅の第 3 層の神々衽衲Skt ed. 19.8 によれば男性の護世 八天衽衲の姿の詳細を説明するのだが、文章は女性形である。校訂テキストの脚注 98[Sugiki 2016: 311(fn. 98)]に述べたように、男性の護世八天は各自の方位を表わ す女性形の言葉(aiśānī など)で暗示されており、それに影響されて、続く単語群も 女性形になっているのであって、内容としては男性の護世八天を説明していると筆 者は解釈している。杉木 2016 ではそのような解釈をしたが、今は、同時に、この 段では、Skt ed. 19.8 の説明にもかかわらず曼荼羅の第 3 層の神々を女尊(つまり護 世八天の女尊形)ととらえ、それゆえ女性形で説明しているという解釈も成り立ち 得ると考えている。そう解釈すると、19.3.11 の説明は、第 2 層の女神たちだけで なくこの第 3 層の女神たちも含むということなり、本章の成就法の部分(Skt ed. 19.41-136)の整合性も高まる。しかし、そうであるとすると、なぜ Skt ed. 19.8 で これら護世八天は男性形で表記されている(つまり男神としてリストされている)の かという問題が生じる。本稿では、Sugiki 2016 での解釈のまま、これらを男神と して試訳したい。 28) 『ヴァジュラダーカ釈』:これら惑星の配置と特徴は以下の通り。 東:アーディティヤ:白馬に乗る:赤:両手で蓮華の上に日輪を持つ。 東南:ソーマ:白鳥に乗る:白:両手で蓮華の上に月輪を持つ。 南:アンガーラカ:山羊に乗る:赤:右手に剣(gri)、左手で人間の頭をつかん で食べる。 南西:ブダ:蓮華に乗る:黄:弓矢を持つ。 西:ブリハスパティ:蓮華に乗る:黄:数珠と円形の水瓶を持つ。 西北:シュクラ:蓮華に乗る:白:数珠と円形の水瓶を持つ。 北:シャナイシュチャラ:亀に乗る:紺:両手で杖を持つ。
北東:ラーフとケートゥ(*Ketu: rgyal mtshan): ラーフは赤で太陽と月を持つ: ケートゥは青でカドガ剣と索を持つ。[D 125v7-126r4]
このように、『ヴァジュラダーカ釈』では、北東に配置される尊格は、ラーフと ケートゥの双方とされている。
29) 『ヴァジュラダーカ釈』:各自の種字(各自の名前の頭文字にアヌスヴァーラをつけ たもの)あるいは各自の象徴形(三昧耶形:dam tshig)から生じる[D 126r7]。 30) 『ヴァジュラダーカ釈』:神通力により有情利益を行う[T 126r7-v1]。 31) 「ブータの明妃」と訳したが、意味を取りにくい。ここでの聴き手は世尊ヴァジュ ラダーカ(Vajrad ̇āka)の妻であるマハーマーヤー(Mahāmāyā)だが、ヴァジュラダ ーカの妻であることを「ブータの明妃」としているのだろうか。なお、この一文を、 マハーマーヤーについての文ではなく、「元素の明妃[たち](bhūtavidyā: つまり、 第 1 層の女神たち)は、[他の]母たちにとって全ての母であり、それゆえ最高の女 である。」と解読することも可能である。 32) 『ヴァジュラダーカ釈』:「享楽を望むヨーギン」とは、女使者の享受を望む者であ る[D 126v3]。だが、筆者は解脱(moks ̇a、mukti)と享楽(bhoga、bhukti)の 2 種類 の成就のうちの後者を好むヨーギンと解釈する。 33) 『ヴァジュラダーカ釈』:「月輪と金剛杵の儀軌」とは、自分自身をヴァジュラサッ トヴァ(Vajrasattva)へと変化させる本尊瑜伽である[D 126v3-v4]。 34) 『ヴァジュラダーカ釈』:「全ての者たち」は、女使者たちなどを指す[D 126v4]。 35) 『ヴァジュラダーカ釈』:女使者が配置される方位の区別に即して、尸林などの東 などにおいて色粉で図絵曼荼羅を描く[D 126v4-v5]。 36) 『ヴァジュラダーカ釈』:昼の三時と夜の三時の計六時に供養するから。あるいは 6 種の供養の区別に従って供養するから。[D 126v5-v6] 37) 『ヴァジュラダーカ釈』:プッリーラマラヤ(Pullīramalaya)など各ピータなどにプ ラチャンダー(Pracaṅḋā)などの女神を置く[D 127r1-r2]。この点から推察される ように、ここ(つまり女神の成就法の実践の前行)で用いられる曼荼羅は、前述 19.2 で詳述された母たちの曼荼羅(そこにはプッリーラマラヤやプラチャンダーな どは登場しない)とは異なる曼荼羅である。 38) 『ヴァジュラダーカ釈』:供養は一連のプロセスの一部を述べたものであり、実際 には、懺悔、功徳の随喜、回向、三帰依、請願なども行う[D 126v6-v7]。 39) ここで述べる曼荼羅とは、前々注で考察した曼荼羅とは異なる、成就法の対象で ある女神を主とする絵曼荼羅(おそらく、成就対象となる女神が単独で描かれたも の)である。つまり、実践者は、女神の成就法に際して、前述の曼荼羅と、成就対 象の女神の曼荼羅(女神単独の絵)の双方を用意するのである。 40) 『ヴァジュラダーカ釈』:「上に生じるもの」は髑髏杯を指す[D 127r5]。 41) 『ヴァジュラダーカ釈』:「血」は例示であり、血などの五甘露と混ぜた塗料を髑髏 杯に置く[D 127r5-r6]。なお、プシヤ(Pusya)などが、絵を描く適時である[D 127r6]。
