成立史覚書丸
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(2) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 二. ︵一︶ 管理等に対する配慮の欠けている法も少くなく︑建物の区分所有に関する法制を早急に整備する必要がある⁝⁝﹂故 に立法されたものである︒. 元来土地と建物が別個の不動産であるとするわが民法の立場は︑フランス法より継承されたと考えられる二〇八条 ︵二︶. とあいまって区分所有権を認めるのには実体法上の支障がなかった︒ただ登記の問題があるにすぎなかったのである︒ ︵三︶. 事実民法の立法者もその合法性を肯定しておられる︒. ところで最近玉田論文は︑この法律の急拠制立されるに至った直接の契機を土地収用法改正問題に求める仮説を提. 出されるに至った︒即ち都市間題の重要な点である土地収用法の改正問題が公共用地取得特別措置法︑市街地改造法. ヤ. ヤ. ヤ. の制定という二段の屈折を経て区分所有権法制定までつながっていると考えるのである︒一般に考えられているよう. ヤ. に住宅政策立法として考えるよりも︑むしろ市街地改造︑再開発施策立法としてとらえるのである︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. む. ヤ. ち. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. ヤ. 確かに提案理由説明書のなかに﹁⁝⁝建物を区分所有する事例が次第に増加する傾向にあり︑この傾向は都市の再 ヤ. 開発に関する各種の施策︑なかんずく市街地改造法や防災建築街区造成法の実施によって今後益々推進される機運に あるのであります︒⁝⁝﹂とある︒. この仮説の当否は︑別に立法過程をフォ・1することにより実証されなくてはならない︒その際のポイントとなる のは︑再開発諸立法の背後にある政策をどのように認識評価するかであろづ︒. ま段蹄の≦9雲轟ω①眞窪εB巨α鼠ωU壁R妻o言お9δ﹂. そこで小稿においては︑わが区分所有権法の立法に際して最も参考とされた立法例の一つである一九五一年制定さ れた﹁住居所有権と継続的居住権に関する法律08①.
(3) ヤ. ヤ. の成立の背景をさぐってみようとするものである︒尚継続的住居権に関しては別の機会に論じたいので省略する︒. 結論的にいえば︑破壊された住宅の建設促進にその立法目的があったのであり︑そのための政策として所有という. 法意識に訴えるところの法形式がとられた︒さらにそこでは︑経済政策としての面や中産階級化への意識の盛りあげ. の志向をも忘れらるべきではないだろう︒ ︵四︶ ところで︑本論では住居所有権法の内容について殆んど触れていないので︑その概略を述べておこう︒. 住居所有権とは︑民法典における共同Ooヨ①ぎ零冨津や共有冨箒蒔窪εヨとは異るところの建物ある土地につい. て︑従来ドイッ民法の知らなかった多数当事者の所有形態をつくりだしたものである︒本来経済的には︑単一体とし. て利用しうべき建物の特定部門に専属的な所有権的権利を可能にして︑これにより﹁階層所有権﹂という形態では回. アほヨト. 避されていたところのゲルマン法の考え方を︑再現したものであると考えられている︒. 建物における専用部分の排他的区分所有権ωo&巽①蒔9εヨと土地や建物中の共同財産に関する共有竃ぎ蒔窪葺ヨ. が住居所有権においては不可分に結合し︵蟹≦閃O︶︑その所有権性について譲渡の制限︵㈱誌≦閏O︶︑共同関係の不. 解消性︵響一≦国O︶の制限を持つほか︑共同生活のための協定<R①言9歪轟の作成とその物権的効力を持つこと. ︵㎝一︒薯国O︶︑義務違反者に対する制裁としての所有権の剥奪︵響︒︒≦国の︶等の人法的拘束が加えられている︒その. 他管理についての詳しい規定がある︒尚住居所有権の設立方法については四︑ω参照︒ 以上より小稿 の 構 成 は 次 の よ う に な る ︒. 三. 二において・ーマ法︑ゲルマン法における階層所有権に対する態度が検討され︵ωおよび吻︶︑さらに都市法と自然法 酉ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(4) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 的法典中ALRとコードシヴィルにおける取扱いを略述する︵③および@︶︒. 四. ⑧では民法典においては冷遇されたが︑民法施行法ではある程度許容され. 三においてはドイッ民法典を中心においてその成立から︑第二次大戦終了前迄の期間を対象とする︒①では民法典へ. トレヨガし. の準備過程にお け る 階 層 所 有 権 へ の 態 度. ていたこと︑③ではその担い手はいかなる社会層であったかをみる︒㈲では階層所有権が禁止された後の状況はどの. ようであったか具体的に地方にあてはめて考える︒⑤では第一次大戦後︑階層所有権の必要性が強調されはじめたこ. と︑⑥ではその議論を勾仁9に即してみる︒最後のωでは民法の理念的統一性が破壊されつつあり︑その体系におけ る論理的異質物も許容されうるような地盤ができつつあったことを論ずる︒ トレ. ガモ. さらに四では︑①において住居所有権法の成立原因を︑②ではその経過を述べる︒③ではいかなる政策のもとに立. ﹁建物の区分所有等に関する法律案の提案理由書および逐条説明書﹂. 法がなされたかが検討され︑その担い手を㈲で考える︒⑥では所有権性についてのべられ⑥㊥で一応の評価を加え たQ. ︵一︶. 玉田﹁区分所有権の基本問題﹂法律時報三八巻五号三六頁以下. ︵中︶一五頁︒. ︵三︶. 抽木﹁比較法からみた建物の区分所有権﹂民商四四巻一号︑有泉編﹁借地借家法の研究﹂ ドイツ法︵鈴木担当︶︑遠藤﹁西. ︵二︶ 梅﹁民法要義 巻之二﹂九二頁︑岡松﹁註釈民法理由﹂. ︵四︶. ドイツの住居所有権﹂東洋法学創刊号・.
(5) ニ. ドイツ民法成立への前史. ここでは︑ドイッ民法を構成する二つの法思考︑・ーマ法的法思考とゲルマン法的法思考について︑階層所有権が. どのように取り扱われたかを検討する︒その場合︑複数の階の建物の占拠の法形式がどのようにされたかにスポット. を当てる︒いうまでもなく法形式は歴史的形成物であるから︑その分析をぬぎにしては考えられないが︑ひとまず理. この法原則が. ローマにおいては﹁地上物は土地に属する﹂ω唇①誌息88δ8象什の法格言が行なわれ︑土地上に家屋を建てて. 念的型態を略述しよう︒. ①. ︵一︶︵二︶. もその土地に対して何らの権利も発生せず︑かえって土地所有者の所有権に服した︵∪占﹂﹄●警o︶︒ ︵三︶. 何故に成立したかは必ずしも明確ではないが︑一般に宗教的原因に帰せられている︒その後︑・ーマの法現実になり. えた社会的根拠は︑・ーマの土地所有が原則として貴族の手に集中され︑これを耕作︑使用する者が奴隷︑賃借人︑. ︵四︶. 或いはコ・ーヌスというような独立生産者としての経済的地位のない社会層︑或いは薄弱な層であったことに由来す る︒. 土地への実質的権利として︑共有8民o目巨=ヨ︑地上権ω唇o旨o一Φω︑役権ω段≦け8が考えられるが︑いずれ も間題が多い︒. へ五︶ 第一に共有については︑まず︑・ーマの慣習や法律のなかに共有地があったかどうか疑問である︒さらに共有の法. 五. 的性質上︑アナルヒー状態になりやすく︵共有は紛争の母暴響くぎ歪ヨ︶︑共有物分割訴訟8ぎ8ヨヨ琶三三身区o 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(6) ︵六︶︵七︶. 西ドイツにおる住居所け有権法成立史覚書. ︵八︶. 六. による共有物の分割は避け難かった︒従って住生活の如ぎ比較的長期の関係を律することは︑共有による法律関係に. よることは不適当であった︒共有を基礎にして︑縦割の階層的な所有権をも含めて特に横割の場合には︑不可分性が. ︵一〇︶. 事物論理的に前提とされなければならない︒ ︵九︶ 第二に共有と結びついて地上権が機能的に階層所有権的色彩を帯び︑それが発展したと考える説がある︒しかしこ ︵一一︶. の考えは実証のうえから困難な問題を含む︒. 第三に役権をもってする法構成は︑一階の所有者に土地所有権を帰せしめ︑土地所有者は二階以上の住居者のため. に役権で負担がかけられる︒最上階の住居者が屋根の所有権者である︒主壁︑正面間口︑段階等は最も近い住居者の 権利となる︒. もう一つの構成は各々の階占拠者ω8畠署Φ詩ω一昌冨σ醇が︑かれの住居をして︑残りの者のために役権で負担をか. ける︒全占拠者が︑他の階について家の必要な部分について共同所有権がなくてはならないが︒. しかし︑この法形態は﹁なにびとも︑自己の物に役権を有することなし﹂器巨巳おωω轟器署津に反した︒. ・ーマにおいて︑このように制度が存在する要素が乏しいことは︑それをささえる担い手︵都市下層民︶の力が弱 かったか︑全く権利能力がなかったことによるだろう︒. なお︑ローマ帝国の東南部の地域︑バビロニア︑シリア︑エジプト︑ギリシャ︑小アジア等は完全な意味での階層 ︵一二︶ 所有権が存在したことが各種のパピルスや証文によって確認されている︒ ︵一三︶ ㈲ ゲルマン法においては﹁地上物は土地に属する﹂という原則は採用されていない︒即ち古ゲルマン法では土地へ.
