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密教文化 Vol. 1996 No. 194 003中山 華子「チベット系大日経122尊曼荼羅の研究 PL78-L57」

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全文

(1)

密 教 文 化

チ ベ ッ ト系 大 日経122尊 曼 茶 羅 の 研 究

は じ め に

チ ベ ッ ト系 大 日経 曼 茶 羅 の資 料 に は、 プ ト ンとボ ドンに よ る儀 軌 と、 二

種 の曼 茶 羅 が 存 在 す る。 後 に説 明 す る様 に、 プ トンに は二 種 の 関 連 儀 軌 が

あ り、 この 内 の前 者 は更 に二 種 の異 っ た立場 の曼 茶 羅 儀 軌 を 含 む。 従 って

これ に プ トンの他 の 儀 軌 一 種 と ボ ドンの 儀軌 一 種 を含 め る と、 四 種 の 関連

儀軌 が存 在 す る事 とな る。 本 論 で は この 四種 の儀 軌 と二 種 の曼 茶 羅 を比 較

し、 さ らに先 行 研 究 にお け る問 題 点 を も指摘 しっっ 論 述 した い。

(→儀 軌 類 に つ い て

まず プ トンの儀 軌 に は二 種 が あ り、 そ の 内 の 一 種 がrnam

snah mhon

byah gi dkyil chog bshugs so(1)で あ る。 この儀 軌 に は、 曼 茶 羅 に 関 す る

異 った二 種 の儀 軌 が含 ま れ て い る。 今 そ の前 部 儀 軌 をBu.A(2)、 後 部 の 儀

軌 をBu.A'(3)と す る。 この 前 部 の 儀 軌Bu.Aは

、 主 に諸 尊 の位 置 関 係 の み

を記 述 し、 そ れ 等 は順 次 中 台 の毘 盧 遮 那 、 次 いで 遍 知 印 、 蓮 華 部 、 如 意 宝

珠 、 金 剛 手 、 持 明 の 両 端 、 第 一 重 の門 護 、 第 二 重 の釈 迦、 閻 魔 、 帝 釈 天 、

地 神 や 弁 財 天 等 、 持 明 の 中 央 の三 尊 、 第 二 重 の 門護 、 第 三 重 の 最 勝 施 金 剛

(妙 吉 祥)、 除 蓋 障 、 地 蔵 、 虚 空 蔵 、 第 三 重 の 門護 の順 に記 述 され て い る。

(<表1参

照>)

持 物 や 尊 の 色、 台座 、 印 相 、 真 言 に関 して は一 切 記 さ れ ず、 春 属 に 関 し

て も尊 名 の み で、 春 属 の説 明 の 記 述 も省 略 され て い る。 又 、 春 属 の 方 位

(2)

(順 番)も 詳 し く は 記 さ れ て い な い 。 これ は 後 に 示 すBu.A', Bu.Bの 儀 軌 に も言 え る 事 で あ る が 、 こ の 為 に 実 際 の 曼 茶 羅 を 描 く際 に 春 属 の 部 分 で 解 釈 の 相 違 が 生 じて 来 て い る 。 次 に 後 部 の 儀 軌Bu.A'は 、 尊 の 位 置 に 加 え て 、 観 想 の 際 の 印 相 、 真 言 、 尊 の 持 物 、 色 、 台 座 、 表 情 、 頭 髪 等 が 記 さ れ て い る 。 記 順 さ れ る 尊 の 順 番 はBu,Aと 同 じで あ る が 、 尊 名 の 下 に 記 さ れ る 春 属 等 の 位 置 関 係 は 省 略 さ れ て い る。

プ ト ンの も う一 つ の 儀 軌 はskabs gnis pa spyod pahi rgyud kyi dkyil hkhor gyi bkod ba bshugs so(4)で あ る 。 こ れ を 今Bu.Bと す る 。 こ の 儀

<表1>

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 奈 羅 の 研 究

(3)

密 教 文 化 軌 はBu.A'の 形 式 に 、 さ ら に 『大 日 経 』 の 「具 縁 品 」 の 記 述 を 加 え た も の で あ る が 、Bu.A'所 載 の 印 相 や 真 言 は 記 さ れ て い な い 。 又 、 色 や 持 物 等 も 若 干 詳 し く記 さ れ て い る が 、Bu.A'に 比 べ て み る と 、 指 示 代 名 詞 の 目 的 語 が 欠 落 して い た り、 尊 の 位 置 を 誤 ま っ て い た り と 、 間 違 い が 多 少 見 られ る 点 に 注 意 す る 必 要 が あ る 。 又 、Bu.A∼Bu.Bの 成 立 年 代 は 、Bu.A・A'が 1339年 、Bu.Bが1350年 でBu.Bの 方 が 後 で あ る。

最 後 の ボ ド ン の 儀 軌 はrnam snan mhon byah gi rta bahi dkhyil hkhor gyi cho ga hbrih po bshugs so(5)で あ り、 こ れ を 今Bo.Aと す る 。 Bo.Aに は 、 印 相 と 真 言 の 記 述 は無 い が 、 尊 の 位 置 、 持 物 、 色 、 台 座 等 に っ い て の 記 述 が 詳 し く載 っ て い た り、 逆 に あ る べ き記 述 が 抜 け て い た り、 又 配 色 が く い 違 っ て い た り して い る。 更 に は所 々 持 物 の 違 い や 、 文 中 の 単 語 の 欠 落 、 文 の 重 複 、 多 少 の 誤 記 も見 受 け ら れ る。 し た が っ て 、 こ の 資 料 も か な り注 意 して 扱 う必 要 が あ る。 又 こ の 儀 軌 は 、Bu.A∼Bu.Bが チ ベ ッ ト訳 『大 日経 広 釈 』 の 解 釈 に 近 い の に 対 し、 漢 訳 『大 日経 疏 』 等 の 解 釈 に 近 い 場 合 が 見 ら れ た 。 (二)曼茶 羅 に つ い て 次 に 本 論 で 用 い る二 種 の 曼 茶 羅 に つ い て 説 明 して お く。 二 種 と は 、 ゴ ル 寺(6)の 胎 蔵 曼 茶 羅(以 下Ng.M.と す る)と 、 シ ャ タ ピ タ カ(7)の 『A New Tibeto Mongol Pantheons』 所 載 の 胎 蔵 曼 茶 羅(以 後S.M.と す る)で あ る。

こ の 両 曼 茶 羅 の 大 ま か な 相 違 を 次 に 挙 げ て み る と 、 (1)Ng.M.は 彩 色 さ れ て い る が 、S.M.は 白 黒 の 版 木 印 刷 で あ る。 (2)Ng.M.の 諸 尊 は 、 ほ ぼ 全 尊 が 持 物 を 持 っ の に 対 し、S.M.で は 、 春 属 は お ろ か 各 院 の 主 尊 で さ え も 持 物 を 持 た な い 場 合 が あ る 。 (3)毘盧 遮 那 の 顔 が 正 面 を 向 く(行 者 と 向 き 合 う)様 に し た 場 合 、Ng.M. は 遍 知 印 が 上 方 に 来 、 上 が 東 、 下 が 西 と な る が 、S.M.は 遍 知 印 が 下 方 に 来 、 上 が 西 、 下 が 東 と な る。 と い う 大 き な 三 点 の 相 違 が 挙 げ ら れ る。