42) 校訂テキストの sthāpya-m を、sthāpyam に訂正する。 43) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ゴーリーの種字」とは Kṡuṁ 字である[D 127v2]。 44) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ヴァジュリーの種字」とは Sum ̇ 字である[D 127v3]。 45) 校訂テキストの śvānam ̇ を śvānaḣ(em.)に訂正する。 46) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ヴェーターリーの種字」とは Yum ̇ 字である[D 127v3]。 47) この勇者が、実践者自身を指すのか、あるいはどこかに表現された(あるいは観想 された)勇者を指しているのか、不明である。筆者は、実践者自身を指すと解釈し たい。 48) 『ヴァジュラダーカ釈』:「破壊[の文字]」とは Phat ̇ 字である[D 127v4]。 49) 「全ての中央の女主宰者」とは、おそらく、勇者の身体中のアヴァドゥーティー脈 管(avadhūtī)を指すと思われるが、不明である。 50) 『ヴァジュラダーカ釈』:「黒い樹木」とは ri ti ka という名の樹木である[D 127v4]。 どのような樹木か不明である。 51) 『ヴァジュラダーカ釈』:「100 回献供す[る]」とは、彼女の布絵を剣で粉々に切り 裂き、火中に投じることである[D 127v4-v5]。 52) この文において「全ての荼枳尼たち」が何を指すのか曖昧である。この儀礼の成 就を邪魔している荼枳尼たちを指すのかもしれない。あるいは、これまでに説いて きた 4 人の荼枳尼たちを指しているのかもしれない。もしこれまでの 4 人荼枳尼た ちを指しているならば、護摩によって死に至らしめるこの儀礼は、彼女たちが成就 しない場合の最終手段として説かれている可能性がある。その他様々な解釈の余地 のある文である。 53) シャンカラは、四門の四尊のうちのルドラに対応すると考えられる。 54) ヴァースデーヴァは、四門の四尊のうちヴィシュヌに対応すると考えられる。 55) バガは、ブラフマンが中央に描かれた曼荼羅を指すと考えられる。 56) 「実利を生み出すもの」(arthotpādana)が、直前の「全ての息災と増益と鉤召と敬 愛」(sarvaśāntikapaus ̇̇tikākarṡaṅavaśīkaraṅaṁ)を指すのか、あるいはそれらとは 別の種類の儀礼を指すのかは不明である。 57) ヴィグナラージャは一般にガネーシャであるが、これが四門の四尊のうちスカン ダ(ガネーシャもスカンダもシヴァの息子である)に対応すると考えるべきかどうか は分からない。あるいは、ここだけは四門の尊格でなく、曼荼羅の第 2 層のガネー シャとの対応が意図されているのかもしれない。なお、『ヴァジュラダーカ釈』に はこの点が説明されていない。 58) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ムシュンディ」とは、小さい盾、あるいは武器の一種で ある[D 127v5]。
59) 「母たち」は、既に説明された 19.2. の曼荼羅の第 1 層の 4 人の女神たち以外の女 神たちを(具体的には第 2 層の女神たちつまり七母神あるいは八母神を、もし第 3 層の護世八天が女尊形ならば彼女たちも)指すと考えられる。 60) 『ヴァジュラダーカ釈』:各尊格の名前の頭文字をその尊格の種字とし、そこから その尊格が生じると観想することを指し、惑星の観想でもその方法が用いられる [D 127v5-v6]。 61) 『ヴァジュラダーカ釈』:惑星たち全員を同時に成就したいならば、八葉蓮華の花 弁にアーディティヤをはじめとする惑星たちを順に配置し、中央にブータダーマラ を観想し、om ̇ sarvatithinakṡatragrahamaṅgalebhyaḣ svāhā とマントラを唱えるべ きである。個別に成就したいならば、成就したい惑星を中央に配置し、その惑星の 名を om ̇ と svāhā に挟んで唱えるべきである。もしある惑星の蝕を鎮めたいならば、 上述の惑星たち一般のマントラ(om ̇ sarvatithinakṡatragrahamaṅgalebhyaḣ svāhā) にその惑星の名を付けて唱えるべきである[D 127v6-128r1]。 62) 『ヴァジュラダーカ釈』:「ブータ」はシャンカラなどを指し、「グラハ」はアーデ ィティヤなどの惑星を指す[D 128r1-r2]。 〈キーワード〉 『ヴァジュラダーカ・タントラ』、曼荼羅、成就法