(7) ヤ ヤ の定着性が少かったので︑建物は簡素であり︑また建物と土地との結びつきは弱かったため動産とされていた︒この. 鋒評ぼ三ωなる法格言が行なわれていた︒しかし結局︑建. ような法意識は建物が堅固なものとなり︑土地との結合も永久的なものになるにいたってもながく存在し︑﹁松明で. 焼けるものは動産である﹂巧器象①評畠巴奉旨魯﹃ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 築様式が変化してきて︑建物は土地に固着するものとしての意識が支配的になったとき︑不動産と考えられるように. なったが︑依然として土地とは別の独立の物であると考えられていた︒これにより建物や建物の部分︵例えば穴蔵︑ ︵一四︶ 厩ω琶一彗磯︑部屋︶︑他の設備︵例えば醸造釜や鉄砧︑井戸︶及び樹木︑灌木等は独立の所有の対象として存在した︒. ︵一五︶. 階層所有権ω8畠名①蒔ωΦ一αqΦ暮qβ○霧90詔蒔魯εBは︑利用を基本とする法思考において︑各都市のなかで存. 続していた︒それではこの法制度はどのような状況のなかで存在したか︒ヴィーンにおける具体例を通して略述しよ 罎︶. 階層所有権は相続における家族財産の分割の証文のなかにみられるが︑これとヴィーンの都市法における分割した. 所有権の不承認が合して︑それが成立したといわれる︒そして︑ヴィーソでは一五世紀非常に多くなってきているが いうまでもなくそれは都市における人口の増加に起因するものである︒. ヴィーソにおいてこの制度の支持者は︑ゲットーO①辞oにおしこまれたユダヤ人であった︒ゲットーは都市内部の. 一角に密集してつくられた慣習的ユダヤ人街であったが︑そこでかれらは鋸醇畦である法的地位より︑独占的な占. 七. 有を持つ法形式の方を好んだのである︒ ︵一七︶ それでは一個の建物の個々の階層を分割するのにどのような手続をなしたか︒一般的にいって分割というようなこ 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(8) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書 ︵一八︶. 八. とは極めて稀にしか行なわれなかったが︑それが行なわれる場合は︑当事者が市参事会ω寅α賃暮へ申立て︑参事会. は二人の会員国讐ω菖邑帥aRにその名において仕事の完遂を委任した︒二人の会員はO①毛R密富魯ざ暮窪の関与. で着手され︑屋根屋︑左官屋︑石屋等の中から古老ω8牙Rω鐵区蒔oを二人選んで分割が行なわれた︒他方前者の ドア. 私的な分割に対して役所国魯警8による分割も行なわれた︒. 相互の権利関係は︑家の戸︑廊下︑屋根等共通の使用の対象となる部分と︑単独に使える部分≧或器蒔窪9ヨの. 二つに分かれていた︒しかしそれぞれの部分は︑別々に売買され︑贈与され︑交換され︑質に入れられ︑嫁入仕度に 供され︑貸借さ れ た ︒. こうした階層所有権は︑経済的観点からみると二つの任務を果していた︒一つは時々行なわれた賃貸借関係にとっ. て代ること◎他の一つは︑これが大部分に適当するものであるが︑共有関係を代行することである︒. 前者は一三世紀頃から始まったのであるが︑それが不十分のままの形で行なわれたので︑階層所有権の形を借りて 法関係を規律したのである︒. 後者は有力な異見︵誓ゴの響︶があるにもかかわらず︑一般に階層所有権は共有関係の代行であると考えられてい. る︒その意味は共有が一五世紀から一六世紀に行なわれた・ーマ法の継受のもたらした産物であったからである︒. レフオルマテイォン. ︵二〇︶. ドイツ諸地方へ侵入した・ーマ法は階層所有権制度へ大別して二つの反応をひき起した︒これを一六世紀のコン. ︵一九︶. このようなヴィーンにおける形態と大同小異の階層所有権が︑中世を通じて各地へ拡がっていった︒. ③. ︑・・ユーン運動を通じて形成された都市法の状況と改革法典によって検討しよう︒.
(9) 都市法ラント法における階層的区分所有権. く許 バ. ﹇. 西ドイツ に お け る 住 居 所 有 権 法 成 立 史 覚 書. (Barmarm,Gierkeより) 容>. バーデソラント法. デン. Bd.L.R.. 18世紀. バイエルン. バイエルン. フラソス民法 §664と同じ. 都市条件. bayr,Statutenrecht. バイエルン帝国 B G. 16世紀?. B草案 1861. その§212以下に 是認規定がある。. Sachsen,Meining. ザクセン・. R.. sachs.B.G.B.. マイニンゲン ヴュルテンベルク. WUrtt.R.. 1863. 16世紀以来. Superfiziar−oder. Platzrechtで是認. 真正階層所有権 (echtes. Stock−. werkseigentum) を慣習法の形で Schweiz.R.. スイス. 比較的古いStock−. オーストリア. WerkSeigentUm の形で存続. <禁. 止>. レーゲン!スブルク(Regensburg)1657,ヴュルツブルク(Wdrzburg)1722,. ナッソウ(Nassau)1827,ヴァイマール(Weimar)1841,ルドルシュタッ ト(Rudolstadt)1858,. コーブルク(Koburg)1869,. バーゼルシュタット. (Baselstadt)1881,ッユーリッヒ(Z廿rich)の各ラント,都市法典. <一部で許容> 改革法典. フランクフノレト. Reformation. Frankfurt。a.M.. 1578. VI.4.§6で禁止 されていたが,少 くとも肉屋(Fleis−. chbank)では階層 所有権が許容され ていた◎. 九. ヘツセン. Hessen. ヘッセンー般建物令 die. Hessische. Allgemeine. Bauordnung. 1881.4.3.. §53で禁止 しかし,大公爵領 (GroBherzogtum Hessen)では行な われたo. <以上>.
(10) 西ドイ ツ に お け る 住 居 所 有 権 法 成 立 史 覚 書. 一〇. その一つの反応は全くといっていい程pーマ法化したもの︑フランクフルト改革法典︵一五七八︶にみることができ. る︒法典は階層所有権制度に対して否定的態度を取っている︵正確には肉屋には許されたが︒前表参照︶︒この法典はJ ︵二一︶ フィッヒアルト︵一五二一〜一五八一︶の作であり︑人文主義と・iマ法を身につけるためにイタリアヘ遊学した結果︑. ・ーマ法の影響が濃くあらわれているといわれる︒ ︵二二︶. 他の類型はニュルンベルク改革法典︵一五六四︶であり︑階層所有権を是認している︒この改革法典は︑いわゆる. ﹁条例優先理論﹂ω貫ε8筥冨oユ①に従って︑都市法︵条例︶は王国法に優先し︑王国法は普通法に優先して適用さ. れる結果︑古来の法律及び慣習を蒐集してつくられた法典が適用されることになったのである︒このようにニュルン. ベルクにおいても他所においても古い制度がたえず実地の試練を受けながら︑生き生きと維持されていた部分は︑学 ︵二三︶ 者法としての・ーマ法の侵入が困難であった事実を物語っている︒ ︵二四︶ 以上の二つの類型を基礎として︑その時期の前後の都市法︑ラント法をまとめておきたい︒. ㈲ 自然法的法典の代表であるプ・イセン一般ラント法典︵ALR︶︵一七九四︶︑及び8号〇三一についてみよう︒. ALRはラント法からくみとられたものとしているところの︑いわゆるラント法的なものに通用力を与えている︒し ︵二五︶. かし階層所有権については↓①頃一■目琶oo●㈱Nにおいて︑排他的利用を守ることができるものは所有権の対象であ ︵二六︶. るとしている︒けれども︑当該制度がこの中に含まれるかは︑かなり疑問である︒実務の面でこの階層所有権は拡が っていったといわれている︒. 一方︑一八〇四年に施行されたコードシヴィル︵8号︒三一︶は︑階層所有権︵冥名ま融短の簿謎窃︶を知っていた︒.