(4)

した が って 、 曼 茶 羅 の諸 尊 を判 断 す る際 に は尊 像 の色 、 持 物 の特 色 を用

い る事 は必 要 不 可 欠 で あ るが 、S.M.に

は そ れ等 が記 され て い な い の で 、

本 論 で は主 にS.M.を 補 足 資 料 と して 用 い る事 とす る。

(三)先

行 研 究

本 研 究 に は、 田 中公 明氏(8)と 立 川 武 蔵 氏(9)に よ る先 行 研 究 が あ る。

本 論 の108頁 に挙 げ た<図1>(10)は

、 田 中 公 明 氏 が 図 示 した 胎 蔵 曼 茶 羅

<図1>

(10)phyag na rdo rje

金剛手

(11)ma ma ki

忙 葬難

(12)rdo rje lu gn

rg-yud金 剛 商 端 羅

(13)khro zla gtso bo 月 膝尊 (14). (15). (16). (17)

金剛部侍者

(18) rnam mkhah dri

med虚 空 無 垢 チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(5)

密 教 文 化 (<図1>中 に は83番 の記 載 は無 い)

<図II>

(19)rdo rje hkhor lo

金剛輪

(20) rdo rie mche ba

金剛牙

(21) rnam par grags

paskalchen名 称

(22) rdo rje mgon po 大 葱

(23) rdo rje shi ba

寂然

(24) rdo rje chen po

大金剛

(25) rdo rje mthiri ga

青金剛

(26) rdo rje padma vans pahi mig

蓮華広眼

(27) rdo rje bzar po

妙金剛

(28) rdo rje spros pa med par gnas pa

住無戯 論

(29) nam mkhah hah yas hero ba

無量虚 空歩

(30) rdo rie rtse mo

金剛針

(31) mi g'yo ba不 動

(32)rijig rten gsum las rnam raval

勝三 世 (33) gdul dkah 不可越守護 (34) mrion phyogs 相 向守護 (35) sa kya thub pa 釈迦牟 尼 (36) sans rgyas sp-yan遍 知 眼( 37) mdsod spu毫 相 (38) gtsug for gdugs

dkar po白 傘

(39)rgyal bahi勝 頂 gtsug for (

40) gtsug for rnam

rgyal最 勝 頂

(4l)gtsug for rnam par hthor ba

捨除頂

(42)gzi brjid phuripo

火聚頂

(43) dban phyug 自在 (44) kun to me toy'

普華

(45) hod kyi phren

bacan光 璽

(46) yid mgyogs

意生

(47) sgra rnam par

sgrog名 声 遠 聞

(48) gtsug for cher

広大頂

(49) gtsug for gyen du hbyuh極 広 大 (50) gtsug for sgra dbvans mthah yas無 辺 音 声( 57)gsin rle閻 魔 王 (58)hchi bdag死 后 (59) dus mtshan ma 黒夜 (60) gshon nu ma kumari (61)khyab hjug ma visnuni (62) phag mo varahi ( 63) ca mu ndi camunda (73) sahi lha mo 地神 (74) dbyans can ma 弁才 (75)khyab hjug 毘紐 (76) skem byed 塞 建 那 (77)rluhlha風 神 (78)bdebyed商 翔 羅 (79)u ma烏 摩 后 (80)zla ba月 天 (81) gshan 'vis mi thub pa無 能 勝 (82)gshan gyis mi thub ma 無 能 勝 妃 (83)sabdag持 地 神 (115)nam mkhabi snih po虚 空 蔵 (116) nam mkhahi blogros虚 空 慧

(117)rnam dag pabi blo gros清 浄 慧 (118)spyod pabi blo

gros行 慧

(119)nam mkhah dri

med虚 空 無 垢

(120)brtan pahi blo

(6)

諸 尊 の座 位 と尊 名 で あ り、<図II>(11)は

立 川 武 蔵 氏 が 図 示 し 牟諸 尊 の 座

位 で あ る。

この両 図 を比 較 して見 る と、 第 一 、 第 二 、 第 三 重 の全 体 にわ た って 配 当

ナ ンバ ー の相 違 や尊 数 の相 違 が見 られ る。 以 下 本 論 に お い て これ 等 の 相 違

点 を考 慮 に入 れ なが ら、 チ ベ ッ ト系 大 日経 曼 茶 羅 を再 検 討 して み た い。

各 儀 軌 と 実 際 の 曼 茶 羅 間 の 相 違 点 の 整 理

こ こで は既 に紹 介 した四 種 の 儀 軌 と二 種 の 曼 茶 羅 を中 心 に諸 尊 の主 な記

述 の相 違 点 を整 理 す る。

第 一 重

一 〕 金 剛 手 院

まず 第 一 重 の金 剛 手 院 は、 中尊 毘 盧 遮 那 の南 方(左

側)に 位 置 す る院 で

あ り、 こ の院 は主 尊 金 剛 手(10)〔10〕(()は

く 図1>,〔

〕 は<図II>

の 番 号 を指 す)と 、 忙 葬 難(11)〔11〕 、 金 剛 針(30)〔29∼30〕

、 金 剛 商 端

羅(12)〔12∼14〕

、 月 擁 尊(13)〔15∼16〕

、 そ の下 側 の十 二 執 金 剛(18∼

29)〔17∼28〕

の十 七 尊 で構 成 され る。

(一)金

剛 手(10)〔10〕

この金 剛 手 は、 四種 の 儀 軌 で は中尊 毘 盧 遮 那 の 南 方 の門 廟 に位 置 し、 黄

緑 又 はパ ー ル ブル ー(Bu.A∼B,

Bo.A)に

して 、 頭 に は王 冠(不 動 と して

の 頂 髪Bu.A∼B)を

頂 き、 右 手(Bo.Aは

左 手)に

金 剛 を 持 っ と され る。

〔10〕、〔11〕 <図1>と 同 じ (12)-(14) rdo rje lu gu rg-yud ma Surrounded by her assembly 金 剛 商 端 羅 と春 属 (15)-(16) khro zla surrounded by his assembly 月廉 尊 と看 属 (17) nam mkha' dri

med虚 空 無 垢

( 18) rdo rje 'khor to

金剛輪

(19) rdo He mche ba

despa金 剛 牙

(20) rnam par grags pa skal chen

名 称

(21) rdo rje mgon po 大 葱

(22) rdo rje zhi ba

寂然

(23) rdo rje chen po 大 金 剛

(24) rdo rje thing ga

青金剛

(25) rdo rje pad ma gangs pa i mig

蓮華広眼

(26) rdo rie bzang

po妙 金 剛

(27) rdo rje spros pa med par gnas pa

住無戯論

( 28) nam mkha' ha' vas 'gro ba

無量虚空歩

(29) (30)

lha mo rdo rje rtse mo surrounded by her assembly 金 剛 針 と 春 属 (30)-(83) <図1>と 同 じ (115)-(120)

nam mkhai ing po flanked by 5 hisattvas 虚 空 蔵 脇 に5菩 薩 が 立 っ チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(7)