(11) ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. 即ち︑その六六四条は﹁ある建物の各階層が異る所有者に属する場合において︑その所有証書に修繕及び改築の方法. の定めのないときは次の方法でこれをしなければならない﹂︑﹁外壁及び屋根はすべての所有者がその所有する階層の. 価格に応じで︑その費用を負担する﹂﹁各階層の所有者は二階へ昇る階段をつくり︑三階の所有者は二階に続いて三階 へ登る階段をつくり︑以下これに従う﹂と規定する︒. これは古くから把握されてきたところの建物中居住部分については排他的な所有権︵冥8蚕誌︶と︑共用部分につ. いては不可分関係としての共有︵ヨ9<芭睾︶の併置︵甘答巷︒ω三9︶をめざしたものである︒一巻POおぎ亘①の控訴 ︵二七×二八︶. 原田﹁日本民法典の史的素描﹂四〇頁︒. 院の判例によれば︑六六四条は9示きの慣習法︵︒39幕︶二五七条がその基調となっている︒そして南フランス. oρ伽お曽蒔帥 さ議民一ヨ犀①一・≦睾㎎①二幻α箏ぢ畠窃囲8一昼鱒>一5一ω︒一G. 地方で︑この制度が知られていたことは疑いない︒. ︵一︶. 宰一①鼠oFU一〇≦幽&︒邑氏§霊轟儀窃ω8︒犀要Φ爵紹凝窪g目ぎα畦ω畠︵①艮ω﹄9. o︒ o誌ρ㎝零︵N︶︒. 或る物が他の溝成部分になったときは前者の所有権は消滅する︒U.一Go●99㈱昌9戸冒3・穴=β犀箏≦窪鴨5斜斜O. 酉本﹁ゲルマン法における物の概念について﹂法学論叢三〇巻︑六号︑五〇頁以下︒ ︵二︶. ︵三︶. 川島﹁所有権法の理論﹂一八三頁以下Q. ク!ランジュ・明比訳﹁古代フランス土地制度論﹂上︑八頁︒ ︵四︶. クーランジュ・明比訳前掲書一〇頁によれば︑文書に出てくる濃輿8ヨヨ瓢三ω︵共有地︶︑8ヨヨoづ貯︵同上︶︑8ヨヨ亭. 一一. ︵五︶. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(12) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 一二. 旨8霧︵同上︶︑賓o−ぢ象≦ωo︵共同に︶︑8ヨ℃霧象餌︵共同牧揚︶等とよばれる土地のことが記されている︒しかしこの原. 文を検討してみるとつぎの各揚合になるQe共同相続人又は仲間の共有地を指す揚合︒⇔近接の地主連が共同で購入して放. 牧する未分割の山林又は牧場を指す場合︒白コロニi設置の際︑個人所有地として︑分配されないで︑コロニーの土地所有. 者達に共有地として分与せられた土地を指す場合︒この三つの揚合のいずれをみても共有地とよばれる土地は実際上︑ある 特定の人々 の 共 有 で あ る こ と が 特 徴 的 で あ る ︒. いずれにしろ︑現実には土地共有という観念はローマ人の思想には存在しなかったし︑また実際にも︑土地共有は行なわ. ︵六︶ 日本民法二五二条参照・. 山中﹁共同所有権論﹂四四頁以下︒船田﹁ローマ法入門﹂一四四頁︒. 甘お彙仁口ぎ一−譲窪晦震■曽︒勲Oこψ旨ρ㈱零︵N︶参照︒. ︵七︶. 8ヨヨ. れなかった︒. ︵八︶ 閃ユ8ユo﹃斜勲ρ. U︒PP鯉.㈱N. なお切跨ヨ. 昌p民oヨBo暮弩ω﹂堅. の後半に﹁市民法の中には︑多くの事項が厳格な論理に反抗して共同目的のために09窪の中へと. ω﹄q. 三〇冒o象ξωoの形態により存在し︑ロマン法系諸国へと拡ったとする見解がある︒男ユ&ユ9︒鋭pρ℃ω面㎝・. ︵九︶. ︵一〇︶. 採用されていった﹂ことをあげて一般論として採用し﹁地上権をものりこえて﹂とする個所をあげるが︑前半では瀕死の奴. Q︒. ︾B一3. 頃o津一●. 隷が相続人に指定され︑その後他の者によって殺害されたその奴隷の損害賠償の解決についてのカズイスティックなのであ ω巽ヨ四昌P鋭鉾O●︸¢も. q日Φ蒔89ヨω■ω﹄. 西本︑前掲書五〇頁以下︒. ω緯召餌昌pNξUo閃ヨ讐爵島①ω鴨Bo言2勾. るQそこに結びつきがはっきりしないQ ︵一輔︶. ミo年閑蝕o ︒角・ω8富ロ希o窪・ψω脇宍. n.癖宍 ︵一二︶ ω警ヨ帥p影鉾讐O.一〇. ︵二二︶.
(13) ︵一四︶. いわゆるゲルマン法の所有概念はH・ミッタイス・世良訳﹁ドイツ私法史概説﹂一六二頁では次のように説明されるo. もろもろの制限された権利は所有権から切り取られたその断片︑部分所有権なのであるQ中世の都市において自由なる土. 地所有権という概念が形成される以前は長い問それらがそれだけで独立に存在していたQこれはレーン法の根本的な見地に 照応している︒. ところでドイツ法ではレーン法は家人法望①霧霞9算及び荘園法=o坤8辟と同様に法圏菊8耳路おδの輔つを形成し. いてはこの事態は分割所有権鴨3葺霧田鵬窪εヨという形で現れた︒封主には上級所有権3ヨぎご日良器o霊ヨ封臣には. ていたにすぎないQそこで一つの法圏の内部における最高の権利が︑とりもなおさず所有権であるとする考え方が形成され グロソサトしレノ たのであるo︵家人法における﹁内部所有権﹂ぎ名碧ぴ国蒔8︶この法圏に何らの顧慮をも払わなかった註釈学派の理論にお. 下級所有権&ヨぎごB葺澄が帰せしめられたのであると︒なおミッタイス・世良訳前掲書一六三頁は﹁⁝⁝分割所有権. は⁝⁝一九世紀には克服された︒一九一九年地上権の新たな規制をなすに際しても︾︑れは用いられなかったのである︒しか. し所有者感情の強化にまつところの大きい社会立法がおそらく再び︑それにたち帰るであろう﹂と述べているQこの言葉は. 一九五一年の住居所有権法の一二条に生かされているQ住居所有権の譲渡性の制限であり一定の者は当該団地に入れない旨. の協定に違反して譲渡しても無効である︒これをある者は下級所有権とみるQ但しそれはミツタイスのいうそれとは多少意. U窪房o幕℃ユ毒貸9窪ωα一一ωる箆■上級所有者に客体のω仁σω欝昌に対する権利︑即ちギ8ユ魯馨. 味が異るがo抽木﹁比較法からみた建物の区分所有権﹂民商四四巻一号一九頁︒またギールケはゲルマン法の所有権を次の ごとく説明する︒O一①爵o. 一三. が帰属し︑下級所有者にギ8﹃帯鼠貯の共有権竃一9蒔窪9ヨと排他的利用権紆ω呂巴三鴨2葺雲づひqω﹃8耳とが帰属す るo. ︵一五︶ 閃ユ&ユ魯●鉾鐸O ψ田空 ℃訂ゑ言鴇O窪び︒冨菊9び$鴨鶉三〇耳ρψ露顛. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(14) ︵二二︶. ︵二一︶. ︵二〇︶. ︵一九︶. ︵一八︶. ︵一七︶. ︵一六︶. ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書二〇四頁︒. ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書二一二頁︑一五一頁Q. ヴィ ー ア ッ カ ー ・ 鈴 木 訳 ﹁ 近 世 私 法 史 ﹂. 切母ヨ づp騨9●04ω●S. 山田﹁ドイツ法講義﹂六九頁︑三戸﹁近代法成立史序説﹂三七頁以下︒. なお︑石田﹁合有論﹂民法研究−八九頁︑来栖︑前掲書︑二六九頁︒. なお︑来栖﹁共同相続財産について﹂法学協会雑誌五六巻二号︑六〇頁︒. 20轟ド∪島ω8畠毛o蒔ωo蒔o⇒gヨぎ≦一窪R国8算︒O霧ζ§①軍再段ω・N男OO鰹﹂Oω♪ψo︒O篤. 一四. ︵二三︶. ω紆ヨ曽昌戸曽●騨04ω●刈ヌO一〇詩ρ国暮ミ弩胤●ぎ窃ωOω仁づαユ霧葺・幻g拝.ω●畦●. 西ドイツ に お げ る 住 居 所 有 権 法 成 立 史 覚 書. ︵二四︶. 切鋒ヨ四pp蝉︒騨O ω︒oo︒. 一五六頁Q. ︵二五︶. o㈱一る.冒良80ヨωぎ莞一〇︒什 Uoヨぴξ堕ピ魯﹃げ琴げαΦの℃お仁聾の9窪牢凶毒賃09貯ω︒一〇〇〇合ω﹂a︒>⇒09<閃一︒r勾﹂ o. O■固三︸㈱一σoω巳ヨ日ご︶る一一〇ω#①三ひQ冨濤窪仁σ震ω8﹃信昌α男①o鐸℃譲o一〇げ①Φぎ2 ①ω国仁く震曾oびoP譲05昌象P o<. O畠窪ω富旨αqoω℃ユく舞o蒔g2日ωm場B8訂P日: 富身 の3 雪一ζ凶98﹃一一9窪>5の℃≡昌①暮ω9一ag薯o益①F︑︑8彗巽. O凶Φ爵ρ鉾騨O ω●&︒ 切跨ヨ碧5● ■㊤︒O ω■=︒司ユo島一〇F即●㊤●O. 玉田﹁区分所有権とその背景﹂紀要創刊号︑五八頁において指摘されるようにわが民法二〇八条︵昭和三七年︑建物等. ω︒ON︒. 宅O昌昌>﹁旨 Oα①﹃<Rh器誓昌鵯仁詩β⇒留<oきω一︸き仁震一〇〇qO<o﹃ωoぼo凶σ5α器固αQg言ヨ一曾=ロ︿o門一①臼眠魯 .︑. ︵二六︶ ︵二七︶. へ二八︶. の区分所有に関する法律の制定に伴って廃止されたが︶がフランス法から継承されたものであろうo.
(15) 三. ド. イツ民法. ①若きサヴィニーは︑その著書﹁占有権﹂のなかで︑ある人が立像の頭と腕に︑他の人がその他の部分に占有を持 ︵一︶ てないと同じように︑一つの階に異った人が占有を持てないとして階層所有権を否定した︒かれは純粋な・ーマ法を. 研究の対象として求め︑それをコルプスユリスの中に存在すると考えた︒そのため︑・ーマ法についてなされた註釈. や近代的慣用諾霧ヨ08醤拐によってとげた発展を無視した︒と同時に︑かれはコルプスユリスを書かれた理性と. 考えたため︑・マニスト的な色彩を持った一種の自然法に逆戻りしてしまった︒その後︑かれの弟子プフタは概念性. を﹁概念をもってする計算﹂閑Φ9ま巨什守讐蔭窪と考えたが︑これは・ーマ人とは関係のないものであった︒こ ︵二︶ こに﹁ローマ法の後期継受﹂Z8ぼ①N︒讐9︵ミッタイス︶なる思考が浮びあがる︒. ゲマで スレしト. 実証主義の研究に没頭した︒即ちプ・イセン一般ラント法典︵階層所有権の否定的傾向︶︑フランス法の地域︵許. このようなパンデクテン法学は︑ドイツにおける次のような法状態のなかにあり︑今日においては悪名高い概念法 学. ︵三4. 晶 カー−. 容︶︑普通法︵否定︶の地域の大きな法域に分裂し︑最後の法域はまたさらに変種があった︒そしてこのうえにパン デクテン法の学問がそびえたっていたのである︒. パンデクテンの学問的性格は︑階層所有権を拒否した︵ヴィントシャィト︶︒相対立する社会的勢力−官僚的国家と. 一五. 市民社会1の和解の場として登場した学問法は︑階層所有権を支持すべき担い手をその内容のなかに含んでいなかっ ︵四︶ た︒そしてパンデクテン法学の持つ論理的体系のなかには︑かかる異質物は入りえなかったのである︒ 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(16) 一六. ﹁昨目と明日の<9鴨ω8彗ロ且ヨoお窪思想家﹂であるギールケは︑本制度の代弁者としてた. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. ︵五︶. これに対して︑. ちあらわれた︒しかしこの際注意すべきことは︑一体かれのこの学問的主張が︑いかなる立場からなされたものであ. 問. 法. を全面的に取り入れたものであるが故に拒否された︒. ︵六︶. るかということである︒即ち・ーマン主義的傾向からの流出であるのか︑それとも社会政策家としてのそれであるの か︒. 学. パンデクテンヴインセンゾヤフト. 一八八八年のドイッ民法第一草案は︑この. ② ギールケによる精力的な批判にもかかわらず︑民法典は階層所有権を否定した︒民法典はいわゆる・ーマの法原. 則である一物一権主義を厳格に規定した︒それによれば︑物ω8ぎとは有体物客∈R膏冨O畠窪2睾αをいう. ︵㈱零ωO切︶︒また一個の物の部分は本質的構成部分妻89岳90︼W8貫昌鼻①蔚と非本質構成部分彗≦82島9①. 閃8件き象亀oに分けられ︑本質的構成部分は独立の物権の対象となりえない︵紹9団の切但し物権のなかへ占有権は含. ・. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ・. ︵七︶. まれない︶︒本質的構成部分とは︑物が破壊され又は本質において変化を受けることなしには分離されえないような. 一個の物の構成部分である︒そしてドイツにおいては︑この理由を﹁物の経済的価値を維持するため﹂或いは﹁物 ︵八︶ を破壊しないで維持しようとする国民経済的考慮﹂にあるといわれている︒. しかしこのような説明は︑必ずしも適当ではない︒これは﹁所有権の商品性﹂の要請からでてくると考えなくては ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵九︶. ならない︒即ち独占的排他的な所有権の客体的範囲を外形的に判断確定することを可能ならしめることにより︑いわ ゆる取引の安全を保障するというために存するのである︒. さらに民法典は・:マ法のごω后Φ三︒一〇ω8一〇89什︑︑の継承の結果︑土地に固着したる物︑ことに建物そして土地.
(17) ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヘ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. に附着する土地の生産物は︑土地の本質的構成部分に属するということになる︒また建物の設遣のために附加したる ヤ. 物は建物の本質 的 構 成 部 分 と な る こ と に な る ︒. この結果として民法典上は階層所有権が明確に禁止された︒. ヤ. それでは階層所有権は完全に禁止されたのであろうか︒. なるほど民法施行後は爾後の階層所有権の設定は禁止されたが︵⑰一︒︒︒﹂︵︒ ︒ ︶目零ゆ︶︑既に存在するものについては. ︒N●国Oωoω︶︒そのうえ民法施行法は各ラント法がこれを許容する場合にはいわゆる不真正 その存続を認めている︵㈱一〇. 階層所有権︵琶虫鴨注喜8聾︒鼻毛震5居89Ba段巨①9諺ω8畠幕詩の鼠窪9B︶を認めている︵㈱一撃国O切Oω︶Q. 周知のように一般的に連邦︵ラィヒ︶法がラント法をやぶることが一般原則であるが︑例外として民法施行法でラ. ントの立法に留保された事項−留保事項︵<︒旨9昌弩緯豊窪︶ーまたはライヒの民法でラントの法律によるべぎこと. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. を定めた事項については︑ラントの法令は存続したばかりでなく︑民法施行後これらの事項に関する立法をなすこと. ヤ. も許されていた︵伽蜀鷲・ゆOOdOゆ︶︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 不真正階層所有権とは︑敷地を共有し︑したがって建物は両者の共有に属し︑ただその使用に関しては協定により. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 各人の専属部分を協定し︑かつその内容を登記することにして第三者に対抗力あらしめるようにするわけである︒こ ︵一 〇 ︶ ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. の場合民法典の共有の規定を排除し︑共有者の一人の破産が生じたときでも︑破産管財人は共有分割を請求できない というものである︒. 一七. もつとも民法施行法で許容されていたのは共有の形と規定されているが︑現実の形としては合有の場合があったか 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(18) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. ︵一一︶. 一八. ち. ヤ. もしれないのである︒山田教授によると﹁また過渡的には階層所有権が認められ︑したがってその共同部分の合有が 認められる﹂と述べておられる︒. ち. ヤ. いずれにしても︑共有の場合は分割請求が禁止されており︑なおかつ登記されているのであるし︑一方合有の方は︑. 持分は共同目的のために拘束されていて︑自由な処分がなしえないのであるから︑両者の実態はそれほど差がないで. それではこのような態度を取った民法典はいかなる社会的背景のもとで成立したのであろうか︒. あろう︒. ③. ︑. ︑. ︑. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 民法典の成立は一九世紀中旬以降の資本主義の発展を基礎において行なわれた︒その際われわれはドイッ特有の社. ︑. 会構成的特質として︑次のことに注意しておかなくてはならない︒市民階級の勢力がよわかったこと︑これに対して ユソカ ちちヤちヤ 土地所有の圧力が大きかったこと︑また労働者階級の力が徐々に上昇しつつあったことである︒そして国家権力が︑ ︵一二︶ 資本主義の発展をささえ促進したことを特徴としてあげておかなくてはならない︒ ブルンヨワノヒ. それではこのような社会経済的背景がどのように民法典のなかに取り入れられたのであろうか︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヘ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 結論的に言えば︑発展しつつある市民階級の意思が最も多く取り入れられた︒ヴィーアッカーはいう︑ ﹁⁝⁝民法. ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑ ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︑. ︵一三︶. 典においては自由主義の法像が優位をしめているが︑しかしこれと並んで権威的諸特徴と保守的諸特徴も維持されて. いる︒これに反してわずかな場合しか将来の社会的要求のための余地は存在していない﹂︒. 即ち一九世紀の後半において︑ドイッ資本主義の構造変質H独占化が起っており︑いわゆる経済的自由主義は時代. に適合しなかったにもかかわらずその影響力が大きかったのである︒この理由は︑国家的統一の存しなかった一九世.