さ ら にBu.A', Bu.Bで は 一 切 の 宝 石 で 飾 り(Bu.Bの 『大 日 経 』 の 記 述 で は 菩 薩 の 荘 厳 と す る)、 諸 の 光 明 に よ っ て 囲 む と も さ れ る。 こ の 様 に 金 剛 手 は 、 各 儀 軌 の 間 で は さ し た る 相 違 は 見 られ な い が 、 金 剛 手 の 名 称 がBo. Aで は 金 剛 手(phyag na rdo rje, Vajra-papi)、Bu.Bで は 執 金 剛(rdo rje hdsin pa, Vajra-dhara)と な っ て い る点 に 相 違 が 見 ら れ る。 又 曼 茶 羅

図 を 見 て み る と 、Ng.M.で は 、 位 置 は 四 種 の 儀 軌 通 り で 右 手 に 持 物 を 持 ち 、 黄 緑 色 で あ る が 、S.M.で は 、 主 尊 と し て あ る べ き 門 廟 の 位 置 か ら大 き く東 側 へ ず れ 、 両 手 は 合 掌 し、 蓮 華 座 が 省 略 さ れ て い る。 次 の 忙 葬 難 に は特 に 相 異 が な い の で こ こ で は 略 す 。 (二)尊母 金 剛 針(30)〔29∼30〕 こ の 尊 は 、Bu.A', BuBで は 十 二 執 金 剛 の 後 に 説 か れ て い る が 、 便 宜 上 こ こ で 述 べ る 事 に す る。 こ の 尊 は 忙 葬 難(11)〔11〕 の 下 に 位 置 す る と 説 か れ る 。(Bu.Bで は 、 忙 葬 難 の 左 側 に 、 と さ れ て い る が 、 こ れ は 下 、 も し く は 右 側 の 誤 りで あ ろ う。 又 こ の 尊(12)の 位 置 に お け る 栂 尾 博 士 の 誤 り は す で に 他 で 述 べ られ て い る の で 、 そ れ を 参 照 の 事) 儀 軌 の 間 で は 特 に 相 違 は 無 い が 、Bo.Aで は 、 忙 葬 難 の 如 く 、 自 身 の 従 者 に 囲 ま れ る と さ れ 、 更 に 諸 の 従 者 に 囲 続 さ れ 、 顔 は 少 し微 笑 し、 手 に 青 金 剛 を 持 っ と さ れ る。 図 を 見 る と 、Ng.M.は 確 か に 忙 葬 難 の 如 く青 色 に して 左 手 に 持 物 を 持 ち 、 左 斜 あ 下 に 一 人 従 者 を 伴 う。 一 方S.M.で は 、 従 者 と金 剛 針 が 向 き 合 い 、 ど ち ら が 主 か 判 らな い 。 そ こ で 田 中 氏 の<図1> を 見 て み る と 、30番 を 金 剛 針 と して お り 、 本 来 金 剛 針 で あ る べ き 位 置 に 金 剛 針 の 従 者 で あ る14番 を 置 き、 そ の 下 に15番 の 従 者 を 置 き、 そ して 後 述 の 金 剛 商 端 羅 の 従 者 で あ る16、17番 と共 に 金 剛 部 侍 者 と さ れ て い る 。 又 本 来 30番 の 位 置 に あ る べ き持 地 神(sa bdag)は83番 と さ れ て い る。 し か し83 番 は<図1>中 に は 存 在 し な い 。 即 ち 、 田 中 氏 の 論 文 に お け る14番 は 、 実 際 は 侍 者 で は な く金 剛 針 で あ り、 又30番 は 金 剛 針 で は な く持 地 神 で あ る 、 と 考 え ら れ る。

(8)

-72-この 点 立 川 氏 の<図II>で

は、 金 剛 針 を30番 と し、 この尊 の従 者 を29番

と して い る。 又 、 持 地 神 は83番 と して毘 盧 遮 那 の下 辺 に住 させ て い る。 筆

者 は この立 川 図 に賛 同 した い。

(三)金

剛商 端 羅(12)〔12∼14〕

この尊 は、 四 種 の 儀軌 で は金 剛 手 の左(西)方

に住 す と され 、 色 は プ リ

ヤ ンク の如 き黄 緑 色 で、 金 剛 の標 示 に よ って 標 示 され 、 自 らの従 者 に よ っ

て 囲 ま れ る、 と され る。 図 を 見 て み る と、Ng.M.で

は金 剛 手 の 左 側 に位

置 し、 黄 緑 色 に して、 右 手 に(法)輪

の様 な 物 を 掲 げ る。 又 足 下 に二 従 者

を伴 い、 そ の 内左 側 の 従 者 は葱 怒 形 で あ る。S.M.で

は 、 こ の 尊 が 金 剛 手

院 の 門 廟 に入 る形 に な って い る。 足 下 に は二 従者 を伴 うが ど ち ら も葱 怒 形

で はな い。

(四)月

蟻 尊(13)〔15∼16〕

この尊 は、 四 種 の儀 軌 で は金 剛 手 の下(北)方

に とさ れ るが 、 両 曼 茶 羅

図 で は どち ら も金 剛 商 端 羅 の左(西)方

に描 か れ て い る。 これ は金 剛 手 の

下 の余 白 の 関係 上 か らの 事 と考 え られ る。 又 、 この尊 は、 四種 の 儀 軌 で は

黒 色 で、 三 眼 で4本 の牙 歯 を 持 ち、10万 本 の手 に様 々 の武器 をふ りか ざ し、

無 辺 の葱 怒 の春 属 に よ り囲 まれ る と され る。 さ らにBu.A', Bu.Bで

は蓮 華

の上 に座 す と も され て い る。 曼 茶 羅 図 を 見 て み る と、Ng.M.で

は 炎 を 光

背 とす る多 腎 の黒 色 の尊 と して 描 か れ て い る。 又 こ の尊 の春 属 は、 立 川 氏

の<図II>で

は16番 と され て い るが 、 実 際 のNg.M.上

で は こ の16番 の 春

属 は描 か れ て い な い。 即 ち立 川 氏 は伽 空 の 尊 に16番 と い う番 号 を 付 けて い

る と考 え られ る の で あ る。 一 方 田 中氏 は<図I>に

示 す14∼17番 の 様 に こ

れ等 四 尊 を 一 括 して金 剛 部 侍 者 と し、 月懸 尊 の春 属 を特 定 して い な い。 再

び曼 茶 羅 図 を 見 る と、 両 図 共 、 月 歴 尊 の右 側 の金 剛 商 端 羅(12)〔12〕

は、 二 人 の従 者 が描 か れ て い る。 この 従 者 は8.M.で

は二 者 共 寂 静 相 で 表

わ され て お り問題 は無 いが 、Ng.M.で

は、 月 懸 尊 側 の 従 者

〔14〕が 葱 怒

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(9)