(19) 紀前半のドイツ初期資本主義の育成に献げられたパンデクテソ法学ゲマイネスレヒトが民法典に結実しているという. ヤ. や. ヤ. ち. リ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 事実によるのである︒メンガーやギールケの批判はききいれられなかった︒この民法典の態度は︑第一次大戦後に市. 民社会への国家権力の介入をもたらすところのいわゆる各種社会法の誕生により︑私法の統一性の理念の破壊へと導 ユ. ンカヨ. いていくのであるQ. 一方︑土地所有勢力の影響は﹁民法典はドイツ市民社会の諸層の生活像を註釈しただけであった︒そのドイツ市民 ︵一四︶. 社会なるものは︑保守的官憲国家に対して完全な勝利をかちとることはできず︑かつ新興の第四階級をももはや味方. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ち. ヤ. にしえなかった﹂結果大きかった︒それは夫権のつよい優越を伴った婚姻法︑及び夫婦財産法︑また社団法及び財団. ヤ. ヤ. テ. リ. ト. リ. し. 法のように民法典に直接表現されているものもあったが︑その主として依拠しているところは民法施行法のなかに存 した︒. う. ヤ. ドィツ領邦国家の権威主義的な諸伝統は︑裁判法の広汎な範囲を﹁厳格に法治国家的で一般国家市民的な私法﹂か ︵一五︶ ら除外することにーこの除外を知的に理由づけるために骨を折ることをせずにー−つねに成功していた︒この伝統. のもっともつよい担い手は行政である︒このことは今日にいたるまでかわっていないとさえいえるのである︒ ︵一六︶. 以上のことは当時における土地所有の力の大きさを法典上に示すものにほかならない︒その点をヴィーアッヵ!は. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. つぎのように言っている︒﹁決定的な戦闘は以上の点︵第三草案における社団法婚姻法に対する攻撃︶﹂についてではな. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 法の統一が. くて︑一八七三年のラスヵ1法に反対して再燃した巻き返し戦の形で行なわれた︒この巻き返しの戦は施行法の規定 ヤ. 一九. するラント法への留保をめぐってなされたのである︒この﹁法統一の戦死者名簿﹂のおびただしい数︹ 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(20) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. ひどく害されたこと︺のうちにもろもろの法伝承. 二〇. それは地域ごとに異るのみならず︑官憲国家的・封建主義的・. 保守的でさらにまた往々にして福祉国家的であり︑とくに土地所有者及び土地に結びついている階級と諸ラントの行. 政諸伝統とによって保持されていたーがもっていた政治的圧力が表現されている︒パンデクテン法学はこれらの法. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 伝承について完全に吸収しきれなかった︒法の統一の戦死者名簿はパンデクテン主義と自由主義の戦死者名簿でもあ ったのである﹂︒. ヤ. ヤ. ヤ. このようなことにより︑階層所有権の支持者は︑理念的にはやがて滅びさるべぎであった階級のなかに存した︒. ヤ. ヤ. ヤ. しかし︑器がたとえ古いものであっても︑なかみには常に新しい要請が盛られていく︒資本主義の発展は益々都市 ︵一七︶ への人口の集中をもたらし︑そしてそこに労働者階級の住宅困窮をもたらした︵いわゆる住宅問題︶︒また従来からの. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 家共同体︑村落共同体の崩壊は近代的個人主義を生みだし︑核家族へと分解していった︒このことは住宅の個人有ヘ の要請を生みだす一つの端緒となった︒. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. さらに資本主義の高度化は大衆社会的状況を生みだし︑労働者の意識のなかに中産階級的なものを生みだしてい. く︒またそのような意識をもった沢山の人を生みだす必要がある︒そのための方策の一つとして︑家の所有のために この制度が持ちだされた面があることは否定でぎない事実である︒ ︵一八︶. いずれにせよ︑土地所有という社会発展史的にみれば古き構成メンバーによって支持された︑古き皮袋に芳醇な酒. が注入されたのである︒このような意味で︑同じケースを第一次大戦後に成立した社会的住宅法及び定着地法oD一① 色信昌αQ巽9馨にみることがでぎる︒.
(21) バイエルン切身①岳では︑建物と土地の共有ζ箒蒔窪εヨ︑個々の階層ω8畠≦o詩に対する特別利用権. ㊨ 民法典は︑前述のように階層所有権という形では︑アパートにおける専用使用権の法的構成を禁じたのである ︵一九︶ が︑かかる需要は減りはしなかったと思われる︒その点について具体的に検討してみよう︒. ω. ω§αΦ旨葺睾昌騎賃8浮と共同部分鴨ヨΦ日ω9鉱良98↓亀に対する共用利用権竃一9窪舞睾昌鴨おo耳の結合︑. 両者は結果として共有とみられ︑権利者の関係は民法典の七四一条以下の共同の規定が適用される︒分割請求権は認. められない︒共有の範囲は平等であるが︑また利用する階層の価値によって考慮される︒利用権閃窪葺墜凝巽9耳は. 民法典の一〇一〇条1の制限的人役権が適用されるとラント法に規定されている︒利用に関する協定く震Φぎ富三凝. はそれが法律に抵触する場合は持分>簿亀の負担として登記簿に登記されたときにのみ特定承継人qっo民震話9−. ファルツ頃巽Nでは幾重にも重った地上権ぎ℃①葺N一碧話o辟の形で存在した︒その方法は次のようである︒. 富b8課o蒔Rに対抗できる︒. @. 敷地を甲のものとし︑したがって建物の一階は甲の所有に帰せしめ︑乙はこの甲所有の建物︵目一階︶のうえに地. 上権を有することとし︑乙はこの地上権にもとづいて甲所有の一階のうえに二階を有し︑この二階は乙の地上権に附. 合して乙の所有に帰するという法律構成をとる︒しかし第一次大戦後に成立した地上権令一条③は︑建物の一部とく. パーデン国器窪では真正階層所有権がずっと存在していた.ラでン左畳︑ではフランス民法の影響を受けてい. にそのある階層のみを所有するために地上権を設立することは︑明文をもって禁止している︒. の. 一二. たのであるが︑バーデンラント法は形式的に廃止され︑同時に民法施行法一八二条の規定に従った︒しかしフランス 西ドイツにおける住層研有権法成立史覚書.