形 で 表 わ され て い る。 又 、 四 種 の 儀 軌 で は、 月 歴尊 の 春属 は葱 怒形 であ る、

と指 定 され て い る。 したが って 、 以 上 の 点 か ら見 て 、 筆 者 はNg.M.に

け る金 剛 商 端 羅 の 西 側 の 従 者 〔14〕は、 実 は月麟 尊 の 春 属 で あ ろ うと考 え

る。 い ず れ に して も16番 を 月 麟 尊 の 春 属 とす る立 川 氏 のNg.M.の

解 説 に

は矛 盾 が あ る と言 え よ う。

伍)十二 執 金 剛(18∼29)〔17∼28〕

この尊 は、 各 儀 軌 間 で そ の位 置 に 問題 が あ る。 即 ち、Bu.A∼Bu.Bで

金 剛手 の 西側 に、 とあ るが、 四種 の儀 軌 で は前 述 の様 に金 剛 商端 羅 が 金 剛

手 の西(左)方

に描 か れ る事 に な って い る た め、 この金 剛 手 の 西 側 と は金

剛 商 端 羅 の西 側 とす べ きで あ ろ う。(月 歴 尊 は、 曼 茶 羅 で は 金 剛 商 端 羅 の

西 側 に描 か れ る が、 四種 の儀 軌 上 で は金 剛 手 の下(北)方

で あ るの で 、 こ

こで は問 題 と しな い。)或 い は、Bu.B引

用 の 『

大 日経 』 の 記 述 の 「そ の 西

に行 って」 の 「そ の」 を、 直前 に記 述 さ れ る月 歴 尊 と取 る と、 月 懸 尊 の 西

に、 と い う事 に な る。 これ に対 しBo.Aで

は、 金 剛 手 の後 ろ(背 後)に と、

全 く異 う た別 の記 述 を掲 げ て い る。

二 〕 持 明 院

次 は持 明 院 につ いて 見 て行 く事 とす る。 この 院 は、 不 動 明 王(31)〔31〕 、

勝 三 世 明 王(32)〔32〕 、 無 能 勝(81)〔81〕 、 無 能 勝 妃(82)〔82〕 、 持 地 神

(83)〔83〕 の 五 尊 で 構 成 され る。 四 種 の儀 軌 の上 で は無 能 勝 、 無 能 勝 妃 、

持 地 神 の 三 尊 は共 に第 二 重(釈 迦 院)の 最 後 に説 か れ るが 、 便 宜 上 こ こで

述 べ る事 とす る。 まず 、 不 動 も勝 三 世 も儀 軌 、 曼 茶 羅 図共 に特 に相 違 は見

られ な い。 次 に中 央 の 無 能 勝 と無 能 勝 妃 と持 地 神 の三 尊 で あ るが 、 既 に述

べ た様 に、 この三 尊 の み は第二 重 の最 後 で説 か れ て い る。 し たが っ て こ こ

か ら座 位 に 関 す る問題 が生 じて来 るの で あ る。 即 ち 、 『蔵 文 大 日経 』(13)で

これ ら三 尊 に つ い て、

(10)

pohi hog logsu/khro

chen gshan

gyi mi thub ces bya ba nid darn

lha mo ni/gshan

gyis mi thub ma dari ni/sa

bdag lag na bum pa

thogs/gus

par yali dag gnos par bri/

真 言 者 は次 に専 念 して真 言 主 の下 側 に、 葱 怒大 無能 勝 とい う もの と尊

母 無 能 勝 妃 と、 持 地 神 が 手 に瓶 を持 ち恭 敬 して住 す るを描 くべ し。

と記 され る中 、 こ の 「

真 言 主 」 を、 毘 盧 遮 那 と取 るか、 釈 迦 牟 尼 と取 るか

で、 毘 盧 遮 那 の 下 に描 か れ るか 、 釈 迦 牟 尼 の下 に描 か れ る か、 とい う点 に

お い て曼 茶 羅 図 に相 違 が 生 じて 来 る。 漢 訳 『

大 日経 』、 『

大 日経 疏 」

、 『

大 日

経 広 釈 』(14)で

は これ を釈 迦 牟 尼(15)と

取 って お り、Bo.Aも

釈 迦 牟 尼 、Bu.A

∼Bu.Bは

毘 盧 遮 那 とす るな ど、 解 釈 が 分 か れ て い る。

次 に実 際 の曼 茶 羅 を見 て み る と、 現 図 曼 茶 羅 を始 め とす る 日本 の曼 茶 羅

の 大 多 数 は、 釈 迦 牟 尼 の両 脇 に無 能 勝 、 無 能 勝 妃 を描 く。一 方 チ ベ ッ ト系

の 曼 茶 羅 で あ るNg.M.とS.M.で

は、 三 尊 共 が不 動 と勝 三 世 の 間 に描 か れ

るの で あ る。

この点 につ いて 、 田中 氏 は<図1>の

如 く持 明 院 の 三 尊 を 、 右 か ら順 に

不 可 越 守 護(33)、

相 向守 護(34)、

金 剛 針(30)と

す る。 しか しBu.A∼

Bu.B(16)の 儀 軌 で は、 不 可 越 守 護(難 勝)、 相 向 守 護 は第 一 重 の 西 門 の 守

護 者 とさ れ る。 しか しな が ら田 中 氏 は この点 を無 視 し、 この第 一 重 西 門 の

守 護 者 を無 能 勝(81)、

無 能 勝 妃(82)と

し、 不 可 越 守 護 、 相 向 守 護 と 入

れ 違 えて 解 釈 して い る。 又 金 剛 針 につ いて は、 金 剛 手 院 の箇 所 で既 に述 べ

た通 りで あ る。

この 点 につ い て立 川 氏 は、Ng.M.の

解 説<図II>中

で 不 可 越 守 護 〔33〕

相 向 守 護 〔34〕を西 門 の守 護 者 と し、 無 能 勝 〔81〕無 能 勝 妃 〔82〕を持 地

神 〔83〕と共 に不 動 と勝 三 世 の 間 に位 置 さ せ る。 しか し こ の 点 もBu.A,

Bu.Bで

は、 無 能 勝 妃 は黒 蓮 華 に住 す、 と され る事 か ら、Ng.M.中

の 〔81〕

の黒 蓮 華 に住 す る尊 を 無 能 勝 妃 と見 るべ きで は な いだ ろ うか 。

第 二 重

一 〕 釈 迦 院

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(11)