(22) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 二二. 法の六六四条は慣習法を前提としていたので︑この廃止によって現実に存在する制度は影響を受けなかった︒譲渡及 び負担は民法典 の 規 定 に よ っ て 行 な わ れ る ︒. ◎ ヘッセン=oのω窪では﹁真正﹂の形でコードシヴィルに依拠して存在した︒留5〜㈱曽O︾O切O切がそれを. プ・イセンギo葛窪では︑階層所有権はライン地方の範囲ではコードシヴィルの原初的な形態で存在した︒. o8畠類o詩ωΦ蒔窪εヨがなお存在していた︒ 規制する︒ライン・ヘッセン地方ではo. ㈹. ヴュルテムベルク譲魯辞8ヨ冨臓では︑一九三三年に約一万件の区分所有権Ooω魯o留蒔窪εヨがあった︒. その法構造についてはバーデンで記述したことが妥当する︒. @. ゲマイネスレヒトの時代にこの制度が非常に盛んに行なわれたので︑シュワーベン地方ではその法的基礎について争. われていた︒一九四八年当時なお︑一八六九年の最高法院判決○σ霞三ゴβ巴Φ算ω9Φ一費凝の基礎になっている建物. のω8畠類①詩器碍2ε日に関する見解が支配していた︒一九三一年の新しい鷲8〜留巽︾OωO国はある継続男o苓 びま§閃をぎめている︵民法典の共同OΦヨΦ一霧9織叶の型態をつかうことによって︶︒. しかし他方法政策としては漸次消滅の方向へむかっていた︒その︾OωO閃の内容によると全部の権利が一人に集. 中したときはωo巳RΦ蒔窪ε目は消滅する︵伽器刈︶︒他の権利者は先買権をもつ︵⑰N鵠︶︒各々の権利者は現在存在す. チューリソゲン↓暮ユ凝窪では︑一九〇〇年一月一日以前の慣習法的階層所有権は一九四六年一〇月一〇日. る型態の廃止の請求ができる︵留8〜留曽︶︒. ㊦. 法により︑一九四七年一月一日より効力が停止された︒以前からの階層所有権者は観念的持分を持った全部の建物︑.
(23) 土地に対する共有者となる︒. 以上のようにその必要性は減じなかったと思われるにもかかわらず︑ω80賓お詩器蒔窪εヨという形では減少の 方向へ向っていたことがわかる︒. ㈲第一次大戦後住宅難がドイツを襲った︒きびしいインフレーシ・ンは労働者はもちろん中産階級をも徹底的に没 ・. ︵二〇︶. 落させ︑住宅建築をおし止めてしまった︒その結果一九一八年にはベルリンにおける住宅の純増加は一九二二年の三 ○○以上に対して僅か九という状態におちこんだ︒. そのため住宅再興という見地からω8畠≦震誘①蒔窪9ヨに対する注意がよび起こされ︑制度の樹立へといくつか. の提案があらわれた︒一九⁝二年にプ・イセンの議会のω凶包一呂鴨出包≦9萱轟ω毒①ω窪委員会がこれをてがけ. た︒そして︑これ以後︑この問題をめぐって幾多の議論がなされた︒ところで︑民法施行後︑一九五一年の住居所有. 権法成立期を別にすれば︑階層所有権に関する文献は︑一九二〇年代を中心として最も多く出現している︒この傾向 ︵二一︶. は第一次大戦後︑いわゆるナチス時代まで続くのであるが︑これは住宅問題の解決の方向として︑考えだされたと推 察するのが︑妥当であると思われる︒. ただ︑この考え方に対しては︑ナチスの民族的なるものの保護育成の名のもとに︑いわゆるドィツ法的な要素を保. 護しているのだという反論がでるかもしれない︒けれどもこの点は︑民法制定当時の民族主義の最も盛んであった時. 二三. 代︵ゲルマニステン1︶にも︑このような要請があったことは否定できないけれども︵ロマン的傾向︶︑そこでの主張 のトーンは︑住宅政策の方を向いていたのである︒. 酉ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(24) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 二四. ナチス時代においてこのように住宅政策としてω8良巧①詩器蒔窪εヨ立法がなされる必要があったにもかかわら. ず︑現実に立法されなかったのは困9臣ゆ8置紹のように︑その柱が農村の方を向いていたからではなかろうか︒そ. れに住居所有権法の成立時と異って戦争による被害がより少かったので︑余力ある住居所有者に対する所有権制圧立. ︵二三︶. ここで階層所有権制度を最も早く住宅促進政策として考えた者の一人である︑勾ロ9の考え方︵一九二三年︶を. 法でこと足りたのではなかろうか︒. ⑥ 紹介しよう︒. ︵二四︶ 周知のように︑ドイツでは第一次大戦後きびしい住宅難が現出し︑公私両法にょる住宅政策立法が制定された︒. その際園仁9は︑その一つである賃借人保護法蜜凶①8お99飼窃o旨について論じたとき︑筆を階層所有権にのば している︒. かれの考えによれば︑賃借人保護法は現に存在する住宅の法的関係において所有権の作用︵告知︑賃料値上げ等︶. を抑制することはできるが︑それのみでは当時の住宅難を解決することはできない︒どうしても住居の新築をはかり. 住宅数を増さない限り︑この住宅難を克服できないのである︒即ち物持ちの個々人の建築のみでは住宅を求める人々. の数を減らしはしないのである︒しかしこれを促進すべき政策立法︑ことに私法が欠けている︒また住宅難は近いう. ちに解決されるだろうとする賃借人保護法の楽観主義の根本的思考は明らかに間違っている︒. 根本的解決のためには︑独立の建築企業主義切9︒⁝旨o毎魯ヨ窪εヨが蘇生する必要がある︒そのための条件が. 整備されなくてはならないが︑現実にはそうなっていない︒企業活動のかなめというべき利潤を生みだす建築費と.
(25) 賃料が確保される必要がある︒しかし大部分の人々ばそれを支払うことはできない︒建築の際賃借人のだす建築費の. 補給が要求されるが︑それが行なわれるとき︑企業はその資金でインフレのため諸材料を買えないので︑企業家はそ の返済について苦境におちいる︒. しかしそれ以上に︑資金の拠出者に対して︑企業より等価物が提供されないのでこの方法はゆきずまる︵インフ. レーシ・ンであるから︶︒そして不合理である︒つまり企業家が自己資金をつかった場合は︑かれはそれに最も価値. ある財の形で保持する一方資金の貸主へは︑インフレのため低い価値を返すようになるから︒貨幣価値が安定してい. るときは︑裸の資本が最も有利であるが︑当時のように一つの家屋が九億マルクもし︑なおかつ同じようなインフレ. が続けば︑数年後には全くその価格が意味をなさないときは資金は集りはしない︒投機としてなら別であるが︑生存 のための住居の促進は︑かかる貨幣価値の下落によりマヒさせられる︒ 従って次のような関係が生れる︒. 建築企業は資金を借りるのが困難である︒金銭債権がイソフレーシ・ンによって無価値に近くなるし︑その返済に. しても前提である商品が売れればよいが︑原材料の売りおしみから︑購入できない事態が起り︑またさいわいにして ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. 購入できてもそのつくられた商品が高すぎ︑家を求める人に売れない︒住宅購入者はそれだけの資金を持ち合わせて. いないだろう︒住宅を求めている人の資本が︑一個の住居を買うのには足りなくとも︑その住居の一つの階層を買う ︵二五︶. 二五. だけの資本のあることは多いだろう︒だが法ぱこの必要性を満すための可能性を提供してはい入︑いとして︑勾q9は 一〇九三条の制限的人役権を検討する︒ 西ドイッにおける住居所有権法成立史覚書.
(26) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. ︵二六︶. ︵二七︶. 二六. この住居権は剥奪できない物権的権利ではあるが︑その今日における形態では金銭に換価することはできない︒と. いうのは︑それは譲渡も相続もできないからである︵人的権利評毯きマ8窪︶︒また所有者にとっても︑この形態は. 余り有利でない︒用益権2凶霧嘗翌9と異って︑住居権の土台となる空間の損傷や濫用に対して︑所有者は担保給付. を請求できない︒︵一〇五一〜五三条が一〇九三条の適用の除外のため︶このようなことから住居権︵制限的人役権︶ を使って住宅建設の促進をはかることは無理である︒. このためには中世のドイツ諸都市で盛んであったωε畠≦震5①蒔窪ε巨を考えざるをえない︒この制度は中世のそ. れと現在のそれと要請が異るので慎重に考えなくてはならないが︑現在も㈱一ω一諭一〇〇N南臼WOωに従って︑匡雪9①P. ≦霞昌員堕園罐窪呂ロ彊薯帥昌冨ヨ冨茜鴇ω8房窪−竃①一三昌ひq①P寄磐霞仁旨騨罫等で存在するのである︒一九一九. 年以後に設定された地上権制度は決して誤っていないが︑そして必要であるが︑ただ余りにも所有権者の負担が大き すぎる︒. なおこの第一次大戦後の時期が︑民法典の理念的統一性の破壊の動きが顕在化してきたことを注意すべきであろ. このように肉暮﹃は担保制度を十分整備することにより住宅の建設促進のためにこの制度を提案している︒. ①. う︒即ち民法典はその担い手である古典的市民社会の崩壊にともない特別法が析出し︑民法の体系的統一性が失なわ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. 琶夏一魯二≦憲o.︑の. れた︒この特別法は民法と本質的同一部分を構成しているのであるが︑歴史的政治的理由から特別法をなした部分の ことをさすのではなく︑理念的体系的に異質な部分をさすものである︒. そこでこれを土地法住宅法の分野で簡単に触れておくと︑民法典においては︑・ーマ法のこ閤.