次 は 第 二 重 に 移 る。 こ こ で は、 ま ず 釈 迦 院 の 問 題 が 挙 げ られ る 。 こ の 院 は、 主 尊 釈 迦 牟 尼(35)〔35〕 と 、 広 大 頂(48)〔48〕 、 極 広 大(49)〔49〕 、 無 辺 音 声(50)〔50〕 の 三 仏 頂 、 白 傘(38)〔38〕 、 勝 頂(39)〔39〕 、 最 勝 頂(40)〔40〕 、 捨 除 頂(41)〔41〕 、火 聚 頂(42)〔42〕 の 五 頂 髪 、 自在(43) 〔43〕、 普 華(44)〔44〕 、 光 髪(45)〔45〕 、 意 生(46)〔46〕 、 名 声 遠 聞(47) 〔47〕 の 浄 居 天 、 遍 知 眼(36)〔36〕 、 毫 相(37)〔37〕 で 構 成 さ れ る。 こ の 院 の 問 題 点 は 、Bu.A', Bu.Bで は 、 『大 日 経 広 釈 』 の 文 を 引 用 し 、 『大 日 経 』 の 、 浄 居 天(43∼47)〔43∼47〕 を 五 頂 髪(38∼42)〔38∼42〕 の 右(北)方 に 描 く、 と い う誤 っ た 記 述 を 、 五 頂 髪 の 左(南)方 に 描 く、 と 訂 正 して い る の に 対 し、Bo.Aで は 、 三 仏 頂(48∼50)〔48∼50〕 の 記 述 の 後 に 『大 日 経 』 の 記 述 の ま ま 「そ の 右 に 、 北 方 に」 浄 居 天 を 描 く、 と して い る た め 、 三 仏 頂 の 右(北)方 に 浄 居 天 を 描 く、 と い う二 重 に 誤 っ た 記 述 に な っ て し ま っ て い る 点 と 、 各 儀 軌 並 び に 『大 日 経 』 注 釈 書 等 の 間 で 五 頂 髪 、 三 仏 頂 の 尊 の 色 の 解 釈 に 相 違 が 見 られ る 点 で あ る 。 こ の 尊 の 色 に っ い て は 、 ま ず 大 き く三 っ の 型 に 分 け られ る 。 次 頁<表II・ II'>の(イ)グ ル ー プ 、(ロ)グ ル ー プ 、(ハ)の 型 で あ る 。 こ れ ら は 『大 日経 』 の 解 釈 の 相 違 に よ り分 類 し た も の で あ る。

(イ)グ ル ー プ は 五 頂 髪 を 主 に 白dkar po、 黄ser po、 淡 黄ser skya、 金gser mdogと し、 三 仏 頂 を 白 、 黄 、 赤dmar poと して お り 、 漢 訳 『大

日経 』、 デ ル ゲ 版 、 北 京 版 、 チ ョ ー ネ 版 蔵 文 『大 日経 』、 『大 日 経 疏 』(18)、 『大 日 経 義 釈 』、Bo.Aが こ の グ ル ー プ で あ る 。 (ロ)グ ル ー プ は 五 頂 髪 を 白 、 赤 、 黄 の3色 と し、 三 仏 頂 を 白 、 淡 黄 、 金 又 は黄 と し て い る。 こ の グ ル ー プ に は 『大 日経 広 釈 』、Bu.A', Bu.Bが 入 る。 (ハ)は 、(イ)と も(ロ)と も定 ま ら な い 型 で あ り、 ラ サ 版 、 ナ ル タ ン版 、Thestog Palace manuscript蔵 文 『大 日経 』 が こ の 型 に な る 。

ま ず(イ)グ ル ー プ の 解 釈 を 見 て 行 く と、 漢 訳(18)『大 日 経 』 は

五 種 の 如 来 頂 は 白 と黄 と眞 金 と の 色 な り復 次 に 三 佛 頂 は 白 黄 赤 兼 備 せ

(12)

-68-り

と な っ て い る。 又 デ ル ゲ 版 、 北 京 版 、 チ ョ ー ネ 版 蔵 文 『大 日経 』(19)は、

gtsug for gsum po kho na ni//bsgrims

to yarn dag bri bar bya//

gtsug for lria po stobs can rnams//dkar

po ser skya ser por bya

//gsum

po gshan ni dkar po darn//ser

po dan ni dmar por bya//

三 仏 頂 の み を

専 念 して 描 くべ し

<

表II

>

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(13)

諸 の大 力 五 頂 髪 は

白、 淡 黄 、 黄 色 に為 す べ し

さ らに三 仏 頂 は 白 と

黄 と赤 に す べ し

と な って い る。 又 『

大 日経 疏 』(20)で

は、

其 の五 種 の如 来 頂 に、 五 種 の色 あ り、 謂 ゆ る眞 金 色 と欝 金 色 と淺 黄 色

と極 白色 と淺 白色 とな り。 是 の 中 の眞 金 と欝 金 との二 色 は、相 似 た り。

<

表II'>

(14)

に ご

然 れ ど も眞 金 は光 浮 く、 欝 金 色 は稽 重 れ り。 三 仏 頂 に は、 三 色 あ り、

謂 く白色 と黄 色 と赤 色 と な り。

と書 か れ る。 『

大 日経 義 釈 』(21)で

は、

其 の 五 種 の如 來 頂 に は五 種 の色 を具 有 せ り、 謂 る眞 金 色 と欝 金 色 と淺

黄 色 と極 白色 と淺 白色 と な り。是 の 中眞 金 と欝金 の 二 色 は相 似 た り。

然 れ ど も眞 金 は光 浮 く欝 金 色 は稽重 な り。 三 佛頂 に は則 ち三 色 有 り謂

く白色 と黄 色 と赤 色 とな り。

と記 さ れ て お り、 『

大 日経 疏 」 と全 同 で あ る。 次 のBo.A(22)は

sakya sen gehi gyon du gtsug for gdugs dkar po phyag gyon pas

gdugs dkar po hdsin pa/rgyal

bahi gtsug for ser skya ral gri

hdsin pa/rnam

par rgyal bahi gtsug for ser po hkhor lo hdsin pa

gzi brj id phuri po dmar ser gtsug for hdsin pa/rnam

par hthor

ba lj an khu z

hdsin pa/

gtsug for mthon po hod zer hphro ba/mdsod

spuhi gyas su gtsug

for cher hbyun dkar po rdo rj e hdsin pa/gtsug

for gyin hbyuri ser

po pad ma hdsin pa/sgra

dbyarns mthha yas dmar po dun hdsin

pa/

釈 迦 獅 子 の左 に、 白傘(蓋)は

白色 に して 左 手 に 白傘 蓋 を持 つ。 勝 頂

は淡 黄 色 に して剣 を 持 つ。 最 勝 頂 は黄色 に して(法)輪

を持 つ。 火 聚

頂 は赤 味 が か った黄 色 に して頂 髪 を持 っ 。 捨 除 頂 は緑 に して □

っ 。 大 仏 頂 は光 明 を発 す る。 毫 相 の右 に広 大 頂 を 生 じる。 白色 に して

金 剛 を持 っ。 極 広 大 は黄 色 に して蓮 華 を持 っ。 無 辺 音 声 は赤 色 に して

法 螺 貝 を持 つ 。

とな って い る。 以 上 五 種 の資 料 を見 る と、<表II>の

通 り五頂 髪 が主 に白、

黄 、 淡 黄 等 、 三 仏 頂 が 白、 黄 、 赤 の3色

とい う解 釈 にな って い る。

次 に(ロ)の

解 釈 を見 て み る と、 『大 日経 広 釈 』(23)の

記 述 で は、

gtsug for gsum po kho na ni/bsgrims to yarn dag bri bar bya/ shes pa ni mdsod spuhi gyon rol byari phyogs su gtsug for gsum