(27) 原則を不動産に関しては改めで︑弘雷三日こ訴三9辞竃一9¢︑.とし︑また賃借人の債務不履行一般にもとづいては賃. く窪q謎により賃貸人有利が行なわれたため第一次大戦以来から. 貸借契約の解除をみとめず︑げんかくな要件のもとでの即時告知による解約のみを認めている︒しかしこれは任意規 定である点からいわゆる書式用紙契約頃興ヨ三碧. 種種の立法命令が行なわれ︑ラィヒ賃料法賃借人保護法の形で結実した︒ ︵二八︶. 一方土地法においてはラソト的な土地法による制約が大きく︑民法施行当初から完全に私法の下に入っていなかっ たのである︒. このような状況の中で住宅建設促進のために・ーマ法的な物概念を修正することは︑理論的体系的にそれほど困難. o o帥くおξ︒U霧国8耳号巴W量臼窃︾一〇︒象ω・8餅. ではなくなっていたのである︒ ︵一︶﹁ρ︿. サヴィニーの学問的性格にっいて戒能﹁サヴィニー﹂法律思想家評伝六九頁以下︑世良﹁サヴィニー﹂近代法思想史の人 々︑三七頁以下o ︵二︶ ミッタイス・世良訳︑前掲書︑四一頁以下o. ︵三︶中ミぎ房魯︒具ピ①町冨98ω評鼠︒算薯お畠鼻囲し80︵↓﹃●屋署︶●ψo︒認ヌ響8鉾. そこでかれはU一も︒︐O︒9一Fh5≡ヨ⁝ぼ8一こ仁目3ヨ鼠⊆ヨ℃o拐8δロΦB8器づ2℃8紹︑︑をひきあいに出して階. 二七. 層的区分所有権を否定している︒これが現実に通用していたローマ法であるか多分に疑問のあるところである︒二ω参照︒. ヴィーアッカi・鈴木訳︑前掲書︑五二三頁以下︒. 但しその抽出方法が・マニステン的﹁純粋さ﹂を保っているにしても︒ ︵四︶. 西ドイツに嶋ける住居所有権法成立史覚書.
(28) 二八. 第一草案を継受したわが国において民法㈱800が本制度を許容していることは前述の通りである︒そこからこの制度を許. なお︑ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書︑五四二頁以下Q. o璽 〇 Pω﹄o ρ<●O一〇葵9U震閏旨を仁﹃犀o言8切O一W二昌αα霧鼻︒國①o窪一〇〇〇. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書 ︵五︶. ︵六︶. 容していたフランス法とわが民法との継受関係が問題となってくるQこの問題について最近の星野﹁日本民法典に与えたフ ランス民法の影響﹂日仏法学三号︒特に六九頁以下註四が注目される︒. 川島︑前掲書︑一八一頁︒. ︵七︶ 山田︑前掲書︑九七頁︒. ︵八︶ 一八二頁︒. 分割を永久にまたは一定期間禁止し︑またはこれを告知期間にかからしめるべき合意は有効であり︑かかる合意は共有. ︵九︶ 川島︑前掲書︑. ︵一〇︶. 土地所有権共有の場合におけるかかる合意は土地登記簿に登記された場合のみ共有者の特定承継人に対してその効力を生ず. 者の承継人のため及びこれに対して効力を生ずる︵⑰謡一ωOω︶承継人が合意を知りたると否とはこれを問わないoただし. ︵一一︶. クチンスキー・高橋・中内訳﹁ドイツ経済史﹂一〇七頁︒. 山田﹁ドイツ物権法概説﹂六五頁︒. る︵㈱一〇一〇一切Oω︶Q. ︵二一︶. なお︑本論のなかに取り入れることはできなかったけれども︑近時におけるドイツ資本主義︑特にBGBの成立直後の金. 融資本主義をめぐって二つの基本的に対立する方法のなかで新たな論争が行なわれつつある︒その一つは宇野弘蔵︑戸原四. 祉会構成を分析するためには後者の方が妥当ではないかと考えている︒. 郎︑武田隆夫の﹁段階論﹂ ︵その代表︑戸原﹁ドイツ金融資本の成立過程﹂︶もう一つは大野英二︑住谷一彦の﹁類型論﹂ ︵﹁ドイツ資本主義分析と﹃資本類型﹄﹂︶.
(29) ︵一四︶. ︵コニ︶ ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書︑五八○頁︒. ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書︑五八一頁︒. ︵一五︶ その例として私法本来の領域では一九一八年に至るまでの私諸候法ギ貯象凄あ9凄8耳並びに土地法︑家族世襲財産︑. ち. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. じ. ヤ. ヤ. 世襲農場が︑労働法の領域では徒弟法及び農業労働者法が自由と権利の原則︵民法︶から除外されていたQ. じ. ち. む. も. セ. ヤ. ヤ. 右のような封建的反動的諸要素のつよいものとならんで︑現在では進歩的法となりえた諸要素が存在した︒公的土地法は ヤ. その公的諸所有権制限即ち建物警察︑森林保護法︑農業信用制度の制限︑土地の分割及び細分禁止︑及び農場法も民法から. ︵一六︶. エンゲルス﹁住宅問題﹂︑イギリスについては︑西山﹁目本の住宅問題﹂六九頁以下︒. ヴィーアッカー・鈴木︑前掲書︑五三七頁︒. の除外例であった︒その他に少年福祉法︑社会的住宅法等︑ヴィーアッカー・鈴木︑前掲書五三六頁︑後掲註︵一八︶参照︒. ︵一七︶. ︵一八︶ ドイツにおいては封建的色彩のつよいユンカーが広汎に存在し︑それが法意識のなかに大きな影響を与えた︒法思想に. おいても個人権としての権利というより︑その前に全体というものよりの制約を受けた︹公共の福祉理論︺団体的な権利と. いう考え方が前面に出てぎている︒このことは現在の所有権絶対思想というものがある限り︑いかなる社会問題︵たとえば. 都市における住宅と土地所有権の関係︶も解決できない状況のなかではこの考えは有効になりうる︒しかしそこに自然権的. な権利思想は前提にされないことになるため間題が生ずるのである︒以上の基本的思考方法が基礎にあって︑ドイツにおい. そのいくつかを指摘すると︑. 二九. 3﹁所有権の思想﹂一五五頁以下参照︒ ては﹁社会法﹂とよばれる法群が成立してくるのである︒なお︑渡辺︑現代法1 ︵一九︶ 閃お巻ω︒∪器の80犀妻震冨①蒔窪盆ヨ一虐OO︒U勾N=①津OOの︑OOOO宍. ω・璽. ︵二〇︶ クチンスキー・高橋・中内訳︑前掲書︑一四〇頁Q ︵二一︶ 詳しくはω讐ヨきP塑鉾O. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(30) 西ドイッにおげる住居所有権法成立史覚書. ︒勾9F屡睾磯が第三三回法律家会議で階層所有権を住宅の建設促進政策として提案︵一九二四︶. ︒同様の提案に対する民益畠ヨ目昌とωo算濃の議論︵一九二七︶ ・図o震&による住宅建設促進策として提案︵一九三〇︶. ︒ヴュルテンベルク議会のAGBGBの新規定による階層所有権の否定︵一九三〇︶等. 三〇. ︵二二︶ ナチスの住宅問題については同潤会編﹁欧米の住宅事情と住宅政策﹂㊦独逸篇1以下︑山田﹁ドイッ法概論﹂㊥二四. ω翫R. 菊葺F<o鐵区R⁝頓8αoωN三一﹃09富含﹃9α器O①紹9ま震客一〇冨o言a§α窯一卑ω①一三讐お怨目梓雲一〇Nも︒︒>O℃. 五頁︒なおその時代に関する文献を二〜三あげると︑. ω. ω貯8閥妻o蒔のo置o昌9ヨ. ごω①●ωoゴヨo=Rのい切︒ω︒お匡.. 男20箋帥ぎU器ω8畠毛R寄o蒔o馨信Bぎ零凶o昌震勾8拝o号の冒葺色巴けoお℃N男O●O●q群℃一〇ω斜噛oD︒o o O轟 男=の. o.ω畠融︒ Bω鼠巨ρ国B冨①耳巴o﹃象︒薯凶&R︒ぎ窪耳琶閃α①ωω80犀壽詩ωo一αq窪9ヨリ一〇ωo︒︒︾O℃.o. 国暮 戸 鋭 勲 O. ωるq僻R. ︵二三︶. 例えば住宅統制経済︵毛oぎき鴨N毛き鵯惹耳零び鋒什︶の三大立法とも称すべゆライヒ賃料法︑賃借人保護法及び住宅欠. ↓.ω什o目一ρN弩宰濃oα①のω8畠譲R訂︒碍gεβ一〇ωO.ω9ヨo一一Rい切●ω﹄=庸・. ︵二四︶. 乏法が制定され︑それぞれ賃料騰貴の防止︑賃借人の保護︑住宅の公平な分配のため配慮したQまた︑資金の豊かでないも. のが︑他人の土地のうえに家屋を所有することを促進する一九一九・一・一五の地上権に関する命令もそのなかに含まれる. 一〇九三条. 所有権を排除して建物の全部または一部を住居としての利用権もまた︑制限的人役権として設立する二と. であろうQ詳しくは有泉﹁借地借家法の研究﹂三頁以下︵鈴木︶ ︵二五︶.