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(15)

rnams briho//dkar po ser por skya ser bya/shes pa ni gtsug for

gsum po de dag nid kyi kha tog ste/ser skyani yuns kar gyi kha dog lta bubo//ser po ni gser gyi kha dog lta bubo//mthu chen

gtsug for lria po yi/gsum po las gshan bya ba ni/dkar po dmar po ser poho//

shes pa ni gtsug for gsum po las gshan pa gtsug for lria po sitar bad pa rnams kha dog gsum du bya la/kha dog gsum yan dkar po dan dmar po dan ser poho//gtsug for lria las gtsug for gsum ni kha dog gsum dan sbyar la gtsug for gnis ni kha dog de gnis las dkar po dani dmar po gnis darn sbyar ro//

三 仏 頂 の み を専 念 して描 くべ し、 と は、 毫 相 の左(行 者 か ら見 て)側

た る北 方 に三 仏 頂 達 を描 くべ し。 白 と淡 黄 と黄 とに な せ と は、 彼 ら三

仏 頂 の色 に して、 淡 黄 と は芥 子 色 の如 くで あ る。 黄 は金 色 の 如 くで あ

る。 大 力 五 頂 髪 の(色)は

三(仏 頂 か頂 髪 の色)以 外 と為 すべ しとは、

白、 赤 、 黄 で あ る。 とい うの は、 三 仏 頂 以 外 の五 頂 髪 は既 に説 い た諸

の三 色 に為 す 。 即 ち、 三 色 は又 白 と赤 と黄 で あ る。 五 頂 髪 の 中 、 三 頂

髪 は三 色 と合 わせ 、 二 頂 髪 は そ の二 っ の色 の中 の 白 と赤 の二 っ と合 わ

せ るべ し。

と な って い る。Bu.B(24)で は、 以 下 の記 述 と な る。

gtsug for gsum po kho na ni//bsgrims

to yan dag bri bar bya//

dkar po ser skya ser por bya//mthu

chen gtsug for lria po yi//

gsum po las gshan bya ba ni//dkar

po dmar po ser poho

三 仏 頂 の み を 専 念 して 描 くべ し

白 、 淡 黄 、 黄 色 に 為 す べ し 大 力 五 頂 髪 の 三(仏 頂 か 頂 髪)以 外 に 為 す べ き は 白 、 赤 、 黄 色 な り

こ れ はBu.Bで 記 述 さ れ る 『大 日 経 』 の 箇 所 で あ る 。Bu.A', Bu.Bの プ ト ン の 解 釈 で は 、 五 頂 髪 は 白 、 赤 、 黄 色 、 三 仏 頂 は 白 、 淡 黄 、 金 色 と な っ て い る。

(16)

以 上(ロ)グ

ル-プ の各 資 料 を見 る と<表II'>の

通 り五 頂 髪 が 白、 赤 、

黄 、 三 仏 頂 が 主 に 白、 淡 黄 、 金 色 と解 釈 され て い る事 が 判 っ た。 こ こで

(イ)グ

ル ー プ と(ロ)グ

ル ー プ を比 較 して み る と、 五 頂 髪 の色 と三 仏 頂

の 色 が 入 れ 代 わ って 解 釈 さ れ て い る。 次 に蔵 文 『

大 日経 」(注19)を

見 る

と、 「

三 仏 頂 の み を専 念 して描 くべ し。 諸 の 大 力 五 頂 髪 は 白 、 淡 黄 、 黄 色

に す べ し」。 と記 述 され て い る。 これ を見 る と、 五 頂 髪 は この3色

で あ る

こ とが 明 白 で あ るの に、 な ぜ(ロ)グ

ル ー プ で は 白、 赤 、 黄 で あ るの か 、

とい う問題 が生 じる。 そ こで こ の点 を 『

大 日経 広 釈 」 の記述 に見 て み る と、

三(仏)頂(25)を ば 励 み て 正 し く画 くべ し と は 、 毫 相 の 右 側(26)た る 北 方 に 三(仏)頂 達 を 画 くべ し。 白(dkar po)と 黄 褐(ser skya)と 黄(serpo)と に な せ と は か れ ら三(仏)頂 の 色 に して 、

と な っ て お り、 先 に 述 べ た 『大 日 経 」 の 記 述 に お け る 、 「大 力 五 頂 髪 は 、」 (100頁(注19)の 文 の 波 線 の 文)と い う 文 が 注 解 さ れ て い な い。 又Bu.B の 『大 日 経 』 の 記 述 の 箇 所 で も、 「三 仏 頂 の み を 専 念 し て 描 く べ し 。 白 色 (dkarpo)、 淡 黄 色(ser skya)、 黄 色(ser po)に 為 す べ し 。」 と 、 同 じ

く 「大 力 五 頂 髪 は 、」 と い う 記 述 が 見 られ な い 。 っ ま り、 こ の 「大 力 五 頂 髪 は 、」 と い う一 文 が 無 い 為 に、(ロ)グ ル-プ は三 仏 頂 を 白 、 淡 黄 、 黄 色

と解 釈 した と 考 え られ る。

最 後 に(ハ)を 見 る と 、 こ の 『大 日経 』 の 経 文 は 次 の 様 に な る 。

gtsug for gsum po kho na ni//bsgrims

to yarn dag bri bar bya//

gtsug for lna po stobs can rnams//dkar

po ser skya ser por bya

//mthu

chen gtsug for lna po yi//gsum

po gshan ni dkar po dari

//ser po dan ni dmar por bya//

三 仏 頂 の み を

専 念 して 描 くべ し

諸 の大 力 五 頂 髪 は

白、 淡 黄 、 黄 色 に為 す べ し

大 力 五 頂 髪 の

他 の 三(仏 頂 か 頂 髪)は

白 と

黄 と赤 にす べ し

これ を(イ)(注19)の

『大 日経 』 の経 文 と比 較 して み る と、(ハ)に

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(17)

「大 力 五 頂 髪 の 」 と い う一 句 が 加 わ っ て い る 。 こ の 一 句 が 加 わ る 事 に よ っ て 、(注19)

1 gsum po gshan ni dkar po darn//ser

po dan ni dmar por bya//

さ らに三 仏 頂 は 白 と

黄 と赤 にす べ し

とい う句 が 、

(ハ)(2) mthu chen gtsug tor lha po yi//gsum po gshan ni dkar po dan//ser po dan ni dmar por bya//