(31) 未亡人が相続人に帰属した︑夫の遺産たる家屋のうえに持つというように近親間で特殊の目的に利用されるものらし. がでぎるQ ︵二六︶. 地役権は土地の現時の使用者のための権利である・物的権利幻8罵9耳・. い︒我妻賃借法概説︑法律時報二九巻三号一〇頁︒ ︵二七︶. 住居所有権法. ︵二八︶ ヴィーアッカー・鈴木訳︑前掲書︑六四九頁o. 四. 第二次大戦後のドイツは︑第一次大戦のとき以上の住宅難が襲った︒住宅は二七〇万戸が︑全壊し︑さらに全壊に. 近いまで破壊された住宅をこれに加えると五〇〇万戸にのぼり︑戦前の住宅数のほぼ六〇%に減じた︒さらに︑一︑ ︵一︶ OOO万〜一︑二〇〇万人にのぼるいわゆる﹁難民﹂が流入したため︑住宅問題は一層深刻になったのである︒ このような社会状況のなかで︑住居所有権法の立法が推進された︒. ① それではいかなる原因が︑立法の原動力であっただろうか︒ ︵二︶ まず第一は︑殆んど破壊されつくされた都市の再建であった︒その方法として古ドイッ法のω8畠類R寄①蒔99ヨ. が再生された︒そしてここで意図されたことは︑二の一種独特の所有権に対する︑抵当権をはじめとする各種担保権. の設定を可能ならしめることにより︑金融の確保を計り︑住居︑店舗等の諸建物を構築することであった︒ここでは. 三一. 賃借人保護法はその理念において無力であった︒それは所有権の抑圧としてしか働かないからである︒ 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(32) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 三二. この住居所有権法の成立により︑住宅を持つことを望んではいるが︑単独では独立家屋を持つことが不可能であっ. た階層は︑自己の居住部分を所有することができるようになった︒さらに︑この法制度の成立により︑部分的に壊れ. ている家々が階層所有権をテコにして再建がなされ︑また破壊されていない建物の上に建て増しが行なわれうること になった︒. 住居所有権の立法以前においては︑アパートを個別に所有する法形式を欠いていたので︑小貯蓄者の資金が十分活. 用できなかったのである︵自分のモノであるという意識と他人のモノを借りているという意識は︑かの国においても ︵三︶ 異るらしい︶︒それを具体的な形でみよう︒. ヴュルテムベルク公共建築貯蓄組合象Φ黙窪呂3窪評島冨詩霧ω窪譲辞辞Φ日σ段鵯やバーデンラント建築貯蓄. 組合&oゆa一零冨一碧3貰惹の紹に代表されるようなω窪呂胃ざ器窪では︑民法典の制限的人役権︵雀︒器切O切︶. の制度を使って︑単なる賃借人でないという感情を持たせるω8畠毛R冨Φ蒔窪εヨ類似の制度≦畠畦8耳をつく. りあげた︒そしてこの制度では持家者国蒔窪要o︸旨震の連合組織O窪8ω睾鶉冨津へと集結することが︑ヴュルテム ベルク︑パーデン︑ファルツ︑ヘッセンで行なわれた︒. 個々の土地の登記簿上の所有権者〇三巳宮9含農蒔段国蒔①昌さ日震や地上権者国吾9彗9算蒔Rもこの組織に. 加わっていった︒しかしこの住居権は持家者国蒔窪毛o目段に空間に対する十分な権利を保障するものではなかっ. た︒ドイッ民法一〇九三条に従った権利は︑権利者の死亡とともに消滅し︑相続もできないし︑叉生きている人の間. でも譲渡できなかったからである︵三⑥参照︶︒そのため次のような方法でこれを回避した︒組合自身が法人となり︑.
(33) この法人が登記簿上の所有者となり︑個々の組合員三一眞一一aに収益権Z舞睾轟段8耳を譲り渡した︒即ち組合は. 受託者として機能する︒個々の組合員と組合との間に収益契約ができ︑これが管理と収益の問題を規律した︒ここで ︵四︶ のO窪8紹易魯鋒幹と住居権の結びつきに継続性の基礎を置くという方式は興味深い︒. にもかかわらず︑この制度はO窪oωω①に全責任が集中するため責任額を超える債務の実行は個々の土地へと掴取. 力が追求される結果︑組合の抵当権の背後にいる全部の住居権がすべり落ちてしまうのである︒だがこのような欠陥 は︑住居所有権及び同時に制定された継続的居住権によっても克服されるにいたった︒ ︵五︶. 第二に︑いわゆる経済政策の一環として住宅建設が行なわれた︒ドイツにおける資本主義の蘇生は︑住宅等諸建築. の有効需要の喚起を一つの挺子として行なわれたことは周知の通りである︒住居所有権は︑その住居という商品をめ. ぐる民事法としての機能を果すべく︑立法がなされたのである︒従来まで一物とされていた土地付建物の一部が所有 ︵六︶. 権の対象となったのであるから︑より小額の商品となったわけである︒. 第三に中産階級意識の培養のために行なわれた︒自己の地位を第三者に譲渡し︑資金を回収するためには︑居住権. の物権化口継続的居住権でこと足りるのであるが︑それを所有権︵種々の制限︑義務が存在して︑その所有権性には. いろいろ問題がある︒︶と称するのは︑それなりの理由がある︒それは﹁人間を土地に結びつけ︑かれの根を断ちき. られることを防ぎ貯蓄することはそれだけ値打のあるものであることをかれに実証する﹂ためである︒. 三三. 以上述べたように︑ほぽ三つに要約される要請から住居所有権法が成立してきたが︑そこでの経緯をみておきた. 特にこの点は︑東ドィツとの関連において意識されたものと考えられる︒. ②. 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書.
(34) 西ドイツにおける住居所有権法成立史覚書. 三四. い︒言うまでもないことであるが︑このような動きは各地でかなりあったと考えられるが︑その二〜三を記述するに. べ望冨ど畠傷段. ヴュルテムベルクやバーデンの建築貯蓄組合に代表される組合が︑①で述べたように法制度上の不都合さを. とどめるQ. ④. 間題としていたが︑その他住宅難廃止のためのニュルンベルグの結社αRZ鋒昌R磯RくR①ぎN. ≦9⁝凝誓9や︑ハンブルグのシャポウルージュOげ88自o轟oぼ=帥ヨぴ霞凶では︑それまでの法律︵現有する. 法律︶によって住宅難をぬけだす方法を模素していた︒また企業家白一濤房はその著﹁住居所有権への道﹂U震≦畠. 釜ヨゑ国で共有ζ冨蒔窪ε日と地役権9⁝&一窪ω9巽ぎ律の結合と考慮したのであるが︑難点は権利者の信用. ノルトライン・ヴェストファーレン20巳旨①β≦8蔑巴自のラソト議会い彗舞囲は︑一九四八年階層所有. ︵七︶ を保証する制度がないことであった︒. @. 権を審議している︒しかし︑当地を占領していた英国中央法制局N窪q巴冒豊鎧ヨ貯は適切でないとして却下したの. このようにヴュルテンベルクミ鋒#oヨ富おバーデン切巴窪バィエルソ切昌①旨では一たん廃止立法した. であった︒その理由とするところはヴュルテンベルクでは︑いわゆる不真正階層所有権が廃止の方向へ向っているか ︵八︶ らとして︒しかしこの方向は実は再度変化したのである︒. の. o一国OωOω即ち不真正階層所有権が再興された︒そのためラント立法により鷲お〜紹暫︵共 にもかかわらず︑伽一G. 同の廃止を認めないようにするを︶取りいれた︒この際オーストリアの立法ω§号詔窃①旨冨嘗象窪α紆ω囲η窪εヨ ︵九︶. o︒が参考にされた︒前述の廃止立法は無効にされた︒ 窪≦oぎ⁝閃窪⊆昌αO①のo鼠津の鼠仁ヨ①一〇蕊︒So.
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