大 力 五 頂 髪 の 他 の 三(仏 頂 か 頂 髪)は 白 と 黄 と 赤 に す べ し と も解 釈 で き る の で あ る。 即 ち 、(1)の 文 で は 「大 力 五 頂 髪 の 」 の 一 句 が 無 い 故 に 、 さ ら に(gshan)、 と 解 釈 し、(2)の 文 で は 原 典 で は ど の 様 な 梵 語 を 使 用 し て い た か 不 明 で あ る が 、 「大 力 五 頂 髪 の 」 と い う 語 が 有 る 故 に 、 他 の(las gshan)、 と 解 釈 し た と 考 え られ よ う。 さ ら に 、 筆 者 は 本 論 で は 五 頂 髪 、 三 仏 頂 と 区 別 し て 記 し て い る が 、 蔵 文 で はgtsug tor lha po五 頂 髪 、gtsug tor gsum po三 仏 頂 と、 gtsug torと い う 同 じ 単 語 を 用 い て

い る 為 に 余 計 に 混 乱 を 招 い て い る と も言 え よ う。 以 上 、(イ)(ロ)(ハ)の 各 解 釈 を 比 較 した の で あ る が 、 こ れ ら の 相 違 は 恐 ら く そ れ ぞ れ の 『大 日経 』 の サ ン ス ク リ ッ ト原 典 に 相 違 が あ っ た 為 と 言 え よ う。 こ の 点 、 又 曼 茶 羅 図 で は 、Ng.M.は プ ト ン の 儀 軌 通 り に な っ

<

表III>

(18)

-62-て い る。

〔二 〕 閻 魔 院

次 は 閻 魔(57)〔57〕 と そ の 春 属 の 院 で あ る。 こ の 院 は 第 二 重 の 南 方 に 位 置 す る。Bu.A, Bu.Bに よ る と、 谷 属 は 死 后(58)〔58〕 、 黒 夜(59)〔59〕 、 Kumari (60) (60)、Visnuni (61) (61), Varahi (62) (62), Camunda (63)〔63〕 の 六 尊 と さ れ る。 こ こ で は、<図1>と<図II>の 間 に 相 違 が あ る 。 即 ち 両 図 で は 閻 魔 の 東(右)側 の58・59・60の 春 属 の 順 番 が 入 れ 代 わ っ て い る の で あ る(〈 表III〉)。Ng.M., Bu.A', Bu.Bを 見 る と、Kumari は 赤 色 に して 短 槍 を 持 ち 、 死 后 は 黒 色 に し て 鈴 を 持 っ と い う 事 よ り、Ng. M.の 尊 の 持 物 、 色 等 を 見 る と 、 〈 図II〉 即 ち 立 川 氏 の 説 の 尊 の 並 び の 方 が 適 当 で あ る と い え よ う 。 又Ng.M.で の 尊 の 足 下 に 鳥 が 描 か れ る の は 、 『大 日 経 』 「秘 密 曼 茶 羅 品 」(27)の記 述 と一 致 す る 。 〔三 〕 地 神 、 弁 財 天 等 の 院 次 は 第 二 重 の 西 側 に 描 く と さ れ る 地 神 や 弁 財 天 等 八 尊 の 院 で あ る。 彼 ら はBu.Bに よ る と、 南 か ら始 め て 地 神(73)〔73〕 、 弁 財 天(74)〔74〕 、 毘 紐(75)〔75〕 、 塞 建 那(76)〔76〕 、 風 神(77)〔77〕 、 商 端 羅(78)〔78〕 、 烏 摩 后(79)〔79〕 、 月 天(80)〔80〕 の 順 に 描 く と さ れ る 。 こ の 院 で も <図I>と<図II>の 間 で 相 違 が 見 ら れ る(<表IV>)。 <図1>は 、Bu.Bと 同 様 に 、 南 か ら北 に 向 か っ て 地 神 、 弁 財 天 、 毘 紐 、 塞 建 那 、 風 神 、 商 掲 羅 、 烏 摩 后 、 月 天 の 順 に 尊 を 配 置 して い る の に 対 し、 <図H>で は 、 南 か ら北 に 向 か っ て 地 天 女 、 弁 財 天 、 月 天 、 烏 摩 、 毘 紐 、 楽 作(商 翔 羅)、 塞 建 那 、 風 天 の 順 に 尊 を 配 置 して い る の で あ る。 今 、<表IV>に 見 ら れ る如 く、(A)の 四 種 の 儀 軌 の 、 各 尊 の 色 と 持 物 の 記 述 と、(B)のNg.M.に 描 か れ る 尊 の 色 と 持 物 を 見 る と 、(A)は (B)の 記 述 と 一 致 して い る 。 す な わ ち 、<図1>の 尊 の 並 び 方 は 、(A) の 儀 軌 と 、(B)の 曼 茶 羅 図 の 両 者 に 一 致 し て い る の で あ る。 従 っ て 、 チ ベ ッ ト 系 大 日 経122 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(19)

密 教 文 化

〈 図II〉 の 諸 尊 の 配 置 は、 そ の根 拠 が 不 明 確 で あ る と いえ よ う。

(『

大 日経 疏 』(28)は

、 西 門 に近 く、 地 神 衆 を置 き、 次 に北 に 弁 財 天。 次 に

毘紐 、並 び に商翔 羅 、 又 塞 建 那。 最 も西 北 の隅 に風 天 を 置 く、 と して い る

の で 、 これ を根 拠 と して い る と も考 え られ るが 定 か で はな い。

大 日経 広 釈 』 はBu.Bと

同 様 で あ る。)

第 三 重

〔一〕 虚 空 蔵 院

<

表IV

>

(20)

-60-次 は 第 三 重 で あ る。 こ こ で 挙 げ る 虚 空 蔵 の 院 は 、 第 三 重 の 西 側 に 位 置 し、 主 尊 の 虚 空 蔵(115) 〔115〕(29)、春 属 の 虚 空 慧 (116)、 清 浄 慧(117)、 行 慧(118)、 虚 空 無 垢 (119)、 安 慧(120)の 六 尊 で 構 成 さ れ る 。 こ こ で は 、 春 属 の 持 物 がBu.A', Bu.BとBo.Aの 間 で 異 る(<表V>)。Bo.Aは 『大 日経 」 「秘 密 曼 茶 羅 品 」(30)の記 述 と 一致 す る が 、 Bu.A', Bu.Bで は 『大 日 経 』 の 記 述 と 入 れ 代 わ っ て い る 。 こ こ でBu.A', Bu.Bの 尊 の 記 載 順 を 見

る と、 虚 空 慧 、 清 浄 慧 、 行 慧 、 虚 空 無 垢 、 安 慧 の順 に な って い る。 これ は

『大 日経 』 の 記 述 と異 る。 一 番 初 め に来 るべ き虚 空 無 垢 が 、 行 慧 と安 慧 の

間 に入 って い る。 次 にそ の 持物 を 見 る と、(法)輪(虚

空 慧)か

ら蓮 華 の

上 の金 剛(安 慧)ま

で の 持物 の順 番 は 『大 日経 』 の記 述 順通 りな ので あ る。

即 ち、Bu.A', Bu.Bの 記 述順 の、 虚 空慧 か ら安 慧 ま で の 尊 に、 『

大 日経 』

の 記 述 順 に(法)輪

か ら蓮 華 の上 の金 剛 まで の 持 物 を 当 て は め て行 った為

に この 様 な相 違 が生 じた と考 え られ よ う。

以上 、 四 重 の儀 軌 と両 曼 茶 羅 図 、 そ れ に 関 す る 田中 、 立 川 両 氏 の先 行 研

究 にお け る主 な相 違 点 を見 て来 た。 そ の結 果 、 四 種 の儀 軌 に関 して は、 プ

ト ンの儀 軌 で は 『

大 日経 広 釈 』 の記 述 に依 る所 が 大 き いが 、 『

大 日経 』 自

<

表V>

チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

(21)

密 教 文 化

体 の 記 述 と も異 る箇 所 が い くっ か 存 在 す る点 や 、 他 方 ボ ドンの 儀 軌 で は、

こち ら も 『

大 日経 』 と異 る記 述 を存 しな が らも、 プ トン よ り も 『大 日経 』

に近 い 説 を立 て て い る点 、 更 に ボ ド ンは 釈 迦 院 の 問 題 点 等 か ら見 て も、

大 日経 広 釈 』 や プ ト ン等 の 『大 日経 」 解 釈 よ り は、'漢訳 『大 日経 』 や

大 日経 疏 』 等 に当 て は ま る場 合 が い く らか見 られ る等 の特 色 を 知 る事 が

で きた。 そ れ と共 に 二 っ の 先 行 研 究 にお け る相違 点 を指 摘 し、 若 干 の 修 正

も出来 え た。 これ等 は平 成6年 度 の学 部 の 卒 業論 文 の成 果 に更 に 手 を 加 え

て発 表 した もの で あ る。

最 後 に、 この小 論 を 閉 じ るに あ た り、 越 智 淳 仁 先 生 に は終 始 御 指導 を 賜

りま した。 こ こに厚 く御 礼 申 し上 げ ま す。

(注)

(1)「Sata-Pitaka-series』Vol. 54,「 プ ト ン 全 集 』 第14巻 所 載 。fol. 1か らfo 1. 32(通 し 番 号436か ら497)。

(2)fol. 14bか らfol. 15b(通 し番 号462か ら464)。 (3)fol. 15bか らfol. 25(通 し番 号464か ら483)。

(4)『Sata-pitaka-series』Vol. 57「 プ ト ン全 集 』 第17巻 所 載 。fol. 2bか らfol.

8b(通 し番 号452か ら466)。

(5)「Encyclopedia Tibetica』Vol. 40,「 ボ ド ン全 集 』Tha秩 所 載。fol. 15a

か らfol. 18b(通 し 番 号31か ら38)。

(6)本 論 で は 立 川 武 蔵 他 著 「Bibliotheca Codicum Asiaticorum 2 The Ngor Mandalas of Tibet Plates』 所 載 の 「No. 20 rnarn snang mngon byang lha brgya dang nyi shu rtsa gnyis kyi dkyil'khor」 を 用 い る。 (7)Satapitaka「A New Tibeto Mongol Pantheons』 所 載 の 「20 The

122-fold Abhisambodhi-karunodagata Bagavad Vairocana.」。

(8)『 日 本 西 藏 學 會 々 報 』第28号14頁 ∼16頁 所 載ID論 文(昭 和57年3月31日 発 行)。

(9)立 川 武 蔵 他 校 訂 『Bibliotheca Codicurn Asiaticorum 4 The Ngor Man-dalas of Tibet Listings of the Mandala Deities』24頁 ∼27頁

「20-122-Deity Abhisambodhi Vairocana Mapdala」(こ の 著 作 は 講 談 社 「西 蔵 曼

茶 羅 集 成 』 の 解 説 を 校 訂 し た も の で あ る)。

(10)本 論 で 用 い る 院 の 尊 に っ い て の み 、 チ ベ ッ ト名 、 漢 訳 名 を 記 し た(尊 名 は 全

(22)

-58-て 田 中 氏 の 論 文(注8)に 依 っ た)。 (11)本 論 で 用 い る院 の 尊 の 内 、<図1>と 相 違 の あ る もの の み を 記 した(尊 名 は、 チ ベ ッ ト名 は立 川氏 の 著 作(注9)、 漢 訳 名 は<図1>に 合 わ せ た)。 (12)「 密 教 文 化 』180号 小 倉一 宏 「大 悲 胎 蔵 生 曼 茶 羅 の研 究 」53頁 ∼59頁 。 (13)服 部 融 泰 校 合 「蔵 文 大 日経 』75頁9行 ∼76頁2行 。 以 後 「蔵 文 大 日経 』 と し た場 合 、 この本 を指 す事 とす る。 (14)酒 井 真 典 博 士 の和 訳124∼125頁 に依 った。 (15)栂 尾 祥 雲 博 士 に よ る蔵 文 「大 日経 』 和 訳50頁 も同様 。 (16)Bo.Aで は この二 尊 は記 さ れ な い。 (17)「 大 毘 盧 遮 那 成 佛 経 疏 』 本 論 で は 『大 日経 疏 』 とす る。 (18)国 訳 一切 経 密 教 部 一 『大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 変 加 持 経 』70頁15行 ∼16行 。 (19)「 蔵 文 大 日経 』73頁7行 ∼10行 。 (20)国 訳 一 切 経 経 疏 部 一 四 「大 毘 盧 遮 那 成 佛 経 疏 』182頁16行 ∼18行 。 (21)新 纂 大 日本 績 蔵 経 第23巻 「大 日経 義 釈 』 巻4、326頁 上24行 ∼中3行。 (22)fol. 16b4∼6(通 し番 号34)文 中 の□ は本 文 の 単 語 が 抜 け て い る 箇 所 で あ る。 (23)北 京No. 3490

rnam par snari mdsad mrion par rdsogs par byar chub pa rnam par sprul pa byin gyis rlob pahi rgyud chen pohi hgrel pa. fol. 74a5-8.

(24)fol. 6a4(通 し番 号459)。

(25)「 酒 井 真 典 著 作 集 第 二 巻 大 日経 広 釈 全 訳 』121頁17行 。 (26)東 北No. 2663、fol. 323a5∼6で は毫 相 の右 側 とな って い る。 (27)国 訳 一 切 経 密 教 部 一 「大 毘 盧 遮 那 成 佛 神 変 加 持 経 」152頁5行 。 (28)国 訳 一 切 経 経 疏 部 一 四 「大 毘 盧 遮 那 成 佛 経 疏 』184頁9行 ∼14行 。 (29)<図II>で は除 蓋 障 、 地 蔵 、 虚 空 蔵 の三 院 の脊 属 は位 置(番 号)を 定 め られ て い な い。 (30)国 訳 一 切 経 密 教 部 一 「大 毘 盧 遮 那成 佛 神 変加 持 経 』153頁20行 ∼154頁3行。 チ ベ ッ ト 系 大 日 経 1 2 2 尊 曼 茶 羅 の 研 究

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